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資料4


「ドイツにおける障害者施策の展開と介護保険」
平成15/8/26 山口県立大学社会福祉学部 田中耕太郎


I ドイツにおける障害者施策の展開
1.障害者の定義と実態
 社会法典第9編「リハビリテーション及び障害のある人の参加」2条(障害)によれば、ドイツにおいて障害とは「その身体的機能、知的能力又は精神の健康が高い蓋然性で6か月以上にわたってその年齢相応の状態から乖離していて、それゆえに社会生活への参加が阻害されている」状態と定義されている。このように身体、知的、精神という基本的な障害の概念区分は日本と同様である。

 障害の有無や程度の認定は、医師の診断書に基づいて、旧・連邦労働社会省の「社会的補償及び重度障害者法に基づく医療専門家による検査ガイドライン」に基づいて決定される。障害の程度(10から100まで10刻みで示される)が50以上を「重度障害者」と定義し(同条2項)、これに該当する者については、その申請に基づき、連邦援護法の所管官庁である援護庁(Versorgungsamt)が障害の程度の認定と重度障害者証の発行を行っている。この基準や対象者数などから見て、日本の「障害者」にはドイツの「重度障害者」がほぼ対応するものと考えられている。
 重度障害者の総数は2001年末現在671万人で、国民の8%がこれに該当する。このうち、身体障害464万人、知的障害25万人等となっている。

2.ドイツの障害者施策の経緯と特徴
(1)経緯
 ドイツの障害者施策は、歴史的には労災事故や戦傷病者など特定のグループを対象として19世紀末から始まった。すなわち1884の労災保険法が治療やリハビリ給付を開始し、自らの労災病院も保有するようになった。また1890年の障害・老齢保険法(年金法)はその当初から「年金よりリハビリの優先」の原則を掲げ、積極的にリハビリに取り組んできた。また、大量の戦傷病者を出した第一次世界大戦後、1919に始まる戦傷病者扶助法制の中で、とりわけ重度障害者の早期の職場復帰が重視され、使用者に対する重度障害者の雇用義務制度が導入された。さらにこれら労災や戦傷病者に該当しない他の障害者については、「復帰可能な貧困者」として1924年に統一的な扶助原則が作られ、障害者の社会統合が進められてきた。また1927の職業紹介及び失業保険法により、障害者についても雇用促進が進められてきた。
 第二次大戦後の障害者施策は基本的に戦前の体系を踏襲してきたが、社会民主党の連立政権下の1974年にリハビリテーション給付調整法と重度障害者法が作られ、これと社会扶助法に基づく障害者統合扶助がごく最近までドイツの障害者施策の中心となってきた。

(2)特徴
 このような経緯もあり、日本と比較したドイツの障害者施策の特徴は次のようにまとめられる。
リハビリテーション(医学的、職業的、社会的)の重視
一般就労促進(重度障害者雇用義務制度)の重視
福祉的就労の場としての障害者作業所の重視
実現するための仕掛けとしての当事者代表による参加の重視

(3)近年の差別禁止-機会均等原則へのパラダイム転換:憲法改正
 このように長い間、ドイツの障害者施策はいわば社会法的な、生じている不利益を補填する方法論が主流だったが、1990年のアメリカのADAの影響もあり、近年では従来の施策の改善を進める一方で、一人の国民としての差別禁止-機会の均等-バリアフリーという新たなパラダイムに基づく法律改正が急速に進んできた。その先駆けとなったのが、1994年の基本法(憲法)改正で、これにより、3条(法の下の平等)3項に「何人もその障害ゆえに不利益を受けてはならない。」という1文が追加された。

 1998年秋から社会民主党と連帯90/緑の党の連立政権が発足し、この政権下で、まず2000年に「重度障害者の失業克服法」により重度障害者法の改善が図られ、さらに、従来のリハビリテーション給付調整法と重度障害者法を見直して社会法典第9編に「リハビリテーション及び障害のある人の参加」として法典化し、2001年7月1日から施行された。加えて「障害者平等化法」が新たに制定され、2002年5月1日から施行されるなど、最近、ドイツの障害者施策はパラダイム転換を伴いつつ急速な進展を見せてきている。

4.主要施策の具体的内容
(1)リハビリテーション給付
 障害者に対するリハビリテーション給付は、医療リハ、職業リハ、社会リハと各分野にわたり、しかも医療保険、年金保険、労災保険、社会扶助などの各制度においてそれぞれの観点から積極的に行われてきたが、全体として体系が非常に複雑で分かりにくくかった。このため、1974年のリハビリテーション給付調整法により、リハ運営主体の協議会の設置や統一指針の作成、相互協力などが図られたが、社会扶助がその対象に入っていなかったことなど、なお不十分な面があったため、改善を図った上で、2001年の法律改正により社会法典第9編の第1部に編入された。ただし、個別の給付要件や給付内容などは従来通り、各法に個別に規定されている。

(2)重度障害者の雇用促進
 日本の障害者雇用促進法のモデルとなった制度で、戦前からあったが、1974年の重度障害者法により拡充され、失業克服法により改善された内容が2001年の改正により社会法典第9編第2部に編入された。
 中心となる仕組みは、使用者に対する重度障害者の雇用義務と、これを達成できない場合の調整賦課金の徴収である。重度障害者の失業克服法により、2001年1月からは、対象事業所は、従業員を20名以上雇用している使用者で、法定雇用率は5%(日本は1.8%)とされた。また、調整賦課金は、従来は未雇用1名につき月200マルク(105ユーロ)だったが、重度障害者の失業がなかなか改善されないため、雇用率の低い使用者に対して350マルク(180ユーロ)、さらには500マルク(260ユーロ)と傾斜がつけられた。

 2000年10月現在で、義務的雇用対象者数は123万人で、これに対して実際に雇用されている重度障害者は76万人で、実雇用率は3.7%となっている。
 調整賦課金は約10億マルク(2001年)で、その55%は各州の統合庁(旧・中央扶助官庁)が重度障害者の雇用開発、援助付き雇用などの費用に用い、残る45%は調整基金に流れ、地域を超えた重度障害者雇用の促進措置のために連邦雇用庁が使用する。

(3)社会扶助の障害者統合扶助
 ドイツの社会扶助は、狭義の公的扶助に当たる生計扶助と、病気、要介護、障害といった特別な生活上の困難がある場合の特別扶助に大別され、後者については、資力調査の基準が大幅に緩和されるなど、一般の低所得者対策とは区別された体系をとっている。未だ制度としての社会扶助の枠中にあり基本原則の影響を受けるという意味では、日本の措置制度ほど公的扶助からの分離が進んでいないともいえるが、実質的にはこれに近く、公的扶助からの分離、普遍化の過程にあるといってよい。

 ドイツでは長年高い失業率が続いたこともあり、生計扶助も扶助率が3.3%前後と、日本の保護率の4倍以上だが、それでも近年の社会扶助費の伸びの中心は特別扶助で、その中でも介護扶助と障害者統合扶助が主要2分野だった。介護扶助の増加を抑えるために介護保険が導入されたので、その施設給付が開始された1996年以降は介護扶助が急減し、現在では障害者統合扶助がダントツに最大費目となっている。2001年で見ると、社会扶助支出額239億ユーロのうち、生計扶助97億ユーロ、特別扶助143億ユーロとなっており、後者のうち障害者統合扶助は98億ユーロとその68%を占めている。

 ドイツの福祉的就労の中心は障害者作業所であり、ここでは障害の種別や程度に関係なく、一般就労が困難な障害者が働いている。その施設面、人員面、運営面での基準や承認手続きなどについては作業所規則に定められており、補助を受けようとする場合には申請に基づき連邦雇用庁が社会扶助の広域運営主体と協議の上決定する。
 作業所は職業訓練と福祉的就労の場を提供し、3か月間の導入期間、そして2年間の職業訓練期間の費用はほとんどを連邦雇用庁が費用負担する。その後の福祉的就労・社会参加の場としての作業所にかかる経費については基本的に社会扶助の障害者統合扶助の負担となる。2000年で、665ヶ所の承認された作業所で、173,400人の障害者が就労している。

 成人障害者の入所施設は介護施設と同じくホーム法に基づく監督や規制の下に置かれ、2000年で全国に4,107施設、160,346人分が設置されている。

(4)障害者平等化法(Gesetz zur Gleichstellung behinderter Menschen)
 従来の社会法的アプローチを超えて、社会生活のあらゆる局面での障害者の不利益取扱の禁止と平等な参加の実現、そのためのバリアフリーの義務づけが行われ、2002年5月1日から施行された。
 具体的には、
公権力の運営主体に対する障害者の不利益取扱の禁止
建築及び交通におけるバリアフリー化
行政手続き等におけるドイツ語手話その他の補助をつけるよう請求する権利の確立
情報機器におけるバリアフリー化
各種資格法規における欠格条項の全面的な見直し
などが主な内容となっている。

 同時に、これらのゴールを柔軟にしかし実効ある形で実現するための手法として注目すべきは、さまざまな経済領域において、事業者団体と障害者団体が具体的なバリアフリーの目標について交渉し合意する枠組みが作られた点であろう。交渉権が認められる障害者団体は、障害者参加審議会の推薦に基づき連邦保健・社会保障省が承認し、また、この合意内容に違反があった場合には、障害者団体に団体訴訟の出訴権が認められている。このような当事者交渉・共同決定方式はドイツの労使関係を始めさまざまな分野で導入され効果を上げている手法であるが、とりわけ障害者施策の分野では当事者参加が重視されており、しかも、公権力による硬直した強制は経済の実態とそぐわず過重な負担をもたらす可能性もあるところから、このような当事者交渉方式が今後どのような実績を上げるか、注目される。


II ドイツの介護保険と(若年)障害者
1.制度の基本的な枠組みとその考え方
(1)ほぼ全国民が被保険者
 公的医療保険に加入している者は疾病金庫に併設される介護金庫を保険者とする公的介護保険への加入が義務づけられ、民間の医療保険に加入している者はその保険会社の介護保険に加入が義務づけられている。
 その結果、介護保険の被保険者は、
公的介護保険: 7064万人 (2003年1月1日現在)
民間介護保険: 857万人 (2001年12月31日現在)
と、全住民の約96%が介護保険に加入している。
 なお、公的介護保険においては、公的医療保険と同様に、被扶養家族は独自の保険料負担を必要とせずに同一の給付が保障されている。

(2)年齢による区別はない
 ドイツでは医療保険に加入している限りすべての年齢の住民が被保険者となっており、これが要介護状態になった場合に、日本のように年齢と原因によって介護保険からの給付の有無に差が生ずることはない。要介護状態の判断基準は同一であり、子どもの場合には同年齢の子どもと比較して障害や病気ゆえにより多く介護が必要とされる部分だけを要介護と認定する。

(3)「要介護」の概念は日独で基本的に共通
 ドイツの介護保険における要介護者とは、「身体的、知的又は精神的な病気又は障害のために、毎日の生活の経過の中で日常的及び規則的に繰り返される活動を行うのに、長期にわたり(少なくとも6か月以上に及ぶことが見込まれる期間)相当程度の援助を必要とする者」と定義されており、基本的な概念は、日本と同様である。
 ただし、日本の介護保険が対象となる要介護の程度を軽いものから広くとっているのに対し、ドイツの介護保険は限られた財源を必要度の高い人に集中するために中程度以上の者に対象を絞り3区分としているなど、背景や狙いの違いからいくつかの差異はある。
 受給者数は次の通り(2001年介護統計による。同年末現在):
  要介護度I 要介護度II 要介護度III
在宅給付 144万人 78万人 50万人 15万人
施設給付 60万人 20万人 27万人 13万人
合計 204万人 98万人 77万人 28万人

(4)ドイツの在宅給付は現物給付と金銭給付の選択制
 ドイツの介護保険では在宅給付は、専門的な訪問介護事業者による現物給付と、家族その他要介護者自身が介護力を確保した場合の金銭給付、そして両者の組合せ給付が自由に選べることになっている。
 その比率は要介護度が高いほど現物給付が選択される割合が高く、また、給付額で見ると創設時の1995年に19%だったのが2002年には36%と、現物給付の割合が年々高くなってきている。

2.(若年)障害者の介護保険における扱い
(1)要介護者については年齢による差異はない
 1.の説明から明らかなように要介護者については認定基準に該当すれば年齢には関係なく対象となる。ただし、いうまでもなく、あくまでも要介護という概念は障害という概念とは全く別の概念であり、最重度の障害に該当しても要介護非該当ということはある(完全に聴覚を失った人の場合など)。

(2)障害者施設は介護施設から除外
 しかし、制度創設時から要介護に該当する障害者、とりわけ障害者施設の利用者を介護保険の対象とするかどうかは大きな問題となっていて、政府は主に財政的理由から当初これを完全に対象から除外することとした。これに対して、民間福祉団体や地方自治体が強く批判し、議会における法案をめぐる修正交渉過程で次の(3)のように費用の一部を介護保険から給付するという妥協は行われたものの、政府は保険料負担の限界から給付拡大に極めて拒否的で、基本的にこの姿勢を貫いた。

 その結果、「介護施設」を定義する社会法典第11編(公的介護保険)71条においては、「病人又は障害者の医学的な予防若しくはリハビリテーション、職業的若しくは社会的統合又は学校での訓練若しくは養育をその主な目的とする施設や病院は介護施設には該当しない。」と、障害者施設や病院を明確に介護施設から除外し、介護金庫との介護契約による介護保険からの施設給付の可能性を排除した。
 ここにいう「施設」には入所施設のみならず、通所施設も含まれるため、例えば障害者作業所なども介護施設には該当しない。
 したがって、これら障害者施設は、従来通り、各種のリハビリテーション給付や社会扶助の障害者統合扶助からの給付によって財政措置されることになる。

(3)障害者入所施設については施設費用の一部だけを介護保険から給付
 上記のように大きな論争はあったものの、極めて厳しい財政制約下で障害者施設は介護施設から除外されたが、若干の妥協措置として、43a条が新たに設けられ、障害者扶助のための入所施設に入っている要介護者に係る介護費用、社会的世話の費用及び看護費用として社会扶助法に基づいて合意された施設利用料の1/10(ただし、月額256ユーロを限度とする。)を介護金庫から支払うものとされた。
 この対象者は約6万人で、支給額は約2.1億ユーロ(2002年)と、給付額全体の1%にとどまっている。

3.日独で比較する場合に考慮すべき点
 以上から明らかなように、ドイツにおいても障害者施策と介護保険の関わりについては、(1)介護保険はそもそも障害児・者に対する教育から職業訓練、生活支援といった幅広い支援サービスのうちの「介護」に限った部分についてのみ共通項を有するにとどまり、(2)その介護部分についても主に財政制約を理由に障害者施設における介護費用を原則として除外した上で、(3)そのごく一部に限って介護保険から給付する、という極めて中途半端な整理のままで現在に至っている。

 日本の場合には、色々な意味でドイツとは異なった事情があり、介護保険を(若年)障害者に拡大することについてはその功罪を見極める必要があるものと考えるが、ドイツとの比較でこの問題を考える際には、特に次の諸点の相違を踏まえた考察が必要であると考える。

  ■  ドイツは社会扶助を基礎に置いた「部分保険」

  ■  介護保険の給付は限度額付きの定型的給付

  ■  日本の介護保険は金銭給付の選択肢が無い

(了)


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