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第5章 地域保健従事者の人材育成の方向性

1 人材育成の基本的考え方

 地域保健活動は、従来から行われていた母子保健、感染症対策、精神保健、老人保健、健康増進等の活動に加え、健康づくり、介護予防、痴呆対策、子育て支援、虐待防止、精神障害者の支援、健康危機管理等の対策を充実させていく必要がある。また、ヘルスプロモーションの理念に沿って、これらの対策を住民ニーズに基づいた健康政策として展開するためには、それぞれの行政機関において、ニーズを把握するための保健事業や調査研究、地域の健康課題のアセスメントを行い、それに基づく事業の企画立案、保健事業の進行管理、評価を行う必要がある。
 一方、地域保健従事者はこれまで保健サービスの提供に重点を置いて活動を行ってきたが、行政改革、地方分権の推進により、地方自治体の役割が変化し、専門職であっても行政運営に携わることが必要となってきている。このようなことから地域保健従事者は、住民に対する心のやさしさに加え、地域保健に関する専門的知識・技術及び政策立案等の行政職員としての能力を兼ね備えた人材が求められている。
 しかし、地域保健従事者は、基礎教育において、それぞれの専門分野の知識及び技術を習得し、資格を有する者が大部分であるが、行政運営に関する教育はほとんど受けていない状況である。そのため、地域保健従事者は、専門的な能力を高めるだけでなく、行政機関に働く職員としての基本的な能力及び行政職員としての能力を身につけることが必要である。
 地域保健従事者の能力を開発する基本的な方向は、それぞれの地方自治体において、首長の意向を受けた人材育成部門が人材育成指針及び目標を示し、その上で具体的な能力開発を体系的に行うことが基本である。
 人材育成の目標に沿って、地域保健従事者は、その資質の向上を目指すことになるが、この場合、個人がキャリアアップをするという意欲を強く持ち、自己啓発を常に行っていく姿勢が重要であることから、個人の能力やキャリアに着目した個別性のある人材育成計画が必要である。
 このような人材育成に関する施策は、人事評価と関連づけていくことが必要である。

2 地域保健従事者に求められる能力

(1)基本的な能力

 地域保健従事者は、地方分権の推進により、住民の視点に立ち、地域の健康課題に積極的に取り組むことが求められており、基本的な能力としては以下のものが考えられる。
1)責任感
自己の職務に責任を持ち、誠意を持って対応できる
2)協調性
組織の一員としての自覚を持ち、チームワークを保ちながら業務ができる
生活者の視点から考え、地域住民と対等な共同関係を築くことができる
3)積極性
問題意識を持って積極的に業務に取り組むことができる
自己啓発意欲を持ち、専門性を向上させることができる
4)効率性
コスト意識を持ち、納税者の視点に立つことができる
業務の内容に応じて、手法を工夫することができる
柔軟な姿勢で、機敏な対応ができる
5)理解力
業務目的に応じて、事実を把握し適切な情報収集と問題の分析ができる
広い視点を持ち、予測される課題と解決の方向性を理解することができる
6)判断力
広い視野、バランス感覚、時代感覚を備え、将来を見通すことができる
業務の重要性・方向性を判断できる

(2)行政職員としての能力

 地方自治体の行政職員として、行政運営に必要な能力は以下のとおりである。
1)企画・計画能力
問題や課題の本質を見抜き、解決に向けた独創的かつ現実的な方策を立案し、具体化(予算化)する能力
施策の体系を理解し、種々の行政計画策定に参画できる能力
法令の理解の下に条例作成や提案ができる能力
2)情報収集・活用能力
職務に必要な情報や、住民ニーズ、行政ニーズを幅広く収集できる能力
収集した情報を業務に有効に活用でき、また関連部署等へ提供する能力
3)意思決定能力
現状や重要性を把握した上で、合理的、適切な結論を導き出せる能力
知識や経験に基づき、大局的な視点から正しい結論を導き出せる能力
4)説明・調整能力
担当業務・施策を上司、首長、議員、住民等に適切な用語、方法を用いて論理的に的確な説明ができる能力
新たな施策等の企画・実施に際して、関係部署等と適切に連携し、複雑な対立を調整し、協力関係を構築できる能力
5)交渉・折衝能力
自らの方針を持ち、相手を尊重した上で交渉、折衝を行い、協力・連携・信頼関係を築きながら組織目的を達成する能力
6)組織運営能力
円滑な業務運営のために処理状況の把握、進行管理、助言、指導、支援ができる能力
組織の目標達成に向けて、職員の士気を高め、組織力を最大限発揮させるための指揮監督能力
業務の達成度と行政評価ができる能力
7)育成・指導能力
後輩やスタッフの能力を見極め、個人の能力に対応した育成ができる能力

(3)専門職員としての能力

 行政職員としての能力に加え、住民ニーズを把握し、地域の健康課題をアセスメントし、その原因を科学的、構造的に見出し、関係機関との調整や行政施策に沿った事業や施策を企画・立案・評価する専門職員としての能力が求められており、専門職員に共通する能力は以下のとおりである。
1)企画・立案能力
保健活動の理念や目標を明確化する能力
地域の健康課題をアセスメントする能力
保健事業計画を立案する能力
地域保健福祉計画等の立案に参画する能力
2)情報収集・調査研究能力
地域の健康問題を見つけ、解釈のための情報収集ができる能力
健康問題を解決するための調査、研究計画の立案、データ収集、解釈ができる能力
3)保健事業運営能力
保健事業の実践、進行管理ができる能力
地域のニーズに合った事業の見直しができる能力
4)個人・家族に対する支援能力
健康課題をアセスメントする能力
カウンセリング能力
支援計画を立案する能力
支援する能力
支援を評価する能力
5)集団に対する支援能力
集団に対する健康教育を実施する能力
住民や民間団体の主体的な健康づくり活動を支援する能力
6)健康危機管理能力
疾患の集団発生に対応する能力
健康危機管理発生時に対応する能力
7)連携・調整・社会資源開発能力
関係機関の調整、他職種と協力・連携する能力
関係機関との連携を通してサービス提供体制を構築する能力
地域の社会資源(障害者の作業所等)を開発する能力
8)事業評価能力
保健事業や施策を評価する能力

3 人材育成の過程と能力開発

 地域保健従事者として開発すべき能力を「基本的な能力」、「行政職員としての能力」、「専門職員としての能力」に区分して到達すべき能力を明確にしたが、このような能力を開発するためには、経験年数や職位等によって、到達すべき能力のレベルは異なっており、その過程(ステップ)を明確にすることが重要である。
 そこで本検討会では、3つに区分した能力ごとにキャリアアップの過程を初任期・中堅期・管理期として区分した上で、それぞれの時期に沿った能力開発の目標を記述したマトリックス表を検討した。現在、このようなマトリックス表は、公務員制度改革で示された能力等級制度の考え方の中で示されており、また、これと類似したマトリックス表を作成している自治体がいくつかある。本検討会では、このような既存の例を参考にして、人材育成過程のマトリックス表の例示として表5〜表7を作成した。
 このような開発すべき能力やキャリアアップ過程の区分については、各自治体によって異なるものと考えられることから、本検討会で作成したマトリックス表はあくまでも例示としている。また、職種によって従事する業務が異なることから、人材育成過程について、職種ごとにそのステップを示す必要があり、特に専門能力については職種毎にマトリックス表を作成することが適当と考えられる。
 また、少人数配置職種の場合、専門能力については、初任期であっても中堅期、管理期で求められる能力の一部を果たすことを求められることもあり、こうしたマトリックスの活用については、柔軟な対応が必要である。
 このようなキャリアアップの過程ごとに能力開発を行う手段としては、職場外研修、職場内研修、ジョブローテーション、自己啓発があるが、それぞれの方法を効果的に組み合わせて人材育成を行うことが必要である。
 なお、参考までに、本検討会委員より提出された人材育成過程のマトリックス表を参考資料2−(1)(2)(3)(4)として添付する。

表5 地域保健従事者に求められる能力(1):基本的な能力(例示)
  基本的な能力
責任感 協調性 積極性 効率性 理解力 判断力
初任期 ・自治体の政策方針を理解し、担当部署の使命、目標を正しく理解し、業務に誠意を持って取組気概を持って遂行する。 ・組織の一員としての自覚を持ち、職務の円滑な遂行のために同僚、上司との意志疎通を図り、連携することができる。 ・担当業務の目的を理解し、問題意識を持って前向きに取り組む。 ・業務のプロセスや優先順位、効率性を考えることができる。 ・担当業務に応じて、事実を正確に理解し、的確に整理することができる。 ・ ・事実の内容や影響等について、速やかに、かつ正確に上司に報告、相談することができる。・その上で、自らの責任で判断処理するべきものについて、適切に対処できる。
5年未満     ・自己啓発に努め、職務知識の習得やスキルの向上に努める。 ・業務に応じて方法を工夫し、計画的に手際よく業務を遂行することができる。 ・担当業務に応じて、情報を正確に収集、分析することができる。  
中堅期 ・自治体の政策方針を踏まえ、所属組織の使命、目標を正しく理解し、業務遂行や問題解決に柔軟に対応し、誠意と気概を持ち自らの立場と責任を全うする。 ・上司に求められていることや、部下に指示すべきことを的確に理解し、周囲とチームワークをとり、職務を遂行できる。 ・謙虚に自己を認識し、向上心を持って職務知識の習得やスキルの向上、人的ネットワークの拡大に努める。 ・業務に応じて手段や方法を工夫し、計画的に遂行するとともに、同僚や部下にも手際よく、無駄なく業務が進むように助言できる。 ・他領域に関連するような業務の必要に応じ、業務目的を正しく理解し、情報を積極的かつ適切に収集し、整理、理解できる。 ・ 事実の内容や影響等を見極め、問題点を整理して上司への相談等、業務の遂行のための方向性を定めることができる。
管理期 ・所属自治体全体の方針と重要課題、重要目標を正しく理解し、率先して結果責任をとる等、誠意と気概を持って自らの立場と責任を全うする。 ・自己の立場や責任を認識し、関係部署や関係機関との意志疎通、連携が図れる。 ・地域の情報の収集に努め、見識を涵養するとともに、明確な信念と柔軟性をバランス良く有し、周囲の信頼を得て範を示すことができる。 ・業務に応じて手段や方法を工夫し、計画的に遂行するとともに、部署内の業務が効率よく運ぶように適切な指示が出せる。 ・幅広い領域にわたる多種多様な情報を的確に理解し、問題の本質、予測される課題、解決の方向性等を的確に理解する。 ・情勢の変化を素早く把握し、部下や関係者等の意見を収集し、自らの判断で適切な対処ができる。

表6 地域保健従事者に求められる能力(2):行政能力 (例示)
  行政能力
企画・計画 情報収集・活用 意思決定 説明・調整 交渉・折衝 組織運営 育成・指導
初任期 ・法令用語を正しく理解し、必要に応じて使うことができる。 ・職務に必要な情報や知識、住民のニーズの概要を把握している。 ・収集した情報から必要なものを整理、選択しクリティカルな決定ができる。 ・相手が理解できるように端的に正確な説明ができる。 ・自治体内の配置部署に応じて、自分が持つべき方針を把握できている。 ・組織の方針、考え方を理解している。  
5年未満 ・上司の指導を受けながら課題の設定、解決方法の立案ができる。 ・収集した情報から必要なものを整理、選択できる。   ・上司や同僚に報告や相談を適宜行うことができる。 ・上司の助言を受けながら他部署と交渉、折衝ができる。  
中堅期 ・課された期限内に問題解決が図れるように適切な段取り、手順を踏むことができる。 ・整理した情報を関係部署内で共有する場を設け、業務に有効に活用している。 ・収集した情報から必要なものを整理、選択し、経験や知識を生かした決定ができる。 ・部下や後輩の報告を正確に聴くことができる。 ・関係部局、関係機関との意志疎通ができるように信頼関係を構築する。 ・他の職員の個性や能力を把握し、円滑な組織運営に努め、信頼を得ている。 ・ 部下の能力を的確に評価し、クリティカルな助言をすることができる。
・問題解決の過程で、必要に応じて方法の細かい修正ができる。 ・整理した情報をもとに、立場の異なる者と建設的な議論ができる。   ・組織内に必要な情報を、必要に応じて提供できる。     ・部下の能力に応じて、業務を割り当てることができる。
管理期 ・立案された計画について、適切な助言を与え、必要に応じて計画の修正を指示することができる。 ・施策化や保健計画策定に必要な情報を収集し、活用できる。

・幅広い領域にわたる情報を理解し、行政に与える将来的な影響を中長期的な視点から把握し見解を示すことができる。
・収集した情報に加え、自治体の施策全体を鑑み、大局的な判断ができる。 ・調整目的や周知の範囲を明示し、必要に応じて関係機関と情報の交換ができる。 ・必要に応じて、他機関と有効な交渉ができる。 ・施策事業や業務体制の見直しに取組、有効で具体的な指示を出すことができる。 ・部下の能力を的確に評価し、育成することができる。

・部下の能力を高める方向で、業務を割り当てることができる。
・計画の進捗状況を把握し、解決に向けて有効な支援、指示をしている。        

表7 地域保健従事者に求められる能力(3):専門能力 (例示)
  専門能力
企画・立案 情報収集・調査研究 保健事業運営 個人・家族支援 集団支援 健康危機管理 連携・調整・社会資源開発 事業評価
初任期 ・事業計画の考え方を理解し、地域の健康課題をあげることができる。 ・情報収集や調査研究が保健活動に役立つことが理解できる。 ・社会資源を日常の保健事業の中に組み込むことができる。 ・一般的な対人サービスの提供方法を理解している。 ・集団に対するサービスの提供方法を理解している。 ・危機管理マニュアルを理解している。 ・職種の専門性を把握し、日常の業務に関係する社会資源の役割を理解している。 ・施策や事業の背景や目的を理解できる
5年未満 ・健康課題から必要な施策の企画書の作成起案ができる。 ・担当地区の健康問題を把握し、研究課題を見いだすことができる。 ・調査研究等で得られた経過を保健事業に反映できる。 ・個別支援について自立して判断し、遂行することができる。 ・集団支援に対して自立して判断し、遂行することができる。 ・災害マニュアルを理解し、指示の下に行動できる。 ・日常の業務の中で上司や関係機関担当者との人間関係が築ける。 ・施策や事業の実施状況を把握し、問題点と成果を上げることができる。
中堅期 ・事業計画の内容を資料化し、組織内に情報提供ができる。 ・担当地区の情報から、地域レベルの健康問題を抽出できる。 ・所属する自治体の目標に沿った保健事業の企画、実践ができる。 ・困難事例に対応ができる。 ・地域のセルフヘルプグループ活動を支援することができる。 ・健康危機管理発生時に組織内の有効な指示系統を把握し、情報の把握と報告を行い、部下に適切な指示が出せる。 ・地域の社会資源の活用ができるように所属機関内の調整ができる。 ・施策や事業の評価を提示することができる。
・事業計画の資料をもとに、上司や関係者と調整ができる。 ・調査研究を行うことができる。 ・個々のサービス評価を事業の企画、実践に反映することができる。 ・個別事例の支援に必要なケアチームを編成し、対応ができる。 ・健康問題改善、健康増進のために住民団体の主体的な活動を促すことができる。 ・必要に応じて、他機関や他職種と連携して業務ができる。 ・各事業との関連の中で個々の事業の評価ができる。
管理期 ・自治体に必要な保健計画の策定に参画し、具体的な提案ができる。 ・施策化や保健計画策定に必要な情報を収集し、活用できる。 ・事業の見直しや事業の見直しを地域の保健計画に反映することができる。 ・保健活動に必要なケアチームの育成ができる。 ・住民団体の主体的な活動を支援し、運営のスーパーバイズができる。 ・健康危機発生時に関係機関との連携をとり情報を適切に処理し、的確かつ迅速な指示が出せる。 ・地域の社会資源の活用ができるように関係機関との調整ができる。 ・各事業の関連の中で自治体の保健活動の政策評価ができる。
  ・調査研究体制の整備と研究計画の立案の助言ができる。 ・地域の健康問題を自治体の保健計画に生かすことができる。 ・編成されたケアチームに対して、スーパーバイズができる。   ・必要に応じて他機関や他職種が連携できるように、平時から調整できる。 ・施策の評価を自治体の保健計画に反映することができる。


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