5 離婚時の年金分割
1 現行の年金制度における取扱い
(1) 年金受給権の一身専属性
各年金法においては、年金給付を受ける権利について、「譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができない」ことが規定されている。
この規定は、受給権者の権利を保護する趣旨で設けられている。もしこのような制限がなければ、稼得能力を失い、あるいは働き手を失った受給権者が、一時的な利益のために年金権を譲渡したり、担保に供したりした場合、あるいは年金権が他人によって差し押えられた場合、年金が老後の生活を保障するものとならず、長期にわたって国民の生活の安定を図る年金制度の趣旨に沿わない事態が生じるおそれがある。
このようなことから、年金の受給権は、受給権者の一身に専属するものであるとされている。また、年金の受給権は、受給権者の死亡により消滅し、相続の対象にもならない。(資料V−5−1:年金受給権の一身専属性に関係する法律条文)
(2) 基礎年金制度の導入と年金分割
昭和60年改正で導入された基礎年金制度によって、従前の制度において被用者本人に対して行われていた給付が、被用者本人と被扶養配偶者それぞれの基礎年金に分化、発展した。このことにより、仮に離婚した場合であっても、被扶養配偶者に対して自分の名義の基礎年金が支給されることとなり、女性の年金権の確立が図られた。
したがって、基礎年金制度の導入により、老後の生活の基礎的な費用に対応する部分については、従前の被用者本人に対する年金給付が被扶養配偶者に分割されたと考えることもできる。(資料V−5−2:基礎年金制度の導入と年金分割)
2 民法における離婚時の財産分与の規定
(1) 現行の民法の規定
現在の民法は、夫婦別産制の下(法第762条第1項)、法第768条において、離婚の場合に財産分与請求権を認めている。その際、当事者間の協議が調わないとき等には、家庭裁判所が、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定めることとされている。(資料V−5−3:民法の離婚時の財産分与の規定等)
(2) 「民法の一部を改正する法律案要綱」
平成8年2月に法制審議会において決定された「民法の一部を改正する法律案要綱」の中では、離婚時の財産分与額及び方法に関するルールについて、より明確な規定となっている。具体的には、
○ 財産分与の際に家庭裁判所が考慮する「その他一切の事情」について、当事者双方が協力して取得又は維持した財産の額、各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入といった、具体的な考慮要素を規定している。
○ 考慮要素の一つである「当事者双方の財産取得、維持に対する寄与の程度」については、その違いが明らかでないときには、「相等しい」ものとするとしている。
なお、本要綱に基づいた民法改正案は、いまだ国会に提出されていない。(資料V−5−3:民法の離婚時の財産分与の規定等)
3 判例における離婚の際の財産分与時の年金の取扱い
離婚の際の財産分与時の年金の取扱いについては、将来受給する年金について、「不確定的要素の多いものをもって夫婦の現存共同財産とすることはできない。」として清算の対象とすることを否定した判決(東京高判昭和61年1月29日)がある一方、扶養的財産分与として、受給している年金の一部に相当する金額を定期的に相手方に支払うことを命じた判決(横浜地判平成11年7月30日。ただし、高裁判決(平成13年1月18日)では離婚請求そのものが棄却されたため、確定判決ではない。)があり、判例において確立された取扱いはみられない。
なお、扶養的財産分与を認めた判決においては、年金受給権の一身専属性との関係から年金受給権の分割や譲渡ができないため、受給者本人に支払われる年金の一部に相当する金額を、定期金債務の形で相手方に支払うことを命じるという方法がとられている。(資料V−5−4:横浜地裁相模原支部平成11年7月30日判決の概要)
4 離婚や年金受給に関する最近の状況
(1) 最近の離婚の状況
近年、離婚件数が非常に増加しており、結婚件数と比べた離婚件数の割合は、約3分の1程度までになってきている。(資料II−17:結婚・離婚件数の推移)
年齢別に離婚件数を見ると、全体的には20歳代後半から30歳代前半にかけての若齢層の占める割合が大きいが、最近では、40歳代から50歳代にかけての中高年齢層における離婚件数の増加が著しい。(資料II−18:年齢階級別離婚件数の推移)
また、同居期間別に離婚件数を見ると、同居期間が5年未満の離婚件数が最も多いものの、他方で、同居期間が長い層(特に20年以上)における離婚件数の増加も顕著である。(資料II−19:同居期間別にみた離婚件数と構成割合)
(2) 高齢者の年金受給の状況
男女の間で受給する年金額に大きな差が見られる。公的年金及び恩給の受給額を、男女別及び年齢別に見ると、男性では200万円〜250万円未満に最も集中しているのに対し、女性では40〜80万円未満に最も集中している。(資料II−29:公的年金・恩給の年齢別受給額の男女比較、資料V−5−5:65歳以上単身世帯の所得金額)
また、老後の生活を支える所得について、年金等の社会保障給付の占める比重は年々高まっており、老後生活における年金保障の果たす役割も大きくなっている。(資料V−5−6:高齢者の所得階層別、所得に占める社会保障給付割合)
5 諸外国における離婚時等の年金の取扱い(年金分割等)
離婚時の年金の取扱いについて、年金分割制度を有しているドイツ、イギリス、カナダの3か国の制度を見ると、以下の点が指摘できる。(資料V−5−7:諸外国における離婚時等の年金の取扱い(年金分割等))
(1) 受給権が発生する前であっても年金分割を実施
いずれの国においても、年金分割は、離婚時に受給権が発生している場合に限られず、受給権が発生する前であっても行われている。
(2) 双方が年金権を持っている場合にも年金分割を実施
夫婦の片方のみが年金権をもっている場合の分割だけでなく、双方が年金権をもっている場合の差の調整も行われている。
(3) 分割の方法
分割の方法として、年金権そのもの(あるいは期待権、保険料納付記録)を分割する方法と、支払われる年金額を分割する方法がみられ、両方の方法が併用される国もある(ドイツ、イギリス)。
(4) 分割の内容及び手続
分割の内容及び手続は、
(1) 離婚に伴い自動的に均等に分割されるもの(カナダ)、
(2) 離婚をめぐる裁判手続きの中で、原則均分することとしつつ、夫婦の間で合意した取決め内容を裁判所が許可する形で分割を行うことも可能としているもの(ドイツ)、
(3) 財産分与に当たっての選択肢として財産分与手続の中で総合的に考慮され、内容は個別ケースごとに裁判所が定めるもの(イギリス)
と、様々である。また、分割を行うかどうかについて、ドイツやカナダの一部の州では、当事者間で分割を行わない取決めがあれば尊重される。
(5) 分割の対象
分割の対象とされているのは、公的年金では所得比例年金のみであり、ドイツ、イギリスでは企業年金等も対象となっている。
(6) 年金分割以外の措置
年金分割以外に、離婚した元配偶者(ただし婚姻期間が10年以上の者に限る。)に対しても配偶者年金が給付される取扱い(アメリカ)も存在する。
6 離婚時の年金分割のあり方
年金分割が可能となるような仕組みを講じる方向で、専門的、技術的な多くの論点について、十分に検討
離婚時の年金分割の仕組みを講じることについて、我が国においては当事者間の協議による離婚が離婚の大半を占めていることから、そもそも離婚に伴う財産の整理も当事者間で行うべきことであり、年金制度において特別の対応をとるべき問題なのかという意見や、離婚の促進につながらないかという意見も見られる。
しかしながら、離婚件数、特に中高齢者等の比較的同居期間の長い夫婦における離婚件数が増加する一方、男女の間の年金受給額には大きな開きがある中で、高齢単身女性世帯の貧困問題等も生じている。こうした社会の実態を踏まえ、老後の生活保障という年金制度の趣旨に鑑み、夫婦二人の老後生活を支える年金が離婚してもなおそれぞれの生活を支えるものとなるよう、離婚時に夫婦の間で年金の分割が可能となるような仕組みを講じる方向で検討を続けていくことが適当である。
他方で、離婚時の年金分割には、専門的、技術的観点からすると、その実現に向けては難しい問題が多く存在する。次項で議論する諸論点に関し、今後、実施可能な方途、その時期等について十分な検討を重ね、離婚時の年金分割についての結論を出していくべきである。
7 離婚時の年金分割に関する論点
離婚時の年金分割の仕組みを導入するに際しては、以下の論点について、専門的、技術的観点から、今後さらに検討を行う必要がある。
(1) 分割の位置付けと割合
年金分割も選択できる仕組みとすることが適当ではないか
民事法制の検討状況や社会の実態から見て、離婚の際に必ず又は原則的に年金分割するという仕組みではなく、年金分割も選択できる仕組みとすることが適当ではないか。
分割割合については、一身専属性の趣旨から、年金を分割した者の老後の生活保障を確保しつつ、一定の範囲内で年金分割を認め得るということではないか
分割の割合については、年金の給付が老後の生活を長期にわたって支えるものとなるよう受給権者の権利保護を目的とする、いわゆる年金受給権の一身専属性の趣旨から、年金を分割した者の老後の生活保障を確保しつつ、一定の範囲内で年金分割を認めうるということではないか。例えば、相手に年金すべてを譲渡するような分割や1/2を超える割合での分割は認められないのではないか。この点に関しては、原則を1/2とした上で、個別の事情に即して具体的な割合を決めていけばよいとの意見があった。
(2) 分割の対象となる年金
報酬比例年金が年金分割の対象
基礎年金部分は既に制度的に分割がなされていると考えられることから分割対象とはならず、報酬比例年金が年金分割の対象となると考えられる。
この場合に、厚生年金の一部を代行している企業年金(厚生年金基金)や企業年金に相当する給付を含む共済年金等の扱いをどうするかという論点がある。
(3) 分割の方法
分割の方法については、年金権そのものを分割する方法(我が国の制度においては、「保険料納付記録」の分割と考えられる。)と、支給される年金額を分割する方法(我が国の制度においては、受給権者に帰属する年金債権の一部の譲渡と考えられる。)が考えられる。(資料V−5−8:年金分割の方法)
年金権そのものの分割
年金権そのものの分割とは、単に財産を分割したり債権を譲渡したりするという意味を超えて、元配偶者の保険料納付記録によって、自分に生じた保険事故に対する給付が自分名義で行われるということを意味する。すなわち、元配偶者から独立した年金権が得られることとなり、
○ 元配偶者が受給年齢に達しても、自分が受給年齢とならない限り年金の支給はない、
○ 元配偶者が死亡しても、分割された年金は支給される、
ということとなる。
支給される年金額の分割
支給される年金額の分割とは、いったん元配偶者の年金として裁定された上で、婚姻期間中に対応する年金額の一部が分割されて支給されるものであり、
○ 自分自身の年齢にかかわらず、元配偶者が受給年齢に達している場合に、分割された年金が支給される、
○ 元配偶者が死亡した場合には、分割された年金は消滅する、
ということとなる。
年金権そのものの分割の仕組みを基本とすることが適当
女性の老後生活の保障の充実という観点からは、元配偶者から独立した権利としての年金を獲得し、元配偶者が死亡しても年金が支給される、年金権そのものの分割の仕組みを基本とすることが適当ではないか。
ただし、この場合、年金権の分割については、
○ 厚生年金基金(代行部分)と厚生年金本体との調整、厚生年金と共済年金の制度間の調整(分割した給付をどちらから出すか、財源の移換など)をどうするか、
○ 分割された記録の管理、分割された記録を用いた年金額の算定ルールの確立、社会保険業務処理システムにおける対応をどうするか、
等、綿密かつ十分な検討を要する事項が相当量存在する。
また、支給される年金額の分割の仕組みについても、
○ 元配偶者が死亡すれば分割された年金の支給も受けられないこととなる一方、離婚という保険事故ではない事由によって受給年齢開始前の者が年金を受給することになることがあり得ることをどう考えるか、
○ 年金保険者は年金支給のため双方の状況を把握し続けることが必要となり、その間の事務量も膨大となることをどう考えるか、
等の問題がある。
(4) 分割の手続
何らかの形で裁判所等の関与が必要と考えられるが、それは適当かつ可能かどうか
どのような手続で分割を行うかについては、ドイツやイギリスにおいては離婚そのものが裁判手続によって行われており、その手続の中で年金の分割が行われていることに鑑みると、当事者の合意のみによる分割とせず、何らかの形での裁判所等の関与が必要と考えられるが、それは適当かつ可能かどうか。
(5) 対象となる離婚
施行日以降の離婚を対象、一定の婚姻年数以上の婚姻のみを対象、事実婚について対象とすることが可能かどうか
離婚期日について、施行日以降の離婚を対象とすることが適当ではないか。
婚姻期間について、一定の婚姻年数以上の婚姻のみを対象としてはどうか。
事実婚についても対象とすることが可能かどうか。(例えば、内縁関係の始期と終期の確定、分割の手続等の論点がある。)。