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3 肺がんの発生機序についての知見

 肺がんリスクを疫学的に検討するに当たって、同時に、組織レベルでの肺がん発生機序に関して、現在どのように考えられているのか知見を収集した。

(1) 病理学的知見

 じん肺は、粉じんの吸入によって肺間質の線維増殖性変化が引き起こされる肺疾患であるため、このような線維化そのものが肺がん発生にどの程度関与しているかに関して、現在どのような医学的知見が得られているか収集を行った。
 じん肺は肺間質の線維増殖性変化を主体とする肺疾患であり、気道の慢性炎症性変化を伴う。一方、同じく肺間質の線維増殖性変化を来す疾患として、病因不明の特発性間質性肺炎(idiopathic interstitial pneumonia: IIP, 又はusual interstitial pneumonia: UIP)があり、病理学的には、主として肺胞隔壁に炎症が起こり、肺胞隔壁の肥厚、結合組織成分の増加(線維化)とともに、肺構築の改変と縮小をきたし、蜂窩肺となる。
 じん肺に発生する肺がんの発生機序を直接に示す知見は得られていない。特発性間質性肺炎についても、従来から喫煙の有無に関わらず肺がんが高率に合併することが報告(弘中ら(1999年)、Hubbardら(2000年))されており、肺間質の線維化(慢性炎症)の過程の中に、がん化に密接に結びついているステップが存在している可能性が想定される。
 肺間質の線維化病変(慢性炎症部位)における肺がんの発生機序を考える上で、線維化病変(蜂窩肺部分を含む。)又は病変の隣接部位に肺がんが発生すること、重複肺がん(組織型が複数)が高率に発生すること(清水ら(1985年))、特に喫煙者に高率に発生すること(貫和(1994年))などの観察された知見が重要な示唆を与えると考えられる。
 これらの事実を背景に、蜂窩構造に生じた異型上皮(扁平上皮化生)が肺がんの発生母地である可能性の観点からと改変機構に形態異常を伴わない遺伝子異常が存在している可能性の観点から、肺間質の線維化病変(慢性炎症部位)における肺がんの発生機序の解明が試みられている。
 前者については、異型上皮(扁平上皮化生)がそのまま前がん病変になるとは考えがたい。後者については、K-ras、p53、FHIT等の遺伝子異常の指摘がされており(Maeshimaら(1999年)、Vassilakisら(2000年)、Katabamiら(2000年)、Uematsuら(2001年))、検討会の場でもこれを支持する考え方が出されているが、肺がん発生原因の解明にはさらに知見の集積が必要である。
 いずれにせよ、肺線維症における肺がんの発生は極めて高率であり、線維化に引き続いて起こる二次的な変化というだけでは説明は困難である。線維化進行と肺がん発生との間をつなぐことが可能性がある機序には、線維化と喫煙の相互作用であるという機序、喫煙由来物質が線維化局所で細胞障害性に働き、細胞の増殖性を高め、肺がんの発生に重要な場を提供するという機序、喫煙刺激は通常の肺がんと同様、イニシエーションとして作用し、慢性炎症状態はこれをプロモートするという機序、肺構築の改変と縮小の際に繰り返されるDNA修復過程に遺伝子異常が生じるという機序がある。
 じん肺における肺がん発生の機序に関する知見を得るために、特発性間質性肺炎などの肺間質の線維化病変(慢性炎症部位)における肺がんの発生機序について知見の収集を行った結果、現時点で、肺がん発生機序については確定的に明らかにする知見はないと考えるが、肺間質の線維増殖性変化と肺がんが高頻度で発生することが明らかであり、線維性増殖性変化過程の肺胞構造の改変、DNA修復過程の関与により、がんが発生することを推定させる知見が得られているといえる。これらの知見は、線維性増殖性変化が主体であるじん肺病変にも当てはまることを類推させるが、じん肺における肺がんの発生機序解明について、今後の知見の集積が待たれる。

(2) 変異原性に関する知見

 輿らの結晶質シリカの変異原性試験のまとめ(表10)から、個々の試験結果をみると(+)を示す試験、(−)を示す試験もあるが、総体としては結晶質シリカは変異原性が確実にあるとはいえないと考えられる。

表10 結晶質シリカの変異原性試験〜石綿・石綿代替品の変異原性試験結果と石英の結果の比較〜


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