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第1章 新しい事業の創出

 1990年代以降、我が国は経済のグローバル化や少子高齢化など外的環境の急激な変化の中で経済の停滞を余儀なくされている。それに伴い、国際社会における我が国経済に対する評価も、例えばIMD(International Institute for Management Development)の国際競争力ランキングに象徴されるように、低下し続けている。しかし、我が国経済の現状のパフォーマンスが劣っているとはいえ、我が国が今なお高度の技術力・莫大な個人資産・高レベルの国内消費市場など、他に優位な要素を擁する世界有数規模の経済システムを有することに疑いの余地はなく、その潜在力をいかして自信を取り戻せば、現状の危機を乗り越えることは十分可能であると考える。
 我が国の潜在力を目覚めさせ経済活性化を図るためには、新規事業の創出とその成長を支援することが最優先の課題の1つである。しかし新規事業の創出という観点で見た場合、現状の我が国においては、既存のシステムに保護されている人と新たに起業する人との間にリスクの差が大き過ぎるほか、制度面でも差が大き過ぎ、やる気のある人々の起業意欲をディスカレッジしているとの指摘がある。また一方で既存事業の再編が遅々として進んでいない、大学等の研究機関における成果が十分活用されていないなど、現有資源の有効活用も十分でないという問題もある。新規事業の創出のための施策については、こうした現状を踏まえて、起業のハードルを下げて我が国の「創業力」の底辺を広げるとともに、事業に必要なヒト・モノ・カネといった資源(技術を含む)が成長する企業や分野に最適配分されるような仕組みの構築を至急検討し、実現すべきである。
 規制改革はこうした施策における重要な手段として位置付けられる。これまでも規制改革は、新たなマーケット創出による成長機会の提供という形で新規事業の創出を支えてきた。しかし、上記の問題意識を踏まえれば、我が国の新規事業創出に関するインフラについて、起業の創出からその後の成長ステージまでを包括した観点から、集中的かつ包括的な規制改革を迅速に行う必要がある。
 具体的には、「起業のハードルを下げる」点では、起業に伴う諸手続の時間や事務負担の削減を図るとともに、各種の有限責任の法制度上の事業形態を一層利用しやすい制度に再構築する必要がある。
 また「ヒト・モノ・カネの資源の最適配分」という点では、エクイティ・ファイナンスの拡大や担保制度の拡充等を通じ「リスクに応じた資金調達手段の多様化と円滑化」を図る必要があるほか、画一的な教育制度の見直し・大学の活性化・多様な働き方を可能とする雇用制度の見直し等を通じた「意欲ある人材を育成・支援する仕組み」、さらには産学連携の強化やM&Aに関する制度の改善を通じた「技術力や既存事業などの現有資源を最大限いかす仕組み」の整備について、同時並行的に大胆な規制改革を進める必要がある。
 最後に新規事業の観点から税制面での検討を行うに当たっては、特例措置自体が税の公平・中立・簡素といった原則の例外措置であることを認識し、政策目的、必要性、効果などを十分吟味することが必要である。その上で、例えば間接金融からエクイティ投資など直接金融へのシフトや、長期雇用から多様な働き方への選択肢の拡大等、従来の我が国の諸制度についてのパラダイムの転換が求められているという現状を踏まえ、我が国の諸制度の将来の在り方についてのビジョンに基づいた上で、一連の規制改革と連携しつつ、検討されるべきである。

3.人材の育成及び供給等に関する規制改革

 事業を創出するのはあくまでも“人”である。新規事業において人材が十分に確保されるためには、やる気のある人が集まり創意工夫をもって挑戦し続けることを阻害しないことが重要であり、今日の会社と個人の関係における人々の意識の変化にも対応しつつ、雇用・労働制度におけるパラダイムを転換していく必要がある。
 また、大学の研究成果を活用する「大学発ベンチャー」等大学の研究シーズを素早く実用化・産業化することや、大学において社会的ニーズも踏まえた教育研究を行うこと等、産学の連携を一層促進していくことが、新規事業の創出・支援のためには極めて有効である。
 さらに、教育においては、これまで、行き過ぎた平等主義・画一主義に陥り、新しい価値を創造して人々を牽引するリーダーの輩出を妨げる傾向があった。
 したがって、新規事業を担う独創性と創造性に富んだリーダーの資質を持った人材を育成するため、社会や地域住民、需要者のニーズに応じた人材の育成を支援することにより、義務教育段階から多様な教育が提供されるべきである。

(1)新規事業における人材確保を支援する規制改革

  1)労働者派遣及び有期労働契約の拡大【迅速に検討・結論】
 新規事業においては、派遣・有期・パート等柔軟に人材を確保することが必要であり、また多様な就業形態を求める人も増加してきている。
 労働者派遣制度については、働き方の選択肢を広げ、雇用機会の拡大を図る等の目的から、労働者派遣法(「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」、昭和60年法律第88号)の見直しに向けて検討を行っているところであるが、派遣期間についてはその制限の撤廃を含めた見直し、派遣対象業務についてはその一層の拡大について検討すべきである。
 また、有期労働契約については、契約期間の特例の延長やその適用範囲の拡大等について労働基準法(昭和22年法律第49号)の改正に向けて検討しているところであるが、早期に結論が得られるよう、検討を進めるべきである。

  2)紹介予定派遣制度の見直し【迅速に検討・結論】
 雇用のミスマッチを解消し、新規事業にとっては採用実務を効率化するという意味で、従来の試用期間制度に加え、常用目的紹介や紹介予定派遣を積極的に活用することが極めて有効である。派遣先への就職を前提とした紹介予定派遣制度については、実態調査を踏まえ、労働者派遣制度全体の見直しと併せて、例えば派遣就業終了前の面接可能時期の前倒し等、法制度を含む現行制度の見直しを迅速に検討し、円滑な運用の阻害要因を取り除くべきである。

  3)民間職業紹介事業の規制緩和

a)職業安定法における許可基準の見直し【迅速に検討・結論】
 新規事業への円滑な労働移動を図るに当たって、民間職業紹介事業者の果たす役割は大きく、その活動をより活性化する必要がある。職業紹介制度については既に有料職業紹介・無料職業紹介の双方について制度全体の見直しに向けた検討を開始したところであるが、例えば、兼業規制の緩和や学校等以外の者の行う無料職業紹介事業の許可制について許可制を届出制に改めること等、幅広い検討を行うべきである。

b)求職者からの手数料規制の緩和【迅速に検討】
 求職者からの手数料については、モデル・芸能家に加え、年収1,200万円以上の科学技術者・経営管理者からも徴収可能となったところであるが、新規事業への求職者が必ずしも高額の年収だけを求めるのではないこと等を考慮し、新規事業への求職者に限らず、例えば年収要件の大幅な引下げ等により、対象者の拡大を図ることを検討すべきである。

(2)会社と個人の新しい関係に応じた規制改革

  1)労働基準法の抜本的改正【迅速に検討・結論】
 労働基準法(昭和22年法律第49号)については、高度の専門能力を有するホワイトカラー層等の新しい労働者像にも対応した、新たな時代の雇用関係を規定する基本法とするための抜本的見直しを検討すべきである。その際、米国のホワイトカラー・エグゼンプションの制度をも参考にしつつ、裁量性の高い業務については労働時間規制の適用除外を採用することについて検討すべきである。また、現在は判例法にゆだねられている解雇の基準やルールについて立法で明示することを検討すべきである。その際には、いわゆる試用期間との関係についても検討するとともに、解雇の際の救済手段として、職場復帰だけでなく、「金銭賠償方式」という選択肢を導入することの可能性を検討すべきである。

  2)裁量労働制の拡大【迅速に検討・結論】
 新規事業の立ち上げにおいては、目標を共有した意欲的な人々が自らの意思で仕事を進めていくことが多く、こうした意欲を阻害してはならない。企画業務型裁量労働制を採用するための現行の手続が煩雑になっていることにかんがみ、成長過程のベンチャー企業等にとっても使いやすい制度となるよう、企画業務型裁量労働制の手続の簡素化について、早期に結論が得られるよう、検討を進めるべきである。

  3)個別労使紛争への対応強化【遅くとも平成16年中に措置】
 新規事業においては、迅速かつ低廉な費用で個別的な労働関係の紛争を適切に解決するスキームが求められることから、労働調停制度や労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否等について早急に検討し、所要の措置を講ずべきである。

  4)企業年金及び退職金制度の改革【平成14年度以降適宜検討・結論】
 新規事業への有能な人材の移動を支援するためには、従来型の年金や退職金といった長期勤続を優遇する制度が人材流動化の阻害要因とならないようにする必要がある。企業年金については、転職が不利にならないよう、確定給付型年金のポータビリティ向上を目的とした中途脱退者の通算制度の拡大や、コストを抑えた効率的な運営システムの整備等による確定拠出型年金の拡大を図るべきである。また、退職金については、長期勤続者を過度に優遇する現行制度の見直しを図るべきである。


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