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第7例目の脳死下での臓器提供事例に係る
検証結果に関する報告書


脳死下での臓器提供事例に係る検証会議
平成13年3月5日


目次

はじめに

第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価
2.臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
第2章 ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果
あっせんの経過の概要とその評価

(参考資料1)
 診断・治療概要(臓器提供施設提出資料)
(参考資料2)
 臓器提供の経緯((社)日本臓器移植ネットワーク提出資料)
(参考資料3)
 脳死下での臓器提供事例に係る検証会議名簿
(参考資料4)
 医学的検証作業グループ名簿
(参考資料5)
 脳死下での臓器提供事例に係る検証会議における第7例目に関する検討経過


はじめに

 本報告書は、平成12年4月下旬に行われた第7例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果を取りまとめたものである。
 ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況については、まず医療分野の専門家からなる「医学的検証作業グループ」において評価を行い、その結果を基に検証を行った。その際には、臓器提供施設から救命治療、脳死判定の担当医から事情を聴取するとともに、当該施設から提出された診療録(カルテ)、CT写真等の各種検査結果などの関係資料を参考に検証している。また、社団法人日本臓器移植ネットワーク(以下「ネットワーク」という。)の臓器のあっせん業務の状況については、ネットワークから提出されたコーディネート記録、レシピエント選択に係る記録その他関係資料を用いつつ、ネットワークのコーディネーターから一連の経過を聴取し、検証を行った。
 本報告書は、第7例目に係る検証結果について、ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況に係る検証結果を第1章として、ネットワークによる臓器のあっせん業務の状況に係る検証結果を第2章としてとりまとめたものである。


第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価

(1)手術に至るまでの診断と治療

1)経過

 当該患者は平成12年4月12日22時45分に路上で倒れているところを発見され、救急車にて33分後に搬入された。
 入院時頭痛を訴え嘔吐が認められたが、意識はほぼ清明(JCS:1, GCS:15)で血圧は170/90mmHg、呼吸は18回/分であり、瞳孔不同はなく神経症状は認めていない。
 発見後45分で施行したCTで、全脳底槽及び脳表にび慢性のくも膜下出血を認め、この出血は右側シルビウス裂で左側に比べやや高度であった。また第4脳室、第3脳室、側脳室にも出血を認めた。
 以上の結果から脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を考え、再出血防止のため降圧剤(ニカルジピン)、鎮静剤(プロポフォール)を投与しており、血圧は150/70mmHg程度に維持され、酸素投与によりSPO2(動脈血中酸素分圧)は100%を保っていた。
 4月13日に施行された脳血管撮影では、右内頸動脈前脈絡叢動脈分岐部に最大径約6mmの脳動脈瘤と、左内頚動脈分岐部、左内頸動脈後交通動脈分岐部及び左中大脳動脈に最大径約2mmの動脈瘤が各々1個認められた。
 CT所見及び脳血管撮影所見から右内頸動脈前脈絡叢動脈分岐部動脈瘤が破裂したと考え、発見約17時間後にクリッピング術を施行し、脳槽及び脳室にドレーンを設置した。
 なお、術前の患者の状態は、意識は鎮静剤投与下でもほぼ清明で、神経脱落症状も認めないため、Hunt & Kosnik分類及びWFNS分類のグレードIであった。

2)評価

 発症様式、経過及び症状から脳動脈瘤破裂を疑い、入院後直ちにCTを行ってくも膜下出血を確認し、再出血防止のために降圧剤、鎮静剤の投与を行っており、適切な診断、治療が施行されている。
 また、脳血管撮影の結果、4個の脳動脈瘤が確認され、くも膜下出血が右側シルビウス裂にやや強く、右内頸動脈前脈絡叢動脈分岐部動脈瘤が他の3個の動脈瘤に比べ大きいことから、同動脈瘤が破裂したと判断したことは妥当である。
 更に患者の状態がHunt & Kosnik分類及びWFNS分類でグレードIであったことから、出血後急性期に動脈瘤クリッピング術を行い、脳底槽及び脳室にドレーンを設置したことも妥当である。

(2)手術後の診断と治療

1)経過

 術後は輸液(ビィーンF500)により水分バランスをプラスに維持し、血圧を高め(150〜170mmHg)に保ち、酸素、脳圧下降剤(グリセオール)等の投与を行っている。
 更に脳血管攣縮予防剤の塩酸ファスジルの投与を開始し、脳槽ドレナージを開放して血性髄液を排除している。
 患者の状態は良好で、4月15日には意識はJCS:1〜2となり、神経症状は認めず、経口摂取可能となった。
 その後、良好な状態が持続したが、4月17日に施行したCTで右側頭葉に低吸収域が出現したため、4月18日に脳血管撮影を行った。この結果、末梢の血流は良好であったが、右前大脳動脈、中大脳動脈に軽度の脳血管攣縮が認められたため、前記の治療に加え低分子デキストランの投与を開始している。
 しかし、意識水準が4月18日より徐々に低下し、4月18日はJCS:3〜10、4月20日10〜20となったため、4月19日にドブタミン(DOB)投与を開始し、4月21日には高圧酸素療法を施行した。
 4月22日になると意識障害はJCS:200に増悪し、瞳孔不同(右3.5mm、左2.5mm)が出現して対光反射も両側鈍麻となったため、CTを施行したところ、左右前大脳動脈及び右中大脳動脈領域に低吸収域が出現し、脳底槽は消失していた。
 このため直ちに気管内挿管を行い呼吸管理を施行した後、右側の減圧開頭術を行った。
 しかし、減圧開頭術後も状態は改善せず、JCS:300で両側瞳孔散大(両側5mm)が認められ、CTでは減圧部の著明な膨隆、脳幹及び大脳半球全体の低吸収化、全脳槽の消失、脳室の消失、狭小化及び正中構造の約15mmの偏位が認められた。
 このため、同日にバルビツレート療法が行われている。
 なお、経過を通じ血圧は170〜200mmHg、水分バランスはプラス、SpO2:100%、PaO2:80〜100mmHg、PaCO2:33〜39mmHgに保たれていた。

2)評価

 術後経過は良好であったが、CTを術後1日目、術後5日目に施行し、術後6日目には脳血管撮影を行い、脳血管攣縮の早期発見を心がけており、診断法は妥当である。
 術後の治療に関しては、術直後より血性髄液の排除、血圧の維持、循環血漿量の増加、酸素、脳圧下降剤及び脳血管攣縮予防剤の投与を行っており、臨床症状が良好であったことを考えると、脳血管攣縮の予防手段としては充分であったと判断できる。
 その後、軽度意識障害が出現し、血管撮影上軽度脳血管攣縮が認められた時期には、低分子デキストランの投与を追加し、その後も症状の進行に合わせDOBを追加投与し、高圧酸素療法を行い、減圧開頭術も行っており、脳血管攣縮に対しては強力な治療法が施行されている。
 有効な確定的治療法のない脳血管攣縮に対しては、まずその予防に全力を尽くす必要があるが、本症例では前述の如く充分な予防法が行われており、その後も適切な対応がなされているため、臨床症状を改善できなかったことはやむをえないと判断できる。

(3)減圧開頭術施行後(4月22日14:40以降)の全身管理について

(1)呼吸管理
 すでに気管内挿管されており、人工呼吸器にて呼吸管理がなされていた。この時の呼吸条件は、同期的間欠的強制換気法(SIMV)20/分、1回換気量(TV) 500ml、吸入気酸素濃度(FiO2) 0.6、呼気終末陽圧(PEEP) 6cmH2Oであった。また、この時点での血液ガス分析の結果は、pH 7.634、PaO2 274mmHg、PaCO2 26.7mmHgであり、呼吸性アルカローシスであった。強い脳浮腫が認められている急性期の呼吸管理条件としては妥当であると考えられる。その後、SIMVを持続的強制換気法(CMV)へ、呼吸回数を20→16→15回に下げているが、自発呼吸がない状態ではこの呼吸モードの変更は患者への影響はなく、呼吸回数の減少も血液ガスのチェックをしながら行われている。24日13:00頃にFiO2を0.8へ、また19:30頃にTV 460ml、PEEP 3CmH2Oへ変更するまでは呼吸条件は不変である。19:22の血液ガスが、pH 7.501、PaO2413mmHg、PaCO2 36.3mmHgであり、ここまでの呼吸管理は問題ないと考える。
 胸部レントゲン写真も、肺野はきれいであり、気管内チューブの位置もよい。また体位変換、気管内サクションも頻回に行われている。

(2)循環管理
 22日14:40の時点で、血圧140/80mmHg、脈拍100/分であった。ネンブタール使用後から徐々に血圧が低下し、18:00の時点でネンブタールを中止したが、19:00すぎに血圧が50以下まで低下した。これに対して、アドレナリンの静注、その後ドパミン、ドブタミン、アドレナリン、ノルアドレナリンの持続点滴を行って、血圧維持を図っている。同時に中心静脈圧(CVP)測定を行って輸液を付加するなどの処置も行われており、脳ヘルニアを起こしていると考えられる患者の循環管理としては、できる限りの処置が行われていると考えられる。その後、23日、24日は、何度か低血圧になるエピソードはあるものの、血圧100mmHg以上を保っており、おおむね循環動態は維持されていたといって良いと考えられる。24日13:00以降は、バゾプレッシンの併用によって血圧の維持が容易になり、カテコールアミンの減量もできて、問題はないと考える。心電図、血圧、CVP等のモニターも行われており、頻繁に記録されている。

(3)水電解質の管理
 尿量は、22日の低血圧のエピソード後も、維持されている。しかし、23日の午後に血圧が下がったエピソードがあったものの、一日尿量で見ると、22日が2680ml、23日が2361ml、24日が1955mlなので、一時的な乏尿の時期はあったが、尿量に関しては管理上問題はなかったと考えられる(体重55kg)。24日の19:27のデータで、Na 150、K 3.6、Cl 110とナトリウムとクロールがやや高いが上限ぎりぎりであり、電解質の大きな異常はないと考えられる。

2.臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価

(1)脳死判定を行うための前提条件について

 本症例は平成12年4月12日23:18救急車により当該医療機関に搬入された。救急隊が現場に到着した時、意識レベルはJCS300であったが、医療機関搬入時には意識レベルは改善しJCS1であった。入院後、CT検査、脳血管撮影が行われ、くも膜下出血、破裂右内頚動脈前脈絡叢動脈分岐部動脈瘤と、左内頸動脈眼動脈分岐部、左内頸動脈後交通動脈分岐部及び左中大脳動脈に未破裂の動脈瘤が認められた。13日に右内頸動脈前脈絡叢動脈分岐部動脈に対して動脈瘤クリッピング術が行われた。
 その後、比較的経過順調でJCS1−2で推移していたが、18日意識レベルの低下がみられ、脳血管撮影で中大脳動脈の血管攣縮所見がみられた。血管攣縮に対する薬物療法、高圧酸素療法を行い、やや意識レベルの改善がみられたが、22日7:00意識レベルがJCS200に低下し、瞳孔の左右不同、対光反射消失がみられ、CT所見も切迫脳ヘルニアの状態となった。気管内挿管・人工呼吸管理が開始され、脳圧下降薬の投与が行われた。9:30には右減圧開頭術が行われたが、術後(14:00)JCSは300、自発呼吸は認められなかった。同日14:40バルビツレート療法が開始されたが、約3時間20分後に血圧低下のため中止に至っている。その後、カテコラミン、バゾプレッシンで血圧を維持する状態が続いたが、次第にカテコラミンの減量が可能となり、24日に臨床的脳死と診断されている。
 本症例は臨床所見、画像診断でくも膜下出血と診断され、4月24日12:35臨床的脳死と診断され、ついで法に基づく脳死判定が行われている。

 本症例は、上述の経過概要及び前章の記述にあるように、脳死判定の対象例としての前提条件を満たしている。すなわち、

1)深昏睡及び無呼吸で人工呼吸を行っている状態が持続している。
 少なくとも22日の減圧開頭術以後、深昏睡と無呼吸が持続し、臨床的脳死診断を行うまでには約46時間経過している。
2)原因、臨床経過、症状、画像診断から、原疾患が確定されている脳の一次性、器質性病変であることは確実である。
 本症例は原因の明らかな重症脳障害で、CTを含む画像診断で脳の器質性病変が確認されている。
3)また、診断・治療を含む臨床経過から、現在行いうる全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性が全くないと判断される。
 本症例では、動脈瘤クリッピング術、高圧酸素療法、血管攣縮、頭蓋内圧亢進に対する薬物療法、減圧開頭術、バルビツレート療法、呼吸・循環管理が適切に行われている。しかし、治療に反応せず、回復の可能性は全くないと判断される(前章参照)。

(2)臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定について

1)臨床的脳死の診断

〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(4月24日 9:00から12:35まで)
 体温:37.5℃ 血圧:96/50mmHg 心拍数:122/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 左 5.0mm 右 5.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度 7μV/mm、感度 2μV/mm)
診断内容
 以上の結果から臨床的脳死と診断して差し支えない。

 本症例では、バルビツレート療法が行われている。4月22日14:40に投与量3mg/kg/hで開始し、約2時間後の16:33に血圧が114/64mmHgに低下したため2mg/kg/hに減量、更にその約1時間後の17:50に血圧が104/72mmHgに低下したことを受け1mg/kg/hに減量、18:00には中止している。総投与量は約8mg/kg、投与時間は3時間20分間である。中止後約39時間経過しているので脳死判定への影響はないと考えられる。
 脳波記録は、国際電極配置10−20法の単極導出(Fp1-A1, Fp2-A2, F3-A1, F4-A2, C3-A1, C4-A2, P3-A1, P4-A2, O1-A1, O2-A2, T3-A2, T4-A1, Cz-A1)、と双極導出(Fp1-C3, Fp2-C4, F3-P3, F4-P4, C3-O1, C4-O2, F7-T5, F8-T6, Fz-Pz, T3-Cz, Cz-T4, T5-T6)で行われている。さらに心電図ならびに手背電極からの同時記録も行われている。脳波は心電図以外のアーチファクトを殆ど伴わず、平坦脳波と判定できる。

2)法に基づく脳死判定

〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回) (4月24日22:30から4月25日0:23まで)
 体温:37.6℃ 血圧:186/83mmHg 心拍数:105/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 左 5.0mm 右 5.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
  (開始前) (2分後) (4分後)  
PaCO2 42 55 61 (mmHg)
PaO2 463 471 437
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない

検査所見(第2回) (4月25日6:30から8:15まで)
 体温:36.9℃ 血圧:159/79mmHg 心拍数:83/分
 JCS:300
 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 左 5.0mm 右 5.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
  (開始前) (2分後) (4分後) (6分後)  
PaCO2 42 54 62 61 (mmHg)
PaO2 291 255 188 156
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
判定内容
以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(4月25日 0:23)

以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(4月25日 8:15)

 脳死判定承諾書を得たうえで、指針に定める資格を持った専門医が行っている。判定者は、本症例が脳死判定の対象となる前提条件を満たし、かつ除外例でないことを確認しており、脳死判定に至る手順、方法、結果の記載と解釈にも問題はない。法的脳死判定における脳死判定記録、脳死判定の的確実施の証明書の記載は適切で、結果も明確に記載されている。第1回目の終了から6時間7分を経過して第2回目が開始されており、その時間間隔も基準を満たしている。
 なお、治療として、22日14:40から約3時間20分間、バルビツレート療法が行われているが、中止後52時間30分後に法的脳死判定を実施しており、薬物による影響はないと考えられる。さらに、24日15:00に採血し、15:55に血中ペントバルビタールの濃度が測定感度以下であることを確認した上で脳死判定が行われている。
 脳波は単極ならびに双極導出で行われており、心電図以外のアーチファクトを殆ど伴わず、平坦脳波と判定できる。また、法的脳死判定時に行われた聴性脳幹反応は無反応と判定できる。無呼吸テストは2回とも適切に行われており、必要なPaCO2レベルを得て無呼吸テスト陽性を確認している。テスト中の血圧はドパミン、ドブタミン、アドレナリン、ADH(抗利尿ホルモン)によって適切に維持されていた。

まとめ

 本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門
医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。
 以上から本症例を法的に脳死と判定したのは妥当である。


第2章 ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果

(注)枠内は、ネットワークから聴取した事項及びネットワークから提出された資料等により、本検証会議として認識している事実経過の概要である。

1.初動体制

 平成12年4月12日22:45に患者が路上で倒れているところが発見され、救急隊が患者を搬送し、23:15頃に病院に到着した。その後同月24日に家族から主治医に臓器提供意思表示シールが提示されたが、主治医は、まだその時期ではないとして当該シールを返却。12:35に主治医は患者を臨床的に脳死と診断した。
 15:19に病院からネットワークの関東甲信越ブロックセンターに対して連絡があり、18:00にネットワークのコーディネーター2名及び都道府県コーディネーター1名が病院に到着。コーディネーターは、担当医と打合せを行うとともに院内体制等を確認した上、医学的情報を収集し一次評価を行った。

【評価】

○ ネットワークは、病院からブロックセンターに連絡があった後、迅速に対応を開始しコーディネーターを同施設に派遣している。
○ また、コーディネーターは、病院に到着後、院内体制等の確認や一次評価等を適切に行っている。

2.家族への脳死判定等の説明及び承諾

 4月24日19:20にネットワークのコーディネーター1名及び都道府県コーディネーター1名が家族(夫、長女)と面談し、脳死判定・臓器提供の内容、手続等を記載した文書を用いてこれらを説明。さらにコーディネーターが20:10に同様に家族(長男)に説明。20:20に脳死判定承諾書、臓器摘出承諾書をコーディネーターが受理している。なお、今回は家族から皮膚の提供意思が示されたため、別途、翌25日11:30に皮膚バンクのコーディネーターより家族への説明及び承諾書の受理等が行われている。

【評価】

○ コーディネーターは、臓器提供意思表示シールの記載内容を確認した後、まず患者の夫、長女に対して脳死判定・臓器提供等の内容・手続を記載した文書を手渡してその内容を説明し、さらに、病院にいた患者の長男に対しても同様に説明した上、承諾書を受理している。
○ このため、コーディネーターの家族への脳死判定の説明等は適正に行われたものと評価できる。

3.ドナーの医学的検査及びレシピエントの選択等

 4月24日22:48にレシピエント候補者の選定を開始。腎臓及び膵臓については、HLAの検査後、翌25日3:23にレシピエント候補者の選定を開始している。
 また、同日8:19には、心臓、肝臓、腎臓、膵臓の各臓器別にレシピエント候補者の意思確認が開始された。
 本事例の患者はかつて腫瘍の摘出手術を受けたことがあるため、レシピエント候補者の意思確認と並行してネットワークとして当該手術を行った医師にその腫瘍が悪性であったかどうかを確認するなど、ドナーとしての適応に問題がないことが確認されている。
 肺については、1回目の脳死判定後に細菌が検出され感染が判明したこと及びレシピエント候補者の選定の結果適合する候補者がいないことにより、移植は見送られた。
 心臓については第2候補者から移植を受ける意思の確認が得られたが、最終的にはダイレクト・クロスマッチの結果が陰性であることが判明した後、当該候補者が移植を受けることが確定している。腎臓及び膵臓については、膵臓が移植可能かどうかの判断が移植実施施設による第三次評価により行われたため、最終的なレシピエントの確定は同評価後となった。
 感染症やHLAの検査等については、ネットワーク本部において適宜検査を検査施設に依頼し、特に問題はないことが確認されている。

【評価】

○ 今回の事例においては、適正にレシピエントの選択手続が行われたものと評価できる。
○ また、ドナーの医学的検査等については、慎重にドナーの既往歴を確認するなど適正に行われている。

4.法的脳死判定終了後の家族への説明、摘出手術の支援等

 第2回法的脳死判定終了後、4月25日8:15に主治医より家族に脳死判定の結果を説明。8:25にネットワークのコーディネーター1名及び都道府県コーディネーター1名がその後の手続や肺の提供は断念せざるを得ないことを説明するとともに、情報公開の内容等について家族の意向を確認している。
 また、9:00には、コーディネーターが院内会議に参加し、レシピエントの決定状況等を報告するとともに、その後の手続等を説明している。
 その後、15:15に、第三次評価の結果心臓、肝臓、腎臓、膵臓が提供可能と判断されたことも都道府県コーディネーターより家族に伝えられている。

【評価】

○ 法的脳死判定終了後の家族への説明、摘出手術の支援等に特に問題はなかった。

5.臓器の搬送

 4月25日にコーディネーターによる臓器搬送の準備が開始され、参考資料2のとおり搬送が行われた。

【評価】

○ 臓器の搬送は適正に行われた。

6.臓器摘出後の家族への支援

 4月25日19:00にコーディネーターは、家族に対し臓器の提供が無事行われたこと等を報告し、病院の医師、看護婦等とともに御遺体をお見送りしている。
 翌26日にネットワークのコーディネーター1名及び都道府県コーディネーター1名でお通夜に参列している。その際、移植手術がすべて無事終了したことを報告している。
 6月3日には、皮膚バンクのコーディネーターとともにネットワークのコーディネーター2名が御霊前にお参りし、レシピエントの状況を報告するとともに厚生大臣感謝状を手渡している。なお、その際には、家族からはドナーが臓器提供意思表示シールを運転免許試験場で入手してきた当時の様子などの話があった。また、何か問題となっていることがないかどうかをコーディネーターが確認したところ、家族は特に問題となっているようなことはないとのことであった。

【評価】

○ コーディネーターにより、御遺体のお見送りやその後のレシピエントの経過報告など適切な対応が採られている。


〈参考資料1〉
臓器提供施設より報告された診断・治療概要

4月12日  
22:45 路上で倒れているところを発見された。
22:49 覚知
現着に救急車到着時
 意識 呼名にて反応なく、levelはJCS300、瞳孔両側2mm、
 血圧220/100mmHg、呼吸24回/分、脈拍84回/分。
車中JCS10 その後JCS2に回復。
23:18 救急車で病院に到着
 来院時 JCS300、GCS15
 3次救急室にて、血圧管理(ペルジピン使用)、鎮静 (デュプリパン使用)、呼吸状態が安定したために気管内挿管はせず(PaO2 160.2mmhg/3LO2吸入下条件)
23:30 CT検査施行
 所見
 全脳底槽及び脳表にび慢性のくも膜下出血
 第4脳室、第3脳室、側脳室に出血
4月13日  
10:30 脳血管撮影施行
 所見
 右内頚動脈前脈絡叢動脈分岐部に破裂動脈瘤
 左内頸動脈に2個の未破裂動脈瘤(内頸動脈眼動脈分岐部、内頸動脈後交通動脈分岐部)
 左中大脳動脈に未破裂動脈瘤
15:30 動脈瘤 clipping術施行
 右内頚動脈前脈絡叢動脈分岐部動脈瘤にclipping術施行
意識JCS ファスジル3Vial/日開始
4月14日  
12:20 手術後意識レベルの回復を確認して抜管
 抜管後の血液ガス(PaO2 145mmHg/O2 3L吸入下)
4月15日 意識JCS1〜2 経口摂取開始 誤嚥、むせ込みなし。
4月16日 意識JCS1〜2 軽度の頭痛を訴えるのみ
4月17日 意識JCS1〜2 CTにて右側頭葉に低吸収域あり
4月18日 意識JCS3〜10
脳血管撮影
 右前大脳動脈、中大脳動脈に脳血管攣縮所見あり
 末梢の血流flowは良好
4月19日 低分子デキストラン500ml/day開始
意識JCS1〜2 脳血管攣縮に対し高心拍出量を維持するため
ドブタミン使用開始(2γ/kg/min)。収縮期血圧180以上に維持される
4月20日 意識JCS10〜20 左片麻痺MMT4/5。CTにて新たな脳梗塞なし。意識レベル不良のため、経口よりの全粥中止し経管栄養とする。
4月21日 意識JCS20〜30 脳血管攣縮に対して高圧酸素治療開始。
 (加圧13分:1.0psi/分、2気圧60分、減圧20分:1.0psi/分)
 高圧酸素療法後意識はやや改善。
4月22日  
7:00 意識JCS200に低下 瞳孔不同 右3.5左2.5対光反射
両側鈍麻
CT所見
 左右前大脳動脈、右中大脳動脈領域の低吸収域
 切迫脳ヘルニアの状態
気管内挿管、呼吸管理、マニトール静注施行する
呼吸器管理 FIO2 0.7 SIMV 25 TV 500 PEEP 6 血液ガス
 pH7.636 pCO2 24.1 pO2 376 FIO2 0.5 SIMV20へ変更
9:30 右減圧開頭術施行
14:00 術後瞳孔は両側散大(5mm) 意識JCS300 BP160/100 心泊100
術後も自発呼吸認めず、人工呼吸器にて管理。
 自発呼吸は以降も消失
14:15 術後CT 両側半球の広範な低吸収域、びまん性脳腫脹。
14:40 HR100 バルビツレート療法開始(BP140/80)
18:00 BP90/70 血圧低下の為バルビツレート療法中止 HR120
19:00 収縮期血圧50 mmHg台に低下 HR140
ドブタミン20γ, ノルアドレナリン使用を開始して収縮期血圧80mmHg台へ
4月23日  
1:00 収縮期血圧60 mmHg台
12:40 BP40/20 HR100 ボスミン持続投与にて収縮期血圧80mmHg台へ
13:00 意識JCS300 両側瞳孔散大固定7mm 対光反射消失 BP70/40 HR130
意識状態と瞳孔径は散大固定で以降変化なし
4月24日  
9:00 意識JCS300 両側瞳孔散大固定7mm 対光反射消失 BP60/40 HR140
意識状態と瞳孔径は散大固定で以降変化なし、平坦脳波の確認のため脳波検査施行
10:35 夫より本人の臓器提供意思表示カードの提示あり。
臨床的脳死診断以前であったため一度カードを返却する。
12:35 臨床的脳死の診断。
 ADHの併用とNA,ADの減量
 輸液の増量 抗生剤の変更
院内コーディネーターによる初期情報収集
14:30 家族はコーディネーターとの面談意思あり。
15:00 家族と面談(夫)。脳外科医、救急医、看護婦が同席。
脳死であることの再確認(家族全員が同意しているか否か)
コーディネーターと面会する事についての承諾
15:10 院内マニュアルに準じ、病院長・救命救急センター長・脳神経外科診療科長へ連絡。
臓器提供院内対策本部招集依頼。
15:19 日本臓器移植ネットワークへ連絡する。
院内脳死臓器提供対策本部設置。
15:55 血中ペントバルビタール濃度の測定
法的脳死判定用脳波計設定の確認
17:00 第1回対策会議開催。
18:10 日本臓器移植ネットワークコーディネーター2名と都道府県コーディネーター1名が当救命センター到着。
院内コーディネーターと打ち合わせ、初期情報の確認。
19:00 コーディネーターが家族と面談。再度、臓器提供の意思の確認。
説明の上、脳死判定承諾書及び臓器摘出承諾書作成。
感染症検査の施行。脳死判定同席の意思の確認。
20:00 院内脳死判定委員会開催。
21:30 家族面会(脳死判定の再確認)
麻酔科医と打ち合わせ
22:00 脳波計作動を再チェック。
22:30 第1回目法的脳死判定施行。
 途中から家族の希望で脳死判定に同席。
基準5項目をすべて満たしていた。
4月25日  
0:23 終了
3:00 警察に検視の有無について確認。検視官が必要なしと判断する。
6:30 第2回目法的脳死判定施行。
途中から家族の希望で脳死判定に同席。
8:15 終了。法的に脳死と判定される。ドナー候補者はドナー管理に入る。この時間をもって死亡宣告。死亡診断書作成。
9:00 第2回対策会議開催。
10:00 最終的なオペ室の確認
10:35 麻酔科医師と最終的な打ち合わせ(救急医、臓器移植ネットワークコーディネーター)
11:30 家族に組織提供についての意思があることが確認され、組織移植コーディネーター(移植提供施設所属)が家族に面談。
組織(皮膚)についての説明がなされ、組織提供承諾書作成。
13:00〜 各摘出チーム当院到着。
15:31 ドナーオペ室入室。
20:02 オペ室退出。2階病棟にて家族面会。(病棟看護婦、コーディネーター)
20:30 第3回対策会議
20:40 出棺。
21:30 院内にて記者会見(病院長、救命センター長、脳神経外科診療科長)


臓器提供施設から報告された治療の概要 医薬品の投与量の経時的な変化 輸液量の経時的な変化 血圧、脈拍、尿量の経時的な変化


〈参考資料2〉

社団法人日本臓器移植ネットワーク

臓器提供の経緯図


〈参考資料3〉
脳死下での臓器提供事例に係る検証会議名簿

氏名 所属
  宇都木 伸 東海大学法学部教授
  川口 和子 全国心臓病の子供を守る会幹事
  嶋 多門 福島県医師会会長
  島崎 修次 杏林大学医学部救急医学教授
  竹内 一夫 杏林大学名誉教授
  アルフォンス・デーケン 上智大学文学部人間学教室教授
  新美 育文 明治大学法学部教授
  貫井 英明 山梨医科大学脳神経外科学教授
  平山 正実 東洋英和女学院大学人間科学部教授
  藤森 和美 聖マリアンナ医学研究所カウンセリング部長
藤原 研司 埼玉医科大学第3内科教授
  柳田 邦男 作家・評論家
(50音順/敬称略。○:座長)


〈参考資料4〉
医学的検証作業グループ名簿

氏名 所属
  大塚 敏文 日本医科大学理事長
  桐野 高明 東京大学医学部長
  島崎 修次 杏林大学医学部救急医学教授
竹内 一夫 杏林大学名誉教授
  武下 浩 宇部短期大学学長
  貫井 英明 山梨医科大学脳神経外科学教授
(50音順/敬称略。○:班長)


医学的検証作業グループ参考人名簿

鈴川 正之 自治医科大学救急医学教授
鈴木 一郎 日本赤十字社医療センター脳神経外科部長
(50音順/敬称略。)


〈参考資料5〉

脳死下での臓器提供事例に係る検証会議における
第7例目に関する検討経過


平成12年 6月23日 医学的検証作業グループ(第3回)
11月 9日 医学的検証作業グループ(第4回)
12月22日 第5回脳死下での臓器提供事例に係る検証会議
・ 7例目の救命治療、法的脳死判定等及び臓器あっせん業務を検証。


問い合わせ先:厚生労働省健康局疾病対策課臓器移植対策室
       担  当:木村、衣笠
       電話番号:03−3595−2256

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