日時: | 平成13年7月31日(火) 10:00〜12:00 |
場所: | 厚生労働省専用第18会議室(中央合同庁舎第5号館17階) |
出席者: | 【研究会参集者・50音順】 毛塚 勝利(専修大学法学部教授) 柴田 和史(法政大学法学部教授) 長岡 貞男 (一橋大学イノベーション研究センター教授) 西村 健一郎(京都大学大学院法学研究科教授、座長) 【厚生労働省側】 坂本政策統括官(労働担当) 鈴木審議官 岡崎労政担当参事官 清川調査官 荒牧室長補佐 |
【議事概要】
○ 日産自動車(株)人事部次長、越智洋一氏より、日産自動車(株)(以下「日産」という。)から石川島播磨重工業(株)(以下「IHI」という。)への宇宙航空事業の営業譲渡の実情、具体的な対応等について説明が行われた。その内容は以下の通り。
(宇宙航空事業をIHIに営業譲渡した理由)
コア事業である自動車事業の業績がここ10年芳しくなく、経営資源を自動車事業に集中するべく、コア外の事業を切り離す必要があった。
最新かつ高度な技術の集合体である宇宙航空事業を日産単独で進めていくのは困難。
宇宙航空事業自体は、現在黒字を計上しているが、今後日産単独で黒字を継続することは困難と判断。
宇宙航空事業をコア事業と位置付けているIHIでも事業構造転換を進めており、日産と相互の得意分野が異なっていることから、シナジー効果の発揮、将来の発展の可能性が見込まれた。
(労働契約の取扱について)
IHIへの転籍を拒否した者のうち、自己都合退職を希望した労働者以外は日産自動車内で配置転換を行った。自己都合退職者は、毎年必ず発生する程度の人数であり、不自然な数とは思わない。希望退職者は募集せず、整理解雇も行っていない。
賃金は、日産での評価、年齢をベースにIHI賃金制度に移行。転籍前後の賃金の差額は数年間の調整給を支給することとし、移籍時には下がらないように配慮した。
退職金は日産での在籍期間を通算し、IHI退職金制度に移行。IHIには適格退職年金制度がないため、一部の退職者には一時金で支払い、差額分をIHIに引き継ぐこととなった。
日産にはある家族手当制度がIHIにはないため、家族手当相当分の加算金を支給したが、転籍職員の個人差、不確実な将来を考慮せねばならず、非常に調整が難しかった。
転籍対象は宇宙航空部門在籍者全員。
労働契約の承継に関するIHIとの交渉では、それまでの賃金水準、退職金が維持されることを基本方針とした。これは労組役員が強く望んだことでもある。
転籍を拒否した労働者は若年層を中心に数名いたが、これは「日産」というブランドへのロイヤルティーや、自動車事業に携わりたいといった理由による。
(労使協議について)
営業譲渡基本合意の報道発表と同時に、組合役員に対し通知、説明を行う。その後数次、労使協議を実施(対労働組合)。
同じく報道発表と同時に、各職場で管理職より労働者に対する説明を実施。基本合意翌日以降、転籍対象労働者に対する説明会を数次にわたり実施。
日産労組との転籍条件合意後、労働者個人の面談を実施し個別同意を得た。
(営業譲渡実施に当たり、特に留意した労働問題事項)
営業譲渡の趣旨について対象者の理解を得ること。日産では業種別では採用しておらず、全社的に採用することから、社に対するロイヤルティーが高い。そのため、宇宙航空が発展するにはIHIに行くしかないということを説明することに苦労した。
労働条件の調整、すり合わせ。労組は日産で職業生活を終えるのと同じでなければ承服しないと主張するが、両者の制度が違う以上、難しい。
特に税制適格年金がないことから、適格年金を一時金処理しなければならなかったことは骨を折った。
(営業譲渡に関連し発生した労使関係上の問題)
インサイダー取引規制により、労組あるいは管理職も含む従業員への事前説明が制限されたこと。
(企業組織再編に伴う労働者保護制度に関する要望)
企業組織再編に伴う労働者保護の必要性は理解できる。不採算部門の切り捨て等悪意に基づく企業組織再編には制限がなされて然るべきである。
しかし、特に本件のような企業グループを越えた営業譲渡の場合、情報の秘匿性は考慮されるべき。仮に相互に信頼関係のない労組に事前協議を行うとすれば非常に危険であり、法律により一律に事前協議を義務づけることは適切でない。
転籍対象労働者の範囲は、相手先企業との重要な交渉事項であり、一律の法的規制を課すべきでない。
○ これを受けて、意見交換が行われた。その内容は以下の通り。
Q: 転籍を拒否した労働者は、少数組合の組合員だったのか。その関係如何。
A(越智氏:以下同じ):
無関係である。少数組合に属する労働者は転籍に合意している。なお、転籍拒否者については若年者が中心で、自動車部門での勤務を希望して入社し、偶々宇宙航空部門に配属された者である。
Q: 日産では自動車事業、宇宙航空事業間で人事配転を行っていなかったのか。
A: ほとんど行っていない。研究職については、両事業に共通の技術開発を行う関係上、相互に人事配転を行ってきたが、あくまで例外的なケースである。
Q: 人事、経理等の間接部門ではどうか。
A: 日産における間接部門は、各事業をまたがる横割り組織であり、日産として一体的に管理している。今回の営業譲渡で、IHIに転籍した者もいる。
Q: 説明の中で間接部門の合理化の可能性について言及されていたが、特に合併が行われる際には、抱え込んだ労働者をその後削減する等リストラをする必要性があると思うが、そういった取扱いはしなかったのか。
A: IHIに転籍した人事部門の者の情報だが、転籍した正社員を整理解雇したことはないと聞いている。自動車部門の不振等の事情により、日産はもとより合理化を進めてきており、IHIには既にスリム化された人員体制で譲渡できたものと理解している。
Q: 本年4月より会社分割制度が施行しているが、もし今宇宙航空事業をIHIに売却するとしたら、会社分割制度と営業譲渡のどちらを利用するか。
A: 譲渡により得る売却益によって、有利子負債の償却を進める必要があったことを考えると、営業譲渡を活用するだろう。
Q: 譲渡に際して、労働者の価値は大きなウェートを占めるのか。
A: これだけの技術者を採用しようとすると相当のコストがかかるものであり、それは重要な要素である。自動車部門でも中途採用をしているので分かるが、たとえ1人の採用であってもかなりのコストがかかるものである。
○ 全日産自動車労働組合、高倉 明氏より、同営業譲渡事例における使用者側との交渉等について説明が行われた。その内容は以下の通り。
(労働契約について)
労働契約の承継、労働条件に関する交渉を行うに当たっての基本方針は3点である。
(1) 対象労働者自らが、譲渡先における経営方針、働く環境や労働条件等を見極めるために一定の在籍出向期間を設けるべき
(2) 転籍を検討するにしても、企業業績、労働条件等を見極めた上で労使協議・交渉を経て実行すべき。
(3) 企業籍が変わることによって、労働条件がトータルとして下がってはならない
両社の賃金制度には、家族手当、税制適格年金制度の有無等、ギャップがあり、その取扱いに関する交渉に時間を費やした。
本件営業譲渡に伴い、転籍を拒否した労働者については、日産社内に雇用を確保することを基本に、適切な人事配置を行うよう要求した。
(労使協議等について)
基本合意報道発表直後の労使協議における協議事項は、(1)営業譲渡の背景・必要性について、(2)計画内容について、(3)今後の日程について、(4)組合員への影響について、の4点。
同報道発表直後以降、個々の労働者を対象に数回説明会(相手先企業IHIに関する勉強会)が実施された。
労働協約は、基本的にIHIにおける労働協約をそのまま適用することとした。但し、7月1日の転籍日から同年9月末日までの期間は両社の労働協約の二重適用という形をとった。これは9月に行われる日産労組定期大会において、宇宙航空事業に係る日産労組富岡支部を解散させる決議を行う必要があったため。
本件営業譲渡に関し、上部組織である日産労連へ連絡・相談を行い、日産労連を通じて石川島播磨重工労組やその上部機関である造船重機労連と連携・情報交換を行った。
石川島播磨重工労組と日産労組は共にIMF−JCに加盟する友好労組だったため、打合せから組合籍転籍に至るまで、スムーズに進行した。仮に譲渡先企業組合の運動理念が日産労組と異なる場合には、組合員籍の転籍に関し大きな問題になった可能性もある。
(営業譲渡交渉に当たり、特に留意した点)
対象組合員の将来にわたる雇用と労働条件の確保について。譲渡先企業のIHIは当時造船事業の構造的不況から人員削減計画がなされ、多額の経常赤字を計上する等、今後の事業展望、労働条件等の面において、組合員の中に不安が広がっていた。こうした不安を取り除き、労働者の理解が得られるだけの材料を引き出せるかどうかに留意した。
(営業譲渡に関連し発生した労使関係上の問題)
企業組織再編は対象労働者に重大な影響を及ぼす可能性があることから、早い段階で詳細に労働者に通知されることが望ましいが、インサイダー取引の関係上、労働者への情報開示や労使協議の結果報告を行うタイミングは報道発表直後とならざるをえない。これは対象労働者の労使への不信感等を招く原因となり、問題と考える。
(企業組織再編に対する今後の取組方針)
労働契約承継法上、労組との事前協議は努力義務であることから、労働協約に予め事前協議制度を確立しておく必要性がある。
吸収分割の場合、相手先労組の状況を確認し、組織対応方針を事前に検討する必要がある。
会社分割が赤字部門の切り捨てでないことを確認するために「債務履行の見込み」について公認会計士等の専門家に相談できる体制を構築する必要がある。
企業年金、健康保険組合については、労働契約となっていない場合、承継が保障されないため、労働協約や就業規則に織り込み、労働契約の内容としておく必要がある。
(企業組織再編に伴う労働者保護制度に関する要望)
労働者個人が「債務履行の見込み」を判断することは難しい。そのため、労働者との協議(商法附則5条)に関して、労組との協議を義務づけるか、労組が無条件に労働者の代理をできるよう規定すべき。
分割部門に主として従事している労働者については、承継法上拒否権がないが、この制度は対象者にとってリスクが大きい。拒否権を認めるべき。
企業年金、健康保険組合が労働契約の内容となるよう、これらに関する規定を労働協約か就業規則に盛り込むことを法定すべき。
○これを受けて、意見交換が行われた。その内容は以下の通り。
Q: 基本合意前に営業譲渡計画がリークされたとき、会社から組合に対して公式な説明はあったのか。
A(高倉氏:以下同じ):
こういう場合の会社の常套句である「特に検討していない」という旨の声明がなされた。
Q: 労組として、営業譲渡に伴い組合員が大量に抜けるのは痛手があるか。
A: 組合組織としては問題ない。
Q: 転籍に伴い労働条件はトータルとして下がってはならないと主張されるが、それは退職金で言えば、一時金処理等でカバーされて不利益がない状態ならば差し支えないという意味なのか、そのままの退職金制度が移管されなければ認められないという意味なのか。
A: トータルというのは、その場合場合において納得できるものか否かという意味である。仮にそのまま日産にとどまってれば得られたであろうイメージ上の退職金総額が確保されていれば、それで良しということである。
Q: 当該会社の監査を担当している公認会計士(監査法人)でなければ、具体的な「債務履行の見込み」は判断できないだろう。日産労組が想定する制度というのは、その監査法人に労組が相談できる制度のことなのか。
A: 確かに、そうしないと判断できないだろう。あるいは一般に公開されていない財務諸表をオープンにする制度だ。
○ JILより、資料No.1,企業組織再編に伴う労働問題の実態に関する研究調査案について説明が行われた。これを受けて、意見交換が行われた。その内容は以下の通り。
調査票には自由記述欄を設けて、不満等を思う存分書いてもらう方が良い。
「聞くべきことが聞けなかった」ということのないよう留意すべきである。
(参事官): 次回の研究会は、ヒアリングの実施とともに、実態調査に関する細目についてJILより説明してもらい、内容についてご議論いただきたい。それを踏まえて、次々回の研究会で最終的に決定したい。
以上
担当:政策統括官付労政担当参事官室法規第3係(内線7753)