03/02/14 EBM普及推進公開討論会議事録               EBM普及推進公開討論会              根拠に基づく医療のあるべき姿            −EBMの理解と活用を進めるために−                               平成15年2月14日                                14:00〜17:00                                 ヤクルトホール <シンポジスト紹介> 座長 黒川  清(東海大学医学部教授) 論者 四宮 謙一(日本整形外科学会診療ガイドライン委員長)    藤島 正敏(高血圧ガイドライン作成班主任研究者 九州大学名誉教授)    生坂 政臣(千葉大学附属病院総合診療部教授)    柳澤 正義(国立成育医療センター院長)    児玉 安司(東海大学医学部教授 三宅坂総合法律事務所弁護士)    鈴木 利廣(患者の権利オンブズマン全国連絡会代表    鈴木利廣法律事務所弁護士)    石田 久人(株式会社ジン・ネット ディレクター)    飯野奈津子(NHK解説委員)                               (敬称略) <進行表> 1.開会 2.現在の医療の現状とEBMについての概説(黒川清座長) 3.テーマ1:医学とEBM 3−1 「学会活動としてのEBM」(四宮謙一) 3−2 「医学におけるEBMの役割」(藤島正敏) 4.テーマ2:医療とEBM   4−1 「小児救急医療の現状と課題」(柳澤正義)    4−2 「開業医の現場におけるEBMの役割」(生坂政臣) 5.テーマ3:法律とEBM   5−1 「医療事故と訴訟におけるEBM<その1>」(児玉安司)   5−2 「医療事故と訴訟におけるEBM<その2>」(鈴木利廣) 6.テーマ4:患者とEBM   6−1 「標準治療の普及とEBM」(石田久人)   6−2 「国民(患者)の期待するEBMの役割」(飯野奈津子) 7.フロアからの提言(会場から頂いた質問を中心にディスカッション) 8.閉会 1.開会 ○司会  本日は、多数御来場いただきまして誠にありがとうございます。ただいまよりEBM 普及推進公開討論会を開催させていただきます。  まず、論者の方の御紹介をさせていただきます。  四宮謙一さん。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授で、日本整形外科学会 診療ガイドライン委員長をされております。  藤島正敏さん。西日本総合医学研究所長・九州大学名誉教授で、平成12年度に作成さ れた高血圧ガイドライン作成班の主任研究者をされておられました。  柳澤正義さん。国立成育医療センター病院長で、小児救急診療マニュアルの作成に携 わっておられます。  生坂政臣さん。生坂医院副院長で、昨年副院長から千葉大学医学部附属病院総合診療 部教授に選出されて就任予定になっております。  児玉安司さん。東海大学医学部教授で医師であり、また日本とアメリカの弁護士の資 格をお持ちでいらっしゃいます。  鈴木利廣さん。患者の権利オンブズマン全国連絡会代表で、弁護士として多くの患者 代表で活躍されております。  石田久人さん。株式会社ジン・ネットディレクターで、ジャーナリストとして活動さ れるとともに、御自身も大腸がんで手術や化学療法を受けた御経験をお持ちです。  飯野奈津子さん。NHK解説委員で社会保障、医療・年金・介護など、女性問題を担 当されています。  最後に、本日座長の黒川清さん。東海大学教授で日本学術会議副会長です。  どうぞ、黒川先生よろしくお願いいたします。 2.現在の医療の現状とEBMについての概説(黒川清座長) ○黒川  今日はよくいらっしゃいました。EBMとは何か、何が問題かというようなことで、 もちろん今日わざわざ来られる方はEBMは何の略かということは御存じだと思います が、エビデンス・ベースド・メディスン、証拠に基づいた、科学的な根拠に基づいた医 療を推進しようということであります。  今日の流れですけれども、一応5時までですが、お手元にありますようにここにおら れる4つのテーブルにある方々はちょうどこちら側から学会、あるいはお医者さんとい う立場の方々、それからその次には小児科の救急、あるいは生坂先生は家庭医の資格が ありますが、それぞれの方々のバックグラウンドはお手元の資料にありますから、お話 を伺いながら内容の趣旨、それからその背景というか、今までどういうことをされてい るのかというような話を見ながらお話を伺っていただければと思います。  その次に法律とEBMというような観点から弁護士の方からのお話があり、更に患者 さんあるいはジャーナリストあるいは社会から見たEBMの立場というか、患者さんの 立場というような話で、それぞれ5分ずつお話をいただきまして、その後そのプレゼン テーションあるいはその立場について、皆さんからも話を聞きたいのですが、パネリス トの間でいろいろ御質問がそれぞれの立場であると思いますので、それを中心に10分か 15分くらい議論をさせていただいて、その次のお2人にプレゼンテーションしていただ くという格好にしたいと思っております。  その間に、お手元にいろいろ紙があると思いますが、その紙に気が付いたこと、ある いはこれを聞きたかったんだということがあると思いますので、こういうことはどうな んだろうかということで是非書いていただきたいと思います。最初に1枚書いてしまっ たら次の紙がなくなるわけではなくて、まだあったと思いますので、お1人で3つも4 つも質問される方もあるかもしれません。  それを途中で回収をしながら、最終的に4つのパネルが終わった後に休憩というのが あります。この10分の休憩の間に集めたものを一応整理して、どういうところに主な論 点があるのか、御質問があるのかということで話をまとめさせていただいて、全部取り 上げるわけには恐らく今日はいかないので、3つか4つの共通した主なテーマというと ころについて討論をしていきたい。このような格好でフロアからの提言ということを議 論してみたいと思っておりまして、5時に一応終了ということにさせていただきたいと 思います。  さて、EBMとは一体なぜ出てきたのかということであります。カタカナとか英語が 出てくると大体怪し気なことが多いんですが、EBMというのは実は冷戦が終わり、コ ンピュータがどんどん進歩をして情報が世界じゅうから流れる。いわゆるグローバリゼ ーションの基になっている一つのキーワードは情報が公開されるということでありま す。そういうわけですので、例えば皆さんもそうだと思いますが、今までの日本の野球 を見ているとやはりメジャーリーグとは違うのではないかということに気が付き始めた のは、野茂のような選手が行ってライブでテレビで見せるということをするものだか ら、やはり違うじゃないのということを何となく皆さん国民が広く感じ始めたというこ とであります。野茂が行った後で長谷川とか伊良部とかいろいろな人が行くので更に見 る機会が増えると、やはり違うのではないかなと思っているわけです。その後で佐々木 が行き、イチローが行き、遂に松井も行った。最後になって読売ジャイアンツの選手が ようやく行くのに8年かかるというようなことでありますから、冒険するのはジャイア ンツじゃない人の方が先にやるということであります。  しかし、それを見て我々素人はどこが違うかというのはよくわからないんだけれど も、それが一番わかるのはプロ野球の選手なのです。それを見て、おれはやってみよう というような一人ひとりの決断で行くわけです。そういうところにもEBMと同じよう なことがあって、お医者さんの方はいろいろな情報を今までわかっているんだけれど も、日本の社会だとどうしても自分が育った中での医療ということになってくる。そう すると、外の実際の現場の医療はどういうふうな判断をしているのかということはわか らないこともあると思うのですが、そういうような情報がどんどん広がってくると、皆 さんの方が結構これは違うのではないかというような話が、いわゆる情報化の下にEB Mというものが広がってきたという流れが一つあると思います。  だから、昔から診断学あるいは診断のデシジョンメーキングというのはどういう確率 で、どういうことでやっているのかということをそれぞれ知っていたんですが、それが お医者さん側でも共通の認識として科学的なベースがどれだけあるかというと非常に心 もとない。なぜかというと、一人ひとりの経験に基づいてやっているわけですから、そ の経験がどの程度普遍性があるのかということについてはなかなかわからなかった。そ れがどんどんいろいろな臨床のデータもそうですが、科学が進むとともにそれを社会、 現場に還元するときにはどういう根拠でデシジョンをしているのか。どういう根拠でこ ういう検査をしているのか。そのコストと見合うのか。では、こういう治療をしたらア ウトカムはどうなるのかということがだんだん共通の財産として見られるようになって きた。そして、それがインターネットとかテレビとかいろいろなところで見えるように なってきたので、本だけではなくてライブで見られるというのはかなり違うわけです。  そういうような背景があるのでEBMということがありまして、皆さんもEBMとは 何だ、あの先生たちがやっているのはEBMかと言われますが、一方ではEBMと言っ てこうやるべし、そうやらないと医療の保険は払ってくれないよなどという厚生労働省 の陰謀だなどという説もあるんだそうですが、必ずしもそういうわけではないので、そ んなことも含めながら今日お話を伺っていったらどうかと思っております。  そんなことで、最後のところに私の抄録で「なぜEBMか」ということがあります が、これはあくまでも交通と情報の技術が非常に進んだので、今1年間に1,800万の日 本人が外国に行きます。そうすると、今まで行っていた外国ということを人づてに聞い たのと違うんじゃないの。中には急に病気になって入院された経験のある人もいると思 いますが、日本の病院とは随分違うなという経験をたくさんの人が共通して認識し出す と何か違うなということを考え出したということなんじゃないだろうかと思います。  その理由は何なのか。日本人の価値観というのもありますし、今まで日本が存在して いた社会構造、医療の保険制度、疾病構造、いろいろなファクターがありますし、その 間に診断とか治療とかCTとかMRIとか、いろいろな新しい医療の技術が現場に入っ てきますと、それを当然やってほしいという人がたくさんいるわけですけれども、さあ どうなのかということで、価値観が国際的に広がってきたということと、医療という非 常に個人的なレベルのお医者さんと患者さんという間のデシジョンメーキングというプ ロセスに広く情報が世界じゅうで共有化されている。そのときの自分たちの価値観の根 拠は何なのか。それができるできないというのはどうして違うのかというような話が一 つのEBMの根拠になっているのではないだろうかと思います。  そんなことで、今日お話をいろいろ伺っていきたいと思っております。EBMもグロ ーバリゼーションという一つの大きなキーワードの中にある医療の現場での個人の、自 分のお医者さん、医療人と患者さんとのやりとりの一つのデシジョンメーキングの根 拠、検査の根拠、治療の選択肢の根拠、どういう根拠でしているのかなというような話 も是非考えてみたいと思います。  それでは最初に一番こちらのテーブルからということで、四宮先生のプレゼンテー ショからお願いします。 3−1 「学会活動としてのEBM」(四宮謙一) ○四宮  トップバッターですが、整形外科学会では現在基本的診療ガイドラインをつくってお りますので、その過程で非常に悪戦苦闘しているというところをご報告するということ になります。 (スライド)  現在、私どもの整形外科学会では11のガイドラインを平成14年の初めから小委員会を 11つくりまして作成に当たっているという状況でございますが、整形外科学会としては 初めてやっていることでございますので、なかなか問題が多くございます。 (スライド)  これが11の疾患でございまして、上の1、2は厚生労働省の援助を受けております。 (スライド)  診療ガイドラインの作成目的は、以下のとおりであります。国民に開かれたテーラー メイド医療、専門医以外の一般医師に対するガイドラインを示すこと、専門医に対して は自分の治療の妥当性をもう一遍見直し、などのために基本的診療ガイドラインを作成 しつつあります。 (スライド)  整形外科と申しますのは骨関節運動器を対象とした身体機能を扱う外科で、それぞれ の疾患に特徴がございます。また、変性疾患と外傷が多いという特徴がございます。そ ういう特徴を踏まえ診療ガイドラインをつくる場合に考慮していかないといけないとい うことになると思います。 (スライド)  今日、特にお話ししたいことが2点あります。1つは出版されている世界中の論文、 日本ももちろん含みますが、その論文に書かれている診断名が果たして正しいかという 根本的な問題があります。それから第2点は、アウトカムの評価が非常に種々あること です。身体機能の評価ですから、数字で表せるような検査結果が低下したから評価でき るというような、そういう簡単な評価ではないために苦労しているわけです。そのあた りを簡単にお話ししたいと思います。 (スライド)  これは腰椎椎間板ヘルニアに関しての例ですが、論文に腰椎椎間板ヘルニアと書いて あるからには椎間板が突出しているという現象があるわけですが、しかし椎間板の突出 自体は別に病気ではないわけです。要するに椎間板が出っ張ったということで、その 後、神経根あるいは馬尾が障害を受けて初めて疾患となるわけです。しかし、それがそ うじゃなくて、単に画像だけで椎間板ヘルニアと診断しているような論文があるわけで す。 (スライド)  例えばこの画像は腰椎椎間板ヘルニアです。これぐらい大きいと診断は簡単ではっき りした症状もあります。 明らかに、脊柱管前後径の3分の2くらいまでヘルニアが 出っ張っていて硬膜管が押されていますので、これは明らかに症状がありました。 (スライド)  これは90年のBodenの論文なのですが、67例の全く症状がないボランティアのMRI像を 3人の神経放射線科医が診断したのですが、60歳を超えた例を見ますと椎間板変性は実 に93%にあります。椎間板ヘルニアと診断がついたものが36%、しかも腰部脊柱管狭窄 症と診断が付いたのは21%もあるわけで、これが全く終生症状がなかった患者さんのMRI の診断結果です。このように画像だけで診断するとこれぐらいミスが出るということに なるわけです。 (スライド)  もう一つの例としまして頸椎症性脊髄症を示しますが、頸椎症というのは単なる加齢 的な変性変化ですので、そういう変化が原因となり頚髄が圧迫されて初めて四肢麻痺が 生じて頚椎症性脊髄症となるわけです。 (スライド)  例えば左のMRIですが、骨に変化があるだけではだめで、こういうふうに頚髄圧迫 があった場合、初めて頚椎症性脊髄症と考えられ手術対象ともなるわけです。 このよ うに疾患概念に関して、調べる論文の中で正しく診断されているかということにつき疑 問なところがありました。 (スライド)  次にアウトカムの問題ですが、整形外科の場合のアウトカムで問題になるのが、自然 経過により治癒していく可能性があることと、もう一つは先ほど言いましたように機能 を評価するための評価法がたくさんあるということです。この論文は腰椎椎間板ヘルニ ヤの自然経過にかんする結果を示していますが、腰椎椎間板ヘルニアの手術をする・し ないのランダムスタディーの結果、1年の段階では手術をした方が圧倒的によいのです が、4年たつと全く成績に差がないという論文で、腰椎椎間板ヘルニアが自然経過で治 癒傾向がある疾患であることを示しています。 (スライド) 次にアウトカムの評価も整形外科の中ではいろいろあり、論文の中でも種々の評価をさ れています。例えばSLRとか筋力とか知覚とか、などがあげられます。 (スライド)  しかし、真のアウトカムというのはやはり患者さんが満足をしているとか、痛みがな くなってよかったとか、そういうことで評価せざるを得ないわけです。身体機能を扱う 我々の分野では評価法がいろいろあるということが現在の問題点ということです。 (スライド)  これは最後のスライドですが、我々が診療ガイドラインを作成してきて気が付いたこ とは、世界の論文を検索しても意外と有効なRCTがなく、またQ&AのAが全然なく て、はたと困っています。そうすると、今後診療ガイドラインが作成されても完全なも のはできるはずもないので、専門医が集まってきて推奨すべきことを考えていかなけれ ばならないし、また一般医とか患者さんからの意見も入れて全体的にコンセンサスが得 られるように努力をしながら、今あるRCTに足していかなければいけないと考えてお ります。このために診療ガイドライン作成後にも、再評価が必要であると考えておりま す。 これで整形外科学会からの診療ガイドライン作成に関する発表を終わらせていただきま す。 ○黒川  どうもありがとうございました。  それでは、続いてお願いします。 3−2 「医学におけるEBMの役割」(藤島正敏) ○藤島  私は医学とEBMで、そのEBM、エビデンスの質についてお話申し上げたいと思い ます。 (スライド)  これは1951年から58年の世界33か国の脳卒中による死亡の国際比較をしておりまし て、ごらんいただきますように我が国は欧米先進国の2倍強という非常に脳卒中死亡の 多い国です。その内訳を見ますと、脳梗塞に対して脳出血が実に13倍、日本人は脳卒中 なかでもほとんど脳出血で亡くなっていたわけです。このデータにつきましてゴールド バーグ、カーランドというアメリカの神経疫学者が1959年にローマで行われました世界 神経学会で、確かに日本人は環境要因、我々は食塩をたくさんとりますので脳出血が多 いんだろう。しかし、果たして正しく診断されているだろうかということを国際学会で 指摘したそうです。非常に屈辱的な発言をこの2人はやったわけですが、当時、これに 反論できるデータはわが国にはなかったのです。 (スライド)  福岡市に隣接します久山町という小さな町でございます。人口はこの40年間にわずか に1,000人しか増えていないこの町で1961年から疫学調査を始めました。町の全面的な 協力が得られたことと、私どもの九州大学から非常に距離が近いということもありまし て、ここで日本人の脳卒中の実態調査がスタートしました。ある意味では日本初のエビ デンス作りが始まったといえます。 (スライド)  この久山町研究の特徴は、40歳以上の全住民を対象にし、前向きの追跡調査です。研 究スタッフが検診を行い、そしてここで脳卒中、心筋梗塞が発症しますと往診し、直接 我々の目で発症を捉えています。受診率は40歳住民の80%以上、追跡率は99.8%です。 1960年代は画像診断はありません。脳卒中の病型あるいは死因の確認は解剖しか方法が なかったということで、40年間平均80%以上の解剖を行い、非常に精度の高い疫学調査 であります。 (スライド)  結果を見ますと、世界の比較を行った51年から58年の統計から10年遅れた1961年から 69年の脳卒中死亡のうち、脳出血と脳梗塞の死亡比率はほとんど1.1対1です。日本の 死亡統計を見ますと、同じ期間でも2.2倍脳出血死亡が多いのです。この剖検をベース にした久山町からみると、明らかに日本の死亡診断書は間違っていた。つまり、ゴール ドバーグ、カーランドの指摘は正しかったということになります。1970年以降、脳出 血、脳梗塞の死亡率は時代とともに減っていますが、発症率は1980年代から横ばい状態 になっています。 (スライド)  また日本の死亡統計に戻りますが、男性と、女性の脳出血の死亡率、そして、脳梗塞 の死亡率は、時代とともにその比率は変わってきましたが、先ほどのように13倍、ある いは2.2倍というはデータはみられません。 (スライド) これは脳卒中、脳出血を起こした人、これを発症率と呼んでいますが、全国レベルでは 発症率は出せません。これを出すにはある集団を一定期間追跡して初めて出せます。久 山町研究で発症率をみますと、1961年の集団では脳出血の発症率に男女差が大きい。男 性は脳出血を非常に起こしやすいが、女性は起こしにくい。しかし、日本の脳出血死亡 統計を見ますと男女の比率は1.4倍男性が多い。やはり脳出血の死亡診断が間違ってい たということがわかります。久山町研究はエビデンスを積み重ねて40年になります。 (スライド)  さて、私は高血圧治療ガイドラインの作成委員長を務めました。今や高血圧は140以 上、90以上をもって高血圧と診断します。収縮期血圧が20上がるごとに、拡張期血圧は 10上がるごとに重症度が高くなります。この基準に対して、つまり140/90なる数値は委 員達が勝手に決めたのだと。そして、たくさんの高血圧患者さんをつくって、製薬メー カーをもうけさせているのではないかと批判した方がありました。 (スライド)  ここにはエビデンスがあります。久山町住民で高血圧治療を受けていない方を追跡し ますと、140/90から脳梗塞あるいは脳出血が有意に発症します。血圧が上がれば上がる ほど率はさらに上昇します。ということは、140/90以上は日本人においても適した基準 があることを証明したわけです。 (スライド)  高血圧の治療目標は、若年、中年あるいは糖尿病で130/85未満に、高齢者では60、 70、80歳代の収縮期血圧を年齢によって少し高めに設定し、幅を持たせています。  ところが、国際高血圧学会のガイドライン、あるいはこれは米国のガイドラインは、 高齢者においても140/90未満を降圧目標としています。ただし糖尿病についてはこの3 つのガイドラインはいずれも同じで、130/85未満の厳しいコントロールを推奨していま す。  しかし、欧米のガイドラインも根拠がなく、日本のガイドラインも満足する根拠がな いのが現状です。これから大規模臨床試験を行ってエビデンスを作っていかなくてはな りません。 (スライド)  日本人と欧米人とでは心血管病の病型が全く違います。日本人の久山町データとアメ リカのフラミンガムデータを比較しますと、脳梗塞の発症率は男性も女性も3倍から4 倍日本人が多いのです。ところが、欧米人は虚血性心疾患、あるいは心筋梗塞は我々よ り3倍、4倍多いのです。だから、高血圧によってひき起こされる心血管病は、日本人 は脳卒中で欧米人は心臓病なのです。したがって、外国のデータは日本人の実態には当 てはまりません。 (スライド)  そこで、日本人向けの高血圧ガイドラインをつくりましたが、これには1万編以上の 論文から325編に絞って引用しました。その51%が日本から発信した論文で、あとの49 %が欧米の論文です。  ただし、全論文の中で「論文の質」の評価1は、つまり無作為比較試験で得られた結 果で、質および評価の高い論文と御理解いただきたいと思います。一方評価3は臨床経 験、あるいは権威者の意見、たとえば黒川先生などの意見は評価3と低く評価されま す。そうしますと日本の論文は評価1の論文はほとんどない。ところが、欧米のは非常 に高い評価のものが多いのです。  しかも、治療ガイドラインで一番問題になる、治療に関連する論文は日本9編に対し て欧米は32編です。そのうちの評価1の論文は日本はわずかに3編、欧米は26編で す。つまり、日本の高血圧ガイドラインは治療に関しては、かなりの部分が欧米のデー タをエビデンスとしているわけです。この点今後の大きな課題です。 (スライド)  さて、高血圧には"2分の1の法則"がありまして、高血圧と診断されている方は全高 血圧者の2分の1です。これは世界の話ですが、日本では2分の1ということはありえ ません。7割、8割は診断されていると思います。診断された高血圧者の2分の1が治 療を受けている、あとの2分の1は、診断されても治療を受けていない。治療されてい る高血圧者の2分の1が適正なコントロール下にある。適正とは140/90未満ですが、い かに高血圧と診断されても、あるいは治療されていても良好な血圧コントロール下にな いかがうかがえます。 (スライド)  最後のスライドですが、このような経緯でガイドラインをつくりましたが、もっと重 要な問題があります。血圧が、140/90あれば高血圧なのです。ところが、140/90以上の 血圧であっても、6割の方はそれを病気と思っていない、自覚がないんです。ここが非 常に大事です。これを自覚しなくては、医師による治療も、適切な血圧コントロールも できません。そうしますと、高血圧治療によって予防可能な脳卒中や、心血管病の予防 もできないことになります。  今日は久山町研究と高血圧ガイドラインを中心に、エビデンスの質について触れさせ ていただきました。どうもありがとうございました。 ○黒川  お2人の先生、ありがとうございました。両方の立場から言うと、なかなか難しい問 題が実はあるんだと。1つのデータをつくるにしても、診断が正しいか。それから一体 何をもって、例えばある治療法のインターベンションが効果あったかなどというのはな かなか難しいんだなということがありますし、エビデンスをつくると診断の基準がどう かということもかなり苦労されるような大変なことだなと。例えば、検査値みたいな数 字で出てくるものについては簡単ですけれども、その診断というものはもっと全身的な ことですからなかなか難しいということがわかったと思います。  これについて何か小児科の先生、あるいは司法の先生、それからパブリックのマスメ ディアの方の代表、その他から何か御質問、あるいは先生方同士でどうでしょうか。 ○生坂  藤島先生にお伺いしたいんですけれども、高血圧の年齢による診断基準の違いという のが提示されたのですが、なるべく開業医の立場から言うと覚えなければいけない診療 範囲が広いですから簡単にしていただきたいんです。年齢によって分けるというのも欧 米の方では少し厳しくなっていましたけれども、できれば140‐90というふうに統一し ていただくと、もし分ける根拠がない場合、統一していただいた方がありがたい。  例えば150ぐらいの血圧で58歳の人がいたとして、あと2年待てば150になるからもう ちょっと高血圧の薬を飲むのやめましょうというようなディスカッションになってしま いますので、その辺はなるべくエビデンスがないのであれば簡潔な方に統一していただ ければと思います。 ○藤島  エビデンスがないと申しましたが、ヒトは生理的に60歳を境にして収縮期血圧は上が り、拡張期血圧は90を割って下がってきます。こういう生理現象で上の血圧は加齢とと もに上がってきます。その点を日本のガイドラインはひとつ考慮しました。生理的に上 がるものをすべて140以下にしなくてはならないのだろうかという疑問ですね。  それから欧米で行われました高齢者高血圧の大規模試験、とくにアメリカで行われた SHEP試験では、必ずしも140以下が、より脳卒中の発症を抑制するというデータはあり ません。むしろ150以下の方が抑制率が有意であるとのデータもあります。以上の如く 種々考慮の上、収縮期血圧に幅を持たせたところが日本のガイドラインの特徴でもあり ます。しかし先生が御指摘のように紛らわしく、数が覚えにくいのです。2002年に一部 改訂し、60歳代降圧目標は140未満、70歳代は150未満、80歳代は160未満と比較的覚え やすくなりました。ただしこれについては今、日本で大規模臨床試験を行っています。 幅を持たせるのが良いのか、やはり欧米のように年齢を問わず140未満にするのがよい のか、試験の結果が出てから再検討すべきではないかと思います。 ○生坂  もう一つだけいいですか。高齢になると血圧が上がっていくというのもわかるんです が、例えば長寿の方を調べたときにやはり低いのではないか。きんさんぎんさんとか低 かったのではないかと思うんですが、その辺はいかがでしょうか。それでも上がってい くんでしょうか。 ○藤島  必ずしも低いから長寿というわけでもありません。その辺はまだエビデンスに乏しい のではないかと思います。 ○生坂  Nが2ですからね。わかりました。 ○黒川  そのほかにどうでしょうか。正常値は何かというのも大変なことでありまして、例え ば20年前の日本人の身長と体重から言うと標準値、正常値というのは今は10%ぐらい体 重が増えています。それはなぜですか。これを異常と言いますか。さっきも、肥満につ いては自覚がある、自覚がないと言ったけれども、この中にも肥満で自覚はしているけ れども、何もしていない人がたくさんいるんじゃないかと思いますが、どうでしょう か。  そういうふうに、明らかに病気だと言われるとにわかに心配になるんだけれども、自 分たちが普段見えるものについては比較的気にならないというのは、それでは何なのか ということになってくるかもしれませんね。 ○藤島  高血圧、高脂血症、あるいは肥満もそうですが、いずれも症状がないのが特徴です。 従ってなかなか認識しにくい、自覚しにくいのだと思います。 ○黒川  そうですね。しかし、肥満なんて毎日自覚しているのにもかかわらず何もしないとい うのはどういうわけだということです。 ○藤島  私は肥満度BMI27ですが、私自身は肥満が病気だとは余り思っておりません(?)。 ○黒川  それは肥満度という数字でやるからおかしくないというだけの話で、実際は自覚して いるかもしれないですね。どうでしょうか。 ○飯野  私は医療のプロではないので、一般の患者の立場でお聞きします。  アウトカム評価のことですけれども、四宮先生、例えば患者の満足度とか、痛みが取 れたかどうかというような評価はどうされているのですか?例えば椎間板ヘルニアで腰 が痛いとき、私たち患者からすると痛みが取れればそれが一番いいわけですけれども。 今の学会のアウトカム評価の中で一番重要視している基準というのは何なのでしょう か。 ○四宮  そこが非常に揺れているところです。日本整形外科学会に正式な評価基準というのが あります。あるのですが、それが学問的に統計的に優位であるかというのは今、再検証 している最中です。現状では腰痛疾患の判定基準で29点満点というのがありますが、そ の評価内容の中に統計学的には間違いが含まれているのではないかというふうに考えて います。ですから、日本整形外科学会の評価基準以外に、例えばSF36を利用したり、 痛みに関してはVAS(痛みの評価の10段階評価)を使ったり、複数の評価法で診断 しているというのが現状です。  ただ、それでは画一的で普遍的な評価法にはなりませんので、統計学的にも学問的に もより望ましいものをつくろうという努力を行っています。 ○飯野  まだこれからというところだということですね。 ○四宮  そういうことです。アウトカム、特に機能評価というのは非常に難しいところだと思 います。 ○黒川  今までの医療というのは、19世紀の終わりから20世紀の初めごろにいろいろな検査 法、例えばバイ菌を染めるなどということができてくるとばい菌の同定がされて、ジフ テリアとか破傷風がわかる。それで、20世紀の前半に例えばペニシリンみたいなものが 出て、それまではサルファ剤です。それから、ストレプトマイシンができて結核が治る ようになると、医療はどんどん進んでいるわけですよね。  だけど、そうなると更に複雑になって検査もできるんだけれども、その検査をやると いうことは患者さんにとってどれだけありがたみがあるのかというか、効果があるのか というと難しいですよね。今までEBMとか情報が開示されていないときは、偉い大学 の先生は、これは手術をしましょうと言えば何となくそれっきりという話だったんです けれども、アウトカムは何かというと手術などというのは恐らく死ぬかどうかというよ うな病気から、今の椎間板ヘルニアみたいに痛みが取れればいいかなと。だから、病気 によってかなり違うわけですよね。  そうすると、最近の考えは患者さんがあるインターベンションした結果どう感じてい るかという評価、これは結構難しいんですよ。やはりソシアルとか、カルチャーとか、 バリューというものが出てくるので、それが例えばSF36のようなヘルスリレイテッド のクオリティオブライフというようなドナーメディアンの患者さんがどう見るかという ことを評価に入れなければいけないんじゃないのというのが、今までは診断をする、検 査をする、死んだ、死なないという死亡率というような話できたんだけれども、そう じゃなくてだんだん長生きもしてくると、すぐ死ぬか死なないかの場合には、やった結 果、患者さんはどう思っているのか、それによって生活の制限がどうなのか、サイロコ ジカルな満足はどうなのかというのはかなり人によって違いますから、飯野さんは昨日 QOLの話をテレビでしていましたけれども、そういう指標はどうやって計るのかとい うような話もだんだんそういうツールが出てきたということです。  そのほか、どうぞ。 ○石田  藤島先生にお伺いしたいんですけれども、先ほどいわゆる日本発のエビデンスは少な くて、多くは特に欧米でしょうけれども、そこから取り入れると。そうすると、そこで でき上がってきたガイドラインというものは日本の実地医療、実際に行われている医療 と合わないケースが出てくるということがあると思うんですけれども、そういう場合に はどのようにされているのでしょうか。 ○藤島  エビデンスに乏しいが、日本人に適したガイドラインをつくったつもりです。例え ば、高血圧治療薬は今日6種類ございますが、日本で多様されている、あるいは実用性 の高い順番に第一選択薬の順位を並べ替えました。欧米のガイドラインはその辺が違い まして、古くから使われているベータ遮断薬や利尿薬が最優先されています。一方、日 本ではカルシウム拮抗薬が非常に広く使われています。科学的なエビデンスは確かにな いのですが、診療の場でより多く使われているということはある意味ではエビデンスで はないかと思います。これを今後、科学的に証明していかなくてはならないと思いま す。 ○鈴木  医療は個人的な営みという面は否定できないと思いますけれども、古今東西を問わ ず、近代以降、公共政策としてどの国も行われているわけです。大量な予算が使われて いる分野だと思います。そうであれば医療評価をするという意味ではエビデンスを求め るというのは自然の科学的な発想だと思うんですが、日本がエビデンスづくりに熱心で ない。聞くところによると疫学的調査などについては厚生労働省というよりはむしろ財 務省ですか、予算を付けたがらない、やって結論が出るかどうかもわからないものに金 をかけないというようなことで、疫学調査がやりにくいということを聞いたことがある んですが、その辺りは医学の面から見るとどんな状況なのでしょうか、教えていただけ ればと思います。 ○藤島  よくぞお尋ねいただきました。私どもは昭和36年から地域住民を対象に久山町研究を 40年間続けてまいりましたが、本当に疫学に対する理解が悪い。研究予算はほとんど付 きませんでした。科学研究費に申請しましても、"疫学研究は金がかからない"との理解 で、ほとんど研究費がもらえなかったのが現状です。  しかし、疫学研究こそが臨床医学の基礎をつくっている大事なものであります。ここ 数年、やっとお国の考え方も変わってきまして、研究費も付けていただけるようになり ました。現状はそういうことです。 ○鈴木  もう一つですが、どちらかと言うとエビデンスづくりというのは有効性を引き出そう というところには熱心なんですが、安全性を確認しようというところについては薬も含 めて消極的なのではないか。安全性についてのエビデンスの現状というのはどんなもの なんでしょうか。 ○黒川  それは特に薬の話でしょうか。手術ですか。 ○鈴木  薬でもそうだと思いますし、手術でもそうだと思います。例えば整形外科などで椎間 板ヘルニアについて手術療法、ペインクリニックの状況は大きく変わってきているよう にも聞いているんですが。 ○四宮  確かに、腰椎疾患が非常に問題ですね。我々が見てもやはりおかしな治療法がたくさ んあるわけです。だから診療ガイドラインをつくろうとしています。ですから、先生が おっしゃったように効果があるところだけを強調するつもりは全然ありません。これを 選択しろとは言いませんが、最低限やらない方がいいだろうという、そういうエビデン スをつくりたいというのが診療ガイドライン作成の発端でもあるわけです。 ○黒川  1つは、ここにおられる福井先生がなぜそういう疫学とかアウトカムスタディみたい な臨床がなかなかできなかったかというと、日本の医者さんのキャリアでは論文をたく さん出さないとプロモーションされないという今までのカルチャーがあって、それぞれ 違った開業している先生も必要だし、教育の先生も必要だしという認識が余りなかっ た。そうなると、福井先生が過去の、例えば10年とか20年とか最近たくさん科学に投資 されていますから日本の論文がどんどん外国の雑誌に出るようになってきていますけれ ども、基礎系の論文ですね。  例えばネイチャーとか、サイエンスとか、セルとか、皆さんも知っていると思うんだ けれども、そこの日本からの論文はもう数%になってきて相当多いんです。それから、 研究者も多いんです。大学にいる研究者も多いんだけれども、だけどクリニカルなブリ ティッシュ・メディカル・ジャーナルとか、ランセットとか、ニューイングランド・ ジャーナル・メディスンなどとなると、日本から出たのは1%もいかないぐらいです ね。  そういうのがなぜできないかというと、1つはファンドがないというのもそうかもし れないけれども、もう一つはそういうことは時間がかかる。そうすると論文が出ない。 そうすると大学にいてもちっともプロモーションされない、認識されない。教授もそん なことはエンカレッジしない。早くおまえがやって論文を出せと、こういうカルチャー が今まであったからというのが1つですね。  それから、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンもそうですが、これ は世界で一番有名だと思いますが、これも1980年まではほとんど今まで言っているよう なサイエントのバリュー、臨床にしてもそういう論文ばかりだったんですけれども、 1980年ごろから急に大規模臨床治験、アウトカム、論文がどんどん出てきてほとんどそ うなってしまいました。それはなぜかと言うと、そういうことがプラクティスのデシ ジョンに大事だということが認識されてきたからそういうもののプライオリティが高く なってきたのが1つ。  それから、アメリカの政府は、しかしプラクティスのアウトカムをどうするかという のでたくさんのファンドを付けました。たくさんのファンドを付けてそういうスタディ をきちんと全国でやれるような付け方をしたので、数年するとどんどん出てくるという システムでやってきたので、それが医療政策に反映されるようになってきた。  日本の場合は、厚労省もどんどんそういうのは大事だと出しているんだけれども、使 い方が従来の縦割りでくるからちっともうまくいかないんです。だから何年しても、例 えば、ヒトゲノムでも300億ぐらい使っているんだけれども何も出てこない。どうしてで すか。これは使い方の戦略がないと私はしょっちゅう書いているんだけれども、それぞ れが公募するとそれぞれの先生が、これをやりたい、あれやりたいと言うけれども、見 ていればできるわけないじゃないのというのが結構あるわけです。だけど、予算を取っ ちゃったから使ってくれとなるので、使えない予算は国民に返してくれと言うんだけれ ども、役所は取っちゃったから使ってくれと、こういう悪循環になっているということ はあると思います。 そんなことで、この話は医療政策の問題もありますけれども、次 のところにいかせていただきたいと思います。それは根源的な問題です。それでは、医 療とEBM、さまざまな分野があるので話題となっている分野、特に小児科は非常に問 題があるので小児科についてお話をお願いします。 4−1 「小児救急医療の現状と課題」(柳澤正義) ○柳澤  私に与えられたテーマは、小児救急医療の現状と課題ということで、これを5分間で お話するのは容易ではありませんけれども、始めます。 (スライド)  まず、小児救急の現場で見る典型的というよりも、非常に数が多い、しばしば見る患 者さんを例に取って考えてみたいと思います。非常に簡単なスライドですけれども、も ともと元気な健康であった赤ちゃんが、生後11か月の男の子ということにしましたが、 発熱ということで夜の9時に救急外来を受診しました。比較的元気もよくて、全身状態 も良好だと。身体所見としても、のどが軽く赤くなっている、咽頭の軽度発赤という程 度です。  このような患者さんがたくさん受診するというのが小児救急外来の通常の状況です。 このような患者さんは時間外の来院患者であって、救急患者ではないという考え方もあ ります。しかし、私はこういう患者さんも含めて救急患者というふうに考えたいと思っ ています。いつであろうと、お父さん、お母さんが子どもの具合が悪いと感じて緊急に 見てほしいということで来院した患者さんは救急患者だというふうに考えています。  そういう観点から、よく一般的に行われている成人の救急にならって小児救急を1 次、2次、3次というふうに分けるのは不適切だと思っています。今、私が勤めており ます国立成育医療センター、これはナショナルセンターですけれども、365日24時間、 救急診療を行っています。このところ、1月の中旬から現在に至るまで、インフルエン ザの流行もあって非常に患者数が多くなっております。休日ですと、24時間に300人近 くの救急患者が来院するという状態で、その大多数は医学的にはというか、お父さんお 母さんから見れば結果的には非緊急で比較的軽症な患者さんです。このような多数の軽 症、非緊急の患者の中に、数は少ないですけれども、本当の意味で緊急、重篤な疾患が 潜んでいるというのが小児救急の特徴です。  さて、このような小児救急の多数を占める患者さんの診療にEBMの実践、あるいは 診療の標準化、あるいはガイドラインといったようなものが求められているというのは 確かに現在の状況だと思います。しかし、これが決して容易なことではないということ を申し上げてみたいと思います。  まず診断について、例えばこういう状況で来られた患者さんについてどう診断してど のように説明をするか。また、この赤ちゃんの治療をどのように診療に当たった医師が 行うか、選択をするか。お父さんお母さんと相談の上にどのような選択をするか。多く の医師はといいますか、小児科医でしたら家庭でのケアを指導して、特に薬を処方しな いという選択をする医師がかなり多いんじゃないかと思います。また、薬の処方を選択 するにしても解熱薬、いわゆる熱冷ましの薬を処方するかしないか。それを処方すると すれば、どういう薬を選択するか。今インフルエンザが流行していますけれども、その 子どもたちに一部のある主の解熱薬を処方してはいけないということを非常に強くキャ ンペーンなさっています。  昨年、日本小児科学会からそういう勧告を出して、それを現在まで続けてそれに従っ てそういう指示がされているわけですけれども、解熱薬を投与するかしないか、投与す るとすればどういうものを使うか。それからまた、こういった患者さんに関してしばし ば抗ヒスタミン薬というふうな薬も処方されますけれども、それが本当に有意義という か、有用性があるのかどうか。あるいはまた、場合によっては抗生物質の処方というこ とも考慮されるかもしれませんけれども、それについてもどうか。  更に、家庭でのケアをお父様お母様に説明します。これについては食事のことですと か、水分摂取のことですとか、氷枕はどうなんでしょうか、あるいはこのごろはおでこ にぺたっと張る熱冷まシートはどうなんでしょうかとか、お風呂はどうでしょうかと か、そういったことについてそれぞれ説明しなければいけません。このような患者さん に関して、アメリカの育児書ですと、ぬるま湯にじゃぼんと漬けるというふうなことが 推奨する家庭でのケアとして書いてあります。また、ヨーロッパでよく使われている育 児書には、アルコールを含ませたスポンジで体をこする。スポンジングと言いますけれ ども、そういったものがよく記載されております。  そういったことが日本では定着していません。実際に余り行われないわけですけれど も、そういったようなことを最初に黒川先生の言われた国際化ということから、向こう で育児をされてこちらに戻って来られる方もたくさんいますし、欧米の育児といったも のに触れる方もたくさんいますので、そういった質問も出てくる。このように小児の救 急医療、特に初期救急の現場では、EBMに基づくものからおばあちゃんの知恵と言わ れるようなものまで非常に幅が広い。それを一つの現状として最初にお示ししていまし た。実例はこのぐらいにして、小児救急の現状についてまとめてみたいと思います。 (スライド)  現在、一部の病院に小児救急患者が集中してパンク状態になっている。そういったと ころの小児科は、小児科医が過労状態で疲弊している。このようなことがマスメディア で報じられたりもしているわけです。小児救急が危機的な状況にある。社会問題化して いるとマスメディアで取り上げられ、国会でも議論されるという状態になっておりま す。このような状況をもたらした要因を、患者さん側の要因と、それから病院、診療所 側の要因に分けて列記してみました。  この一つひとつを説明していると時間がありませんので、このように子どもと保護者 側の要因にもこれは現在の我が国の社会における生活様式の変化、また価値観の多様 化、権利意識が高くなっているというようなこと、また一方で情報が氾濫して育児をす る上での困難感、不安感が非常に大きい、核家族の中での子育て、そして大病院指向と か専門医の診療を求める、そういった意識が非常に強いという患者さん側の要因。  それから、医療提供者側の要因としても小児科、特に病院小児科の診療が不採算だと いうことで、これもよく報じられているところですけれども、病院の小児科がどんどん 縮小されたり、閉鎖されたりということで数が少なくなって、残された一部の病院に患 者さんが非常に集中する。また、従来多くの患者さんを見ていただいておりました内科 の開業の先生、内科・小児科という看板を掲げている先生方が、子どもさんを見なく なってしまっている診療所が増加しているというようなこともあります。あとは開業医 の高齢化とか、そういったようなさまざまな要因があります。 (スライド)  このような状況を何とか改善したいと、さまざまな提案がなされて実際施策がなされ ております。これは私見というか、私の意見ですけれども、改善の方策を3つに分けて 挙げてみました。大きくシステムの問題と人的資源の問題の、数とか質の問題、それか らまたこれは非常に大事だと考えますけれども、社会に向けての啓発というふうになろ うかと思います。  私自身が現在関わっておりますのは、最初にここで御紹介いただいて登壇したときに も触れられたようですけれども、もう少し大きく言えば小児救急に携わる医師の確保と いうことに関わっている。ここでは小児初期救急医療、小児初期救急診療ガイドブッ ク、このことが最初に触れられましたのでちょっと御紹介してみたいと思います。 (スライド)  前提として、地域によっては小児科医だけでは小児救急、特に初期救急を担うことが できないという前提の下に、小児科専門医以外の医師にその部分を担っていただかなけ ればならない。そのような医師に小児初期救急患者の診断と治療に役立つ情報を提供し たいということで、このような作成を厚生労働省の意向に沿って現在まとめさせていた だいております。  前述のように、小児初期救急診療にはEBMが求められている。また、標準化された 医療が求められているということは確かなんですけれども、それを実現することは容易 ではありません。これから作成に取りかかるわけですけれども、小児科以外の先生方が これを読めばすぐに小児初期救急診療に対応できるなどとは考えておりません。診療の 小児初期救急の現場で一応のよりどころとなるようなものにしたいと思っております。  ちょっと中断してしまいました。どうもありがとうございました。 ○黒川  どうもありがとうございました。では、生坂先生どうぞ。 4−2 「開業医の現場におけるEBMの役割」(生坂政臣) ○生坂  EBMというのは多くの開業医にとってはまだ遠い存在だと思いますが、実際にやっ ている医者はどうやっているかということを簡単に説明したいと思います。 (スライド)  多忙な開業医がEBMを診療の一部とするためには、やはり3分以内で終了させたい ところです。これは皆さん御存じのステップ1から4までなんですが、まず問題を明ら かにして情報収集を二次資料から求めます。二次資料というのは、現段階で最も強力な エビデンスが集積されている資料とされていますので、ここに回答が見つかれば批判的 吟味、これは時間がかかるのですが、これを飛び越してこの患者さんに適用する。ここ でじっくり吟味していくということになります。 (スライド)  それでは、EBMを診療書に導入して何か御利益があったかということなんですが、 たくさんありました。例えば、90年代前半にまだ大学病院でも一般的ではなかったぜん 息に対するステロイドの吸入療法を田舎の診療所で取り入れました。予防効果は劇的 で、近所でもかなり評判になりました。最近では夜、足がむずむずして身の置きどころ がないと言われるレストレッグ症候群というのがあるんですが、こういう患者さんがい らっしゃいました。いろいろな病院を転々としてあらゆる薬を試されているわけです が、結局治らない。この1年間、まともに夜は寝ていないというようなことを訴えられ まして、二次資料を見てみたらすぐにパーキンソン病で使われているエルドーパーが効 くと。それで、慎重に検討した結果、その薬を使ったところ、その日の夜からもう安眠 が得られた。1年ぶりの安眠だと非常に喜ばれて、今でも使っていらっしゃいますが、 非常に効いています。  いろいろあるわけですけれども、EBM導入のメリットとしては、やはりマンネリ化 しがちな診療所の一種の香辛料的な役割を果たしますし、何と言っても世界スタンダー ドの医療を実践している。診療所でも実践できる、しているという自負を持てる。この 辺が大きなメリットじゃないかと思います。 (スライド)  これがアップ・ツー・デートですが、契約料が年間500ドル、決して高い買物ではあ りません。では、どうしてこんないいものがすぐに普及していかないのかと言います と、ごらんのように情報が外国産ですし、媒体は英語でEBMを導入すると患者さんが 増えるというようなエビデンスはまだありませんので、そういう強力なインセンティブ はないとは思うんですが、何と言っても新しい医療を実践していくときに一人だけでは 不安がやはりつきものです。 (スライド)  それで、開業医としては是非そのエキスパートの方のオピニオンによる後押しが必要 になるわけです。  ところが、医師会などで偉い先生に講演を頼みますと、御自分の御業績であるとか、 御研究の自慢話とは言いませんが、その辺の話が中心で、我々開業医が知りたい各分野 のエビデンスに基づいた当たり前の話をなかなかしていただけない。この辺を今後変え ていただきたいことを一つ挙げたいと思います。それには、まず教育病院でそのEBM が重要であることを認識していただきたい。私が知っている範囲では、大学病院の上級 医に向かってエビデンス、エビデンスと言っていると煙たがられるし、教授の一言に対 してエビデンスはあるんですかなどというのはやはり退職覚悟じゃないとなかなか言え ないという現実があります。  ただ、2年後の卒後臨床研修科で研修医が混ざることによって風通しがよくなれば、 高い水準での医療の標準化というのが達成できるきっかけになるんじゃないかと、実は 内心期待しております。 (スライド)  開業医の間ではほとんどEBMは期待しないというのが現状だと思うんですが、アメ リカのマネージドケアのいろいろな話で、ひょっとしたらEBMというのは医師の裁量 権が侵されるんじゃないかというような懸念を耳にすることがあります。これをちょっ と図にしてみたんですが、現状の医療では医師の裁量権というのはステップ2の情報収 集の段階で最大に発揮されているわけです。つまり、診療の根拠として、例えば先輩の 一言であるとか、医局でやっていたとか、あるいは製薬会社さんの無料のパンフレット であるとか、そういうところに自由にそのソースを求めて、実際に患者さんに適用する ときは紋切り型になっているというパターンが多いんじゃないかと思います。  例えば、発熱の患者さん全員に最強の抗生物質、抗菌薬を投与していた病院で研修を 受けたお医者さんが開業した場合は、外来の発熱患者さん全員にその抗菌薬を投与する というようなパターンに陥りやすいわけです。これは医者の裁量は満たされていますけ れども、患者さんへの個別のニーズには対応していない。医者側の満足度は高いけれど も、患者さんにはそうでもない。これが現在の状況じゃないかと思うんですが、EBM というのはこのステップ2の情報の収集は最強のエビデンスに一本化されるわけです が、それを患者さんに適用するときにいろいろなバリエーション、患者さんの個々の ニーズに応じたバリエーションができますから、ここで医者の裁量は最大限に発揮され ます。しかも、このやり方であれば患者さんの満足度も高くなりますので、医師、患 者、双方が満足する満足度の高い医療が展開できるはずなんです。 (スライド)  まとめなんですが、開業医にとってはEBMは聴診器とか超音波検査のような有力な 診療支援道具にすぎませんが、道具ですから下手すると悪用される。例えば、裁量権を 制限するような方向で悪用される可能性もないわけではないんですが、そのときに国民 の皆さん、患者さん皆様に味方になっておいていただければ、そのやり方はちょっとど ぎついんじゃないかということを言ったときに通ると思うんです。  ただ、現状ではセカンドオピニオンを求める度に、医者によって見解が全く違うよう な状況では患者さんの医療不信というのはなかなか払拭できない。ですから、そういう 一定の見解を医者が持つような見識の高い医者を育てる。あるいはそういうレベルに達 するように開業医自身がEBMを実践して今、国民の医療不信を払拭しなければいけな い時期にきているんじゃないかというふうに考える次第です。以上です。 ○黒川  どうもありがとうございました。  そういうわけで、小児救急から一般の開業の先生のところにもたくさん患者さんが来 られますから、大学はもちろんだと思うんですが、これについて御質問、コメントをど うぞ。 今、出たアップ・ツー・デートというのは一体何かということですが、バート ン・ローズというのは私の友だちなんですが、彼がつくったプログラムで、内科のほと んどの疾患についてテキストブックみたいになっているんですが、3か月に1回、それ までに出てきたいろいろな新しいデータ、アウトカムとか、いろいろなものを入れて必 要なものをどんどんデバイスしているので、3か月ごとにその治療の選択とか、何か新 しいことがあると、その評価も全部した上で必要なものだけ入っています。評価して大 したことがないのは入っていないということで、常にアップデートされているので非常 に便利なツールであります。  教科書に出ていることというのは、最新の教科書でも書いたのは2年ぐらい前ですか ら、患者さんの方が最近のデータをいろいろ見て、こういうのがあるんじゃないのと言 われたときにどうするかと言ったら、アップ・ツー・デートで見ていれば大丈夫です。 それはそういうプロのエキスパートパネルが全部選んで大事なのは入れているけれど も、そうでもないのは入れていませんから。 ○生坂  先ほどの高血圧の話と副作用の話になるんですけれども、アップ・ツー・デートなど で見ると、今朝も一応確認してきたんですが、これは本当に2、3分でできるんですけ れども、高血圧のジェネラル・リコメンデーションとしてはベータブロッカーとサイア ザイド系の利尿薬と書いてあるわけですね。特に、例えば絶対こういう患者さんにはこ れを使わなければいけないような状況、例えば心不全、腎不全、糖尿病の患者さんには ACIを使うとか、そういう状況を除けば一般的にはサイアザイドとベータブロッカー でいいだろうと、非常にわかりやすく書いてあるわけですね。  そういうエビデンスがあったときに、では日本の高血圧のガイドラインを見るかとい うとやはり見ないんですね。先ほどの飯野さんの質問にも関係しますけれども、両方 あったときにではどちらを使うかというと、日本人のエビデンスを使いたいし、そちら の方がリーズナブルだと思うんですけれども、これまでいろいろ裏切られてきているこ ともあります。  例えば、裏切られるというのはどういうことかというと、高血圧性緊急症のときにア ダラートを舌下するというのを私はずっと教えられてきたんですが、外国の報告などを 見るとあれはやってはいけない、リスクがあるということはずっと言われてきたんです ね。ところが、去年まで大学病院でもそれをやっていました。それで、能書が今年出た のか、それには禁忌と書いてありました。  それで突然今までの医療を変えなきゃいけないということで、ではその代替案がある かというと提示していないんです。では、どうすればいいんだ。UpToDateでは 以前からそれは書いてありました。では、例えばベータブロッカーを使うと言っても大 学にないわけですね。病院にない。こういうふうにだめと言われて、では代替案を提示 してくれるかというと提示していないので、そこではやはりアップ・ツー・デートにい かなければいけないんですね。こういう二足のわらじを履かなければいけないというこ とは、末端の医療者にとってはやはりつらいところがあります。 ○柳澤  今、薬のことが出ましたので、小児医療における薬の問題ということを追加してお話 ししてみたいと思います。  現在、我が国で子どもの診療に日常的に使われている薬の大部分と言ってもいいと思 いますけれども、非常に多くの部分が、実は安全性、有効性が確立していないといいま すか、効能書きに小児に妊婦というのが一緒に付いているものが多いですけれども、妊 婦あるいはまた小児における安全性は確立していないとか、そういうことが書いてある 薬が非常に多いです。  こういう状況というのは5、6年前までは世界的であったわけですけれども、アメリ カでクリントン大統領のときにそういう状況、これはオフラベル薬というふうに言うわ けですけれども、あるいは子どもの医療が捨て子の状態に置かれているということでセ ラティット・オーファン(Therapeutic Orphan)という言葉を使いますが、そういう状 況を何とかしなければいけないということで、非常に政策として強力にオフラベル薬の 解消が勧められていますし、それについてヨーロッパでもそういう動きがされていま す。  それよりも少し遅れて、我が国でも今、子どものいわゆるオフラベル薬の解消という 方向に向けて政策としても進められております。そういう子どもの薬の治験ということ に関しては、一般に使われている大人の薬と非常に違った状況だということも触れてお きたいと思います。 ○黒川  だけど、けしからぬと言って子どもとか妊婦からそんなデータは取れますか。 ○柳澤  それは、やはり取らなければいけないと思います。 ○黒川  やるんですか。インフォームド・コンセントでOKしますか。 ○柳澤  そういう場合にどうするか。それはもちろん子どもですから、代諾者である親に対す るインフォームド・コンセントというふうになるわけですけれども、子どもでも年長の 子ども、例えば中学生、あるいは小学生、その境目が非常に難しいんですけれども、そ れに対して子どもさんにわかる言葉で説明をして納得をして治験なり、あるいはこれは 治験と限らずインフォームド・アセントという言葉を使いますが、それがこれから必要 だというふうに今、考えられています。 ○黒川  だけど、だからと言って4歳以下の子どもにやっていいかと言うと、オフラベルの扱 いというのはそういうふうにはならないですよね。だから、そういうデータはないんだ よということを言っているわけでしょう。だけど、経験的なほかのデータに基づいて、 治験のダブルラインじゃないんだけれども、やっていますよという話で。 ○柳澤  そういうことが世界的に公知のことであれば、それを認めるという動きです。 ○石田  先ほどの話とも関連するんですけれども、今、生坂先生からアップ・ツー・デートの 話が出ましたが、エビデンスのレベルの高いデータというのはほとんど海外にある。そ うなってきますとそれを使えばいいのかという話になってきて、必ずそこで問題になっ てくるのがエスニック・ディファレンスですね。民族差というのはどうなるんだ。日本 人に与えていいのか。その辺をきちんとしていただかないと、なかなかEBMの話とい うのは進まないんじゃないかと思いますが。 ○生坂  そのとおりだと思います。例えばアメリカのスタディなどを見ますと、黒人とか、ヒ スパニックであるとか、エイジアンとか、一応混合チームでやっているスタディもあり ますので、そのサブポピュレーションを見てわかるところはエイジアンだけ取り出せる ときは取り出しますけれども、全体として見るということになると思います。  しかし、そこを置いておいても、やはり今ある日本人でのエビデンスの強さと比較し たときにどちらを取るかというのは各臨床医の判断になるかと思います。非常に難しい としか申し上げられないです。 ○石田  患者の立場から単純にこのことを考えると、エビデンスは欧米の方が高いんだから、 その欧米のエビデンスに基づいて、それが日本人に対してどうなのかということを早急 に調べた方が手っ取り早いんじゃないですか。 ○黒川  そうすると、調べるのは臨床知見だから患者さん、つまり社会全体がそういうことに 参加したいというコンセンサスがないと、幾らインフォームしても参加してくれません よ。それはどうするんですか。 ○石田  では、その間にはEBMに基づいた治療ができないというふうに考えるんですか。 ○黒川  だから、それで推測しているだけの話です。それをするのであれば、それはお医者さ んがするのではなくて、社会がしたい、参加すると言ってくれない限り、こちらはでき ないと思います。 ○飯野  でも、日本人を対象にした臨床研究のデータがないと、日本人に一番いい医療ができ ないわけで、理想的なことを言うと、やはり日本人を対象にしたデータがたくさんある ことが望ましい。それで、国民の理解が必要なんだけれども、国民は本当にそういうこ とを知りません。お医者さんがちゃんと説明してくれないと。質の高い医療をするため に君たち患者の方がこういうふうに参加してくれないといいデータが取れなくて、質の 高い医療はできないんだよということをわかりやすく国民に説明する必要がある。日本 の場合はその努力さえしてきていないのですね。 ○黒川  それを説明するのは、個々のお医者さんよりメディアとか、やはり社会のパーセプ ションがないと。だって、今の保健医療で外来を50人も60人も3時間で見る間に説明で きますか。 ○飯野  個々のお医者さんじゃなくても、行政でもいいです。 ○黒川  社会全体にパブリックに対してその意見を伝えるのはメディアの役割ですよ。だけ ど、やはりどうしても社会面とか、そういうところではセンセーショナルなことを言う んだけれども、怖いぞなんて言われても困るので、うちはよく向こうに行かせているん ですが、向こうでは学生ですけれどもと患者さんに言うと、学生さん私を見ることに よっていいお医者さんになってねとすごく患者さんがパティシペイトするんですよ。だ けど、日本だとどうしても、学生さんか、嫌だなというのがまずある。その辺の社会的 なパーセプションはまだギャップがあると思います。  例えば、イギリスがナショナル・ヘルス・サービスでお金は全然要らないんですよ。 だけど、どうして一番イギリスが臨床治験をやりやすいか。ほとんどフェーズワンや何 かはイギリスでやっているところが多いですよ。アメリカの会社でも日本の会社でもそ うです。それは、イギリスのパブリックが自分には役に立たないのかもしれないけれど も、将来とか、そういうサイエンスのアドバンスに自分たちがパティシペイトしようと いう意識がずっとあるんですよ。そういうふうになるには時間がかかるんじゃないかな という気はします。つまり、欲しいものは欲しいんだけれども、自分たちは何をするの という話です。  そのほかにございますか。つまり、求めるのはいいんだけれども、自分たちは何がで きるのと言ってこないと、子どもの治験などというと、うちの子どもは嫌よ、だけど早 く出せと。がんのような生きるか死ぬかの場合は皆、参加すると思うんです。だけど、 そうじゃない血圧の治験などというと、ほかに薬があるのに何で私が参加しなくちゃい けないのとなってくる。  今、生坂先生おっしゃったように一番日本の問題は、さっきの卒後研修もそうだけれ ども、今まで大学に入って卒業したら必ず自分の卒業したところの医局が引っ張ってく れる。よそなんか行かない方がいいよと言われていた。そこの中しか知らないわけだか ら、そこの教授がこれを使えと言っていれば、そんなものだと思っているわけでしょ う。自分が勉強しない限りはそうです。  だから、今度卒後研修で、例えば大学病院などは自分のところを出た人はマイノリ ティにするよということを大学の方が自発的に言わなければいけないんです。それをし ようと福井先生などとも言っているんだけれども、卒後研修は16年から義務化されるか ら卒業生は外に出す。出すことによって自分たちのプロダクトを広い日本じゅうのどこ にいるかわからないけれども、仲間に提示して、私たちのプロダクトはこうなんだけれ ども、どうでしょうかと評価されない限り、幾ら教育しても一人よがりでわからない じゃないですか。そこに日本の問題があるんです。このやり方というのしか見ていな い。だけど、それを勉強しろと言っても、今度卒後研修で混ざるから、それを自発的に やることがお医者さんを育てる側も大事だ。それによって、より質のいいお医者さんを 社会に提供しようということが大事なんじゃないかと思います。  そうしようとメディアも言ってくださいね。 ○飯野  もちろんです。取材をしていて、日本の大学病院の閉鎖性とか、やはり情報の少なさ ですよね。情報分析もなされていません。アメリカや欧米諸国に比べて余りにも科学的 でない医療が行われていたり、そこの部分はすごく問題だと思っていますし、医学教育 の問題も非常に重要だと思っておりますので、是非報道していきたいと思います。 ○石田  あとは日本語の問題なんですけれども、単純な話、訳せばいいわけで、こういうこと こそ公的にやってもらうという意見はないんですか。  例えば、今NCI・米国国立のキャンサー・インフォメーションというPDQという のがありますね。いわゆるゴールデン・スタンダードと言われている、あれなどは民間 が金を出して翻訳を始めているんですけれども、あんなものこそ厚労省が金を出して訳 すべきものなんじゃないでしょうか。 ○黒川  どうでしょうか。しかし、それは一方で考えてみると、役所が認めたら皆、正しいと 思っているのはなぜですか。 ○石田  認めるのではなくて、情報発信ということです。 ○黒川  情報発信で、そういう御墨付きがありがたいと思っているのはなぜか。つまり、プロ フェッショナル・コミュニティが行政が何を言おうが、社会に対してこれが自分たちの スタンダードですよと常に言うべきじゃないかという気がするんです。医師会の役割で あり、学会の役割であり、言われなくても普段からやっていないといけない。  だけど、普段からやるためには自分たちが混ざってよそも見ていないと無理でしょ う。例えば今、見ているとこれはお医者さんに限っていることではなくて、朝日新聞に 入って10年した人が読売に行けますか。三菱銀行に入って10年いて住友に行けますか。 それで上役ばかり見ていたら、やはりそういう社会に対するレスポンスビリティなんて 銀行マンは持っていますか。メディアもすべてそこに問題があるんじゃないかと思いま す。そこで社会がだんだんいらいらしているから、今まで外務省を信頼していたんだけ れども、審陽みたいにばっとテレビに出ちゃうと、幾ら言われてもうそじゃないかとわ かっちゃったわけでしょう。  そういうところで、国が出すというけれども、それでは税制を変えてそういうところ にドネーションしてタックス・エグゼプトにしたらどうなりますか。そうするとIR で、せっせと信頼するところにお金がくるんじゃないですか。学校に寄附しましょうと か、病院に寄附しましょうとか、ノンプロフィットですね。今度NPOは500くらい申 請したけれども、財務省が免税措置をしたのは7件か8件ですよ。それは、税収が減る のが一番怖いからです。それはどうしますか。 ○石田  ただ、今日の主催とは違うんですけれども、厚生労働省の安全対策課が委託作成をし た抗がん剤の診療ガイドラインがありますよね。あれなどは何から取っているかという と全部欧米のものからデータを取っているわけです。それだったら、そのデータを訳し た方がよほど早いんじゃないですか。 ○黒川  そうですね。だから、どうして日本でできないのかというのは根本的なメディカルな コミュニティの問題でもないし、財務省ではなくて厚生労働省の問題でもなくて、やは り日本の社会全体が何をしたいのかというプライオリティの問題じゃないかと思いま す。毎年35兆円も土木建築に国のお金を注ぎ込んで、380か所まだダムをやっているん ですよ。日本の海岸の55%は全部人工です。それでもまだやってもらいたいわけです か。それをどうしてメディアは言わないのかなと思って。 ○鈴木  でも、医学者のリーダーシップは非常に重要です。 ○黒川  それはプロフェッショナル・コミュニティがそれぞれ社会に対して発信しなくちゃい けないので、役所に陳情するということではないんじゃないですか。メディアもそうだ し、お医者さんもそうだし、では銀行はどうしますか、ゼネコンはどうしますか。すべ てがそうなっていたんじゃないかと思います。医者だけ攻めるのは簡単なんです。なぜ かというと、お医者さんは1対1でしているから、組織がどんどん変わっていくからわ からなくなってしまう。それはどうかなと思います。  では、その次にいきましょうか。今度は法律家ですね。弁護士さんが増えるとか何と かと言っているけれども、これもまだ数が少なくてかなり利権が多いんですが、どうで しょうか。弁護士さんが全然いない都市がたくさんありますから、その理由はなぜか。 今日は言いませんが。 5−1 「医療事故と訴訟におけるEBM<その1>」(児玉安司) ○児玉  弁護士の児玉でございます。それでは、医療事故、医療訴訟とEBMということで若 干の話題提供をさせていただきます。今日の配布資料では3点のポイントを指摘させて いただきました。  1つ目は訴訟、紛争への影響です。もともと裁判というものはエビデンス・プレスト ・アプローチをとっておりまして、むしろ医療界の側からエビデンスが出てこないとい う問題に苦慮していたわけです。  2つ目、安全対策は昨今医療事故防止対策というのは例えばヒアリーハットレポート 等々、熱心に取り組まれておりますけれども、どれほど効果があるのか、またどれほど コストがかかるのかというエビデンスに基づいた検証をこれから行っていかなくてはい けないということが指摘されております。  3つ目、医師・患者関係において患者さんに例えばどんな説明をしたらいいかという ことで、私は医療現場の方が法定の方を振り向いて考えてほしくないと思っています。 あくまでも患者さんに向かって、患者さんから情報を得て、何を求めているかというこ とをエビデンスに基づいて議論をしていただきたいと考えております。 (スライド)  双子の兄弟の話をいたします。1人は白い服を着ておりまして、1人は黒い服を着て おります。いずれもプロフェッショナルと自らを名乗り、お互いを先生、先生と呼び合 います。そして、1人はMDという名前、1人はJDという名前です。  ケース、日本語では症例あるいは判例といいます。コンプレイント、訴えを起こすこ と、訴訟の原告の訴えをコンプレイントと申します。また、尋問をイグザミネーショ ン、医療の世界では診察をイグザミネーションと申します。そして、いずれも同じエビ デンスという言葉を使いますが、果たしてこの内容は同じかどうか。医療の世界では比 較的その統計的な側面を重視しておりますけれども、その結果、法廷においでいただい てドクターが断定できない、否定できない、では一体どちらなんだというようなことで 問い詰められて立ち往生される場面がしばしば起こってしまいます。  また、この双子の兄弟はいつも相手が正しい一つの答えを持っていると信じておりま す。ですから、最近私がお話しした医療専門部の裁判官が、医師を10人集めれば10通り の意見が出てくるということに大変驚いた。よって今後はラウンドテーブル方式でやり たいというようなことをおっしゃり始めたこともありますし、またドクターが裁判官ご とに判断が違うのはどういうことだ。裁判というのはそんないいかげんなものかという ことで大変お怒りになられることがありまして、いつも私はそれにお答えするんです が、裁判は医療と同じぐらいいいかげんです。 (スライド)  しばしば裁判についてCTを撮られなければ負け、カルテを書かなければ負けという でまに近いようなお話が出るわけですが、症例検討のことを思い出していただければ直 ちに明らかと思います。どんな場合に、どんな前提でということが極めて重要です。裁 判というのは、あくまでも限られたリソースの中で損害賠償すべきかどうかについての 判断です。そこでとられているのは、当事者が出してきた主張、当事者が出してきた証 拠に基づいて判断をする。そして、勝敗は証拠の優越、プレポンダランス・オブ・エビ デンスについて判断されるということです。 (スライド)  最近出た判決で誤解の最たるものですが、平成8年1月23日に2分置きの血圧測定を 水準にすべきだという判決が出たかのように医学界で理解されておりますが、能書に2 分置きの血圧測定をせよと書いてあるということを患者側は主張しました。医療側は5 分置きでいいという主張をしたんですが、このエビデンスがはっきりいたしません。裁 判所は2分置きに血圧測定をしろと言ったのではなくて、能書を覆すためには能書を上 回るような合理的なエビデンスを出してくれという判決が出たわけです。 (スライド)  このように、裁判は証拠に基づかなければなりません。また、主張立証は当事者が行 わなければなりません。よって裁判のレベルを決定づけるのは当事者、取り分け医療裁 判においては被告側は病院です。低水準の当事者が低水準の判決を生み出す元凶です。 (スライド)  訴訟の中でEBMガイドライン等々、医療行為の標準化を出していこうという努力が 行われているわけなんですが、もともと医師の裁量の個別化と患者の自己決定による個 別化が対立して非常に複雑な様相を呈していた訴訟が、今この医療行為の標準化の下で 新たな局面を迎えようとしている。ただ、少なくとも今どの裁判所も正しい答えがたっ た1つあるというような幻想を持っているわけではありません。 (スライド)  医療安全につきましては、このAHRQという役所が、例えばヒアリーハットレポー トを集めることによって本当に医療は安全になるんだろうか。その効果はどうなのか、 コストはどうなのかということを実証的に研究し始めております。 (スライド)  また、90年代以降、患者の接遇にも科学とエビデンスが求められ始めております。患 者の求める説明が一体何であるかということをエンピリカルリサーチ、すなわち実証研 究に基づいて探求していこう。例えば民族とか、教育水準とか、年齢とか、疾患とか、 さまざまなファクターによってその場面ごとに患者さんの求める情報というのは違うん じゃないか。そういうことがきちんと検討され始めつつあります。 (スライド)  例えばミシガン大学のロースクールのシュナイダー教授は、実証的研究に基づいて医 師・患者関係を再構築しようとする非常に注目される試みをしておられます。 (スライド)  例えば、患者さんはどの程度自己決定を求めるか。ゼロから100で言うとアメリカ人 の患者さんで33くらいです。では、どの程度情報を求めるか。ゼロから100でアメリカ 人の患者さんで79くらいです。では、アメリカ人と日本人で同様の調査をしたらどうな るか。実はほとんど同じような結果が出るというのが最近の調査研究の結果なわけで す。 (スライド)  最後のスライドです。EBMは一体どんな役割を果たすんだろう。医療安全であれ、 訴訟であれ、または患者との接遇であれ、私は機械的必然と恣意のどこかに合理性の基 準を打ち立てたい。そういう営みがEBMの本質的な役割であり、その目的は権威に仕 えることではなく、正しい批判によって人を権威から自由にすることであろうと考えて おります。EBMを新たな権威、新たなブラックボックスにするのではなく、よりよい ディスカッションの出発点にしたいと考えております。以上です。 ○黒川  ありがとうございました。では、鈴木先生お願いします。 5−2 「医療事故と訴訟におけるEBM<その2>」(鈴木利廣) ○鈴木  弁護士の鈴木利廣です。児玉さんとの違いは、本格的な医学教育を受けていないとい うことと、法廷に行きますと対局の椅子に座るということです。私は常に原告側に座っ ていますし、児玉さんは常に被告側に座っておられます。その違いで、言うことがどの くらい違うのかと期待しておられるかもしれませんが、ほとんど言うことに変わったこ とはないと思います。  さて、私に与えられた法律家としての演題は、EBMが訴訟にどのような影響を与え ているのかということだろうと理解をしました。  医療過誤訴訟の事案には大きく分けて2つの類型があります。1つは検査、薬、手 術、何でもいいんですが、具体的な医療行為によって新しい医原病を生じ、その結果、 最悪の結果になったという、医原病型と呼んでいるものであります。これは、一つひと つの医療行為の有効性と安全性のバランスがきちんと審査されているのかどうかという ことが問われるわけでございます。1つのエビデンスがあって、そこに医師の裁量が関 与をして、この患者に適切な医療が行われたのかどうかということに法的な評価を下さ れるということになります。  2つ目の類型は、病状悪化型と呼んでいるものであります。患者さんが持っていた病 気が適切な診断治療を受けられないままに病状悪化をして最悪の結果になるということ であります。この場合には、診断基準や治療方針がきちんとしたものであるのかどうか という、その適否が法廷の場で争われることになります。  従来、この2つの類型の訴訟はどのように審理されていたのか。非専門家である原告 本人と、そして医学的にも素人である原告側の弁護士が医学調査をするということには 大きな限界があるのであります。そして、原告側にサポートできる協力医を得ることは 極めて困難な状況が長く続きました。  そういう中で、原告側が限界のある主張と文献立証などをすることによって、裁判所 が勝ち負けの心証をとるということが極めて困難な類型の訴訟の一つとして挙げられて きました。そうしますと、どちらが勝ちかよくわからないということになれば、そこで 判決になれば原告の負けということになります。裁判官は、自分がよくわからないとい うだけで原告を負かせるということに躊躇を感じます。  そうしますとどうなるのか。専門家を呼んできて鑑定意見を出していただいて、それ によって結論を出そうと考えるわけであります。鑑定人は時として個人的な経験を前提 にしてその適否の意見を述べることになります。その鑑定人の意見の適正さすら吟味で きないままに、裁判官がいわば鑑定書をそのまま判決に書き直して判決を下すという例 も少なくありません。  そういう裁判のやり方に、最近裁判所の中で反省が出ています。その反省のきっかけ の一つになった判決があります。これは平成11年に最高裁で出た脳外科の脳の減圧術を して脳内血腫を生じて亡くなったという患者さんのケースであります。結局、手術と脳 内血腫を生じたことの因果関係や過失について責任がないという判決を高等裁判所は下 しました。  それに対して、最高裁は次のような理由からこれを破棄差し戻しをしたわけでありま す。鑑定人の鑑定は、診療記録中の記載内容からうかがわれる事実に符合していない 上、鑑定事項に述べる鑑定書はわずか1ページに結論のみを記載したもので、その内容 は極めて乏しいものであった。このような鑑定書に依拠して判決を書いたわけでありま す。このようなことは日常的に裁判の現場で行われていると言われますと、裁判のレベ ルは極めて質の低いものだということになりますが、その一端を示したということで究 極ここまできたということで御理解をいただきたいと思います。  最近の傾向であります。集中審理型の専門裁判部が東京で4つ、大阪で2つ、名古 屋、千葉に1つずつ、合計8つできるようになりました。できてこの4月で2年になり ますが、どのように変わってきたかということであります。原告側に専門弁護士が形成 されてきました。協力医の助言も受けられることになり、医学情報が裁判所に以前より は量として多く提出されるようになってきました。その中にはEBMに基づくような論 文すらも提出されるというようなことが出てくるようになりました。被告側にも裁判所 は、自分たちの主張の科学性とその根拠の文献を提出するように強く要請するような訴 訟が行われるようになりました。  これまでは心証が得られなかった事案でも、論争の中で心証が得られるという確信を 持っている裁判官が多くなりました。心証のとりにくいものについては鑑定人に意見を 求めますが、その鑑定人の結論を支える理由は何なのか、その科学性は何か、そこに根 拠はあるのか、鑑定人の意見にも一定の論理的な質を求めるようになってきました。  先ほど児玉さんは訴訟関係人の質が判決の質を決めるということをおっしゃいまし た。確かにそうだったと思います。その意味では、以前よりもEBMが少しずつ出てき たことが裁判を科学的にし、その科学的な裁判が更にEBMをきちんと踏まえた診療で なければ免責をしない、出た結果に対する責任を問うぞというような形になりつつある ということであります。  公害訴訟との比較であります。初めての公害訴訟はサリドマイドで1963年に始まりま した。40年間厚生労働省は被告席に座り続けているというのが日本の薬害裁判の歴史で あります。この40年間の訴訟では40年前から原告も被告も集団弁護士で、問題は社会問 題化し、専門医の助言も得やすく、複数の多くの専門家が法廷に出てきました。  そういう中で、裁判官は心証をとり結論を出してきたわけであります。この大規模な 薬害訴訟と個別の医療過誤訴訟を比べれば、科学性が反映されることによってどのぐら い質が違うのか、社会的批判に耐えられる判決が出るのかどうかということが明らかな ように思います。  結論を繰り返しますが、EBMを前進させることで裁判は科学的になり、裁判がEB Mを求めることで一層EBMも前進することが医師の注意義務を進化させるのではない かということが結論であります。 ○黒川  ありがとうございました。では、どうぞ。これは結構身につまされる話かもしれない ですね。  1つは、いろいろなペーパーがたくさん出てきますよね。新しい治療の選択肢とか、 この診断のプロシージアはするべきかどうかという話が出てくると、また欧米だと言わ れるけれども、しかし日本でも結構ないわけではない。そこでそれをどう評価するか。 つまり、論文をクリティカルに読めるという能力が今まで開発されていたかというと、 これまた心もとないです。その辺は福井先生の調査でも出ているんですけれども。 ○鈴木  現状では、一般の医療過誤訴訟では外国の論文はほとんど出てきていないと言ってい いと思います。出てくるとすれば、それは国際的にかなり権威のある、通用するような ガイドラインが英訳されて出てくるということはあると思います。 ○黒川  裁判で出てきた診断なり、治療なりをやった根拠の論文の質とかクオリティはどう やって裁判では判断されるんでしょうか。 ○児玉  それは大変クエスチョンで、評価1、評価2、評価3ということでいけば、例えばラ ンダマイズド・コントロール・トライアルがないといけないのかとか、そういう統計学 的発想はそもそも裁判所にないんですね。裁判におけるエビデンスというのは、そこで 何が起こったかという一例の事実をどう確定するかという発想で証拠法の体系を組み立 てられておりますので、より質の高い、クオリティの高い証拠法でどちらがクオリティ が高いのかということよりは、むしろこれまでありていに言うと文字に書いた根拠があ るのか。残念なことに、医療側で文字に書いたというレベルの根拠さえ出せないで敗訴 をするという事例がままあったという状況なわけです。  ただ、裁判所は今、文献を早く出してくれということをだんだん要求するようになっ てきて、逆に文献も出せないんですかと言われてしまうような状況はあるわけです。文 献がどんどん出そろうような状況になってきて初めて、今度はその文献のクオリティを 法廷でちゃんと吟味するというレベルに達していくということになるわけです。そうい う意味では、法廷でいい判決が出るためには、レベルの高い判決が出るためには、やは りレベルの高い議論を当事者がやっていかなくちゃいけないということだろうと思いま す。 ○鈴木  1点の論文を出して、その結論に従いなさいということでは裁判官は説得できないで すね。裁判官が論文の質を審査しなけばいけないようなところに追い込まれれば原告側 は勝てないと言っていいと思います。客観的にはかなり質の高い1点の論文があったと しても、それが日常的な論文にどのくらい引用されているのかとか、その考え方に対し てどういうアンチテーゼが出ているのか出ていないのかとか、そういう辺りでは一定の 数を出していかないとならないわけです。私のやり方では弁論が終結するまでの間に多 数の論文を、ある事件では50点くらいの論文を出すということになり、その背景には 200点くらいの論文を読むことになりました。 ○黒川  かなり科学的になってきたということですね。 ○飯野  裁判が科学的になるというのは非常に望ましいんですけれども、いつもEBMを話す ときに問題になるのは、標準的な治療法があって、患者の個別性に応じた治療というの があるわけですね。それで、お医者さんはプロでいらっしゃるので、その標準的な治療 のベースがあって患者に則した治療をなさるということだろうと思うんですけれども、 裁判所の裁判官は医療のプロではない。標準的な治療法があるのに、なぜ、この患者に 標準とはちがった治療をしたのか。そうしたことまで裁判官は判断できるのでしょう か。 ○鈴木  まず裁判官が判断できるかという前に、なぜそうしたのかという弁明がきちんとでき るかというところの方が先に問われるんです。さっき児玉さんが言いましたけれども、 その弁明がほとんどできていないという現状があるわけです。その弁明ができなければ 原則的に原告側の勝ち、つまり標準的な治療をやっていないということがそのまま落ち 度になります。その弁明があるならばしなさい、その弁明のいわば科学性が出てくれば 裁判官は迷うということになりますので、原告は敗訴するということになるんです。  実際の裁判で、皆さんが思っているほど最先端の科学論争の中で裁判官が結論を出し ているかといいますと、そうではないと思います。標準的な治療法の存在すら知らな い、能書を読んだことすらない医師が薬を処方して副作用が出ていて、そのまま副作用 だとも認識できずに最悪の結果になるということです。そういうようなケースというの は決して少なくないというのが医療裁判の現状だろうと思います。 ○児玉  毎日弁明ばかりして暮らしているわけですけれども、大変ストレスがありまして、そ もそも社会的な紛争、例えば結果が悪くて自分の子どもが死んでいってしまったとか、 いろいろなストレスがあるわけです。そういうときに、当然その社会的な紛争が起こり ます。恨みも残ります。そのときにその紛争を解決しないで放置すると、それは社会的 に例えば暴力、犯罪等々につながりますから、何とか皆が納得する解決の手段をどうに か供給したい。そういう国家のサービスが民事訴訟なわけです。  それで、その勝敗の決め方というのは極論をすると、例えばベンハーみたいに車でが らがらと走り回って勝負を決める。昔は実際にそういうことをやっていたわけですか ら、それでもある意味で構わない。あるいは、くじ引きだって構わないというような裁 判が随分行われてくる中で、今、例えば陪審制というようなルールの下で訴訟が争われ ている状況を踏まえて、我が国の裁判官のありようを振り返ってみますと、例えばよく おっしゃられることで、裁判官は医学知識もないのに何で裁判ができるんだというよう な御意見があるわけなんですが、では陪審員はどうするんだ。法律知識もありません。 何もない人に裁判をしてもらうということ自体が実は裁判の本質だったりするわけです ね。  そういう意味で言うと、裁判というのは何のゲームをしているか。何の競争をしてい るかというと、一般の人をどれだけ納得させることができるかという競争をしている。 そういう意味で、裁判はあながちそれが厳密な意味で科学的でないとしても捨てたもの ではないんじゃないか。そこから学ぶべきものはあるんじゃないかというふうに積極的 にとらえないと、毎日弁明ばかりやっていられないということです。 ○黒川  時間はかなり延びたので、児玉さんが言ったようなことは、やはり民主主義国家とい うのはそういうところがあって、例えばブッシュ大統領がやっていることはクレージー だと思っている人も多いと思うんですけれども、しかし、あの人は300票の差で勝った んです。ところが、その300票は皆フロリダ州です。弟が州知事をしているんだから、 それでも私は国民の信頼を受けてやりたいことをやっているわけじゃないんだけれど も、あんな強引なことをやっていいのか、もうちょっと反省してほしいなという気もあ るけれども、それが民主主義というものではないかなと思います。科学的に正しいから 常に正しいわけではない。その情報を常に提供しているメディアの役割も大事だ。だけ ど、日本のメディアの7割は記者クラブから出ている情報だというところに問題がある のかなと。  そこで、次にいきましょう。患者さんとEBMということでよろしくお願いいたしま す。 6−1 「標準治療の普及とEBM」(石田久人) ○石田  そのメディアの石田と申します。何かと言うとメディアの方にいつもきてしまうんで すけれども、私はこの中で非常に異質な存在で呼ばれたと思うんですが、私自身はここ にも書いてありますように4年半ほど前に大腸がんが発見されまして、何でおれががん になるんだという驚きの中から日本のがん治療を調べ始めました。ですから、これから の話はがんに特化して話させていただきたいと思います。  ここにも一般の方がたくさんいらっしゃっていると思うんですが、私も4年半前まで は病気のことは医者に聞くんだ、専門家だから医者以上のことを患者がわかるわけはな いというふうに思っていました。それで、愚妻などが子どもが病気だとすぐ『家庭の医 学』とかを見ているんですけれども、そんなことをやっている前に早く医者に行け、ド クターの言うことが一番なんだというふうに思っていました。  ところが、自分ががんになってみて商売柄すぐ調べてしまうんですけれども、そうし ますとどうも何か日本のがん治療はおかしいぞと。特に患者さんの中にもう治療法はな いと言われてさまよっている、がん難民などというふうに言われたりもしていますけれ ども、そういう方が非常に多い。一体これはどうなっているんだということで調べ始め てみました。そうしますと、日本のがん治療においては非常に外科医の方が主導的に行 われていて、そこで完治できなかった場合、その後、当然化学療法に移るわけなのです が、そこに余り力点を置いている方が、もちろんいらっしゃるんですけれども、多く見 ると少ない。  ちなみに、国立がんセンターの西条長宏内科部長によると、アメリカなどではこうい った化学療法に関しては臨床腫瘍医、腫瘍内科医とか呼ばれていますけれども、こうい う方々が専門的に扱っていて、これは2万人くらいいる。  翻って日本の現状を見た場合に、いわゆるトータルな意味での化学療法ができる方と いうのはほとんどいない。臓器別に例えば肺がんの化学療法、大腸がんの化学療法とい うことをやれる方はいますけれども、それですら多く見積もっても300人くらいしかい ない。ですから、基本的には外科医の方が片手間にやっている。  そうなってくるとどうなるかというと、ある程度やってその処方をしている内容もエ ビデンス、根拠がたくさんあるかというとそうでもなくて、比較的日本で独自に行われ ているようなことが多い。それで、ある程度やられてもういいですよ、治療法はありま せん。また悪くなったら最後は面倒を見ますから来てくださいねと言われて帰されてし まう。  ほとんどの患者さんは、そこであきらめ切れないです。どうするかというと、私ども はマスコミですので朝日から全紙取っていますけれども、これを見てもわかりますよう に、新聞に健康食品のたぐいが載っていない日はないくらいで、皆さんそういうところ に走ったり、中には宗教に走る方もいるでしょうし、とにかく何かにすがりたいという ような思いがあってふらふらしている。  そういう中でもう少ししっかりした人たちがいると、インターネットなどで調べた り、もしくはセカンドオピニオンを聞きに行ったりすると、どうも違う。自分が受けた 治療というのは全然世界で行われているような治療と違ったり、まだまだ薬もあるじゃ ないかというようなことがだんだんわかるようになってきたんです。それで、では何で それをお医者さんが言ってくれなかったのかという問題になるわけです。  そこには2つ考えられることがありまして、1つは先ほど言いましたようにお医者さ ん自身が重要視していないから知らない。これは考えられないんですけれども、本当に そういうことがあり得る。実際問題として特に地域の格差が激しくて、もちろん大学病 院とか、そういうところで知らないということはないと思うんですけれども、地方の総 合病院辺りに行くと本当に知らないというようなことがある。  もう一つは、知っていても使えないということがあります。この使えないという意味 もまた2つありまして、1つは使ったことがないから怖い。もう一つは、使いたいんだ けれども、これは日本では保険適用になっていない。ですから、使うと病院の赤字に なってしまうのでこれは使えない。そのような理由で、実際にきちんとした、例えば欧 米で標準とされているような治療が行われていない。  ここで問題なのが、それを患者さんに言ってくれるかということなんです。ほとんど の場合は治療法がありませんということだけ言って、そういう治療法があることは伝え ていません。ですから、ある中国地方の大学病院に通っていた患者さんは、この方も大 腸がんなんですけれども、ちょっと治療をして、もう治療法はありませんと言われた。 それでセカンドオピニオンを求めた結果、あなたはまだこの薬を使っていないじゃない ですか、これは欧米で言えばスタンダードですよ、標準治療ですよと言われて、実際に その大学に戻ります。その先生にそれを言うと、確かにそうですねと。だけど、それは 私は使ったことがないから使えません。それで、あなたがそこまで言うんだったらやり ましょうか、私はやったことがないですけれどもと、そこまで言って初めて本当のこと を言ってくれるわけです。  ですから、何が大事かというと、これまで私もそうだったんですけれども、医者にお 任せであったら今の時代ははっきり言ってきちんとした治療が受けられなくなってきて いる。ですから、患者もエビデンスに基づいた治療というのは今は世界でどういうレベ ルにあるのか。それが日本でどうしたらできるのかというところまで知って医者と対等 に渡り合っていかないと、延命できる命も延命できなくなりますし、特にがんの場合は どんどん進行しますから、治癒できるものもできなくなっていくという現状があると思 います。EBMに基づいた診療ガイドラインなどというと本当にひと昔前まで、そんな ものはお医者様が金科玉条のように持っているような、いわゆる今日の治療指針みたい な感じで医者だけが持っているものというふうに思われがちですけれども、今の時代は 患者さんがそれにしっかりアクセスしていって、それを知るようにならないと、患者さ ん自身が損をするというような状況になります。  そこで更に厚労省の方とかもガイドラインづくりを進めているんですが、そういう中 で明らかになってきて今、問題になっているのが先ほど言いましたように保険が適用さ れない。ここは厚労省の方でガイドラインをつくる過程において明らかに問題になって くるわけですから、そこを解決する道を早急に考えていただきたいと思います。今は医 師主導の治験ということも進んでいるようなのですが、実際問題として例えば8億5千万 円規模のお金で果たしてどこまでそれが解決できるのかというのは難しいと思っており ます。 ○黒川  ありがとうございました。では、飯野さんお願いします。 6−2 「国民(患者)の期待するEBMの役割」(飯野奈津子) ○飯野  よろしくお願いします。国民が期待するEBMの役割ということについて、3つのポ イントでお話をしたいと思います。私は、石田さんのように自らがんを患ったという経 験はないんですけれども、子どもが2人いまして、日常的に小児科のお医者さんに随分 お世話になっていますので、一般的な患者の立場での話です。3つのポイントというの は、一つは、EBMについてこれから期待していること、二つ目のポイントが、患者の 側として不安に思うこと。そして、3つ目が、患者、国民がどういう役割を果たせばい いのかということです。  1点目、私ども国民が何をEBMに期待をするのかということです。  期待するのは、医療の質が上がること、これしかありません。厚生労働省がEBMに 基づく診療ガイドラインを国民向けにもつくりますということをおっしゃっています。 これは非常に期待したいと思っています。日常、診療を受けていて、お医者さんとの話 の中で私たちが十分に情報を得ているのかというと、本当にお医者さんが忙しいという こともあると思うんですけれども、充分とはいえません。どういう根拠でその治療法を 選択なさっているのかとか、今の石田さんの話にもありましたが、どういう治療法の選 択があるのか、そんな細かいところまでほとんど説明を受けていないと思います。お医 者さんによってばらつきもあるとは思いますが、私たちはたまたま出会ったお医者さん から聞いたことがすべてだと思って、治療を受けています。がんとか、そういう重大な 病気になったら一生懸命情報を集めたりするのでしょうが、日常の診療の中ではそうで はありません。ですから、疾病ごとにEBMに基づく診療ガイドラインができて、診療 ガイドラインには最新のデータに基づいた標準的な治療法を提示をするということです ので、私たちがその情報を得る。それで、お医者さんと向き合うということで、コミュ ニケーションもよりいいものになっていくだろうと思います。その点についてはひとつ 期待をするところです。  ただ国民向けの診療ガイドラインを作るにあたって、1つ注文があります。非常にカ タカナ用語が多く、専門用語が多く、先生方のお話を聞いていてもわからないことがた くさんあるので、国民向けのガイドラインをおつくりになるならば、わかりやすい言葉 でつくっていただきたい。お医者さんだけでつくるのはやめていただきたいということ はお願いしておきたいと思います。  そして、医療の質の向上ということで言うと、医師向けの診療ガイドラインができる ことも期待したいところです。これは医療の質の底上げということだと思うんですけれ ども。海外の文献などを読んで、最新の治療法を一生懸命勉強なさっている先生方もた くさんいらっしゃると思いますが、そうでない方もいらっしゃるでしょう。そうした人 たちのために、ガイドラインができて、きちんと勉強をしてくだされば、医療の質の向 上につながるのだろうと思います。  そういう意味では、ガイドラインというのは非常に重要だと思うんです。世界的に見 て標準的な治療法を提示なさるわけですから。しかし、今日そのガイドラインを作って いらっしゃる先生方のお話を聞くと、どこまで質の高いものができるのか、不安もあり ます。日本人の臨床研究のデータが十分ない中で、ガイドラインをつくらなくちゃいけ ないとか、科学的なデータの分析も日本の場合には余り行われてきませんでしたから、 先生方もそういうデータの分析に慣れていないということもあると思うのです。この質 がどこまで確保されるのか。それから、世界的に認められる新しい治療法が出てきたと きに、迅速に対応してそのガイドラインに反映させてくださるのかどうか。そこも非常 に重要なポイントだと思います。これからガイドラインをおつくりになる学会の方々に は、常に皆が信頼してそのガイドラインを見ているのだということを意識して、質の高 いものをつくっていただきたいと思います。  次に二つ目のポイント。患者として心配な点です。これは、逆に医療の質が低下する のではないかということです。先ほどもちょっと話をしましたけれども、ガイドライン ができてこれが標準的な治療法だからいいじゃないかと、逆に治療がマニュアル化して しまうのではないかという点が、私たち患者の側には、非常に心配です。お医者さんが 診察室の中で、ではこのガイドラインを読んでおいて、これが僕のやっている治療法だ からということだけで終わってしまうのではないか。患者の声を全然聞いてくれなくな るんじゃないかと。QOLというお話がさっきありましたけれども、患者一人ひとりで 薬の効き方も違うわけです。まず、お医者さんが患者の声を聞いて、患者にあった治療 法を考えてくださる、それが基本であるはずです。ガイドラインができるのは歓迎です が、逆にそれに頼りすぎる医療になってしまうのではないかというところが、心配な点 であります。お医者さんたちにはEBMとか、ガイドラインとは何のため、誰のための ものなのか。もちろん患者のためだと思うのですが、そのことを是非認識しておいてほ しいなと思います。  それから最後にもう一つ、先ほどから出ていることですが、医療の質を向上させるた めには、私たち国民、患者の側も協力していかなくてはならないということを、改めて 感じています。私たちが臨床研究に協力しないといいデータが集まらない。そうすると EBMも実現しないということでしょう。EBMに基づくガイドラインができれば、私 たち患者の側にもメリットが大きいのですが、私たち国民の側も、責任を持って臨床研 究などに協力していかなくてはならない。そういうことだと思います。黒川先生がおっ しゃるようにマスメディアとして、そうした問題も、国民に伝えていく努力をしていき たいと思います。以上です。 ○黒川  ありがとうございました。では、どうぞ。ここにいる人は1人を除いて余り大病をし たことはないですか。お医者さんでもよくあるじゃないですか。医者になって初めてわ かった患者の気持ちなんていうのが結構ベストセラーになったりしますが、あれはどう してですか。外科のお医者さんでがんを専門にしていたんだけれども、自分ががんに なったらかなり人生観が変わって、本を出したら結構売れたとかありますが、どうして でしょう。結局、体験してみないと本当のところはわからないんじゃないですかね。 ○石田  身につまされないと人間考えないというのは絶対にありますね。 ○黒川  銀行も皆、同じですね。それは個人レベルでの話になってしまうから、医療というの はどうしてもそういうふうになってしまうんですけれども。 ○生坂  こういう場で自分の病気を告白するのも何なんですが、私も大病をしまして、昔ある 場所の腫瘍を患いました。脳腫瘍だったんですけれども、そのときにこれは非常に厳し いなと思ったんです。それでそのときはいろいろ選択肢があったんですが、結局そのと きに欧米の文献検索をしまして、その腫瘍は非常に難しい場所だったんですが、その場 所を非常に得意としている先生がいらっしゃって、たまたまその先生が日本の脳外科医 の先生だったんです。その先生の門をたたいて助かったという経緯があるんです。  そういうことで、医者であったから、たまたま自分の専門分野であったからベストド クターを選べたということがあると思うんです。そのときに情報公開というものができ ていなかった、あるいは情報にたどり着くすべが、そのときはまだEBMということも なかった時代ですからその気持ちはよくわかります。それで、その当時と今とそれほど 変わっていないんだなと今、改めてお話を伺っていて思いました。 ○藤島  高血圧のガイドラインをつくった一人として、今、飯野さんは大変いいことを言って いただきました。例えば、国民向けのガイドラインはどうかということでしたが、高血 圧学会に関しましては専門医向けのガイドラインを2000年に、2001年には実地医家向け のガイドライン、これは専門医向けのダイジェスト版です。それと同時に、患者さん向 けのガイドラインといいますか、開業の先生方から患者さんに渡していただけるような パンフレットをつくりました。  さらに、ガイドラインをつくってもこれがどの程度実地診療、医師に徹底するか。そ れに対しては高血圧学会は2年間にわたって1県に2回以上医師を対象にガイドライン に関する教育講演をいたしました。これは非常にいい試みで、実地医家の先生方からガ イドラインに対する意見も出てまいりました。  それからもう一つは、国際的に日本のガイドラインを知ってもらう目的で英文でガイ ドラインを発表し、世界に発信しました。 ○飯野  質問をしていいでしょうか。ガイドラインというのは何年置きくらいに見直すので しょうか。何かルールはあるのでしょうか。 ○藤島  高血圧に関しましては欧米では5年くらいの間隔で改訂されています。大規模の臨床 試験が出てきますと、それを契機にガイドラインを改訂することが多いようです。日本 のガイドラインは2000年に初版を出しましたから、2005年をめどに改訂いたす予定で す。 ○飯野  その間に新しい薬とか何が出てきたときは、追加資料とか出していくのですか? ○藤島  ガイドラインそのものには追加はできませんが、その都度必要に応じて報告するよう にしています。ガイドラインは毎年変えるというようなものではありませんので。 ○黒川  さっきおっしゃったように、例えばがんの新しい治療法が出たときはどうなるのかと いう話も、副作用とか本当のアウトカムで5年とか10年するまではなかなかエビデンス としては出にくいわけです。そういう意味では、欧米でもいろいろなものがたくさん出 ますね。そういう基本的な診断の方法とか治療のラインというのは大体わかっているん だけれども、それを例えばアメリカ内科学会とか、ブリティッシュ・メディカル・ジャ ーナル、クリニカルエビデンスなどは毎年出てきますから、ほとんどは変わっていない けれども、新しいものがあれば必ず出ていますので毎年出てきます。  そうすると、基本的な診断の方法とか治療のラインというのは大体わかっているんだ けれども、それを例えばアメリカの内科学会とか、ブリティッシュ・メディカル・ジャ ーナルだ、クリニカル・エビデンスだと毎年出てきますからほとんど変わっていないけ れども、新しいのがあれば必ず出ていますので、毎年出てきます。アメリカン・カレッ ジ・オブ・フィジシャンは新しい論文がどういう位置付けだというのを2週間に1回出 してきますから、そういうのをプロフェッショナル・ソサエティがお医者さんの方にサ ービスしているわけです。それは普通の人も読めるわけです。それで、さっき言ったア ップ・ツー・デートは3か月ごとになっていますから、少なくともそれでやっている限 り、今アベーラブルな今、使える、日本のはないかもしれないけれども、ベストのこれ をどう選ぶかという判断の材料を提供しているということで、それは患者さんも知って います。そういうサービスを社会にずっと広げるということが大事だと思います。 ○飯野  でも、アップ・ツー・デートみたいなものをやはり日本でもつくってほしいですよ ね。 ○黒川  そのクオリティをどういうふうにアシュアするか。アングロサクソンアメリカは常に 混ざっていて、自分たちの同僚の評価がすごくできています。だけど、それが日本だと 東大に入ったらずっと東大、外科に入ったらずっと外科でしょう。外科で手術をして 取っちゃったのに何であなたは見ているんだということをよく外科の人たちに言うんだ けれども、あとは内科に渡しなさい。キャンサーだったらどうするかというのはメディ カル・オンコロジーという人がいるんだから。  ところが、そういう部分が日本にはないんです。常に縦の構造しかないんですね。そ れは会社も役所も大学もすべて日本人には縦のシナプスしかない。なぜでしょうか。三 菱は三菱系、ビールはキリンしか飲まないとか、何でかわからないです。 ○石田  特にがん分野で言いますと、はっきり言って化学療法の専門家がいないわけです。そ うなってくると、より早くエビデンスの高いガイドラインというものが必要になってく る。  ところが、先ほど言いましたように、厚生労働省の安全対策課が平成10年に委託され てつくり始めて4年かかってできたものがたかだか主要ながん分野だけのもので、しか もその引っ張ってきたエビデンスを見たら全部欧米のものなんです。だったら、先ほど 言いましたようにNCIが出しているキャンサー・インフォメーション、昔はキャン サー・ネットと言っていたものですが、あれはもう10年前から一般に公開しているわけ です。ですから、これを日本語訳して出せば、こんなに早くて便利なものはないわけで す。  しかも、ここに載っているのは117種類のがんです。これをもし今の日本のガイドラ インづくりのペースで、呼ばれていて批判するのは失礼ですけれども、今、厚労省で進 めていますが、2年かかって今ようやく2つくらいつくろうとしていますよね。それの 更新が今どうなっているかわからない。NCIのキャンサー・インフォメーションは1 か月ごとに更新している。この1か月ごとに更新しているのをアップ・ツー・デートで それを翻訳していくシステムさえつくってしまえば今、最新の人類が到達しているがん 治療がどういうものかということはだれでもわかるようになるわけです。こんな簡単な ことがどうしてできないのかというのが患者の方からすると納得いかないのです。 ○黒川  おっしゃるとおりです。だから、それが学会なのかと言っても、さっき言った藤島先 生みたいな診断のプロセスのデシジョンメーキングと治療の選択肢とアウトカムという のは、内科は比較的やさしいんだけれども、外科の場合は手術の腕がうまいかどうかと いうのはすごく大事でしょう。それを、外科はそれぞれの学会で保証しているかという ところがこれから問われ始めます。つまり、今まで脳外科の先生はどうやってできるか というと、卒業して脳外に入局しただけで、5年すると何とかやったとよと言って専門 医をもらうけれども、そのクオリティはだれが指導しているか。中でばかりやっている から、その中の流儀でしょう。  だけど、欧米だと必ず出て行くから、アメリカだと1万6,000人学生が毎年出るんだ けれども、脳外科になろうと思ったら全国で70人しか採れないんだから、そこを目指し てなりたい人は一生懸命いい成績で頑張らないと入れない。入ると7年間です。4万ド ルぐらいの給料で7年やらなくちゃいけない。だから、それは脳外科の人たちは1年70 人しか採らないけれども、その代わり出口ではこれだけのことを保証しているんだとい うことを言っているわけです。だから、国から研修医1人について10万ドルのお金が出 るわけです。そういう社会になっているかということです。日本は入り口までが勝負 で、出口で勝負させない。今まではそれで済んでいた。  だから、おっしゃるようなことはわかって、外科とか泌尿器科とか婦人科とか、オン コロジーというのはどんどん進んできているでしょう。だけれども、自分たちで手術し た後も自分たちでやっているんです。だから、あなたがおっしゃるようなメディカル・ オンコロジーで横断的なものをつくろうつくろうと思っているんだけれども、東海大学 でさえもなかなか難しい。ましてや縦割りの構造ではもっと難しい。 ○石田  去年、いわゆる国会議員の先生方でがん議連というのが休眠していたのが復活しまし て、そこに厚生労働省や文部科学省、更には国立がんセンター等々のお偉い様が来て、 何が今、問題なのかといったときに全員一致したのが、いわゆる化学療法が欧米水準に 全然到達していないということと、先ほどのメディカル・オンコロジストですね。臨床 腫瘍医がいないということ、これは皆さん一致しているんだけれども、これは治療で言 えばインフラのインフラですよね。  では、それ対して何かやるのかというと何の対策も出していない。あきれかえってし まうんですけれども、患者の方からするとそこの基礎ができていなくてどうして治療が できるのかという思いが強いのです。 ○黒川  今、お医者さんの診療のパターンは保険診療のブルーブックでやるんです。EBMの 本なんか読んでいる暇はありません。皆、設定でだめになります。それでもいいんです か。  つまり、これはパブリックが決めることなんです。政策だから、どういう政治家を選 ぶか、どういうところに投資してもらいたいと言って厚生労働省は一生懸命やっても財 務省が予算を付けない限り絶対無理です。財務省がそういうふうにしたいと言わせるの は政治家でしょう。政治家を選ぶのはあなたたちです。だから、公共事業を持ってくる 人を選んでいるのかどうかというところが問われているわけで、今、日本は30兆の医療 費だと言っているでしょう。それで、年寄りが増えてくるんだから増えますよ。科学も 進歩しているんだからどんどん新しい手法も出るし検査も出るんだからやってほしいと 言っても30兆で、そのうち国が出しているのは10兆です。  今度は3割負担でしょう。残りの50%の10兆はどこから出ているか知っていますか。 強制的に入らされている自分たちが取られている保険です。だから、国が出しているの は10兆、GDPの2%です。アメリカは今、医療費が日本の倍の人口で全部で150兆で、 GDPは1,100兆です。だけど、メディケア、メディキャルというお金のない人とお年 寄りのお金というのは財源が国と州から出ますけれども、幾ら使っているか知っていま すか。両方合わせて50兆です。つまり、アメリカは民間の保険でやっているけれども、 国としては少なくとも50兆は出しているんです。そのほかにさっき言った研修医とか、 軍人さんの病院とか、いろいろなところも国から出しているんだけれども、日本が国か ら出しているのはたった10兆です。GDPの2%、アメリカはGDPの5%も出してい るんです。  それを決めるのは私たちじゃありません。厚生労働省でもありません。それは政治で す。政治家を選ぶのはあなたたちです。その選択肢をあげるのはメディアです。だか ら、メディアは記者クラブばかりで出していちゃまずいんです。 ○石田  ただ、先ほどのキャンサー・インフォメーションみたいなものが日本語で読めるよう になると、患者さんたちがそれを持って病院に行くような……。 ○黒川  病院に来ても間違いです。政治です。病院はブルーブックでできないんだから、でき るところはやります。 ○石田  でも、そうなってくるとさすがにお医者さんの方も余りいいかげんなことができない なというふうになってくるんじゃないですか。 ○黒川  そうじゃなくて、これは保険にまだ通っていないから、やったら全部私費でやります かということになってしまうんです。どうしますか。 ○石田  保険が通っているものもあるわけです。ただ、そういうものすらもやっていないとい う現実もあるかと思います。 ○黒川  そういうものすら国民が認識していない。国の借金が700兆、特殊法人の借金が300 兆、両方合わせて1,000兆の借金がミニマムであります。そのほかに不良債権もありま す。どうしますか。それはもっと根本的な問題じゃないかなという気が私はしますけれ ども。 ○飯野  根本的にはそうだと思います。それで、石田さんも私も言いたいのは、これまで患者 の側に情報が余りにも届かなかったという点です。私たちもきちんと情報を得ないと、 そして参加していかないと医療はよくならない。お医者さんたちも患者に突き上げられ ればいい医療をしてくれるのではないかと思うし、私たちにきちんとした情報が届くシ ステムをつくっていただきたいということです。 ○児玉  さっきの議論の中で私自身のとらえ方が違うのかどうかとさっきから迷っていたこと が1つあります。それは、正しい一つの答えがあるならばガイドラインは要らないと私 は思うんです。ガイドラインというのは異論があるからこそ、いろいろな意見があるか らこそ必要だ。それから、どんどん変わっていくということが前提だからこそガイドラ インが必要だ。それで、正しい一つの答えにフリーズしてしまって、それがまた新しい 権威として機能してしまうならば、それは本来のEBMの考え方に背いたガイドライン になってしまうんじゃないかという危惧を抱くんです。  どうも正しい一つのものとして一般の国民の方に示したいという非常に純情な思いが 医療界の側にあって、一生懸命リバイズしてリバイスして、まだ出さない、まだ出せな いとやっているわけなんですけれども、例えば直近でこれは医療そのもののガイドライ ンではありませんが、御存じのとおり臨床研究あるいは疫学研究に関する倫理のガイド ラインというものがございます。先生方もいろいろそういうものに基づいて研究してお られると思うんですが、ちなみに昨年8月14日にアメリカで臨床研究と、特に個人情報 保護に関する連邦の規則が大改正になりまして、規則の中からインフォームド・コンセ ントという言葉が消えました。つまり、手術のとき、侵襲をやるときのインフォーム ド・コンセントと、研究をやるときに同意をいただく話と同じであるはずがないではな いかという議論があって、ここ何年も連邦規則改定を重ねてきたわけです。  そのときに申し上げたいのは、異論はなおあり続けるわけです。そして、それを公表 してパブリック・コメントは山ほどついていろいろな意見がある。その中で今、暫定的 な基準としてこういうガイドラインでやっているんだよという考え方で本来ガイドライ ンはとらえられるべきなんじゃないかと思います。 ○黒川  ガイドラインはそれだけではだめという意味ではなくて、比較的標準だよというのは 60%とか70%とか、物によるけれども、しかし、がんの場合はその治験を見ているとこ れが効かなかった。これだと10%には効いたよというデータがあったらやりますか。当 然やりますよね。10%でも可能性があるならばやる。そのときに、EBMから言うと10 %ならばやらないというわけにはいかないから、そのときはやりますよね。そのコスト はだれが持つんですかという話がだんだん出てくるわけです。それが今、承認されてい ないとするとどうしますか。すべて保険はだめですよというようなことでいいのかとい う話が大きな問題になるんです。それで、査定されてしまうから黙って使うとなるとど うなのか。後でチクられると、お医者さんが何かやられる。これはどうですか。 ○石田  結局、今までそれで本当にきちんとした治療をしている良心的なお医者様というの は、いわゆるかぶったりして治療をしてきたわけですよね。そういうはっきり言って異 常事態の薄氷の上に成り立っていた。ですから、当然そういったお医者さんのところに 行かない患者さんは不利益をこうむっていた。不利益をこうむっていること自体も知ら ない。そういう現状が、例えば安全対策課がつくったガイドラインの中から浮上してき ているにもかかわらず、つまり安全対策上、非常に問題なわけですね。保険が効かない から使う医者と、かぶってでも使う医者がいて。 ○黒川  かぶって使っちゃいけないのです。 ○石田  だけど、それは実際もいろいろな形でやっているわけじゃないですか。 ○黒川  だから、やってもいいということしたらどうでしょうか。 ○石田  ですから、適用をとるということですよね。 ○黒川  それを承認するためにはデータが必要なんです。 ○石田  例えば、悪性リンパ腫のホジキン病がABVD療法でDが使えないというのは10年間 ずっときているわけです。だけど、お医者さんでこれが必要ないという人はほとんどい ませんよね。だったら、この数年間何で何もしないのかというのが患者側の意見なんで す。 ○黒川  それはそうだけれども、今まではメーカーがそれをやらない限り、だれがお金をつく るんですか。それで、そのデータが出ない限り承認しませんよ。 ○石田  そういうことになるのですね。厚生労働省としては、例えば海外のデータだけでもい いとかかなり緩めてきているわけですけれども、それでも進まないということは、やは り進めるための何かをしなきゃいけないんじゃないですか。そうじゃない限り、ずっと この問題は解決しないわけですよね。 ○黒川  それは、それをやるときに万一失敗したらなどということを皆、恐れているんです。 これから患者さんとお医者さんが、パブリックがそこを常にリスクとベネフィットのデ シジョンを一緒にするわけです。それで、あなたの人生、このリスクを取ってもやるか という話をするのがEBMの基本であって、選択は一緒にするということじゃないです か。 そのときにかかりつけのお医者さんがいないから困る。やはり素人だから、お医 者さんはインフォームしてもだれと決めるのかということで実は飯野さんと話をしてい たんだけれども、病気になってからいいかかりつけがいないかと探すからおかしくなっ てしまうんです。普段からお医者さんはたくさんコミュニティにいるんだから、どうし て元気なときにつき合わないのか。元気なときに付き合っていれば、あの人はいい人だ よとか、奥さんと子どもは健全だよとか、子どもの面倒を見てもらっているよと言え ば、そのお医者さんが判断の一つのアドバイザーになれるんじゃないかと思うんです。 だから、コミュニティがこういう人になってほしいと育てない限り、いいお医者さんは 出てこないです。  病院もそうです。皆がつくらなくちゃと思うんです。だから、病気になったときだ け、何でこれも知らないのか、これもやってくれないのか、ブルーブックで保険じゃだ めなんでしょう、何だこのやろうと言われても、あなたたちの社会が何を求めているの かということが今、根本的に情報化が開かれてきたから、皆そこのところで今まで任せ ておけばよかったなというのがトランジションで、日本は今までの価値観と社会構造そ のものがよかったのかなというのがだんだん自信がなくなっている。だけど、既得権で それを一生懸命守って隠そうとしている。それがだんだんばれてくるからますます大変 だというところなんじゃないですか。みずほ銀行なんかどうするんでしょう。  ここで、予定だと皆さんからいろいろいただいて集まっているんじゃないかと思うの で、主催者としては5分ほど休憩でもよろしいですか。私たちの応援している厚生労働 省ですが。 ○司会  では、これから10分休憩を取らせていただきまして、右上の時計で25分まであちらの ステージに向かって左側のところで質問票を集めておりますので、どうか質問がおあり になる方はあちらの方に出してください。  先生方は申し訳ございませんが、右前のところでその質問票を休憩の後半の5分間で 整理していただいて、大体3つくらいのテーマに絞っていただいて、1つ8分くらいで 最後の皆さんの御意見を受ける形で討議をさせていただきたいと思います。  では、右上の時計で30分まで休憩を取らせていただきたいと思いますので、どうかよ ろしくお願いいたします。                (午後4時20分休憩)                (午後4時30分再開) 7.フロアからの提言(会場から頂いた質問を中心にディスカッション) ○黒川  それでは、再開させていただきます。  どうもありがとうございました。こんなにたくさん皆さんから質問をいただいてしま ったんですが、これを見ながら限られた時間の中でやっていきたいと思います。  EBMの限界とは何か。ガイドラインを使ってみると一体何がありがたいのか。トー タルの医療のコストその他の無駄が省けるのかというところからやってみようかなと思 います。1つの質問は、それについてEBMを使うと医療経済的にも無駄ができなくな るからコストがセーブされるかなというような話について、生坂先生どうですか。ガイ ドラインとEBMとコストについてですね。 ○生坂  ちょっと違うことでよろしいですか。読んでいて少し気になったことがあります。E BMはだれのためにあるのかということで、厚生労働省のためにあるのか、コストを抑 えるためにあるのか、あるいは患者のためにあるのか、あるいは医者の満足度を上げる ためにあるのか。いろいろあったと思うんですが、私が言いたいのはもちろん基本的に は患者さんのためです。  ただ、結局医者がやりがいのある医療を行って医者の満足度が高いときに患者さんの 満足ども上がるというふうな印象を今までの経験で持っています。したがって、医者が 患者さんのお話を聞くのをつらいなとか、こんな夜中に呼び出されてというような気持 ちでやると、やはり医療の満足度は落ちると思いますし、患者さんの満足度も落ちる。 したがって、医者の満足度を高めるためにもEBMは必要だ。先ほどの私のプレゼンテ ーションでもし誤解がありましたら、その辺を訂正したいと思います。  ですから、最終的には患者さんのためにEBMはある。けれども、医者の満足度もE BMによって上がるということが私の経験を持って言えることの一つです。 ○黒川  そのほかに、これについていかがでしょうか。EBMとガイドラインというのは混同 されているんじゃないかという感じももちろんあるわけですが、それについてはどうで すか。 ○四宮  特に自分のところに特化して申し訳ないのですが、EBMは1種類だけではありませ ん。何種類もあります。ですから、我々いうことは数種類の中からどれを選択しますか ということで、一番患者さんが望まれるものを選択するということです。そういう面で は我々整形外科では生命に関与することが少ないだけに比較的楽ですし、それから患者 さんにとっても全部悪い選択ではなくて、それぞれが90点か70点か80点くらいの差でし かありません。だから患者さんの生活に合った治療法を選んでいってもらえばいいの で、そういう面では整形外科はまだ恵まれていると思います。 ○藤島  戦後間もなくは、"脳卒中が起こったらそのまま寝かせておけ、動かしてはならない" が常識になっていました。これはさる大学のさる有名な権威者の意見であったそうです が、これに対してエビデンスが出てきました。岩手医科大学脳外科グループは、積極的 に脳卒中の患者さんを動かしたのです。つまり、医療機関に運んでいく。そうすると移 送、動かすこと自体は何の危険性もないことが明らかになりました。これぞまさにEB Mなんです。積極的な移送によって更に脳卒中の治療が行われたわけで、EBMの重要 性を示す一例です。  なお、ガイドラインはあくまでもスタンダード、標準でありまして、バイブルでも何 でもありません。スタンダードであると認識していただきたいと思います。 ○黒川  そうすると、特に患者さんというよりお医者さんの方もそうだけれども、児玉先生そ の他法曹界の話ではそういうものが出てくるとどうなるか。だから、エビデンスとガイ ドラインの関係というのは何かありますか。 ○児玉  法曹界というよりは一般企業の生産管理の観点から言うと、最近はやりの生産管理、 QCというのもとうの昔の古い話になってシックスシグマ、シグマというのは標準偏差 ということですけれども、要するにばらつきをどうするかということが生産管理のとき に非常に悩ましい問題で、ばらつきはなくなってしまうと創造、クリエーションがなく なってしまいます。  ところが、そのばらつきを放置していると標準化もできないし、管理もできない。そ れで、医療の中で今ばらつきをどう処理するかという問題意識の中で、むしろ私はEB Mはばらつきを認識する道具だ。そして我々に思考をさせる、ばらつきを認識して考え させる道具なんじゃないか。そして、ガイドラインはむしろそのばらつきを抑えてきち んと管理をして、ある範囲で適正なアウトカムをどうやって導き出すかというツールな んだろう。 EBMとガイドラインというのはばらつきという観点から見たときに、相 対立する要素、あるいは相互に補完する要素がやはりあるんじゃないかという気がする んです。それで、我々は逆に言うと気がつかないうちにばらついているという最も危険 な状況にひょっとしたらあるのかもしれない。そうじゃなくて、あるスタンダードを認 識した上でクリエーションのためにあえて選択肢を増やしていく。そういう意識的なば らつきの管理というのが必要なんじゃないかと思います。 ○柳澤  今、皆さんから議論がありますように、EBMとガイドラインというのは私自身の解 釈としては、EBMというのは一つの行動様式、あるいはもう少し詳しく言うと入手可 能な範囲で最も信頼できる根拠を把握した上で一人ひとりの患者さんの背景を考えて最 も適切な医療を選択する行動だと。それに対してガイドラインというのは、ある適切な 診療の範囲を規定したもので今、児玉先生が言われたことに近いと思います。  そういう観点から言って、今、厚生労働省が推進しようとしているEBMに基づくガ イドラインという言い方に違和感を感じる人が結構いるんじゃないかと思います。 ○黒川  そのほかに、これについてはどうでしょうか。いろいろ聞いていただいて、確かにE BMという言葉とガイドラインというのは随分混ざっているように出ているところが あって、少しコンフュージングかなと思います。  あとはクリニカルパスみたいなものは医療事故を減らすとか、そういうことからもち ろん診断とか、お互いに共通のより正確な言葉でしゃべることが必要なんだけれども、 今はクリニカルパスの作成とかいろいろなことをやっていますが、これは患者さんに対 してお医者さんも看護婦さんもいろいろな病院のスタッフも患者さんのファミリーも患 者さんも、こういうプランでいくんだなということでお互いにやることをシェアしてい ますから、そういう意味で例えば変なところで事故が起こりにくくするとか、お互いに 期待値と実際にやっていることのちゃんとペースが合うんだよという意味では非常にこ れはよくなってくると思います。そうなることによって複数の人が同じことを、明日は どういう予定なのかなということがシェアされるのは大変いいと思うんですが、そうい うところとガイドラインとEBMのような最近のデータがあるよというような話をどう 組み合わせていくかということで、こういうこととしては医療事故というのは非常に大 きな問題なので、これについては法曹界の方から何かありますか。これをいかに進めて いくかということです。 ○鈴木  一方で非常にばらつきの多い医療の実態からすると、そのばらつきを小さくするとい う意味で標準化が求められる。  他方、終末期医療などは典型ですけれども、個別性を重視した一人ひとりの患者さん の個人の尊厳を基にした個性的な医療をつくり、画一化を防がなければいけない。こう いう2つの一見、矛盾するような要請があるわけですけれども、そのことをガイドライ ンと医師の裁量でどうやって実現していくのかということになると、結局堂々巡りに なっていくような感じがしないでもないんです。  そういう中で大事なキーワードは、インフォームド・コンセントに象徴されるような 患者と一緒に決めていくということをかみ合わせていかないと、ガイドラインとか診療 の個別性だとかということは完結しないのではないか。つまり、何が一番いいのかを医 師が決めるという時代から、もっと科学的に選択肢を広げて、有効性、安全性につい て、主治医の意見は重要な意見の一つではありますけれども、最終的には選択肢を広げ て患者と一緒に決めていくという患者の選択権を保障するような医療で、そこに資する ことが診療の質や患者の満足度を上げていく。それは個別の医師の裁量権も非常に重要 な戦略になるし、ガイドラインの存在も重要な戦略になる。医療事故でそういうことが 問われているとは言いませんけれども、それがあるべき姿なのではないか。実際に医事 紛争、医療裁判になっているケースを見ると、そういうコミュニケーションと無縁なと ころで前近代的な医療がまだまだ行われているという印象を受けます。 ○黒川  それについて、ほかのパネラーの方はどうですか。 ○石田  まさにそのとおりです。  ただ、その患者が決める場合にやはり寄りどころになるものが今はないわけなんで す。結局、医療情報を持っているのはこれまでは医者だと。それで、患者の方は何もな いからおすがりするしかないという状況から、今は変わりつつある。それで、EBMの エビデンスということ自体はいろいろなことで更新はしていくんでしょうけれども、あ る時期にはあるものがとりあえず推奨できますよという形で見られるようになれば患者 としてもそこで判断できるようになる。これがないと、ここから先が今度は患者の自己 決定、意思決定ということになっていくと思うんですけれども、そのベースがない限り はそこに誤りが起こる可能性が十分あるんです。それはやはり患者側としては是非とも 欲しいと思います。 ○鈴木  そうでしょうか。エビデンスのない分野はいっぱいあるわけです。エビデンスのない 分野は患者が決められないと言い切れるでしょうか。エビデンスがなくても決めなきゃ いけないんです。エビデンスがあれば、それを参考にして決めるということはあって も、患者は決めなきゃいけない。エビデンスが本当によりどころになるのかどうかとい うのはエビデンスの質にもよるわけです。  つまり、エビデンスはあるのかという疑問に答えて、エビデンスがなくてもあっても いいわけです。あるんだったらどういうエビデンスがあるのか。そのエビデンスの質は ちゃんと真のエンドポイントが設定されているのか。代理使用にすぎないのではない か。腫瘍は小さくなるけれども、生命保護に代わりはないのかどうか。腫瘍が小さくな るというのも一つのエビデンスですけれども、その結果、生命予後に改善はないという のはエビデンスがないとも言えるわけですね。だから、エビデンスは確立しているもの ではなくて、不安定な中で、だからよりよいものをだれが決めるのか。一緒に決めるし かないじゃないか。そのときに可視性、透明性を高めて不安定な状況を決めていくとい うルールを決めようじゃないか。その中にEBMだとかガイドラインというのは一つの というか、今エビデンスが余りない中で極めて重要な主張の一つになるにすぎないと思 うんです。  だから、患者が決めるんだというところに医師は役割をきちんと果たしていくんだと いうことがプログラムとしてあれば、エビデンスがなくても決められるんじゃないかと 思います。 ○石田  まさに先生のおっしゃるとおりなんですけれども、現在あるエビデンスすらも患者に はなかなか伝わってこない。その中でデシジョンを求められても、それはやはり困って しまうし。 ○鈴木  でも、それは言わなきゃいけないでしょう。 ○石田  だから、あるのです。あるものはやはり見たい。より参考にした上で最終的に自分で 判断する。しかし、あるのに見られないという状況が今かなりあるところに問題がある と思います。 ○鈴木  あるのに見られなければ、決定はゆがむかもしれないと思います。決定はあるんだろ うと思います。 ○石田  それに、それを知っていたら違う決定をしていたかもしれないということです。 ○黒川  もう一つ、「これは非常に大事なあれかなと思っていて-除去」最近いろいろ問題に なっているんですが、EBMというのはだれのためにあるのかということと、実際に患 者さんとのいろいろな意味からいうとコミュニケーションというのはもっと大事なん じゃないのという御意見がありますが、それはいかがでしょうか。 ○石田  私も最近、また別の病気で近所の町医者から紹介されて大学病院に行ったら、本当に 3時間待たされて3分診療という現状がありまして、これは現状なんですね。では、そ ういう中でどうするのかといったときに、そういったEBMに基づいたガイドラインが そこにあって、それを読んで、なおかつ最初の町医者のところでもらった診療情報提供 書とかを持って、全部自分が勉強した上で医者に行けば3分でも実りのある対話になる んです。  だけど、そこに全く何もなしで行ったら3分などというのはあっという間に過ぎてし まう。そういう意味でも、非常に患者にとっては重要だと思うんです。また、患者もそ ういうふうにしていかなければいけないと思います。 ○黒川  それはどうでしょう。ちょっと聞いたんだけれども、町医者というのは皆さんのかか りつけ医というか、普段の主治医という意味で使っているんでしょうね。そうでもない んですか。 ○石田  それは、近所のという意味です。そこには普段行かない病気で、だから行っていない ということです。 ○黒川  それがかかりつけ医の問題かなと思います。私の家なども普段はうちのワイフも皆、 近所のお医者さんに見ていただいています。一々大きな病院に行っているのではなく て、やはり普段からずっとコンティーニュアスに知っている方が見ていただいているの が一番いいんじゃないかなとは思っています。 ○石田  そのときはMRIを撮らなきゃいけなかったので、大学病院に行ったんですが。 ○黒川  もちろんそこから紹介されて行って、その方が常にあなたのことと家族も含めた価値 観とかバリューを全部モニターしているというか、持っている人がいると非常にいいん じゃないかなと私は思うんです。そうじゃないと、こちらに行って何かやって、こちら に行ってまた何か検査をして、あなたはデータを持っているんだけれども、それを相談 するお医者さんがどこにもいない。それがかかりつけ医の問題だと思います。  さて、もう一つはガイドラインとかEBMを実際にやるのに保険適用を行うためには 医療経済性の証明を行う必要がある。例えば、DRGPPSとかEBMとか医療経済に ついてどういうふうに考えますかということです。これは柳澤先生、小児救急は小児科 の先生もいないし、大変だしということから言うといろいろ難しいですけれども、いか がですか。 ○柳澤  私は小児科医の立場で端的に言えば、今ある30兆の医療費の中で小児の部分に使われ ているのは1兆何千億円と非常にわずかです。そのうち、老人医療に対してはその30兆 のうちの40%です。ですから、小児医療の医療費を抜本的に大きくすることは全体の大 きさから見て決して大変なことではない。是非そうしていただきたいというのが、黒川 先生流の言い方をすれば国民の皆さんにそういう方向に声を挙げていただきたいという ことです。 ○黒川  そのほかにどうぞ。 ○生坂  EBMをやれば、それが正しいものであれば国民の健康のQOLが上がるわけですか ら、病気の人が減って医療費が経るという理屈になるわけですし、例えば従来抗菌薬を 投与した部分の無駄がなくなるという意味では医療費は抑えられると思うんですが、逆 に先ほどの個別化と、ガイドラインがどちらかというと標準化であれば、EBMが少し バリエーションをかえってつくるんじゃないかという御意見だったと思うんですが、ま さにそのとおりで診療の幅は広がるわけですね。  ただ、そのときにEBMで新たに証明された薬品なり治療法がすぐに保険適用になら ない場合は医療費がどんどん減る方向で、新しい治療法がなかなか取り込めないことに よって医療費は上がらないかもしれないですけれども、そういう正しいEBMの普及に 心掛けていただければ、医療費は必ずしも抑えられないんじゃないか。その道具にはな らないんじゃないかという感じがします。 ○石田  がん分野で言うと、先ほどから出ているようにローカルドラッグがかなり蔓延してい て、しかも過去にほとんど効果がないというふうに言われて、ほとんどこの世から消え たかなと思っていたら、結構地方に行くと出されていたりするんです。そういうものこ そまさにEBMに反しているというか、そこに無駄があって医療経済を圧迫している。  厚生労働省としては、例えば5年ごとくらいに承認した薬を見直していると言ってい るんですけれども、ほとんどそういうのは消えていかないです。消えない限りは使われ る。特に安易に出せるものはそうです。そういうことが明らかにEBMというものが進 んでいけば淘汰されていくんじゃないかなと思うんですけれども。 ○黒川  どうでしょうか。 ○生坂  脳代謝復活剤が一時そういう運命をたどりましたね。だから、そういう面はあると思 います。 ○鈴木  10年たって何千億円も使うということですね。私は薬の民間監視団体の代表もしてい るんです。医療から薬を奪われたら何もすることがないというくらい薬はお金の面でも 行為の面でも医療の中心をなしていると思うんです。薬についての有効性と安全性の審 査をもっと厳密にやるだけでも医療費は圧縮されます。効かないというエビデンスがあ る、危ないというエビデンスがはっきりしているようなものもかなり出回っているわけ です。危なくなければ効かなくてもいいという例はたくさんあるわけです。ここのとこ ろをもっと厳密にやっていけば、医療費はかなり圧縮されてくるのではないかという気 がします。今でも風邪症候群で抗菌剤を処方されるなどというのは別に珍しい話ではな いですね。 ○黒川  それについては関連したことがあって、確かに普通高血圧の治療というと、日本とか アジア、香港も同じパターンなんだけれども、大体一番多いのはカルシウム・チャンネ ルブロッカーで、8割の人がそうです。ベータブロッカーを使っている人もいるけれど も、ごくまれで、今、専門語を言ってすみません。利尿薬というのはいいんですけれど も、利尿薬の使い方は日本と香港と台湾で非常に少ないです。50%以下です。  どうしてでしょうか。今まで薬価とかいろいろなことがあったのかもしれないけれど も、これがなくなりましたから、やはりお医者さん同士でこういうステップでいきま しょうという話がもっと普及してくれば、今までは薬科でお医者さんの収入がなるよう になったのが今度はなくなってきますから、それによってだんだん治療のガイドライン というのは出てくるんじゃないかと思います。  藤島先生、何かありますか。 ○藤島  利尿薬につきましては、つい最近、欧米の大規模臨床試験で続々と有効性が更に証明 されておりますので、日本におきましても利尿薬の見直しは必ずやらなくてはならない と思います。  ただし、日本の医師は利尿薬が持つ代謝面へのマイナス面を非常に嫌っておりまし て、利尿薬の使用頻度が欧米に比べて低い。なお、欧米にベータ遮断薬や利尿薬のエビ デンスがもっとも多いのは、開発されて随分時間がたっているので、当然そのエビデン スが積み重ねられたからです。一方カルシウム拮抗薬あるいはACE阻害薬、最近のA RBはまだまだ歴史が浅いのでエビデンスが積み上げられていないのが実状です。  それから、私も自分がガイドラインをつくった本人でありながら、余りにもガイドラ インに縛られるとかつての"医者のさじ加減"がなくなってしまうのではないかと危惧し ます。先ほど医者は効かない薬を投与しているというお話が出ましたが、果たして本当 に効いていないだろうかとも思います。私は余りガイドライン・イズ・ベストという考 えは個人的には持っておりません。私は黒川先生と同じ年で、多少この中では古い年代 の医師ですので、こういうことを申し上げるのかもしれません。 ○黒川  そのほかに、こういうEBMということをどんどん一般の国民の間に広げていくと 今、日本はインターネットでいろいろな情報も得られるし、多分自動的に訳せるものが 出てくると、お医者さんから妙な知恵を患者につけないでほしい。外来がパニックに なってしまうなどというような意見が結構あるのかなというのと、患者さん側からこう いう知識を持ってお医者さんのところに行っても今の担当医に嫌われるだけ。それか ら、それを知っていても実践してくれる医療機関が身近にないのかなという話がありま すけれども、この辺りはどうでしょうか。 ○生坂  やはり現場の医者として、自分が知らない情報を突き付けられた場合は心中穏やかで ないです。したがって、開業医の方もやはり勉強しておかなければいけないということ で、どういう情報を突き付けられても対処できるような懐の広さというのはもちろんで すけれども、やはり勉強しておくことが時代の流れですからやむを得ないんじゃないか と思います。ここは勉強するしかないし、この流れは止められないと思います。 ○黒川  ただ、アメリカの大学病院などを見ていると、ハーバード大学の病院などは入院して いる患者さんの大体6割は自分でEBMを全部勉強してきていますし、病気になれば患 者さんの家族も入っていろいろなことをやりますから、ほとんど知っている。それで、 中に行くといろいろなボランティアがいて、あなたは何でここに来ているの、それだっ たらちょっと探してみましょうとメッドラインか何かで幾らてもやってくれる。  だけど、お医者さんは一つの病気を深く知っているわけでは必ずしもないので、やは りお互いの会話をするというツールがすごく大事なわけで、皆さんが言っているように 患者さんの生き方とか、人生とか、家族とか、いろいろなファクターがあるわけで、患 者さんの方でデシジョンをする一つの選択肢の多様なものをいろいろ差し上げるという サービスがすごく大事なんじゃないかと思います。それは生坂先生が何でも知っている というわけではなくて、ファンダメンタルがわかっていればスペシフィックな方を勉強 をさせていただいていますという意味でしょうか。  飯野さん、どうですか。 ○飯野  以前、乳がんの患者さんの団体を取材したのですが、患者さんたちはアメリカとか海 外の最新の治療法などを日本語に訳して、それを日本の乳がんの専門医に送り付けてい ました。がんの患者さんの中にも英語とかフランス語とかいろいろな言葉のできる方が いらっしゃるので、早いですね。私たちは乳がんについてはお医者さんよりもプロで す。自分はこの病気については知っています。お医者さんはいろいろな病気を知らなく ちゃいけないかもしれないけれども、乳がんの患者は乳がんのことはプロですよという 話しをなさっていました。やはりお医者さんも勉強していただき、患者も勉強するとい う形でいい方向に持っていければいいなと思います。  あとは、海外で勉強をなさった経験のあるお医者さんとか、若いお医者さんたちはす ごく勉強をなさるけれども、そうでないドクターもいる。患者が何か言ったらうるさい と言うような人たちもいるわけで、そこら辺の意識改革も必要ではないかと思います。 医療の質を高めるためには、医師免許の更新制など考えてもいいと思います。1回免許 を取っただけでずっと診療を続ける仕組みがいいのかどうか。本当にこの人たちは大丈 夫なのという医師もいるので、更新制なども考えてもいいかなと思います。 ○藤島  私は1999年のWHOと国際高血圧学会の高血圧ガイドラインの改定委員を務めまし た。世界から22名が日本に集まって3日間ホテルに缶詰で、ガイドラインの改定作業を 行いました。しかし、私は改定委員としてつくづく感じたのは、このガイドラインも決 してベストではないと言うことです。彼らも決してエビデンスに基づいてガイドライン をつくっているのではないことを痛感しました。国際高血圧学会のガイドラインであり ながら、あれは白人用のガイドラインなんです。やはり日本人独自のガイドラインの必 要性のもとに、2000年に初めてわが国のガイドラインを作成しましたが、日本人のエビ デンスが乏しいことも事実です。 ○四宮  整形外科では生命を脅かす腫瘍のような疾患は比較的少ないと思います。そうします と、残念ながらインターネットのホームページ上でガイドラインっぽく書いてあって、 しかもそれが民間医療に近いくらいの程度の治療でしかない内容であり、それが立派な 治療法として大きい顔をして通っていることが多いようです。ですから、そういう治療 を何とか排除していきたいと考えています。整形外科疾患は多くは死に直面するような 病気じゃないですから、患者さんにとってはそれこそエビデンスがあって、しかも大金 をかければそれだけの効果があると誤解して結構軽い感じですっとその治療法にいっ ちゃうことがあります。そういうことを何とか防ぎたいと考えていまして、ガイドライ ンで少なくとも患者さんが誤った治療法を受けることを防げれば多少は皆さんのために もなれるのではないかと考えています。 ○黒川  議論が尽きないと思うんですが、今日はEBMということについて皆さんと意見の交 換のできる場所で、特に学会あるいはお医者さん側はどうしているのか。それから、特 に小児の救急で今、非常に小児科の問題が多くなっていて、子どもさんが少ないんだけ れども子どもさんは将来の財産ですからもっと大事にしなくちゃいけないなと思います し、また医療訴訟ではないんですけれども、JDの方たちの役割、それからメディアあ るいは患者さんを代表してパブリックからどういうふうにこれを認識しているかという 非常に面白いパネルができたと思います。  まだいろいろあって御不満もたくさんあると思いますけれども、しかしこういう会話 の場を設定することによって、EBM、EBMと言われているのは一体何なのか。ガイ ドラインと言っているけれども、金科玉条のように思われても困るわけだし、日本にな いからと言ってほかのは使わないというわけでもなくて、それはその中であるわけだか らある根拠に従ってそういうふうに皆さん動いているわけですし、こういうことは常に 医療全体をよくする。つまり、お医者さん側がよくするわけではなくて社会と一緒に築 いていこうという話で、今までの上下の一方的に押しつけられたのがそうではなくて、 そちらと一緒によりよい医療を構築していこうという一歩なんじゃないかと思います。  それは情報化ということが非常に大事なので、実は先週たまたま用事があってパリに 行っていたんですけれども、パリにはコロンビア大学が戦争中につくったアメリカン・ ホスピタル・パリというのがありまして、これが唯一アメリカの国外でアメリカの病院 協会と「JCAHO」の2年ごとに視察を受けている病院なんです。それで、外国人がた くさんいてアメリカの先生もいるんだけれども、そこでちょっと聞きましたら、フラン スではEBMとかいろいろなことを言っているが、インフォームド・コンセントとかそ ういう話は出ているのと聞いたら、とんでもない。フランスのお医者さんにそんな話を したら、患者さんには何も知らせない方がいいんだ、ちゃんとこっちは一番いいことを やっているんだからというような関係がまだ多いようです。  もちろんアメリカン・ホスピタル・パリですからむしろそうじゃなくて、一般のフラ ンスのお医者さんというのはもっともっと権威があるという話を維持しているというこ とです。日本はそういう意味では非常にアメリカにどうしても戦後近い存在ですので、 何でもアメリカアメリカとなりますけれども、アメリカの社会の構成とかシステムの動 き方というのはかなり違いますが、情報化だとそれがいいかなと思うのであれば、なる べくそちらの方にどう動かしていくかということが一番大事なんじゃないか。それで、 それぞれの担当者がそれぞれの自分の職業の中でそういう一つの目的に向かって何をす るのかということをお互いに会話を促進しなくちゃいけないし、理解を進めるにしても さっき言ったように半日の外来で50人も見させられるんだったら説明している時間もな くて、病院の入院している患者さんを見ているとつい忙しくて、患者さんに十分にいろ いろなことで会話をしてあげられなくて、お互いに非常に不満が残ってしまう。  ドクハラ、ドクターハラスメントなどというのはとんでもない話ですけれども、十分 説明してくれない。お医者さんにしてみると、説明する時間もないということで診療さ れているのではたまらないということがありますので、是非、厚生労働省の医療政策も もう少し国の公共投資のプライオリティがだんだん変わっていく時期ですね。今の公共 事業に投資をしているのはどうしても昭和30年代の投資パターンですから、それが変わ らないというところにひとつ問題がある。そのときにどんどん情報が入ってきているか ら、今までの既得権のある人たちと、新しい世の中を築く人たちの間の攻めぎ合いがい ろいろなところで起こっているのではないかと思います。  こういう機会を今日つくっていただいて大変よかったと思っています。先生方ともい ろいろ会話ができましたので、こういう機会を常につくりながら、是非情報を共有しな がらよりよい医療をつくっていきたいと思っております。本当に今日はお忙しいところ をありがとうございました。また次の機会にと思っております。 8.閉会 ○司会  どうも皆様、ありがとうございました。黒川先生、パネラーの皆様、ありがとうござ いました。  最後にお知らせがございます。本日いただきました質問が実は余りにも多過ぎて、最 後に消化不良で御回答できませんでした。いただいた質問に関しましては、厚生労働省 のホームページで回答できるものに関しては回答を付けてお答えしたいと思います。い ただいた中には質問以外に御意見、御感想もございましたが、これも合わせてホームペ ージの方に載せさせていただきたいと思います。  合わせまして、申込みで使いましたファックスとEメールがございますが、ファック スに関しては月曜日まで、Eメールに関しては2月28日までまだ使えますので、今日の 御感想、また質問票に書けなかったような御質問等がございましたら、申込みに使った メール、ファックスと同じようにお寄せいただければ、会場で回収した質問票と同等に 扱わせていただきます。いつになるかはわかりませんが、厚生労働省のホームページの 方にすべて載せさせていただきたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたしま す。以上でございます。 ○黒川  それでは、どうもありがとうございました。                                     (了) <照会先>  厚生労働省 医政局 研究開発振興課 医療技術情報推進室   電話(代表)03−5253−1111   担当:武末(内2589)、嶺(内2588)