医学部に落ちて自分を見失った
僕は今、文学部でドイツ文学を専攻しているんですが、もともとは医学部をめざしてたんです。父が開業医で、長男の僕に後を継がせたがっていたからです。
僕は父を尊敬していたし、父のようになれたらとずっと思っていました。だから言われるままに医学部を受験したんですけど、世の中、甘くなかった。受験は失敗。そのショックで、うつになってしまったんです。
最初は微熱が出てカラダがだるくて、なんだか風邪みたいでした。夜眠れなくなって、やっと寝たかと思うと数時間で目が覚めてしまう。昼間は頭痛や耳鳴り、めまいがするし、午前中はすごく眠くて布団から出られない。
気分が落ち込んだりしてうつっぽくなったことはそれまでにも何度かあったけど、今回は落ち込み方が尋常じゃなくて、「どーん!」という感じ。こんなんじゃ、父に顔向けできない、こうなったのは自分のせいだ、と自分を責め続けたり、急にイライラして、母に暴言を吐いたりしては、ドツボにハマるという悪循環でした。
病気が自分を見つめ直す機会に
家族は腫れ物に触るように僕を見ていたんですが、1カ月くらいたった頃、食欲がなくて激やせした僕が家の中をうろついていたら、父が声をかけてきたんです。
「最近イサム、調子がヘンだぞ。カラダもやせてるし、感情も不安定になってるし。大丈夫か? 」って。
正直言って、親に自分の弱いところを見せるなんて一番したくなかったけど、その当時の自分はほんとにカラダが限界で、強がる元気もなくなってたんですよ。父といろいろ話をして、最終的に親を頼ることにしたんです。それで、両親に引きずられるようにして、精神科に行きました。
精神科に自分が行くっていうのは想像してなかったし、精神科ってすごく重い病気の人が行く感じがして、どうなんだろうって思いました。でも、外科とか、眼科とかっていうのと同じように、精神的なことを専門で診てくれる先生がいるところだっていうことがわかったので、通い続けることにそれほど抵抗はなかったです。それより早く治したいって気持ちのほうが大きかったかな。
カウンセリングを受けながら、薬をのむようになって、少しずつ良くなってきました。だんだん眠れるようになって、食欲も出てきた。病気になってから、人と目を合わせるのが怖くなって、おどおどしてたんですが、それも1年くらいでなくなりました。
うつになったのは、自分を見つめ直すいい機会だったと、今は思います。医者になる夢はあきらめたけど、これからじっくり自分の夢を追っていきたいですね。その機会を与えられて、ラッキーだったと思っています。
自分はあのとき、ぎりぎりまでだれにも話さずにもんもんとしてましたけど、もうちょっと早くだれかに話して、あそこまでひどくなる前にカウンセリングとか早く受けてればなって思うこともあります。カラダの調子が悪くなって病院に行くのと同じように、精神的にしんどいときも病院に行っていいんだってことがわかったことはよかったと思います。
※これらのエピソードは取材をもとに再構成したものです。特定の個人を示すものではありません。
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【ヘルプノート】気分障害
うれしいことがあれば気分は良くなるし、イヤなことがあれば気分は沈む、というように、私たちの気分はそのときどきの状況によって、さまざまに変化する。しかし、ときには、身の回りの出来事に関係なく、落ち込んだ気分が続いたり、逆に、突然ハイになって自分をコントロールできなくなることがある。こうした状態が一定期間以上続いて、普段の生活がうまくいかなくなっている場合は「気分障害」という、こころの病気にかかっている可能性がある。
10~20代に多い気分障害の代表は、気分の落ち込みが数週間以上にわたって続く「うつ病」と、うつとエネルギッシュな状態が交代で繰り返し現れる「双極性障害」の2つ。これらは同じ気分障害でも、治療に使われる薬は異なる。両者の違いをよく知っておくことが大切だ。
そして、気になるサインが続くときは、早めにこころの専門家のアドバイスを受けよう。早く治療を始めれば、元の生活に戻るのにかかる時間も短くて済む。
◆ポジティブな感情が消えて気分が落ち込む「うつ病」
うつ病は、気分が落ち込んで無気力になる病気。楽しい、うれしいといったポジティブな感情が失われる一方、罪悪感が強くなって、自分は生きている価値のない人間だと思い込み、自殺する危険がある。
親しい人の死などこころがダメージを受けるような出来事に出会ったときにかかることが多いが、引き金になるような出来事がなくてもかかることがある。
はじめのうちは、重苦しい気分よりもむしろ、眠れない、だるい、頭が重いといったカラダの症状のほうが目立つ場合が多い。こころの症状が重くなると、「妄想」が出てくることもある。
<うつ病の特徴>
次の症状のうち、5つ以上(1か2を含む)が2週間以上続いた場合は、うつ病の可能性がある。
- 暗く悲しい気分が1日中続く
- これまで好きだったことが楽しめない、興味がわかない
- 食欲がなくて体重が減ってきた、または、食べ過ぎる
- 毎日眠れない、または寝過ぎてしまう
- イライラして、怒りっぽい。あせる
- 疲れやすくて、元気がない。何もやる気がしない
- 自分が役に立たない人間だと感じる
- 集中力がなくなって、物事を決断できない
- 将来に希望がもてず、死んでしまいたいと思う
◎治療は抗うつ薬やカウンセリングが中心
治療には、落ち込んだ気分をやわらげ、睡眠リズムを改善する効果をもつ抗うつ薬を中心に、必要に応じて不安感をやわらげる抗不安薬なども使われる。ストレスをやわらげ、自分を責める考え方を修正する目的でカウンセリングも行われる。
◆うつとハイな状態が繰り返し現れる「双極性障害」
双極性障害は、こころとカラダが過剰にエネルギッシュになる「躁状態(そうじょうたい)」が一定期間続く、こころの病気。うつ状態と躁状態が、数日から数週間ごとに交代で繰り返し現れる場合が多いことから、かつては「躁うつ病」と呼ばれていた。
躁状態のときは睡眠時間が少なくなるが、疲れるどころか、むしろ頭の回転が速くなって口数が増える。イライラして落ち着きがなくなり、怒りっぽくなったりもする。自分には特別なパワーがあると思い込む「妄想」が出てくることも多い。
とはいえ、躁状態の症状が軽い場合は、たんに「はりきっている状態」にしか見えないこと、本人もあまりつらいと感じないことなどから、病気のサインだとはなかなか気づかない。そのため、うつ状態が現れたときに、こころの専門家に相談する場合が多く、うつ病と間違われることも多いが、うつ病と双極性障害では治療薬が異なる。
うつ状態になる前に躁状態と思われるサインがあった場合は、そのことを必ずこころの専門家に話そう。うつ病と同様、自殺するリスクのある病気なので、心配なサインがあるときは、早めにこころの専門家に相談してみることが大切だ。
◎治療は気分安定薬が中心。入院を勧められることも
双極性障害の治療に使われるのはおもに「気分安定薬」と呼ばれる薬。うつ病の治療薬である抗うつ薬を使うと、逆に症状が悪化することがある。躁状態の症状が強いときは、自分やほかの人を傷つける危険を避けるために、入院を勧められることがある。
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