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左官用モルタル混和材中の石綿含有率の
測定方法等に関する検討会
報告書


平成16年6月


中央労働災害防止協会
労働衛生調査分析センター


目次

1 経緯

2 検討委員会委員名簿

3 基本事項
 (1)蛇紋岩とは
 (2)微分熱重量分析(DTG:Derivative Thermogravimetry)

4 検討結果
 (1)蛇紋岩中のクリソタイル定量について
 (2)蛇紋岩系左官用モルタル混和材について

別紙 蛇紋岩中のクリソタイルの定量法
 @)定量原理
 A)蛇紋石の加熱変化
 B)蛇紋石の結晶水の脱水温度
 C)DTG
 D)蛇紋岩のX線回折分析
 E)蛇紋岩のDTG
 F)蛇紋岩中のクリソタイル含有率定量方法
 G)各蛇紋石含有率の計算
 H)蛇紋岩製品のDTG


 経緯
 蛇紋岩は日本各地に分布し、その中には石綿であるクリソタイルの細脈もしばしばみられる。我が国では、石綿を得るための蛇紋岩の採掘は現在行われていないが、砂利石や骨材等として使用するための採石が行われている。
 これらの蛇紋岩を粉砕したものの中には、左官用のモルタル混和材やセメント建材の製造における石綿代替物として販売されているものがあり、これら多くは無石綿の製品として販売されている。しかしながら、現在最も広く行われているX線を用いた分析法では、蛇紋石を構成するクリソタイル(石綿)とアンチゴライト及びリザルダイト(いずれも非石綿)がほぼ同じ位置にピークを持つため、クリソタイルが入っているにも関わらず、アンチゴライト等と同定されていることが懸念されている。
 このため、クリソタイルをアンチゴライト及びリザルダイトと区別して分析できる方法を検討したものである。

 検討委員会委員名簿
 神山 宣彦 (独)産業医学総合研究所作業環境計測研究部長
 小西 淑人 (社)日本作業環境測定協会調査研究部長
 高田  勗 中央労働災害防止協会労働衛生調査分析センター技術顧問(座長)
 冨田 雅行 ニチアス(株)技術本部環境管理室長
 名古屋俊士 早稲田大学理工学部教授
 森永 謙二 (独)産業医学総合研究所有害性評価研究部長
 (五十音順)

 基本事項
 (1)蛇紋岩とは
 蛇紋岩は、地殻下のマントル最上部を形成している超塩基性岩である橄欖(かんらん)岩からできた変成岩の一種であり、マントル対流で海底近くに浮上してきたかんらん岩が、海水や地下水と反応して蛇紋岩が生成する(蛇紋岩化作用)。蛇紋岩を構成する鉱物は、蛇紋石が主要鉱物で、その他にタルク、磁鉄鉱、ブルース石、方解石、トレモライトなどが共存することがある。蛇紋石の合成実験では、蛇紋石は500℃以上では生成しないことが分かり、蛇紋岩化作用は比較的低温で進んだと考えられている。
 その反応は次の3つの反応式で表されている。
  2MgSiO + 3HO
  かんらん石(フォステライト)
 ←→  MgSiO(OH)
 蛇紋石
 +  Mg(OH)
 ブルース石
  3MgSiO + 2HO
  輝石(エンスタタイト)
 ←→  MgSiO(OH)
 蛇紋石
  +  SiO
 石英
  2MgSiO + SiO + 2HO
  かんらん石(フォステライト)
 ←→ 2MgSiO(OH)
 蛇紋石

 蛇紋石には、クリソタイル(石綿)、アンチゴライト、リザルダイトの3種の多形(ポリタイプ)がある。アンチゴライトとリザルダイトは不定形板状、短冊状あるいは六角板状といった板状の粒子形態を示し、石綿ではない。蛇紋岩中の蛇紋石がどの種類の蛇紋石であるかは、分析してみないと分からない。
 上記の3つの代表的な反応のうち、一般的にかんらん石(フォステライト)からはクリソタイルが形成され、輝石(エンスタタイト)からはアンチゴライトができるとされている。

 (2)微分熱重量分析(DTG:Derivative Thermogravimetry)
 熱重量測定TG(Thermogravimetry)は、試料が調節された速度で加熱または冷却される環境中で、当該試料の重量を時間または温度の関数として記録する技法。得られた記録を熱重量曲線またはTG曲線と呼び、重量を縦軸に減量を下向きにとり、時間(t)または温度(T)を横軸に左から右に増加するようにとる。
 DTGは、TG曲線の時間または温度に関する1次微分を与える技法。記録は微分熱重量曲線またはDTG曲線と呼ぶ。

 検討結果
 (1)蛇紋岩中のクリソタイル定量について
 蛇紋石の多形(ポリタイプ)には、石綿であるクリソタイルと、石綿ではないアンチゴライトとリザルダイトがある。現在、クリソタイルの分析に広く用いられているX線回折を用いた分析法では、これらの3種類は化学組成と結晶構造がよく似ており、類似の回折パターンを示すため、各々についての検出・定量が難しい。
 蛇紋岩中のクリソタイル、アンチゴライト、リザルダイトを区別して定量分析する方法として、結晶水の脱水温度の違いを利用した微分熱重量法(DTG)があり、別紙に示す定量法を用いることによりクリソタイルを定量することができる。

 (2)蛇紋岩系左官用モルタル混和材について
 左官作業で、作業性を向上させるために、モルタルセメントに粉状の混和材を混ぜることがある。現在、蛇紋岩を粉状にした混和材が多種類販売されているが、これらのほとんどは、「無石綿」、「ノンアスベスト」等と表示され、石綿を含まない製品として販売されている。
 これらの製品のいくつかについて、DTG法によりクリソタイルの含有量を調べたところ、次表に示すように非常に高い濃度のクリソタイルを含有するものがあった。

試料番号 混和材中の
蛇紋石
(重量%)
蛇紋石の構成比(重量%) 混和材中の
クリソタイル
の含有率
(重量%)
クリソタイル アンチゴライト
(1) 95 95 90
(2) 95 46 54 44
(3) 60 70 30 42

 これらの製品を無石綿としている理由としては、X線回折によるピークをアンチゴライトによるものであるとしていることなどが考えられる。
 左官用モルタル混和材を取り扱う作業は、乾燥した粉体をモルタルセメントに混ぜるという作業を伴うものであり、きわめて発じん量が多く労働者の吸入のおそれが高いものである。また、「無石綿」等と表示されているため取り扱っている労働者が十分なばく露防止措置をとっていないことが予想され、石綿による健康障害の発生がきわめて憂慮されるものである。
 このため、これらの左官用モルタル混和材について、早急にDTG法によるクリソタイルの含有量の同定を行い、クリソタイルの含有が確認されたものについては、労働安全衛生法第57条に基づく表示及び同法第57条の2に基づくMSDS(化学物質等安全データシート)の交付の徹底を図るとともに、製造者及び使用者に対して石綿に係る健康障害防止措置の徹底を図るよう周知徹底すべきである。


(別紙)

蛇紋岩中のクリソタイルの定量法

 蛇紋岩は蛇紋石が主要構成鉱物の岩石である。蛇紋石には、アンチゴライト、リザルダイト、クリソタイルの3種類があり、そのうちクリソタイルが石綿である。蛇紋岩には、その3種類の蛇紋石のどれもが主成分として含有されることがある。しかも、それらが単独で存在することは少なく、アンチゴライトとクリソタイル、あるいはリザルダイトとクリソタイルというように組み合わさって存在する場合が普通である。石綿であるクリソタイルがほとんどを占める蛇紋石もあれば、クリソタイルにアンチゴライトやリザルダイトが混合している蛇紋岩も多い。そのうえ、トレモライト(透角閃石、繊維状のものが石綿)が混合する蛇紋岩もある。
 3種類の蛇紋石は互いに化学組成と結晶構造がよく似ており、X線回折分析では何れも12°と24°付近に強い回折ピークを示す類似の回折パターンを示す。蛇紋石3種類のX線回折パターンを〈図1〉に示した。
 その主回折ピークからは相互の区別はできないが、アンチゴライトとリザルダイトが大量に含有されている蛇紋岩では、それぞれ35.6°(2.525Å)と35.9°(2.501Å)付近の回折ピークを指標にそれらの存在確認ができる。しかし、クリソタイルの目印になりそうな36.6°付近の回折ピークは強度不足で、蛇紋岩に比較的少量混合している場合は検出されなくなる。つまり、クリソタイルとその他の蛇紋石が共存している場合、X線回折分析単独ではクリソタイルの検出・定量は難しい。
 分析透過電子顕微鏡(ATEM)を用いれば各蛇紋石の識別、特にクリソタイルの検出は容易にできる。しかし、分析透過電子顕微鏡など顕微鏡では、試料中の繊維数%は求められても質量%を求めるのは困難である。こうした蛇紋岩中に存在するクリソタイルの定量法として微分熱重量(DTG)法を用いた方法がある。

@)定量原理
 蛇紋石の種類によって結晶水の脱水温度が異なる性質を利用して、微分熱重量分析(DTG)により蛇紋石の種類と量比を求めるもの。一般に加熱による物質の相変化、脱水、再結晶、昇華などには、発熱、吸熱などが伴う。そうした熱変化を記録し解析する熱分析(thermal analysis)のために種々の測定装置がある。その一つである示差熱分析(DTA)は、昇温に伴う熱変化を記録するもので、結晶水の脱水に伴う吸熱反応を記録できるが、定量性に乏しい。一方、熱重量分析(TG)は昇温に伴う重量変化を調べるもので、脱水に伴う重量の減少を熱重量曲線として記録でき、定量性も高い。その熱重量曲線を微分したDTG曲線からは、蛇紋石が混合していても、異なる脱水温度の故に各々のDTGピークを識別・分離でき、各々の質量%を求めることができる。

A)蛇紋石の加熱変化
 蛇紋石は、3種類の類縁鉱物(リザルダイト、クリソタイル、アンチゴライト)が存在するが、いずれもほぼ同様な化学組成を持ち、MgSiO(OH)の化学組成式で表される。厳密には産地や成因によって少量の鉄(Fe)やアルミニウム(Al)を持つ。化学組成式中の(OH)4は結晶水を表し、600℃〜800℃で脱水する。結晶水を失った蛇紋石は非晶質状態になるが、さらに800℃〜950℃に加熱すると次式のようにかんらん石(フォーステライト:MgSiO)と石英(SiO)が形成される。

2MgSiO(OH)
   蛇紋石
 →  3MgSiO
 かんらん石
 +  SiO
 石英
 +  4HO

 さらに、1000℃〜1200℃で加熱すると、次式に示すようにかんらん石と石英が反応して、一部がエンスタタイト(頑火石)になり、エンスタタイトとかんらん石との混合状態になる。

3MgSiO + SiO  →  2MgSiO  +  MgSiO
  頑火石

B)蛇紋石の結晶水の脱水温度
 蛇紋石の結晶水の脱水温度は、種類によって異なる。リザルダイトが最も低く、アンチゴライトが最も高い。試料質量が恒量になるまである温度で加熱を続け、恒量になったら温度を上げさらに恒量になるまで加熱を続けるという操作を繰り返して測定した結晶水の脱水温度は、リザルダイトは約600℃、クリソタイルは約640℃、アンチゴライトは約720℃である。
 一方、通常の熱分析では、一定速度で昇温して試料を加熱する方法が行われる。脱水温度は昇温速度によって若干変わり、昇温速度が速いほど高温側に移行する。例えば、毎分20℃で昇温した場合、リザルダイトは630℃、クリソタイルは680℃、アンチゴライトは780℃付近で結晶水が脱水する。毎分10℃の場合はそれぞれ10℃程度低い。なお、試料量の違いによる温度変化は昇温速度による変化ほど大きくはない。

C)DTG
 TG−DTA装置の試料ホルダーに試料粉末を充填し、適当な昇温速度で加熱温度を上げてゆくと、TG曲線とDTA曲線が記録される。試料量は普通10〜30mg程度であるが、1mgくらいから100mgを超える大量試料も可能である。DTG曲線は、コンピュータに取り込まれているTG曲線を微分する(重量変化を温度変化で除す)と得られる。
 蛇紋石3種のTG−DTG曲線を〈図2a〉に示した。図2aは試料量20mg、昇温速度20℃/minで測定したものである。DTG曲線のピークは、リザルダイト630℃、クリソタイル670℃、アンチゴライト760℃にそれぞれ出現している。蛇紋石3種を等量ずつ混合した試料(CAL-1)のTG−DTG曲線を〈図2b〉に示した。図2bのピークを各蛇紋石の結晶水の脱水温度に固定したピークで分離すると、点線のようになり、各蛇紋石が等量存在していたことが解析できて定量性が確認される。

D)蛇紋岩のX線回折分析
 日本および世界各地の蛇紋岩について、X線回折分析と分析透過電子顕微鏡で蛇紋石の種類の確認を行った。その結果、リザルダイトとクリソタイルが混在した蛇紋岩と、アンチゴライトとクリソタイルの混在する蛇紋岩の2つの系統があることが判明した。リザルダイト−クリソタイル系とアンチゴライト−クリソタイル系のX線回折パターンをそれぞれ〈図3〉と〈図4〉に示した。なお、X線回折パターンからはクリソタイルの存在確認はできない。

E)蛇紋岩のDTG
 各地の蛇紋岩試料のDTG曲線を〈図5〉と〈図6〉に示した。DTG曲線からリザルダイト−クリソタイル系とアンチゴライト−クリソタイル系の2つをよく識別できる。また、クリソタイルの含有の有無は、クリソタイルが最低5wt%程度含有されているとDTGピークとして認められる。

F)蛇紋岩中のクリソタイル含有率定量方法
 上記のようにDTG測定が蛇紋岩中のクリソタイルの含有の判定、および定量に効果的であることが分かる。DTG測定を中心とした蛇紋岩中のクリソタイル定量法を〈図7〉に示す。DTG測定では、クリソタイルが5wt%以上含まれていれば確認できる。

蛇紋岩含有の被験試料
粉末化
X線回折分析
蛇紋石のピークを確認
DTG
クリソタイル、アンチゴライト、リザルダイトの確認
計算でクリソタイル含有量を求める

図7 蛇紋岩中のクリソタイル含有率定量方法



G)各蛇紋石含有率の計算
 (1)TG分析で蛇紋石の結晶水の重量減を求め、試料量で除して、wt%を求める(a)。共存鉱物のブルーサイトや緑泥石の結晶水の減少があれば、TG分析からそれらを除いた重量減(a)を求める。
 (2)蛇紋石の化学組成式(MgSiO(OH))から計算される結晶水の重量は約13%である。多くの実測値もだいたい±1%の範囲に納まる。試料中の蛇紋石の含有率(J)は、次式から求められる。
(a/13)×100=J(wt%)
 (3)次に複数の蛇紋石が含有されていたときには、それぞれの蛇紋石の量比をDTG曲線から求める。〈図8〉のようにDTG曲線のピークを各蛇紋石の決まったピーク温度を中心として、互いのピークの大きさを調節して最もDTG曲線に合致するように作図する。
 (4)(3)で求めた量比を先に求めたJに乗じて試料中の各蛇紋石の含有率を求める。

H)蛇紋岩製品のDTG例
 家屋の外壁などに塗るモルタル用の粉体(左官混和材)として蛇紋岩粉末が使用されている実態がある。製品に石綿(クリソタイル)含有と表示されたものもあるが、ほとんどは非石綿製品あるいは無石綿と表示されて販売されている。それらの粉末製品をX線回折分析すると、主成分がアンチゴライトの蛇紋石であることは分かるが、クリソタイル含有の特定はできない。それらを熱重量測定した結果が〈図9〉である。TG測定値から蛇紋石の含有量が求まる(Jwt%)。図9のDTG曲線の640〜650℃付近のピークがクリソタイル、760〜770℃付近のピークがアンチゴライトによるものと推定される。製品粉末を透過電子顕微鏡で観察すると繊維長の短い(数μm程度)クリソタイルの含有が明らかとなり、DTG曲線の640〜650℃付近のピークはクリソタイルであることが確定した。DTG曲線から求めた石綿(クリソタイル)およびその他の蛇紋石含有率をX線回折分析による結果と合わせて〈表1〉に示した。試料(2)及び(3)については、X線回折による結果と異なり、クリソタイルが大量に含まれているのが分かる。

表1 左官混和材中の熱重量測定によるクリソタイルの定量例
試料名 X線回折
分析結果
熱重量測定結果(TGおよびDTG曲線の解析)
蛇紋石
(Jwt%)
DTGピーク
温度(℃)
蛇紋石
の種類
蛇紋石の量比(wt%) Cの含有
率(wt%)
C A
(1) C 95 660、765 C、A 95 5 90
(2) A 95 642、765 C、A 46 54 44
(3) A 60 644、758 C、A 70 30 42
C:クリソタイル、A:アンチゴライト、Jwt%:G)の各蛇紋石含有率の計算に従ってTG測定値から求めた値、蛇紋石の量比(wt%):DTGピークのCとAの面積比、Cの含有率(wt%):蛇紋石の量比(wt%)に蛇紋石(Jwt%)を乗じて求めた試料中のクリソタイルの含有率


図1 蛇紋石のX線回折パターン




図2 蛇紋石3種類と3種類を等量混合した試料(CAL)のDTG曲線




図3 蛇紋岩のX線回折パターン(リザルダイト−クリソタイル系)




図4 蛇紋岩のX線回折パターン(アンチゴライト−クリソタイル系)




図5 蛇紋岩のDTG曲線(リザルダイト−クリソタイル系)




図6 蛇紋岩のDTG曲線(アンチゴライト−クリソタイル系)




図8 蛇紋石のDTG曲線のピーク分離の作図例




図9 蛇紋岩製品(左官混和材)のDTG測定による蛇紋石の分析


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