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2.予防の観点からうつ対策を考えてみましょう

 公衆衛生的アプローチを基盤とした活動を展開する保健師等の保健医療従事者にとってうつ対策は、一次予防、二次予防、三次予防の観点から考えると理解しやすいでしょう。


一次予防としてのうつ対策
 一次予防は健康増進と疾病の予防です。うつ病を早期に発見して治療することは重要ですが、自分がうつ病だということに気づかないまま苦しんでいる人がたくさんいます。仮に気づいたとしても他の人に相談することはためらう人も少なくありません。だからこそ、うつ病についての正しい知識の普及・啓発活動や、精神疾患について抵抗なく相談し受診できる地域づくりが必要なのです。またストレスを軽減してうつ病を予防できるように、心の健康づくりのための積極的な健康教育・教室活動も大切です。

<一次予防のポイント>
(1) あらゆる機会を通してうつ病に対する正しい知識の普及、啓発に努める。
(2) 住民がストレスに積極的に対処できる方法を学習できる機会を設け、高齢者の生きがいや孤立予防につながる活動を行い、主体的な健康増進とうつ病予防をめざす。
(3) (1)(2)の活動とともに、住民と行政及び専門職、地域の医療機関(専門科や一般診療科)が連携し、うつ病の相談、スクリーニング及び受診体制を整備する。それにより、自殺やうつ病についての相談や健診、医療機関への受診が抵抗なくでき、うつ病に対する偏見のない、心の健康についての問題を積極的に話し合えるような地域づくりが可能となる。

1) 正しい知識の普及・啓発活動
 地域住民に対して、あらゆる機会や方法を通じて、心の健康づくり、ストレスへの対処方法、うつ病とその症状、地域にある心の相談窓口や健診等の内容について、正しい知識の普及・啓発につとめます。
 以下に、その例をいくつかあげてみましょう。

<普及・啓発活動例>
(1) パンフレットを作成し、全戸配布する。あるいは回覧板を利用する。
(2) ポスターやちらしを作製し、公共の施設や公共掲示板に貼付する。
(3) 自治体発行の広報やホームページに掲載する。できればシリーズで掲載する。
(4) ちらしを作成し、健康まつり等地域のイベントで配布する。
(5) 地域の住民組織(民生委員、保健推進員、老人クラブなど)の会合や研修会で話題にする、情報を提供する。
(6) 基本健康診査、介護予防教室、病態別健康教室など保健事業の際に話題にし、情報を提供する。
(7) 地域の健康まつり、文化祭などで「心の健康」や「うつ病」についての講演会を開催する。
(8) CATV(ケーブルテレビ)や地方新聞を活用する。

2) 健康教育・教室活動
 「心の健康」や「うつ病」について健康教育及び教室活動を住民だけでなく、専門職も対象として実施します。ストレスをコントロールする方法を学習できる機会を設けること、高齢者の生きがいづくりのための活動や孤立を予防し、人との関係をつなげる機会である介護予防活動なども積極的な一次予防活動として重要です。

<健康教育・教室活動のポイント>
(1) 「心の健康づくり」や「うつ病」についての健康教室を地域内の各地区で開催する。また、一般住民を対象とした市民講座を開催する。
(2) 看護職、ホームヘルパーなどの専門職、及び保健推進員、民生委員など地域の住民組織のメンバーを対象とした健康教室を開催する。
(3) ストレスコントロール教室やリラックス教室など、ストレス対処能力向上を支援するための教室活動を開催する。
(4) 高齢者の生きがいづくりのための活動、介護予防活動などを実施する。

 住民に対する健康教育のポイント
健康教育を行う上での注意点
わかりやすい言葉で
住民が集まるあらゆる場所を活用し
うつ病について正しく理解するように
参加者が自分自身や家族にもありうる問題であると気づくことができるように
自分や家族に思い当たることがあったら、気軽に相談や受診する気持ちになるように
地域の心の健康スクリーニングを積極的に受ける気持ちになるように
地域の心の健康の相談窓口や受診できる専門医療機関がわかるように
健康教育に盛り込みたい内容
うつ病はだれでもかかる可能性がある身近な病気であること
うつ病はやる気の問題や気の持ちようではないし、いわゆる遺伝病でもないこと
うつ病では脳内の神経機能に変調が起きており、医学的な治療が必要であること
しかし、死に至る恐れのある病気であり、自殺の背景にはうつ病があること
うつを早期に発見し、治療につなげることで自殺が予防できること
うつ病の症状・サイン:自分が気づく変化、周囲が気づく変化
うつ病の症状・サインを理解し、対象者へ正しい接し方をすること
うつ病にならないためのストレス解消・対処法
うつ病が疑われたら:自分がしたほうがよいこと、周囲がしたほうがよいこと
うつ病は早期発見・早期対応がポイント
うつ病の治療が必要な場合には適切に治療を受けること
治療を焦らない、あきらめないこと
地域の相談窓口、スクリーニング
緊急時の連絡先

3)相談、スクリーニング及び受診体制の整備と住民、行政及び専門職の連携
 心の健康に関する相談窓口を設置して、そのフォロー体制(訪問、相談など)を確立するとともに、抑うつ状態をスクリーニングし、受診及び治療できる体制をつくります。また、地域全体で心の健康を高める地域づくりのための連絡協議会を設置するなど、地域住民と保健所、市町村、医療機関など関係機関との連携を強め、心の健康づくりに関するネットワークをつくります。


二次予防としてのうつ対策
 二次予防は早期発見、早期治療によって、病気の進行や障害への移行を予防する段階です。二次予防活動の中心は抑うつ状態をスクリーニングし、抑うつ状態の可能性を早期に発見して該当者に情報提供することです。

<二次予防のポイント>
(1) 「うつスクリーニング質問票」を用いて一次スクリーニングを行い、陽性者に対して二次スクリーニングを行う。
(2) 住民が気軽に相談できるような心の相談窓口を設置する。
(3) 健診や相談の場等でスクリーニングされたうつ病の可能性のある人々については早期の受診を勧める。

 スクリーニングの実施や相談窓口を設置することが、うつ病に対する住民の認識を高め、心の健康についての気運を高めることにつながります。

1) うつのスクリーニング
「うつスクリーニング質問票」が活用できる場
として以下が考えられます。
(1) 市町村の住民を対象とした定期の健康診査等で
 一度に多くの住民を対象とする基本健康診査などでうつのスクリーニングを行うと効率的です。全員に行うことが難しい場合には、自殺死亡者の年齢の多い40歳以上を対象としても良いでしょう。一次スクリーニング質問票は、基本健康診査の問診票と同封して事前に受診者に配布しておきます。健診当日は、精神面の問診(うつスクリーニング)について充分な説明を行うことが大切です。また、スクリーニング陽性者に対しての事後フォローがとても大切になります。この点に関しては「スクリーニングの実際とその後のフォロー(P7)」を参照してください。
(2) 保健所や市町村における住民からのうつ病に関する相談時に
 住民からのうつ病に関する相談時に、スクリーニング質問票を用いることができます。
(3) 保健師等の訪問時に
 保健医療従事者がうつ病の可能性のある住民を家庭訪問する際に、スクリーニング質問票を用いることができます。
(4) 民生委員や保健推進員等の声かけ、見守り用に
 民生委員や保健推進員等にうつのスクリーニングについての研修等を行います。民生委員や保健推進員などの地域のメンバーがスクリーニング項目を承知することによって、地域の心に問題を抱える住民を支援し,必要に応じて保健師等の保健医療従事者と連携する役割が期待できます。しかしこのような地域組織のメンバーの役割は、あくまでも保健医療従事者へつなげる役割であって、心の健康に問題を抱える人のスクリーニングや専門的援助は専門職が面接して行うことを原則とします。
(5) 普及啓発のためのパンフレットの家庭配布用に(自己チェックとして)
 地域住民のうつ病に対する関心を高め、自分の心の健康状態に気づくことを目的に、自己チェック用としてスクリーニング質問票を家庭に配布してもよいでしょう。

)相談窓口の設置
 地域住民は精神的な問題の相談には躊躇するものですから、相談窓口設置に際しては以下の配慮が必要です。相談窓口での接し方や答え方などの対応方法については、P12三次予防としてのうつ対策、資料2:二次スクリーニングの際の面接のポイント、資料4:本人支援のための具体的アプローチを参照してください。

(1) 相談室は人の出入りが頻繁な場所を避け、プライバシーが保てる場所を選ぶ。
(2) 既存の一般住民を対象とした健康相談を「心の健康相談」の窓口として設定すれば、住民も相談しやすいと考えられるが、この場合、相談内容が漏れないようプライバシーに十分配慮した環境設定が必要。
(3) 心の健康相談窓口を設置する際には、「心とからだの健康相談」「リフレッシュ健康相談」など住民の抵抗のない相談事業の名称にするなど工夫する。
(4) 電話相談やホームページを活用する。
(5) 心の相談窓口の存在を地域にPRすること。

)早期に受診できるようにする
 うつ病の可能性をスクリーニングされた人が早期に受診できるようにするために、抑うつ状態をスクリーニングされた人が早期に受診し、治療できる体制を整備しておく必要があります。
 健診や相談でスクリーニングされたうつ病の可能性のある人に、医療機関に受診するように勧めます。その際に、医療機関では医療保険が使用できることを含めて、公的な経済的支援についても具体的な情報を提供することが役に立ちます。
 なお、受診に抵抗のある人に対しては訪問等により、個別に対応することも大切です。これらの点に関しては「スクリーニングの実際とその後のフォロー(P7)」を参照してください。


スクリーニングの実際とその後のフォロー

 うつ病と自殺の予防にスクリーニングを活用する
 地域の自殺予防の効果を上げるためには、行政機関、医師、保健師、住民組織等が協力してうつ病を早期に見つけ、治療介入を行うことがきわめて重要であり、地域でうつ病や自殺などの精神保健に関する問題を積極的に話し合えるような雰囲気を作り上げていくことが重要です。
 ここでは、厚生労働省の研究班が作成したスクリーニング質問票(主任研究者:大野裕)を用いたスクリーニングの実際について、説明をします(具体的な実践例に関しては資料5:スクリーニングの実践例を参照してください。)

 スクリーニングの実際
 スクリーニングの活用場面としては、以下が考えられます。
保健師の訪問時のスクリーニング
市町村全体の住民を対象とした定期のスクリーニング
地域の病院の受診時(医療スタッフによるスクリーニング、または自己チェック)
民生委員、保健推進委員が見守りや声かけを行い、必要に応じて保健師など地域医療従事者と連携する。

 ここでは、市町村が実施する基本健康診査にスクリーニングを導入した場面について説明をします。

(1) 基本健康診査にスクリーニングを導入した場合のフローチャート(図1
(2) 一次スクリーニングテスト『心の健康度自己評価票』(図2
(3) 一次スクリーニングテスト判定票(図3)
(4) 二次スクリーニングアセスメント(質問の進め方例)(質問の具体例に関しては資料2:二次スクリーニングの際の面接のポイントを参照してください)


図1 基本健康診査にスクリーニングを導入した場合のフローチャート


図1 基本健康診査にスクリーニングを導入した場合のフローチャート

図1 基本健康診査にスクリーニングを導入した場合のフローチャート


図2 一次スクリーニングテスト

図2 一次スクリーニングテスト図


図3 一次スクリーニングテスト判定票

図3 一次スクリーニングテスト判定票

※: 質問票の「最近」とは「最近2週間」を意味する。
※: 問6の「死」とは、「自殺に結びつくような死」を意味する。

一次スクリーニングで危険性が高いと判断された人に、面接による二次スクリーニングを実施。

〔参考〕 図1−3は、平成11−12年度厚生科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業「うつ状態のスクリーニングとその転機としての自殺の予防システム構築に関する研究」総合研究報告書(主任研究者、大野裕)において開発。なお、報告書によると、スクリーニング調査票の項目は地域在宅高齢者を対象にGeriatric Depression Scale (GDS; Yesavage, 1988)が6点以上の抑うつ群との関連をみたところ、本スクリーニングで2点以上の場合の感度は.705、特異度は.729であった。
この他にもうつ病に関する質問票(GDS, Self-rating Depression Scale (SDS), Center for Epidemiological Studies Depression (CES-D), Quick Inventory of Depressive Symptomatology (QIDS))が開発、使用されているので、対象者によってこうした質問票を併用したり、睡眠や食欲などの身体症状やADL、社会的支援の有無などもあせて聴取したりすることが望ましい


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