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在職老齢年金制度の見直し等について
−支え手を増やす観点から−


I 年金支給と就業に関する基本的な考え方

1 年金支給と就業の関係を一般的に整理すれば、次のようになる。

 支給開始年齢に到達した者について、

(1) 退職すれば年金を全額支給するが、在職中は年金を全く支給しないとした場合(退職年金構成)
   → 退職促進の方向に作用

(2) 在職中も年金を全額支給する場合(老齢年金構成)
   → 就業継続の方向に作用



2 就業促進の観点からは、基本的には上記の1の(2)(在職中も全額支給)が望ましいが、他方で、
(1) 勤労収入のみで生活している現役世代(保険料負担者)とのバランス
(2) 年金財政の健全化、安定化の見地
を総合的に検討していくことが必要である。

 また、年金の支給が就業行動(賃金、労働時間等の選択)への影響をもたらし、労働条件の低下等につながるおそれについて検討が必要となる。


3 一方、支給開始年齢の引上げは、就業に対する年金の影響を解消し、高齢者の就業を促す側面があるが、現下の経済情勢や労働市場の動向にかんがみれば、前2回(H6、H12)の改正による65歳への支給開始年齢の引上げスケジュールを早めることは、現時点では現実的ではないのではないか。


4 このため、年金制度としてさらに就業促進な仕組みを考えるとすれば、上記の1の(1)と(2)の中間的な選択の中で、就業促進の方向を目指していかざるを得ない。
 在職中は年金を支給しつつ、年金や賃金の額に応じて年金の一定額を支給停止する手法は、このような中間的な選択と位置付けられるものであるが、このようなことから、在職老齢年金の仕組み(注1)(注2)には、どうしても退職促進的な要素が残らざるを得ず、完全に就労促進的な方向のみを目指すことは困難なのではないか。


5 このような枠組みの下に、現役世代とのバランス、年金財政の安定化ということも踏まえつつ、就労促進の方向をより強めていくために、60歳前半層の就労者に対する年金給付のあり方をどのように見直していくかが問題となる。

(注1) 現在の在職老齢年金制度の仕組みについては、別添1参照。

(注2)在職老齢年金における「屈折点22万円」と「標準報酬月額37万円」の考え方について

屈折点22万円

 年金の給付基準としては、現役男子被保険者の平均標準報酬の6割程度を基準としていることから、賃金と年金額の合計もこの水準までは2割支給停止部分以外の年金については、賃金と併給することが適当であるとの考え方から、平成 10年度末の男子の標準報酬月額平均37万円の6割程度に当たる22万円を基準値としている。

標準報酬月額37万円

 年金受給者の賃金が男子労働者の平均賃金である37万円に達する場合には、現役とのバランスからこれ以上年金と賃金の総手取り額が増額するようにすることは適切ではないとの考え方から、賃金が37万円を超える場合には、賃金増加分の年金の支給を停止している。


6 なお、1の(2)を前提としつつ、年金と就業収入を一体として課税していくことで、現役世代とバランスをとりつつ、高齢者の就業を抑制しない方向を目指すべきとの指摘もあるが、その場合、給付費増−現役世代の負担増を避けようとすれば、現行在老制度の下における給付調整(20%〜100%)に見合う大幅な課税強化が必要であるが、現在の税制の体系からみて実際に可能か。


II 高年齢者層における「支え手」を増やすための方途に係る検討

1 在職老齢年金制度の意義

 現行の在職老齢年金制度が高齢者雇用との関わりにおいて果たしている役割には、例えば次のようなものがある。

(1) 賃金が低い者について、年金との組合せによる老後の生計維持の途を開いていること。

(2) 加齢に伴う労働能力の低下や通常勤務の困難化等に伴い賃金が定年前より低下してしまう者について、在職老齢年金との組合せによる手取り収入の改善の途を開くことで、就業意欲の低下を緩和していること。

(3) 在職老齢年金を考慮した賃金水準の設定がなされると、高齢者の雇用コストが低下し、企業が高齢者を雇用し易くなること。


2 在職老齢年金制度を見直すに当たっての視点

(1) 厚生年金の支給開始年齢の65歳への引上げが進行中であり(具体的な引上げスケジュールは下記のとおり。別添2参照)、

(1) 〜2013年(平成25)

 定額部分の支給開始年齢が遅くなり、60歳到達後は暫く報酬比例部分のみが支給され、その後、定額部分+報酬比例部分が支給されることとなる。

(2) 2013(平成25)年〜2025(平成37)年

 報酬比例部分の支給開始年齢も遅くなり、60歳到達後は暫く全く年金が出ず、その後、報酬比例部分のみが支給されることとなる。

(2) したがって、この間、60歳前半層の高齢者における賃金と年金の組合せによる生計維持へのニーズは、さらに増大することが予想される。

(3) この場合、今後は、60歳前半層で定額部分+報酬比例部分という高い年金を受給する層は減って、2025年までは報酬比例部分のみを受給する者(現行のモデル年金で10万円強の水準)が中心となっていくことを踏まえる必要がある。

(4) また、高齢者について、「能力を評価軸とし、多様な能力を最大限活かせる働き方を選べる雇用システム」(注4)あるいは「能力や職務を重視した賃金・人事処遇制度」(注5)の実現が今後の大きな課題となっていることも踏まえて検討することも必要となる。

(注4)「年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議 中間とりまとめ報告」

(注5)「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002(平成14年6月25日閣議決定)」


3 高齢者の就業形態等に応じた施策の方向

(1) 年金制度として「支え手」の拡大に向けた何らかの取組が考えられる高齢者としては、厚生年金(特老厚)の受給権を有する者が想定される。

(2)「年金額(本来の年金額)」や「賃金」の多寡が就業等の選択に与える影響等について整理を試みれば、次図のとおりとなる。

(注)稼得可能な賃金水準と年金額に応じ、概念的な整理を試みたもの。

稼得可能な賃金額

稼得可能な賃金額

(3) これを類型化すれば、次表のとおり(資料2−1−図5も参照)。

対象者 必要な施策、その効果等
(1) 本格的就業者
(MAX83万人程度)
(B,C)
  • 在職老齢年金を停止されつつ就業(24万人程度)

  • 特老厚の受給資格を有するが裁定を受けずに就業(MAX 59万人程度)

〔施策〕
引き続き本格的な就業の継続を促す

〔効果〕
現状どおり(年金給付費用の減少、保険料収入)

(2) 在職老齢年金受給者
(65万人程度)
(A,C)
  • 在職老齢年金を受給しつつ、厚生年金の被保険者として就業

〔施策〕
在老年金を多く受給するために賃金や労働時間を抑えて就業している者に対し、本格的な就業を促す。

〔効果〕
支え手の質的改善
(保険料収入の増加:
「本格就労への転換者×保険料増加」分)

(3) 非就業者(297万人程度) (C,D)
  • 就業せず(引退/失業)、特老厚を全額受給

  • 又は厚生年金の適用なく就業し、特老厚を全額受給
    (うち、雇用労働者は99万人程度)

〔施策〕
新たな就業(厚生年金被保険者としての就業)を促す。

〔効果〕
支え手の増加
(保険料収入の増加: 「新規被保険者×保険料」分)

(4) したがって、高齢者層における支え手の拡大のためには、まず、在職老齢年金を改善して(対象者はA,C)、本格的な就業を促進していくことに取り組む必要がある。
 また、この点については、支給開始年齢の段階的引上げに伴って、60歳台前半層ではこれまでよりも低い年金を受給する者が増えてくることを考えれば、改善に取り組む意義は大きい。
 ただし、在職老齢年金は上記のIで整理したように、どうしても中間的な仕組みにとどまり、年金の支給が賃金の水準と働き方の選択に影響を与え、完全に就業促進的な仕組みにはなり得ないことにも留意が必要。

(5) このため、在職老齢年金の改善にとどまることなく、C,Dの非就業者(比較的年金が高く、本格的に就業すると大幅に年金が支給停止されるため、そのインセンティヴが働きにくい者)を念頭に、新たに本格的な就業を促す仕組みを併せて設けることを検討することも必要。
 この場合、本格的に就業した場合には、当面、年金は支給されないが、その分は後に退職した時にまとめて受給できる仕組み(いわば繰下げ支給の仕組み)がインセンティヴになり得るのではないか。

(6) したがって、以下においては、支え手を増やすための年金制度としての方策として、
 (1) 在職老齢年金の改善
 (2) 年金を繰下げ受給できる新たな仕組み
の2点について検討してはどうか。


検討事項I 在職老齢年金の改善

1 現行の在職老齢年金制度と就業との関係

(1) (厚生年金の被保険者として就業する場合に年金が減額・停止される)「在職老齢年金制度」は、世代間の公平確保や年金財政の安定に資する一方で、年金受給権を有する者の就業に抑制的に機能し、また就業する場合にも低賃金の就業を促進することで高齢者の能力発揮を妨げている側面もあるのではないか。

(2) また、このことは、平成6年における在職老齢年金制度の大幅な改正(賃金の増加に応じ、年金と合わせた手取額が連続的に増加するように改められた)にもかかわらず、当該改正の前後で基本的には変化していないとみることができる。

(3) 在職老齢年金制度の下で、年金受給権を有する者が厚生年金被保険者として就業した場合における、「賃金の稼得に伴う年金の減額の度合い」(以下「△P/W値」と表記。)を明らかにしたのが別添3である。

 これによれば、△P/W値は、本来の年金額や賃金(標準報酬月額)の水準によって大きく変化することが明らかとなる。

(1) 本来の年金額18万円程度の場合に、賃金額にかかわらず50%程度で安定的に推移。

(2) 年金額が18万円程度より高い場合には、賃金の増加につれて逓減。
  (→年金額が相対的に高い者について、高賃金での就業を促す効果)

(3) 年金額が18万円程度より低い場合には、賃金の増加につれて逓増。
  (→年金額が相対的に低い者について、低賃金での就業を促す効果)

(4) 高い年金額の場合に「37万円ライン」の影響により、低い年金額の場合には「22万円ライン」の影響により、それぞれ部分的に不自然な変化が生じる。

 これは、
(1) 在職者の年金の一律2割カット
(2) 一定の水準(22万円ライン)までは2対1調整を行わない
という仕組みによって生じているものである(注9)。

(注9)

1) 仮に最初から2対1調整(賃金の増加2に対し、年金1をカット)するならば、△P/W値は、年金額や賃金にかかわらず常に50%となる。

2) 実際には、「屈折点22万円」の設定により、年金額・賃金の低い者については、△P/W値はより低くなっている。

3) また、一律2割カットにより、年金額の高い者が低い賃金で就業する場合の△P/W値は高くなる。


2 改善の方向等

(1) これら仕組みが、厚生年金の受給権を有する高齢者の就業に大きな影響を及ぼしている可能性があるが、これを改善する場合の方向としては、以下のものが考えられる。

(1) 各年金額階層を通じ、賃金の増加に伴う△P/W値の変動を出来る限り水平又は右下がりに近づけていく。

(2) 年金額が比較的高い者の△P/W値を抑えていく。

(3) 年金額が比較的低い者について、賃金の増加に伴う△P/W値の上昇を緩やかなものにする。

(注10) これについては、一定水準の屈折点(現行22万円)を設定し、その範囲での就業を優遇する仕組みを維持する限り、避けられない面もある。

(2) 考えられる改善方策の例

イ 上記の(3)及び(4)を踏まえた改善方策としては、例えば次のような手法があり得るのではないか(別添4(I-III)参照)。
 なお、これらによる場合における△P/W値の変化については、別添5(I-III)を参照。

方法 主な影響・効果
I 一律2割カット方式の廃止

(1) 賃金にかかわらず、本来の年金額の1割(22万円ライン以下では2割)分だけ在老年金額が増加。

(2) 少なくとも賃金の50%が手取りに反映される。

II 2対1調整の緩和

(例:3対1調整へ)

(1) 22万円ラインを超える者(2対1調整の対象者)の在老年金額が増加。特に賃金や年金額が多い者について大きな改善となる。

(2) 37万円ライン(頭打ちライン)の影響は増大。

III 2対1調整開始点(22万円ライン)の引き上げ

(例:25万円ラインへ)
(1)年金や賃金にかかわらず、22万円ラインを超える者(2対1調整の対象者)の在老年金額が、原則1.5万円ずつ増加。

(イ) また、この場合、報酬比例部分のみが支給される年齢期(注)については、前述のとおり、年金と賃金の組合せによって老後の生計を維持することの必要性が高まること等に配慮し、当該年齢期に限って、在職老齢年金の支給調整を緩和することも考えられるのではないか。

(ロ) その場合の方法としては、例えば、次のようなものがあり得る。

@ 上記のイのI〜IIIの措置を講じる。

A 在職老齢年金を60歳後半層の者に対する仕組み(高在労方式。賃金と合算して37万円までは、年金の全額を支給)と同様の緩やかな調整の方法で支給。

B 年金のうち一定額については、在職老齢年金制度による調整の対象から除外。

(ハ) ただし、この場合、各々の年齢期の扱いに差異を設けることが逆に定額部分の支給開始時点での退職を促進することとならないかという点についても十分な検討が必要なのではないか。

ハ これらの手法を実際に採用することの適否については、以下の点についても留意のうえ、さらに検討する必要があるのではないか。

(1) 年金財政にどれ位の影響を及ぼし、また保険料を負担する現役世代との均衡は保てるか。

(2) 企業が、年金の改善した分、賃金を引き下げるような行動をとり、労働者にメリットが十分に及ばない可能性はないか。

(3) 年金の改善が、企業の雇用行動・賃金設定や、労働者の就業行動に対し、どの程度具体的なインパクトを与え得るか(平成6年改正の効果等を踏まえ)。


検討事項II 年金を繰下げ受給できる新たな仕組み

1 60歳前半層の者に支給される「特別支給の老齢厚生年金」について、働いている間は受給せず、退職後に繰り下げて受給することを選択できるような仕組みのイメージは、次のようになるのではないか(イメージ図参照)。

〔イメージ〕

(1) 個々人の事情に応じた年金受給が可能となるよう、希望者のみを対象とする選択的な仕組とする(従来どおり、働きながら在職老齢年金を受給することも可能とする)。

(2) 60歳前半の者に支給される「特別支給の老齢厚生年金」のうち、厚生年金の被保険者として就業している間の分に限り、繰下げ受給を可能とする。

(3) 具体的な繰下げ増額率、繰下げ受給できる期間等については、現役世代とのバランスや年金財政への影響の度合い等も踏まえ、今後検討する。


2 このような仕組みを設けることにより、現行の在職老齢年金制度の下での本格的な就業には制約も多い者にとって、

(1) 新たな仕組みの下で能力や経験を活かして就業し、それに相応しい処遇を受けることにより、在職老齢年金を併給して就業する場合の手取額と遜色ない賃金収入を得ることができ、

(2) また、引退後には本来の厚生年金よりも手厚い年金が保障される、

ことが期待できる点で、新たな制度にはメリットがあるのではないか。


3 また、次のような社会・経済的メリットも想定されるのではないか。

(1) 能力や経験を有する高齢者の自立自助を促し、本格的な就業への意欲を喚起することで、社会保障の支え手の拡大や年齢に関わりない社会の実現に資する。

(2) 高齢者の選択肢を拡大することにより、在職老齢年金を考慮した企業や労働者の行動を縮小し、また高齢者の能力発揮を促すことで、年金制度の労働市場に対する中立性の確保にも資する。

(3) 就労している間は年金が支給されず、勤労所得を中心に生計が維持され、また、繰下げ受給できる年金額も一定の範囲に制限されることで、勤労収入のみで生活している現役世代とのバランスも保たれる。

(4) 年金を無条件支給する場合に比べれば、年金財政への影響はより少ないものとなる。また、高齢者に本格的な就業を促すことで保険料収入の増加も期待できる。

(5) 企業にとっても、このような仕組みは、能力や専門性を有する高齢者の確保を図ることに資する。


4 このように、新たな仕組みについては、60歳前半層における年金制度の支え手の拡大に資することが期待され、今後、年金財政への影響等も含め、さらに詳細な検討を行うことが適切ではないか。


5 その他

 なお、65歳以降の在職者に対する年金給付のあり方(現行の仕組みについては、別添6参照)についても併せて検討することが適切ではないか。

 また、アメリカのように支給開始年齢を67歳程度まで引き上げることについては、我が国の労働市場の動向等にかんがみれば、現実的ではないのではないか。


○ 年金を繰下げ受給できる新たな仕組みを検討するためのイメージ図

パターン1 定額部分の支給開始年齢引上げ途上世代

◇ 「繰下げ」を行わない場合(在職による一部支給停止)

「繰下げ」を行わない場合

◇ 「繰下げ」を行った場合

「繰下げ」を行った場合


パターン2 報酬比例部分の支給開始年齢引上げ途上世代

◇ 「繰下げ」を行わない場合(在職による一部支給停止)

「繰下げ」を行わない場合

◇ 「繰下げ」を行った場合

「繰下げ」を行った場合



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