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平成11年9月の脳死判定中止事例に係る
検証結果に関する報告書

脳死下での臓器提供事例に係る検証会議
平成13年6月19日


目次

はじめに

第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断と治療に関する評価
2.臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
第2章 ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果

参考資料1
 臓器提供施設から報告された診断・治療概要
参考資料2
 臓器提供の経緯(社団法人日本臓器移植ネットワーク提出資料)
参考資料3
 脳死下での臓器提供事例に係る検証会議名簿
参考資料4
 医学的検証作業グループ名簿・医学的検証作業グループ参考人名簿
参考資料5
 脳死下での臓器提供事例に係る検証会議における平成11年9月の脳死判定中止事例に関する検討経過

はじめに

 平成11年9月上旬に、脳死判定が開始されたものの、鼓膜等の損傷により脳死判定基準に定める事項を完全に確認することができなかったため、脳死判定が中止された事例があった。この事例は、一般の高い関心を集め、また、後に「法的脳死判定マニュアル」の作成など厚生労働省(旧厚生省)の臓器移植に関する施策に比較的大きな影響を与えることになった。本検証会議としては、これらのことにかんがみ、この事例についても脳死下での臓器提供事例と同様に検証を行い、その結果を本報告書として取りまとめたものである。
 ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況については、まず医療分野の専門家からなる「医学的検証作業グループ」において評価を行い、その結果を基に検証を行った。その際には、臓器提供施設の担当医から救命治療、脳死判定等の状況を聴取するとともに、当該施設から提出された診療録(カルテ)、CT写真等の各種検査結果などの関係資料を参考に検証している。また、社団法人日本臓器移植ネットワーク(以下「ネットワーク」という。)の臓器のあっせん業務の状況については、ネットワークから提出されたコーディネート記録その他関係資料を用いつつ、ネットワークのコーディネーターから一連の経過を聴取し、検証を行った。
 本報告書においては、ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況の検証結果を第1章として、ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果を第2章として取りまとめている。

第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価

(平成11年8月31日0:25近隣の医療機関受診時から9月4日19:00臨床的な脳死診断まで)

(1)脳神経系の管理について

(1)診断の妥当性
 外傷にて他院より紹介され、平成11年8月31日3:45、受傷後3時間20分で当救命救急センターに転送されてきた。
 来院時左側頭部〜眼窩部、左側胸部、左大腿部、右側腹部〜背部、背部〜後頭部にかけ打撲傷、挫傷と左耳出血を認め、神経学的には昏睡(GCS4)で除脳硬直肢位をとっていた。瞳孔散大、対光反射消失、自発呼吸微弱が認められたため、救急処置を施行した後に直ちに頭部を含む全身CT検査を行った。
 8月31日の来院時に施行された頭部CTでは、左側頭部から顔面の皮下腫張と副鼻腔内出血が存在し、頭蓋内では左側頭葉後部に最大径4cmの脳挫傷を認め、その内部には大小様々で不均一な数個の脳内血腫が存在している。また、両側前頭葉、両側基底核部にも径数mmから1cmの脳内血腫が点在し、四丘体槽、第4脳室内の出血も認められた。右前頭部には最大の厚さ1cmの急性硬膜下血腫が存在し、血腫の一部は大脳半球間裂に及んでいる。さらに両側大脳半球底面及び脳幹部は低吸収化しており、テント上下のくも膜下腔及び右側脳室体部は消失し、正中構造は右から左に約1cm偏位している。
 胸腹部CTでは左肺下葉背側部の挫傷と無気肺及び左腎損傷と左腎周囲後腹膜血腫が認められるが、肝、膵の損傷及び気胸、血胸、腹腔内出血は認められない。
 来院時の所見から脳を含む全身臓器の損傷が考えられるため、全身CT検査を施行するとした判断は妥当である。CT所見により、左側頭部から錐体骨にかけての骨折、脳幹損傷を含む多発性脳損傷、急性硬膜下血腫、肺及び腎の損傷を認めたが、肺及び腎の損傷は部分的で高度ではなく、肺、膵損傷及び腹腔内出血も認められなかったことから、臨床症状の原因は頭蓋内病変であるとした判断も妥当である。
 なお、9月2日に施行された頭部CTでは、大脳半球全体で白質と灰白質の区別が不明瞭となり、脳幹部を含む脳全体が低吸収域となり、特に脳梁、両側の基底核、内包、鉤、帯状回及び右後頭葉の低吸収化が著明である。テント上下のくも膜下腔の消失、急性硬膜下血腫の厚さ及び正中構造の偏位は前回とほぼ同じであるが、前回認められた脳内血腫は増大し、周囲低吸収域は拡大している。さらに、同日に施行された胸腹部CTでは左肺下葉の損傷及び無気肺は改善傾向にあり、左腎周囲後腹膜血腫はやや縮小している。
 以上の所見は、加療にもかかわらず脳損傷の程度は改善せず、むしろ悪化していることを示している。

(2)保存的治療を行ったことの評価
 本症例は当救命救急センター到着時、昏睡(GCS4)で除脳硬直肢位をとっており、両側瞳孔は散大、対光反射は消失しており、自発呼吸も非常に微弱であった。
 頭部CTでは多発性脳損傷と厚さ1cmの右急性硬膜下血腫が認められ、脳幹部を含む脳全体にびまん性脳腫脹が存在した。
 以上の臨床症状及びCT所見から頭蓋内圧亢進の軽減を目的とする外科的治療による症状の改善は期待できないとする判断は妥当である。
 したがって、来院早期には頭蓋内圧測定下に脳圧下降剤、副腎皮質ステロイドを使用し、過換気療法を行い、31日6:00より脳低温療法を施行して、びまん性脳腫脹の改善を試みたことは理解できる。その後、昇圧剤、血液製剤の使用にもかかわらず血圧の維持が困難となったため、脳低温療法を中止し、呼吸・循環管理を治療の中心とした判断も妥当である。
 なお、当該施設では、くも膜下出血及び頭部外傷の患者の呼吸管理を目的に、また、脳低温療法を導入した患者のシバリングの防止などを目的にベクロニウム、ミダゾラムを持続点滴している。本症例の場合、投与時間は約30時間で、総投与量はそれぞれベクロニウム70mg、ミダゾラム63mgである。

(2)呼吸器系の検査治療について

 近隣の医療機関の受診時に意識障害と自発呼吸微弱があり、直ちに気管内挿管で気道が確保され、人工呼吸が施行された。当該施設来院後も引き続き人工呼吸が行われている。
 人工呼吸器の条件(吸入酸素濃度(FiO2)1.0、同期的間欠的強制換気法(SIMV)18b/min、1回換気量(TV)500ml/b)は、身長164cm、体重60kgの女性の呼吸条件として妥当である。動脈血ガス分析でpH7.471、PaCO231mmHg、BE-1.6mM/Lと過換気状態にあり、その後もPaCO2値は20〜40mmHgの間にコントロールされていた。やや過換気気味であると考えられるが、概ね適正な過換気療法が行われていたと推定される。

(3)循環器系の検査治療について

 外傷に伴う出血部位としては、左肺挫傷、左腎損傷、尿路出血、左耳出血が記載されている。しかし、臨床所見、画像診断上からみても、止血のための手術適応はなく、循環動態に大きな影響を与えるほどの大量出血でもなく、いずれも保存的に治療されている。バイタルサインや時間尿量は定期的にモニターされ、9月1日7:10頃からの血圧低下に対しては、酢酸リンゲル液、血漿製剤、新鮮凍結血漿で循環血液量の維持がなされていた。
 9月1日11:00頃から中枢性尿崩症によると推定される尿量増加があり、さらなる循環血液量の補正や抗利尿ホルモン薬投与が必要であった。これらに対していずれも妥当な対応がなされている。

(4)水電解質の管理について

 来院時、血清カリウム濃度がやや低値であるが、近隣の医療機関から引き続き行われている人工呼吸管理が過換気気味のためか、あるいは重症多発外傷にみられる低カリウム血症によるものかは明確でない。いずれにせよ、同日17:00からカリウム補正が試みられている。尿量は維持されており、慎重に補正されている。重症頭部外傷あるいは中枢性尿崩症に伴う高ナトリウム血症に陥っていると考えられるが、それに対して維持輸液が継続投与されていた。

(5)まとめ

 本症例は、重症脳挫傷、右急性硬膜下血腫、左側頭骨骨折と左肺挫傷、左腎損傷を伴う多発外傷であり、来院時に意識昏睡状態、瞳孔散大、対光反射なし、除脳硬直肢位で予後の悪さを予測させる。頭部、胸部、腹部損傷とも手術適応はなく、治療は保存的対症療法を主とせざるを得ない。このため、救命救急センター転院直後から脳低温療法が行われたが、循環動態の悪化で中止を余儀なくされ、結果的には脳低温療法は無効であった。しかし、どのような治療法を選択したにせよ、救命を得たとは考えがたく、担当医らによって最大の努力がなされたと考えられる。

2.臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価

(1)脳死判定を行うための前提条件について

 本症例は、左側頭骨から錐体骨にかけての骨折、左外耳道からの出血、鼓膜損傷があり、左前庭反射の施行が不可能であったため、指針どおりに脳死判定を行うことができなかった症例である。しかし、医学的に脳死と診断される症例なので、その経過と検査所見について述べる。

 本症例は平成11年8月31日0:25、外傷により救急車にて近隣の医療機関に搬送された。当該病院到着時、昏睡、瞳孔散大があり、胸部、大腿部等の外傷も認めた。CTの結果、脳幹損傷を含む多発性脳損傷、急性硬膜下血腫、肺挫傷、腎挫傷と診断され、3:45救命救急センターに転送された。センター到着時、GCS4、自発呼吸微弱のため、直ちに気管内挿管、人工呼吸が開始された。CTにより、上記所見の他、左側頭骨から錐体骨にかけての骨折、左腎周囲後腹膜出血なども認められた。6:00脳低温療法を開始したが、血圧維持が困難となり、9月1日13:00同療法を中止した。意識レベルは深昏睡、脳波は著しい徐波となったが、右側刺激による聴性脳幹誘発反応の波形は確認可能であった。2日のCTでは、脳幹部を含む脳全体に低吸収域化が著明となった。以後、4日19:00に臨床的な脳死の診断を開始するまで、深昏睡が持続し、脳波、聴性脳幹誘発反応は、次第に悪化し遂には平坦化に至った。本症例は神経所見、頭部CTからしても保存的療法以外になかった。

 本症例は、前章の詳細な経過と上述したところから、脳死判定の対象例としての前提条件を満たしている。すなわち、

1)深昏睡及び無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。
 8月31日センター来院時に気管内挿管が行われ人工呼吸が開始された。以降意識レベルは昏睡(GCS4)で、9月4日15:00頃以降は深昏睡(GCS3)が継続しており、人工呼吸が行われている。なお、気管内挿管から臨床的な脳死の診断までには約100時間以上経過している。

2)原因、臨床経過、症状、CT所見から、原疾患が確定されている脳の一次性、器質性病変であることは確かである。

3)また、診断・治療を含む全経過から、現在行い得る全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性が全くないと判断される(1.初期診断・治療に関する評価参照)。

(2)臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定について

1)臨床的な脳死の診断

〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(1回目)(9月4日19:00から22:30まで)
 体温:36.6 ℃ 血圧:82/58mmHg 心拍数:137/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 左6.0 mm 右6.5 mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭(右側のみ)、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
 聴性脳幹誘発反応:I波を含むすべての波を識別できない(右側刺激のみ)
施設における診断内容
 以上の結果から臨床的に脳死と診断
検査所見(2回目)(9月5日7:00から11:40まで)
 体温:37.8 ℃ 血圧:90/36mmHg 心拍数:127/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 左6.0mm 右6.5mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭(右側のみ)、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
 聴性脳幹誘発反応:I波を含むすべての波を識別できない(右側刺激のみ)
施設における診断内容
 以上の結果から臨床的に脳死と診断

 本症例でベクロニウム、ミダゾラムの持続点滴が約30時間にわたりそれぞれ総量70mg、63mg投与されているが、投与中止後、臨床的な脳死診断までに約79時間、法的脳死判定までに約100時間経過しており、脳死判定に及ぼす影響はないと思われる。
 第1回目の脳波は国際電極配置のFp1,Fp2,C3,C4,O1,O2,T3,T4,A1,A2に電極を装着、単極導出(Fp1-A1、Fp 2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2、T3-A1、T4-A2)、と双極導出(Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2、O1-T3、O2-T4、T3-Fp1、T4-Fp2)で記録されている。さらに心電図と呼吸運動の同時記録をしている。刺激として呼名・疼痛刺激が行われている。脳波は心電図と僅かな交流アーティファクトが重畳しているが、アーティファクトの判別は容易であり、平坦脳波と判定できる。また、右側刺激による聴性脳幹誘発反応も無反応であった。
 第2回目の脳波は、第1回目の臨床的な脳死の診断と同条件で記録されている。脳波は心電図と僅かな交流アーティファクトが重畳しているが、アーティファクトの判別は容易であり、平坦脳波と判定できる。また、右側刺激による聴性脳幹誘発反応も無反応であった。

2)法に基づく脳死判定

〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回) (9月5日 16:33から20:24まで)
 体温:36.8℃ 血圧:142/82mmHg 心拍数:112/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 左8.0mm 右8.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭(右側のみ)、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
 聴性脳幹誘発反応:I波を含むすべての波を識別できない(右側刺激のみ)
 無呼吸テスト:陽性
  (開始前) (3分後)  
PaCO2 43 65 (mmHg)
PaO2 550 592  
血圧 110/62 100/60  

施設における判定内容
 法的脳死判定を中止したため最終的な判定は行われなかった。

 法的脳死判定における脳波記録は、第1回目の臨床的な脳死診断と同条件で記録されている。脳波は心電図と僅かな交流アーティファクトが重畳しているが、アーティファクトの判別は容易であり、平坦脳波と判定できる。また、右側刺激による聴性脳幹誘発反応も無反応であった。無呼吸テストは必要なPaCO2のレベルを得ており、テストの間循環状態にも問題はなかった。

3)まとめ

 本症例では、臨床的な脳死の診断と第1回目の法的脳死判定を行っている。いずれの判定においても、左側の外耳道から出血があり鼓膜等の損傷が認められたため、左側の前庭反射は施行されず、右側の前庭反射の消失のみが確認されている。提供施設の医師団は右側の前庭反射の消失を確認しており、その他の判定基準を満たしていることから、本症例に対して法的脳死判定を実施できると考えていたが、第1回脳死判定後に旧厚生省から法的脳死判定においては両側の前庭反射検査を不可欠とする見解が示され、法的脳死判定は中止された。
 本症例を検討するに当たり、当時はまだ「法的脳死判定マニュアル」(厚生省厚生科学研究費特別研究事業「脳死判定手順に関する研究班」平成11年度報告書)及び「脳死下での臓器提供手続に係る質疑応答集」(旧厚生省臓器移植対策室)が作成されていなかったことを考慮する必要がある。
 当時、法に規定する脳死判定の具体的な検査手法については、「厚生科学研究費特別研究事業「脳死に関する研究班」昭和60年度研究報告書」及び平成3年2月に公表された「厚生省『脳死に関する研究班』による脳死判定基準の補遺」に準拠して行うこととされていた。しかし、両者には鼓膜損傷があれば前庭反射検査を実施することができず、旧厚生省基準による脳死判定は不可能であると記載されているものの、片側のみ前庭反射の消失を確認することでよいかどうかについては明確に記載されていない。このような背景があって、本症例のような特殊な事例に遭遇した場合に、混乱が生じたのもやむを得ないと思われる。

第2章 ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果

(注)枠内は、ネットワークから聴取した事項及びネットワークから提出された資料等により、本検証会議として認識している事実経過の概要である。

1.初動体制

 平成11年8月31日0:25、外傷により患者が近隣の医療機関に搬送された。
 さらに、同医療機関から今回の事例の臓器提供施設に患者が搬送され、3:45に同施設に到着。その後9月5日11:40に主治医は患者を臨床的に脳死と診断し、11:50に家族から臓器提供意思表示カードの提示があった。
 同日12:30に病院に所属する都道府県コーディネーターからネットワークの東海北陸ブロックセンターに対して連絡があり、14:16にネットワークのコーディネーター2名が病院に到着。ネットワークのコーディネーターは、都道府県コーディネーターに院内体制等を確認するとともに、医学的情報を収集し一次評価等を行った。

【評価】

○ ネットワークは、病院からブロックセンターに連絡があった後、迅速に対応を開始しコーディネーターを同施設に派遣している。
○ また、ネットワークのコーディネーターは、病院に到着後、院内体制等の確認や一次評価等を適切に行っている。

2.家族への脳死判定等の説明及び承諾

 9月5日15:00にネットワークのコーディネーター1名及び都道府県コーディネーター1名が家族(父、母、姉2名、兄)と面談し、脳死判定・臓器提供の内容、手続等を記載した文書を用いてこれらを説明。15:56に脳死判定承諾書、臓器摘出承諾書をコーディネーターが受理している。なお、その際、コーディネーターと家族で2回目の脳死判定後に行う情報公開の内容等について相談している。
 同月6日3:00に鼓膜等の損傷により脳死判定が中止され、3:30に、ネットワークのコーディネーター及び都道府県コーディネーター同席の下、担当医から家族に脳死判定を中止した旨を説明している。また、4:00には、これらのコーディネーターから、担当医の説明を直接受けていなかった家族も含めて再度脳死判定が中止となった理由等を説明している。

【評価】

○ コーディネーターは、臓器提供意思表示カードの記載内容を確認した後、脳死判定・臓器提供等の内容・手続を記載した文書を手渡してその内容を説明した上で、家族から承諾書を受理している。また、その後、脳死判定が中止された際にも、適切に家族への状況説明が行われている。
○ このため、コーディネーターの家族への脳死判定の説明等は適正に行われたものと評価できる。

3.ドナーの医学的検査及びレシピエントの選択等

 9月5日18:20に心臓、肺、肝臓のレシピエント候補者の選定を開始。腎臓については、HLAの検査後、9月6日0:55にレシピエント候補者の選定を開始している。なお、脳死判定が中止されたため、本事例においては、レシピエント候補者の意思確認等は行われていない。
 また、感染症やHLAの検査等については、ネットワーク本部において適宜検査を検査施設に依頼している。

【評価】

○ 今回の事例においては、適正にレシピエントの選択手続が行われたものと評価できる。
○ また、ドナーの医学的検査等は適正に行われている。

〈参考資料1〉

臓器提供施設から報告された診断・治療概要

8/31(火)  
0:25 外傷にて直ちに近隣の医療機関に救急搬送
入院時所見:意識 GCS (1.1.2)瞳孔散大 意識昏睡状態 左側胸部、大腿部に外傷認める 左耳より耳出血認める。
意識障害と自発呼吸微弱のため直ちに気管内挿管で気道が確保され、人工呼吸が施行された。
3:45 救命救急センターに搬送される。
救命救急センター来院時GCS(1・T・1)自発呼吸微弱のため、直ちに呼吸器装着。TV500ml, RR18/min,FiO2 1.0に設定。
血液ガス pH7.471, PaO2 320mmHg, PaCO2 31mmHg, BE-1.6
血圧145/86mmHg, 心拍数84, 体温36.7℃
止血剤(カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム50mg、トラネキサム酸、10%ヘモコアグラーゼ)
脳圧降下薬(D-マンニトール20%300ml)
ステロイド(コハク酸ヒドロコルチゾンNa100mg)
抗潰瘍薬(塩酸ロキサチジンアセタート)
抗生物質(塩酸セファチアム、アズトレオナム)
脳賦活薬(シチコリン、ソルコセリル)
4:20 全身CT施行。
頭部CT所見:左側頭骨から錐体骨にかけ骨折を認め一部を剥離を認める。多発性脳挫傷、右急性硬膜下血腫を認め、かつ造影剤の漏出をともなう。脳幹損傷、左側頭部から顔面の皮下腫脹を認めた。
胸部・腹部CT所見:左肺下葉肺挫傷 左肺下葉無気肺 左腎損傷の疑い、左腎周囲後腹膜出血 膀胱内血腫を認める。
6:00 血圧120/70 GCS(1・T・2) 脳低温療法開始し各種モニター接続。
ベクロニウム4mg/hr ミダゾラム3.6mg/hr 開始
頭蓋内圧(ICP)は挿入時56cmH2O, 内頚静脈温(Sjtemp )38℃, Sjo270%であった。
ICP高値であり、Sjtemp 34℃を目標に体温を低下させた。
7:10 収縮期血圧70〜80 低下 加熱人血漿蛋白(プラズマネートカッター250ml 2V)
8:30 血圧 100/64に改善
10:00 さらにショック状態改善のため FFP 2Uを9/2まで続行
11:00 尿量増加傾向 4時間で1860ml
ベクロニウム2mg/hr ミダゾラム1.8mg/hr に減量
14:00
〜18:00
4時間尿量 1450ml
17:00 Sjtempにて35℃となる。ICPは20後半から30後半を示した。以後Sjtemp 35℃を維持
Na 176 , K 2.7 , Cl 140 による電解質異常の補正を開始
マルトス10に変更増量し、アスパラギン酸Kにて補正
23:00 ステロイド(コハク酸ヒドロコルチゾンNa100mg)
9/1(水)  
3:00 ステロイド(ベタメタゾン8mg)
12:00 収縮期血圧 70前後 上昇せず
ベクロニウム(使用総量70mg),ミダゾラム (使用総量63mg)を中止
塩酸ドパミン5ml/hr 開始8ml/hrへ 収縮期血圧100台
塩酸ドパミンにて血圧コントロール施行
13:00 脳低温療法終了。
血圧の維持困難であり、中枢性尿崩症併発し、瞳孔散大持続の為脳低温療法を中止とした。
14:00 ステロイド(ベタメタゾン8mg)
21:00 深昏睡状態に変化はなく、脳波所見は全般的に著しい徐波、ABRは波形が確認された。
9/2(木)  
7:00 血圧100/56 HR160
TV500, RR18, FiO20.6設定。 血液ガスpH 7.490, PaO2 162.2,
PaCO2 20.0 , BE -7.3 換気回数を18回から15回に減少
Na163, K 5.8, Cl 123 , BUN 27, CRE 2.0
マルトス10を2時間500mlで負荷する。
10:15 ABR施行し波形確認。
11:30 第2回目CT施行。
CT所見上、脳幹全体にも低吸収域が出現し脳ヘルニア伴う右後大脳動脈領域の急性脳梗塞出現、両側鉤部脳幹の脳損傷、帯状回の脳損傷疑い。その他外傷性くも膜下出血及び脳室内出血を認める。
胸腹部CT所見:左肺下葉無気肺は改善傾向、左腎損傷、左腎周囲後腹膜血腫を認めた。
16:00 Na 159, K 5.5, CL 120となる
9/3(金)  
7:00 血圧116/80, HR140
TV500, RR15, FiO20.6設定。血液ガスpH 7.475, PaO2 170.2,
PaCO2 34.6, BE 1.6,Na 164, K 4.8, Cl 124, BUN 27, CRE 1.7
マルトス10等で電解質補正続行。
10:30 ABR施行し波形確認するも電位の減少を認めた。
9/4(土)  
7:00 血圧96/56, HR130
TV500, RR15, FiO20.6設定。血液ガスpH 7.517, PaO2 309.9
PaCO2 28.7, BE 0.5のためFiO20.4に変更
WBC 28600, RBC 3.09×10 6 , Hb 9.7, Ht 28.5, PLT 70000
TP 6.5, ALB 3.4, Na 168, K 4.0, Cl 127
敗血症によるDICが考えられた為、血液培養施行し、ガンマーグロブリン製剤AT-III製剤(1日3V)投与する。
9:30 脳波施行。脳波所見は平坦。
12:00 ABRは1波のみ確認。
13:40 スワンガンツカテーテルにて心機能測定 Forrester III°
14:30 塩酸ドパミン(カタボン)を中止し、塩酸ドパミン(イノバン)
100mg塩酸ドブタミン200mg を 5ml/hrで開始
17:30 血圧76/44 低下したため、加熱人血漿蛋白(プラズマネートカッター)2V投与
19:00 第1回臨床的な脳死の診断を開始。
(血圧82/58mmHg、体温36.6℃、心拍数137/min)
19:30 ABR 平坦確認。
深昏睡状態変化なく、再度平坦脳波であった。
22:30 血圧110/56 に改善した。
第1回臨床的な脳死の診断を終了。
全ての脳幹反射は消失。(左耳出血のため左前庭反射施行せず。)
9/5(日)  
7:00 Na 169, K 3.2, Cl 130, WBC 14700, PLT39000, Hb 7.0
AT-III3VヘパリンNa1万IU/24hrに加え、血小板輸血を開始した。
貧血に対し輸血
第2回臨床的な脳死の診断を開始。
(血圧90/36mmHg、体温37.8℃、心拍数127/min)
8:10 脳波、ABRを再施行し、共に平坦であった。
11:40 第2回臨床的な脳死の診断を終了。
11:50 家族に臨床的に脳死状態であることを説明。家族より臓器提供意思表示カードの提示あり。コーディネーターから臓器提供の話を聞くことの承諾を得た。
15:56 コーディネーターを通じ脳死後、心臓、肝臓、右腎、右肺の提供を承諾いただいた。
16:33 第1回法的脳死判定開始。(血圧142/82、体温36.8℃、心拍数112/min)
20:19 無呼吸テスト開始 PaCO2 43mmHg、
20:24 PaCO2 65 mmHg、無呼吸を確認し、第1回法的脳死判定終了。
引き続きマルトス10で輸液管理続行。
9/6(月)  
2:20 耳鼻科処置開始。
2:54 左耳鼓膜破損確認。
3:00 法的脳死判定中止を決定。
9/7(火)  
14:00 血圧低下
23:30 血圧測定不能
9/8(水)  
23:38 死亡確認。


参考図


〈参考資料2〉
臓器提供の経緯
(社団法人日本臓器移植ネットワーク提出資料)

臓器提供の経緯


〈参考資料3〉

脳死下での臓器提供事例に係る検証会議名簿
氏名 所属
  宇都木 伸 東海大学法学部教授
  川口 和子 全国心臓病の子供を守る会幹事
  嶋 多門 福島県医師会会長
  島崎 修次 杏林大学医学部救急医学教授
  竹内 一夫 杏林大学名誉教授
  アルフォンス・デーケン 上智大学文学部人間学教室教授
  新美 育文 明治大学法学部教授
  貫井 英明 山梨医科大学脳神経外科学教授
  平山 正実 東洋英和女学院大学人間科学部教授
  藤森 和美 聖マリアンナ医学研究所カウンセリング部長
藤原 研司 埼玉医科大学第3内科教授
  柳田 邦男 作家・評論家
(50音順/敬称略。○:座長)


〈参考資料4〉

医学的検証作業グループ名簿
氏名 所属
  大塚 敏文 日本医科大学理事長
  桐野 高明 東京大学医学部長
  島崎 修次 杏林大学医学部救急医学教授
竹内 一夫 杏林大学名誉教授
  武下 浩 宇部短期大学学長
  貫井 英明 山梨医科大学脳神経外科学教授
(50音順/敬称略。○:班長)

医学的検証作業グループ参考人名簿
鈴川 正之 自治医科大学救急医学教授
中里 信和 財団法人広南会広南病院医師
(50音順/敬称略。)


〈参考資料5〉

脳死下での臓器提供事例に係る検証会議における
平成11年9月の脳死判定中止事例に関する検討経過

平成13年 1月24日 医学的検証作業グループ(第5回)
2月16日 医学的検証作業グループ(第6回)
2月22日 第6回脳死下での臓器提供事例に係る検証会議
・ 平成11年9月の脳死判定中止事例の救命治療、法的脳死判定等及び臓器あっせん業務を検証。


問い合わせ先:厚生労働省健康局疾病対策課臓器移植対策室
       担  当:木村、衣笠
       電話番号:03−3595−2256

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