02/12/09 第5回医療安全対策検討会議医療に係る事故事例情報の取扱いに関する 検討部会議事録                医療安全対策検討会議          医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会                    第5回                     日時 平成14年12月9日(月)                        17:00〜                     場所 厚生労働省共用第7会議室 ○堺部会長  定刻になりましたので、ただいまから「第5回医療に係る事故事例情報の取り扱いに 関する検討部会」を始めます。委員の皆様には大変お忙しい中をご参集いただきまし て、ありがとうございます。本日は15名の委員の方々全員のご出席をもって検討部会を 開催します。  本日の議事は「参考人からの意見聴取ならびに質疑について」の第4回です。前回ま では被害者のご親族、被害者支援の団体の方々、医療機関の方々、弁護士の方、さらに 他産業における事故情報の取扱いということで、航空機分野に関して黒田委員からお話 をいただいています。本日は引き続きまして、他産業における事故情報の取扱いと、諸 外国における医療事故情報の取り扱いについて、ヒアリングを行いたいと思います。  このため、事務局とも相談しまして、まず他産業における安全対策の状況ということ で、原子力中央研究所主任研究員の高野研一さんにご出席をいただいています。諸外国 における医療事故情報の取扱いについて、長谷川委員と児玉委員からご報告をいただく 予定です。 高野さんにおかれましては、本日、大変ご多忙の中をご出席いただきまし て、誠にありがとうございます。この検討部会を代表してお礼を申し上げます。それで は、まず資料の確認をお願いします。 ○宮本専門官  資料の確認をします。資料1が高野参考人からご提出いただいた「インシデント情報 の収集と活用」、資料2が長谷川委員からご提出いただいた「世界の報告制度とその特 徴」、資料3が児玉委員からご提出いただいた「医療事故情報〜法的論点と諸外国の状 況」、以上です。 ○堺部会長  本日の議事の進め方ですが、高野参考人、長谷川委員、児玉委員からご報告を承っ て、その後に質疑を行いたいと思います。高野参考人からよろしくお願いします。 ○高野参考人  ただいまご紹介にあずかりました電力中央研究所の高野です。本日は「インシデント 情報の収集と活用」ということで、電気事業を中心に日本の各産業界でこれにどう対処 しているかという話をしたいと思います。                 (スライド開始) ☆スライド  私どもは電気事業に限らず日本の建設業、化学業、製造業と、日本の企業はどういう ふうに安全に係る情報を取り扱っているかというのを、2年ほど前から実際の企業を訪 問して聞き取り調査をしています。この中で特に中心になる課題は、やはり職場に潜 む、あるいは職場の作業や業務に潜む、我々は「潜在的リスク」と呼んでいるのです が、このハザード情報をいかに掘り起こすかというところがいちばんの活動の中心に なっています。ですから、実際の業務にどういう潜在的リスクが潜んでいるかというこ とをそのあとでご紹介しますが、いろいろな方法でそういうものを発掘していく。その 発掘したものについては、組織としてこれに対処していくということが平均的なところ です。  これは先ほどご紹介がありましたように、トラブル、アクシデントの情報というのは 非常に難しい問題を含んでいます。ただ、こういうものをやっていこうと言っても、な かなか職場の風土とか、組織のこれまでの経験とか、そういうことが邪魔をして、これ がスムースに行かないということです。  そのためにまず重要なのは、職場・組織の経営者の方がどう考えるかということで す。おそらく医療関係ですと、病院長がどう考えるか、大学病院ですと大学病院の院長 がどう考えるか、ということがいちばん大きな問題になってくるのかと思います。  もう1つ重要なのは、組織の中でのコミュニケーションをどう扱うかということ。単 にコミュニケーションということではなくて、実際にはマイナスの不都合な情報をいか にコミュニケーションするかということに係っていますので、通常のコミュニケーショ ン、無駄話をするコミュニケーションとは少し由来が違いまして、そういうマイナスの 不都合な情報をいかにコミュニケーションするかということが重要になってまいりま す。  トラブル、アクシデント情報といいますのは、どちらかというと責任追及と切っても 切れない縁があります。そういう意味で、そういう情報を前向きに挙げるということに ついては、やはりインセンティブ、何らかの促進するような条件が必要ではないかとい うことで、おそらく日本のいろいろな企業はこういうものと闘っているわけです。特に 事故情報というのは、個人の責任追及と切っても切れない縁がある。  ただ、総体的に言えば、責任追及よりも、むしろこれから起こらないようにする、再 発防止のために責任追及を放棄して、ある意味では再発防止のために実際に何が起こっ たかということをきちんと正直に報告するというふうな流れになってきています。  事故、トラブル、ヒューマンエラーというのは、実は誰でもするわけです。最も活動 状態、覚醒状態が良い状態であっても、人間というのは大体1,000回に3回ぐらいはエ ラーをするので、どんな方でもエラーをする確率がある。特に医者、看護婦だからエラ ーをしてはいけないということが重々わかっていても、人間であるからにはヒューマン エラー、ミスとは切り離すことができないということです。 ☆スライド  そのために各企業がやっているような「安全文化醸成のためのサイクル」というのを 提議しているわけです。特にインシデント情報、これは「潜在的リスク」と書いてあり ますが、潜在的リスク、あるいは「顕在的リスク」、これを集めるというところまで行 くのですが、ここから先をどうするかという問題をもう少し考えてみなくてはいけない と思っています。といいますのは、そういう情報を集めて個々の改善対策をするのです が、そういう情報をある意味、共有化する必要があるということで、下に「情報管理・ 活用」とありますが、ここの部分を今後強化していくというのが大きなトレンドです。 ☆スライド  ところが、そういう事故情報、トラブル情報を実際に集めて共有化していく。再発防 止のために責任追及をすることなく、再発防止のために情報を提供するのだということ があったとしても、こういうサイクルを成立させる前提の条件があります。ここにあり ますように、「報告の文化が成立すること」と書いてあります。これは日本のどんな企 業、どんな組織でも共通の話かと思いますが、「恥の文化」、あるいは「処罰の文化 」。処罰というのは、ある意味では見せしめ効果ということもありますし、責任の追及 ということもあると思いますが、そういうことのために情報を提供してくださいという ことであれば、これは人間としてはどんな人間でも、たぶん隠す方向に行くのではない かと。  したがいまして、このサイクル、再発防止のためにリスク情報を蓄積していくために は、免責性をいかに確保するかという問題があります。これは非常に微妙な難しい問題 ですが、日本の企業ではこれをうまく処理している例があります。  あるいは個人のヒューマンエラーというものを我々は実は1,000件近く分析してきて いるわけなのですが、どうも直接原因、間接原因あたりは個人の問題、個人の不注意と か、個人の知識の問題というのが出てくるのですが、その背後を見ていきますと、やは りコミュニケーションとか、職場の風土、そういったような「組織要因」と我々は呼ん でいますが、そういうものが関与しているということがあります。ですから、ある職場 でヒューマンエラー、トラブル、事故が起こったとしても、すべてが個人の責任という わけではないわけです。例えばその背後にある非常に忙しいという状況、確認をするシ ステムの話、組織の体制、安全管理の体制といったようなところが効いてくるわけで、 きっかけは個人であったにしても、そこに至る原因というのは組織、あるいは管理の問 題ということが出てくるわけです。  そうすると報告の文化、不都合の情報を積極的に、特に顕在的な事故、実際にその被 害が出た場合には、実際的に被害が出ないような情報をどう汲み出していくかという問 題がありまして、実際、不都合な情報はなかなか出にくいわけです。  なぜ出てこないかというのは、ここに書いてありますように、まず「過小評価」があ ります。自分がやったことはやはり大したことはないのだ、と思いたいということがあ ります。それから「自信過剰」です。隠したことでも、情報はたぶんバレないのだと。 あるいは「自己防衛」です。自分がミスをした、間違いをしたということを言うと、余 計、自分にとってやはり不利になるわけです。これは先ほどの責任追及の話と同じで す。 ☆スライド  この辺をどういうふうに免責と過失の限界を考えるか。といいますのは、やるべきこ とをやらずに事故を起こしてしまったというものについては、やはり厳しく対処をする 必要があるだろうと。ただ、人間であるからには、どうしても避けられないエラーとい うのがあるわけで、これを我々は1,000件近く分析していますが、これはあとで聞いて も、実際に起こった前後の状況とか、なぜそんなことをしてしまったのか全く覚えてい ないという状況もあるわけです。そういったエラーとは同じに考えていいのかどうか、 という問題があるのではないかと思います。ここで言っているのは、こういうふうに実 際に情報は流れます。まず、もともとやったそのエラーが、「意図した行為」であった かどうか。結果が意図したとおりであったと。しかも何か悪い被害が起こってしまった ということになれば、それはサボタージュとか、悪意に満ちた、ある意味では犯罪行為 になるわけです。こういうものについては、当然、処罰をしなくてはいけないというこ とになるわけです。  その次に「無許可物質」があります。これは麻薬を使っていたとかそのようなもので すが、これが罪の軽減に値しないような薬物を使っていた場合には、当然、処罰の対象 になるでしょう。  ただ、例えば薬を飲んでいますと、眠くなったりするわけです。そういう治療目的で 薬物を使って眠くなって不注意になってしまった、それで事故に至ってしまったという ことであれば、この罪を軽減するに値するものではないかというふうに言われていま す。  あと、実際の手順書、ルールといったものに従ったかどうか。従えば大丈夫だった。 ただ従わなかったということで、これは「無謀なエラー」ということになるわけです。 さらに、手順書が役立ち、正しかったか。正しくなかったという場合には、これは実際 にはその背後の管理とか、いままでのやり方がまずかったわけです。ですから、処罰の 境界をどこに引くかというのは、いま考えられているのは、たぶんこの間にあるのでは ないかというふうに言っています。  安全文化を構成する要素として「報告の文化」と、一方で「正義の文化」というもの もあります。これはやるべきことをやらなかった者に対しては、厳しく処罰をしていく という見方があります。これをしないと職場が乱れてしまう。ただ、それ以前の、手順 書が正しくないので、その手順書に従わずにやってしまった、あるいは「不注意のエラ ー」、あるいはシステムがもともとそういうリスクをはらんでいるといったようなもの については、処罰をすべきではないというふうな考え方があるわけです。 ☆スライド  「サイクル成立の前提」ですが、日本の企業というのは「全員参加」ということが基 本になっています。これは、安全管理者とかリスクマネージャーだけでは機能しないと いうことになっています。ただ、安全というのは、安全で当たり前という発想がありま す。ですから、安全で何ごともないのが普通の状態である。だから、それから事故が起 こったことについては、もうマイナスであるという評価があるわけです。ですから、で きるだけ触れたくないという気持があるのですが、安全に対して積極的に関与しようと いう気持がなかなか出てこないのです。これについては、組織としていかにインセン ティブを与えるかというような問題が出てまいります。したがいまして、安全に対して 積極的に取り組んだ場合には、いろいろな形での褒賞を与えているといったような活動 を続けています。それから、日常的な活動の中に組み込んでいく。これは「ルーティン 化」と言っていますが、このようなことで安全に対して意識を継続しようというふうな ことをやっています。  なぜ、全員参加でやるかということです。1つは、実際の作業現場の問題というの は、作業現場で働いている方だけが問題点を認識し得るということになります。  それから、「業務のシステム化」ということが、究極的には確認をしていくというこ とについて非常に重要なのですが、すべての業務と関連しています。ですから、一部分 だけ、そこをしっかりやっても、その全体がなかなかうまく機能しないということも起 こってまいります。  それから、「組織風土の形成」という問題があります。先ほどのように不都合な情報 を出しにくい雰囲気、こういうものを変えていかなくてはいけないということであれ ば、やはり個人だけの努力ではない。人間というのは、周りの雰囲気に非常に左右され ますので、組織全体としてそういう雰囲気をつくり上げる必要がある。といいますの は、いままで地縁、血縁という日本の風土が非常に大事にされてきたのですが、これか らは現在ある組織に所属しているということがある意味では非常に大きな縁でして、周 りの風土を非常に気にするということから、組織風土を前向きに、不都合な情報をきち んと出すような雰囲気をつくっていくということが必要になってまいります。 ☆スライド  もう1つは、「学習する文化」ということがあります。これは、ヒヤリハット情報、 インシデント情報、事故の情報といったようなものを集めなくてはいけないという発想 はあるわけです。ただ、その集めた情報をいかに学んでいくかということは非常に重要 でして、集めた情報をただ積んでおくだけでは何の意味もないわけです。これを集めて 活用していくという視点が、非常に重要だと思います。  これはリスク情報のデータベース化による事前予防ということです。この非常にいい 例、私は実は神戸大学に伺わせていただいたときに、この安全管理マニュアル等をつく っています。これは各業務ごとの実際に起こるリスクというものを、ヒヤリハット情報 を基にリストアップしているのです。これは最近行っているリスクアセスメントのプロ トタイプみたいなものでして、日常の業務に潜んでいるリスクをすべて洗い出そうと。 これは全員参加のもとでヒヤリハット情報を出して、その情報を整理して活用していこ うという1つの試みではないかと思います。  こういう事故が起こった後どうするかという再発防止も重要なのですが、こういうイ ンシデント情報、ヒヤリハット情報を集めて、そこからリスクを抽出して、あらかじめ 事故を起こさないような予防対策をするということが非常に重要です。「危険関知能力 」、これを高めていく。そのためには、やはり日常の業務でどこにリスクが潜んでいる かということを具体的に示してあげるということが重要になります。ただ、これは体調 不良のときもあるので、限界があります。したがいまして、確認ということになるので すが、確認といいましても、すべての行為、すべての項目をチェックしていたら、とて も日常的な業務はできないわけです。ですから、どこが間違いやすいのか。ある人が間 違えたところはほかの人も間違いやすいということがありますので、そういう潜在的リ スクをタスクごとに指摘してあげる。その部分だけをきちんと確認していくということ が必要になってまいります。 ☆スライド  さらに前提として、「組織」として奨励することが非常に重要になってまいります。 といいますのは、対策を立てる場合、あるいは実際にそういうリスク情報を収集すると いうことについても、やはり個人の力では限界があるということもありますので、病院 でしたら院長、そういうトップの参画でインセンティブを与えていく必要があるという ことです。といいますのは、変わるにはやはり「きっかけ」が必要である。それから 「駆動力」、実際にそういう物事に、安全問題に対処していくというインセンティブと いいますかモチベーションが非常に重要になってくるわけでして、こういう駆動力が非 常に必要になってまいります。  組織風土が形成されていけば、それがある意味では錨の役目をして、一旦、組織の風 土がそういう前向きな風土に変われば、これがずっとある意味では長期間にわたって続 く1つの風土といいますか、そういう前提条件ができてくるわけです。そのためにアイ デンティティが必要ではないかということです。 ☆スライド  ただ、日経ビジネスが調べたのですが、日本の会社員1,000人に聞いた結果、組織的 な対策と組織的な体質問題として隠ぺい体質というのはどの企業でもあるわけです。例 えば1,000人の会社員に聞きますと、大体35%の方が、うちの会社もそういう体質であ る、というふうに答えているわけです。それから、ある意味では規律が緩んでしまう、 決まっているルールが守れないということがあると答えたサラリーマンの方が全体の7 割近くいるわけです。その理由はここに書いてあるとおりでして、また見ていただけれ ばと思います。 ☆スライド  そういう意味では、組織として安全に対して前向きに取り組む、あるいは報告しやす い雰囲気、学習する風土、それをつくっていく。いまどの時点に我々の組織はいるのだ ろうかという自分たちの「組織の弱点を知る」ということも、自分たちの組織ではそう いう風土ができているのかどうかということを自分たちで自己診断するということも非 常に重要で、我々はその安全診断ということをやっているわけです。  これは日本の建設業、化学産業、製造業、電気事業といった産業界を中心に私どもは データ収集をしています。こういうリファレンスを持ってきて、ある事業所を診断した いということであれば、そこでアンケート調査を行いまして、このアンケート調査の結 果をこういうリファレンスデータと比較して、自分たちの弱点を知るということをやっ ています。こういう基本的な土壌ができていないと、いたずらにヒヤリハット情報を収 集して活用するのだといっても、1件も情報は出ないということになってきますし、有 効に機能しないということが出てくるわけです。 ☆スライド  これは1例です。●が電力施設。この■が電力各部門です。◎はAという化学会社。 △の協力会社というのは、電力会社の下請け、元請け組織です。こうして見ると、実は 総合的安全指数というのは、横に行けば行くほど高くなっています。こういう企業群と いうのは、やはり安全風土、あるいは安全文化はある程度できている企業ということは できます。どちらかと言うと、評点が低いこういう企業群というのは、こちらのほうに 行く努力をする必要があるということが、自分たちの事業所はどこにいるかということ を見ることができる、そういうシステムになっています。 ☆スライド  先ほどの高い所と、中ぐらいの所と、低い所、この3つを取り出してみまして、これ は実は私どもは安全というものについて20項目を抽出しまして、この20項目について各 事業所がどのようなプロフィールを示しているかというのを示したものです。個人の安 全意識・行動についてはどうか、職場の安全管理はどうか、職場の組織風土はどうか と、これを全体20項目にしまして、こういうプロフィールを書いてみますと、先ほど非 常に良いと評価された企業であっても、この●が平均でして、場合によっては平均より も低い所もあれば、かなり良い所もあるという構成です。ですから、この辺のところを よく努力しなくてはいけないということがありますし、この辺も少し全体としてレベル アップする必要があると。悪いと評価された事業所であっても、部分的には平均を上回 るような所もあるわけですし、かなり下回っている所もあるわけです。先ほど言いまし たようにインシデント情報を収集して、それを活用するというその既存条件はできてい るかどうかということを診断することができるわけです。 ☆スライド  これは電気事業の中で原子力の世界で、実はインターネットで過去に起こりました ヒューマンエラー事例、トラブル事例、これをデータベースにして活用しています。普 通のデータベースなのですが、実際にキーワード検索ができる。あるいは事業所名、年 度を入れますとその該当する事故が出てくるというような、インターネット、これは広 く電気事業者には情報を提供している。これから実際に自分の所でトラブルが起こりま したら、このデータベースを見て、それに対して再発防止の対策を参考にして立ててい くものです。 ☆スライド  最終的なまとめです。批難をする、あるいは処罰をすると。これは当然、犠牲者の方 がいらっしゃるわけですので、これはある意味ではその犠牲者の方、あるいはご親族に とっては、ある意味では非常に重要なことかもしれませんが、これを繰り返しているだ けでは何の解決にもならないわけです。  一説によると、米国の医療事故の被害者というのは、4万4,000人ほどいると言われ ています。これは交通事故の死亡者よりも多いのではないかと。ですから、表に出てく るのは、ほんの氷山の一角であると考えることができます。こういうものを今後なくし ていくためには、やはりインシデント情報をきちんと集めて、潜在的リスクを抽出し て、その確認のポイントにしていくというような作業が必要になってくると思われま す。したがいまして、できるだけ多くリスク情報を集める。しかも真実の話を集めるこ とによって、解決の糸口が得られるのではないかと考えています。  そのための前提条件をここに4つリストアップしています。1つは報告しやすい文化 をつくろうということです。2つ目は全員参加。『安全文化の実践』という本を出して いますが、日本の企業は全員参加でもって安全を確保していこうというようないろいろ な企業の取組が出ています。3つ目は学習の文化です。インシデント情報を集めるだけ ではなくて、そこから有効にこれを活用して、再発防止、あるいはできれば予防対策に 反映していこうということです。4つ目は、こういうことをやるために、円滑に活用す るためには、やはり組織による奨励というのは非常に重要でして、これをいかにやって いくかということです。  これに相対するもの、これは処罰と責任追及ということがあります。これをいかに合 理的に処理していくかということが、組織の役目ではないかと。実際に個人で医療事故 を起こしたにしても、その背景にはやはり組織の問題というものが潜んでいると。そこ を変えない限りは、再発防止はへなかなか行き着かないのであると。そのためには個人 を処罰することは少し置いて、再発防止のためにこういう本当の話、正しい話を出しや すいようにする、あるいはきちんと情報管理をして、予防対策に結びつけていくという ことが必要ではないかと考えています。                 (スライド終了) ○長谷川委員  今日は報告者ということで来ています。皆さんと一緒に約15分間で、世界の報告制度 のツアーをしてみたいと思います。                 (スライド開始) ☆スライド  結論から申し上げますと、事故をめぐる報告制度というのは、随分、国際的に共通な 課題になっていまして、悩んでいるのは我々だけではないということです。そして、ど うも事故をめぐって様々なシステムが交錯している。例えば、目的と発信者が違う。端 的には苦情と、先ほどからご議論のある報告して学ぼうというシステムでは交錯してい まして、少し混乱を招いているのではないかという感じはあります。  一歩踏み込んで、学習改善・報告分析のためのシステムだけを取り上げてみまして も、大体課題は共通していて、強制か自主か、公的か私的か、公開か非公開か。記入は どういう方法で、分析はどうするかといったようなことが課題になっていて、いま実は 答えがないのですが。最後に、日本は何を学べるかと言いますと、様々な試みはあると いうことと、みんな悩んでいるということが学べるということを感じています。 ☆スライド  最初に問題を少し整理してみたほうがいいかと思いました。今回の話は、大体14カ国 の調査とか文献によってお話をしています。ちなみに来週、ジュネーブで医療事故の会 議がありまして、行くことになっています。 ☆スライド  最初に、2つの異なった情報の流れが、どうも混乱している側面があるのではないか と。発信者が個人や患者や家族で苦情、最終的には納得、補償、罰則、こういったこと を求めているようなシステムと、専門家が報告をして、そして、説明責任を果たすか、 もしくは過ちから学ぶというシステムと、これがどうもごちゃごちゃになっている。最 初から罰則は非常に少ないのですが、一般の被害者の方は納得するか補償を求めるか と。それに対して専門家の場合には、設明責任を果たすか、学習を果たすか、2つのシ ステムが存在している。このシステムは結構、国際的に共通しています。 ☆スライド  もう少し詳しく言うと、専門家が報告をし、学習し、筋道を話すという報告文化、安 全文化というのは、それだけではなくて、法的にこの報告システムを保護するといった ような支援も必要ですし、また一方、この流れが、つまり患者、家族が苦情、そして補 償へという流れがスムーズに行くためにも、支援組織や権利意識支援みたいなものが必 要だということが言えると思いますが、この情報のユーザーというのが微妙に違う。  ただ、問題は、例えば「苦情」はご本人なり社会なりが、「報告」は医療界なり社会 がと。ところが、この2つが実は交錯しています。この線が行き来しているように、苦 情から学ぶことも結構多い。 ☆スライド  エラーから学ぶというのは、ほかの産業は知りませんが、医療界においてはつい最 近、ここ数年やろうという雰囲気が国際的にも盛り上がってきた課題ですし、もともと この2つのシステムは違う意識で支えられていますし、システムが交錯している。もう 一度申し上げますと、こういう問題から、人は間違うものだ。だから、誤りから学びま しょう、そして学習し記録する組織をつくり上げていきましょう、安全文化を育てま しょうというのは、少なくとも医療界においては非常に新しい現象です。 ☆スライド  一旦、報告ということだけに絞り込んでみても、実は説明責任を果たすという通報・ 届出、いわゆる行政や司法に届出るという流れと、また自分たちが集まってそこから学 ぶ、分析し、そして学習をするというのは、これはまた微妙に違うところで交錯をして いる。特に届出というのは、最初から意図してないのですが、処罰や補償のほうに流れ ていくという流れが付いて回ります。実は過誤や事故を報告するというのも、場合に よっては流れていくという可能性があるというふうに課題としてあるのではないでしょ うか。 ☆スライド  全体図ではこのように様々なものが入り込んでいるという構図があるとは思うのです が、今日は報告制度、それも施設外部への報告でプールをするということに限って議論 をします。 ☆スライド  報告の課題としては、つい最近乳癌の医学誌に出たLucian Leap、ニューヨークスタ ディーをやったハーバードの教授の分析によりますと、外部報告制度、つまり施設を超 えた報告制度は、一般的には4つぐらいの利点がある。すなわち、新しい障害が見つか って警告する、新しい事故予防法の普及ができる、注意すべき障害の傾向と対策がわか る、ベストプラクティスを提案できると一般には言えるのですが、全国レベルまで広が ったときには、行政的にも資源配分をどうしたらいいかとか、希な事故がわかるとか、 事故の共通要因が発見されるというようなプールを大きくすると、それだけ課題はいろ いろあります。  ただ、実際には病院の医師は報告するのに恐怖感を持っている。病院のほうは時間的 負担や罰則、有効性はあまり感じないということとか、医師の場合は恥、良い評判が喪 失する、自分が持っている権限が剥奪されるのではないかといったような恐怖がある。 ☆スライド  同時にLcian Leapの同じ論文で提案されているこれまで成功した報告制度を見ます と、処罰がない、機密性が高い、独立している、つまり病院や何か権威からも独立して いる。専門的には分析が行われて、報告が迅速にされて、システム的には志向、個人を 罰則ではなくて、システムの問題提起を分析する。そして分析する人に一定の責任があ る。こういったことから、私なりに良い制度設計としてどういうものが考えられるかと いうと、やはり民事法廷における法的な免責の問題とか、機密性、独立して信用される 機関が収集し、専門家によって分析される。報告フォーマットは単純で簡単で、標準的 な問題。それで分析を迅速に報告するということが良い制度設計なのではないでしょう か。 ☆スライド  そうしますと、これは14カ国の共通する課題として浮かび上がってきたことですが、 誰が収集・蓄積すべきか、誰が分析・普及するか、強制か自主か、公開か非公開か、結 果をどういう形で報告するのか。公開するのか、統計でやるのか、ケースまで出すの か。民事法廷への法的保護は、報告のフォーマットと内容、分析の方法。1.から7. はある程度決めればいいことなのですが、なかなか答えがないのですが、8.の分析の 方法はどうなのかということが、意外とかなり大きな課題かなというふうな感じがしま す。 ☆スライド  といいますのは、大体かなり複雑な事件を分析してまいりますので、○×でやったよ うなケースを統計的に分析するということだけではなかなか分からなくて、一部、非常 に重篤な例の場合には、根本原因分析といって、かなり手間をかけなければいけない と。そうすると、その報告をある程度トリアージして、こちら、こちらにやるのかと。 根本原因分析というのは、実は小チームで詳細分析をして、したがって計算しますと20 万〜30万円かかるようなことになってしまうのですが、このようなことをするケースは 何なのかということはある程度報告の中で引っ張り出さなくてはいけないとなると、匿 名性、簡素化というのと反対のことで矛盾するのです。一方、統計分析で簡単なほう は、なるべく簡単なフォーマット、標準フォーマットで○×式でやって、それでも1回 の負担に5〜30分かかるとすれば、1,000〜5,000円ぐらいの金がかかってしまうという ことになるのですが、こういった課題をどういうふうに制度設計するかというのは大き な課題ではないかと私は考えます。 ☆スライド  現状なのですが、まず説明責任、これは当初、学習も目的としていますが、主に説明 責任という形で各州が義務づけている制度が、アメリカではすでに数州あります。先ほ どの課題を実際にどういう報告をするかということですが、まず説明責任を果たしてい る、義務づけている州ですが、IOMの報告書、米国医学院の報告書段階では、いまか ら3年前、15の州と言われていました。  とりあえずこれはIOMの報告書から引っ張り出しましたが、報告内容はだいぶこだ わって、ほとんど共通する項目はないと言われています。公開についても公開、非公開 が随分異なっていて、全情報非公開という所もあれば、患者名、専門家名だけは公開し ないということはあります。今度まとめて分析をした結果も、集計データだけとか、そ のケースまで出しているとかですが、この欄でわかりますように、結局、あまりこの分 析を公開しきってないのです。そして、民事法廷への保護もばらばらです。半分ぐらい は保護があって、半分ぐらいは保護がない。件数はこんな感じでありまして、一般には 成功していないと言われています。報告が少ない。しかも、もともと説明責任を果たす ためにつくられたのにもかかわらず、あまり報告されていない。使われていない。 ☆スライド  これが先ほどの報告事例の内容で、ペンシルバニアは随分変わっています。そこで、 あとで詳しく申し上げますが、IOMの報告書では全国の共通の報告制度をつくったら どうかという提案が出されています。そのときに使おうということでまとめられている のが、NQFの項目で約27項目。手術、機器、保護、診療、環境、犯罪関係のものを詳 しく決めてあります。 ☆スライド  その他の制度としては、非強制で、認承団体が、第三者評価機構が警鐘事例だけを集 める。強制ではありませんが、メタ分析でその提言を出していて、報告は年に数百件 で、7年前に始まりましたが、その結果、約27の分析が報告されていて、例えばカリウ ムを無くしたほうがいいという提言が出されたりしています。  もう1つは、全国でありませんがグループ内、全国なのですが国立病院内部だけの報 告制度で、地方医務局単位で集めて分析をしている。これも強制でありませんが、これ は連邦法で保護されています。民事法廷に対して保護されています。結構、多数の報告 が集まっていて、4年前から始まっています。  先ほど申し上げましたように、IOMの報告書の中で、全国の強制報告制度と自主報 告制度が計画されていて、警鐘事例だけは強制、アクシデント、インシデントを自主、 ボランティアでやっていこうと。  ただ、先ほど申し上げた法律の整備とか、フォーマット、分析の手法等々でまだ煮詰 まってなくて、いつから始められるかは未定というふうに聞いています。 ☆スライド  その他の国では、イギリスが全国患者安全庁(National Patient Safety Agency)、 これもよく考えるとグループ内なのか全国なのかさえ、イギリスの場合ですとほとんど がイギリスの国立病院なのでどちらとも言えないのですが、これは一応強制になって、 非公開ですが、分析方法と使い方については随分悩んでいるようでして、先ほどのアメ リカの国立病院がやっている手法を使おうか、いざ、あとで申し上げるオーストラリア のほうを使おうか、スウェーデンの、どうもスウェーデンはデータマイニングの方法を 使おうかというふうに、あと数日間で決定すると言っていました。民事法廷のほうがな いのですが、検討中。一応、例としては100万件からの報告をしていて、始まったのは 去年です。  一方、オーストラリアは完全に自主的な民間団体が参加を募ってやっていて、もちろ ん非公開であって、強制ではありません。手法としてはマッチング、いままであった例 はマッチングをして、そのマッチングした例から学ぶという手法を考えている。したが って、個々の場合には事故の分類にものすごく力を入れているのです。(この数字は15 年前の間違いです)。  スウェーデンの場合は、ものすごい古い歴史を持っています。しかし、かつては責任 追及の要素が強かったので、1991年、10年ぐらい前に考え方を変えて再強化したようで す。手法はデータマイニングの方法を使っています。  ということで、いま申し上げましたように、課題について様々な試みが行われてい て、どの国も結論はない、悩んでいる。 ☆スライド  日本への教訓も、そういう様々な試みから、欠点、美点を見ながら、どれを使って いったらいいかというところを考えていくとよいのではないかと思われます。                 (スライド終了) ○児玉委員 「医療事故情報の取り扱い−法的論点と諸外国の状況」について、若干の整理の報告を したいと思います。                 (スライド開始)  今、長谷川委員から、大変広範にわたる各国の状況のご報告をいただきました。実は 長谷川委員のグループと一緒に共同研究の形にしたり、あるいは別々の観点から見たり しながら、私のほうも若手の医事法を研究している法律学者とともに、この間、医療事 故情報の報告にかかわる制度のいろいろの国の状況を勉強しているところです。  端的に申し上げまして、全面的に成功を収めている制度あるいは国というものは、い まのところ先進国どこを見渡しても見当たらない。昨今の特徴というのは、本当に今年 になってからフランスで大きな動きが2回ありましたし、各国も本当にいろいろな問題 を抱えながら、その状況を何とか打開しようということで、いろいろな制度を工夫して いるというところです。  少なくとも1つの制度で何もかも解決すると。例えば賠償も、再教育の問題も、免許 の問題も、刑事処罰の問題も、説明責任の問題も、ありとあらゆる問題を1つの制度で 解決するような全能、万能の第三者機関などというものは、世界中どこにも存在してい ない。むしろ目的ごとに、パッチワークのように、いろいろな工夫をしながら制度をつ くろうとし、またそれがうまくいかないというような試行錯誤を繰り返している、とい うのが一言で言って実態ではないかと思います。 ☆スライド  「事故情報の収集」ということですが、一般的に言って、この主体の問題は、これは 医療機関側もあり、患者側もあり、また司法官憲、これは主に警察等ですが、その事故 情報の収集もあり、また行政もあり、公的機関、公私の機関、様々な機関が事故情報の 収集に関与しています。  「目的」は大きく分けて、事故を防止するという観点と、起こってしまった事故につ いて何らかのサンクション(制裁)を与える。それは刑事処罰であり、行政処分であ り、民事賠償であるというような目的の違いというものがあります。  「手段」も、その捜査による非常に強制力の強い事故情報の収集というものもありま すし、強制、任意の様々な報告制度というものもありますし、また顕名、匿名、要する に名前を出す、出さないというものについても多様です。  後ほど触れますが、例えばイギリスの患者安全庁(National Patient Safety Agency)の報告書というのは、患者名も医療行為を施行した人の名前も、全く匿名の形 の報告書が標準的な報告フォームになったりしています。  日本でもこの捜査というのがだんだん医療事故に当たって活躍していただくように なってまいりまして、患者に説明する前にカルテもレントゲンも一式すべて押収されて しまうというような事例も、少なからず出てきています。  そもそも事故情報の収集ということについて、どういうものを対象とするのか。昨 今、医療事故とは何かということで、医療過程で生じた人身障害すべてであるという定 義が一般に使われるようになってきていますが、そもそも医療過程で生じた人身障害す べてということになりますと、医療の中で日常的に人身障害というのは生じているわけ でして、そこに事故だという何らかの評価を加味しませんと、事故自体の定義ができま せん。  先ほど長谷川委員のご説明にありましたとおり、この対象をある程度区切っていくた めに、例えばポジティブリスト方式で、こういう類型の事故は報告していくと。例えば 異型輸血と取り違えは報告とか、すなわち、事故を何と定義するかというと、防止した いと考えているもの、防止対策の政策のターゲットになったものを事故と定義して、積 極的にその報告を挙げさせるという形で、対象を絞っていくやり方もかなり広く行われ ているようです。  その結果の公表なのですが、公表の仕方も、マーケットに対してこのドクターはこう いう事故を起こしましたということで、賠償金もいくら支払ったという情報まで、何も かも流してしまうような公表のスタイル、これはアメリカの賠償責任保険に係る部分の マーケットの対応もあります。同じアメリカでも、医療安全対策に役に立つ情報という 形で集約したものを学会が責任を持って公表するというようなやり方もあります。主 体、目的、手段、対象、結果の公表のあり方、いずれについても実に多種多様な選択肢 があるというのが諸外国の例を見た実情です。 ☆スライド  全体の問題点を考えていく上で最初に考えなくてはいけないのは、やはり目的は何か ということです。医療政策の中で事故予防対策を立てるための事故情報収集制度を行う のか、刑事処罰や行政処分、積極的に処分をしていくための事故情報の収集制度を考え るのか、あるいは迅速な民事賠償のための情報収集・評価の仕組みをつくっていくの か。これを一度に解決する制度はありませんし、また、後ほど申し上げるとおり、一度 に解決する制度をつくりますと、憲法違反等の問題、法的な論点も出てくる場合があり ます。目的のためにどんな手段があるのか。役立つ制度はどのようなものがあるのだろ うか。少なくとも多元的な制度が必要であることは、諸外国の例から見て明らかです。  また、政策分野としても医療政策の中の問題、司法政策にかかわる問題、それから刑 事政策、これは犯罪か非犯罪か、刑罰か非刑罰かなどと刑事政策の中の用語があります が、どこまでを刑事制裁の対象にしていくかという刑事政策上の問題等々、様々な視点 があります。このような視点を踏まえて、ひとつ諸外国の例を客観的に見てみようとい うことです。 ☆スライド  様々な制度の中でこれから、これだけは駄目というお話と、これは比較的成功してい るというお話の例を2つ紹介します。  1つは、「自己帰罪拒否特権と報告制度」の論点です。これは憲法第38条第1項に 「何人も自己に不利益な供述を強要されない」。これは刑事手続にかかわる条文です が、このような憲法の条項があります。不利益な供述だけを強要されないというのが憲 法の保障の範囲でして、こういうのを「自己帰罪拒否特権」、聞き慣れない言葉です が、こういう言葉で重要な刑事手続上の「人権」として位置づけられています。  自分の都合の悪いことだけを話さない。都合のいいことを話しますということになる と、浮き彫りのように都合のわるいところだけが沈黙になって抜けて見えてしまいます ので、全体として自分に利益なことも不利益なことも何もかも話さないで沈黙する権 利、これは「黙秘権」と申します。これも刑事手続、刑事訴訟法上、この自己帰罪拒否 特権、憲法で保障された不利益供述の拒否のみならず、利益だろうが不利益だろうが沈 黙するという権利を保障したのが刑事訴訟法上の黙秘権ということで、黙秘権のコアの 部分がこれだというふうにご理解いただければと思います。  絶対にやってはいけないことというのは何かといいますと、報告義務を課して刑事手 続に使う。これは憲法違反でアウトです。同じく報告義務を課して行政手続、すべての 行政手続に使ってはいけないという立場は日本の最高裁判所はとっていませんが、実質 的に刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続。 これも非常に曖昧な話なのですが、刑事責任追及、処罰につながるという話が出てきま すと、次第にグレーになってきます。そして、直接これは警察に持っていきますという 話になれば、これは直ちにその報告義務を課してこういう行政手続に使うことになりま すと、これは憲法違反ということになります。 ☆スライド  これは別に私がオリジナルでこういう学説を立てているわけではありません。だいぶ 昔のことになってしまって、多くの方からは忘れ去られている可能性もあるわけなので すが、医療事故以上に大問題になった事故がかつてこの国でありまして、それは交通戦 争と言われた交通事故でした。  交通事故に関して、昭和30年代に非常に有名な判決が出されています。「交通事故の 報告義務と黙秘権」に関する、昭和37年5月2日、これは最高裁の小法廷ではなくて大 法廷の判決で出されています。当時の道路交通取締法施行令第67条というのは、事故が 起こったら事故の状況も含めて何もかも警察にすぐ報告しなさいという趣旨の規定を置 いていたわけなのです。そもそも憲法第38条によって「自分に不利益な供述は強要され ない」と書いてあるではないかと。確かに自首するのは大変美徳で結構ではあるのです が、法律制度として不利益な供述を警察に届け出るのを強制すると、そんな制度があっ ていいのかということで、非常に厳しく争われました。最高裁の判決というのは、当時 の道路交通取締法施行令第67条の表現が曖昧であるということから、最高裁判所の解釈 として、事故の原因、その他の事項は報告義務に含まれないのだと。刑事責任を問われ るおそれのあるような事故原因、その他の事項までも右報告事項、義務ある事項中に含 まれるものとは解されないと。あり体に言うと、曖昧な条文であれば、最高裁として は、事故原因を含む情報は報告義務の範囲外だという解釈を下したわけです。  これによって実は法律が改正されまして、現行の道路交通法第72条という条文になっ ていますが、これは実に素っ気ない条文になっていまして、どこで事故が起こったか、 いつ、どこでという日時、場所、死傷者の数、積荷の状況、どういう措置が取られてい るか、それだけの報告で、例えば信号がどうなっていたか、横断歩道がどうなっていた かというような事故原因にかかわる情報というのは、基本的には何ら報告義務の対象に ならない。つまり、これはどういうことかと言うと、交通事故が起こった現場で後続の 事故が起こったり、死傷者がさらに重篤な状況になったりすることを防止するために、 緊急対応に必要な情報のみを提供させて、事故原因の分析などを警察への報告義務の範 囲から完全に除くという解決が行われているという制度であったわけです。  このように刑事手続にもちろん使うということが、全体の政策としてとんでもなく悪 いものについて刑事制裁を科さなくてはいけないのは、それは当然のことではあります が、黙秘権あるいは自己帰罪拒否特権との関係で、むしろ原因の分析という部分を落と さざるを得ないという側面が出てくる。これが交通事故の場合の報告制度で、私どもの 教訓だったわけです。 ☆スライド  一方、アメリカの制度の中で最も成功した事例と言われていますのが、アメリカ麻酔 学会のClosed Claims Studyというものです。ここにAnesthesiologistsの文献の引用が してありますが、この文献がアメリカ麻酔学会の過去の取組みを回顧して、その評価を している文献です。  そのいちばん下の所なのですが、CCSと略称するthe Closed Claims Study project なのですが、これは終了した紛争案件を事故防止の観点から調査し直して、事故防止対 策の立案を行うというプロジェクトです。  これは国とか公権力が行ったものではなくて、学会自らが始めて、学会自らがサーベ イヤーを選任して、まさにその分野での権威ある専門家の先生方が実際にサーベイヤー として病院、医療機関に参りまして、ドクターにもインタビューを行って、一体何が原 因だったのか、根本原因を探ろうというプロジェクトであったわけです。このプロジェ クトのもともとの出発点は保険の危機です。ご存じのとおり、今年の状況はフランスの 医療過誤保険危機が最も熾烈で、医師6人に1人は無保険の状態に転落しつつあって、 強制保険制度の下で医師6人に1人は廃業せざるを得ないのではないかという観測が流 れるほど、フランスでは厳しい状況になっているそうです。  80年代のアメリカでは、麻酔科医というのは医師の人口の3%しかいないのに、11% 賠償金を払うという危機的な状況の中で、crisis of affordability、つまりいまのフ ランスと同じように、麻酔科医が保険会社に相手にしてもらえない、そんな危なくて しょうがない人たちに、保険のキャリーはさせられないというような状況に追い込まれ た中で、いかに支払いを少なくするかというディフェンシブな立場に立つのではなく て、いかに患者の安全を改善するか、improve patient safetyを目的にしてプログラム が開始されました。  この仕組みのミソは、クレームの記録が継続中の事案はオープンクレームと言いま す。記録が閉じられて、すべて賠償も何もかも終わってしまった事案をクローズドクレ ームと言います。終わってしまった賠償の案件をもう一度事故防止の観点からサーベイ し直して、しかも個人名を抜きにして、安全対策の教訓として学会が責任を持って発表 するという仕組みが、特記すべき点であったと思います。  ともすれば訴訟のプロセス、あるいは示談のプロセスの中で、ドクターのほうで自分 をディフェンスするために、自分の非を認めないで頑張るという側面も、一方でありつ つ、逆に早く保険会社にお金を払ってもらって示談をしてもらいたいというのであれ ば、自分は大失敗をしたというような報告書を書いたほうが楽だとか、私の経験の中で ドクターの対応というのは両極端に分かれてくるのです。それだけに紛争過程でできた 記録というのは、どう紛争を解決するかという目的のために、かなりのノイズや歪みが 入ってまいります。これを一旦洗い流して、医療安全のために何であれ、紛争や賠償の 問題になった案件を専門知識を持ったサーベイヤーが守秘義務をきちんと守ることを前 提にして情報を集めていく仕組み、これをCCSと申します。 ☆スライド  一般論ですが、防止対策の対象、教訓となる事例の範囲というのは極めて広いので す。もちろん事故に至らない「ヒヤリハット」まで様々な事例が、防止対策の教訓をも たらしてくれます。それよりも狭い範囲で民事賠償の問題、民事賠償の中でもとりわけ ひどい問題について行政処分が行われ、自動車の運転の場合では運転免許のことが最初 に問題になります。  賠償をやって運転免許を剥奪しても取消にしても、それでも到底示しがつかないよう な悪質事案のみを刑事処罰するという、悪質度に応じて階層的な構造がきちんと安定し ていますと、例えば一般の方は、自分が事故を起こしてしまったときに、これは保険で 賠償をすれば済むことだと、免停は1日講習に行けば済むことだという判断ができま す。いちばん悪いのは、例えば酔っ払いとか、スピード違反とか、引き逃げとか、そう いうことを行えばこれは刑事処罰になるから、むしろ引き逃げはいけないのだというカ ルチャーが安定してまいります。こういう階層構造、範囲の問題が医療事故については 必ずしも安定しないで、本来民事賠償の端っこに当たるような事例がいきなり刑事処罰 にされたり、なかなか安定しないのが現状ではないかと思われます。 ☆スライド  「主体の問題」ですが、諸外国の制度を見てまいりますと、事後的にどう対応するか ということについて、主に3つのスタイルがあるのではないかと思います。「規制型」 というのは行政あるいは刑事司法を司る司法関係が、刑事処罰あるいは行政処分を活用 して、政府主導でむしろネガティブな制裁を科しながら医療安全を誘導していくという スタイル。再三申し上げますが、フランスの事例は民事賠償の早期解決に政府が積極的 に乗り出して、いま大きな破綻を迎えているという状況ですが、こういう規制型のアプ ローチが1つあります。  もう1つは、例えばイギリスのGMCなどのように、専門職集団の自律的秩序を重視 した「自律型」のスタイル。もう1つ、アメリカの多くの制度は「市場型」のスタイル で、消費者に向けて情報を全部出してしまう。このドクターは何回ぐらい事故を起こし てこういうことをやってきた人ですよということを、インターネット上で個人名までど んどん出してしまうというような、医療サービス市場への積極的な情報公開をメインに するスタイル。規制型、自律型、市場型いずれも一長一短あるわけです。このどれかで 一元的な万能の第三者機関などというのはつくれるはずがないのですが、諸外国の制度 はいずれも規制の側面、あるいは専門職集団の自律の側面、医療サービス市場のマーケ ットを機能させるという、この3つの政策的手段をそれぞれ組み合わせながら対応して いるように思われます。  また、予防については先ほどのCCSのように、研究をし提言をしていくという「研 究提言型」と、さらに例えばCCSのプロセスで、麻酔器のバルブの付け換えを防ぐた めに、酸素のバルブと笑気のバルブの形を変えて、これを世界的なISOの標準にして しまうとか、そういうものを使用することについて政府の規制を行うというような、政 策誘導につながっていく。そういう予防のありようもあろうかと思います。 ☆スライド  アメリカですが、これは長谷川委員の話と重複いたしますので簡潔にお話させていた だきますが、各州の報告制度は基本的には強制報告制度ですが、基本的にはこれに事故 防止を目的として、とりわけ重大な事案をポジティブリスト方式で上げて報告対象とし ている州が多いように見受けられます。もちろん報告義務はあって強制なのですが、ア メリカではおおよそ医療事故について刑事処罰ということは観念できませんので、その 辺はあまり心配はないと。  そして、一般的には事故とは何かというような議論をするのではなくて、むしろ具体 的な事故類型、例えば取り違えとか輸血ミスというものを明示をして、どういう情報を 集めたいかということがはっきりしているというのが、アメリカの各州の報告制度の特 徴です。 ☆スライド 話は戻りますが、先ほどのこの図で言うならば、刑事処罰というのは我々 法律家の常識から言えば最終手段です。免許の話をしないでいきなり刑事処罰をしてし まうということは、普通は到底考えられないことです。さらに、「患者安全改善法案」 について、いま議論されておりまして、任意非公開でAHRQの患者安全センターのほ うにデータベースを構築していこうという、別途の取組みがいま提案されつつありま す。 ☆スライド  「民事の対応」ですが、アメリカの場合、民事手続が非常に広範なディスカバリ、こ れは訴訟になる前に双方の弁護士が出会って、勝手に証人尋問のリハーサルまでできて しまうような、非常に広範な証拠開示手続が事前に行われますので、訴訟になる前の有 責・無責の判断は、比較的日本よりも安定しております。  そのときに事前に、迅速に医師側が責任を認めた場合、もちろんメリットは早期解決 ですが、デメリットは事故情報を踏まえて、保険会社はそのドクターの保険料率をどん どんアップしてまいります。1人当たり自分の年収にも及ぶような保険料を支払わなく てはいけない場合も当然出てまいります。それから、そのドクターを医療保険のリスト から外すこともありますし、マーケットの中で患者さんからソッポを向かれる。こうい う市場での厳しいサンクションというものを想定したのがアメリカの制度です。 ☆スライド  さらにJCAHOの警鐘的事例、The National Patient Safety Foundation、これは むしろ研究、提言型の活動をしております。何らかのサンクションを前提にしているも のではありません。 ☆スライド  最後にイギリス、フランス等の状況ですが、職能集団の中で非常に権威があるとされ ている医師だけではなくて、一般市民も含めたGeneral Medical Councilというものが、 医師の懲戒と紛議調停、大変権威のある働きをしております。それから、CNSTとい うNHSの医療機関に賠償ファンドを提供する仕組みが、リスクマネジメントを条件と して賠償のファンドをカバーしてあげるという仕組みも出ております。患者安全庁(N PSA)は2001年に発足して、昨今、無記名方式の事故報告制度で安全対策の基礎資料 を収集しているところです。  最後にフランスですが、患者権利法という名前で、迅速に15日以内の事故報告とか、 4カ月以内の賠償解決を謳った法案が2002年3月4日に通りまして、医療事故の被害か ら迅速な救済を企図されたものですが、これは制定直後から本当に実行できるのかとい うことが大変危ぶまれている中、これほど厳しい賠償責任を課するのであれば、最早保 険カバーを提供することはできないということで、保険会社の撤退が始まりまして、医 師の6人に1人が医療過誤の賠償について無保険になるという事態に立ち至って、この ところ見直しの議論がなされているといった状況です。雑駁でございますが、以上で終 わりにさせていただきます。ありがとうございました。 ○堺部会長  ありがとうございました。それでは質疑応答に入ります。3人のお話を伺いますと、 かなり内容に共通したものがありますので、どなたへでも結構ですので、質疑をお願い いたします。また、長谷川委員と児玉委員はご自分のご報告以外の部分については、ご 自由にご発言をお願い申し上げます。 ○岸委員  まず高野さんにお伺いしたいのですが、この報告制度の免責が大きなポイントである とおっしゃっていますが、現行法上、刑事及び民事の法的責任というのは免責には非常 に難しいと思いますが、どの程度の範囲のことをおっしゃっているのでしょうか。 ○高野参考人  私どもは特に企業のヒューマンエラーによって、経済的損害が出たということを扱っ ていますので、例えば企業の責任で企業が費用を負担すれば、その意味では免責にして も企業の責任でできるという範囲であれば、免責にしていくというのは大きな流れでは ないか。  例えばある工場で工場のラインを間違いによって止めてしまったと。そのラインを止 めてしまいますと、当然企業としては相当多額の損失を受けるわけです。エラーが意図 的なものと無意識的なものと2つに分かれます。意図的にやったのではなくて、無意識 的に誰でもそういうレベルのヒューマンエラーが原因なってそういう損害が発生してし まったのであれば、これは企業の責任として責任を追及しないでおこうという方向の企 業が、全部ではありませんが、いくつかあるという状況です。  今回のように医療事故が刑事訴追をされるような、場合によっては第三者に対して危 害を加えてしまうというところは私どもは扱っておりませんで、その辺をどうするかと いう意見は差し控えたいと思います。 ○岸委員  児玉先生にお伺いしたいのですが、先ほどおっしゃった憲法第38条の関連ですが、私 は素人でよくわかりませんが、昭和37年の最高裁判決の趣旨は、刑事訴追につながるよ うな捜査当局への報告というのは38条違反になるかもしれませんが、訴追を目的としな い行政機関に対する報告では、自己帰罪拒否特権というのは発生しないような気もする のですが、いかがでしょうか。 ○児玉委員  レジュメに書かせていただいたとおりで、行政手続についても、これは小さな字で書 いてありますが、昭和47年11月22日に別の最高裁の大法廷判決がありまして、行政手続 にも同じ条文が及ぶと。ただし、行政手続すべてではなくて、実質的に刑事責任追及の ための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続であれば、行政か司法 かという区別はしないという判決です。これも同じく大法廷判決です。 ○星委員  児玉先生にお伺いしたいのですが、Closed Claim Study、麻酔科の先生方がお始めに なられたという仕組みですが、先ほどもおっしゃったように、彼らの動きが現実にバル ブの形状変更につながったという話を聞いておりますが、そのほかの学会あるいは国 で、このようなスタディを、日本でも類似のスタディが産婦人科の関係者の間で行われ ているというお話も聞きますが、先生の知る範囲でどのようなものがあるか教えていた だけますか。 ○児玉委員  基本的に日本でもいろいろな学会がこういう紛争の事例を前提にして、いろいろな研 究をやったり議論をされたりということはあると思います。また、アメリカあるいは諸 外国の事例でそういうものを教訓として議論をすることは、いろいろなパターンがある と思いますが、CCSの特殊性というのは、事故防止と紛争対応を完全に截然と分け た。ともすれば学会等の議論でも紛争に対応するか、どう訴訟対策を立てるか、事故防 止委員会と訴訟対策委員会が混同してしまう場面がありますが、このCCSは完全に分 けたということが1つです。  紛争対応の資料をそのまま受け入れて、例えば裁判の証拠を見ながら評価をする、論 評をするのではなくて、別途サーベイヤーを選任して、学会を挙げてそのプロジェクト を行ったということで、非常に特殊な成功を収めた事例というふうに了解しています。 ○川端委員  長谷川先生にお伺いしたいのですが、米国の各州の報告制度をまとめたものを見る と、民事法廷への保護のあるなしで、報告の件数が保護があればたくさん出てくる、な ければ出てこないという関係にはなっていないように見えるのです。保護があってもほ とんど出てきてない州もあれば、なくても結構な件数が報告されているという状況を見 ると、民事法廷への保護をすれば情報はたくさん集まってくる、しなければこないとい う関係にはないように思いますが、それはどうなのでしょうか。特にコロラド州では施 設名、概要も公開するということでありながら、コロラド州という州の規模から見て結 構な件数が報告されているように見えるのですが、それは何か特別の理由があるので しょうか。 ○長谷川委員  州まで下りて分析したわけではないので、川端委員のご質問に正確に答えることはで きませんが、間接的な答えとしては、Lucian Leapが成功した報告制度ということで、 戸口を開けています。処罰がないということが前提になるのでしょうけれども、報告の フィードバックがあって、報告する意義が報告する人に伝わるとか、あるいは独立し て、法的保護以外に扱っている機関が独立して機密性があるとかという、そのようない くつかの要素で数が出てくるところがあるのではないでしょうか。これだけの情報では わかりません。 ○黒田委員  児玉先生にお伺いしたいのですが、報告制度の話ですから、どちらかというと起こっ たことに関するレトロスペクティブをどうするかということが主体で今日お話がありま したが、結局防止ができればいいわけであって、問題は、こういうトラブルが起こった ことに関する報告のシステムと、それをどのように対策を講じるかということがいまは 大問題なのです。ですから、リスクマネジャーの方々とお話をしていても、こういうふ うなトラブルがあったという現象の分類とか、それはいいのです。それではどうするか という、そこが私はいちばん大事だろうと思うし、それがうまくできれば報告制度は一 人でに広がっていくと思います。どちらかというと、報告されたものに対して、処罰を するかどうするか、という目が強すぎると思います。先生がおっしゃった話の中に、ア メリカでPatient Safety Improvement Actというのがありますね。これは一体どういう ことを結論として出しておられるのか、それを是非とも知りたいと思いますが、いかが でしょうか。 ○児玉委員  この間いろいろと勉強しているところですが、まだこれは法律として制定されていな い段階です。もう1つポイントになっておりますのは、先ほど州ごとの民事手続を使わ ない云々という話と若干関連していますが、ピアレビューが原因を探求していく上で非 常に大事だと。病院の中である先生がやったことについて、何が原因だったのか、何が 問題だったのかということを自由に、個人責任だけではなくて組織全体の問題点をかた っぱしから洗い出していく、そういう積極的なピアレビューを保護しなくてはいけない という観点を非常に重視しております。むしろ全米でピアレビューの保護をもっと拡大 して、とりわけ医療事故の安全対策に使う情報収集についてのピアレビュー保護の拡大 ということを意図されているものだというふうに、私は理解しています。 ○黒田委員  長谷川先生に是非ともお聞きしたいのですが、各国の中で同じことをやって事故にな らない組織というのは日本でもあるわけです。そういう調査というのはないのですか。 我々は「無事故調査」と呼びますが、それが1つの解決方法として、手がかりというか 前向きのプロスペクトといいますか、そういうことを採用している場所というのはある のですか。 ○長谷川委員  本日の分析は報告制度で、「間違えから学ぶ」ということを中心としておりましたの で、黒田先生がおっしゃったようなことは調べてみませんでした。しかもそのつもりで 見ておりませんので、そういうことはよくわかりません。 ○児玉委員  マルコム・ボールドリッヂ・アワードというのがありますね。 ○長谷川委員  事故に直接関係しておりませんが、品質管理にはマルコム・ボールドリッヂ・アワー ドがあったり、あるいはよくやっているというような、英語ではanecdotalな、経験的 な評価で、あそこはいい、ここはいいよと、アメリカの田舎にある病院の薬の予約シス テムがいいよというのがあったり、VAのバーコードがいいとか、そういうような事例 は報告されてはいますが、系統的に全国的にそれを見ようというのはあるのかもしれま せんが、寡聞にして聞いていません。 ○黒田委員  航空とか産業では、同じようなマニュアルで同じような飛行機をつくっているわけで す。飛行機をつくっているのは世界で2カ所ぐらいしかないので、各国全部同じ飛行機 を使っています。落ちない会社があります。カンタスという航空会社は50何年無事故を 続けているとか、産業の場合においては、例えばデュポンという会社は同じような化学 物質をつくって、爆発や火災の可能性が大変多い作業ですが、ずっと安全を保ってい る。それは一体どうしてかという調査研究を随分やられていると思いますが、それを医 療関係でやっている国はどこかにありませんか。 ○長谷川委員  先ほど申しましたように、そのつもりで探しませんでしたので、あるのかもしれませ んが、聞いた限りではありません。 ○星委員  児玉先生にお伺いしたいのですが、英国のGMCとCNSTとNPSAは、先ほど来 お話に出ています、補償をする所、再発を防止する所、あるいは処罰するところといい ますか、免許そのものの問題と分けてやっていると。モデルとしては非常にわかりやす いと思いますが、この中で先ほどお話がありましたが、自分が早く訴訟を終わりたいと いうことで、いわば簡単に認めてしまう、あるいは私が間違いを犯しましたと認めてし まうというようなことが存在すると仮定して、そこで得られたネガティブな情報がGM Cに上がると。例えば、民事裁判で悪いと認めたではないか。だから、あなたは駄目で す、というような連動みたいなことになっているのか、あるいはそれぞれが独立してい るのか、その辺りはどうなのでしょうか。 ○児玉委員  私が認識している限りでは、これは独立性が強いのではないかと思います。とりわけ CNSTというのはNHS、雑駁に言うと国営の保険カバーが中心でありまして、例え ば一般のハーレーストリートで名だたる開業医が開業をしておりますが、ああいう所の 人たちというのはまた別に、いくつか私も知っていますが、ロイズのブローカーからロ イズのシンジケートのほうに保険を流してもらって、そういう所から保険を取得すると いう、別のカバーの道があります。  逆に言うとGMCそのものは保険会社からの通報を聞かなくても、例えば患者さんか らの訴えで懲戒手続を始めるということもあり得ます。これはGMCのサイトなどに行 きますと、まず最初に書いてあるのは、「我々はパプリックの立場に立つ」ということ を明言して、様々な情報源から、医師に対するあらゆるクレームを審査の対象にすると いうことで考えているようです。 ○辻本委員  高野さんにお尋ねしたいのですが、いちばん最初に組織の長の意識の重要性をお示し になられました。企業と病院という組織は、その辺りは根本的に違うものがあると私は 理解しております。しかも国公立とか自治体立の病院の院長は、あまりに権限が小さい ということに、私もびっくりいたしました。そういう現実が1つあります。  もう1つ、病院の院長という組織の長の立場の方たちは、古き良き時代、パターナリ ズム医療の時代の中で医療を行ってこられた方たちです。今回の川崎の事件もそうでし たが、研修医から見てきたやつはかわいいやつだという、かばいたい気持も人情として もあるでしょうし、そういうことが当たり前ということで育ってこられた、そういう意 識はなかなか変わらないと思います。  そこで企業ということで、こうした問題にお取り組みになっていらっしゃる高野さん から、特殊性を含んだ医療現場の長たる方たちへ、意識を変えていただくことをどう働 きかけるか、何かヒントはありますか。 ○高野参考人  企業の場合には、トップの組織の長というのが当然人事権を持っていたり、ある意味 で処罰する権限、社内での懲罰委員会をどうするかという権限を持っているわけです。 ですから、企業の長というのはかなりそういう意味では権限が大きいわけです。いま おっしゃったように、医療業界では組織の形が少し違うのではないか、あるいは徒弟制 度があったりOJTといいますか、一対一という制度があって、なかなか長というもの が機能しないのではないかという話があります。  確かにおっしゃるとおり、例えばある病院に行って、看護師さんは非常に熱心に、い ろいろなヒヤリハットを報告されると。医師については、なかなか積極的に参加してく れないんだという意見があります。1つは、先ほどモティベーションという話をしまし たが、組織の長である人事権者ではなくて、ある意味ではモティベーションのきっかけ になるのは、たぶん患者さんからのアクションですとか、最近東京電力でいろいろ話題 になっておりますが、1つは社会からのプレッシャーをどう受け止めるか。社会からの プレッシャーを受けて、医師がどう自覚するかというところだと思います。ただ、直接 的に出会い関係がないものですから、なかなか難しいと思います。ある意味で、企業の トップと同じようなインパクトを受けるような受け皿というか、システム、そういうも のが必要ではないかと思うのです。  ある所へ行きますと、患者さんからの苦情を受け付けて、受け付けた苦情に対しては 病院の1つの経営層で自主的に調査をすることも可能です。そうすると、患者さんの家 族、親族が経営層に意見を持って、経営層と同等のプレッシャーを与えることができる のではないかと。そういう意味で、1つモティベーションを高めていく。それに対して きちんと対応した組織については、高い評価を与えています。何を言っても全く反応し ない病院、あるいはきちんと対応する病院、そういうデータを透明性の問題で公開して いけば、同じようなシステム設計というのは可能ではないかと思います。  ですから、組織の長が1人で頑張っても駄目なのです。それを受けて、中の組織の要 員がどう反応するか、自分たちがやらなくてはいけないという気持になるかどうかとい うところが、1つのポイントかなと思います。 ○三宅委員  児玉先生に2つお伺いしたいのですが、先ほどの自己帰罪拒否特権のところで、報告 義務に関して先ほども話題になりましたが、いまアクシデント、インシデントレポート を義務化とは言わないけれども、施設内でやりましょうということになっていますね。 一方で、その報告書が情報公開の対象になるというふうな話を聞いています。そうする と、こういう報告義務を課している場合は、その対象にはできないということですね。 ○児玉委員  必ずしもそうではないのです。つまり自己帰罪拒否特権というのは、どちらにブレて 理解していただいても困るのですが、もちろん何も責められないほうがどんどん話しや すい。しかし、どんなときにも何も責められないというわけにはいかないのです。例え ば大変な医療ミスをしたということであれば、ちゃんと上司にも相談して、例えば下の ドクターであれば部長に相談して、ナースであれば上の人にちゃんと相談して適切な対 応をした結果、とんでもない大ミスであれば、当然その病院としては懲戒処分をしなけ ればいけない。これは当然のことだと思うのです。ただ、刑事捜査とか刑事手続、刑事 処罰に比べると、懲戒手続というのはダメージの非常に小さいものだと。法律家一般の 中にある懲戒と刑事手続と比べたときに、全く重さが違うという遠近感のもとで、いろ いろな報告制度があるけれど、さあ、報告しろと言っておいて、さあ、刑事処罰だと。 これだけは駄目だと。  行政手続の中でも、さあ、報告しろ、さあ、刑事に使うと、これだけは駄目だと。そ ういうぎりぎりの制限としての自己帰罪拒否特権だとご理解いただきたいと思います。 ですから、一般論として報告をしたものが公表されてしまう。そうすると、チリング・ エフェクト、萎縮効果があるじゃないかと。これは一般的に報告をさせて公開すること のメリットと、萎縮効果を天秤にかけて政策として判断していただく話であって、これ は禁じ手だという憲法論の話とは別枠の話題です。 ○三宅委員  もう1つ、アメリカの強制報告制度について、報告をしたドクターは刑事処罰の対象 とはしないという話ですが、ドクターの評価とは何らかの形でつながっていくのです か。 ○児玉委員  もともとこの州の制度そのものが、ドクターの資格に直結する制度ではないと了解し ております。評価に直結するというと、世間の評価ということであれば、保険会社に保 険を使って事案を解決すると、それは全部インターネット上で出てしまう国ですので、 この州のパスウェイを使わなくても事故を起こしてしまったという評価というのは、ア メリカの場合は非常に市場に出やすい仕組みになっています。つまりいくつかありまし て、刑事処罰はもともとないと。市場にどんどん情報が出ていくと。民事訴訟のための 証拠収集の手続は、日本とは格段に強力で、いくらでも証拠を集められる。何も州に集 まった事故情報を取らなくても、いくらでも情報が集められるという、非常に強力な ツールがたくさんあるという、アメリカの制度があると。  要するに市場に出ていく民事のツールが強い、刑事処罰がないという前提で、州への 報告制度はあくまでも予防対策の枠の中で使われていて、かつ、いまさらその報告書を 使っても使わなくても、あまり訴訟実務上は意味がないのではないかと思います。です から、これは私の知っている限りでは、あくまでも資格にもつながらないし、マーケッ トに公開していく情報にもつながらない。あくまでも予防対策のための情報集積と理解 しております。 ○梅田委員  私は長谷川委員に教えていただきたいと思いますが、実は日本でも医療事故の問題、 あるいは情報の収集ということでやっておられます。また、長谷川先生には常にいろい ろな委員会で海外の情報を的確にお示しいただいております。大変ありがたいと思って おります。今日のお話を聞かせていただいていちばん感じたことは、いま日本の医療情 報の、あるいは医療事故防止の中に、海外でどういう点がいちばん取り入れやすいか、 取り上げることによってどれだけの効果があるかということが、もしおわかりになりま したら教えていただければ、大変ありがたいと思います。 ○長谷川委員  なかなか言いにくいということをずっと一貫してお話をした側面があって、いろいろ な国の文化背景があったり、法律の扱い方が違ったりして、間違えながら学ぼうという ことで、報告制度、特に苦情で処罰とか賠償という流れとは違う新しいシステムをつく ろうということを、最近やり出していることを知りました。つまりそこのところは昔か らではないのです。  例えばインシデントレポート、アクシデントレポート、病院内では、私はアメリカに 70年代にエイジェントしましたので、たくさんサインも書かされました。だけど、当時 は個人を処罰するというニュアンスがありました。それから、「間違いから学ぼう」と いう制度をつくったのは、どうも最近のようです。しかもそれを各施設だけでなくて、 なるべくたくさんの施設で集めてやろうというのは、さらに新しい考えのようです。そ こをどうしたらいいかと悩んでいるということで、学ぶべきことというのは、みんなで そういうふうにやろうとなってきていることだと思います。あとは欠点・利点で選んで いくことにしたのではないでしょうか。 ○梅田委員  来週のジュネーブでいろいろな情報をお持ちになると思いますけど。 ○長谷川委員  主に事故の経緯とか、事故の発生頻度を測る手法について、国際的に標準化しようと いう話があるようなので参ります。 ○樋口(範)委員  1つはコメント、1つは質問をさせていただきたいと思います。コメントのほうです が、「免責」という言葉が一人歩きしていて、何を免責をしているのか共通の理解がな いままで行われている傾向があって、刑事制裁からであるとか民事的な賠償であると か、あるいは証拠として採用できないとかいろいろな意味がありますが、場合によって はそれをごちゃごちゃにしている傾向があるので、これは自戒の意味も含めてですが、 そこはどうなのかなという感想めいたものです。  ついでに申し上げると、私自身は先ほどの児玉委員の意見とは異って、アメリカにお いてはディスカバリが協力なのですが、ディスカバリからの免責、つまりディスカバリ の対象にはならないという意味で、報告されたものがディスカバリの対象にならない。 ピアレビューの中身ですね。それは民事のところでは使えないそのままの形というの は、アメリカにおいては大きな意味があるのではないかと私は思っているのです。  その上で、関連して1つ児玉委員に教えていただきたいのですが、アメリカでは日本 のように普通の医療事故で刑事事件にならないわけですよね。警察が出てきてというこ とは、そもそも考えられていないわけですが、これはアメリカだけが特殊なのか、ある いは日本が特殊なのかという話があって、それは私はよくわからないのです。  今日イギリスやフランスの話がありましたが、その2つだけ、あるいはほかの国でも いいですが、ほかの国でも刑事制裁というのは、普通の医療事故の場合に比較的日本と 同じように、あるいはそれは私の感覚が違っていて、本当は日本でも刑事裁制はそんな に大きな力を果たしていないのかもしれないので、そもそもそういうところからしてい ただければということなのですが。 ○児玉委員  私もちょっと話が不完全ですが、先生ご指摘のとおり、ピアレビューのプロテクショ ン、つまり各州の報告制度は証拠として使えないということは、アメリカのディスカバ リの中で、ディスカバリからももちろん解放されますし、法廷でも使えないという両方 の意味で、非常に大きな例外ではあるというふうに私も思います。  先生ご指摘のとおり、刑事の話は後ほどお話するとして、民事で賠償しなくてもいい 法制度というのは世の中に存在しない。必ずミスがあれば賠償するというのが前提で す。その上で、賠償のための証拠集めの仕組みがどういうふうになっているのか、各国 ごとにいろいろな特徴がありますが、とりわけアメリカの場合は、ピアレビュー・プロ テクション、ピアレビューを賠償のための情報にするのはやめようというところに、大 変大きな特徴があろうかと思います。  医療事故で刑事事件になるか、ならないかというお話ですが、少なくとも大陸法のフ ランスとドイツでは、非常に悪質な事例について刑事事件となることがあるという話を お聞きしております。イギリスでも極めて例外的ですが、あり得るという話を聞いたこ とがあります。これは確実にサーベイしたわけではないのですが、そういう話を聞いた ことがあります。では、アメリカでは絶対ないかというと、極めて例外的にはあり得る ということだろうと思います。  先ほどスライドの図で刑事処罰がいちばん小さい、しかも悪質なもので、その外側に 免許の話があって、その外側にという範囲の軽重の問題ということで言えば、アメリカ とてもゼロではない。諸外国とてもゼロではない。そういう意味で言うと、日本での実 情は統計も何も出ておりませんので、何とも言い難いのですが、少なくともメディアか らの情報で聞いている限り、昨今トレンドが変わってきて、日本での刑事処罰は大変目 立つということではあります。基本的に事の大小はありつつ、刑事処罰が非常に小さい 範囲であって、むしろ専門職業人に対する裁制ですから、免許の問題、再教育の問題に 重点があると。あるいはあるはずだというコモンセンスについては、おそらく諸外国共 通ではないかと思います。 ○長谷川委員  いまの課題について共同でやっている部分があるので、同じインフォーマントからの 情報かもしれませんが、私が聞いた限りにおいては、こういう表現をしていました。 「アメリカでも刑事で過失を法律的には問える。しかし、未だかつて問われたことがな い」という表現をしていました。全く同じことをイギリスでも聞きました。それは厚生 省の担当官から聞きました。したがって、今日のお話の免責というのは、民事における 証拠採用に関しての免責に限って、私は使っていたつもりです。  同様に私が聞いたのは、ドイツの場合には刑事で責任を問われることはあると。過失 に関して刑事責任を問われることがあると。その人は口を極めて、アメリカやイギリス はけしからんと。刑事でちゃんと責任を取るべきだと言っていました。だから、文化の 違いがあるのでしょうか。 ○樋口(正)委員  私は産婦人科でして、先ほど児玉先生から聞きましたが、例えば日本の場合は5%ぐ らい産婦人科は標榜ドクターがおりまして、5%から30%ぐらいの賠償の基金を保険金 に使っていて、いま非常に責められている状況があります。先ほど児玉先生がおっしゃ いましたが、産科婦人科医会では、過去20年ぐらい遡りまして、毎年裁判で確定した事 例を集めまして、それを集計して全部の会議にこういう事例があったからということで 情報を流して、自戒をして再発しないようにしているのですが、特に産科の場合は不作 為みたいな話があるわけです。事故はなくても紛争が非常に多くて、遡ってみれば注意 義務違反とか、そういう医療水準とか医療レベルの話で、例えば脳性麻痺が発生した場 合は、これを救うために賠償金を払えというようなことで出てくるのです。特に最近は 不作為みたいな話も事故としてこれは遡る場合は言われるかもしれず、非常に困ってお ります。  最近の問題は、オブステトリシアン・クライシスといいますか、ドクターが増えてい る中で産婦人科医はどんどん減りまして、推計ではあと10年もするといなくなるのでは ないかという感じがあります。特に都内の6カ所の都立産院は全部閉鎖しました。そう いう状況がありまして、開業のドクターも減りつつあるという状況があります。不作為 的といいますか、事故と認識していなくても結果が悪いと紛争。事故事例と紛争事例を 分けてやっていただければと思います。  先ほどのCCSだと、これが事故事例というように報告をしてやるのですが、プロス テクティブといいますか、認識がないから報告しようと思っても、リスクなりインシデ ント、アクシデント、あるいはペリルとかハザードという言葉がありますが、ペリル的 なことは確かにできるかもしれません。児玉先生に質問というほどではありませんが、 事故と紛争の関連とか、その辺りをちょっとご意見をいただければと思います。特に 我々の診療科に特化したことで、しかも非常に金額が張るわけです。  もう1つ、刑事訴追というのが最近起こりまして、産婦人科の場合、分娩の途中で側 切開を入れないとベビーが仮死になるから、側切開して縫ったら、それがすぐ警察に 行って捜査が入ったということが最近ありまして、しかもそれが起訴されまして、非常 に苦労した話があります。縫い方がちょっと悪くて粘膜が出たから、それも業務上何と かと言われまして、何だか知りませんが起訴されてしまいました。いくら言っても、特 に検事もわかってくれないということで、東京で発生しておりますので、何をやってい いかわからないという状況が現場でも起こりつつあるということもご報告させていただ きたいと思います。 ○児玉委員  民事でもそうですし、刑事でもそうだと思いますが、産婦人科学会を特定して申し上 げていると思われると誤解を招くので、一般論としていつも感じていることですが、実 は別の科の学会でつい10日ほど前に、つい思わず踏み込んだことを言ってしまいまし た。日本の学会は、産婦人科に関して裁判の途上でも本当に意見がばらばらです。例え ば帝王切開まで何分というのが、典型論点で裁判のたびにやっている話です。  先日、大変権威のある先生に私は鑑定書をいただいて、帝王切開まで10分でやれと。 これは直感的に素人が考えても麻酔する時間もないのではないかと。どうやって10分で やるつもりなのかと思いました。学会がもっと訴訟の過程で責任を持って、自分たちの 権威をかけて、これは問題がある事例だ、これは問題がない事例だという意見をきちん と責任を持って出していただければいいと思うのですが、意見がばらばらです。  民事はむしろ賠償の話ですので問題は小さいと思いますが、刑事事件になったときも 学会を挙げて、これは問題はないんだと、権威のある先生方が口を揃えて言ってくださ るのであれば、我々もディフェンスがしやすいのですが、一旦紛争になりますと先生方 はいっぺんに引いてしまって、遠巻きに見ているという状態になります。それでは医療 の実情というのは、検察官にもなかなか伝わらないのではないか。  要するに隠ぺいではなくて、もっと積極的な発信があってもいいのではないかと、 時々思いますし、むしろそういうことを促進したいなという気持を、個人的には持って おります。 ○井上委員  長谷川委員と児玉委員にご質問があるのですが、長谷川委員の「2つの異なった情報 」というスライドがありましたが、このとらえ方を変えますと、医療事故が起きてしま って、ふりかかってしまった患者さんへの対応と、もう1つ、「専門家」「報告」とい うところについては、要するにプロスペクティブな考え方で、マスとしての患者さん、 次の事故を防止するというふうに問題点を2つに分けて考えないと、先ほど児玉委員の 言われた事故防止対策と紛争対策が各国でごっちゃになっているという点があるのかな というところに、コメントを長谷先生のほうからいただきたいと思います。  児玉先生のほうで、CCSの中で、これはどのくらいクローズドするまでに年限がか かっているのか。日本の場合はあまりにも長すぎて、使おうと思ってもものすごい昔の 話で使えなかったりすることがあって、その辺を日本と比較するとどうなのかと。現場 にいる人間からすると、あまり昔のことをやってしまってもしょうがないのかと。  私どもの会の中でやっている事故事例分析というのは、わりと直近のことを役立たせ るためには、患者さんのためにはやらないといけない。そうすると、CCSにはなって いないようなことがあったりするのですが、この辺が少し悩みがあるものですから、そ の辺を教えていただければと思います。 ○長谷川委員  患者が苦情を訴えて裁判になって納得したというのは、ずっと昔から聞いたことはあ ります。ところが、「間違いから学ぼう」というのはわりと新しい考えです。それには 事故もありますし、事故でない場合もある。それを合わせてやっていこうということ で、それが国際的に新しい。それをどういうふうに位置付けたらいいか。といいますの は、前者のほうのシステムからも学べる。例えば苦情とか、裁判のクローズドクレーム からも学べる。その辺で混乱しているのではないかと私は思っております。目的が違う のではないかということです。 ○井上委員  この委員会と同じで、現場のほうでかなり混乱しているところがあります。だから、 この2つをきちんと分けて出していかないといけないのかと思ったのですが。 ○長谷川委員  現場のことはよくわかりませんが、制度的に請求する場合にちょっと混乱してしまう ことがあったりする。例えばこのケースは入れる、こういうケースは入れないとか、こ のケースについては法的な免責をするとか、しないとかという類の議論のときに混乱す る。日本は現場で情報を集めて比較的一生懸命やっているのではないですか。ただ、問 題はそれを施設を超えて集めていくときにどうするかということが少しはっきりしない ところがあると感じております。 ○児玉委員  全くご指摘のとおりでございまして、CCSの問題点というのは、おっしゃるとおり タイムラグの問題です。ただ、必ずしもクローズドというのは裁判が終わるという意味 ではありませんで、示談で終結するものももちろんクローズドの中に含まれておりま す。日本の裁判は遅い、遅いと大変評判は悪いのですが、私自身が解決まで至った事案 というのは、本当に大きな訴訟で、論点がたくさんにわたっているものは平成一桁のも のもありますが、平成二桁のものの解決が昨今ではほとんどになってきております。示 談で解決しているものの大部分が平成12年、13年、14年、ここ2、3年のものです。具 体的にはもう少し長い方もいらっしゃるかもしれませんが、少なくとも私の手持事件で は和解事案で2、3年、訴訟事案で数年以内というふうになっております。  もう1つ、タイムラグはあるのですが、逆にCCSのタイムラグは弱点ではあります が、問題は同じようなパターンのミスが繰り返し起こっておりますし、組織的なサイト ビジット、現場へ行って組織の仕組みの弱点というものをきちんと検証しようという意 味では、例えば何度でも繰り返されている異型輸血みたいなものでも、十分検証の必要 性があるのではないか。もちろんすべての事例をホットな事例も含めてCCSが解決す るという意味では、タイムラグの問題があって弱点があるのですが、それでもなお繰り 返される同じパターンの医療ミスを解決するという意味では、メリットがある手法では あると思っております。 ○岡谷委員  先ほど諸外国では刑事処罰は少ないということでしたが、例えば行政処分については どうなのでしょうか。日本だと、ミスがあっても過失に問われてはっきりしないと、行 政処分も下りないということもあると思いますが、刑事処罰が少ない分、行政処分等の 扱いというのはどのぐらいになっているのかということをお伺いしたいと思います。 ○長谷川委員  刑事処罰が少ないというのは、アングロサクソン系の国々で少ないということであり ます。私もあまり詳しく調べたわけではありませんが、全体的な印象としては、非アン グロサクソンも含めてヨーロッパの国々では、プロフェッショナルの独立性が強いよう で、例えば医療の免許制度も医事課長のほうがご専門でしょうけれども、EMC、つま り公的な医師会、いわゆるトレードユニオンとしての医師会ではなくて、プロフェッ ショナルな団体としての医師会が判断をし、医師免許を出している。権力で出している という構造ではないと聞いております。したがって、先ほど言った行政処罰もそこが やっている。プロフェッショナルが自らやっているというシステムが主体のようです。 何か事故が起こったり問題があったら、その団体がやっているというふうに聞いていま す。その程度です。 ○児玉委員  具体的な数値のデータを持っているわけではありませんので、断定的なことは申し上 げかねますが、賠償をすることによって、むしろ経済的な不利益を結果的には被る。つ まり個人の保険料がどんどん上がっていくという不利益を被ったり、再教育を施設の中 で命じられたり、あるいは再教育の単位を取ることを義務づけられたり、場合によって は資格を停止されたり剥奪されたりという、資格と教育のプロフェッショナルとしての 世界での裁制というところは、むしろ積極的にいろいろな国での取組があるように承知 しております。 ○中島医事課長  正確な数字が手元になくて恐縮ですが、私が文献で読んだ限りでは、アメリカでは資 格の剥奪については、すごく数が多いと書かれています。ヨーロッパはそれほどでもな いという印象で、非常に漠然としていて恐縮ですが。  1つ質問ですが、民事の証拠に基づいて処分した場合に、今度は逆に処分に対して訴 訟が当然起こり得るわけで、その辺はアメリカなどでは問題になっていないのですか。 ○児玉委員  行政手続そのものが、いまの日本の論点というのは、資格の問題の行政処分を行うに 当たって、刑事手続の結果を前提とするか、民事の結果をも、例えば判決等の結果をも 前提としていいのかという議論だろうと思います。そもそも行政だけでやるとしたら、 行政の事実認定は何なのか。これは刑事とも民事とも独立の手続です。民事で敗訴した から、それをもってただちに行政処分を行うという国は、少なくともないというふうに 私のほうも承知しております。 ○前田委員  さっきから話題になっておりますが、日本はやはりドイツ型ですので、マスコミで騒 がれるほど多くはないですが、やはり日本の刑事はドイツと同じように、英米と比べれ ば医療過誤も刑事責任を問うているということです。それはやはり基本的には、ほかの 事故と同じように過失責任を問うということです。医療の特殊性というものをどこまで 読み込むかという差が国によってはあるかもしれませんが。  高野さんに1つご質問を申し上げたいのですが、全体の流れとして将来安全に医療を 行えるようにするには、なるべく情報をたくさん集めて、解決策を前向きにつくってい くことが大事だというのは非常によくわかるのですが、片一方で世の中の一般の流れと して、事故に遭った被害者に対してどう説明していくか。また、非常に重大な結果が起 こったことをどう考えていくか。ある意味で、そのバランスの取り方だと思うのです。  そのときに非常にヒントになると思ったのは、ある程度過失の重いものについては、 高野参考人も正義の文化といいますか、正義の論理としてある程度切らなければいけな い。それがほかの世界の正誤の基準と違うかどうかというのはありますが、重大な事故 が外部に起こった場合を想定していない、内部的な事件の中でもそういう基準で考えな ければいけないというお考えなのですか。 ○高野参考人  考え方としてはいろいろあるのではないかと思います。特に産業界の場合には、外部 の方に、一般の公衆の方に被害が及ぶという例はそれほどないわけです。その場合には 当然、刑事責任、行政責任といろいろあると思いますが、特に私が述べている範囲とい うのは、せいぜい経済的な損失という範囲に限定されるのではないかと思います。  いちばんの目的は再発を防止することと、リスク情報を発掘するというのが目標です から。実際に被害が出た事例というのはあまり多くないわけです。むしろ被害が実際に 出ていないようなインシデント情報です。ヒヤリハットとか、ニアミスとかは非常に数 が多いわけです。ですから、事故になる直前のものを何とかたくさん収集して、それに よって潜在的リスクをきちんと発掘しておけば、重大事故が起こる以前に対策を立てる ことができるのではないかと、そういう立場でお話をさせていただいております。  実際に事故が起こった場合に、免責性云々ということになりますと、私どもが言って いるのは意図的なエラーです。例えばきちんと処置をしなければいけないとルールで決 まっているものについて、そういうことをしなかったということであれば、それは責任 を問うというのは、先ほどの正義の文化という部分だと思います。ただ、人間誰でも無 意識のうちにエラーをするというのは、たぶん日常生活を経験されている方は心当たり があるのではないかと。当然医療の世界も含めて仕事でもそういうことがあるわけで す。そういうものについては、実際に重大な事態に立ち入ったとしても、その方の個人 の責任というのは非常に酷であるのではないかというふうに思っております。これは個 人的な考えです。 ○辻本委員  長谷川委員にお尋ねしたいのですが、レジュメで言うと2頁のいちばん下の右側、 「情報の流路」というところで、混乱の矢印がたくさんあるスライド、このときに各種 対応システムということを提言していらっしゃいますが、例えばどういうシステムです か。 ○長谷川委員  これは提言というのではなくて、その国々によっていろいろシステムが違うというこ とです。例えば上のほうの「苦情」については、法廷外であったり、あるいは苦情相談 窓口であったり、各国、各文化でいろいろ工夫をしてやっているようです。割合と共通 のようです。苦情だったら院内、あるいは地域、NPOの方のシステム、国々で強弱は ありますがやっておられるという、そういう印象を持っております。  最後に手短に申し上げます。お気づきだと思いますが、私が報告したものは主として 英米型の文化になっております。言語上、それ以外は収集しにくいということはありま すが、事実、14カ国を調べた限りにおいては、それ以外はないのです。したがって、報 告制度、安全文化というのは比較的英米的です。1つ『トライドヒューマン』という本 が出まして、影響があったせいかなという印象を持っております。それが1点です。  もう1点は、全国の施設を強制的にしたものというか、いちばん成功したと言われて いるのは、アメリカの国立VA病院の制度で、その制度の責任者のベイジアンが言って いるのは、学習組織において強制報告はあり得ないと。覚えておられるかもしれません が、報告制度の中で説明責任。患者さんや社会に対して、自分がやったことを説明する という責任においては、これは強制制度がある。しかし、自分が過ちから学ぶというこ とにおいては、いくら強制と言ってもご本人は自主的な報告でしか学べないという言い 方をしていて、私はその考え方は賛成であります。制度設計のときにそういう考え方を 取り入れる必要があるのではないかと、個人的に思っております。 ○堺部会長  予定の時間がまいりましたので、本日のヒアリングはこれまでとさせていただきたい と存じます。高野さんにおかれましては、大変ご多忙のところをおいでいただきまし て、改めて御礼申し上げます。  次回以降の予定ですが、ヒアリングは本日をもって終了させていただきます。これか らは当検討部会としての意見の取りまとめの検討に入りたいと思います。事務局から報 告書の取りまとめに当たっての進め方について説明をお願いいたします。 ○新木室長  今後論点整理、骨子案、報告書の作成等を進めていただきまして、年度内に報告書を 取りまとめていただければと考えております。このため、大変タイトで恐縮ですが、年 が明けましたら3月までの年度内に、4回ないし5回程度本部会を開催してご検討をい ただけないかというふうに思っております。 ○堺部会長  いま事務局から説明がありましたように、今後報告書の策定を行っていくわけです が、親会議、つまり医療安全検討対策会議に適宜報告を行いつつ、そちらの意見も伺い ながら進めていきたいと考えておりますが、論点整理や報告書の作成に当たりまして は、当検討部会の何人かの方々に起草委員になっていただきます。まず草案を作成して いただいて、それを基に検討部会で議論を進めていくのがよろしいのではないかと思い ますが、いかがでしょうか。                 (異議なしの声) ○堺部会長  それではそのように進めさせていただきます。起草委員の方々ですが、私からご提案 をさせていただければと存じます。三宅委員、樋口正俊委員、前田委員、辻本委員、岸 委員、川端委員、児玉委員、この7名の委員の方々に起草をお願いし、その起草の草案 をこの検討部会でご検討いただきたいと思いますが、いかがでしょうか。                 (異議なしの声) ○堺部会長  大変ご多用のところ、さらに起草委員をお願いし、大変恐縮でございますが、どうか よろしくお願い申し上げます。次回は論点整理を行いたいと考えておりますので、よろ しくお願い申し上げます。 ○宮本専門官  次回の日程につきましては、1月27日(月)、17時〜19時の開催とさせていただきま す。会場等の詳細につきましては、後日ご連絡させていただきたいと思います。 ○堺部会長  それでは、本日はこれをもって終了させていただきます。どうもありがとうございま した。  (照会先) 医政局総務課医療安全推進室指導係長 電話 03-5253-1111(内線2579)