資料5 |
1.基本的事項
水道水の水質検査は、製品としての水道水の水質が、水質基準に適合していることを確認するために水道事業者が行うものである。水道水が水質基準に適合していれば、水道事業者は安全な水道水が供給されていることを知ることができ、利用者も水道水の安全性について十分な信頼を寄せることができる。
しかし、水道では、原水の取水から利用者への給水までが、水道システムを通して常時連続的に行われている。また、通常、水質検査のための試料を採取してから結果が得られるまでにはある程度の時間のずれを伴う。そのため、万一、水質検査の結果が基準に適合していないことがわかっても、その水はすでに浄水場や配水池を出てしまっていて、利用者の手に渡るのを止めることはほとんど不可能である。
このようなことを踏まえて考えると、水道水の安全確保を図るためには、水質基準に対する適合性評価のための水質検査だけでは不十分であり、以下で述べるような水質管理に関する総合的アプローチが是非とも必要である。
2.総合的アプローチによる水質管理の必要性
今日、水道水の安全確保を図るためには総合的なアプローチによる水質管理を適切に行うことが不可欠であるとの考え方は、世界的にも共通の認識となりつつある。
食品衛生の分野では、わが国でもHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)の考え方を基礎とする規制がすでに導入され、現場ではこれに基づいて実際に工程管理が行われるようになってきている。水道の分野においても、WHOでは2003年の飲料水水質ガイドラインの改訂において、新たに"Water Safety Plans"の名のもとに、HACCPの概念を水道の水質管理に導入しようとしている。このような動きの主な要因は、塩素消毒に対して極めて耐性が高いクリプトスポリジウムに起因する水系感染症が、わが国を含めて多くの先進諸国で相次いで発生していることである。これまで、わが国だけでなく世界各国において、塩素消毒を行うことにより病原性微生物の不活化が図れると考えられてきたが、今やクリプトスポリジウムのような原虫に関する限り、このような考え方を根本的に改める必要がある。
また、わが国の水道の現状について考えてみると、その普及率や整備状況は世界の平均的な水準と比較するとすでに十分に高く、水道水の安全確保につき改めて規制することの必要性は取り立ててないものと思われがちである。しかしながら、表流水等の水道原水は有害化学物質や病原微生物によって広く汚染されており、一方、浄水処理は依然として砂ろ過を中心とした処理技術が中心である。近年では、高度浄水処理として活性炭やオゾンを利用した浄水技術の導入も図られているが、このような場合でもすべての有害な汚染物質を確実に除去し得るわけではない。さらに、水道用資機材や給水装置からの化学物質の溶出並びに浄水薬品の使用に伴う水道水の汚染は、今後とも水質管理上の重要な課題である。以上のような水質管理上の問題に関して、水道水の安全確保の面からの取り組みが十分と言える水道は、全体から見ればごく一部に過ぎない。そして、大多数の水道においては、突発的な事故による原水汚染のおそれを含めて多くの不安を抱えているのが実情である。
このような水道の現状に対して、上記のような水質管理に関する総合的アプローチといった観点から眺めてみると、わが国の水道に関する法規制では、水道法を初め、水道法施行令、水道法施行規則を初めとする省令、さらには各種通達等に、様々な要件が系統的な整理がないまま示されている。クリプトスポリジウム等の原虫類の汚染対策についても、「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」等を策定して、これらに基づく行政指導が以前から行われているところであるが、水道の水質管理に関する規制の体系的整理といった観点から見て、現状における規制ははなはだ不十分と言わざるを得ない。
以上のことから、わが国においても、今後、水道水の安全確保を目的とした水質管理のあり方につき、法規制を明確化することが重要であると考えられる。
3.水道水の総合的な安全確保のための行政施策のあり方
水道水の安全性を確保する上で重要と考えられる事項で、各水道事業者が水質基準等への適合状況とは別に日頃から、情報の収集・整理、現状における問題点の把握、さらに何らかの問題が生じた場合に備えての対処方針の策定等を行っておくべき事項として、以下のようなことが上げられる。
(1) | 集水域における汚染源の分布状況 特定事業場、畜舎、ガソリンスタンド、廃棄物埋立処分場 表流水の場合には主要汚染源から取水口までの到達時間も |
(2) | 水源水域の水質特性 |
(3) | 浄水処理方式と関連づけた浄水処理による汚染物質除去の可能性 |
(4) | 突発汚染事故の可能性 |
(5) | 配水過程における水質の変化特性 |
(6) | 給水装置における鉛管の使用状況や浄水器等の設置状況 |
(7) | 簡易専用水道の設置・管理状況 |
(8) | 小規模貯水槽水道の設置状況 |
これらに対して、水道水の安全確保を図る上で基本的に必要な方策としては、次のようなことが上げられる。
(1) | 集水域の監視とその適切な管理 | ||||||
(2) | 水道施設の整備とその適切な運転・維持管理
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(3) | 水質の常時監視
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(4) | 水道水の水質検査 |
このうち、(2)(1)に関しては「水道施設の技術的基準を定める省令」等において定められており、(2)(2)及び(3)に関してもその一部についてはこの省令において定められている。また、特に給水栓における残留塩素の確保に関しては水道法施行規則において定められている。このほか(4)に関しては、水道法等において定められている。しかし、その他のこと、すなわち、集水域の監視と管理、並びに、取水口から給水栓に至るまでの水質の常時監視に関しては、現状においては通達によりその一部が示されているだけで明確な法規制がない(末尾の[参考]を参照)。また、水道施設の運転・維持管理に関しても、その多くは水道事業体の自主的な運営に委ねられている。
水道法においては、水道水が水質基準に適合しない場合には給水停止等の措置を取ることとされているが、水道水の安全性を確保するためにはそれ以前に日常的に行うべきことが多々あり、しかも基本的に重要なこれらのことに関して、上記のように法規制の面で不十分な点が多い。これらの点に関しては、今後すみやかに解決が図られるべきである。
わが国の現状から見て、水道水の安全確保を図るために重要な事柄の一つは、集水域の監視とその適切な管理である。先進的な水道事業体においては早くからこの問題に取り組んでおり、中には集水域の汚染源地図を独自に作成して、突発的な原水汚染事故の対策等に活用している水道事業体もあるが、大半の事業体は集水域の状況に対する関心が薄く取り組みも極めて不十分である。水道の集水域における諸活動や開発行為に関して、規制措置を期待することは困難な現状にあることから、それに代えて少なくとも集水域の日常的な監視を怠らないことが、水道水の安全確保を図る上で極めて重要であることにつき、水道事業体に対して周知を図るとともに最低限の監視義務を課すべきである。
水道水の安全確保を図る上でいま一つ重要な点は、水道施設の運転・維持管理を常に適切に行うことである。埼玉県越生町におけるクリプトスポリジウム症集団感染事故は、そのような面での貴重な教訓とすべきものである。満足な水道施設が整備されていて、法令で定められた定期の水質検査を行っているだけでは水道水の安全確保は図れないことを、この事例は如実に示している。日常における水道施設の適切な運転・維持管理は、水道水の安全確保を図る上で何よりも重要である。そして、水道施設の運転・維持管理に関する記録の作成と保存について、現状では法規制が全くないが、これらに関しても水道事業体に対して一日も早く明確な義務を課すべきである。
4.水道水の安全確保を図るために日常的に監視すべき水質項目
今日、水道水の水質を評価するために用いられる水質項目は約200項目に及んでいる。これらのうち多くは、水道水として最低限保持すべき水準として、水質基準として指定されるべき項目である。しかしながら、水道水の安全確保を図るために日常的に監視すべき水質項目は、製品としての水道水の水質を評価するために用いられる水質項目、すなわち水質基準項目とは必ずしも一致しない。工程管理項目とも呼ばれるこれらの水質項目について、適切な箇所において日常的に監視を行うことは、水道の水質管理において極めて重要である。
水道水の安全確保を図るために日常的に監視すべき主な水質項目としては、水温、pH値、臭気、味、濁度、色度、過マンガン酸カリウム消費量、アンモニア性窒素、アルカリ度、UV260(波長260nmにおける紫外部吸光度)、電気伝導率、残留塩素等が上げられる。これらの水質項目はいずれも水の基本的な性状を把握する上で重要な項目で、しかも容易に測定することができる。これらの水質項目について監視すべき対象水としては、表−1に示すようなものが考えられる。
この表に示したような日常的な水質監視は水道の水質管理において最も基本となるものであり、一般の多くの浄水場においてもかなりの程度まで現実に行われているが、このような面からの水質監視は、現行の水質基準における水道水が有すべき性状に関連する項目に関する水質検査とは、明らかにその趣旨が異なるものである。これらの水質項目に関する日常的な水質監視を通して、原水、浄水、給水栓水等の水質に異常がないことや、浄水施設等の運転管理が適切に行われていることを絶えず確認する必要があることを、法規制上においても明確に規定すべきである。
表−1 | 水道水の安全確保を図るために日常的に監視すべき主な水質項目と その主な監視箇所(急速ろ過方式の場合) |
水質項目 | 監視対象とすべき水 | ||||
原水 | 沈澱水 | ろ過水 | 浄水 | 給水栓水 | |
水温 | ○ | ○ | ○ | ||
pH値 | ○ | ○ | (○) | ○ | ○ |
臭気 | ○ | ○ | ○ | ||
味 | ○ | ○ | ○ | ||
濁度 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
色度 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
過マンガン酸カリウム消費量 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
アンモニア性窒素 | ○ | (○) | (○) | ||
アルカリ度 | ○ | ○ | ○ | ||
UV260 | ○ | ○ | ○ | ○ | |
電気伝導率 | ○ | ○ | ○ | ○ | |
残留塩素 | (○) | (○) | ○ | ○ |
5.原水及び浄水過程等における水の水質監視体制のあり方
原水及び浄水過程等における水の水質監視を日常的に行うことは、実際には必ずしもそれほど容易なことではない。人手が足りない簡易水道等の小規模水道ではなおさらのことである。今日では、上記のうち多くの水質項目について自動測定機器が実用化されており、これらを積極的に導入することによってこの問題は解決することができる。
また、今日、水道原水を取水する多くの河川水系においては水道事業者による水質協議会が設置されており、突発的な原水汚染事故時における連絡通報体制の確立が図られている。このような水質協議会による活動をさらに発展させて、日常的な原水水質の共同監視体制の確立を図ることも有力である。特に、水道原水の重要な汚染物質である農薬に関しては、同一河川流域や近縁の水道事業者が協力して情報収集や原水水質監視にあたる必要があると考えられる。
[参考]水道原水の水質監視等に関する行政上の取り扱い
水道原水及び浄水過程等における水の水質監視については、法令で明確に規定されていない。
水道法第22条では、「水道事業者は、厚生労働省令の定めるところにより、水道施設の管理及び運営に関し、消毒その他衛生上必要な措置を講じなければならない。」とされている。そして、これを受けて水道法施行規則第17条では、水道事業者が講じなければならない衛生上必要な措置として、その第一号において「取水場、貯水池、導水きょ、浄水場、配水池及びポンプせいは、常に清潔にし、水の汚染の防止を十分にすること。」としている。このように、原水や浄水過程等の水に関しては、日常の水質監視等のあり方について法令では具体的に定められていないが、「水質基準に関する省令の施行に当たっての留意事項について」(平成5年12月1日衛水第227号水道整備課長通知)においては、前掲のとおり、健康に関連する項目についての水質異常時の対応として以下のように示されている。
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このほか、「水道法の施行について」(昭和49年7月26日環水第81号水道環境部長通知)では、前掲のとおり、定期及び臨時の水質検査に関して以下のように示されている。
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「水質基準に関する省令の施行に当たっての留意事項について」(平成5年12月1日衛水第227号水道整備課長通知)では、水質異常時の対応の中で、「水源又は取水若しくは導水の過程にある水か、浄水操作等により除去を期待するのが困難な病原生物若しくは人の健康に影響を及ぼすおそれのある物質により汚染されているか、またはその疑いがあるとき」には、関係者への周知や水源監視の強化を図るべきことが示されている