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資料2
(別紙2)

生殖補助医療技術を理解するために
〜高度先進医療技術を用いて、不妊治療をおこなう〜

図 生殖補助医療って なに?

不妊で悩むカップルに妊娠のチャンスを与える高度な不妊治療のことです。

歴史
 昭和58年に日本最初の体外受精による出生児が報告されました。当時は「試験管ベビー」という言葉が巷で賑わいましたが、その後、体外受精は不妊に悩む夫婦の有力な不妊治療法として定着し、平成11年には11,929人の赤ちゃんが体外受精(顕微授精を含む)で生まれており、年間の出生100人に1人に達しています。現在までに6万人の赤ちゃんが体外受精関連技術によって誕生していると言われています。また、平成11年の厚生科学研究の全国調査によると不妊治療を受けている人が、約28万4千人と推定されました。提供された精子による人工受精(AID)は、1949年から始められ、この技術により今まで1万人生まれているとされています。
 一方で、生殖補助医療には技術的問題だけでなく社会的課題も含んでいることから、日本産科婦人科学会は種々の規定を設け、対応してきましたが、なお、生殖補助医療に第三者が関与する問題や生まれてくる子どもの権利に関する問題などが専門家の間でも議論となっています。厚生省(現厚生労働省)に設置された「生殖補助医療技術に関する専門委員会」(以下「専門委員会」という)は代理懐胎(第三者が妊娠出産をおこなうこと)を除く、精子・卵子・胚の第三者提供による生殖補助医療について一定の条件のもとでその実施を認めるとともに必要な制度整備を3年以内に行うことを求めました。現在、厚生労働省に設置された厚生科学審議会生殖補助医療部会においてこれらの具体的化について検討中です。

1949年(昭和24年)に日本において初めてAID(提供された精子による人工授精)による赤ちゃん誕生
1978年(昭和53年)に体外受精による世界初の赤ちゃんがイギリスで誕生
1983年(昭和58年)に日本において初めて体外受精による赤ちゃんが誕生
1985年(昭和60年)に日本産科婦人科学会で「体外受精・胚移植の臨床実施」の「登録報告制」施行
1988年(昭和63年)に顕微授精・SUZI法、1992年(平成4年)にICSI法による赤ちゃん誕生
1998年(平成10年)に厚生省に生殖補助医療技術に関する専門委員会を設置
2000年(平成12年)に専門委員会が報告書をとりまとめ


不妊症ってなに?
 妊娠を望んで性生活をおくっている男女が、2年以上妊娠しない状態をいい、夫婦の10〜15%が不妊であるといわれています。
 原因は男性にも女性にもあり、その割合はほぼ同じです。その他に原因が分からない場合もあります。
不妊の原因

図 不妊治療−不妊の状況に応じて、いろいろな方法があります−

女性の卵胞・基礎体温の変化
女性の卵胞・基礎体温の変化
図

図
体外受精を受けるのはどんな場合?
 タイミング法、配偶子間人工授精で妊娠できなかった場合におこなったり、不妊の原因の種類によってははじめから体外受精をおこなうことがあります。
 男性の原因は高度乏精子症・精子無力症・精巣上体などで、女性の原因は両側の卵管がつまっているときなどに体外受精をすすめられます。


その1 排卵日を特定してセックスをする。
タイミング指導

その2 特殊な器具で精子を子宮に注入する。
配偶者間人工授精(AIH)


妻の卵巣を超音波診断装置を用いて調べ、排卵時期をとらえてその時期に夫のマスターベーションにより採取した精子を、膣から特殊な注射器を使って注入する方法。 排卵誘発剤との併用が多い。
 一回の治療費は約5千円から1万円程度と言われており、妊娠成功確率は5〜20%程度と言われています。
配偶者間人工受精(AIH)

その3 培養液の中で精子と卵子を受精させ、子宮に戻す。
体外受精・胚移植(IVF-ET)


人工授精ができない場合や妊娠できなかった場合に卵子と精子を体外に取り出し、混ぜ合わせて受精(体外受精)させ、受精卵が8細胞くらいに分割した段階で子宮に戻す(胚移植)方法。
 一回の治療費は約20〜40万円と言われており、妊娠成功確率は18%程度と言われています。
体外受精の流れ
体外受精の流れ
配偶者間体外受精

その4 顕微鏡下で卵子の中に精子を送る。
顕微授精(ICSI)

体外受精では受精自体は自然にまかせますが、顕微授精では顕微鏡下で精子を直接卵子の中に送り込むことによって受精を助ける方法です。精子が少ないことなどで妊娠できない男性不妊に対する画期的な治療法となっています。
 治療費は体外受精より数万〜10万程度高めと言われており、妊娠成功確率は21%程度と言われています。
顕微授精

その5 その他に第三者の精子や卵子を用いたり、第三者が代って妊娠、出産する方法があります。
 現在、日本ではこれらの方法は非配偶者間人工授精(AID)を除いて、認められておらず、専門委員会に引き続き設置した生殖補助医療部会では、これらを認めるか否かを議論しているところです。第三者からの精子、卵子、受精卵(胚)の提供による体外受精や代理懐胎などについて現在の日本の状況を下記のように整理できます。

現在、行われており、専門委員会でも認められているもの 図1

図1
図1
図1 提供精子による人工授精(AID)
図2 提供精子による体外受精
図3 提供卵子による体外受精
図4 提供受精卵(胚)による胚移植
図5 代理懐胎(代理母)
図6 代理懐胎(借り腹)

現在、行われていないが、専門委員会では認められたもの 図2、図3、図4

図2
図2
図3
図3
図4
図4

現在、行われておらず、専門委員会でも認められていないもの 図5、図6

図5
図5
図6
図6

図 実際にはどのように治療をするのでしょう…

― 体外受精の手順 ―
その1.説明を受ける・・・ 医師から治療の方法や副作用について十分な説明を受けます
 (インフォームド・コンセント)。
図
 その2.卵子を取り出す・・・ これを「採卵:さいらん」といいます。
  (1)排卵誘発の準備 多くの場合、性腺刺激ホルモン放出因子誘導体(GnRHa:商品名スプレキュアなど)を鼻腔に噴霧します。これは採卵の直前まで、1日4回で2週間くらい毎日続きます。
  (2)卵子を成熟させる 排卵誘発剤(ヒト閉経ゴナドトロピン(hMG)、卵胞刺激ホルモン(FSH))の注射を、卵胞の大きさが十分になるまで、月経3日目から毎日おこないます。・・・1)このとき副作用は?
  (3)卵子のチェック 経膣超音波検査で卵胞の数や大きさをチェックし、採卵の日を決めます。
  (4)排卵を誘発させる 採卵の35時間前頃にヒト絨毛ゴナドトロピン(hCG)の注射をします。
  (5)いよいよ採卵 超音波の診断装置を用いて特殊な針を膣から挿入して卵巣に針を差し込み卵胞を吸引します。・・・2)採卵の危険性は?
  (6)卵胞を培養する 卵胞液は培養皿に移し、顕微鏡で見つけた卵子を洗浄し、培養液の中で培養します。
 その3.精子の採取・・・ マスターベーションによって採取し、洗浄してから元気な精子を取り出します。
 その4.卵子と精子を受精させる・・・ 卵子の入った培養皿に精子を加えて受精させます。これを「媒精」といいます(顕微授精の場合はこの過程を顕微鏡下でおこないます)。72時間後(3日後)に8細胞くらいに細胞分割した受精卵から妊娠に適した受精卵を選びます。
 その5.受精卵を子宮に戻す・・・ 胚移植といいます。これは膣から子宮に入れたチューブをお腹の上から超音波で確認しながらおこないます。この後着床(胚が子宮に固定されること)を助けるために黄体ホルモンが投与されます。子宮に戻す受精卵は多胎妊娠を避けるために、3個までとされています(日本産科婦人科学会1996年)。
 その6.妊娠の確認・・・ 胚移植から2週間後に妊娠が成立したか否かの検査をおこないます。
妊娠期間は40週です。

妊娠の確認

1) 排卵誘発剤の副作用(卵巣過剰刺激症候群 OHSS)

     排卵誘発剤によって卵巣が過剰に反応してはれたり、お腹や胸に水がたまったりする副作用です。お腹がはる、口が渇く、軽い腹痛など軽い症状から、激しい腹痛、嘔気、呼吸が苦しくなるなどの重篤な症状まで、個人差があります。軽症の場合は時間がたてば治りますが、重症の場合は入院して治療する必要があります。不妊治療の中で最も問題となる副作用です。

2) 採卵の危険性は…

     採卵は麻酔をするため痛みは無く、10分ほどで終了し、2時間程休んでから帰宅できます。
 まれに、内出血などがみられますが、危険性の少ない処置です。
図

生殖補助医療技術の課題  みなさんは、どうお考えになりますか?
↓
 不妊に悩む男女にとって福音となる治療法ですが、いくつかの課題があります。

 日本では専門委員会が一定の条件(下記)で提供精子、卵子、受精卵(胚)を用いた生殖補助医療技術を認める報告をしましたが、まだ、議論の分かれている点があります。以下、課題について説明します。

 第三者の精子、卵子、受精卵(胚)による体外受精を認める際の条件
 生殖補助医療部会では次のような条件を考えています。
(治療:第三者の精子、卵子、受精卵(胚)による生殖補助医療を受けること。 提供:精子、卵子、受精卵(胚)の提供)
(1)十分な説明と同意(インフォームド・コンセント)を必ず実施する
      治療を受ける夫婦や提供者に対して、医学的事項、生まれてくる子どもの出自を知る権利などについて十分理解できるように説明して同意を得る
(2)カウンセリングの機会の保障する
      実施機関では治療を希望する夫婦や提供を希望する人が自己決定できるようにカウンセリングを受ける機会が保障できなければならない
(3)親子関係を法律で確定する
      親子関係について法的に整備する
(4)提供者に関する情報の保存を公的機関でおこなう
      提供者に関する情報は公的な機関に保存され、生まれた子どもが出自を知りたい時には、提供者の情報が保存されている公的管理運営機関から情報を得ることができる
(5)生まれた子供の近親婚を防ぐことができるようにする
      生まれた子供は、自分が結婚を希望する人と結婚した場合に近親婚とならないことを確認できる
(6)提供は無償を原則とする
      商業主義を排除するため、提供は無償で行われることを原則とする
(7)実施医療施設の指定と指導・監督をおこなう
      実施は人材、施設・設備等の基準を満たす指定された医療機関でしかできないこととし、指導・監督される

 提供された受精卵(胚)による胚移植について(様々な意見があります)
 第三者から提供された受精卵(胚)の移植(3頁の図6)は、遺伝上の両親と育ての両親が異なることから、(1)子どもの「自己」の確立に影響を与える可能性がある (2)親子関係が不明確になる可能性がある (3)受精卵による治療が必要な夫婦はまれであり、実際上の必要性は少ない などの意見があります。一方で、不妊で悩む夫婦にはこの技術でしか妊娠できない場合もあり、そのような夫婦にとっては必要な技術だという意見もあります。

 代理懐胎(3頁の図5、図6)について(禁止と一部のケースに認めるべきであるとの両論あります)
 先天的に子宮がない病気などもあり、一部のケースで認めるべきであるとの意見もあります。しかし、生命の危機の可能性さえある妊娠・出産を第三者に代理させることは安全性に問題があることや依頼夫婦と出産女性の間での深刻な争いが想定され、子どもの福祉が守られない、また、人を生殖の手段として扱ってはならないなどの理由から、代理懐胎は禁止すべきであると専門委員会ではされています。

 兄弟姉妹による精子、卵子の提供について(認めるべき、認めるべきでないとの両論あります)
 提供は匿名を原則としていますが、特例として兄弟姉妹からの提供が検討されています。
遺伝的な親と育ての親が近くにいることから人間関係が複雑になり子どもの福祉の面で問題があるのではないか、やはり心理的圧力を感じたり、強要されることがあるのではないか などの意見があるものの、専門委員会では他に提供者がないことや、十分なカウンセリング、心理的な圧力や金銭面での供与がないことなどの条件のもとで実施を認めるとしています。

 生まれてくる子どもへの提供者の個人情報の開示について(どこまで開示するかが検討課題です)
 子どもの出自を知る権利の尊重から、生まれてきた子どもが希望すれば、氏名や住所など提供者が誰であるか知ることができる情報を開示すべきであるとの意見があります。一方で、(1)提供者の意思に関わらず無条件に子どもの知る権利を認めると、提供者がいなくなる恐れがあること、(2)提供者にも知られない権利があること、(3)お互いを知ることにより、お互いの生活に影響を及ぼす可能性があること、などの理由から、提供者が承諾した時に限って提供者が誰であるかを知ることができる情報を開示するべきであるとの意見があります。

 卵子のシェアリング制度とは?
 卵子のシェアリング制度が検討されています。これは卵子の提供は原則として無償のボランティアによることを原則としますが、卵子の提供が少ないことが見込まれることから、他の体外受精を行っている女性から採取された卵子の一部を、医療費の一部を負担することによって提供を受けるという制度です。
図1
図1

 日本と各国の状況
生殖補助医療に関する各国制度の比較表

参考文献
1. 矢内原巧 山縣然太朗  平成11年度厚生科学特別研究「生殖補助医療に対する医師及び国民の意識調査に関する研究」報告書 1999年
2. 日本産科婦人科学会会告  「体外受精・胚移植に関する見解」1983年、「非配偶者間人工授精と精子提供に関する見解」1997年
4. 厚生科学審議会先端医療技術評価部会生殖補助医療技術に関する専門委員会報告  2000年
5. 吉村 典  「やっぱり赤ちゃんが欲しい」主婦と生活社 2001年
6. 星 和彦  「体外受精・胚移植のご案内」山梨大学医学部附属病院産婦人科 2001年
7. 星 和彦  不妊治療とくに生殖補助医療の現状と問題点.周産期学シンポジウム. 20(3).15-22 2002年
8. 松田晋哉  平成13年度厚生科学特別研究「諸外国の卵子・精子・胚の提供等による生殖補助医療に係る制度及び実情に関する調査研究」2002年
9. 武谷雄二(総編集)  新女性医学体系 16生殖補助補助医療 中山書店 1999年
10. 山縣然太朗 他: 生殖補助医療技術に対する一般国民の意識.厚生の指標48(3):3-8.2001年
11. 厚生労働省ホームページ  厚生科学審議会生殖補助医療部会  https://www.mhlw.go.jp/shingi/kousei.html#k-seisyoku

     
監修 星 和彦 (山梨大学医学部医学科産婦人科学講座教授)
編著 山縣然太朗 (「生殖補助医療技術に対する国民の意識に関する研究」主任研究者 山梨大学医学部医学科保健学II講座教授)
薬袋淳子 (山梨大学医学部医学科保健学II講座)
イラスト 鈴木昇平 中村和美
本冊子の著作権は山梨大学医学部保健学第II講座(教授 山縣然太朗)にあります。無断転載を禁じます。


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