平成19年8月10日(金)
医薬食品局総務課医薬品副作用被害対策室

梶尾 (内線2716)

森 (内線2716)


フィブリノゲン製剤訴訟・名古屋地裁判決について

本日、国といたしましては、平成19年7月31日(火)に言い渡されましたフィブリノゲン製剤訴訟の名古屋地方裁判所の判決について、控訴いたしました。

名古屋地方裁判所の判決は、医薬品自体には問題がなかったものの、医師が患者に安易に医薬品を不適正使用したとし、その点について国に指示・警告義務違反を認めるものです。

判決概要及び控訴の必要性等については、別添の資料を参照願います。また、控訴理由については、控訴審で明らかにしてまいりたいと考えております。

いずれにせよ、これまでの各地裁の判決内容は、すべて異なっており、今後とも法律論をよく整理していきたいと考えています。


フィブリノゲン製剤訴訟・名古屋地裁判決への控訴の必要性

判決概要 控訴の必要性

○重大な副作用があり、適応よりも広く使用される可能性がある医薬品については、医師が適応外の患者に使用することがないように患者の安全を確保すべき職務上の義務を一般的に負う。

○重大な副作用があっても、個別の患者の救命等のために、適応外であっても投与することは、臨床医の判断としてはあり得ることであり、このような投与を行わないよう指導することは不適切。

○そもそも、法令上も条理上もこれまで認められたことがない義務。

○添付文書に「いずれの製品(バイアル)についても血清肝炎ないし非A非B型肝炎ウイルス感染の危険を排除できないものであることを前提として適応のある患者に限り治療上不可欠の場合に使用すべきである」旨を、明確な表現・表示方法をもって記載させる義務を負う。

○当時の添付文書にも、肝炎リスク等が明記されており、明確でないと判示する理由が不明(参考1参照)。

○医薬品投与に係る医師の専門性等を過小評価。

○現存する記録(カルテ)等から適応内使用が明確でない場合には、医師が適応外使用したものと認定。

○医師が、患者の状態からフィブリノゲン製剤の投与の必要性を認めてこれを投与したにもかかわらず、現存する記録等から明確でないことをもって、医師が適応外使用した旨認定することは不適切。

○健康な産婦が予兆もなく止血困難な状態となり、放置すれば数時間で死亡する本病態の特性や当時の産科医療の実態を踏まえた判断がなされていない(参考2参照)。


(参考1)

  添付文書の記載 名古屋地裁判決の評価
昭和52年9月全面改訂のフィブリノゲン−ミドリの添付文書 使用上の注意〔一般的注意〕
血清肝炎等の肝障害があらわれることがあるので観察を十分に行うこと。アメリカにおいては本剤の使用により、15〜20%の急性肝炎の発症があるとの報告があり、使用の決定に際しては患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益とを秤量すべきであるとされている。
これでは、いずれの製品も非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性を排除できないものであることが明確に表現されているとはいえず、医師がフィブリノゲン製剤の有する危険性を正しく認識し得ないものといわざるを得ない上、適応のある患者に限定して治療上不可欠の場合に使用すべきであることも明確に表現されているとはいえない。
昭和60年8月全面改定のフィブリノゲン−ミドリの添付文書 使用上の注意〔一般的注意〕
血清肝炎等の肝障害があらわれることがあるので観察を十分に行うこと。(本剤の使用により、15〜20%の急性肝炎の発症があるとの報告があり(注)、使用の決定に際しては患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益とを秤量する必要がある。) (注)AMA Drug Evaluations, 3ed. p 148
昭和62年5月作成のフィブリノゲンHT−ミドリの添付文書 使用上の注意〔一般的注意〕

1)肝炎等の血液を介して伝播するウイルス疾患が知られているので、使用に際しては必要最小限の投与とし十分な観察を行うこと。〔使用の決定に際しては、患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益を考慮すること。〕

2)本剤の使用は先天性低フィブリノゲン血症(機能異常症を含む)等フィブリノゲン値が著しく低下している患者に投与すること。

いずれの製品も非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性が排除できないものであることが明確に表現されているとはいえない上、前文にある「本加熱処理によりマーカーとして用いた、各種病原ウイルスはいずれも検出限界以下になっている。」との記載によって、ウイルス感染の危険性が過小に評価されるおそれのあるものとなっている。
昭和62年6月改訂のフィブリンゲンHT―ミドリの添付文書 使用上の注意〔一般的注意〕

1)肝炎等の血液を介して伝播するウイルス疾患が知られているので、使用に際しては必要最小限の投与とし十分な観察を行うこと。〔使用の決定に際しては、患者のリスク負担と投与によって受ける治療上の利益を考慮すること。〕

2)本剤の使用は先天性低フィブリノゲン血症(機能異常症を含む)等フィブリノゲン値が著しく低下している患者に投与すること。

※前文に「しかし、他の加熱処理凝固因子製剤で非A非B型肝炎の発症が報告されているので本剤の使用に際しては後記『使用上の注意』に十分留意し、治療上必要不可欠の患者に使用すべきである。」との記述あり。

いずれの製品についても非A非B型肝炎ウイルス感染の危険性が排除できないものであることが明確に表現されているとはいえない。

* 赤字部分は、添付文書において赤字で記載されている箇所。


(参考2)

被告国最終準備書面より

「元気なお母さんがお産にやってきて,その場で出血して亡くなられたら,これは亡くなられた方はもちろんのことですけれども,残された家族,ましてや生まれてきた赤ちゃんには,育てるべき母親が亡くなるというのは,ものすごい大きいショック,もちろんそんなことは絶対あってはならない。本当に出血との闘いで,もう本当に死んでもらっては困るんで,お母さんに。どんなことをしても生きてもらいたい。低フィブリノゲンの状態で,血液が固まらない状態で,その状態でフィブリノゲンを使わないで,だらだら血を流すのを黙って座視するということは決してできなかったことです。」(真木証人主尋問調書43ページ12行目)

「出血する血液がほとんど全然固まらない,で,どんどん出血していると,そういった状態で血を固めるためには,濃縮製剤で早くフィブリノゲンを補ってやる,補ってやりますと,今まで固まらなかった血が固まってくると,そして出血のスピードが落ちてくると,これで患者が死の危険からだんだん遠ざかりつつある,助けられるというふうになるわけなんで。ですから,フィブリノゲンが必要ないというのは,本当にそういった現場を見た人の言葉かどうかと私は疑いたい。」(真木証人反対尋問調書15ページ17行目)

昭和29年4月に弘前大学産婦人科教室に籍を置いて以来,平成4年3月に秋田大学教授を退官するまで,産科出血臨床例の研究及び産婦人科学臨床に深くかかわり,この分野の第一人者のひとりである真木正博の東京地裁における証言である。

低フィブリノゲン血症,特に産科DICに伴う後天性低フィブリノゲン血症では,突発的,かつ,大量に出血し,すぐにフィブリノゲンを補って出血傾向を改善しなければ,失血死してしまう場合がある。この場合に,フィブリノゲンを用いず輸血等のみによってフィブリノゲン値を改善しようとすると,時間がかかりすぎ,これが改善する前に失血死するリスクが大きい。将来の肝炎のリスクを憂慮するあまり,死亡という重大な事態を招いては何にもならない。フィブリノゲン製剤は,日本産婦人科医会が「多くの産婦を救命した」(乙B他第7号証)と認める薬剤である。

真木証人は,低フィブリノゲン血症の恐ろしさを肌身で感じながら,フィブリノゲン製剤を投与することによって,低フィブリノゲン血症による死の淵から生還することができた患者に数多く接してきたのであり,上記の証言は,緊迫感のある臨床の現場において,人の救命のためにフィブリノゲン製剤がいかに役に立ってきたかを如実に物語る重みのある言葉である。


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