平成13年7月6日
近年、いわゆる介助犬に関する社会的な関心が高まってきているが、公共交通機関や施設における円滑な受入れがなされない等の問題があり、これらの解決に向けての対応が求められています。
このため、厚生労働省では、平成12年6月以来、8回に渡り「介助犬に関する検討会」を開催し、障害者に対する介助犬の役割や有効性、社会的受入れ方策等について検討を行ってきたところですが、今般、その検討結果がとりまとめられましたので、資料提供いたします。
(報告書の概要)
1 介助犬の現状
2 介助犬の機能と役割
3 介助犬の育成のあり方
4 介助犬使用者の要件
5 介助犬の社会的受入れ
6 当面の課題
社会・援護局障害保健福祉部 企画課社会参加推進室 担当 小河 芳弘(内線3072) 菅 洋一郎(内線3075) 代表番号 03-5253-1111 直通番号 03-3595-2097
はじめに
障害者の日常生活を支援する動物としては、盲導犬が広く国民に知られており、現在、900頭近くの盲導犬が視覚障害者の自立と社会参加に貢献しているが、近年、いわゆる「介助犬」についても、テレビや新聞等で取り上げられる機会が多くなり、社会的関心が高まってきている。介助犬は、例えば、落としたものを拾う、ドアの開け閉めを行う、エレベーターや電気のスイッチを押す、車いすを引くなど、肢体不自由者の日常生活動作について何らかの介助ができる犬として捉えられている。
しかしながら、我が国において介助犬が使用されはじめたのは最近のことであり、実働頭数も少数で、国民にはあまり知られていないことから、公共交通機関や施設における円滑な受入れがなされない等の問題があり、これらの解決に向けての対応が求められている。
また、平成10年度から厚生科学研究費による介助犬に関する基礎的な調査研究が進められ、これにより介助犬の国内外の実態、介助犬の有効性や課題等が明らかになってきた。一方で、一部の地方公共団体や企業では、介助犬の積極的な受入れ等を始めているところである。
このため、厚生労働省では、障害者に対する介助犬の役割や有効性、社会的受入れ方策等について幅広く検討するため、関係各方面の学識経験者からなる本検討会を昨年6月に発足させた。
本検討会は、これまで8回にわたって議論を重ねてきたところであるが、今般、一応の結論を得たので報告する。
なお、障害者の日常生活を支援する動物としては、介助犬のほかにも聴導犬などがあるが、本検討会では、育成団体や育成頭数が増えつつあり、対応が急がれる介助犬について検討を行ったものである。
1 介助犬の現状
介助犬は、1970年代に米国で育成団体が発足して以来普及し、その後、英国やカナダなどの国々でも育成されてきた。現在、介助犬の実働頭数は、最も多い米国では数千頭、英国では千頭以上、オーストリアでは80頭程度いるといわれているが正確な頭数は不明である。これは、介助犬の登録制度がないためであり、実働頭数は、介助犬使用者や育成団体の自己申告によるというのが現状である。また、介助犬に関する法的な整備をしている例としては、米国のADA法(Americans with Disabilities Act;障害をもつアメリカ人法)において、障害者が公的施設を利用する権利を保障する規定が設けられており、更に行政規則において介助動物を伴う場合も利用を認めるべき旨が規定されている。なお、ADA法制定以前から各州レベルでは、ほとんどの州において州法により、障害者が介助動物を伴って、公的施設を利用できる権利を保障している。
日本では、1990年に「パートナードッグを育てる会」が設立され、1995年に介助犬「グレーデル」を育成したのが最初である。
その後、いくつかの育成団体が設立され、厚生労働省が都道府県を通じて調査した結果では、平成13年4月現在、15の育成団体が確認されている。しかし、これらの団体については、公益法人はなく、特定非営利活動法人(NPO法人)が4団体であり、他は任意団体若しくは個人で運営され、その育成方法も区々となっている。
また、同調査によれば、これらの団体により育成された介助犬の実働頭数は4月現在19頭となっている。
2 介助犬の機能と役割
(1)介助犬の機能
介助犬の介助内容としては、(1)手の届かないものをもってくる、落としたものを拾って渡す、ドアの開け閉めを行う、衣服などの着脱を手伝うなど、使用者の上肢機能を代償する介助、(2)車いすを引く、エレベーターや電気のスイッチを押す、歩行や立位の支持をする、体位変換の手伝いをするなど、使用者の状態に応じて作業を補完する介助、(3)緊急時に電話の受話器をもってくる、人を呼んでくるなど、他の人との連絡手段を確保する介助等が挙げられる。
このことから、介助犬のもつ機能を整理すれば、(1)上肢の代償機能、(2)使用者の状態に応じた作業の補完機能、(3)緊急時の連絡確保機能であるといえる。
(2)使用者の障害の範囲
日本や欧米諸国における介助犬使用者の疾患は、頸髄損傷を主とした脊髄損傷が多く、その他には筋ジストロフィー、脳性麻痺、慢性関節リュウマチなどとなっている。
これら使用者の疾患の実態と介助犬のもつ機能とを考えあわせれば、介助犬を使用することが有効な障害者は、(1)上肢機能に障害があるため日常生活動作が制限される肢体不自由者、(2)移動機能に障害があるため日常生活活動に支障のある肢体不自由者であると考えられる。
(3)介助犬の役割
介助犬使用者が介助犬を使用したことにより改善されたと感じた内容を調査したところ、身体的な面では、「手の代わりとなり、不可能だった動作が可能になる」、「書類など落としたものを拾ってくれるので、仕事の能率があがる」、「積極的に外出するようになり、行動範囲が広がる」などであった。また、精神的な面では、「頼むことに気兼ねがいらない」、「介助されるのではなく、自分でしている感覚をもつことができる」、「安らぎを与えてくれるので、心に余裕が生まれ、生活設計をする動機付けになる」などであった。
このようなことから、介助犬の果たす役割としては、直接的には、肢体不自由者の日常生活動作を介助することであり、それにより、肢体不自由者の自立や社会参加を促進し、生活の質の向上が図られ、エンパワメント(自分自身が主体者であることを自覚し、自分に自信が持てるように力を高めていくこと)につながるということがいえる。
なお、この他に、飼い主としての役割意識や責任感の向上、交流範囲の拡大などといった効果や、対人関係における潤滑油的効果をもたらす役割もあるが、これらはペットと共通するものであることから、介助犬としての役割とは区別して考えられるべきである。
(4)介助犬の定義
介助犬としての機能をもつ犬を育成するには、その犬が使用者のニーズに沿った介助をできるよう訓練されなければならず、それを訓練する者は、使用者の障害や疾病の状況やニーズを的確に把握する必要がある。そのため、訓練者は犬の適性評価能力や訓練技術のみならず、使用者の障害や疾病に関する知識を有する必要がある。
また、介助犬が使用者に対して適切な介助を行えるようにするためには、一定期間使用者と犬が共同で生活等の訓練を受けることが不可欠である。
これらのことから、介助犬とは、「然るべき知識と経験を有する訓練者によって肢体不自由者の一定の介助ができるよう訓練され、生活等の訓練を共に修了した肢体不自由者によって使用される犬」と定義づけることができる。
3 介助犬の育成のあり方
(1)介助犬の適性
介助犬に求められる性質としては、(1)陽気な性格であり、動物や人間に対して友好的で臆病でないこと、(2)人間と一緒にいることを好むこと、(3)他の動物に対し強い興味を示さず、挑発的な行動をしないこと、(4)攻撃的でなく、過剰な支配的性質を有していないこと、(5)集中力と積極性及び環境への順応力があることなどが挙げられる。
また、介助犬が行う作業のうち、車いすを引いたり、立位時の支えとなったりする身体的負担及び使用者の安全を考慮すれば、股関節形成不全や網膜萎縮症等の疾患の有無を検査する必要がある。
(2)介助犬訓練者等
現在、介助犬の育成に携わっている訓練者は様々で、警察犬訓練士、家庭犬トレーナー、ブリーダー(繁殖を専門に行う者)、欧米で研修を受けた者、障害者本人などであり、犬の訓練に関する知識や経験も区々である。
介助犬を使用する障害者は、障害の種類や程度も個人個人異なるため、介助ニーズも千差万別である。このため、介助犬訓練者には、犬の適性評価や訓練についての知識や技術はもとより、障害者のニーズを的確に把握し得るよう、障害や疾病に関する知識が求められることから、いずれ専門的養成が必要になってくると考えられる。
また、介助犬の適性評価や育成訓練計画の作成に当たっては、介助犬訓練者を中心に、医師、獣医師、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、ソーシャルワーカー等の専門職が関与したチームアプローチが必要である。
(3)訓練内容等
介助犬に求められる能力としては、(1)使用者の指示に従った的確な基本動作及び排泄習慣が身についていること、(2)使用者の指示に従って確実に作業ができることがあげられる。しかしながら、介助犬の育成の現状をみると、全国的にみても実働頭数が極めて少ない上、その育成団体も脆弱な組織体制であり、それぞれが独自の考え方や方法で介助犬を育成している。
このような現状を踏まえれば、介助犬の訓練内容については一定の共通基準が必要と考えられるが、その基準は、育成団体の他、障害当事者、学識経験者などが加わって検討され、作成されるべきものと考えられる。
一方、訓練施設の基準については、一か所当たりの介助犬の育成頭数が少ないことや、使用者の家庭内での訓練に重点がおかれたり、地域のリハビリテーションセンター等で訓練を実施することも想定されること等から、構造・設備面の基準を定めることは現時点では時期尚早と考えられる。
(4) 育成・訓練に当たっての留意点
介助犬の育成・訓練に当たっては、介助犬を使用する障害者の障害の状況や環境の変化にも対応できるよう、継続的な訓練(指導)体制が必要である。
また、介助犬訓練者等の育成関係者は、使用者の病状や家庭環境等私生活の情報を得ることが多いことから、使用者のプライバシー保護に十分留意しなければならない。
なお、動物愛護の観点に立った訓練方法や、リタイアした介助犬の保護のあり方にも留意する必要がある。
4 介助犬使用者の要件
介助犬使用者は、常にその犬の健康管理に留意すべきである。畜犬登録をして、狂犬病等のワクチンの接種、寄生虫検査、定期検診等を行うことは、犬の飼い主として当然の義務といえる。また、使用者は、他人に迷惑や危害を加えないよう、犬の行動を十分管理・コントロールする必要がある。さらに、人混みの中に立ち入ることを考慮し、他人に不快感を与えないよう、適切にシャンプーやブラッシングをするなど、犬の衛生面に配慮すべきである。
このようなことから、介助犬使用者は、犬の行動及び公衆衛生上の管理能力を有することが不可欠である。
万一、介助犬が加害行為や器物破損行為などを行った場合は、介助犬使用者が責任を負わなければならない。このため、介助犬使用者は損害保険に加入しておくことが望ましい。
5 介助犬の社会的受入れ
介助犬が社会に受け入れられていくためには、使用者が犬の行動を十分管理できる能力をもつ必要がある。その中で、公共交通機関を利用する場合には、(1)各交通機関の安全性に支障をきたさないこと、(2)他の乗客や乗務員に迷惑をかけないことが前提になる。
また、ホテル、飲食店、スーパー、百貨店等を利用する場合には、行動管理に加え、特に公衆衛生上の十分な管理が使用者に求められる。なお、スーパーや百貨店などにおける商品の取扱い等については、それぞれの店舗等の方針に沿うよう努める必要がある。
このほか、介助犬が社会に受け入れられるためには、介助犬の役割等について、社会全体の認知度を上げていくための啓発活動等が求められる。また、円滑な受入れを推進していくためには、何らかの認定に基づいた介助犬という統一的な表示も必要である。
6 当面の課題
介助犬について、障害当事者を含む関係者や国民の理解を深めていくためには、より多くの、より質の高い介助犬が実際に使用されていく必要がある。そのためには、介助犬育成団体が相互に連絡なく区々に育成していくのではなく、統一的な訓練基準等のもとに育成されることが肝要である。
このため、当面の課題としては、介助犬の訓練基準のあり方や介助犬等の認定のあり方について、育成団体関係者、障害当事者、学識経験者等により、具体的な検討を行うことが必要である。そのためには、介助犬育成団体による協議会の組織化など、育成団体間の連絡協調体制の確立が望まれる。
おわりに
本検討会では、介助犬の機能と役割、育成のあり方、使用者の要件、社会的受入れ等について、基本的な方向性をまとめたが、冒頭にも述べたように、介助犬の歴史は浅く、育成頭数も少ない現状においては、本検討会で全てを議論し尽くすことは困難であった。今後、訓練基準等については、これまで実際に育成に携わり、そのノウハウをもつ育成団体が中心となって、具体的な検討が行われることが期待される。
盲導犬にかかる訓練基準等の策定に係る経過を振り返ると、全国の盲導犬訓練団体(当時8団体)が集まり、一体となって検討し、平成10年に盲導犬訓練基準や訓練者養成基準などが策定されている。これら基準を策定したのは、それまで団体ごとに区々となっていた訓練内容や訓練者養成カリキュラムを統一することにより、盲導犬の質の向上と各育成団体の健全な発展を図るためであった。このように、盲導犬については、その訓練基準等を統一的に定めるために、各訓練団体がそれぞれの経験や情報を持ち寄って、検討を重ねた経緯があり、介助犬についても、このような盲導犬の歴史を参考にすることも必要であろう。
(資料1)
No. | 都道府県名 | 団体名 | 設立年月 | 実働頭数 |
1 | 岩手県 | いわて介助犬を育てる会 | H9 | 0 |
2 | 山形県 | 日本パートナードッグ協会 | H2.9 | 2 |
3 | 茨城県 | 茨城介助犬協会 (NPO法人) | H12.6 | 0 |
4 | 東京都 | 介助犬協会 | H7.7 | 3 |
5 | 多摩介助福祉犬協会 | − | − | |
6 | トータルケアアシスタントドッグセンター | H12.12 | 1 | |
7 | SALA NETWORK A・D・I | S63.6 | 0 | |
8 | 日本福祉犬育成普及会 (NPO法人) | H11.11 | 0 | |
9 | 山梨県 | 山梨県障害介助犬協会 (NPO法人) | H13.2 | 1 |
10 | 静岡県 | 宮下愛犬訓練所 (静岡介助犬を育てる会) | H12.1 | 0 |
11 | 京都府 | 日本介助犬育成の会 | H7.7 | 3 |
12 | 介助犬をそだてる会 | H7.11 | 5 | |
13 | 日本介助犬トレーニングセンター | H10.6 | 1 | |
14 | 山口県 | 中嶋 公仁子(個人) | H9.12 | 2 |
15 | 国際介助犬協会 (NPO法人) | H10.8 | 3 | |
計19頭 |
実働数 | 公的登録制度 | 公的資金援助 | 特別な法律 | |
アメリカ | 数千頭 | 無 | 無 | ADA法 ※1 |
イギリス | 千頭以上 | 無 | 無 | DDA法 ※2 (一部の輸送機関) |
オーストリア | 80頭 | 無 | 一部自治体に有 | 無 |
イスラエル | 30頭 | 無 | 無 | 無 |
南アフリカ | 20頭 | 無 | 無 | 無 |
・1957年(昭和32)年 | 塩屋賢一氏により国産第1号の盲導犬(チャンピー)が誕生。 |
・1973年(昭和48)年 | 全国盲導犬協会連合会発足。 |
・1978年(昭和53)年 | 道路交通法改正により、盲導犬に関する規定を設ける。 |
・同年 | 国家公安委員会が、6団体を盲導犬訓練法人として指定。 |
・1979年(昭和54)年 | 身体障害者社会参加促進事業のメニュー事業として「盲導犬育成事業」を創設。 |
・1983年(昭和58)年 | 国家公安委員会が、1団体を盲導犬訓練法人として追加指定。 |
・1989年(平成元)年 | 国家公安委員会が、1団体を盲導犬訓練法人として追加指定。 |
・1992年(平成 4)年 | 盲導犬の訓練を目的とする法人の指定に関する規則(国家公安委員会規則第17号)を制定。 |
・1995年(平成 7)年 | 全国盲導犬施設連合会発足(全国盲導犬協会連合会の発展的解消) |
・1998年(平成10)年 | 全国の盲導犬訓練団体により「盲導犬訓練施設及び盲導犬訓練に関わる基準集」を策定。 |
・2000年(平成12)年 | 社会福祉事業法等一部改正法案が可決・成立(盲導犬訓練施設を法的に位置付け) |
・2001年(平成13)年 | 国家公安委員会が、1団体を盲導犬訓練法人として追加指定。 |
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氏名 | 職名 |
あきやままさゆき 秋山正之 |
株式会社日本エアシステム空港・客室本部旅客サービス部統括課長 |
いたやまけんじ ○板山賢治 | 財団法人日本障害者リハビリテーション協会副会長 |
かねだまりこ 金田麻理子 | 東京都衛生局医療福祉部長 |
かわにしひかる 河西光 | 財団法人中部盲導犬協会盲導犬総合訓練センター所長 |
こだまあきら 兒玉明 まつおさかえ (松尾榮) | 社会福祉法人日本身体障害者団体連合会会長 (前社会福祉法人日本身体障害者団体連合会会長) |
たかしまけいいち 高嶋啓一 | 株式会社ダイエー消費者サービス部長 |
たかやなぎてつや 高柳哲也 | 奈良県立医科大学名誉教授 |
たかやなぎともこ 高柳友子 | 日本介助犬アカデミー専務理事 |
たにぐちあきひろ 谷口明広 | 自立生活問題研究所所長 |
つちもとしんいちろう 土本新一郎 せんつひでき (専通英樹) |
東京都福祉局障害福祉部在宅福祉課長 (前東京都福祉局障害福祉部在宅福祉課長) |
はつやまやすひろ 初山泰弘 | 学校法人国際医療福祉大学大学院長 |
まえだあつお 前田厚雄 | 東日本旅客鉄道株式会社営業部担当課長(サービス) |
みつのじゅんいちろう 満野順一郎 | 社団法人日本ホテル協会事務局長 | ○ 座長 ( )書の委員は、上段委員の前任である。 |