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治療指針

I  天然痘患者の治療
現時点で明らかな効果が証明されている天然痘の治療法はなく、対症療法が主体となる。
重症例においては、早期には鎮痛剤投与、水分補給、栄養補給及び気道確保、発疹期には皮膚の衛生保持、発疹に対する治療が中心となる。
天然痘初期には、咽頭及び上気道に赤い水疱性発疹が認められる。これらには激痛が伴い嚥下困難となり、唾液の飲み込みが出来ずに口からよだれとして分泌される。また上気道粘膜の浮腫のために嚥下困難が認められることもある。疼痛に対しては、オピエート鎮痛薬(注:塩酸モルヒネ製剤、ペンタゾシン製剤など)が必要とされることもある。
上気道の浮腫によって気道閉塞のおそれがある場合、ヒドロコルチゾンを投与して浮腫の緩和を行う。成人症例に対しては200mg、小児症例に対しては5mg/kgの静脈投与で十分であろう。コルチコステロイドにより解熱効果が得られるが、疾病の進行に対する効果はない。また、発症後に投与しても悪化させることはない。
経口摂取が可能な場合には、経口で水分補給及び流動食による栄養補給を行うことが望ましい。多くの症例において経静脈的に水分補給が可能であるが、重度の皮膚発疹が発生するため、末梢静脈内留置針の管理及び維持が困難となる。その場合には、予防接種を受けたスタッフによって中心静脈カテーテルを挿入し、栄養補給を実施する。
重症の発疹では、頭皮を含んで広範にわたる滲出性湿疹及び痂皮形成が認められる。痂皮の落屑の促進のためにも衛生上の観点からも、これに先立って頭髪を短くすることが望ましい。
発疹は深くかつ広範に認められるため、皮膚の浮腫が著しくなりやすく、発症後には指輪などを外すような指導が必要である。
より重症で広範な発疹には痛みが伴うため、鎮痛剤を処方する必要がある。
皮膚の衛生状態の維持は二次感染の予防に重要である。しかし、破裂した小水疱及び膿疱、皮のむけた部位の黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)や化膿連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)の感染を完全に予防することはできない。
皮膚や尿路、気道などの二次感染に対して抗菌薬を投与する必要があり得る。
軽度の結膜炎が認められることがあるが、特別な治療を行う必要はない。発疹が結膜に影響する可能性はあるが、通常視力に影響せずに完治する。発疹が重篤な場合には、疼痛や浮腫により目を開けることができない場合がある。そのような場合には、無菌的な生理的食塩水による眼洗浄が有効である。細菌による二次性結膜炎が認められる場合には、抗生剤入り眼軟膏剤の短期間投与を考慮する必要がある。
発熱及び発疹が治まるにつれて、患者は徐々に普段通りの生活ができるようになる。この時点では、特に顔面に瘢痕が多く認められる症例では、精神的な支援を必要とすることがある。
普段通りの行動ができるまでに回復した症例では、痂皮が完全に落屑するまで隔離することは困難である。しかし、皮疹は深部にまで及んでおり(特に足底の厚い皮膚で)、痂皮の下に最後までウイルスが残っている可能性があるため、場合によっては、固くなった皮膚から針などを使用して痂皮を除去し、治癒を早めることが望まれる。その際、検査にまわす以外の痂皮については、全て集めビニール袋に入れる等してオートクレーブにより滅菌する。患者は、痂皮が完全に落屑してから、隔離の中止を行う。
軽症例では多くのことを自分で行うことが可能であるが、他への感染拡大を予防するためにも感染期には隔離する必要がある。

II  感染拡大の予防
天然痘患者、天然痘疑い患者は、予防接種を受けた医療従事者によって診療を受ける。
確定していない症例が感染者に暴露されることを防止するために、別の病棟を準備する必要がある。
「天然痘疑い患者」には入院時に予防接種を行い、「天然痘患者」からの感染を予防する。
天然痘ウイルスに暴露された場合、4日以内であれば、ワクチン接種により軽症化又は発症予防効果が期待できる。

III シドフォビル(ビスタイド)
(シドフォビルが必要な場合には、収容医療機関、被接種者の症状等の情報とともに、厚生労働省健康局結核感染症課へ連絡し提供を受ける。)
(1) シドフォビルはヘルペスウイルス、アデノウイルス及びポックスウイルス等、ほぼすべてのDNAウイルスに対して活性を有するヌクレオシド類似体である。
(2) ヒトワクチニア症又は天然痘に対する有効性を示すデータはないが、in vitroにおいて天然痘ウイルスに対する活性があり、更にマウス及びヒト以外の霊長類においてワクシニアを予防・軽減することが知られている。ヒトにおいては伝染性軟属腫及びオルフウイルス感染に有効であることが報告されている。
(3) シドフォビルは、次の場合の使用が想定される。ただし、データ的な裏付けがない状況であるので、適用に当たっては十分配慮する。
(1) 天然痘ワクチン副反応の治療
 すべてのワクチン副反応に有効であると考えられているが、シドフォビルの投与には強い副作用を伴うため、壊死性ワクシニア症やワクチン後脳炎等の致死性のワクチン副反応に限り、慎重にシドフォビル投与を検討する。
(2) 予防接種により十分な免疫力が得られなかった接触者の天然痘の軽減
 天然痘患者との接触8日後以降に天然痘ワクチン接種を受けた一次接触者に対して症状を軽減することができ、また、ワクチン接種の効果が認められなかった一次接触者にも投与できると考えられる。これらの際には、接種又は接種と同時に投与を開始する。なお、既に発症した天然痘の治療にも使用可能とされている。
(4) 投与方法
(1)  用法、用量
導入治療(血清クレアチニン1.5mg/dL≦、クレアチニンクリアランス55mL/min>、かつ尿蛋白100mg/dL<(<2+)の者)
100mLの生理的食塩水に5mg/kg(体重)を用量を溶解し、可能ならばポンプを用いて一定の速度で1時間以上かけて静注する。投与は1週間に1回、2週間行う。溶解したシドフォビルは24時間以内に使用する。他の薬剤の混入に係るデータはないので、混注は行わない。
維持療法:5mg/kg(体重)を2週間に1回、一定の速度で1時間以上かけて静注する。
投与量の調整:血清クレアチニンが0.3〜0.4mg/dLの上昇をみたときは、5mg/kgから3mg/kgに減量する。血清クレアチニンが0.5mg/dL以上の上昇か、又は3+以上の蛋白尿を示した場合は治療を中止する。
プロベネシド:シドフォビル投与前3時間に2g、投与後2時間と8時間後のそれぞれ1gずつ経口で服用する。プロベネシドに過敏症を示す場合は、適切な抗ヒスタミン剤又はアセトアミノフェンの服用を考慮する。
水分:シドフォビル投与前1〜2時間前から生理的食塩水の点滴を始める。投与時最低1Lの投与を行い、可能ならばシドフォビル投与終了後にさらに1Lを1〜3時間で点滴する。
(2)  禁忌
血清クレアチニン1.5mL/dL>、クレアチニンクリアランス55mL/min≦、又は尿蛋白100mg/dL≧(2+≦)に該当の者
腎障害を来す可能性のある薬剤(例:アミノグリコシド系抗生物質、アンフォテリシンB、ホスカルネットナトリウム水和物、ペンタミジン、バンコマイシン、非ステロイド系抗炎症薬)の投与を受けている者(最低7日間の休薬が必要)
シドフォビルに対し過敏症を有する者
プロベネシド又は他のサルファ剤に重大な過敏症の既往を有する者
(3)  注意点
母乳中への分泌、小児・高齢者への安全性及び有効性は検討されていない。
(4)  副作用
腎障害:用量依存性に出現。臨床試験では79/139(59%)で見られた。1〜2回の投与で透析を要するか、場合により致死的な急性腎不全を来すこともある。投与中は腎機能(血清クレアチニン及び尿蛋白)を投与48時間前から調べる必要があり、適宜投与量の調節又は休薬を行う。休薬後も発生した腎障害が回復しない例が報告された。
既存の腎障害の悪化
好中球減少:5mg/kgの維持量で投与を受けた者の24%で500cells/mm3以下となり、39%がGCSFの投与を受けた。
眼圧低下及び低眼圧:維持量の投与者の17/70(24%)で50%以上の低下が報告された。うち3例は重大な低眼圧となっている。糖尿病があると眼圧低下の危険性が上昇する可能性がある。眼圧低下とともに視力低下を来す事例も報告された。
前部ぶどう膜炎及び虹彩炎:維持量の投与者の15/135(11%)で報告された。
代謝性アシドーシス:近位尿細管障害及び慢性的な腎障害(含ファンコニー症候群)により、血漿重炭酸塩が16mEq/L以下に減少した例が16%で報告された。肝機能障害や膵炎に伴う代謝性アシドーシスで死に至った例も報告された。
その他
臨床試験中に因果関係が明確ではないが、報告された症状として、
全身症状: 腹痛、胸痛、発熱、低体温、倦怠感、日光過敏症、顔面浮腫等
心血管系: 心筋症、うっ血性心不全、高血圧、低血圧、失神、頻脈等
消化器系: 口内潰瘍、嚥下困難、胃炎、大腸炎、腸管出血、肝障害、黄疸、便秘等(悪心、嘔吐などはプロベネシドの副作用でもある。)
内分泌系: 副腎皮質不全
造血リンパ系: 白血球減少、白血球増加、貧血、脾肥大等
代謝・栄養系: 脱水、浮腫、高Ca血症、低Ca血症、高K血症、低K血症、高血糖、低血糖、高脂血症、低蛋白血症等
筋骨格系: 関節痛、骨壊死、筋痛症、筋無力症等
神経系: 悪夢、不安興奮、健忘症、混迷、けいれん、うつ状態、言語障害、めまい、振戦、顔面麻痺等
呼吸器系: 喘息、気管支炎、喀血、過呼吸、低酸素、喉頭浮腫等
皮膚付属器系: にきび、血管拡張、湿疹、皮膚潰瘍、蕁麻疹等
感覚器系: 視力喪失、白内障、結膜炎、複視、眼痛、網膜剥離、視野欠損、外耳炎、中耳炎、耳鳴、聴覚障害等
泌尿器系: 血尿、頻尿、排尿障害、腎結石、中毒性腎障害、尿路感染症等

IV 抗ワクチニア人免疫グロブリン(VIG)
 抗ワクチニア人免疫グロブリン(VIG)は、天然痘ワクチンの接種を行っていた昭和51年ごろまでは、医薬品として流通していたが、現在では、薬事法上医薬品として承認を所有している業者はなく、国内では流通していない。

 天然痘テロ発生時等に広く天然痘ワクチンの接種が行われる場合、その副反応対策として、現在、流通している静注グロブリンを標準量として4〜6本投与することが理論的に有効であるとされている。

注) 静注グロブリンの標準投与量の考え方
当時の筋注グロブリン:1瓶1000単位(2mL)
用法:体重1kgあたり、1回150〜300単位を筋注する。必要に応じて増量するかまたは同量を繰り返す。
当時の用法から、1回投与量を200単位/kgとし、体重50kgの人に投与するとすると、1回投与量は10,000単位必要。
最近の静注グロブリンの抗体価を国立感染症研究所が測定しており、その結果約50単位/mL。2.5g50mL1瓶には約2,500単位の抗体価があることになり、静注グロブリン(2.5g50mL1瓶)は1回4本必要。
なお、1回投与量を300単位/kgとした場合は、静注グロブリン(2.5g50mL1瓶)6本必要。


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