別紙2 |
品種 | : | てんさい(商品名:「ラウンドアップ・レディー・テンサイH7-1系統」) |
性質 | : | 除草剤(グリホサート)耐性 |
申請者 | : | 日本モンサント株式会社 |
開発者 | : | Monsanto Company(米国)、KWS Saat AG(ドイツ) |
日本モンサント株式会社から申請されたてんさい(商品名:「ラウンドアップ・レディー・テンサイH7-1系統」、以下「H7-1系統」という。)について、「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査基準」(以下「審査基準」という。)に適合した安全性評価がなされているか否かについて検討し、以下のような結果を得た。
I 申請された食品の概要
H7-1系統には、除草剤「グリホサート(商品名:ラウンドアップ、一般名:N-ホスホノメチルグリシン、農林水産省:農薬登録番号14360号、米国Chemical Abstract Service(CAS) 登録番号:1071-83-6、38641-94-0)」の影響を受けずに生育できる性質が付与されている。
グリホサートは、植物や微生物に特有の芳香族アミノ酸合成経路(シキミ酸経路)中の酵素の一つである5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素(以下「EPSPS」という。)と特異的に結合し、その活性を阻害する。その結果、ほとんどの植物は生育に必要なアミノ酸を合成できずに枯死する。しかし、H7-1系統は、グリホサート存在下でも機能するCP4EPSPS蛋白質を発現する遺伝子(以下「CP4EPSPS遺伝子」という。)を導入したので、グリホサートが散布されても枯死せずに生育することができる。
II 審査結果
1 生産物の既存のものとの同等性に関する事項
審査基準の第2章第1の各項に規定される資料(1.遺伝的素材に関する資料、2.広範囲な人の安全な食経験に関する資料、3.食品の構成成分等に関する資料、4.既存種と新品種との使用方法の相違に関する資料)から判断した結果、当該食品と既存のものが全体として食品としての同等性を失っていないと客観的に判断し、当該H7-1系統の食品としての安全性を評価するために、既存の食品を比較対象として用いる方法が適用できると判断した。そこで、既存のてんさいとの比較において、審査基準の第2章第2以下の各事項に掲げられた審査基準に沿って審査を行った。
1) | 遺伝的素材に関する事項 H7-1系統の宿主は、てんさいBeta vulgaris L. の栽培品種3S0057である。挿入されるCP4EPSPS遺伝子は、土壌中に存在する微生物類の一つであるAgrobacterium sp.CP4株のCP4EPSPS遺伝子をもとに合成したものである。 |
2) | 広範囲なヒトの安全な食経験に関する事項 てんさいは、工芸作物としてその根部が砂糖やテンサイ糖蜜に加工され、食品として利用されている。CP4EPSPS遺伝子の供与体であるAgrobacterium sp.CP4株はヒトの直接の食物源ではないが、これまでにもヒトはCP4EPSPS遺伝子がコードするCP4EPSPS蛋白質と同様の機能を持つEPSPS蛋白質類を摂取してきている。 |
3) | 食品の構成成分等に関する事項 H7-1系統は、主要構成成分(粗灰分、粗繊維、粗蛋白、可溶性炭水化物、並びに粗脂肪)や栄養素、サポニンに関し、既存のてんさいと同じ程度であった。 |
4) | 既存種と新品種との使用方法の相違に関する事項 H7-1系統の食品としての使用方法は既存のてんさいと同等である。なお、既存のてんさいとの栽培方法の相違は、グリホサートの影響を受けずに生育することから、栽培期間中にグリホサートが使用できる点のみである。 |
2 組換え体の利用目的及び利用方法に関する事項
H7-1系統には、グリホサート存在下でも機能するCP4 EPSPS蛋白質を発現する遺伝子が導入されているので、栽培期間中にグリホサートを使用できる。この点以外、その栽培方法、利用目的、利用方法は従来のてんさいと変わらない。
3 宿主に関する事項
てんさい(Beta vulgaris L.)は、その根部が砂糖の原料として幅広く利用されており、ヒトにおいて広範囲に安全な食経験がある。一般的に、てんさい及びその加工品(砂糖、糖蜜、繊維)のアレルギーはないとされる。てんさいはサポニンを生産することが知られているが、サポニンは多くの作物(マメ、ジャガイモ、チャ、アスパラガス、ブラックベリーなど)にも含まれ、またてんさいの加工品である砂糖には含まれないので、ヒトの健康に影響を及ぼすことはない。
4 ベクターに関する事項
H7-1系統の作出には、Agrobacterium tumefaciens両境界型植物形質転換ベクターであるPV-BVGT08が用いられた。発現ベクターPV-BVGT08は、左境界配列と右境界配列との間にCP4EPSPS遺伝子発現カセット(P-FMV/CTP2-CP4EPSPS/E9 3')のみを含み、他にori-V、ori-322及びaad遺伝子を含むが、H7-1系統には導入されてない。発現ベクターPV-BVGT08のサイズは8,590bpである。
PV-BVGT08の構成遺伝子は、その特性が明らかとなっており、既知の有害塩基配列を含まない。また、伝達を可能とする配列を含まないので、伝達性はない。
5 挿入遺伝子及びその遺伝子産物に関する事項
1) | 供与体に関する事項 H7-1系統に導入されたCP4EPSPS遺伝子は、土壌中に存在する微生物の一つであるAgrobacterium sp.CP4株から単離した遺伝子配列に、植物中での発現を高めるための改変を加えたものである。また、CTP2(葉緑体輸送ペプチド配列のN末端領域)は、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)に由来する。 |
2) | 遺伝子の挿入方法に関する事項 発現ベクターPV-BVGT08のT-DNA領域のテンサイ細胞への導入には、Agrobacterium tumefaciensを用いる形質転換法(アグロバクテリウム法)が用いれられている。 |
3) | 構造に関する事項 H7-1系統には、1コピーのCP4EPSPS遺伝子発現カセット(P-FMV/CTP2/CP4EPSPS/E9 3')が導入されている。既知の有害塩基配列は含まれていない。また、プラスミドPV-BVGT08の外骨格領域は導入されていない。 |
4) | 性質に関する事項 CP4EPSPS遺伝子は、グリホサート存在下でも阻害を受けずに機能するCP4EPSPS蛋白質を発現することにより、導入された植物はグリホサートの影響を受けずに生育することができる。 CTP2は、CP4EPSPS遺伝子の5'末端に結合し、翻訳されたCP4EPSPS蛋白質を芳香族アミノ酸生合成の場である葉緑体へ輸送されるのを容易にし、植物体中での発現度を高める働きを持つ。 |
5) | 純度に関する事項 遺伝子導入に用いた発現ベクターPV-BVGT08の各構成要素は、塩基配列が全て決定されており、その特性も明らかになっている。 また、宿主に導入された遺伝子は、それらの特性が明らかとなった遺伝子のみである。 |
6) | 安定性に関する事項 H7-1系統のF1雑種系統及び自殖系統において、CP4EPSPS遺伝子の発現を指標とした分離比調査を行った結果、基本的には、実測値と期待値との間に統計的に有意な差は見られなかった。また、自殖世代のR0〜R3の4世代について、CP4EPSPS遺伝子領域をプローブとしてサザンブロット分析を行った結果、挿入遺伝子の安定性が確認された。 |
7) | コピー数に関する事項 H7-1系統のゲノムには、1コピーのCP4EPSPS遺伝子発現カセットが、1カ所に挿入されている。 |
8) | 発現部位、発現時期、発現量に関する事項 ヨーロッパにて6ヶ所の圃場から採取したH7-1系統の組織について、ELISA法を用いて分析を行った結果、CP4EPSPS蛋白質の平均発現量は、生組織重量1g あたり根部で181μg であった。ちなみに、精製砂糖中の検出可能な蛋白質は多くても約1ppmであると報告されている。 |
9) | 抗生物質耐性マーカー遺伝子の安全性に関する事項 H7-1系統には、抗生物質耐性マーカー遺伝子は挿入されていない。 |
10) | オープンリーディングフレームの有無並びにその転写及び発現の可能性に関する事項 外来のオープンリーディングフレームは、CP4EPSPS蛋白質の発現に係るもののみである。 |
6 組換え体に関する事項
1) | 組換えDNA 操作により新たに獲得された性質に関する事項 H7-1系統に導入された性質は、CP4EPSPS蛋白質の発現により、グリホサートの影響を受けずに生育できる点のみである。 | ||||||||||||||||
2) | 遺伝子産物のアレルギー誘発性に関する事項
| ||||||||||||||||
3) | 遺伝子産物の毒性に関する事項 毒素配列データベースを用いて検索を行った結果、CP4EPSPS蛋白質と既知の毒性蛋白質との間に相同性は認められなかった。 また、マウスを用いてCP4EPSPS蛋白質の強制経口投与試験を行った結果、最大投与量572mg/kgまで投与しても有害な影響は認められなかった。この投与量は、日本人(体重50kg)が砂糖類から摂取するCP4EPSPS蛋白質の一日最大予想摂取量9.7μgの約295万倍に相当する。 | ||||||||||||||||
4) | 遺伝子産物の代謝経路への影響に関する事項 EPSPS蛋白質はホスホエノールピルビン酸(PEP)及びシキミ酸-3-リン酸(S3P)と特異的に反応する。PEPとS3P以外にEPSPS蛋白質と反応することが知られているのはS3P類似体であるシキミ酸のみである。EPSPS蛋白質とシキミ酸の反応性は、EPSPS蛋白質とS3Pの反応性のおよそ200万分の1にすぎない。したがって、シキミ酸が植物体内で EPSPS蛋白質と反応することはない。 | ||||||||||||||||
5) | 宿主との差異に関する事項 H7-1系統の根部を用いて、主要構成成分(粗蛋白、粗繊維、粗灰分、粗脂肪及び可溶性炭水化物)や栄養成分(糖度、カリウム、ナトリウム、転化糖及びアミノ窒素)、サポニン等に関し、既存のてんさいとの間で比較したところ、意味のある差異はなかった。 | ||||||||||||||||
6) | 外界における生存及び増殖能力に関する事項 H7-1系統の圃場試験はヨーロッパで行われているが、生存・増殖能力に関し非組換え品種と同等であった。 | ||||||||||||||||
7) | 組換え体の生存・増殖能力の制限に関する事項 H7-1系統の生存・増殖能力は既存のてんさいと同等であることから、制限要因についても同等であると考えられた。 | ||||||||||||||||
8) | 組換え体の不活化法に関する事項 H7-1系統は、物理的防除(耕耘)や化学的防除(感受性を示す除草剤の散布)など、てんさいを枯死させる従来の方法によって不活化される。 | ||||||||||||||||
9) | 諸外国における認可、食用等に関する事項 米国FDAへの食品としての申請は、2003年4月17日に行われており、現在審査中である。また、カナダへの食品としての申請も、2003年4月23日に行われている。 | ||||||||||||||||
10) | 作出、育種及び栽培方法に関する事項 H7-1系統と既存のてんさいとの栽培方法の相違は、生育期の雑草防除にグリホサートが使用できるか否かの点のみであり、他の点では同等である。 | ||||||||||||||||
11) | 種子の製法及び管理方法に関する事項 H7-1系統の種子の製法及び管理方法については、既存のてんさいと同様であり、各種分析に用いた世代の種子は、16〜22℃、相対湿度50%以下、暗所条件下で保存されている。 |
III 基準適合性に関する結論
以上のことから、日本モンサント株式会社から申請されたラウンドアップ・レディー・テンサイH7-1系統については、申請に際して提出された資料を審査基準に基づき審査した結果、人の健康を損なうおそれがあると認められないと判断される。