専門的な情報

PTSD

PTSDとは

PTSDとは外傷後ストレス障害(PostTraumatic Stress Disorder)の略語です。

生死にかかわるような実際の危険にあったり、死傷の現場を目撃したりするなどの体験によって強い恐怖を感じ、それが記憶に残ってこころの傷(トラウマ)となり、何度も思い出されて当時と同じような恐怖を感じ続けるという病気です。
こうした体験の後では、誰しもが、繰り返しそのことを思い出したり、恐怖を感じたりするものですが、普通は数週間のうちに恐怖が薄れ、記憶が整理されて、その体験が過去のものとして認識されるようになります。PTSDでは、トラウマの記憶が1カ月以上にわたって想起され続け、下に述べるような症状をともなっており、また生活面でも重大な影響を引き起こしていることが特徴です。
PTSDという呼び方は、1980年の米国の精神医学会の診断基準で初めて用いられたもので、それまでの精神医学では外傷神経症、災害神経症などと呼ばれてきました。日本でこの病気が注目されるようになったのは、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件がきっかけですが、実際にはこのような大規模な災害、犯罪だけではなく、交通事故、単独の犯罪被害、DV(家庭内暴力)、虐待などによっても生じています。
わが国でも近年、PTSDの診断と治療に関する知識は急速に普及してきました。厚生労働省や国立精神・神経センター精神保健研究所による研修事業を通じて、多くの医療者がPTSDやトラウマについての知識を身につけ、また多くの専門書籍でも取り上げられています。後述する持続エクスポージャー療法のような効果的な治療を実施できる治療施設の数もまだ十分とはいえませんが、精神医療全体におけるPTSDへの取り組みは着実に進歩しているといえます。
なお、PTSDを発症した人の半数以上がうつ病、不安障害などを合併しています。また、人によってはアルコールの問題や摂食障害を合併することもあります。PTSDに注目し、治療を受けることは、こうした多くの精神疾患を治療、あるいは予防することにもつながります。


患者数

世界保健機構(World Health Organization;WHO)による世界精神保健調査によるわが国での住民データによれば、一生のうちにPTSDになる人は、1.1~1.6%ですが、20代から30代前半では3.0~4.1%となっています。

ある企業の勤労者を対象とした調査では、1,000人余りの男性回答者のうち、過去にPTSDがあった人が1.3%、現在もPTSDだった人は0.2%でした。 米国でのKesslerらの調査では、人口の8%程度にPTSDが発症するとされています。同じ調査では、PTSDを生じるような危険な体験をする率は、男性で60.7%、女性で51.2%です。しかし、そうした体験をした人のうちでPTSDになるのは、男性で8.1%、女性で20.4%にすぎません。PTSDの発症率は、体験の種類によっても影響を受けます。自然災害では被災者の3%程度ですが、戦闘では半数弱、レイプでは60%程度になります。 災害の場合には、被害の軽い被災者がいることと、被害を人に言いやすく援助を受けやすいために、数字が低くなっていると思われます。これに対して戦闘やレイプは、全員がある程度以上の被害を受けていること、またレイプの場合には被害を人に言うことが難しく、必要な支援を受けにくいことが影響していると思われます。さらに、同じ被害を受けても女性のほうがPTSDを発症しやすいことが指摘されていますので、レイプの場合にはそのような事情も関与していると考えられます。 ただし、これらの数字はPTSDを発症する人の割合です。「予後」の項目でも述べますが、そのすべてが慢性化するわけではなく、少なくとも数カ月間は6~7割の人に自然回復が期待できます。 WHOの予測では、PTSDは今後、劇的に増加することが示唆されています。交通事故、戦争による負傷、およびそのほかの暴力によって引き起こされるPTSDは、将来、全世界の障害原因の上位12位に入ると予想されています1)


原因・発症の要因

PTSDはその定義からもわかるように、生死にかかわるような危険を体験したり目撃したりすることによって発症します。そして発症率は、恐怖をもたらすような体験の重症度に応じて増えていくことが知られています。

しかし、そのような体験をすれば全員がPTSDを発症するというわけではありません。発症に影響する要因としては、過去に精神的な病気があったこと、過去に虐待などのトラウマがあったこと(PTSDを発症していなくても)があります。同じ被害を受けても、女性のほうがPTSDを発症しやすいとされており、また特殊な遺伝的な素因があった時には、多くのトラウマ的な出来事を体験した場合に、PTSDの発症率が上昇しやすいことが最近、指摘されています。
PTSDの症状が生じたとしても、そのほとんどは1~2カ月のうちに自然に治っていきます。したがってPTSDを考える時には、発症だけではなく、なぜ慢性化するのかということも考えなくてはなりません。
その要因としては、性別や遺伝的なこともありますが、最も重要と思われているのは、体験をした後のサポートです。とくに被害の相談をした時に、心ない対応をされるなどの二次的トラウマがあると、PTSDの回復は妨げられます。また、被害に関して適切なサポートが用意されていても、人に言いたくないと思って引きこもってしまい、結果的に症状が長引くこともあります。
それ以外の要因としては、飲酒・喫煙の増加など生活習慣の悪化もありますが、意外に知られていないのがカフェインの作用です。カフェインは基本的には気分を爽快にしますが、不安がある時にはかえって不安を強めてしまいます。


症状

PTSDになったからといって、いつでも不安になっているとか、暗い表情を浮かべているわけではありません。多くの人はできるだけトラウマを忘れようとし、無理をしてでも明るく振る舞おうとしています。

しかし急に涙ぐんだり、恐怖がこみ上げてきたり、あるいはぼんやりとして話が耳に入らないということがあります。落ち着きがなくなったり、些細なことで怒ってしまったりということもあります。
本人の内心では「忘れていよう」と思っていても、ふとした拍子に体験のつらい記憶が突然思い出されたり、その時の光景がありありと浮かんできたりします。また、体験を思い出させるきっかけに触れた時に急に思い出したり、不安定になったりします。これを「再体験症状」と呼びます。
周りの人から見ると、そのようなきっかけが理解できないので、不思議に思われることも少なくありません。子どもの場合には、被害の遊びを何度も繰り返したり、絵に描いたりしますが、子どもの多くはこうした遊びを通じて回復していくので、周囲の大人は落ち着いて見守ることが大切です。 また、常にトラウマの記憶が思い出されることを恐れているので、緊張が続き、取り乱したり、注意が散漫になったりしがちです。つらい記憶を忘れるために、急にぼんやりとしたり、自分の体の感覚がなくなっていったりすることもあります。周囲の人々と一見普通に話していても、目に見えない膜が一枚挟まっているようだと感じられます。 PTSDになると、自分への自信や周囲への信頼を失ってしまいます。また、将来についていろいろと思い描くことができず、自分には将来があるのだろうかとか、寿命が短くなったのではないかと感じることもあります。
被害の中には、自然災害のように周囲からの理解が得られやすいものもありますが、性被害や虐待、DVなどは、被害にあったこと自体を人に知られることが恥ずかしかったり、自分に落ち度があると思い込んだりすることが多くみられます。それだけではなく、心ない人々からからかわれたり、近親者から逆に不注意を叱られたりすることもあります。こうしたことが重なって、ますます自信をなくし、自分には何もできないとか、誰にも理解してもらえないとか、世界のどこに行ってもいつまた被害にあうかわからないといった考えになりがちです。これらを「否定的な認知」と呼ぶこともあります。


治療法

PTSDの治療においていちばん大切なことは、心理的に保護をして、自然の回復をうながすことです。

保護というのは、安全、安心、安眠の確保です。とくに被害を受けた後の数カ月間は、かなりの自然回復が見込まれますし、またいきなり精神科を受診する人は少ないので、家族や、時には内科や外科、産婦人科の医師と相談のうえ、保護的に回復を見守ることも有効です。しかし症状が重い場合や、徐々に悪化する場合、数カ月を経ても自然に回復しない場合には、専門的な治療の対象となります。治療には、PTSDの特定の症状を軽くする為の対症療法と、PTSDという疾患そのものの治療法があります。

非薬物療法

薬と並んで、あるいはそれ以上に有効とされているのが、トラウマに焦点を当てた認知行動療法です。その中でも持続エクスポージャー療法(prolonged exposure therapy;PE)は、米国学術会議の報告書で「薬物を含めたあらゆる治療法の中で唯一、十分な効果がある」と認められました。
それ以外に、トラウマについての認知を扱う認知処理療法(cognitive processing therapy;CPT)や、眼球運動をしながらトラウマを想起させる眼球運動脱感作療法(Eye-Movement Desensitization and Reprocessing;EMDR)と呼ばれる治療もあります。
持続エクスポージャー療法は、安全な治療の中でトラウマへの記憶を思い出させ、トラウマの恐怖に慣れるとともに、思い出しても危険はないことや、言葉にすることによってトラウマを乗り越えられることを学習する治療法です。日本でも専門家による治療研究が進められており、米国とほぼ同じく、70~80%程度の回復がみられています。治療者の訓練、指導が難しいことと、時間と労力を要するために実施できる施設が限られているという困難はありますが、少しずつ広まってきている治療法です。
この治療の副作用は、一時的にせよ、トラウマを思い出すことによって不安が強まり、症状が悪化する場合があることです。しかし、一人きりでトラウマを思い出して不安になっていた場合とは違い、治療の中で生じた不安は、それを乗り越えていくための手がかりになることが多いのです。患者さんの不安を治療の手がかりにするためには治療者の熟練が必要となりますので、講習会や、その後の指導を受けた治療者が行うべき治療法です。 一般的なカウンセリングでも治る場合があります。トラウマというデリケートな問題を扱う場合、特定の治療法よりは、治療者の能力や、相性に左右される部分が多いと思われます。したがって患者さんは、特殊な技法を求めるよりもまず、自分の話をよく聞いてくれる、信頼のできる医師やカウンセラーをみつけることが先決です。
なお、犯罪被害の場合には、警察を通じて、犯罪被害者支援センターの紹介などの心理的支援が受けられます。また犯罪被害給付金制度によって、保健医療の費用の補助を受けることもできます。


経過

トラウマ被害を受けた人のすべてがPTSDを発症するわけでないことはすでに述べた通りで、PTSDを発症した場合でも、過半数は自然に回復します。

自回復の多くは最初の数カ月間に生じますが、英国のNational Institute of Clinical Excellenceという機関がまとめたレポートによると、数年にわたって自然回復が生じることが示されています。
薬物療法に関しては、SSRIで治療をした場合、効果は半年以上遅れてから生じることもあります。また効果がみられても、中断すると再発することがあるので、1年程度は服薬の継続がすすめられます。
持続エクスポージャー療法で治療した場合、多くは3カ月程度の治療で回復します。その後、再発する場合は少ないのですが、そのような場合には追加のセッションが必要になることもあります。


患者さんと家族や周囲の方へのアドバイス

まず、自分の症状をよく理解することが大切です。被害にあったことだけではなく、その後の不安や気持ちの変化について、「自分はおかしくなったのではないか」と感じていることが多いのですが、それは同じ目にあった人には誰にでもみられる正常な反応です。

そうした症状が長引いている理由として、おそらく相談できる人が身近にいなかったり、気持ちを保護するような環境になかったり、相談したら逆にひどいことを言われたりしたことがあるのかもしれません。犯罪の場合であれば犯罪被害者支援センターや、ドメスティックバイオレンスであれば自治体の女性相談センターなどを活用されるか、あるいは精神保健福祉センターや保健所などで相談をするか、適切な相談先を紹介してもらうことをお勧めします。
被害にあったことについて、自分を責めている人が多くみられます。そのような気持ちのために引きこもったり、自分の健康を取り戻そうという気持ちが起きなくなったりしている場合があります。時には自分以外の誰かがもっと被害を受けていて、それを助けられなかった自分を責めていたり、自分の判断ミスを気にしたりしている場合もあります。
しかし、そうした状況に巻き込まれてしまったのは、本当にあなたのせいでしょうか。多少の過失があったとしても、それを意図して行ったのでしょうか。
そのように自分を責めることは、被害の後で生じた症状のひとつです。PTSDがよくなると、そうした気持ちもどこかに行ってしまいます。どうか勇気を出して、ケアや治療を受けられることをお勧めします。
生活習慣が乱れる人もいます。起床後の適度な運動、散歩などは、睡眠リズムを整えることに役立ちます。
眠るためにお酒を飲むことは逆効果です。次第に眠れなくなり、お酒も増えてしまいます。また、カフェインは不安を強めます。健康飲料などに入っていることもありますので、もし自分に合わないと感じた時には注意してください。食生活も乱れることがありますので、規則正しい食事を心がけてください。
なお、PTSDだと思って精神科を受診してみたら、PTSDではないと診断されることもあります。しかし問題は診断の名前ではなく、あなたの苦しみがやわらげられることですから、まずは主治医の説明をよく聞いてみてください。


研究の状況

PTSDを生じるような出来事、すなわち交通事故、犯罪被害、自然災害についての実態調査が進行し、一部は終了しました。こうした事故や被害、被災があった時の初期対応についての研究が進められています。

治療に関しては、SSRIの治療効果研究(オープン試験)が終了しています。また、認知行動療法のうちで最も有効とされる持続エクスポージャー療法については現在、薬物の効果研究と同じ厳密な方法による治療研究が進行しています。
持続エクスポージャー療法の治療効果を高めるための、薬物の併用についての研究も進められています。さらに、持続エクスポージャー療法の治療効果を客観的に評価するための、fMRI(functional magnetic resonance imaging;機能的核磁気共鳴画像法)などを使った脳の研究も進行中です。持続エクスポージャー療法の有効な訓練、教育システムについての研究も始まりつつあります。
PTSDだけではなく、うつ病や不安障害なども含めた疾患への認知行動療法をどのように効果的に提供し、広めたらよいのかという医療のあり方についても検討が進められています。

【参考文献】

  1. Murray CJ, Lopez AD. Alternative projections of mortality and disability by cause 1990-2020: Global Burden of Disease Study. Lancet 1997; 349(9064):1498-504.
  2. 川上憲人他. 地域住民における心の健康問題と対策基盤の実態に関する研究. 平成14 年度厚生労働科学研究費補助金

 

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