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第1章 地域保健従事者の現任教育の現状

1 現任教育体制について

 地域保健法第3条では、市町村、都道府県、国の責務として地域保健従事者の資質の向上に努めることが規定されており、また、同法第4条に基づく地域保健対策の推進に関する基本的な指針において、市町村及び都道府県は、人材の資質の向上として、職員に対する研修の企画及び調整を一元的に行う体制整備をすること、研修内容の企画及び実施について関係部局が連携すること等が記されており、また、都道府県は市町村の求めに応じ、市町村職員に対する体系的な研修を計画的に推進すること等が示されている。
 多くの地方自治体では、平成9年に旧自治省が示した「地方自治・新時代における人材育成基本方針策定指針」に基づき、人材育成指針を策定し、研修の企画及び運営を行っている。
 ほとんどの地方自治体において、まず、人材育成指針に沿って保健衛生部門が、人事担当部門との連携の下に現任教育体系を作成する。研修の実施は本庁の地域保健担当課が、研修機関や出先機関の協力を得て、現任教育体系に基づき行っている。現任教育体系は地方自治体によって異なっているが、その骨格は以下の図のように整理される。
 なお、現任教育の中で、自己啓発が最も重要と考えられているが、本報告書は地方自治体の人材育成担当者を主な対象としていることから、職場外研修、職場内研修、ジョブローテーション、自己啓発の順序で記述している。

図

注:Off-JT(Off the Job Training):職場を離れて行う研修で、集合研修の形態をとることが多い
OJT(On the Job Training):業務の遂行を通して行う研修で上司、先輩の指導によるもの
ジョブローテーション(Job rotation):人事異動及び人事交流を通して人材育成を行うこと

2 現任教育体制の現状

(1)実態調査からみた現状

 平成14年6月に実施した「初任期の地域保健従事者に関する実態調査」(日本公衆衛生協会地域保健総合推進事業 主任研究者:佐伯和子)のうち、研修を企画している都道府県及び政令市の本庁(中心となる役所)計116ヶ所を対象として行った調査結果によると、地域保健従事者全体の職種の教育研修体系がある自治体は28ヶ所(24.1%)、特定の職種について企画統括する部署があるところは46ヶ所(39.7%)いう状況であった。保健師についてはすべての自治体で研修の企画が行われていたが、管理栄養士・栄養士(以下「管理栄養士等」という。)は4割、それ以外の職種は1割以下の実施であった。また、研修を担当する部署がない自治体は政令市のみであったが25ヶ所(21.6%)あり、全職種の研修を統括する体制を整えている自治体の数は少なかった。
 研修の実施体制は、本庁の関係課と出先機関で実施している自治体は42ヶ所(36.2%)と最も多く、次いで本庁関係課と研修機関で実施しているところが28ヶ所(24.1%)、本庁関係課のみで実施が19ヶ所(16.4%)となっており、本庁以外の研修機関が一括実施しているところは7ヶ所(6.1%)とわずかであった。地域保健従事者の研修は、本庁の関係課が大部分を担っていることがわかる。
 また、研修体系については、特定の職種について体系的な研修を実施する等の研修体系がない自治体が51ヶ所(44.0%)、特定の職種については体系的な研修を実施しているところが44ヶ所(37.9%)となっており、体系的な研修が実施されている自治体のうち、職種ごとに見てみると、保健師(100.0%)、管理栄養士(18.2%)、歯科衛生士(11.4%)となっており、それ以外の職種は10%以下であった。
 47都道府県における、管内市町村の地域保健従事者に対する初任者研修の実施状況は、保健専門技術職員のみを対象として実施しているところは33ヶ所(75.0%)、また、事務職と合同実施しているところは8カ所(18.2%)であったが、実施していない都道府県も3ヶ所(6.8%)あった。
 地域保健従事者の教育研修を企画運営する上で困っていること(複数回答可)としては、「研修体系が整っていない」(47.4%)が最も多く、次いで「研修の評価ができない」(43.1%)、「予算が削減されている」(29.3%)という状況であった。
 研修実施体制の観点から問題点を整理すると、地域保健従事者に関する全職種の人材育成を企画する体制が不十分であること、また、適切な研修体系が整備されていないことが挙げられる。

(2)現任教育体系の現状

 地域保健従事者の人材育成を図る現任教育の手段として、職場外研修(Off-JT)、職場内研修(OJT)、ジョブローテーション、自己啓発が挙げられる。その中で、これまでは、研修というと職場外研修に偏る傾向にあったが、OJTや自己啓発についても推進する等により、バランスのとれた効果的な現任教育体系を組む必要がある。また、ジョブローテーションを人材育成の手段として位置づけることや、人材育成と人事システムを関連させていくことも必要である。
 人材育成を体系的に推進するために、現任教育の4つの手段について、現状と問題点を整理した。

1)職場外研修(Off-JT)
 これまで地域保健従事者の人材育成は、専門能力の向上を主な目的としてきた。都道府県や指定都市等においては、研修は階層別、職種別、分野別に区分され、地方自治体が実施主体となった研修と派遣研修を組み合わせて体系化される等専門職員研修はかなり充実している。しかし、このような体系に沿ってキャリアを積み上げることのできた職員は多くないこと、また、少人数配置となっている職員は、研修を十分に受けられる状況にはないことが問題となっている。
 また、行政研修について、初任期、中堅期、管理期等のポストと関連した研修を受講している地域保健従事者は多いが、事務職員を主な対象とした行政組織や予算、政策形成等の行政運営に関する個別具体的な研修に参加している者は少ない。
 このような行政研修への参加者が少ない理由としては、行政研修を受けるモチベーションが現場で薄いこと、研修プログラムが地域保健の課題を対象としてないことが挙げられ、また一部の自治体では技術職員を行政研修の対象外としていることが考えられる。

2)職場内研修(OJT)
 OJTは人材育成の重要な柱であるが、研修の中では職場外研修に重点が置かれてきたことから、OJTを効果的、効率的に実施する体制の整備が十分に行われてこなかった。
 OJTを効果的に行うためには、指導者の育成が重要であるが、指導者研修は一部の自治体を除いて、ほとんど行われていない状況である。また、少人数配置の職員は、組織内で同一職種から指導を受けることが困難であることから、専門的なOJTによる現任教育が十分に行われていない。
 保健所や一定規模以上の市町村に勤務する保健師は複数配置されていることから、OJTを行うことが可能な体制となっているが、課や係ごとに分散配置となっている場合は、現任教育の責任者を決めにくく、適切なOJTを行うことは難しい状況にある。
 一方、最近では、特定の政策課題に関する庁内プロジェクトを設け、地域保健従事者がメンバーとして登用される地方自治体が増えてきている。このようなプロジェクトに携わる中で政策決定まで経験できることも多く、適切なOJTの1つの場となっている。

3)ジョブローテーション
 ジョブローテーションとは、人事異動による担当業務の経験の積み重ねを通して人材育成を図るものである。また、専門能力と行政能力を兼ね備えた人材を育成するために、一人一人の人材育成計画に沿って、様々な職務を経験することで個人の能力を高めていくものである。
 ジョブローテーションには、行政機関内の人事異動により保健分野以外のポストへの異動、保健所と市町村の人事交流、大学や研究機関、民間機関への派遣等があるが、このようなジョブローテーションが行われている自治体は現在のところわずかにとどまっている。

4)自己啓発
 人材育成は、本人の意欲や主体性があって初めて可能となることから、自己啓発は、人材育成の基本となるものである。しかし、常に進歩する医療、保健に関する新たな情報を収集し、知識を習得していく姿勢は、保健医療従事者として保持すべき基本態度であるとされていることから、地域保健従事者がその資格に基づく専門能力を維持することは、基本的には自己責任により行われるべきとされている。
 地域保健従事者の専門的な研修体系がかなり整ってきていることから、地域保健従事者は与えられた研修を受講することに慣れ、主体的に自己啓発、自己研鑽をする意欲が決して高いとは言えない状況も見受けられる。
 また、このような自己啓発を常に行っていく姿勢を身につけさせることは、初任期の研修の重要な課題であるが、初任期に自己啓発を促す指導体制や環境が十分に整っているとは必ずしも言い難い。

(3)市町村の研修体制

 人口規模の大きい政令市等においては、都道府県等と同様の現任教育体制が組まれ、職員研修の企画、実施が行われているところがほとんどである。しかし、多くの市町村は、行政研修として新任、管理、接遇等の基本的な研修は企画・実施しているが、専門研修については、市町村が自ら企画せず、派遣研修に委ねている。さらに、最近では、財政状況が厳しくなってきており、派遣研修の機会さえも縮小の方向に向かっている。
 保健所が市町村職員を対象とした専門研修を企画、実施している都道府県が多く、これは、身近で適切な現任教育の場となっている。また、近隣市町村と共同で業務検討会や研究会を開催している地方自治体もあり、このような業務検討会等は、専門研修と行政研修の両者の機能を併せた能力開発の機会を提供するものとなっている。
 行政研修については、予算の仕組みや政策決定等に関する研修であって、地域保健従事者を対象とした研修が少ないことから、基本的な行政研修を受けることなく係長等の実務に就いている者が多い。
 各都道府県内で市町村が合同で運営する自治研修所は、行政研修の実施が主で、専門職員が配置されていないため、専門研修の企画は困難と思われる。また、都道府県によっては自治研修所の運営が市町村の持ち回りとなっているため、座学が中心となるといった企画上の問題点が指摘されている。
 市町村に勤務する保健師や管理栄養士等の地域保健従事者は都道府県と比べて多いにもかかわらず、体系立った研修が整備されている自治体は少ない。特に市町村独自で企画することが困難な専門研修については地理的な制約もあり、参加状況にばらつきが生じている。このことから、市町村の地域保健従事者に対する研修の仕組みを、研修方法と関連付けて早急に検討する必要がある。

3 各職種の現任教育の現状

(1)医師

 医師の配置率は、都道府県保健所においては97.8%と高いが、65.5%は1人配置である。政令市においては、すべて配置されているが、28.0%は1人配置である。特別区においては、すべて複数配置となっている。一方、政令市以外の市町村の配置率は5.5%であり、配置されている自治体でもほとんどが1人配置である。
 医師の多い都道府県、政令市では、人材育成方針を定め計画的な研修を進めているが、医師の少ない都道府県では、計画的な研修が行われているとは言い難い状況である。
 医師が保健所に1人配置の場合、医療機関等に従事していた医師が初任者として保健所長に就任し、他の職種が初任期に受けている行政研修の機会を逃している場合が多く、初任期に管理職に就く医師について、その人材育成に関する検討が必要である。
 医師にとって国立保健医療科学院や結核研究所等の国レベル(ナショナルセンター)の研修機関で行われる専門研修に参加する機会は、他の職種に比べ恵まれているが、予算等の制約から派遣の機会は減ってきている。
 医師の中で、大学院の研究生となり自己啓発を行っている者は多いが、保健所等と教育機関の人事交流はあまり見られない。
 地域保健分野において、医師は保健所長としてリーダーシップを発揮することが必要となることが多いことから、保健所業務を遂行するために必要な専門知識の習得、行政センスを磨くことが特に必要である。

(2)歯科医師

 歯科医師の配置は、非常に少なく、都道府県保健所で9.6%、政令市では52.0%配置されているが、多くは1人配置となっており、市町村ではわずか1.6%の配置という状況である。このため、地域の歯科保健は、担当者の資質に負う部分が大きく、また初任者が管理的職位に就くときでも、行政研修を受講しないことも多い。
 歯科医師及び歯科衛生士が配置されている状況は、都道府県保健所では8割弱、指定都市では全て、その他の政令市では3、4割の配置、市町村はごく少数である。
 歯の健康は「健康日本21」の一分野となっており、歯科保健分野での取組の重要性は増しているが、歯科医師等の歯科専門職がいない自治体では、保健師等の他の職種や非常勤職員が歯科保健業務を行っている現状である。

(3)保健師

 保健師は、保健所の地域保健従事者の4.5割、市町村では7.5割を占めており最も多い職種となっているが、その配置状況は、都道府県保健所1ヶ所当たりでは平均9.7人が配置されており、また、政令市等を除いた市町村においては人口規模により異なり、1人配置から40人以上配置されているところまである。市町村保健師については、以前から未設置市町村の解消に取り組んでおり、地域保健法第21条による特定町村対策として、都道府県を中心とした対策が行われている。このため、未設置市町村は年々減少し、平成13年3月には4ヶ所となり、1人設置は135市町村、2人設置は669市町村となっている。
 一方、保健所では保健と福祉の統合や、業務体制の見直しが行われており、保健師の所属する部署が多様化する中で、少人数の分散配置となってきている。
 保健師の現任教育は、「初任期の地域保健従事者の実態調査」によると、保健師以外の地域保健従事者と比較して研修体制は充実しているが、業務が多岐にわたっていることや全体の人数が多いことから研修を受ける機会が十分でない。また、職場外研修は、国レベル(ナショナルセンター)、都道府県、関係機関等が専門研修を中心に行っているが、体系的な継続教育のプログラムがないままに混在していることから、一人一人の人材育成計画に沿った形でキャリアを積み上げていくことが難しいという問題がある。
 一方、保健師が業務分担制となり分散配置となった保健所においては、それぞれの部署ごとに業務を行うため、同一職種によるOJTの体制が不十分となってきているという問題が指摘されている。
 少人数配置となっている町村は、離島やへき地が多く、また自治体内には地域保健従事者が保健師のみというところが大部分であることから、保健事業の企画や運営等を保健師に任せる状況があるが、同一職種の先輩が少ないことから専門能力に関するOJTを行うことが難しく、また、業務の調整が困難なことや遠方のために研修会への参加の機会が少ない等資質の向上を図る上での問題点が挙げられている。このような町村に対して都道府県が人材支援計画を立て、保健所が技術的な支援を行っているが、保健所保健師数にも限りがあるため、タイムリーな支援を行うことができない等、指導体制が十分に整っていない状況も指摘されている。

(4)管理栄養士・栄養士

 地域保健に従事する管理栄養士等の配置状況は、都道府県100%、市町村59.9%(平成14年7月現在)であり、各保健所、保健センターへの配置はほとんどが各1、2名という少人数配置となっている。
 地方自治体勤務の管理栄養士等の職域は、保健所、保健センター等の地域保健のみならず、医療(公立病院)、福祉(児童福祉施設、老人保健施設、社会福祉施設)、教育(教育委員会、学校給食関係)と幅広いことから、職務経験が長くても人事異動によって、地域保健従事者としては初任者となることが生じる点が、他職種とは異なる。
 地域保健従事者である管理栄養士等の職務は、地域の健康課題のアセスメントに基づく事業の計画策定・施策の立案から、関係機関の調整、関係団体や住民グループの育成、住民への健康・栄養教育や相談、食品企業等関連企業や特定給食施設(集団給食施設)に対する指導・助言等の食環境整備に関する業務、食中毒対策等の健康危機管理まで、多岐にわたっており、1人の管理栄養士等が必要とする研修の範囲が広い。
 しかしながら、少人数配置であるため、年間事業が優先される等の理由により、研修に参加することは難しい状況にあるものと推測される。また、同一者が様々な研修を受けることになるため研修の機会が多いと判断され、上司の理解が得にくい。職場に同一職種がおらず、日々の業務を通して、専門職種としての現任教育が受けにくい状況にある。
 管理栄養士等については、専門技術に関する研修への参加は職能団体で開催されるものも含めれば少なくはないが、事業企画や施策立案、事業評価に関する研修や、行政研修への参加は少ない。

(5)歯科衛生士

 歯科衛生士の配置率は、政令市が最も高く65.0%、都道府県保健所は25.0%、市町村は7.0%という状況であり、歯科衛生士が配置されていない地域では、歯科保健事業の連続性がなく、資質の維持、向上は困難な状況である。
 歯科衛生士は大部分が1人配置であり、歯科衛生士の業務は、歯科保健業務以外に母子保健や乳幼児医療、老人保健等の業務を行っている。1人配置が多いことから身近に専門的、行政的な業務について相談者が得にくく、また、外部の研修に参加しにくい状況にある。
 現任教育は、都道府県レベルのものはなく、国レベル(ナショナルセンター)の研修と職能団体が行っているものがあるが、経験年数に応じた系統的な研修体系とはなっていない。

(6)理学療法士・作業療法士

 理学療法士、作業療法士は、昭和58年、老人保健事業において機能訓練事業が新設されたことを契機に、保健所及び市町村において採用が始まったため、地域保健分野での業務の経験が短い者が多い。
 担当している業務は、理学療法士・作業療法士ともに「老人保健」が最も多く、次いで理学療法士は「難病・障害福祉」また、作業療法士は「精神保健福祉」となっている。
 しかし、基礎教育において「保健政策」「地域診断」「疫学」のカリキュラムがなく、実習においても医療機関が中心となっている等、地域保健分野の基礎教育が十分でないため、現任教育が重要となっている。
 研修の受講状況については、都道府県・政令市の職員は何らかの研修に参加していることが多いが、市町村職員は参加が困難であり、参加者は少ない。また、専門技術研修を内容とする研修の受講が大部分で、事業の企画や政策立案等の行政研修はほとんど受講されていない状況となっている。

(7)精神保健福祉士

 精神保健福祉士は、平成9年に誕生した職種であるが、地域保健分野における精神保健業務は、旧精神衛生法以来、実施されている業務で、この業務は保健師が担ってきたことから、精神保健福祉士の資格を有する保健師も多い。
 平成14年2月現在の地域保健業務に従事する精神保健福祉士は500名程度で、都道府県保健所や政令市等では複数配置のところもあるが、市町村においてはほとんど配置されておらず、また配置されていてもほとんどが1人設置である。
 精神保健福祉士は、業務の特性上、関係機関や関係者と連携ができることが重要であり、マネージメント能力の向上のためには、スーパーバイザーの助言が得られるような現任教育の体制が必要である。
 また、市町村にはほとんど配置されていないことから、都道府県保健所の精神保健福祉士が市町村職員に対して助言、指導できる能力を育成する必要がある。


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