戻る  前ページ  次ページ

III. 中枢神経系、脊髄神経節、及び脳神経節の感染性が曝露後検出可能となる時期に関するウシBSE病原性研究の解釈

 a. 2002年1月11日付けの科学運営委員会の意見書は、反芻動物組織におけるTSE感染性分布に関して2001年12月時点での解明状況を示すものである(E.C.2002年)。この意見書は、実験的にBSE病原体に感染させて逐次殺処分したウシから得られた組織を、マウスに接種して生物学的検定を行った結果(VLA病原性研究)をまとめたものである。この意見書は、併せて、同じ病原性研究でウシから得た組織をウシに接種して行った生物学的検定の中間結果も示している。

この病原性研究の研究方法については、既に述べられている(Wells他1996年。Wells他1998年)。要約すると、BSEの発症履歴のない飼育場から1991年産まれのフリージャン/ホルスタイン種の子ウシが40頭集められた。月齢4ヵ月の時、30頭にはそれぞれ100gずつ、BSEにかかった75頭の個体から採取して保存されていた脳幹を経口投与した。10頭は投与を行わず対照群とした。

研究期間中を通して、臨床的な発病を検知するためにウシの臨床的観察が続けられた。

月齢6ヵ月時及びそれ以降は、4ヵ月おきに感染後22ヵ月になるまで、3頭の処置済み子ウシと1頭の対照群の子ウシが屠殺された。それ以降は感染後40ヵ月にいたるまで、経口投与を受けたウシ及び対照群のウシが任意の間隔で屠殺された。

無菌状態で組織を採取して、マウスで感染性分析が行われた。逐次殺処分するつど、リンパ細網系(LRS)、末梢神経系(PNS)、中枢神経系(CNS)、消化管、横紋筋と主要体腔内器官を中心に44の組織から接種材料が作られた。すべての接種材料は生理食塩水による10%懸濁液として用意され、いくつかの組織については抗生物質が加えられた。各殺処分時に、経口投与を受けたウシの接種材料は組織ごとに一つにまとめられた。対照群の個体からも同様に、ただし1個体の組織だけで接種材料が作られた。試験接種材料と対照接種材料は、近交系マウスの大脳 (20μL)及び腹膜 (100μL)に接種して、感染性の標準定性分析が行われた。

BSEに関する英国獣医学研究所の病原性研究から得られた広範囲にわたる組織については、マウス(RIIIとC57BLの両方または一方)の大脳及び腹膜に接種して行う定性分析は既に完了している(Wells他1996年、1998年、1999年及び未公表データ)。陽性組織の感染力価測定は実施されていないが、同系のマウスで行ったBSEに感染した脳の滴定データと平均潜伏期間から、およその感染力価が得られている。感染性が検出されていない組織は、いずれもマウス(i.c./i.p.) LD50/gが101.4未満しか含まないと言える。

プールしたBSE感染ウシの脳の感染性に関して、ウシとマウスでの同時滴定を用いた研究(VLA/CSG SE1821)も実施されていて、マウスの種の壁を越えた感染力価が一定の過小評価を伴うことが分かっている(詳細はE.C 2002年)。これにより、過小評価は係数500倍であることが明らかになった(G.A.H. Wells及びS.A.C. Hawkings未公表データ)。相対力価で表すと、マウス(i.c./i.p.) LD50/gとして100は、ウシ(i.c.)LD50/gとして102.7に相当する。あるいは、マウスによる生物学的検定法の検出限界(マウス[i.c./i.p.]LD50/gとして約101.4における)は、ウシ[i.c.]LD50/gとして104.1に相当する。この研究からはまた、BSE感染ウシの脳の感染性についてのおよその用量−潜伏期間曲線が求められた。これらの結果を受けて、元の病原性研究からいくつか組織を選んで、ウシの大脳に接種する追加分析が実施された。今のところ、この分析研究では、既にマウスによる生物学的分析で陽性とみなされたいくつかの組織にのみ感染性が存在することが確認できる。

表1はBSEに感染したマウス及びウシの脳組織の感染力価測定から得られた既存の用量−潜伏期間反応データを活用し(EC2002年の第II.4節、第II.5節及び表 4〜6参照)、脊髄に関する上記の実験研究の結果を、BSEの自然発生臨床例に関する同様の既存情報(Foster及びFraser、1994年)と合わせて、まとめたものである。この表は、少数の個体で検出された感染性の程度について暫定的な分類を示すものであり、実験研究による組織と自然発生の組織の間に明らかな違いが見られるが、重大なものと考えてはいない。この相違は、臨床病期の違い、あるいは別の要因によるものかもしれない。

表1  BSE病原体への経口実験または自然状態による曝露後の感染性に基づくウシの組織分類に関する予備推定の暫定要約*

感染性力価**

A 高   マウスの場合 103.0〜105.0   ウシの場合 105.7〜107.7***
B 中   マウスの場合 101.5〜103.0   ウシの場合 103.3〜105.6***
C 低   マウスの場合 101.5以下   ウシの場合 103.2以下***

  実験による 自然状態による
      臨床的 臨床的
曝露後の月数 6-26 32 36-40 -
- B/C C A
脊髄 - C C A
背根神経節 - C C C
三叉神経節 - - C  
* 詳細については報告書参照のこと
** BSE感染ウシの感染性の範囲がスクレイピー感染ヒツジと比べて偏っているため、ここでの分類は暫定的かつ恣意的なものである。この分類は、ヒツジの組織におけるスクレイピーの感染性に関して以前行われた同様の推定で使用された「群」や「類」に対応するものではない。範囲を示す値の単位は、log10 mouse (i.c./i.p.) LD/50 per g tissueまたはlog10 cattle (i.c.) LD/50 per g tissueである。
*** 表中の太字で示す項目はウシによる生物学的検定に基づくものであり、その他はマウスの生物学的検定に基づくものである。
- 陰性

 b. 経口実験によりBSE病原体に曝露した後のウシについて、脳及び脊髄に感染性を検出(マウスでの生物学的検定により)できるのは比較的遅い時期(当該実験で記録された最短潜伏期間の80〜90%)になってからである5。しかし、これは中枢神経系組織の感染性の発現時期を、BSEの実地症例での潜伏期間と関連付けるような情報とはならない。忘れてならないのは、この研究では、逐次殺処分されたウシから採取された組織は、各殺処分時で2〜3頭の組織が一つにまとめられた上で、マウスによる生物学的検定にかけられたということである。それぞれの屠殺群に入るウシは無作為に抽出されたため、当該投与量に対応する潜伏期間の範囲に応じて、一つの群に潜伏期間が異なる個体が含まれていることになる。「病原性研究」(G.A.H. Wells未公表データ)において病気を引き起こすために投与されたものとほぼ同じBSE感染力を持つ用量を経口投与されて感染したウシの用量反応データによれば、平均潜伏期間はほぼ45ヵ月と考えられる(範囲は33〜55ヵ月)。「病原性研究」で曝露したウシが臨床的に発病した時点で、研究に残された個体はわずか8頭しかなく、曝露から屠殺までの経過時間との関連でそれらの臨床上の状態を示したものを以下に示す。(Wells他、1998年)

曝露後の月数 臨床上の状態
36 +/-, +/-, -
38 +, +/-, +/-*
40 +, +/-*
+ 明白なBSEの臨床的症状
+/- 感染可能性が高い/初期のBSEの臨床的症状
- 整合性のあるBSEの臨床的症状なし
* いかなる病状(空胞状態またはプリオン蛋白)も中枢神経系に検知されなかった個体
これより明らかなように、臨床的な発病直後に屠殺された個体は、ほとんどが曝露後35ヵ月の時点では、どちらとも言えない段階または臨床上の初期の段階だった。38ヵ月の1頭及び40ヵ月の1頭の計2頭は、中枢神経系に病変を生じておらず、それぞれの群において検出された中枢神経系の感染性と無関係かもしれない。もしそうであれば、これらの個体については、ここでの議論のために、感染性が中枢神経系に達していなかったという仮説を置くことができる。この仮説は、これらの個体に見られる臨床的症状の解釈に疑問を投げかけるものであり、それらは病状発現前であったか、あるいは感染していなかった可能性が残される。そこで「病原性研究」の全個体の潜伏期間が、経口投与で感染したウシの用量反応データによって特定される範囲(33〜55ヵ月)のどこかになると仮定すれば、中枢神経系感染性が検出可能になる時期(マウスの生物学的検定による)と潜伏期間の差の分布範囲が、これらの研究のデータを合わせることによって推測できる。感染性は曝露後26ヵ月目には検知されないが32ヵ月目には発現するのだから、中枢神経系が感染する可能性のある最も早い時期と最短潜伏期間の間隔は33-27=6ヵ月であり、一方、中枢神経系が感染する可能性のある最も早い時期と最長潜伏期間の間隔は55-27=28ヵ月となる。これを自然発病の場合と関連付ける試みとして、実験的研究における平均潜伏期間(45ヵ月)と、この病疫の年齢固有の発生率から推定される平均潜伏期間(60ヵ月。英国のデータによる。)の差を考察する必要があるが、これについては後述c)で詳しく検討する。

科学運営委員会は、2001年1月12日付けの意見書 (EC2001年)において、妥当な程度に最悪のケースでは中枢神経系の感染性は潜伏期間の半ば頃から検出可能になると、既存の実験結果に基づき結論付けた。この仮説の根拠は次のようなものである。

「病原性研究」の実験群あたりの個体数が小さいため、上記の比率(すなわち、当該実験に記された最短潜伏期間の80〜90%)は現在実施中の研究によって下方修正される可能性が高いこと。
TSEに感染した個体の中枢神経系に感染性が初めて検出される潜伏期間中の時期は、個々の自然発生する病気ごとに異なり、また実験的モデルの場合は、特にプリオン蛋白の遺伝子型や病原体株や接触経路のような宿主側及び病原体の諸変数によって異なる。非神経系の末梢接種ルート(胃内腔など)を使ったスクレイピーのいくつかのマウスモデルでは、脳における感染性は潜伏期間の40〜50%のところで検知できた。263Kハムスター・スクレイピーでは、この値は25%だった。いくつかのモデルでは、その前に脊髄が感染性を示すことが観察された。

BSEは月齢24ヵ月未満の個体で見つかっていることから、脊柱及び背根神経節を危険部位とみなす最初の時期を、例えば12ヵ月まで引き下げるというのは当然の結論である。

 c. しかし、これとは別に、大半のBSE症例では感染性が中枢神経系に至るのはもっと遅くなってからだという主張もある。その理由は、実地症例において臨床的症状が発現する月齢の平均は60ヵ月であることから、子ウシの頃に病原性への暴露があったとすると、潜伏期間の半ばは月齢約30ヵ月になるというものである。

「病原性研究」における感染した脳の投与量(100g)は比較的多く、投与量が大きいほど潜伏期間が短いことが知られている(EC2000年)。すべての個体が同じ量を投与されたのだから(かつ、ウシにおいてはBSEへの感染しやすさに影響する遺伝的要因はないため)、この実験に使われた個体の潜伏期間の分布は、「病原性研究」(G.A.H Wells未公表データ)において病気を引き起こすために投与されたものとほぼ同じBSE感染力を持つ用量を経口投与されて感染したウシの、用量反応データから特定される潜伏期間の範囲に収まるものと予想される。上述の通り、この研究に基づく暫定的推定によれば、平均潜伏期間はほぼ45ヵ月と考えられる(範囲は33〜55ヵ月)。この平均は明らかに大多数の症例を疫学的に観測したものよりも小さな値だが、範囲はこれとは違い実地症例の潜伏期間についての推定範囲内に収まっている。これに従えば、今はまだ検知できない程度の感染性が存在することに対して数ヵ月の安全マージンを認めるとしても、背根神経節の感染性は中枢神経系の確定的な感染に比べてさほど重要でないことを考慮すると、月齢24ヵ月未満の感染ウシの大多数について、脊髄除去後の脊柱に残されたリスクは無視できると結論付けられるであろう。

しかし、このBSEウシ病原性研究(Wells、1998年)に基づいて、中枢神経系組織が検出可能な感染性を持つ時期を全潜伏期間に対する比率で示すことはできないし、当該研究の検体数が少ないため、臨床的症状が発現する数ヵ月前まで脊髄には感染性がないと結論付けることはできないというのが、TSE/BSE特別部会の見解である。

より多くのデータが入手可能な、他の動物種による実験(マウス、ハムスター、霊長類、ヒツジなど)によれば、科学運営委員会が2001年1月12日に設けた仮説、すなわち一般に、妥当な程度に最悪の場合の想定として、背根神経節と脊髄がもたらすリスクは潜伏期間の後半の方が高いという仮説は、依然有効である。

 d. 脊柱をウシの特定危険部位として取扱う月齢制限を現在の12ヵ月から引き上げられるとすれば、それ未満ならば脊髄と背根神経節に[人にリスクを及ぼすような程度の]感染性が存在する可能性がとても低い月齢である。言い換えると、ヒトがさらされるリスクに関して、BSE発生率がどの程度なら「容認可能」とみなせるかという点について、[費用対効果?]的な決定が必要となる。

ヒトがさらされるリスクについて言えば、それはウシとヒトの間の種の壁次第だが、それについては未解明で、存在しない(壁=1)かもしれないし、非常に高い(たとえば10,000)かもしれない。科学運営委員会によれば(EC 2000年c)、この数値は1より大きいと考えるのがより現実的である。

──────────
5 G.A.H. Wells、S.A.C. Hawkins、R.B. Green、A.R. Austin、I. Dexter、Y.I. Spencer、M.J. Chaplin、M.J. Stack、及びM. Dawson、1998年。実験によるBSE病原性にかんする予備的観察―改訂版。Veterinary Record誌142号、103〜106ページ。


トップへ
戻る  前ページ  次ページ