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2.臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価

(1)脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は、他の診療機関の頭部CT上でくも膜下出血が疑われたため、10月23日14:51当該病院に救急車で搬送された。来院時意識レベル(JCS20)、頭部CTによりくも膜下出血と診断されたが、脳血管撮影を行っても出血源を示す所見は得られなかった。その後、意識レベルはJCS30で推移した。この間、不穏状態が続きミダゾラムを使用している。10月27日、突然JCS100となり、頭部CTで水頭症と判断され、腰板ドレナージが行われた。10月30日、収縮期血圧が200mmHgとなり、神経症状が悪化し、再出血が考えられたが、頭部CTでは新たなくも膜下出血を認めなかった。10月31日、意識は改善したが、不穏状態が続くためミダゾラムを使用しているが、11月2日には中止している。11月3日3:45突然、呼吸停止、JCS300、瞳孔散大、血圧低下をきたしたので、気管内挿管を行い機械的人工呼吸を開始した。頭部CTでくも膜下出血及び脳室内出血の再出現を認め、3回目の出血と診断された。以後、血管作動薬により血圧は維持されたが、JCS300、瞳孔散大、自発呼吸はなかった。
 以後循環・呼吸管理により血圧は維持できたが、深昏睡、瞳孔散大(右5mm、左5mm)、自発呼吸はなかった。本症例では11月3日19:25に臨床的に脳死と診断されたが、ミダゾラムが2日8:00まで投与されていたので(持続点滴中止前33時間の総投与量77mg)、48時間の経過を待ち、再度、11月4日9:30臨床的に脳死と診断した。ついで、第1回法的脳死判定を行い(11月4日13:36終了)、6時間おいて第2回法的脳死判定を行った(11月4日22:08終了)。

 本症例は前章で詳述したところから脳死判定対象例としての前提条件を満たしている。すなわち、
 1) 深昏睡で人工呼吸を行っている状態が継続している。
 11月3日4:00突然の深昏睡をきたし呼吸停止がおき、気管内挿管を行い人工呼吸器に接続して機械的人工呼吸を開始してから、臨床的な脳死の診断までに約29時間経過している。

 2) 原因、臨床経過、症状、CT所見から、原疾患が確定されている脳の一次性、器質性病変であることは確かである。

 3)また、診断・治療を含む全経過から、現在行い得る全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性が全くないと判断される(1.初期診断・治療に関する評価参照)。

(2)臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定について
1)臨床的な脳死の診断
〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(11月4日8:00から11月4日9:30まで)
 体温:35.6℃    血圧:98/59mmHg 心拍数:98/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右6.0mm      左6.5mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
施設における診断内容
 以上の結果から臨床的に脳死と診断して差し支えない。

 11月4日に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、O1、O2、T3、T4、A1、A2で、記録は単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2、T3-A1、T4-A2)と双極導出(Fp1-C3、C3-O1、Fp2-C4、C4-O2)とで行われている。さらに心電図の同時記録も行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図のアーチファクトが重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。
 なお、臨床的な脳死診断の前(11月3日)にも脳波検査が行われている。その時の電極配置は単極導出は4日と同様で、双極導出はFp1-T3、T3-O1、Fp1-C3、C3-O1、Fp2-C4、C4-O2、Fp2-T4、T4-O2)で行われている。さらに心電図の同時記録も行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図のアーチファクトが重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

2)法に基づく脳死判定
〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回) (11月4日11:51から11月4日13:36まで)
 体温:35.4℃
 血圧:開始時 121/73mmHg  終了時  111/62mmHg
 心拍数:開始時 100/分     終了時  108/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右 6.0mm  左 5.5mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト: 陽性  
  (開始前) (6分後) (9分後) (11分後)  
PaCO2 41 53 62 69 (mmHg)
PaO2 324 312 271 258
検査所見(第2回) (11月4日19:40から11月4日22:08まで)
 体温:35.8℃
 血圧:開始時 109/61mmHg  終了時 90/49mmHg
 心拍数:開始時 100/分     終了時 103/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右 6.0mm  左 5.5mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト: 陽性  
  (開始前) (8分後) (11分後) (13分後)  
PaCO2 45 60 66 72 (mmHg)
PaO2 187 156 102 90
施設における判定内容
 以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(11月4日13:36)
 以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(11月4日22:08)

(1)脳波所見について
 第1回法的脳死判定時における脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、O1、O2、T3、T4、A1、A2で、記録は単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2、T3-A1、T4-A2)と双極導出(Fp1-T3、T3-O1、Fp1-C3、C3-O1、Fp2-C4、C4-O2、Fp2-T4、T4-O2)とで行われている。さらに心電図の同時記録も行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図のアーチファクトが重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。
 第2回法的脳死判定時における脳波は、第1回法的脳死判定時の脳波と同じ電極配置で記録されている。心電図以外に筋電図の同時記録も行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。脳波には心電図のアーチファクトとともに筋電図アーチファクトを認めたが、これらの判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

(2)無呼吸テストについて
 2回とも必要とされるPaCO2レベルを得ており、テストを終了している。テスト中のSaO2は、98〜100%に維持されており問題はない。

3)まとめ
 本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得たうえで、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。
 以上から本症例を法的に脳死と判定したのは妥当である。


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