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【論点II】新たな基準点において就業調整が生ずる可能性について

検討の対象

女性と年金検討会報告書(抄)

 現在の厚生年金の適用基準及び被扶養者認定基準を引き下げる場合には、就業調整をとる短時間労働者はかなり限定されると考えられるものの、税制、企業の配偶者手当を要因とする調整行動のほか、新たな基準を免れるための調整行動も、なお一部残るのではないかという論点がある。この点に関しては、厚生年金の適用基準及び被扶養者認定基準を相当程度引き下げれば、調整行動の余地はほとんどなくなるのではないかとの意見があった。

検討の前提

(1) 以下では、「時間基準」(4分の3)の引き下げのみを行った場合に、新たに就業調整が生じる可能性について検討する。

(2) さらに、「時間基準」の引き下げと併せて新たに「収入基準」(時間基準の下限時間(20時間)と最低賃金額の水準とを考慮して設定)を設ける場合には、「収入基準」を免れようとすれば、

(1) 所定労働時間のみならず賃金水準を含めた見直しが必要となるが、これについては、先に論じたように人材確保上の問題が生じる、
(2) 市場賃金(地域相場)にて短時間労働者を雇用しようとすれば、所定労働時間を週20時間ラインよりもかなり短くする必要がある、
(2) 現在の短時間労働者の年収分布(「女子パートタイム労働者の年収について(平成7年)」(資料4-7 P10参照))からみて、労働者にとって大幅な手取りの減少につながる、
ことから、就業調整が生じる可能性は一層小さくなることに留意が必要である。

労働者側における調整行動へのニーズ

 「時間基準」から外れるべく、所定労働時間を週20時間未満に調整しようとする短時間労働者は、かなり限定されると考えられる。

(1) 平均的な短時間労働者における総報酬制導入後の月収換算の実質的な保険料負担を約7%程度と仮定の上、「所定労働時間」別に、納付すべき保険料がどの程度の就労で得られる稼得に相当するかをみれば、次表の(2)欄のとおり。

(1) 現状の労働時間 (2)厚生年金に適用されることで新たに生じる保険料負担 (労働時間換算) (3) 適用を回避しようとすると短縮しなければならない労働時間 結果 短縮による手取額の増減
週20時間 20 ×7%=1.4時間 20→19(▲1時間) (2)>(3) 増加
週21時間 21×7%=1.47時間 21 →19(▲2時間) (2)<(3) 減少
週22時間 22 ×7%=1.54時間 22 →19(▲3時間) (2)<(3) 減少
週25時間 25 ×7%=1.75時間 25 →19 (▲6時間) (2)<(3) 減少

 したがって、所定労働時間が週19時間(適用からはずれる限界点)となるように労働時間を調整した場合(表の(3)欄参照)において、賃金減少よりも免れる社会保険料の方が大きいケースは、所定労働時間が週20時間の場合に限られることとなり、これより所定労働時間が長い場合には、就業調整することにより手取りはかえって減少してしまう。

 ただし、今後のライフスタイルの一層の多様化等に伴い、女性を中心に、例えば教育やボランティア活動などとの組合せの下での隔日勤務等へのニーズが拡大し、それを背景に、週20時間未満での調整行動がより現実化する可能性についても留意が必要 (注2)。

(2) 厚生年金が適用されることによって報酬比例部分の給付につながるとともに、障害厚生年金等の保障も及ぶ(さらに、現行第1号被保険者にあっては、保険料について事業主負担が得られる)ことから、調整ニーズはより小さなものとなる可能性。
(3) また、所定労働時間・日数の設定は基本的に事業主側の決定事項であるため、労働者側から主導的にその長短を設定することは難しいことにも留意する必要。

(4) 「時間基準」を大幅に引き下げれば、追加的に就労し、あるいは時間当たり賃金水準の改善を求めようとする者の方が多くなるのではないかと考えられる (注3.4)。
 また、その結果として調整パートと非調整パートとの間に存在する労働時間や時間当たり賃金の差(注5)が縮小することとなれば、そのことも本人負担分の保険料コストの実質的緩和につながることが期待される。

事業主側における調整行動へのニーズ

 事業主が、短時間労働者の所定労働時間を週20時間未満に抑えることで、事業主負担分の保険料負担を免れようとしても、実際にはコスト等の面で見合わないことが多いと考えられ、21世紀職業財団の調査結果に照らしても、調整行動は限定的なものとなるのではないか。

(1) 所定労働時間の短縮による調整を行おうとすれば、かえって管理コスト等(例えば、採用コスト、交代・代替要員の確保や、通勤費補助、厚生施設などの員数に応じた費用)がかさむおそれ
 (ただし、1日当たりの所定労働時間ではなく就労日数にて調整する場合には、通勤費コストの増加要因とはならない。)

(2) 多くの短時間労働者にとって所定労働時間の短縮は賃金総額そのものの減少に直結することため、その納得を得ることが難しい
 ひいては短時間労働者の就業意欲、帰属意識の低下や、良質な人材の確保・定着等の面での困難を招くおそれ

(3) 週20時間未満程度の勤務を一般化できる職務等は限定される (注6)。
(4) 所定労働時間の短縮によって保険料負担を免れる以外にも、商品・サービス価格への転嫁、生産性の向上、全般的な労務コストの見直しなど多様な選択肢があり得る(資料4-7 P31参照)。いずれを採るかは費用対効果による。

二重就労との関係

(1) 労働者が複数の事業所で就労する場合、現行制度上、適用の判断に当たり所定労働時間は通算されないため、各々の事業所における所定労働時間を適用基準内に抑えた場合には、厚生年金の保険料負担は発生しない。

(2) しかしながら、厚生年金の適用範囲が拡大された場合には、現に二重就労している者についても新たに適用対象となる可能性が高まり、労働者としての年金保障の機会が拡がることとなる。

(3) なお、厚生年金の適用拡大に伴って、保険料負担を免れるべく、複数の事業所において各々の所定労働時間が適用基準を超えないように就労する短時間労働者が現れたり、事業主がそのような働き方を助長させるのではないか、との論点もあり得る。
 しかしながら、そのような調整行動をとる場合に労働者・事業主双方に少なからぬデメリットを伴うことは、上記の3及び4において検討したとおりであり、そのような事態はかなり限られるものと考えられる。

補足説明(資料4−6関係)

(注1)
 所定労働時間のほか、時間当たり賃金も含めた見直しが必要となる。
 ただし、時間当たり賃金の引き下げについては、人材確保上の問題のほか、最低賃金制度との関係(現在、最も低い県における最低賃金は1時間当たり600円)との関係も生じ得る。

(注2)
 「平成7年 パートタイム労働者総合実態調査」によれば、1週間の出勤日数が4日以下の一般パートは20.6%存在。

(注3)
 「職場における多様な労働者の活用実態に関する調査」(H11-1 日本労働研究機構)において、パートタイム労働者に対し、今後の働き方に関する希望として「より多くの収入を得たいと思う」かどうか尋ねたところ、「そう思う」44.7%、「どちらかといえばそう思う」36.0%に対し、「そうは思わない」は13.1%にとどまる。
 また、今後働き方を変更する場合に、「より長い所定労働時間」を受けいれることが可能かどうかを尋ねたところ、「可能」18.3%、「多少は可能」39.4%に対し、「困難」は34.5%。「より長い残業」については、「可能」7.9%、「多少は可能」50.1%に対し、「困難」は8.6%。
 これら結果から、パートタイム労働者にあっては、より多くの収入を得ることへのニーズが非常に高いこと、また働き方を変える場合には労働時間の増加に柔軟に対応しようとする者が多数を占めることが理解される。

(注4)
  「パート」(ここでは「パートタイマーその他これに類する名称で呼ばれている者」)で最も多いのは現状維持(転職・追加就業非希望者)であるが、労働時間の変更を希望する者の中では、時間数の減少よりは増加を希望する者の方が多い。(H12-8 労働力調査特別調査(総務庁)参照)。

単位:万人
労働時間 週0-14 週15-29 週30-34 週35以上
〔雇用者のうち、パート〕        
全体 103 296 127 223
転職・追加就業非希望者 81 229 95 167
 うち労働時間増加希望者 12 31 11 12
 うち労働時間減少希望者 2 6 5 13
(注) この調査において、「追加就業」とは、現在の仕事を継続しながら別の仕事もすることをいう。

(注5)
 「H2 パートタイム労働者就業実態調査」を用いて行われた、税制等も含めた就業調整の影響に係る研究によれば、

(1) 調整パートの年間労働時間は非調整パートより24.8%短い
(2) 調整パートの時間当たり賃金率は非調整パートより5.1%低い
 (樋口美雄「『専業主婦』保護政策の経済的帰結」(「弱者」保護政策の経済分析所収))。

(注6)
 「平成7年 パートタイム労働者総合実態調査」によれば、1日の所定労働時間が4時間未満である「パート」が多い職種として「運搬・労務」(39.4%)、「専門・技術」(31.6%)、その他(含 管理)(21.5%)など、少ない職種として「技能工・生産工」(2.1%)、「事務」(6.5%)、「販売・営業」(7.8%)など。

  事務 専門
・技術
販売
・営業
サービス 技能工・
生産工
運搬
・労務
その他
(含管理)


4時間未満 6.5 31.6 7.8 8.5 2.1 39.4 21.5
4〜6時間未満 33.6 25.6 43.1 45.1 28.4 27.2 32.6
6時間以上 59.8 42.3 49.2 46.2 69.3 33.4 45.9


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