1 | 石綿肺 石綿肺とは、(1)胸部エックス線所見で、両側下肺野の線状影を主とする異常陰影(じん肺法による胸部エックス線の像の型の区分が1型以上)を呈し、しばしば両側性の胸膜プラークや、びまん性胸膜肥厚を伴う、(2)石綿への職業ばく露の証拠、(3)持続性の両側肺底部の吸気性捻髪音、(4)拘束型換気障害を主とする肺機能異常、(5)他の類似疾患や石綿以外の原因物質による疾患を除外する、この5つの要件のうち(1)、(2)、(5)は必須である。 明らかな石綿の職業ばく露歴のない、石綿肺様の胸部エックス線所見(下肺野の線状影を主とする異常陰影)に遭遇した場合には、石綿肺以外の疾患を疑うべきである。じん肺症の中でもアルミニウム肺、mixed dust pneumoconiosisは石綿肺に似たエックス線像を呈するが、職業歴の詳細な聴取により鑑別は可能である。一方、非特異的要因として、吸気不十分な条件や多量喫煙者の場合にはじん肺エックス線像の型の区分が1型程度の不整型陰影を呈することがあることにも留意する必要がある。胸部HRCTの所見としては、(1)小葉内間質肥厚像及び小葉間隔壁肥厚像、(2)胸膜下曲線様陰影、(3)肺実質内帯状像、(4)胸膜下楔状像、(5)スリガラス状陰影、があげられる。また、石綿によって生じる胸膜プラークも容易に検出できる。 石綿肺は高濃度の石綿ばく露によって発生する疾患であり、最近ではhoneycombing(蜂巣状)を呈するような進行した石綿肺を見る機会はそれほどあるとは思われない。軽度(早期)の石綿肺の診断に際しては胸部HRCTの上述の所見が参考になるものの、決め手とはならない。むしろ、石綿以外の間質性肺線維症との鑑別には、胸部CT検査での胸膜プラーク所見の方が重要である。 |
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2 | 胸膜プラーク 胸膜プラークそのものだけでは肺機能障害を示さないものの、過去の石綿ばく露の指標として重要であることは既に述べた。したがって、肺がんや中皮腫患者に特徴的な胸膜プラーク所見を胸部エックス線や胸部CTで認めた場合、あるいは胸腔鏡や手術/剖検時に肉眼で認めた場合には、職業性、副次的職業性、近隣性、家族性等何らかの石綿ばく露があたことを想定し、石綿ばく露歴が不明であった場合には、改めて詳細な職業歴や居住歴を聞き取り、石綿ばく露歴を把握すべきである。 好発部位は、胸壁背外側第7〜10肋骨レベル、外側第6〜9肋骨レベル、前胸壁第4肋骨レベル、傍脊椎領域、横隔膜ドームであり、肺尖部や肋骨横隔膜角には通常みられない。進行例では心嚢にも見られることがある。肉眼的には表面に光沢のある白色を呈し、平板状の凹凸を有する隆起として認められる。刷毛で掃いたような薄いものから10mm以上の厚さを有するものまで存在する。石灰化すると硬くなり、厚いものでは胸腔穿刺時等に針が通らないこともある。胸壁では肋骨の走行に沿い、進行と共にそれらが融合してくる。原則として、非対称性に両側の胸膜に認められるが、癒着を伴う先行性の病変があるときや胸膜プラークの初期段階には、一側性にしか見られないこともある。 前述のような肉眼所見は、手術時や胸腔鏡検査時、あるいは剖検時に認められる。問診で石綿ばく露に注意が払われていなかったり、無いと考えられていた症例にこのような所見が認められたので、詳細に再聴取した結果、石綿ばく露歴が判明したということもまれではない。手術時や検査時に胸膜プラークの有無を記載する習慣が大切である。 胸膜プラークは、胸部エックス線上、face-on(正面)かin-profile(接線方向)で見られる。胸膜プラークをface-onでみた場合、結節状、数珠球状、線状、索状、菱形、地図状、分葉状、ひいらぎの葉状などと形容される多様な形状を示す。横隔膜ドームに沿って見られる石灰化胸膜プラークも様々なパターンを示すが、特徴的であり、一側であっても診断は比較的容易である。 in-profileに見られる非石灰化胸膜プラークは、胸部エックス線上、前鋸筋と外斜胸壁筋が重複して生じる陰影、胸膜外脂肪組織や、肋骨随伴陰影(肋間筋、脂肪組織)と混同され易いので注意が必要である。肥満者にみられる脂肪による胸郭内に投影された陰影は、通常対称性であり、しばしば鋸歯状に見える。結核などの炎症後の胸膜変化との鑑別は、同側の肋横角が消失していることや、びまん性に肥厚陰影が見られることにより、多くの場合容易である。筋肉による陰影は、どの場合にも三角形、ダイヤモンド型、V字型、逆V字型のいずれかの似通った形をしていること、陰影の中央の境界は明瞭であること、通常第4肋骨から下の肋骨付近に見られる。これに対し、胸膜プラークの陰影は、形は様々で陰影の中央部は境界やや不明瞭であり、通常第6〜9肋骨付近に認めることが多い。厚さ1〜10mm程度の陰影で、側胸壁の内面に平行に認められる。斜位方向撮影の併用は、背腹方向単独に比べて胸膜肥厚の検出率を約50%向上させたとの報告がある。他方、斜位撮影の併用は石綿胸膜病変の検出率を高める反面、個々の症例について読影者間の不一致率を有意に増大させ、判定の信頼度をかえって低下させるとの報告もある。最近では、CTが普及していることから、胸部エックス線で胸膜プラークを疑わせる所見を認めた場合には、胸部CT検査を実施して確認するのが良い。 胸部CTでは限局性、平板状で平滑あるいは結節状の胸膜肥厚としてみられる。石灰化を伴わなくてもCT値*1はやや高く、筋層ないしそれ以上である。胸膜下脂肪層とはCT値により、胸壁の筋肉とは解剖学的位置により区別される。 胸部CTは胸部エックス線より胸膜プラークの検出に優れている。これまでの諸家の報告から、胸部CTの胸膜プラーク検出率は、胸部エックス線の場合の概ね2倍であると言える。 胸部CTは胸壁軟部陰影や肋骨随伴陰影との鑑別も容易である。胸部CT上、傍脊椎領域で肋間静脈が胸膜プラークと似た像を呈するが、石灰化を伴わず3mmを超えることはなく、多スライスにわたることもない。また、肺内に突出することもない。 HRCT画像の画質は機種によって異なるが、同じ機種を用いても撮影条件によって大きく左右される。電圧140kV、170mA、撮影時間1秒、FOV*1 34.5cm、15mm〜20mm間隔、1〜2mm厚でヘリカルではなく通常のモードの撮影が基準である。撮影後、左右別々にFOVを20cm前後にて高周波数強調関数を用いて画像再構成を行ってHRCT像を作成する。画像表示はwindowレベル−700H前後、window幅1200〜1500Hの肺野条件とwindowレベル0H前後window幅300H前後の縦隔条件の2条件で表示する。 剖検肺で確認された胸膜プラークの胸部エックス線での検出率は極めて低い。これまでの報告から見て、胸部エックス線の胸膜プラークの検出率は8〜40%程度である。Hillerdalら(1980)は、胸膜プラークについて剖検肺と胸部エックス線を検討し、厳密な診断基準を用いると胸膜プラークの12.5%しか胸部エックス線では診断できなかったと述べている。Hourihaneら(1966)は、381例の剖検肺の4.1%に胸膜プラークを認めたが、そのうちの13.7%しか胸部エックス線で検出されなかったと報告している。また、胸壁軟部組織や肋骨随伴陰影などの正常の陰影を胸膜プラークとみなされる率は20%以上といわれる。中皮腫が疑われ、胸膜プラーク所見が画像(胸部エックス線、胸部CT)で認められない場合、中皮腫の確定診断及び胸膜プラーク所見の確認のためには病理解剖所見に頼らざるを得ないこともある。 |
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3 | 石綿小体(石綿繊維)
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4 | 小括 石綿肺は、石綿による間質性肺炎・線維症である。単なる不整形陰影を呈する「じん肺」ではなく、診断には明確な石綿ばく露歴が要求される。つまり、石綿肺の臨床診断には高濃度の石綿吸入歴を疑わせるだけの職業歴が必要である。後述する胸膜プラークとは異なり、石綿の職業ばく露歴のない者に係る石綿肺様の胸部エックス線所見(下肺野の線状影を主とする異常陰影)に遭遇した場合には、石綿肺以外の疾患等を疑うべきである。 胸膜プラークは、胸部エックス線で石綿肺所見を有しないばく露によっても発生することが知られている。胸膜プラークそのものだけでは、肺機能障害をもたらさないか、あってもごく軽度であるが、過去の石綿ばく露歴の標識として重要である。この胸膜プラークは、ある程度の広がりがある場合には、胸部エックス線写真等での画像所見により証明される。また、手術時、胸腔鏡検査時、剖検時には、肉眼的所見として得られる。しかし、小さい、あるいは薄い胸膜プラークについては組織学的検査が必要である。 胸部CT(胸部HRCTを含む)、胸部腫瘍の確定診断等のための胸腔鏡検査など、近年の医学・医療技術の発展により、胸膜プラークの所見を画像や肉眼で観察する機会が増えてきたと推測される。しかし、従来、胸膜プラーク所見を認めたからといって、石綿との関連を疑い、職業歴を聞き取りにより、石綿ばく露歴を調べるようなことが頻繁に行われてきたとは言い難い。いずれにしても手術時や検査時に胸膜プラークの有無を記載する習慣が大切である。画像所見として胸部CTとくに胸部HRCTの診断価値は高い。 中皮腫の患者については、胸部HRCTは、積極的に行っておくべき検査の一つといえる。胸膜プラークが、石綿ばく露の重要な指標の一つであることを周知徹底する必要がある。ただ、石綿ばく露者すべてに胸膜プラークが石綿ばく露から15〜40年後に出現するかというと、必ずしもそうではない。胸膜プラークの発生機序については、いまだ十分には解明されておらず、胸膜プラークの所見を認めなかったことのみをもって、石綿の職業ばく露を否定する根拠とはなり得ない。 このような場合に、職業ばく露の手がかりを与えてくれるのが、生検肺、手術肺、剖検肺等の試料からの石綿小体の検出である。石綿小体は、肺内に比較的容易に光学顕微鏡や位相差顕微鏡で検出できる医学的所見であり、組織切片標本内に多数存在する場合の観察は容易である。組織切片標本1cm2あたり1個以上の石綿小体が検出されれば、職業ばく露の指標とされる。しかしながら、少数の場合には標本の隅から隅まで探さなければならず、慣れないと見過ごされ易い。また、石綿小体は角閃石族の石綿を核として形成されることが多く、蛇紋石族のクリソタイルでは、石綿小体を形成することが少ない。さらに、クリソタイルはホルマリンが中性でない場合には溶解しやすい傾向がある。 このような理由から、石綿の職業ばく露の機会が明らかであるのに、石綿小体が検出されない場合には、分析透過型電子顕微鏡による石綿繊維の検索が必要になる。石綿繊維の定量は、一部の先進国の研究機関や大学等で行われているが、今までのところ、国際比較に耐えうることができるような標準手法等は確立されておらず、また、計測に用いる試料の種類や採取部位、処理方法等で計測される数値はかなり異なることは容易に理解される。したがって、定量された数値を諸外国の報告と比較することには慎重でなければならない。 このように、石綿肺、胸膜プラークの所見が認められない場合であっても、石綿小体や石綿繊維の定量値が得られている場合には、これにより、職業ばく露の機会の有無を推定することができる。 以上、中皮腫の労災認定に際しては、職業上の石綿ばく露歴の確認が重要なことはいうまでもないが、石綿肺、胸膜プラーク、石綿小体の三つが、医療機関において、比較的容易に得られ、かつ重要な石綿ばく露の医学的所見である。 |
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