こころの病気と向きあう

第7回:こころの病気と就労

社会福祉法人おいてけ堀協会理事長 窪田 彰

こころの病気を持っていても働いて収入を得ることができると、その自尊心の高まりはその方の生活に自信を与えます。これまでも病気を隠して働く方は多くおられましたが、就労支援が必要な方には病気を理解してくれる同僚や、無理のない働き方ができる職場が求められていました。

大きな転機は、2006年に障害者雇用促進法が改正され、こころの病気を持つ方も障害者就労の対象になったことです。その結果、最近は患者さんが就職したとの報告が目立って増え、就労活動への機運が高まっています。同時に、障害者自立支援法が施行され、30数年前から徐々に全国に生まれた街中で内職等をしていた共同作業所は、今や自立支援事業所と呼ばれる法内施設になり、その中の就労移行支援事業所は2年以内の就労を目指した活動をしています。また、医療機関の精神科デイケアでも就労支援活動が盛んになり、そのためのパソコン教室なども開かれています。

障害者就労とは、職員数200名以上の企業に職員の1.8%は障害者を雇用することを義務づけた制度のことですが、これまで身体障害者と知的障害者しか対象になっていなかったのです。しかし、制度が変わり徐々にこころの病気を持つ方の能力が企業の人事担当者に認められるようになりました。今では、就労支援活動からだけではなく、自分でハローワークの障害者窓口を訪れて仕事を見つける方も増えました。それでも就職面接で採用される方と、なかなか採用されない方がおられます。就職上手な患者さんに「面接でのコツは何ですか」とお聞きしたら「笑顔と、前向きな姿勢です」と教えてくれました。ハローワークに行くことも大切で、しばしば通っていると新しい仕事に運良く出会うことがあるようです。

筆者が関わる「社会福祉法人おいてけ堀協会」とは、東京下町の錦糸町でこころの病気を持つ方の活動拠点を運営してきた民間団体です。1978年に錦糸町の都立墨東病院に、日本で最初の精神科救急事業が始まりました。当時は退院しても行く場がないことから、関係者が集まって街中に部屋を借りて「友の家」と名付けたクラブハウスをつくりました。その後、必要にかられて共同作業所も徐々に増えました。筆者は精神科医ですが、精神科救急に勤務した後1986年に錦糸町に精神科診療所を開業し、医療と福祉が連携する地域ケア、こころの病を持った方が共に過ごせる街づくりを心がけてきました。活動の拠点が増えて街にとけ込むとともに、2002年に社会福祉法人に認可されました。2006年には障害者自立支援法の下に、「地域活動支援センター」、「就労移行支援事業所」、「就労継続支援B型事業所」、「生活訓練事業所」といった多様な6つの事業所となり、今では利用者は必要性と相性から通う場を選んでいます。

こうした活動を続けていると、中には働くことに焦っては再発再入院を繰り返す方もおられます。仕事をしていてもいなくても、再発を予防して地域で安定した生活を楽しむことが何よりも大切なことです。街で暮らすとは、仲間とともに生きてきて良かったと喜べる人生を創っていくことです。こころの病気があっても、差別されることなくのびのびと自由に暮らせる街づくりができてこそ、文化の質が高い国と言えるのではないでしょうか。そのような日本でありたいと思っています。

 

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