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卒後臨床研修目標


はじめに

 医師養成の上で卒後臨床研修の役割は特に重要であるが、適切な臨床研修を実施するためには、まずその目標が明確にされる必要がある。
既に昭和53年に、厚生省医務局長通知の中で具体的な到達目標が例示されており、その趣旨は昭和61年に示された「総合診療方式における研修目標」においても生かされており、これらは現時点でも達成すべき目標として十分有益なものである。
 しかしながら、医学・医療の高度化による臨床医の専門分野の細分化に伴って、若い医師の間に早急に専門的な技術を身につけようとする傾向があり、これを放置すると特定な領域しか診ることのできない臨床医が増加する恐れがある。
 他方、我が国では、人口の急速な高齢化に伴って慢性疾患を有する老人が増加し、また患者のニーズも多様化している。このような中で、医師は単に専門分野の疾患を治療するのみではなく、患者、家族の抱える様々な身体的、心理的、社会的問題も適格に認識・判断し、医療チームの中で治療、看護、介護サービス等の種々の方策を総合的に組織・管理し、問題解決を図る能力を備えることが必要となってきている。
 従って、患者を全人的に診る能力をすべての医師が身につけるための対策を講じる必要があるが医療関係者審議会臨床研修部会では既に卒後臨床研修の改善について検討を行っており、昭和63年3月の部会において、「期待される医師像」及び「臨床研修の意義」については下記のように考えるとの意見を得た。

「期待される医師像」

生涯教育を受ける習慣・態度を有する。
科学的妥当性、探求能力を有する。
高い倫理観と豊かな人間性を有する。
社会発展に貢献する使命感と責任感を有する。
自己の能力の限界を自覚し他の専門職と連携する能力を有する。
チーム医療のコーディネーターとしての機能を有する。
後輩の医師に対し指導できる能力を有する。
地域の指導者的役割を果たす能力を有する。

「臨床研修の意義」

幅広い臨床実務を経験し医学部で学んだ基本的知識・技術・態度を体系化する。
暖かい人間性と広い社会性を身につける。
医療人としての自己を見つめ直し「医の心」を十分に考える。
病める人の全体像を捉える全人的医療を身につける。
臨床経験を通じ、総合的視野、創造力を身につける。
患者の持つ問題を正しく把握し解決する能力を身につける。
科学的思考力、応用力、判断力を身につける。
患者及び家族のニーズへの対応、態度を学ぶ。
医療スタッフの業務を知り、チーム医療を率先して実践することを学ぶ。
医療における経済性を学ぶ。

 本部会では前記に示した「期待される医師像」と「臨床研修の意義」を実現するため、我が国の医療事情も勘案しつつ臨床研修についての標準的な到達目標を設定した。これは、志向する将来の専門領域の如何にかかわらず、全ての研修医に必須のものと考える。
 即ち、通常見られる疾患の患者に対して適切な診療を行い、また、特に救急時の診療を行う能力を身につけるべきである。そのためには、適切な判断力と診断治療のための基本的手技、更には全身管理能力を身につける必要がある。また、必要に応じて患者を適切に専門医又は施設等に送る能力の養成も重要である。さらに、病人の抱える問題を身体的、心理的、社会的に適切に把握し解決・指導するためには、患者及び家庭とのコミュニケーションを保つ能力の養成も大切である。
 これらについて卒前教育においても知識等を修得させているが、なお臨床教育の相当部分を卒後臨床研修で行うことが必要であると思われ、卒後臨床研修の使命は極めて大きい。


1 一般目標

(1)全ての臨床医に求められる基本的な診療に必要な知識・技能・態度を身につける。

(2)緊急を要する病気又は外傷をもつ患者の初期診療に関する臨床的能力を身につける。

(3)慢性疾患患者や高齢患者の管理上の要点を知り、リハビリテーションと在宅医療・社会復帰の計画立案ができる。

(4)末期患者を人間的、心理的理解の上にたって、治療し管理する能力を身につける。

(5)患者および家族とのより良い人間関係を確立しようと努める態度を身につける。

(6)患者の持つ問題を心理的・社会的側面をも含め全人的にとらえて、適切に解決し、説明・指導する能力を身につける。

(7)チーム医療において、他の医療メンバーと協調し協力する習慣を身につける。

(8)指導医、他科又は他施設に委ねるべき問題がある場合に、適切に判断し必要な記録を添えて照会・転送することができる。

(9)医療評価ができる適切な診療録を作成する能力を身につける。

(10)臨床を通じて思考力、判断力及び創造力を培い、自己評価をし第三者の評価を受け入れフィードバックする態度を身につける。


2 具体的目標

(1)基本的診察法

 卒前に修得した事項を基本とし、受持症例について例えば以下につき主要な所見を正確に把握できる。

1)面接技法(患者、家族との適切なコミュニケーションの能力を含む)

2)全身の観察(バイタルサイン、精神状態、皮膚の診察、表在リンパ節の診察を含む)

3)頭・頸部の診察(眼底検査、外耳道、鼻腔、口腔、咽頭の観察、甲状腺の触診を含む)

4)胸部の診察(乳房の診察を含む)

5)腹部の診察(直腸診を含む)

6)泌尿・生殖器の診察(注:産婦人科の診察は指導医と共に実施のこと)

7)骨・関節・筋肉系の診察

8)神経学的診察


(2)基本的検査法(1)

 必要に応じて自ら検査を実施し、結果を解釈できる。

1)検尿

2)検便

3)血算

4)出血時間測定

5)血液型判定・交差適合試験

6)簡易検査(血糖、電解質、尿素窒素、赤沈を含む)

7)動脈血ガス分析

8)心電図

9)簡単な細菌学的検査(グラム染色、A群β溶連菌抗原迅速検査を含む)


(3)基本的検査法(2)

 適切に検査を選択・指示し、結果を解釈できる。

1)血液生化学的検査

2)血液免疫学的検査

3)肝機能検査

4)腎機能検査

5)肺機能検査

6)内分泌学的検査

7)細菌学的検査

8)薬剤感受性検査

9)髄液検査

10)超音波検査

11)単純X線検査

12)造影X線検査

13)X線CT検査

14)核医学検査


(4)基本的検査法(3)

 適切に検査を選択・指示し、専門家の意見に基づき結果を解釈できる。

1)細胞診・病理組織検査

2)内視鏡検査

3)脳波検査


(5)基本的治療法(1)

 適応を決定し、実施できる。

1)薬剤の処方

2)輸液

3)輸血・血液製剤の使用

4)抗生物質の使用

5)副腎皮質ステロイド薬の使用

6)抗腫瘍化学療法

7)呼吸管理

8)循環管理(不整脈を含む)

9)中心静脈栄養法

10)経腸栄養法

11)食事療法

12)療養指導(安静度、体位、食事、入浴、排泄を含む)


(6)基本的治療法(2)

 必要性を判断し、適応を決定できる。

1)外科的治療

2)放射線治療

3)医学的リハビリテーション

4)精神的、心身医学的治療


(7)基本的手技

 適応を決定し、実施できる。

1)注射法(皮内、皮下、筋肉、点滴、静脈確保)

2)採血法(静脈血、動脈血)

3)穿刺法(腰椎、胸腔、腹腔等を含む)

4)導尿法

5)浣腸

6)ガーゼ・包帯交換

7)ドレーン・チューブ類の管理

8)胃管の挿入と管理

9)局所麻酔法

10)滅菌消毒法

11)簡単な切開・排膿

12)皮膚縫合法

13)包帯法

14)軽度の外傷の処置


(8)救急処置法

 緊急を要する疾患または外傷をもつ患者に対して、適切に処置し、必要に応じて専門医に診療を依頼することができる。

1)バイタルサインを正しく把握し、生命維持に必要な処置を的確に行う。

2)問診、全身の診察および検査等によって得られた情報をもとにして迅速に判断を下し、初期診療計画をたて、実施できる。

3)患者の診療を指導医または専門医の手に委ねるべき状況を的確に判断し、申し送りないし移送することができる。

4)小児の場合は、保護者から必要な情報を要領よく聴取し、乳幼児に不安を与えないように診察を行い、必要な処置を原則として指導医のもとで実施できる。


(9)末期医療

 適切に治療し、管理できる。

1)人間的、心理的立場に立った治療(除痛対策を含む)

2)精神的ケア

3)家族への配慮

4)死への対応


(10)患者・家族との関係

 良好な人間関係の下で、問題を解決できる。

1)適切なコミュニケーション(患者への接し方を含む)

2)患者、家族のニーズの把握

3)生活指導(栄養と運動、環境、在宅療養等を含む)

4)心理的側面の把握と指導

5)インフォームド・コンセント

6)プライバシーの保護


(11)医療の社会的側面

 医療の社会的側面に対応できる。

1)保健医療法規・制度

2)医療保険、公費負担医療

3)社会福祉施設

4)在宅医療・社会復帰

5)地域保健・健康増進(保健所機能への理解を含む)

6)医の倫理・生命の倫理

7)医療事故

8)麻薬の取扱い


(12)医療メンバー

 様々の医療従事者と協調・協力し、的確に情報を交換して問題に対処できる。

1)指導医・専門医のコンサルト、指導を受ける。

2)他科、他施設へ紹介・転送する。

3)検査、治療・リハビリテーション、看護・介護等の幅広いスタッフについて、チーム医療を率先して組織し、実践する。

4)在宅医療チームを調整する。


(13)文書記録

 適切に文書を作成し、管理できる。

1)診療録等の医療記録

2)処方箋、指示箋

3)診断書、検案書その他の証明書

4)紹介状とその返事


(14)診療計画・評価

 総合的に問題点を分析・判断し、評価できる。

1)必要な情報収集(文献検索を含む)

2)問題点整理

3)診療計画の作成・変更

4)入退院の判定

5)症例提示・要約

6)自己及び第三者による評価と改善

7)剖検


おわりに

 医師養成全般における臨床研修の目標の位置付け

 医学教育を改善し「期待される医師像」に応える医師を養成するためには、卒後臨床研修と卒前教育、専門医教育、生涯教育との整合性を図る必要がある。特にカリキュラムに関しては、これらは一貫性を有するべきであり、教育目標は専門医教育まで段階を経て次第に深さを増しながら幅を狭めていくと考えられる。
 以下に、本部会で臨床研修に関連して議論された点を付記する。

(1)卒前教育

 卒前教育における臨床実習は充実されてきているが、卒前教育における臨床実習は臨床研修における技能等の修得と密接に関連するものであるので、卒前教育における医行為を伴う臨床実習の許容程度について卒前教育における知識等の到達度も踏まえて十分に検討する必要がある。

(2)臨床系大学院

 臨床系を専攻する大学院学生も、患者の診療をする機会を持つのであれば、本卒後臨床研修目標を達成していることが専攻の前提として必要であると考える。

(3)専門医制度

 本到達目標は全ての臨床研修医に必須のものであるから、今後は全専門医学会が専門医(認定医)認定の条件として、臨床研修における本到達目標の達成を前提とするか、又はそれぞれのカリキュラムの中に盛り込むことが必要である。また、これに加えて、志向する将来の専門性を勘案し、内科系、外科系、小児科系その他各専門分野の系において、幅広く専門分野の各サブスペシャリティ及び関連領域の目標を達成することが望ましい。

(4)生涯教育

 卒後臨床研修は、地域医療における家庭医機能についての生涯教育の基礎としても位置付けられることが適当である。



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