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第2章 初任期における現任教育の現状と課題

1 初任期の地域保健従事者の現状

(1)実態調査の概要

 平成14年6月に、全国の保健所及び市町村に所属する職務従事期間が5年以下の地域保健従事者全員及びその指導者を対象にして、初任期の職務遂行能力を、また、都道府県・政令市等の本庁を対象にして、研修の実施状況等を実態調査した。
 初任者については、7,384人の回答があり、うち有効回答は6,289人、指導者については、5,834人の回答があり、うち有効回答は4,903人であった。初任者の平均年齢は27.3歳、指導者は43.3歳であった。初任者の職種は、医師(2.4%)、歯科医師(0.2%)、保健師(78.3%)、助産師(0.2%)、看護師(2.6%)、管理栄養士(6.8%)、栄養士(2.9%)、歯科衛生士(1.2%)、診療放射線技師(1.1%)、理学療法士(1.2%)、作業療法士(0.9%)、精神保健福祉士(0.7%)、その他(1.7%)であった。
 本庁を対象とした調査は、46都道府県及び70政令市から回答があった。

(2)初任者調査結果

 地域保健業務が初任者である者について、職務経験年数の平均は、医師が13.6年、看護師13.9年と長く、職位は、医師については係長級以上の者が74.6%であった。
 地域保健従事者としての自己能力評価の加重平均値をみると、「個人家族への支援」に関する項目及び「保健事業」に関する項目については、医師がプラス評価であったものの、保健師、管理栄養士等の対人保健サービスに従事する職種はマイナス評価であった。「調整」や「システム構築」、「施策化」に関する項目は、すべての職種でマイナス評価であり、「個人家族への支援」や「保健事業」の項目と比べて、より低い評価となっていた。
 現在の仕事への満足度は、加重平均値(最高3、最低−3)が0.8で、ある程度満足しているとする回答であった。助産師、管理栄養士、精神保健福祉士、歯科衛生士の平均値は1.0以上であったが、作業療法士、診療放射線技師の平均値はは0.5以下であった。
 「現在の仕事をやめたいと思ったことがあるか」との問いについては、「いつも思っている」6.0%、「時々思う」27.4%、「たまに思うことがある」38.8%、「やめたいと思ったことはない」27.6%であった。その理由は「自信がない」50.7%、「負担が大きい」34.8%、「職場の人間関係」28.7%であった。
 担当している業務については、医師は「健康づくり」「感染症対策」「組織・機関の統轄」、保健師は「地区・地域の担当」「母子保健」「老人保健」、管理栄養士等、歯科衛生士は「健康づくり」「母子保健」「老人保健」、理学療法士は「介護予防」「老人保健」「健康づくり」、作業療法士は「老人保健」「介護予防」「難病・障害福祉」であった。
 今後伸ばしたい能力については、医師は「科学的根拠に基づく対策を提案する力」「危機管理能力」、歯科医師は「関係機関等の調整を行う力」「事業を評価する力」「予算のとり方」、保健師は「個人・家族への支援計画を立案、評価する力」「各種の保健事業を運営する力」、助産師、看護師は「健康相談で個人・家族を支援する力」、管理栄養士等、歯科衛生士は「健康相談で個人・家族を支援する力」「集団に対する健康教育を実施する力」、理学療法士、作業療法士は「個人・家族への支援計画を立案、評価する力」「事業計画を立案する力」であった。
 職務を遂行する上で困難と感じていることは、どの職種でも「法律に関する知識・解釈・運用」「行政組織の意思決定・指示系統」であった。
 初任者が日常業務において受けている指導内容としては、「日常業務の進め方」がどの職種でも最も多く、「特に指導されていない」との回答は、医師、作業療法士で30%以上であった。また、仕事に対する評価を受けているのは、多くの職種で2割程度であったが、医師は5.3%であった。
 職場での指導体制に対する満足度については、どの職種も平均値はプラスであったが、医師、理学療法士、作業療法士、歯科衛生士が比較的低い値であった。

(3)指導者調査結果

 初任者の指導者が同一職種である者は、保健師は89.9%、医師は60.2%、診療放射線技師54.7%、管理栄養士37.6%、歯科衛生士30.1%であるが、それ以外の職種は3割以下で、保健師が指導者となっている場合が多い状況であった。また、医師、歯科医師の指導は事務職が25%担当していた。
 指導者から見て、初任者が行うことが困難と感じる業務としては、「関係機関・関係者等との調整」「行政事務に関すること」「行政組織の意思決定・指示系統」が挙げられている。
 初任者への指導内容は、「日常業務の進め方」「行政事務の進め方」「専門知識・技能に関する指導」「行政職員としての態度や心得」が多かった。
 初任者の指導にあたって困難と感じていることは、医師は「特にない」が多かったが、保健師は「指導内容の目安がない」「指導にあたる時間がない」「指導方針が決まっていない」が多く、管理栄養士等ではこれに加え「専門外なので困る」という回答も多かった。

(4)本庁調査結果

 地域保健従事者の現任教育について、教育研修を企画統括する組織があるという回答は24.1%、特定の職種(保健師、管理栄養士等)では企画統括する組織があるというものは39.7%となっていた。担当する部署がないと回答があったものは21.6%あり、全職種に対して、研修を企画・統括する組織体制は十分でないといえる。
 初任者の専門研修では、保健師は75.0%、管理栄養士は39.7%、医師は34.5%の地方自治体で行われていたが、他の職種は25.0%以下であった。
 また、初任者の行政研修については、保健師は75.9%、管理栄養士は50.0%の自治体で行われていたが、他の職種では43.1%(栄養士)から19.0%(歯科医師)までの実施となっていた。
 研修を実施する上で困難なこととしては、体制が整備されていないこと、研修の評価ができていないことが40.5%の自治体から挙がってきており、企画運営上の大きな課題となっている。また、予算の問題も挙げられていた。
 初任者の現任教育にあたる指導者の研修については、73.3%が決まった研修体系を持っていなかった。

(5)初任者の現任教育に関する意見(自由記載より)

 初任期の現任教育について自由記載の中から主な意見を整理すると以下のとおりである。

1)系統的な教育・学習システムがなく、指導内容が明確でないこと
 ・着任して数年は系統的に学習できるシステムが欲しい
 ・経験年数等、個々に応じた指導がなされていない
 ・自分の能力を高めるための方法論がわからない
 ・地域保健に従事するために必要な知識、技術、指針となるような「保健師共通バイブル」の様なものが職場にないので欲しい
 ・データの読みとりや、具体的なケースの対応等を学びたい

2)初任期特有の不安への配慮や対応が不足していること
 ・1年目であり、知識不足、技術、能力不足等漠然とした不安感がある
 ・「指導よりも実践」という感じがあるため、教育が不充分で自信がないまま支援を行っている
 ・業務分担制なので、自分の担当の事業以外は、法的な位置づけ等、全くわからない。知りたいと思っても"自分の仕事も満足にできないのに、まず、自分の仕事を覚えることが先"という雰囲気があって、聞くことができない
 ・日々の事業に張りつき状態になっている。もっと専門技術に対する研修や講習会等へ積極的に参加させて欲しい
 ・教育を受ける人のニーズをもっと聞いて反映して欲しい

3)初任期のOJTの充実が必要であること
 ・何が自分に不足しているのか、現在不明確であり具体的目標が見えていない。客観的に自分を評価できる方法論があれば知りたい
 ・現任教育を各職場任せにしていると個々の状況により差が生じるので現任教育のカリキュラム(初年度〜数年)を作成し、実施して欲しい
 ・わりと自主性に任せている所があるが、指示、教示してもらわないとわからない面もあり、今のやり方で充分かどうか不安になることがある
 ・実際に自分の行った援助、業務に対して、先輩からの指導、アドバイス、評価が欲しい
 ・日々の業務の一つ一つにおいて、悩んだ時に一緒に悩んだり、アドバイス、指示を与えてくれる上司に学ばせてもらっている面が多い

4)その他
 ・仕事が忙しく、なかなか指導を受けにくい
 ・指導をする側にも余裕がない

 初任者に対するOJTは、指導者が決まっている場合が多いが、上記の現状にもあるように、指導内容が明確になっていないこと、さらに、指導者に対する指導方法等に関する研修が行われていないことから、適切なOJTが行われているとは言い難く、指導者は初任者の育成に困難を感じている状況が見受けられると同時に初任者の満足度も低い状況である。

2 初任期における現任教育の課題

(1)体系立った研修カリキュラムの必要性

 初任者は、経験年数の少なさから多くの職種で自己能力評価がマイナスであると同時に、仕事への自信のなさから辞めたいと思ったことのある者も多かった。
 初心者が行っている仕事に対してタイムリーな評価がされていないため、初任者が自分の到達レベルを把握できず、このような自信がないといった状況につながっているものと考えられる。
 また、医師、歯科医師等では、少人数配置職種であると同時に初任期においても中堅、リーダーの役割が期待される等の理由から、指導の体制に対する満足度は低い。
 初任者で管理的立場に立つ者の現任教育体制については更なる検討が必要である。
 今後の課題として、初任者のニーズ、職場のニーズを整理し、専門技術職員としての教育や、行政職員としての教育等を行うことにより、初任者が段階を追って、業務に自信を持って遂行できるような支援へ向けた系統的な教育プログラムの構築が必要である。

(2)行政研修に重点を置くことの重要性

 初任者にとって困難と感じていることは、専門職としての業務よりも、行政職としての業務の遂行にあるという回答が多かった。行政組織に適応するための研修が初期の段階では必要と考えられる。
 初任者の行政研修実施状況は、保健師以外の職種は概して低く、まずは研修を実施する必要がある。
 この場合、行政の仕組み等を学びながら、地域保健の専門職として課題をどう解決するか等、行政職員としての研修に専門分野における課題を解決するための方策に関する研修を組み合わせ、専門性を有した行政職員を育成するための現任教育が必要である。
 また、医師の場合、初任者で所長等の管理職になることが多く、行政研修の機会を逸している場合が多いが、行政機関の長として行政研修は特に重要であることから、地方自治体においては、初任者に対して、新規採用時の行政研修を受講させる等の配慮が必要である。

(3)OJTを充実させるための指導体制の整備

 各職場において、初任者の指導にあたる者の研修については、73.3%の都道府県で決まった研修体制がないという状況である。初任者のOJTを効果的に行うためにも、まず、OJT指導者への教育研修の充実等、指導体制の整備を早急に図ることが重要である。
 さらに、初任者と指導者の職種が異なる場合は、専門分野の指導体制を確保することが必要である。

(4)地域をベースとした活動の重要性

 養成所や大学等で行われる基礎教育においては、地域に出向いて実習が行われているが、これらは、基本的な業務の観察と実務経験のみに終わる場合が多い。
 健康増進法の背景となった、ヘルスプロモーションの理念に基づいた業務の実施に関すること、つまり、住民の立場に立ち、生活者の視点で地域を見ること、地域の健康課題を捉えること、地域の健康問題の解決に向けた地区組織や社会資源を活用すること、他の職種と関わること、そして、こうした活動の中で専門性を捉えること等は、基礎教育では限界があることから、初任期にはこのような地域をベースとして、活動を行う方法と態度を身につけさせることが重要である。

(5)大学等の教育機関との連携

 各職種で養成課程の大学化が進む中で、行政における保健福祉業務に関する講義や実習時間等が短くなっている。
 例えば、保健師教育は大学化により、4年間の統合カリキュラムとなったことで、これまでのように公衆衛生看護学に特化した教育ができにくくなっている。また、実習時間数が減少しており、以前と比べて保健師学生の公衆衛生看護学等に関する卒業時の到達レベルは低くなっていることから、初任期の現任教育の重要性が指摘されている。
 地域保健従事者となるための基礎教育は順次強化されているが、基礎教育では地域保健における実践能力や公衆衛生の視点を十分に身につけることは困難であることから、新卒者の初任期において、専門職としての教育の重要性が増している。このような現任教育を行うために、大学等の基礎教育機関との連携により、初任期の現任教育を充実していくことが必要である。


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