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第6章 今後の資質向上推進方策

1 現任教育体制強化の基本的考え方

(1)人材育成指針の策定

 昨今の地域保健を巡る社会状況は、少子・高齢化、国際化、情報化が一層進展するとともに、環境問題や食品の安全衛生等を含む健康問題全般に対する社会的な関心が高まる中、これまで以上に大きく変化しつつある。
 こうした地域保健に関する様々な課題に取り組んでいる各自治体においては、地方分権が浸透する中で、今後、自己決定と自己責任の原則の下で、情報公開と市民参加を基調としつつ、民間団体等の様々な活動とも連携、協力しながら、総合的な地域保健行政を、より効率的に推進していくことが求められている。
 そのためには、何よりも第一線で地域保健業務に携わる職員が、時代状況の変化や国民のニーズを的確にとらえ、新しい発想で地域特性を生かした施策を展開していくことが必要であり、地域保健従事者にはこれまで以上に、新たな課題に積極的に挑戦する意欲や実行力、柔軟な発想や高い専門性等が求められてくることとなる。
 こうした職員の資質向上に向けて、現在、各地方自治体においては様々な施策が取り組まれているところであるが、現任教育の取組をより体系的、総合的に推進するためには、各地方自治体において、地域保健従事者の人材育成の目標となる職員像を明らかにした上で、少人数配置の職員を考慮に入れて、職種ごとの業務特性や、育成段階に応じた施策展開の考え方や方向性、具体的に取り組むべき施策等を盛り込んだ「人材育成指針」を策定し、これに基づき、計画的に職員の資質向上を推進していくことが重要である。

(2)具体的な制度・仕組みづくり

 職員の資質向上に向けた取組を進めていく中では、ともするとこうした取組の位置づけが不明確であり、また、このような取組への関わり方の判断やその内容が、各所属の管理者に委ねられがちなこと等から、例えば、研修の受講機会の確保や指導・助言の体制や方法等が、同一の地方自治体内でもまちまちになるといったケースが見受けられる。
 このため、人材育成指針の策定にあたっては、これを単なる努力目標とするのではなく、組織としての共通の目標であるという位置づけを明確にすることが重要である。
 また、その実施にあたっては、人事評価、関係団体等への派遣研修、行政部門でのOJT、ジョブローテーションといった組織全体としての人事管理制度との連携や、これらの施策の実施に伴う予算措置等、制度面、実態面での環境整備を行うとともに、具体的な施策の検討にあたっては、地方自治体の実情を踏まえ、専門性向上の観点から研修方法やカリキュラムの内容、指導・助言方法等について、最も効果的な仕組みを構築していく等、トータルな観点からの取組を進めることが必要である。

(3)管理者の意識改革

 職員の資質向上を効果的に進めるためには、職員自身、管理者、研修・人事担当部門が、各々の果たすべき役割を十分に理解し、継続的にその役割を担っていくことが必要である。
 こうした中で、特に管理者は、組織として業務を遂行していく上でキーパーソンの立場にあり、また、職員の能力や適性の把握、日頃の業務を通じた部下の指導育成といった点で重要な役割を担っていることから、明確な意識をもって、部下職員の資質向上に取り組むことが必要である。
 これまで、管理者は、ともすると職場の人間関係を重視するあまり、部下職員の仕事ぶりや職務に対する姿勢といった点について不十分な点があったとしても、これらについてきちんとした指摘を行うことなく、専ら本人の自覚に任せるという対応をとりがちであった。しかしながら、時代状況の変化に伴い、職員の意識も変化している中で、若手職員については、むしろ業務を進めていく上で何が不足しているのか、また、そのためにはどのようなことに取り組んでいけば良いのかといった点を直接指摘して欲しいと望んでいる傾向があり、また、客観的かつ公正な評価が行われるのであれば、この結果を人事配置や昇任昇格といった人事上の処遇や、特別昇給、勤勉手当といった給与上の処遇に反映していくことについても自然に受け止める姿勢がうかがわれるところである。
 このため、人材育成指針の策定にあたっては、日頃の業務管理を通じて部下職員の指導育成を図ることが管理監督者の重要な責務であるということを明示するとともに、現任教育を巡る個々の施策の実施にあたっても、評価者や研修指導者としての役割と責任を制度的に位置づける等、管理者の意識改革を図っていく必要がある。     

2 具体的な資質向上推進方策

 これまで、地域保健従事者の現任教育の現状、問題点、今後の課題を明確にし、現任教育体制を強化するための基本的な考え方を整理した。
 その中で、今後、地方自治体及び地域保健従事者自身、並びに国等が取り組むべき推進方策を以下の9点にまとめた。  

(1)地域保健従事者全体の研修企画体制の明確化

 地域保健従事者全職種の人材育成を統括する体制が不明確であること、職種によっては研修体系が整備されていないという問題が明らかになったことから、地域保健従事者全体の資質向上を担当する部門を組織として位置づける必要がある。
 その上で、各自治体において、組織としての人材育成指針を策定し、それに基づき、地域保健従事者の資質向上を担当する部門が、専門能力及び行政能力の到達目標を明らかにした上で、現任教育の4つの手段(職場外研修、職場内研修、ジョブローテーション、自己啓発)を用いた現任教育体系を構築することが必要である。また、研修の企画を専門的に担当する者を位置づけ、研修に関する質を確保する等、現任教育体制を強化する必要がある。
 しかし、研修実施機関の担当者は、地域保健分野の専門家ではないことが多く、また、研修の企画者は、教育の専門家ではないことが多いことから、研修企画者と実施者が相互に協力して研修を行っていくことが必要である。
 一方、それぞれの職種において、より専門性を高めるための研修は、都道府県で行うことが困難な場合が多いことから、国レベル(ナショナルセンター)や関係団体等が行う必要がある。地域保健従事者はこのような研修に派遣されているが、国レベル(ナショナルセンター)の研修や関係団体の研修がそれぞれの考え方で行われており体系化されていないため、専門能力を積み上げることができない状況であることが課題として挙げられている。このため、国は、国レベル(ナショナルセンター)、都道府県、関係団体、大学等の研修機関が研修の目的や内容について情報収集・情報提供を行い、調整等において指導力を発揮することが期待される。

(2)市町村の研修体制の強化

 研修を企画、実施する体制としては、職員数をある程度確保することが必要であるので、職員数の少ない市町村や、専門職員が少人数配置となっている場合には、これを補完する体制を検討する必要がある。
 市町村は、基本的な行政研修については自ら企画、実施することが可能であるが、専門研修については困難であるので、国レベル(ナショナルセンター)、都道府県、保健所、関係団体等が開催する研修に派遣することが必要である。しかし、財政状況が厳しくなっていることから、遠方への派遣が困難であるため、都道府県、保健所がその役割を担うことが必要である。特に保健所は市町村にとって、身近な公衆衛生の専門機関であるので、保健所を専門研修の中核として位置づけることが必要である。この場合、保健所ごとの格差を少なくするために、都道府県が保健所の研修指針等を策定し、保健所の企画する研修の質を確保することが必要である。
 しかし、保健所が市町村職員に対する専門研修のすべてを実施することは困難であるので、都道府県がそれを支援する体制をとることが必要である。

(3)行政研修の強化

 地方分権の推進等により、地域保健従事者は、専門的な業務に加えて、行政的な業務を行うことが必要となってきている。
 しかし、行政的な業務を行うための人材育成は、いままで十分に行われてこなかったことから、その充実、強化が求められている。
 まず、どのような行政能力を身につける必要があるのかを明らかにした上で、地域保健従事者の研修体系に行政研修を位置づける必要がある。
 その上で、現在、事務職員を対象とした行政研修の体系に、地域保健従事者を組み入れること、また、このような行政研修に地域保健分野を対象とした内容を組み入れていく必要もある。そして、専門分野と行政施策を組み合わせたテーマ、例えば健康日本21の計画策定と推進のような内容の研修やプロジェクトを組み、地域保健従事者の行政能力を高める工夫が求められている。
 それぞれの研修プログラムの企画においては、政策形成に結びつくように、ニーズ把握から事業展開、評価までの一連の流れに沿った研修を企画ことが必要である。
 また、管理的なポストに就く者には、特に行政研修が必要であり、自治大学校等の全国レベルの研修にも参加できる道を開く必要がある。さらに、国立保健医療科学院においても、管理者を対象とした専門能力と行政能力を組み合わせた研修プログラムを開発し、実施することが望まれる。
 一方、行政研修はOJTが重要である。OJTを行うためには、専門分野の業務と企画や財政等の行政分野の業務が体験できるような人事異動を行うことが考えられ、また、政策形成を目的としたプロジェクトへの参加を進めることが必要である。
 OJTのために少人数配置職員の人事異動を行う場合には、短期派遣制度、短期ジョブローテーション、任用制度、退職者のプ−ル等の支援制度を検討する必要がある。このような制度を活用することによって、少人数配置職員であっても、OJTが可能となる。
 他方、初任者においても、基礎教育で行政に関する知識を学んでいない実態があることから、初任期に行政研修を受講することが特に必要である。初任者の行政研修というと、オリエンテーションを中心とした座学が主であるが、より具体的な実体験を取り入れた研修等の教育方法の工夫も必要である。一方、基礎教育において、専門教育に加え行政的な内容を含めることも検討すべきといった意見もあった。
 行政能力を高めるための自己啓発としては、自主的な研究会が自治体で行われており、また、学会等も開催されているので、このような機会を積極的に活用することが重要である。また、行政学系の大学院においても専門職を受け入れていることから、このような場の活用も検討することが必要である。

(4)初任期の体系化した研修カリキュラムの作成

 初任期の現任教育において、指導目標、指導内容を明確にし、体系化することが課題として挙げられている。
 この体系化については、基本的な能力、行政能力、専門能力ごとに到達レベルを明らかにした詳細な目標を示し、それに基づき、例えば就業1年目の職員に職場外研修(Off-JT)及び職場内研修(OJT)で習得すべきことを明確にしたカリキュラムを作成することが必要である。
 このような取組を先駆的に行っている例として、沖縄県が作成している「保健師現任教育実施要領」(参考資料3−(1))等があるが、詳細な指導基準を明確にし、これを目指して、初任者は自己啓発を含めた努力をすること、また指導者は指導の成果を評価する等、詳細なカリキュラムとその評価表を作成する必要がある。
 また、初任期のカリキュラムであっても、新卒として就業する場合と、業務経験を積んだ上で新たに地域保健分野に就業する者とでは違いがあること、また、医師や歯科医師等は初任期から管理的業務を求められることから、職種による相違も配慮して、カリキュラムを作成する必要がある。
 このようなカリキュラムの作成に当たっては、国立保健医療科学院、大学等の教育機関の協力を得て作成することも考えられ、特に初任期の現任教育を体系的に実施する上で、大学等との連携は重要である。
 初任期の現任教育を充実させることは、今後、特に重要であることから、都道府県においては、市町村の地域保健従事者も含めた「初任期の現任教育マニュアル」等を作成し、組織全体の共通認識の下で現任教育が進められていく体制を整備することが必要とされている。

(5)少人数配置職員の研修体系の構築

 少人数配置職員の研修を体系化するためには、まず、都道府県において既に体系化されている他の職種を対象とした研修に参加できるようにする必要がある。このため、現在行われている研修の対象職種を拡大し、少人数職種名を明記することによって、少人数配置職員であっても、体系化された研修の受講が可能になると考えられる。
 また、計画的な研修への参加が可能になるよう、研修の年間計画や年次計画のモデルを自治体に示すことにより、少人数配置であっても、研修に出やすい職場環境を整えることにより、研修の体系化を図っていくことが望まれる。また、非常勤職員についても、資質の向上を図る観点から必要な研修等を企画することが必要である。
 さらに、ジョブローテーションとして、自治体の枠を超えた人事交流を検討する必要性が課題として挙げられており、これを進めるためには、まずは、都道府県と政令市間で協議を行い、制度化を図っていくことが望まれる。

(6)OJTの指導体制の強化

 初任期の人材育成を強化していく方法として、前述したように、OJTの方法としては、プリセプターシップやスーパーバイザー制の導入を進めることが必要である。
 このOJTの方法論の違いは、職場にどのような職員が配置されているのかにより、どちらの方法が導入できるのかが決まってくるが、初任者に対して固定した指導者を決めて、指導を行う体制が必要である。
 その上で、指導者に対し、指導方法のマニュアル化を図り、指導者全員に対して指導方法の研修を行う等、OJTを行うための指導者研修の体制整備が重要である。
 実際、OJTの指導者研修は企業等においてはすでに行われているところが多く、自治体では神奈川県においてOJTの手引きを作成し、より実務的な観点からOJTの具体的な進め方を推奨している。
 さらに、同一職種が職場にいない場合には、組織内で異職種であってもOJTが受けられる体制や、組織を超えて同一職種の先輩から指導が受けられる体制を検討する必要がある。
 また、職場外研修として初任者研修を行う際に、指導者がグループ発表等の場面に参加し、初任者の有する課題を理解した上で指導に当たる等、初任者のニーズを踏まえたきめ細かい対応が望まれる。
 このように効果的なOJTの導入を図っていくためには、人事評価と人材育成をリンクする等の体制整備に加え、適切な実践例の報告や、全国規模の研修機関がこのような指導者に対する教育内容、教育方法を開発、普及することが重要となってくる。

(7)ジョブローテーションの推進

 人材育成を考慮したジョブローテーションを実施するためには、組織全体が人材育成に取り組む共通認識を持ち、人材育成担当部門の強いリーダーシップの下に進めていくことが必要である。
 ジョブローテーションは様々な目的から実施されるもので、地域保健従事者がその資質を向上させる上で必要と考えられるジョブローテーションの例は、以下のとおりである。
 1) 専門職としての基本的な実践能力を獲得した後に、一般行政ポストや保健福祉部門以外に配属し、行政実務を幅広く経験することにより、将来、中核になる職員を計画的にジョブローテーションを通して育成する
 2) 住民の生活ニーズに的確に対応できる職員が求められることから、対人保健サービス分野のみでなく、福祉の各分野、教育分野等へのジョブローテーションを行う
 3) 今後、少数精鋭の時代になるので、様々な行政の部署に専門職が入り、ツールの開発等を行う
 4) 都道府県保健所では感染症や精神保健対策が中心となり、市町村では老人保健、母子保健等が主となってきていることから、対人保健サービスを全体的に捉えるためには、保健所と市町村の人事交流を行う
 5) 保健活動を発展させるためには多角的な見方や、豊富な業務経験が重要であることから、市町村間の人事交流を行う
 6) 保健師は、対人保健サービスの実践経験が減少してきており、それをカバーするために介護予防等の外部に委託している業務については、委託先の機関に異動して、直接サービス業務に従事する
 このようなジョブローテーションを人事計画の下に実施することにより、地域保健従事者の幅広い人材育成が図られる。

(8)自己啓発の推進

 初任期に、自己啓発意欲を持って職務に積極的に取り組む姿勢を身につけることは、生涯を通じて業務の遂行に大きな影響を与えることから、自治体が職員の自己啓発を促す体制や環境の整備を図ることは重要な課題である。
 自己啓発意欲を引き出すためには、住民と接することが有効と言われていることから、初任期に地域活動を通して自己啓発の姿勢を身につけることが必要である。
 また、若手の職員に「個別研修計画」を立てさせ、講座選択性で研修を実施している自治体もあり、このような方法も自己啓発意欲を高めることに役立つと考えられる。
 自己啓発を推進するためには、自己学習会や自主研究グループへの参加を推奨すること、その支援を行うこと、学会への発表を積極的に行えるような環境づくりを進めることが重要である。
 また、近年、社会人の大学院進学が増えてきているが、地域保健従事者の大学院進学に当たっては、休職制度を活用する等の支援策が有効である。また、教育職で行われている年間何日かの研修日の制度を地域保健従事者にも応用し、自己の人材育成計画に基づいた教育・研修等への参加を促進することも検討する必要がある。自治体によっては自己啓発として、数日間を職免の取り扱いとしているところもある。
 また、専門職としての現任教育を単位制とし、一定期間に学習することを義務づけることや、研修参加に当たってフレックスタイム制を導入すること等についても検討する必要があり、自己啓発に励みやすい様々な環境を整備することが必要である。

(9)効果的な教育方法の積極的な導入

 地域保健従事者の研修において効果的な教育方法を取り入れるためには、研修を企画する者が新たな教育方法や効果的な方法を導入することが必要である。しかし、多くの自治体において研修の企画担当者は教育に精通している者ではないことから、研修企画担当者に対して効果的な教育方法に関する詳細な情報提供が必要である。
 そのためには、第4章において紹介された教育方法について、現段階で既にこのような教育方法を取り入れて研修を行っている場面をビデオやCD等を使って解かりやすく紹介することや、教育方法のノウハウを具体的に記述した研修マニュアルを作成すること等を通して、効果的な教育方法の普及を図ることが必要である。
 また、第4章で解説したロールプレイやシミュレーション、ケースメソッドを用いた研修を行う場合の課題として、事例等の教材の開発が必要であることが挙げられているが、これらは国立保健医療科学院や大学等の教育の専門機関がプロジェクトを組んで計画的に開発していくことが必要であり、そのための研究費の確保が必要である。このような教材の開発に併せて、これらの教育方法を駆使できる講師の育成を同様の機関で並行して行う必要がある。
 一方、わが国ではITの導入が遅れているが、地域保健従事者のように少人数配置の職員が地域に分散していることから、地域保健分野の現任教育を進めるためには、ITを活用した能力開発の支援が特に重要である。
 これを進めるためには、ITによる教育が進んでいる諸外国の研修プログラムを参考にして、地域保健従事者向けの研修プログラムの開発を国立保健医療科学院や大学等の教育機関が手がけることが必要である。
 一方、知識の習得を目的とした研修プログラムであれば、全国数カ所の教育機関がIT研修を開設することで対応できるが、遠隔研修会やコンサルテーションを行う場合には、双方向の情報交換が行われることになるので、地域特性も考慮に入れると、都道府県単位で行うことが適当と考えられる。この場合、教育機関がこのようなプログラムの開発を行い、都道府県に提供していくことが効率的である。
 また、図書館のIT化を進めることは、自己啓発による能力開発を促進させる上で重要である。地域保健に関する様々な文献が電子図書館に所蔵され、どこからでも文献検索及び文献内容が引き出せるような仕組みを全国1ヶ所でよいので、作っていく必要がある。電子図書館ではこのような機能と併せて、活動事例の検索、内容がある程度わかるようなデーターベースを構築していくことが望まれる。


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