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臓器提供先に係る本人の生前意思の取扱いについて

平成14年7月11日

厚生科学審議会疾病対策部会
臓器移植委員会

 当厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会は、昨年9月より7回にわたり、臓器提供先に係る本人の生前意思の取扱いの問題(以下「提供先指定の問題」という。)について審議を重ねてきた。
 提供先指定の問題は、提供者本人の意思の尊重と移植術を受ける機会の公平性という、現行の臓器移植制度の根本的な原則に関するものであり、慎重に議論を行うことが必要であるが、一方で個々に発生する現実の事例に適切に対応するためには、当面する法運用に当たって一定のルールを定めておくことが求められるものである。
 よって、提供先指定の問題に関するこれまでの当委員会における議論について、下記のとおり整理することとする。

  1. 提供先指定の問題は、平成13年7月に発生した第15例目の脳死下における臓器提供事例(以下「第15例目」という。)を直接的な契機として問題提起された。
     第15例目においては、臓器提供者本人が、生前、親族に対する臓器提供の意思を表示しており、当該事例に際し、社団法人日本臓器移植ネットワークは、厚生労働省に対応を照会した上で、臓器提供者の生前意思を尊重して親族二人への臓器提供に係るあっせんを行った。

  2. 個別事例としての第15例目における対応については、本年2月20日に開催された「脳死下での臓器提供事例に係る検証会議」(座長 藤原研司 埼玉県立医科大学教授)において検証が行われた。同会議における検証の結果、「レシピエント選択において「公平性」原則は極めて重要である。一方、親族への提供については、法が希有な事例として明確なルールを整備していない」とした上で、本事例については「ルールが整備されていない状況で、かつ緊急性を要する限られた時間の中で、提供者本人や親族を始めとする関係者の意思を優先した例外的な対応として、結果的にやむを得なかったもの」とされたが、本事例に際しての厚生労働省の判断については、意思表示カードに記載されていなかった提供者本人の意思の確認方法等について、法的問題点が指摘された。
     また、「このような事例の対応については、一定のルール化を早急に図るべきである」とされたところである。

  3. 一般に起こりうる事例としての提供先指定の問題については、昨年9月、厚生労働省から当委員会に対し、その取扱いのルール化に向けた審議を行うことが求められた。これを受け、当委員会においては、委員間で活発な議論を行うとともに、この問題の重要性にかんがみ、幅広く意見を聴取して委員会の議論に資するため、委員以外の外部有識者を参考人として招致したほか、厚生労働省のホームページ上において、「臓器提供先に係る生前意思の取扱いに関するご意見の募集」(以下「ご意見募集」という。)という形で、広く国民からの意見を募集し(募集期間 平成14年3月18日から4月1日までの間及び4月12日から5月12日までの間)、議論の参考としたところである。

  4. 委員会における意見として、主なものを挙げると次のとおりである。

    ○ 提供先の指定を(限定的に)認めてもよいという立場からの意見
      ・ 自分の臓器について、身近にある親族に臓器を提供したい意思は当然であり、それは優先してほしい。
      ・ 「他人は嫌だが、血族の中で自分の臓器が生き長らえるのならばいい」という感情はあり、それを認めてもよいのではないか。
      ・ 提供先の指定を例外的に認めることにより、一般国民の臓器移植に対する理解が深まるのではないか。
      ・ 我が国の臓器移植法は諸外国における臓器移植に関する法律に比べて、本人意思を重視するものとなっている。また、臓器移植法においては、明示の規定により、提供先の指定がいかなる場合も認められないとはされていない。

    ○ 提供先の指定を認めるべきではないという立場からの意見
      ・ 本人や家族の心情だけではなく、移植を待つ患者のことも考えるべきであり、それが公平ということではないか。
      ・ 親族等の一定の範囲で提供先の指定を認めた場合、臓器移植という社会的システムの前に、患者は血族を説得して提供者となってもらうことから始めるべきであるという風潮が出てくるおそれがあるのではないか。
     さらに、移植待機患者の親族等に対して、自らの臓器を提供しなければならないのではないかとの精神的な重圧を与えるなど社会的に望ましくない風潮を助長するおそれがあるのではないか。
      ・ 臓器移植法においては、基本的理念の一つとして、「移植術を受ける機会の公平性」が掲げられているなど公平な移植医療が行われることを重視しており、こうした臓器移植法を支える考え方に照らせば、親族等に提供者がいる場合に移植を待つレシピエントの列を超えて移植を受けられるということはたとえ例外的にも認められるものではない。

  5. 当委員会の議論においては、当初、提供先の指定を一定の条件の下で認めてもよいのではないかという意見が多く、とりわけ「親子・家族の心情として親族を提供先として指定することは特例として認められるべきである」との趣旨の意見は、当委員会における議論の中でも何度も問い直された点である。
     こうした意見に対しては、公平性を重視する現行の「臓器の移植に関する法律」の考え方や、仮に提供先の指定を認めるとすると、臓器移植を希望する者の親族等に精神的重圧を与えたり、臓器移植が必要な場合に、まずは親族間でドナーを探すという風潮が生まれ、かえって移植医療が親族間という狭い人間関係の中に閉じこめられてしまい、公共性を持った一般医療として定着しないのではないかといった問題が想定されるなど、種々の懸念が示された。
     これに対し、一律に提供先の指定を認めるのではなく、対象を親族に限定した上で、生体間移植が可能なものや分割して提供することができるものに限れば、提供先の指定を認めてもよいのではないか等の提案もなされた。

  6. ご意見募集には、内容・分量ともに様々な意見が寄せられたが、提供先の指定を認めてもよいとの意見、認めるべきではないとの意見の両論があった。
     その中で、認めてもよいとする意見の方が数多く見られたが、その理由としては、臓器提供先についても本人の意思は尊重されるべきとする意見から、親族は特別であり親族間に限るのであれば指定が認められるべきとする意見まで多様であった。
     一方、認めるべきではないとする意見については、数の上では少なかったが、その理由としては、臓器売買を誘発したり患者の周囲に圧力を与えるおそれがあることや、臓器移植は公共性をもって行われるべきものであること等を挙げるものがあった。

  7. こうした状況の中で、委員の意見は、提供先指定を認めることの是非について一致を見るに至っていない。この問題は臓器移植法の明文において扱いが定められていないために生じており、移植医療に対する国民の理解を深める観点から、臓器移植法の見直しの中で提供者・家族の意思と公平性の確保に関わる問題として、広く国民の意見集約が期待される国会等の場においても、早急に結論を出すことが望まれるとの認識は一致した。

  8. これまでの議論を踏まえ、法における新たなルールが確立するまでの間に、当委員会として一定の方向付けを行うことは適当ではない。
     しかしながら、一方で個々に発生する現実の事例に対応するため、当面の実務上、一定のルールを定めておくことが求められることから、これまでの議論全体を踏まえ、脳死・心臓死の区別や臓器の別に関わらず、親族に限定する場合も含めて、臓器提供先を指定する本人の生前意思に基づく臓器提供を、現時点においては認めないこととする。
     このため、当面する法運用に当たってのルールとして「臓器の移植に関する法律の運用に関する指針」(平成9年健医発第1329号厚生省保健医療局長通知)を改正し、その旨を明確化すべきと考える。

  9. なお、委員会としては、今後、国民の理解・信頼の下に、移植医療の一層の普及・活性化を図ることが強く求められているとの意見で一致し、臓器移植をめぐる課題全体について検討を行うことを付記しておく。


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