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人工呼吸器装着等医療依存度の高い長期療養者への24時間在宅支援システムに関する研究
−「痰の自動吸引装置」の臨床的評価研究(中間報告)−

報告日  平成15年3月10日
報告者  主研究者   山本 真  (大分協和病院)
 共同研究者 徳永 修一(徳永装器研究所)


1.  概要
 気管内の吸引カテーテルの吸引圧、あるいは気道内圧を検知し、吸引カテーテルを通じて痰の自動吸引を行う自動吸引装置について、在宅療養患者への適用を実施して臨床的評価研究を行い、自動吸引装置の実用化の見通し研究を行う。

2. 研究方法
(1)  実施項目
(1) 自動吸引装置の性能改善
吸引圧センサーの精度を向上し動作の確認をする。
(2) 吸引カテーテルの留置位置の安定化検討
従来は吸引カテーテルを気管カニューレから5cm程突き出していたが、実用面では留置位置が確定し難いため、吸引カテーテルを気管カニューレと同位置にして、確実に吸引することを確認する。
(3) ALS患者への臨床テスト
被験者数は3名とする。
大分協和病院に被験者が入院し、医師の管理下において「痰の自動吸引装置」の試用評価を一終夜24時間行う。

(2)  実施方法
 図−1のように被験者の気管カニューレに吸引カテーテルを留置し人工呼吸器と痰吸引器を接続した状態で、人工呼吸器の気道内圧と痰吸引器の吸引圧を、自動吸引器の気道内圧センサーと吸引圧センサーに接続する。
 自動吸引装置により、気道内圧や吸引圧を検知して、痰の有無を判断し自動的に吸引を行う。
図−1 自動吸引装置の模式図
図−1 自動吸引装置の模式図

 今回は、吸引カテーテルの留置位置を気管カニューレの先端に合わせて、位置が安定できる方法で痰吸引効果の確認をする。
 臨床テストの評価は、以下の方法により行った。
(1)テスト吸引での動作チェック
 吸引間隔が10分〜20分で、その間に5秒間の痰吸引を自動的に行い、痰がある場合は、吸引圧が上昇し、それを吸引圧センサーが検知して、痰吸引動作を継続する。痰が減少すると吸引圧が低下し、それを吸引圧センサーが検知して、痰吸引動作を停止する。
 テスト吸引の時間設定と吸引効果について確認する。
(2)気道内圧センサーによる動作チェック
 痰が発生すると人工呼吸器の気道内圧が上昇する。その気道内圧を自動吸引器の気道内圧センサーが検知して痰吸引器を動作させ痰吸引を行う。その時に痰がある場合は、吸引圧センサーが上昇するので、継続して痰吸引器を動作させ痰吸引を行う。吸引圧センサーが低下すると、痰が減少したと検知して痰吸引を停止する。
 気道内圧センサーは、人工呼吸器のハイプレッシャーゲージより低い値とし正常に検知して動作することを確認する。今回は、2.5kPa〜2.8kPaの設定とした。
(3)吸引圧センサーによる動作チェック
 上記(1)、(2)の動作に関して、痰吸引動作時に痰があると吸引圧が上昇し、吸引圧センサーが検知して痰吸引器を継続動作させ、痰が減少すると吸引圧が低下し痰吸引器を停止する。
 吸引圧センサーが正常に検知し、痰吸引動作を行うことを確認する。今回は、吸引圧センサーを−25kPa〜−28kPaに設定して動作確認をする。

3. 研究結果
3−1  臨床テストの様子
   被験者に入院してもらい、24時間の臨床テストを行った。
臨床テストの様子を図−2、図−3、図−4、図−5に示す。

図−2 臨床テストの様子(KS様)
図−2 臨床テストの様子(KS様)


図−3 臨床テストの様子(KD様)
図−3 臨床テストの様子(KD様)


図−4 気管カニューレと吸引カテーテル
図−4 気管カニューレと吸引カテーテル
図−5 採取された痰
図−5 採取された痰

3−2  終夜自動吸引実験の様子(KDさんの場合を例に)
   気管切開下の人工呼吸管理を続けてきたKDさんに、気管カニューレ内に吸引カテーテルを留置した状態で、自動吸引実験を行った。吸引カテーテルの先端は、気管カニューレ先端に一致させた。
(1) 21時より自動吸引実験を開始し、翌日13時まで一切手動での吸引を行わずに実験を終了できた。通常の状態での気道内圧は約2.2kPaであり、High Pressure Alarmは4.0kPaに設定した。自動吸引のロジックは、20分毎の5秒間のテスト吸引と、気道内圧が2.6kPaを超えたときに15秒の試験的連続吸引動作、および両試験吸引動作終了時に吸引圧が−28kPaを超えていた場合、その値を切るまでの継続吸引とした。
(2) 夜間に一度、High Pressure Alarmが鳴ったが、自動吸引装置は正常に作動し、気管内の痰を除去することが出来た。吸引動作終了後、気道内圧は2.2〜2.3kPaと正常に復帰していた。
(3) 吸引動作作動時には、エアーのリークが生じるため、気道内圧は1.6〜1.7kPaに下がるが、酸素飽和濃度等の指標には大きな変化は見られなかった。
(4) 実験終了時に気管カニューレを交換し手動で気管内吸引を行ったが、通常程度の痰の貯留であり、特に痰が残留しているという印象はなかった。
(5) 本人の感想も、終夜実験を通じて呼吸困難はなく、痰も有効に除去されていたというものであった。

3−3  終夜自動吸引実験での各機能の評価
 
(1) テスト吸引動作
10〜20分おきに5秒間のテスト吸引を実施したが、テスト吸引から本吸引に移行することはなかった。テスト吸引の時間設定等をさらに研究する必要がある。また、テスト吸引で微量ずつ痰を吸引するため、痰の溜まりを減少する効果があるといえる。
(2) 気道内圧センサー動作
気道内圧が2.5kPaの時は頻繁に気道内圧センサーが作動し、連続的に吸引したため患者には負担が発生していると感じた。体位交換等での気管カニューレのズレがおこると気道内圧が変化するために、気道内圧センサーの調整が必要である。
気道内圧センサーの検知精度は良好で未然に痰を吸引する効果があり、痰が発生した時に聞こえる気道部でのゴロゴロ音と相関して気道内圧が上昇し、気道内圧センサーが検知して吸引する動作を確実に行った。
(3) 吸引圧センサー動作
テスト吸引動作で吸引圧センサーが動作することはなかったが、気道内圧センサーが検知して吸引動作をした場合は痰が溜まっている場合であり、その時は吸引圧センサーが動作して連続吸引した。吸引圧センサーにより痰を十分に吸引する効果がある。
(4) 吸引量
終夜自動吸引で16cc〜22ccの吸引量があった。痰の粘性や発生量に個人差があるので吸引量での判定は困難だが、試験終了後、手動で痰吸引をした結果、痰の残留は少なかったので、自動吸引の効果はあると考える。

3−4  被験者の感想
 
(1) 夜は苦しくなかった。昨日みたいであれば、起きなくて良い。(KS被験者)
(2) 自動吸引時は痰がとれて残留感はなかった。良かった(KD被験者)
(3) 被験者の感想を後日入手する予定。(KS被験者からは入手済み)

3−5  試験者の感想
 
(1) 被験者の感想が良くて、機器の効果と必要性再確認した。
(2) 気道内圧センサーの動作が効果的で、うまく痰を吸引することが出来た。
(3) 連続吸引時間を一定時間以下にして患者の負担や危険を除く必要がある。

5. まとめ(中間報告)
(1) 被験者1人に在宅で3時間の臨床テストを行い、気道内圧センサーが正常に検知することを確認した。被験者の評価も「吸引できて良かった」と好評価であった。
(2) 被験者2人に病院に入院してもらい24時間の臨床テストを行い、自動吸引器の各機能が正常に動作し、痰を効果的に吸引することを確認した。被験者の評価も「楽で良かった。早く欲しい」と好評価であった。
(3) 吸引カテーテルの留置位置を気管カニューレの先端と同じ位置にして、効果的に吸引することが確認できたことで、実用面での安定性の見通しを得ることが出来た。
(4) 今回の臨床テストで、自動吸引器の実用化の目途を立てることが出来た。更に、臨床テストを行い機能の確認を行うと共に、操作性や信頼性等の実用化のための研究開発を行う必要がある。

6. 添付資料
(1) 自動吸引器試験データ−1「KD様の臨床テスト(3時間)」
(2) 自動吸引器試験データ−2「KS様の臨床テスト(24時間)」
(3) 自動吸引器試験データ−3「KD様の臨床テスト(24時間)」

以上


山本・徳永平成14年度日本訪問看護振興財団委託研究

図
自動吸引装置は、1999年頃、山本、徳永で基本構想を作り、翌2000年の日本ALS基金の補助を受けることにより、実用化研究をはじめたものである。

この写真は、自動吸引装置のコントローラーを徳永装器が完成させ、実験を開始したころ。2001年2月、徳永装器の研究室内にて。

徳永がペットボトルを気管に見立てて、動作実験を行っているところである。

写真左より瀧上(高田中央病院院長)、永松(大分県立病院院長)、山本(大分協和病院医師)、徳永(徳永装器代表)。


図  
平成12年の日本ALS協会によるALS基金の補助を受けて共同研究者の徳永が開発した、自動吸引コントローラー。2000年12月完成。

電動式吸引機のオン、オフを制御するシーケンサー、吸引圧モニター、タイマーから構成されている。

写真はその初期型であり、タイマーによって試験吸引間隔および試験吸引時間を設定でき、また手動で試験吸引動作を開始できるようにした。


図
2001年ALS基金研究時での気管カニューレと吸引カテーテルの関係を示す。当時、未然に痰の貯留を防ぐという考え方であったため、吸引カテーテルの先端を気管カニューレの気管内開口部より突き出した状態に設置した。


図
2001年に実用化実験を行っていたころの、システムの模式図を示す。気管カニューレを通して気管内に留置した吸引カテーテルと、吸引管から分岐を行い、コントローラーにて吸引圧の測定を行っていた。一定時間毎に試験吸引を行い、そのときの吸引管の陰圧を測定し、吸引機への通電を管理するというのが基本ロジックであった。


図   図   2001年2月以降、自動吸引装置の試作機が完成し、多くのALS患者の協力を得て、実験を行うことができた。実験を通じて、試験吸引間隔や、吸引時間および吸引動作終了のための吸引圧の設定などの知見を得ることができた。

写真は、大分市や豊後高田市で闘病されているALS患者の方々に被験者になっていただいたときの記録である。
 
図   図    



2001年当時の開発実験で最も特筆すべきは、終夜実験であろう。危険回避のために各種モニターを装着し監視のもとで、約12時間の終夜実験を行った。

終夜実験は、20分毎の試験吸引と、吸引圧が設定圧を超えた場合は本吸引に移行し、吸引圧が終了圧を切った場合に吸引動作を止めるというロジックにて行った。

その結果、夜間にHigh Pressure Alarmは一度も鳴ることがなく、翌日の吸引タンクには下図のような痰が採取できていた。
  図
図  


図9 吸引制御フローチャート  

左のフローチャートが平成12年日本ALS基金の補助を受けて開発した自動吸引のロジックである。

基本的な考え方としては、未然に痰の気管内の貯留を防ごうというものであり、気管カニューレより突き出した吸引カテーテルが、気管内に上がってきた分泌物を一定時間ごとに調査し、分泌物があれば吸引して排除するというものであった。しかし実際にこれを動作させたとき、突然の多量の分泌物が上がってきた場合に対応できないことが判明した。そのため、気道内圧が設定圧を超えた場合も、テスト吸引を開始する機能を追加した。

しかしながら、気道内圧を正確に把握する圧センサーがこの当時見当たらず、この部分については理論のみで、当時の研究では臨床実験に到達することはできなかった。


図  
平成14年度日本訪問看護振興財団の委託研究を行うにあたって改良したコントローラーを示す。

全面パネルにあるデジタル数値は、気道内圧をkPa単位で示すことができる圧センサーである。今回は、人工呼吸器の気道内圧測定用のラインから直接分岐したチューブをこの圧センサーに接続することにより、正確な気道内圧の把握を行った。

自動吸引動作は、通常の気道内圧を本装置にて読み取り、その圧に、0.3kPaを加えた数値を気道内圧が超したときに吸引開始が行われるロジックをシーケンサーに組み込むことにより行われた。また、以前からの時間間隔の試験吸引動作も並行して作動させた。


図  
平成14年日本訪問看護振興財団の委託研究で改良を加えた自動吸引システムでの、気管カニューレと吸引カテーテルの関係を示す。

以前のシステムでは、吸引カテーテルは、気管カニューレから突き出した状態で、気管内に留置した。この方法では、どの程度突出させるかという判断が難しいこと、および突出させた吸引カテーテルが気管内粘膜を損傷させる可能性が排除できないという問題点が存在した。

今回新たに考案した設置方法は、吸引カテーテル先端を気管カニューレの開口面と一致させるというものである。本方法によって、上記の問題点を双方とも解決することができた。

さらに、特注によって優秀な圧センサーを得たことにより、主たる自動吸引のロジックを、これまでの一定間隔で試験吸引を行うことにより未然に痰の貯留を防ぐとういう考え方から、気道内圧上昇時に吸引動作を行い、痰による窒息事故を防止する、という考え方に転換した。

また、この吸引カテーテルを、一体型として気管カニューレに組み込むことができれば、通常の用手的な気管内吸引操作を妨げず、安定した危機回避のためのバックアップシステムを構築することが出来ると考えた。


次に実際に自動吸引装置が稼動したときの映像を示す。

被験者はALSの男性(64歳)で、常時人工呼吸管理となって5年目である。普段は在宅で療養されている。

この場面は、平成15年3月4日に一時入院してもらい、収録されたものである。
 
図   図



自動吸引機が作動した状況を示す

図


常時気道内圧を監視しているデジタルモニターが、設定圧超過を感知し、吸引機を作動させている。このとき一時、呼吸器の高圧警報が鳴っているが、痰を吸い切らないうちに一時的に気道内圧が、呼吸器のアラーム設定より上昇したことを示している。しかし、本吸引動作によって、痰は気道内より除去され、気道内圧も再び低下していることをこのビデオ記録は示している。なお、本被験者の場合、終夜12時間継続実験においても、用手的吸引操作を必要としなかった。


終夜実験は、被験者およびご家族の充分な了解を得た上で、安全のため入院をしてもらい、心拍や酸素飽和度の監視を連続的に行いながら実施した。

呼吸器の高圧警報が鳴り止まないときや、本人が用手的吸引操作を要請する場合は直ちに実験中止あるいは中断と決めておいた。

実験は、通常の気道内圧を、自動吸引コントローラーの圧モニターにて観測し、通常の最高気道内圧に0.3kPaを加えた値を、自動吸引開始の設定圧とした。

次に、終夜実験を行うときの機器の配置や被験者の状態を示す。



ALS患者への自動吸引装置実験の状況(2003年3月)

図


最後に、終夜実験の実際を、ビデオ映像で示す。

被験者はALS患者で女性、65歳。1989年に発症され、人工呼吸管理となって10年以上経過している患者である。

前半部分は、夜間、自動吸引実験を行っているときの状態である。気道内圧上昇をコントローラーが感知し、自動吸引装置の作動中に一度人工呼吸器の高圧警報が鳴ったが、痰の除去は良好に終了した。映像は、その後の状態を示している。気道内圧や、酸素飽和度、心拍に異常がないことを示す。

後半は、翌朝の状態を示す。本人に終夜実験の感想をインタビューしている場面の映像である。



終夜実験の状況(2003年3月12日)

図



山本先生, 徳永さんへ
自動吸引器について (PDF: 889KB)


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