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医師国家試験改善検討委員会報告書


平成15年4月17日


医師国家試験改善検討委員会委員

相川 直樹 慶應義塾大学医学部教授

相澤 好治 北里大学医学部教授

伊藤 澄信 順天堂大学医学部教授

木村 利人 早稲田大学人間学部教授

黒川 清 東海大学総合医学研究所長

小泉 直子 兵庫医科大学教授

齋藤 英彦 国立名古屋病院長

櫻井 秀也 日本医師会常任理事

名川 弘一 東京大学医学部教授

伴 信太郎 名古屋大学医学部教授

前川 眞一 東京工業大学社会理工学学研究科教授

宮坂 勝之 国立成育医療センター部長

○は委員長  (五十音順、敬称略)


目次

I.はじめに

II.平成17年(第99回)の試験からの改善事項

 1.改善に当たっての基本的な考え方

 2.改善すべき事項

 (1)出題数・出題内容

 (2)合否基準

 (3)試験問題の公募、プール制の導入、試験問題の回収

 (4)試験結果の通知

 (5)出題形式

 (6)応用力試験

 3.試験の早期化

III.改善する方向性が定まった事項

 1.実技試験(OSCE)

 2.受験回数の制限

IV.関係機関への要請事項

 1.試験問題の公募

 2.実技試験の導入

 3.臨床実習前の共用試験の充実

 4.試験の早期化に対する協力

V.今後検討すべき事項

VI.終わりに


医師国家試験改善検討委員会報告書

I.はじめに

 我が国の保健・医療・福祉を取りまく環境は、人口の高齢化やそれに伴う疾病構造の変化など大きく変貌しつつある。医療技術や生命科学が日進月歩する中で医師に求められる基本的な知識量は増加している。また、患者ニーズの多様化や患者権利の認識が進み医師に求められる態度・倫理観への期待が高まる中で、医師は患者との十分なコミュニケーションのもとに全人的な医療を行うことが期待されている。

 厚生労働省は、平成13年9月に「医療制度改革試案」を公表し21世紀の医療提供の姿を提示したが、医療を担う適切な人材の育成・確保は、質の高い効率的な医療提供体制を実現する上で重要な柱の1つに位置づけられており、臨床研修制度を中心として国民から安心され信頼される医療提供体制の確立を図ることとしている。

 具体的には、平成12年12月、医師法等改正法が公布され、36年ぶりに臨床研修制度が根本的に見直されることとなった。平成16年4月から施行される新しい制度では、医師国家試験に合格後2年以上の臨床研修が必修化されることとなり、研修医は医師としての人格を涵養し、プライマリ・ケアの基本的な診療能力を修得するとともに、研修医がアルバイトをせずに研修に専念できる環境を整備することとなっている。

 また、卒前教育においてはモデル・コア・カリキュラムの導入や診療参加型の臨床実習の充実に向けた取り組みが行われつつあり、臨床実習開始前に医学生を適切に評価するために「臨床実習開始前の共用試験」が試行的に行われている。同試験は平成17年から本格的に導入されることとなっているが、コンピュータを用いた試験(CBT:Computer Based Testing)に加え、客観的臨床能力試験(OSCE:Objective Structured Clinical Examination)が行われることとなっている。

 医師国家試験は、医師として医療に第1歩を踏み出しその任務を果たすのに必要な知識・技能・態度を問う試験であり、国家試験としての妥当な範囲と適切なレベルを保つため、昭和21年に第1回が実施されて以来これまで数次にわたり改善が行われてきたところである。しかし、卒前教育の変革や臨床研修の必修化など医師の資質の向上に向けた取り組みが行われている中、改めて現状の医師国家試験を評価し、医師国家試験の改善を行うことが求められている。このため、平成14年7月に「医師国家試験改善検討委員会」を再開し、ワーキンググループでの審議を含め、計7回の審議を行い、今般、改善事項を取りまとめたのでここに報告する。

 なお、これらの改善事項は平成17年(第99回)の試験から適用することが望ましい。ただし、プール制の導入に向けた取組みについては、できる限り早期から取りかかるべきである。

II.平成17年(第99回)の試験からの改善事項

1.改善に当たっての基本的な考え方

 平成13年(第95回)の試験から導入された改善事項(問題数の増加、合否基準における相対基準の導入等)については適正と考えられることから引き続き継続する。

 卒前教育における「臨床実習開始前の共用試験」の導入(平成17年から本格的に実施される予定)や卒後臨床研修の必修化(平成16年4月から施行)等を踏まえ、医師国家試験の改善策を検討する。

 プール問題を収集・蓄積する体制を改善し、プール制への移行を目指す。

2.改善すべき事項

(1)出題数・出題内容

 出題数については、医療の高度・専門化に伴い医師として具有すべき知識量が増加したこと等を踏まえ、平成13年(第95回)の試験から出題数を500題に増加した。医師としての必要な知識及び技能を適正に問うためには引き続き500題とすべきである。

 出題内容については、引き続き基本的な診療能力に関する出題の充実を図るとともに、医の倫理・患者の人権、医療面接などにも配慮した出題にも考慮することが望まれる。特に、臨床研修において経験することが期待されている症候・病態・疾患の出題に配慮することが望まれる。また、医療安全対策、医薬品等による健康被害、健康危機管理に関する出題についても配慮することが望まれる。

 臨床実地問題の出題に当たっては、診療参加型実習(クリニカルクラークシップ)や実技試験(OSCE)の導入など卒前教育の状況を踏まえつつ、臨床実習の成果が反映される問題を出題することが望ましい。また、視覚素材の公募等を通じて良質な視覚素材の出題を行うとともに、病歴や身体所見などの情報を中心に臨床的思考過程とそれに基づく判断能力を問う出題を充実させることが望まれる。

 出題基準(ガイドライン)の各項目(章・大項目等)ごとの出題数を規定した試験設計表(ブループリント)については、引き続き高頻度な疾患や生命に直結した緊急性を要する病態・疾患等が相当数出題されるように、出題基準の改定に併せて設定することが望まれる。

(2)合否基準

 医師国家試験は資格試験であり、「医師として具有すべき知識及び技能」を有しているかどうかを評価するものである。現行の合否基準により行われた試験(第95回、第96回)の合格率は過去の合格率に比べ比較的高い水準で安定化しており、また、必修問題を中心として平均正解率が上昇傾向にあるが、基本的には適切な問題が出題され、適正な評価がなされていると評価される。

 このため、合否基準については、引き続き現行の合否基準を踏襲することが望ましい。具体的には、必修問題の合否基準は、絶対基準(一定のレベルに達しているか否かを判定)を用いて最低の合格レベルを80%とし、一般問題・臨床実地問題の合否基準は、各々の平均点と標準偏差とを用いた相対基準(得点分布による判定)を用いることが望ましい。

 また、禁忌肢(患者の死亡や臓器の機能廃絶に直結する事項や極めて非倫理的な事項等)については基本的な出題に配慮することとし禁忌肢を選択した場合にはこれまでどおり合否の判断に採用することとするが、引き続き禁忌肢のあり方について検討することが望ましい。

(3)試験問題の公募、プール制(試験問題を出題する前にあらかじめ蓄えておくこと)の導入、試験問題の回収について

 試験問題の更なる質の向上が求められている中で、従来の問題作成方法(毎年試験委員が作成する方式)には限界がある。

 このため、厚生労働省では、平成13年(第95回)の試験から、全国の大学医学部(医科大学)に対して試験問題の公募を実施し、通常の試験委員会とは別に設けた「ブラッシュアップ委員会」において、公募問題等のブラシュアップ(選定・修正)を行い、試行問題(採点対象外)として出題した上で正解率・識別指数等を評価し、適切な問題を順次蓄積しているところである。これまでの結果からは、公募問題を利用した試行問題の難易度・識別指数は通常の試験委員会で新規に作成した問題と同等程度であると考えられ、採点対象として出題することは十分可能であると評価される。

 今後、試験問題や視覚素材の公募範囲を臨床研修病院や日本医師会等に適宜拡大し、公募問題数等の増加を行い、併せてブラッシュアップ体制を強化・効率化することにより、当面、約1万題程度の試験問題を蓄積することが望ましい。また、プール問題の蓄積やプール問題の評価等を踏まえつつプール制への移行を図り、将来的には常時数万題のプール問題を蓄積する体制を整備することが望ましい。

 また、過去の試験問題の繰り返し利用による影響ついては、これまでの試験結果から正解率が相当程度高くなることが明らかとなっている。このため、第95回(平成13年)の試験から良質な試験問題を繰り返し出題するために試験問題の回収を行っているところであり、引き続き回収を行うことが望ましい。

 なお、今後、プール問題の蓄積状況を踏まえつつ実際に出題される問題の類似問題や出題の趣旨の公表について検討することが望ましい。

(4)試験結果の通知

 試験の成績通知については、平成13年(第95回)の試験から、試験問題回収に伴い受験生が自己採点できなくなることを踏まえ、個人ごとに成績通知(合格点数、本人の合否、総点数、必修問題・一般問題・臨床実地問題ごとの点数、禁忌肢選択数)を行っているところであるが、全受験生の成績分布における本人の成績の通知についても今後検討することが望ましい。

(5)出題形式

 出題形式は、Aタイプが増加しKタイプ(解答コードから正解を選択する出題形式)が減少する傾向にある。しかし、部分的な知識でも正解できるKタイプの出題が依然行われていることから、今後、Kタイプの減少・廃止を目指すとともに、Aタイプの増加やこれまで長文問題に限定されてきたXタイプ(5肢複択形式)の領域拡大を図ることが望ましい。

(6)応用力試験

 応用力を問う問題の出題を強化するため、問題解釈型(タクソノミーII型)・問題解決型(タクソノミーIII型)の出題数が増加されつつあるが、今後も引き続き問題解釈型・問題解決型の出題や応用力試験(Skills analysis)の導入を考慮することが望ましい。

3.試験の早期化

 現在、医師国家試験は例年3月に試験を実施し、4月に合格発表を行っている。このため、合格発表後医籍に登録されるまでの約1ヶ月間は、医療機関に雇用されながら医業に従事することができない状況にある。一方、平成16年度より臨床研修が必修化され、新たな制度下では研修医は2年以上の期間、研修プログラムに基づく臨床研修を行うこととなっている。

 臨床研修の必修化を契機として、医師国家試験を受験した者が4月1日から円滑に臨床研修を実施できる体制を整備することが必要である。

 今後、厚生労働省は、大学関係者との十分な調整を行った上で、一定の周知期間を設け、新たな新医師国家試験制度が適用される平成17年(第99回)の試験から早期化(2月第3週頃迄に国家試験を実施し3月中に合格発表)を行うことが望ましい。

III.今後改善する方向性が定まった事項

1.実技試験(OSCE:Objective Structured Clinical Examination)

 実技試験の導入の必要性は従来から指摘されてきたところである。OSCE(Objective Structured Clinical Examination)は臨床能力を客観的に評価するための有用な手法であると考えられており、前回改善時には卒前教育における普及状況等を踏まえて改善する方向性が定められたものである。

 今回の検討では、前回改善時に比べ、「臨床実習開始前の共用試験」に導入されつつあるなど卒前教育においてOSCEが急速に広がりつつあることが明らかとなった。しかし、卒前教育におけるOSCEは主に臨床実習前に行われているものが中心であり、臨床実習終了後における普及は必ずしも十分ではない。また、医師国家試験にOSCEを導入するためには、客観的な評価手法の確立等を行う必要性もある。

 このため、今回の改善ではOSCEの導入は見送ることとするが、今後も引き続き医師国家試験に導入することを目指して客観的な評価手法の確立等の検討を行うとともに、大学医学部・医科大学における臨床実習の評価等に積極的に導入することを強く希望しつつ関係機関へ周知徹底を依頼することが望ましい。

2.受験回数の制限

 受験回数の制限は、医師として不適格な者を排除し、不適格者に対して早期に進路転換を促す1つの有用な手段であると考えられるが、受験資格を失った者に対する受け皿の問題等慎重な検討を要する面がある。

 一方、大学医学部・医科大学における卒前教育は、モデル・コア・カリキュラムの策定や「臨床実習開始前の共用試験」(OSCEを含む)の導入など変革しつつあり、従来以上に大学医学部・医科大学への入学から卒業までのより早い段階において不適格者の進路転換を促すことが期待される。

 こうした状況を踏まえ、今回の改善では医師国家試験における受験回数の制限の導入は見送ることとするが、大学医学部・医科大学における不適格者に対する取組みを見極めつつ、将来的な導入に向けてその効果や影響等について具体的に検討することが望ましい。

 なお、平成18年から実施される新しい司法試験では、受験回数の制限(5年以内に3回に限る)が導入されることとなっている。

IV.関係機関への要請事項

 前回の改善以降、全国の大学医学部・医科大学における卒前教育では、「臨床実習開始前の共用試験」が試行的に導入されるなど変革しつつあり、また、厚生労働省は全国の大学医学部・医科大学には公募問題の作成等医師国家試験の改善のために協力を得ているところであるが、全国の大学医学部・医科大学対して引き続き以下の事項を要請することが望ましい。

1.試験問題の公募

 全国の大学医学部・医科大学等へ適切な試験問題の作成について引き続き協力を依頼することが望ましい。

2.実技試験の導入

 実技試験(OSCE)は卒前教育において急速に広がりつつあるが、臨床実習後の取組みは必ずしも十分ではないことから、関係機関に対して臨床実習等の評価法として実技試験(OSCE)実施の拡充を働きかけることが望ましい。

3.臨床実習開始前の共用試験の充実

 卒前教育において診療参加型実習(クリニカルクラークシップ)の充実が図られつつある中、臨床実習に臨む学生の能力・適性について、全国的に一定の水準が確保される必要があり、卒前教育に米国における3段階の医師資格試験制度のステップ1に相当する「臨床実習開始前の共用試験」が導入されつつある。

 今後、「臨床実習開始前の共用試験」の充実等を踏まえ、臨床実習に臨む学生の能力・適性について、全国的に一定の水準が確保されるととともに、医師として不適格な者に対してより早い段階で進路指導が行われるよう関係機関に要請することが望ましい。また、医師国家試験は、「臨床上必要な医学及び公衆衛生」に関し出題することとなっており、基礎科目にかかる出題は必ずしも十分とは言い難いことから、「臨床実習開始前の共用試験」等において基礎科目にかかる評価の充実を要請することが望ましい。

4.医師国家試験の早期化に対する協力

 医師国家試験を早期化するため、関係機関に対して卒業証明書の早期提出について協力を求めることが望ましい。

V.今後検討すべき事項

1.時間割の公表

 現在の医師国家試験では事前に時間割の公表は行っていないが、必修問題と必修問題以外の問題(一般問題・臨床実地問題)の別など時間割の公表について前向きに検討することが望ましい。

2.効率的な試験問題の蓄積・米国等の医師資格試験問題の利用

 現在、全国の大学医学部・医科大学等から試験問題を公募してプール問題を蓄積することとしているが、今後更に効率的な試験問題の蓄積のあり方について試験問題の購入も含め検討することが望ましい。また、医療の国際化を念頭に将来的に米国等の医師資格試験問題(USMLE)をブラッシュアップして一部出題することの可能性について今後検討することが望ましい。

3.コンピュータを活用した試験等の調査研究

 前回改善時に引き続き検討すべきとされた事項(コンピュータを活用した試験の導入リスト解答形式、選択肢の減少等)については、将来的に導入することも考慮しつつ今後検討することが望ましい。

4.医師の資質の向上

 医師国家試験は資格試験であり、「医師として具有すべき知識及び技能」を有しているか否かを評価するためのものであるが、同時に医師の資質の向上に寄与することが期待されている。このため、医師の資質の向上を図る観点から、医師国家試験のあり方(合否基準の設定、受験回数制限の導入など)について引き続き検討することが望ましい。なお、医師の資質の向上を図る結果として医師数の適正化に資する医師国家試験の役割についても今後検討することが望ましい。

5.その他

 平成17年から本格的に導入されることとなっている「臨床実習開始前の共用試験」との関係については、医の倫理など一部の出題範囲が医師国家試験の出題範囲と重複する可能性があるが、「臨床実習開始前の共用試験」の本格的な実施・評価を待って今後検討することが望ましい。

VI.終わりに

 今後は、今回の改善事項を踏まえた出題基準(ガイドライン)の改定を推進するとともに、「IV.関係機関への要請事項」については関係機関へ積極的に働きかけることを期待する。

 また、今回の改善事項については、改善結果を逐次検討しながらさらに改善を加えるための検討を進めることにより、国民の期待する質の高い安心な医療を提供できる医師の確保に努めることが望ましい。


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