戻る

資料4

看護業務基準

1995年 社団法人日本看護協会

1.はじめに
 看護業務基準とは看護職の責務を記述したものである。基準は看護実践のための行動指針および実践評価のための枠組を提示するものであり、その内容は看護という職種の価値観と優先事項とを反映している。したがって、看護業務基準は保健師助産師看護師法で規定されたすべての看護職者に共通の看護実践の要求レベルを示すものである。過去、各職能委員会や業務委員会において業務の検討が行われてきたが、上記のような視点からの看護業務基準の作成には至っていない。そこで本委員会では、包括的かつ基本的な看護業務基準を作成することとした。

2.看護業務の範囲
  看護業務は保健師助産師看護師法により規定され、かつ看護倫理に基づいて実践される。看護業務の範囲はあらゆる健康レベルの対象に対する看護実践である。この看護業務実践は、保健・医療・福祉の領域で展開されおり、対象は個人・家族・集団・地域社会などである。
 看護業務実践は、人間のライフサイクルに応じて母性・小児・成人・老人の各発達段階で展開される実践である。また呼吸・循環・代謝・神経・精神・運動などの機能障害の種類と程度、さらには生活機能レベルなどを考慮した看護が実践される。これらを図1にまとめて示した。

3.「看護業務基準」
 看護実践とは、看護職が対象に直接的に働きかける行為である。看護実践の組織化とは、看護職が看護実践を提供し、保証するためのシステムを構築することである。看護実践と看護実践の組織化をあわせて看護業務という。それらを行うには以下の基準を充足する必要がある。

<看護実践の基準>

看護実践の内容
 1) 看護を必要とする人に身体的、構神的、社会的側面からの手助けを行う。
 看護を必要とする個人、家族、集団を身体的、精神的、社会的側面から捉え、 健康な日常生活を送っていくうえで、身体的、精神的、社会的に自分のことが自分で行えない状態にある人に、その人なりの日常生活が自分でできるよう援助を行う。
 2) 看護を必要とする人が変化によりよく適応できるように支援する。
 現在行われている治療や検査、訓練などについて本人が安心して、さらに積極的に参加できるように援助し、さらに、健康レベルの変化に応じたライフスタイルを創造するために調整し、情緒的、情報提供的支援を行う。
 3) 看護を必要とする人を継続的に観察、判断して問題を予知し、対処する。
 看護を必要とする個人・家族・集団を継続的に観察し、健康状態や生活状況を判断することによって、重大な徴候を識別し、適切な対策を講じる。
 4) 緊急事態に対する効果的な対応を行う。
 緊急事態とは、極度に生命が危機にさらされている状態で、予測・不測の両方の事態が含まれる。
 効果的な対応とは、直面している状況をすばやく把握し、必要な人的物的資源を整え、的確な救命救急活動を行い、危機状況を管理し、安定化をはかる。
 5) 医師の指示に基づき、医療行為を行い、その反応を観察する。
 医療行為とは、保健師助産師看護師法第37条が定めるところに基づき医師の指示が必要であるが、医師の指示の実施に際しては以下の点について看護独自の判断が必要である。
1.医療行為の理論的根拠と倫理性
2.患者にとっての適切な手順
3.医療行為による患者の反応の観察と対応

看護実践の方法
 6) 専門的知識に基づく判断を行う。
 専門知識とは、看護の領域に限らず、関連分野の学際的な知識をさし、広くその時代に受け入れられている最新のものを意味する。
 専門知識に基づく判断とは、看護を必要とする人々の状態を識別し、問題解決に関する意思決定を行うことである。
 7) 系統的アプローチを通して個別的な実践を行う。
 看護を必要とする人に個別的な看護を提供するためには、健康状態や生活環境を査定し、援助を必要とする内容を明らかにし、計画立案、実行、評価という一連の過程が必要である。この過程は、健康状態や生活環境の変化に敏速かつ柔軟に対応するものであり、よりよい状態への援助のために適宜見直しが行われなければならない。
 8) 看護実践の一連の過程は記録される。
 看護実践の一連の過程の記録は、看護職者の思考と行為を示すものである。吟味された記録は、他のケア提供者との情報の共有や、ケアの連続性、一貫性に寄与するだけでなく、ケアの評価やケアの向上開発の貴重な資料となる。 必要な看護情報をいかに効率よく、利用しやすい形で記録するかが重要である。
 9) 全ての看護実践は看護職者の倫理規定に基づく。
 全ての看護実践は、看護職者の倫理規定を行動指針として展開される。
 現在示されている「看護師の倫理規定」(日本看護協会、1988年)は、以下のとおりである。
1.看護師は、人間の生命を尊重し、また人間としての尊厳および権利を尊重する。
2.看護師は、対象の国籍、人種、信条、年齢、性別、社会的身分、経済的状態にこだわることなく対応する。
3.看護師は、対象のプライバシーの権利を保護するために、個人に関する情報の秘密を守り、これを他者と共有する場含については、適切な判断のもとに対応する。
4.看護師は、現実の状況下において個人としてあるいは他者と協働して、常に可能な限り高度な看護を提供する。また自己の実施した看護については個人としての責任を持つ。
5.看護師は、対象のケアが他者によって阻害されているときは、対象を保護するよう適切に行動する。
6.看護師は、地域における健康間題の解決のために住民と協力すると共に、行政当局の政策決定に積極的に参画する。
7.看護師は、常に質の高い看護を提供できるよう個人の責任において継続的学習に努める。
8.看護師は、看護実践の水準を高め、よりよい看護ケアのために研究に努める。
9.看護師は、人々に常に質の高い看護を提供できるよう看護教育の水準を設定し、実施する。
10.看護師は、常に水準を高めるような制度の確立に参画し、また、看護専門職のレベルの向上のために組織的な活勤を行う。

<看護実践の組織化の基準>
 1) 継続的かつ一貫性のある看護を提供するためには組織化が必要であり、組織は理念を持たなければならない。
 看護を提供するためには組織化が必要であり、かつ、組織は適切で効果的かつ経済的に運営されなければならない。また、その組織を運営するための基本的考え方、価値観、社会的有用性などを理念として明示する必要がある。理念の決定にあたっては、国際看護師協会が示している「看護の定義」「看護師の定義」「 看護師の倫理綱領」、日本看護協会が示している「看護師の倫理規定」などのほか、所属機関もしくは施設などの理念と矛盾してはならない。
 2) 看護実践の組織化並びに運営は看護職管理者によって行われる。
 看護を提供するための組織化並びに運営は、看護実践に精通した看護職者で、かつ、看護管理に関する知識、技能を持つ看護職管理者によって行われるものである。
 3) 看護職管理者は看護実践に必要な資源管理を行う。
 看護を提供するための組織が目的を達成するために、看護職管理者は、必要な質量の人員、物品、経費等を算定、確保して、それを有効に活用する責任を負うものである。さらに、資源管理には、情報管理が重要な要素となる。
 4) 看護職管理者は、看護スタッフの実践環境を整える。
 看護職管理者は、看護の提供を受ける人びとに必要な看護体制を保持し、看護職者および看護補助者がその職責にふさわしい処遇を得て看護実践を行う環境を整えなければならない。
 5) 看護職管理者は、看護実践の質を保証すると共に、看護実践を発展させていくための機構を持つ。
 看護職管理者は、組織の目的に即した看護実践の水準を維持するために、質の保証と向上のためのプログラムを持ち、常に研究的視点に立った活動を行う。
 6) 看護職管理者は、看護実践及び看護実践組織の発展のために継続教育を保証する。
 看護職管理者は、看護職者の看護実践能力を保持し、各人の成長と職業上の成熟を支援するとともに、看護実践組織の力を高めるための教育的環境を提供する。
「看護業務基準」は、1995年11月の理事会で、日本看護協会の基準として承認された。

4.「看護業務基準」の活用
 看護業務基準は、看護職の責務を記述したものであり、包括的かつ基本的な基準である。したがって、実際に看護業務を展開するにあたっては、この看護業務基準に基づいて、特定の領域、場、成長発達段階、健康レベル、機能障害の種類と程度、対象の単位、生活機能を考慮した具体的な基準を作成することが必要である。図1に示した看護業務の範囲は、その際の指針となろう。

5.まとめ
 本委員会では看護業務とは看護実践と看護実践の組織化の両方を合わせたものと捉え、看護業務基準の範囲を図式化し、基本枠となる看護業務基準15項目を作成した。これに基づいて、実際に看護の場と対象をふまえたさらに細かい特定領域の看護業務基準を作成する必要がある。基準を作成する看護の場と対象を捉える上では、図説した「看護業務の範囲」が参考になると考えられる。

6.今後の方向性
 本委員会は今回、包括的で基本的な基準の作成と範囲の図式化を試みた。今後は、看護業務基準を各々の看護の場で実践に活用していけるようにするために、「作成した基準の検証と普及」「作成した看護業務基準に沿った具体的な基準の作成」を推進し、様々なレベル・領域でのより確かで適用可能な基準を作成していくことが重要である。 また、残された長期的な課題には、
1)作成された看護業務基準の普及のための方略の確立と普及活動
2)作成された看護業務基準を継続的に評価・修正を加えていくシステムの構築
3)全ての看護の領域での具体的な看護業務基準作成
などがある。
 基本枠として作成した看護業務基準にそった全ての領域での具体的な基準作成が急がれるが、なかでも@寝たきり老人や痴呆老人を対象とした在宅ケア・施設内看護の看護業務基準、Aエイズ患者の看護業務基準、B登校拒否やいじめ、小児成人病といった問題をふまえた学校保健の領域における看護業務基準などは、社会的要請に伴い特に優先度が高く、早急に基準作成に取り組み、それを現場で活用できるように広めていく必要があると考える。


トップへ
戻る