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大熊委員配布資料
第7回「アメニティーフォーラムINしが」実行委員会によるファイナル・アピール
2004年2月22日

 支援費制度の開始からはや一年、支援費はこれまでの措置制度の殻をこじ開け、在宅福祉サービスの利用は2倍に伸びました。「自己決定の尊重」を掲げた支援費の理念とねらいに沿ったものと言えます。
 特に、知的障害者・障害児のホームヘルプ、ガイドヘルプ、全身性障害者の日常生活支援といった地域生活に不可欠な支援が大きく伸びています。また、当事者を中心に、各地でつくりあげられてきた自立生活・地域生活支援や、まちづくりの取り組みにとって大きな追い風になっています。まさに、「地域生活の夜明け」とも言えるスタートを切ったのです。
 しかし、現在そのためと思われる大幅な予算不足が不安視されています。今年度(平成15年度)は、厚生労働省内の予算の流用で、なんとかしのげるだろうとのことですが、来年度からの財源の確保は引き続き大きな課題です。

 一方、地方分権による「三位一体の改革」は、3年間で4兆円の国庫補助金廃止と地方への税源委譲を予定しており、総額600億円の居宅に関する支援費がここに飲み込まれるのは時間の問題であるといわれています。
 もし、一般財源化となれば、障害者福祉は新たな財源確保がないまま地方に分割され、その裁量に委ねられます。そうなれば、深刻な財政難が続く中で、真摯に取り組んでいる自治体ですら、その施策を後退させる可能性があることは多くの関係者が指摘しているところです。

 このような状況の下で、支援費制度の今後と介護保険の見直し問題が、まずは切迫した財源問題との関係で登場してきています。まさに、そういうときだからこそ、私たちはもう一度原点に戻って考えてみたいと思います。

 重い行動障害をもつ人たちや重度の脳性麻痺や頸髄損傷、ALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめとする重度障害の人たちは、長時間にわたるサービスが必要です。これら現行の介護保険給付の範囲では地域生活を維持することが困難な人たちにとっては、両制度の統合により、当事者の地域生活に必要なサービスが本当に保障されるのか、死活に関わる問題としてあります。
 また、障害者の地域生活支援は、社会参加や就労支援、いわゆる「見守り」を含む多様な内容を含んでおり、諸外国で進められてきた自立支援のための介護・介助・支援の実現が大きな課題です。そうした地域生活支援に関する新しい人的支援サービスを展望した時に、これまでの介護概念とどのような位置関係になるのかの突っ込んだ検討が必要です。
 「本人の希望と選択にもとづく地域生活の継続」が介護保険制度導入の際に掲げられましたが、結果として、特別養護老人ホームの「待機者」激増という現象を生み出し、施設入所を誘導する結果となりました。支援費制度も理念とは裏腹に、安定した地域生活を送るための制度にはなりえていません。
 今こそ、障害者も高齢者も住み慣れた地域での暮らしが実現できるような新しい制度設計について、真摯に向かい合うべき時に至っていると私たちは考えます。
 すべての人が地域社会の中で共に育ち、学び、働き、生活することができる、私たちが求めてきた地域福祉の姿を、今度こそ本当に実現できる制度にするために、私たちは、支援費制度で始まった地域生活支援をさらに当事者中心のシステムに発展させていきたいと思います。支援費制度と介護保険制度、それぞれの発展が生み出す、自立と共生を支える新しい制度創設のための議論に参画したいと考えています。

【論点】
  (1) 既存の介護保険への吸収合併ではなく、どんなに重度の障害があっても地域での生活が可能となる、地域での新しい人的支援サービスの創設について。
  (2) 身体障害・知的障害・精神障害のある人それぞれにとって有効な認定システムやサービス提供を可能とする介護保険制度について。
  (3) 保険制度の枠を超える部分のサービスの創設について。
  (4) 親元の生活から離れ、グループホームやアパート等での地域生活を希望する人の自立支援について。
  (5) 地域であたりまえに暮らすことを希望する人の施設・病院からの退所・退院について。
  (6) 重い障害のある人も含めて、だれもが社会の中で働くことができる仕組みづくりについて。
  (7) 障害者差別禁止法や障害者総合福祉法といった大きな法制度やサービス体系をつくることについて。

 私たちは、これらの論点を大切にしながら主体的・積極的に議論に参加します。
 ただし、新しい制度作りが、異なる方向性を示す場合、私たちはそれに反対するという立場も明らかにしたいと思います。

 支援費制度と介護保険制度の見直しは、サービスの負担と給付について国民全体を巻き込んだ議論を展開することによって、障害者福祉に対する国民の理解が深まり、障害者福祉の新しい流れをつくる、重要な事柄としてとらえています。
 障害当事者、障害福祉関係者、行政関係者、地域住民など幅広い人たちの参加を呼びかけ、各地域の特性や力を活かした共に支え合う豊かな地域社会をつくるために、絶対にあきらめず前に進みます。


2004年2月22日

 アメニティーフォーラム 実行委員会

 全国地域生活支援ネットワーク

  代表  根来 正博

 石渡 和実
 牛谷 正人
 遠藤 正一
 大熊 由紀子
 北岡 賢剛
 北野 誠一
 佐藤 進
 清水 明彦
 副島 宏克
 曽根 直樹
 高原 伸幸
   水流 源彦
   戸枝 陽基
   西嶋 美那子
   日浦 美智江
   廣瀬 明彦
   福岡 寿
   松坂 優
   松永 正昭
   村上 和子
   安井 愛美
   渡辺 次男



9県知事・5市長・1町長による
       「障害者福祉に関する共同アピール」
2004年2月21日

社会福祉分野においては、近年、介護保険制度の導入、障害者支援費制度の導入などの一連の制度改正が進められてきたところである。

障害者支援費制度については、その理念や方向性は評価しうるものの、財源を税財源に全面的に依存しており、急増を続ける障害者の在宅福祉サービスの需要をまかなうだけの財源が確保されるかどうか不安視されている。また、精神障害者が制度の対象外となっていること、障害者ケアマネジメントが制度として明確に位置づけられていないことなども、大きな課題となっている。

こうした取り組みを更に進め、ノーマライゼーションの一層の進展を図る ため、将来的には、現在の介護保険制度等を抜本的に改革し、高齢者と   障害者の自立と社会参加を国民の共同連帯の理念に基づいて支える、新たな社会システムの構築を目指すべきである。

平成17年に予定される介護保険制度の見直しにおいては、上記の抜本改革に向けた第一歩として、身体・知的・精神の3障害の福祉サービスを介護保険制度の対象に組み込むこと、並びに、障害者ケアマネジメントの制度的な位置づけの明確化を図ることについて、国民的な議論を行う必要がある。

この場合、障害者の特性を十分踏まえた制度とする必要がある。特に長時間介護を必要とする方々(全身性障害、強度行動障害等)については、特別なニーズに的確に対応するため、制度上きめ細かな配慮が不可欠である。

国は、当事者や関係主体の幅広い参加を得て、国民各層の意見を踏まえた 改革に直ちに着手すべきである。


2004年2月21日
北海道知事  高橋 はるみ
岩手県知事  増田 寛也
宮城県知事  浅野 史郎
千葉県知事  堂本 暁子
福井県知事  西川 一誠
滋賀県知事  國松 善次
和歌山県知事  木村 良樹
鳥取県知事  片山 善博
佐賀県知事  古川 康
北海道ニセコ町長  逢坂 誠二
岩手県宮古市長  熊坂 義裕
群馬県太田市長  清水 聖義
千葉県我孫子市長  福嶋 浩彦
愛知県高浜市長  森  貞述
滋賀県守山市長  山田 亘宏


みやぎ知的障害者施設解体宣言
2004年2月21日

 宮城県内にある知的障害者の入所施設を解体して、知的障害者が地域の中で生活できるための条件を整備することを宮城県の障害者施策の方向とすることを、ここに宣言する。

 宮城県福祉事業団は、平成14年11月23日、船形コロニーを2010年までに解体し、入所者全員を地域生活に移行させるという、「施設解体みやぎ宣言」を発した。宣言を発するに至った背景としては、知的障害者本人の希望と関わりなく、施設入所を当然のこととしてきたのではないかという疑問があった。施設運営に関わる職員としては、自分たちの仕事の意義に対する、真剣な反省である。
 この疑問、反省は、船形コロニーだけにあてはまるものではない。船形コロニーは知的障害者の中でも、特に重度の障害を持つ人たちを処遇する場として特別に設置されたものであるから、地域生活への移行を言うならば、県内の入所施設の中では、順番としては一番最後になってもおかしくない位置付けである。にもかかわらず、施設解体宣言を発したということの重みを、十分に考える必要がある。
 知的障害を持った人たちの幸福を実現することこそが、障害福祉の仕事の目的であるという原点に戻って考えたい。地域の中にこそ普通の生活がある。適切な支援措置さえあれば、重度の障害を持った人たちであっても地域での生活を送ることができること、そして、それが知的障害者の生活を豊かなものにすることは、これまでの多くの実践の中で実証されている。
 船形コロニーの解体宣言から1年余経った今こそ、宮城県全体として、船形コロニー解体宣言の普遍化をなすべき時である。つまり、知的障害者の入所施設を解体し、入所者の地域生活への移行を図ることを、宮城県全体の障害福祉の方向として、明確に示す必要がある。それが、今、このような宣言を発する理由である。
 宣言の背景には、これまでの障害福祉施策への真剣な反省がある。知的障害者への各種の施策が量的にも、質的にも貧しかった頃、知的障害者施策の中心は、施設入所であった。「親亡き後」の知的障害者の生活をどうやって保証し、年老いていく親に安心感を与えるかが大きな関心事であったとも言える。施設入所は、こういった環境の下で、頼りになる施策に思えたのは、ある意味で当然である。
 入所施設での処遇に比べれば、地域生活支援施策は、歴史的にも浅いものであり、目に見えるインパクトとしても施設のように目立たない。一握りの先進的な取組みとして存在し、特に、親達から見えないし、見えたとしても頼りにならないものと認識されていた時代が長く続いている。一方において、入所施設は、多くの職員と関係者を抱える確固たる存在として、永久に存続するものとして受け止められている。「解体」という発想は、普通は出てくるものではない。
 そういった状況の中で、知的障害者本人の幸せとは何かが真剣に問われることがないままに、障害福祉の仕事は成り立っていた。「あなたは、どこに住みたいのか」、「あなたは、誰と暮らしたいのか」、「そもそも、あなたは、何をしたいのか」という問い自体が発せられないまま、入所施設に入っているのが一番幸せと、外部から決めつけられる存在としての知的障害者という図式である。障害福祉の仕事は、知的障害者の幸せを最大にすることを目的とするという見地からは、障害者に対して、まず、この問いが発せられなければならない。そして、その答を模索することが求められる。
 知的に障害を持っていることによって、特別なニーズが生じる。特別なニーズがあったとしても、知的障害者が普通の生活を送ることを断念する理由にはならない。障害福祉の仕事は、その特別なニーズにどう応えていくかということである。普通の生活は施設の中にはない。地域にしかない。であるとすれば、地域の中で、知的障害ゆえに発生する特別なニーズに応えていくことこそが、障害福祉の仕事である。グループホームがある。日常生活の援助がある。金銭管理、人権擁護、就労の確保などなど、やるべきことはたくさんある。
 宮城県での知的障害者への福祉が目指すべきは、この方向である。「施設解体」を宣言しても、解体することに目的があるのではない。あくまでも、知的障害を持った人たちが、普通の生活を送れるような条件整備をすることに主眼がある。そのような条件整備がなされれば、入所施設は不要になる、つまり解体できるということになる。宮城県の障害福祉のありようとして、こういった方向に進んでいくことを少しでも早めるように各種施策を準備するという宣言でもある。
 宮城県内の知的障害者の入所施設を、即刻解体すべしと言おうとしているのではない。時間はかかっても、目指すべきは施設解体、まずは、それが可能になるための、地域生活支援の施策の充実である。県内のそれぞれの入所施設において、このことを念頭に置いて仕事をするのと、全く考えずに日々を過ごすのとでは、大きな違いが出てくる。それぞれの施設において、解体が可能になるまでにやるべきことは何か、何が障害になるのか、障害をなくすための方策、こういったことを現場の職員を交えて真剣に討議し、行動することが求められる。
 繰り返して言う。障害福祉の目的は、障害者が普通の生活を送れるようにすることである。そのために、今、それぞれの立場で何をなすべきか。たどり着くべき島影をしっかりと視野に入れて、船の進むべき方向は間違わないように荒波を乗り越えつつ進んでいかなければならない。たとえ時間はかかっても、必ず目指す島に到達することはできると信じている。同じ船に一緒に乗り込んで欲しい。

 平成16年2月21日

宮城県知事 浅野 史郎


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