日時: | 平成13年6月22日(火) 10:00〜12:00 |
場所: | 厚生労働省専用第24会議室(中央合同庁舎第5号館19階) |
出席者: | 【研究会参集者・50音順】 毛塚 勝利(専修大学法学部教授) 柴田 和史(法政大学法学部教授) 内藤 恵(慶應義塾大学法学部助教授) 長岡 貞男 (一橋大学イノベーション研究センター教授) 西村 健一郎(京都大学大学院法学研究科教授、座長) 【厚生労働省側】 坂本政策統括官(労働担当) 鈴木審議官 荒牧室長補佐ほか1名 |
【議事概要】
○ 日本経営者団体連盟(日経連)稲庭正信労務法制部長より、資料に基づき企業組織再編に伴う使用者側の認識、労働問題についての考え方、具体的な対応方法等について説明が行われた。その内容は以下の通り。
1.企業組織再編に対する使用者側認識
激化する国際競争の中で企業組織再編の必要性が高まっており、それを受けて、会社分割法制をはじめとする一連の法整備が進められ、評価している。
営業譲渡の利点は、(1)柔軟性、(2)迅速性、(3)対象範囲調整の自由度の3点であり、営業譲渡を行う目的としては、(1)事業分割による独自性・効率性の向上(実質的な会社分割)、(2)他社との合弁会社設立等の事業統合(実質的な合併)、(3)売却益実現による経営の効率化等その目的は多種多様だが、今日では(3)が重要である。
営業譲渡には、IT関連作業を始め、新企業を立ち上げる際の種苗としての意義がある。この観点から、営業譲渡に労働関係の規制を加えないことが重要である。
2.組織再編に伴う労働問題についての考え方
(企業再編に伴う労働問題について)
合併の法的性質は包括承継であり、現に合併をめぐる労使紛争事件も極めて少なく、法的措置を必要とする問題は生じていない。一方、営業譲渡は取引法上の行為であり、「移転するものの範囲」については、契約自由の原則が妥当する。会社分割法の施行により、従来営業譲渡でなされていた組織再編から会社分割制度の利用が増えることが予想されるが、労働契約承継法等が施行されており、労働者保護は十分に図られている。また、営業譲渡には多種多様な形態があり、これに一律の規制をかけ、画一的な労働者保護を図ることには無理がある。
業務、財務内容、収益力の異なる企業間での営業譲渡において、人員再配置、労働条件切下げを伴うことが生じるのは当然であり、特に救済型の営業譲渡の場合、労働者を含めた会社資産を譲受する条件として、労働条件を切り下げるケースが多い。
EUでは、違法解雇の救済は金銭賠償が原則であり、日本のように解雇権濫用法理により労働関係の継続が強制されるわけでない。EUと解雇法制が異なる日本の労働法制にEU既得権指令と同様な立法ができるか疑問である。
民事再生法に伴う営業譲渡については、労働者保護を強化すべきとの議論もあるが、譲渡である以上、取引の自由は保障されねばならない。また、通常の営業譲渡よりも会社再建の側面が非常に強く、労働者保護よりも株主や債権者保護を重視すべきであるし、そもそも再生計画については裁判所の許可を要するものとし、労働組合等に対する意見聴取の場も確保されている。
(組織再編と労使協議制について)
企業組織再編を行うに当たっては、労使協議の活用が望ましいものの、各企業の労使慣行の多様性を踏まえると、法律による一律義務付けは混乱を招き、適当ではない。逆に一律的義務付けにより、協議の長期化による資産価値の陳腐化、外部への情報漏洩が想起され、却って労働者保護が図られなくなるおそれがある。
(使用者側の考える労働者のセーフティーネット)
個別の営業譲渡事例について、譲渡会社に意図的に労働者を残した事例等不当労働行為や権利濫用に該当するとされて、譲受会社に残留労働者が移転すべきとした判例等が営業譲渡におけるセーフティーネットの役割を果たしている。労働者保護の観点から問題が生じる営業譲渡が行われた場合、こうした判例法理のほか、民事調停(労働調停)や紛争調整委員会等のADRを活用することにより対応可能。
営業譲渡等の組織再編の実施により、一部の労働者の雇用が守られない場合も想定されるが、営業譲渡による法規制に頼ることなく、これら労働者に対しては、国の雇用政策の一環として雇用保険の有効活用や政府が新たな雇用創出等の措置を採るべきである。
○ これを受けて、意見交換が行われた。その内容は以下の通り。
Q: 稲庭氏が想定する営業譲渡概念についておたずねするが、一般に商法245条の営業譲渡における「営業」とは有機的一体として機能する財産と定義されるが、労働者はここに含まれるものか否か。営業譲渡の概念を確定していただきたい。
A(稲庭氏:以下同じ):
営業譲渡先との交渉等の段階で、労働条件や労働者の移動について含めて交渉するといった場合において「人を出すなら営業を譲受しない」という形で流れてしまうことが多い。労働者側は営業譲渡を人の問題を重要事項として捉えるだろうが、会社側は「まず人ありき」では考えない。
Q: 営業譲渡にあたり「スタッフ中心にほしい。人が来ないなら営業を譲り受けない」という形もあるか。
A: 特に譲受企業の方が譲渡企業よりも労働条件が良いケースに多い。一般に譲受企業は、譲渡企業の優秀な人材だけが欲しいため、そうした労働条件を設定するのだが。こういった、良いスタッフがいないなら営業を譲り受けないというケースも存在する。営業譲渡はバラエティに富んでいる。
Q: 営業譲渡に応じず、譲渡会社に残る労働者はどのように処遇するか。
A: 一般に、配転や在籍出向を行う。これに伴い労働条件が低下するのは嫌だと労働者が主張する場合で、会社としてもこれには応じかねるときには整理解雇を行わざるを得ないことも考えられる。
Q: グループ内の営業譲渡については救済型が多いのか。
A: 今は経営資源の集中化を目的とする積極型が多くなってきている。
Q: なぜグループ内での譲渡が多いのか。その原因は労働法上のものか、商法上のものか。
A: 両方であろう。グループ内の労働組合間は相互にツーカーの関係にある。
Q: 不当労働行為や権利濫用の法理による救済がなされるケースは、具体的にどういう場合を想定しているのか。
A: 事前に説明もなく、営業譲渡当日になっていきなり解雇、あるいは譲渡会社に残留させる場合を想定しており、これは問題だと考える。ただ、EUの場合金銭賠償により解決することができるが、日本では、不当労働行為や権利濫用と裁判所によって認定されると、一律に譲受企業へ従業員の地位が移ってしまう。譲受企業に落ち度がない場合でも、である。労働紛争の解決方法や法制がEUと日本とでは違いすぎる。
Q: 営業譲渡の迅速性と密行性が重要と主張されるが、規模が大きいケースによく見られるところだが、むしろ営業譲渡に伴う労使協議を労働組合と綿密に行った方が手続きが円滑に進むケースもある。そういった労使協議の重要性についてどのように考えるか。
A: 統率が良くとれ、組合意思が組織の末端に至るまで一体なものであるならば良いが、組合内部での意見はバラバラであるケースが多い。組合執行部は理解してくれたとしても、理解を示さない一部の組合員のために、まとまるべき営業譲渡がまとまらなくなる危険性は高い。こうした中で、画一的な労使協議を法定化されてしまうと取引に支障が出てしまう。
グループ内における譲渡のような前提条件を欠く、グループ外の営業譲渡についてのセーフティネットを考えなければならないのではないか。
Q: EUで営業譲渡を行う場合、モノだけでなく人もついてくる。全労働者をセットで、となると交渉が成立しない場合、営業譲渡実施前に整理解雇を前倒しで実施できればバランスがとれる。こういう考え方はどう思うか。
A: 営業譲渡においては、転籍させるときと同様、個別同意が必要であり、セーフティーネットになっている。また、企業は労働者に選択肢をたくさん作ってあげることで救う途がある。希望退職優遇制度や、出向転籍を配慮するなどメニューを増やすことが重要だ。
Q: 激化した国際競争下、今後は企業グループを越えた再編が進んでいくと考えるが、その方法としてどのような手法が使われていくだろうか。
Q: 今後会社分割法制の活用が増えていくだろう。これには労働契約承継法というセーフティネットも既に存在する。これまでの傾向から考えると、人が移っていく場合には営業譲渡は使われないのではないかと思っている。
Q: 営業譲渡の活用は今後も出てくるのではないか。人がいない営業譲渡ばかりではないと考えるが。
A: 人が伴う営業譲渡が会社分割よりも使いやすいと思われる場合であれば使われるだろう。しかし、労働者を一律に保護せよという規制ができれば、営業譲渡は使いにくくなり、ますます使われないと考える。
Q: 物的資産を他社に移転する方法として、営業譲渡と会社分割は結果として大きな差はないものと思われるが、人を伴う場合については営業譲渡は使い勝手が悪いという認識か。
A: 営業譲渡に当たって、まず「労働者ありき」と考えないということだ。
現在、会社分割に伴う労働契約承継法があるのに比し、営業譲渡は昔のままでよいのか。営業譲渡に伴う労働者保護策を、会社分割に伴うそれと併せて考えるのがスジではないか。企業組織再編の手段として、合併・営業譲渡しかないときの労働者保護策の議論から一歩進むべきだ。
Q: 営業譲渡から人の問題を切り離して考えることはできないだろう。譲渡企業、譲受企業、労働者、三者の利害は偏ってはならないと思うが、どこでバランス取るかを議論する必要がある。取引者のみの都合しか考えて営業譲渡を合意した後に労側からクレームが出てモメてしまった事例において、その後の譲渡の進展はいかがなものなのだろうか。営業譲渡の話すら立ち消えになってしまったのではなかろうか。
A: 民法625条の同意の問題だろう。転籍に合意するか否かの決定権は労働者に留保されている。どのような選択肢がある中で、同意する、同意しないの判断がなされたかが重要な課題と考える。
営業譲渡に応じるより他に合理的な選択肢がないような場合に、「なぜ自分だけが外された?」という事態は問題だ。
労働者も勝手な都合のみを主張できるものではないが、そういった場合に不当労働行為と権利濫用の法理のみで保護されていると言えるのだろうか。
○ 事務局より、資料No.1社会経済生産性本部「産業構造変化への対応施策と労使関係のあり方に関する調査」が説明され、これを受けた質疑応答が行われた。その内容は以下の通り。
Q: 回答した企業について、どのような業種が多いのか。
A(事務局:以下同じ):
同調査では、調査対象企業の業種については明らかにしていない。
Q: 労使とも9割前後が、全社レベルで労使協議制が置かれていると回答しているが、この結果を以て、我が国の企業において労使協議制が十分に浸透していると考えてよいのか。
A: 同調査の回答回収率が、労働組合からは2割弱、企業からは1割に満たない低い水準であることや、そもそもこのような調査に回答を寄せる企業では労使関係自体が円滑であることが多いことを考慮する必要はあるが、ある程度労使協議制は浸透していると考えられる。
○ 事務局より、資料No.2会社分割が行われた実例(平成13年6月1日分割登記)が説明され、これを受けた質疑応答が行われた。その内容は以下のとおり。
Q: A社の場合、分割に際して新設分割の形態を採らず、労働者のいないカラ会社に承継させる形式を採っているが、その理由如何。
A(事務局:以下同じ):
登記簿謄本なしに当座銀行口座を開設できず、営業の連続性が損なわれるという事情があったため、あえて会社分割に先立って、労働者のいないカラ会社を設立し、そのカラ会社に承継させるという形式を採ったとのことである。
Q: 在籍出向により労働契約の承継を行わっていない会社分割例が目立つが、どのような理由が考えられるか。
A: 会社分割に先立つ事前協議において、労働組合等が転籍ではなく在籍出向を望んだケースが多く、その背景には、転籍に対する心構えの欠如や、会社分割により在籍会社名が変更することへの抵抗があると考えられる。
○ 事務局より、資料No.3個別企業(労使)ヒアリングの実施について(案)が説明され、了承された。
以上
担当:政策統括官付労政担当参事官室法規第3係(内線7753)