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第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価
(1)脳神経系の管理
 (1) 経過
 平成13年3月10日17:00頃に受傷し、17:37に救急隊が到着したときは意識水準JCS300で、自発呼吸は認められたが、瞳孔は散大し、対光反射は消失していた。
 酸素吸入を受けつつ救急外来に到着した17:55には、意識水準JCS300で、瞳孔散大(右6.0mm、左5.5mm)、対光反射消失が認められ、自発呼吸は深く規則的であった。ただちに気管内挿管を行い、静脈を確保して救急処置を行った。受傷後約1時間30分で施行した頭部単純レントゲン撮影では後頭骨骨折が認められた。頭部CTでは、右大脳半球全域にわたる厚さ20mmの急性硬膜下血腫と右側頭葉の脳挫傷が認められ、正中構造は右から左に20mm偏位し、皮髄境界は不明瞭となっており、脳槽の消失、脳室の縮小、くも膜下出血(大脳縦裂、右シルビウス裂及び四丘体槽)を伴っていた。
このため受傷後4時間で、全身麻酔下に開頭による右急性硬膜下血腫除去術と外減圧術(人工硬膜補填+骨片除去)を施行した。術後意識水準はJCS300のままで、神経症状の改善も認められなかった。以後、呼吸循環管理を行うとともに脳圧降下剤(グリセオール、11日〜12日)を投与した。
 受傷後7時間で行われたCTでは、右急性硬膜下血腫は除去されているが、右前頭葉内及び中脳にそれぞれ30x20mm、10x10mmの脳内血腫と右前頭葉の脳挫傷が認められ、右大脳半球は全体的に低吸収域化し、著明に腫脹していた。
13日、発症後69時間で行われたSPECTでは脳血流は認められていない。

 (2) 診断の妥当性
 本症例に於いて来院後早期に頭部単純レントゲン撮影及びCTを行い、右急性硬膜下血腫、右側頭葉脳挫傷、後頭骨骨折を診断したことは妥当である。

 (3) 手術を行ったことの評価
 脳挫傷を伴った急性硬膜下血腫により高度の頭蓋内圧亢進をきたし、このため脳ヘルニアが生じていると判断して、受傷後早期に血腫除去術と外減圧術を行ったことは妥当である。

(2) 呼吸器系の管理
 来院時、救急隊によって酸素5L/分が顔マスクにより投与されていた。チアノーゼはなく自発呼吸は28回/分で、深く規則的であったが、痛み刺激にも反応しない意識障害を認めるため、経口気管挿管が行われたのは妥当である。入院後は挿管のもと、酸素8L/分投与下でSpO2 98-100%と良好に維持されている。その後、全身麻酔による手術中の所見として軽度の代謝性アシドーシスを認めたが、呼吸酸素濃度(FiO2)0.3で動脈血血液ガス分析値は適正に維持されていた。さらに、術後集中治療室において人工呼吸による、間欠的強制換気が15回/分、1回換気量550mlの条件下で行われ、その間SpO2値が98%以上と良好に維持されていた。以後、脳死に到るまで全経過を通じてこの値がほぼ保たれており、呼吸管理は適切であると思われる。

(3) 循環器系の管理
 来院時の血圧は162/75mmHgとやや高値で、さらに上昇傾向を認めたため降圧薬が投与され循環は適正に維持された。全身麻酔による術中血圧も大きな変動を認めず経過は安定していた。術後、(第2病日)に尿崩症を発症したが、ピトレッシン持続注入により対応し、循環動態も安定した。しかし、第3病日には異常な血圧上昇とそれに続く70mmHg前後への血圧低下をきたした。これに対してはドパミン持続投与が迅速に開始されており、妥当な管理がなされたと思われる。

(4) 水電解質の管理について
 来院後の約1時間に100mlの尿量が得られており、有意な循環血液量の減少はなかったと判断できる。その後、術中に尿量増加を認めているが、補液が行われ水分バランスは適正に維持されている。術後(第2病日)に大量利尿をともなう尿崩症が発症し、水分バランスはマイナス3000mlになっているが、補液により対応している。同時に貧血に対しては濃厚赤血球液、凍結血漿が効果的に投与され体液バランスは良好に管理されている。なお、尿崩症にともなう血清Na値の上昇(169mEq/l)に対しては、ピトレシン投与、5%糖液の補液で対応し、さらに、術後8日目に認められた高K血症もケイキサレート投与で適正に管理されている。以上のような水分・電解質管理は妥当であると思われる。

2.臨床的脳死診断及び法的脳死判定に関する評価
(1) 脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は受傷約55分後、平成13年3月10日17:55に当該病院に搬送された。この間、酸素投与が行われており、到着時は、自発呼吸はあったが深昏睡であり、瞳孔径は右6mm、左5.5mmで、対光反射は消失していた。来院直後に気管挿管を行い気道を確保し、血圧のコントロールと脳圧下降がはかられている。血圧は約160mmHgに維持された。
 頭部CTでは、右大脳半球全域にわたる厚さ20mmの急性硬膜下血腫と右側頭葉の脳挫傷が認められ、正中構造は右から左に20mm偏位し皮髄境界は不明瞭で、脳槽の消失、脳室の縮小、大脳縦裂のくも膜下出血を伴っていた。
 このため受傷後4時間で、全身麻酔下に開頭による右急性硬膜下血腫除去術と外減圧術を施行したが、術前からあった深昏睡、瞳孔散大、対光反射消失に変化はなかった。このような神経所見はそのまま持続し、13日施行の脳波・脳幹誘発電位は平坦であった。同日に行われたSPECTでは脳血流を認めていない。16日12:20、当該病院では臨床的脳死と診断し、18日第一回法的脳死判定、約6時間後に第二回脳死判定を行って、19日4:47に法的脳死判定を終了している。

 本症例は前章で詳述したところから脳死判定対象例としての前提条件を満たしている。すなわち、

 1)  深昏睡及び、無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。
 救急外来に到着した3月10日17:55以降、死亡に至るまで深昏睡であった。救急外来到着時は自発呼吸があったが気道確保のため気管挿管が行われ、3月11日0:15手術終了以後、機械的人工呼吸が開始されたが、22:10頃自発呼吸は消失している。以後、人工呼吸が継続され、機械的人工呼吸開始から臨床的脳死の診断までに約130時間経過している。

 2)  原因、臨床経過、症状、CT所見から、原疾患が確定されている脳の一次性・器質性病変であることは確かである。

 3)  また、診断・治療を含む全経過から、現在行い得る全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性が全くないと判断される(1.初期診断・治療に関する評価参照)。

(2) 臨床的脳死診断及び法的脳死判定について
 1)臨床的脳死診断
〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(3月16日10:30から12:20まで)
 体温:36.5℃ 血圧:134/69 mmHg 心拍数:120/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右8.0mm 左8.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における診断内容
 以上の結果から臨床的脳死と診断して差し支えない。

 (1) 脳波について  平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
 3月13日に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、Cz、T3、T4、O1、O2、A1、A2で、記録は単極導出(Fp1-A1, Fp2-A2, C3-A1, C4-A2, O1-A1, O2-A2, T3-A2, T4-A1, A1-Cz, Cz-A2, Fp1-O1, Fp2-O2)、双極導出(Fp1-C3, Fp2-C4, C3-O1, C4-O2, Fp1-T3, Fp2-T4, T3-O1, T4-O2, T3-Cz, Cz-T4, A1-A2)とで行われている。さらに心電図と頭部外導出によるモニターも同時に行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図と筋電図が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

 (2) 聴性脳幹反応について
 I波を含むすべての波を識別できない。

 2)法的脳死判定
〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回)  (3月18日16:21から20:06まで)
 体温:40.2℃ 血圧:106/62 mmHg 心拍数:146/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右8.0mm 左8.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
(開始前) (3分後) (8分後) (終了時)
   PaCO2(mmHg) 41 63 75
   PaO2(mmHg) 539 483 481
   血圧(mmHg) 154/74
   SpO2(%) 100 100 100
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
検査所見(第2回)  (3月19日2:07から4:47まで)
 体温:39.0℃ 血圧:134/50 mmHg 心拍数:132/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右8.0mm 左8.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
(開始前) (3分後) (7分後) (終了時)
   PaCO2(mmHg) 36 56 63
   PaO2(mmHg) 555 446 442
   血圧(mmHg) 130/70
   SpO2(%) 100 100 100 99
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における判定内容
 以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(3月18日20:06)
 以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(3月19日4:47)

 (1) 電気生理学的検査について
ア)脳波
 第1回法的脳死判定
  平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
検査は3月18日17:04から行われており、臨床的脳死判定時の脳波記録と同条件である。心電図と脊髄反射に伴うと思われる筋電図が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

 第2回法的脳死判定
  平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
検査は19日3:38から行われており、第一回法的脳死判定時の脳波記録と同条件である。心電図と脊髄反射に伴うと思われる筋電図ならびに静電誘導のアーチファクトが重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

イ)聴性脳幹反応
 臨床的脳死判定・法的脳死判定(第1・2回目)のいずれにおいても、I波を含む全ての波を識別できない。

 (2) 無呼吸テストについて
 2回とも必要とされるPaCO2レベルを得て、テストを終了している。テスト前及び60mmHg以上のPaCO2を得た時点でのSPO2にも問題はない。

 (3) まとめ
 本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。
 以上から本症例を法的に脳死と判定したのは妥当である。


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