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「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書


平成14年7月31日
厚生労働省職業能力開発局


1 キャリア形成の意義

 近年、労働市場の変化や労働者等の職業意識の変化に伴い、「キャリア」や「キャリア形成」等の言葉が個人の職業生活を論ずる場合のキーワードの一つとなっている。
 国の施策においても、昨年、職業能力開発促進法が改正され、「キャリア形成」という言葉は使用されていないものの、「労働者の職業生活設計に即した自発的な職業能力の開発及び向上」を促進することが基本的な理念として盛り込まれ、事業主が講ずる措置に関する指針(厚生労働大臣告示)も定められている。
 また、法改正とともに、昨年策定された第7次職業能力開発基本計画においても、今後の職業能力開発施策の展開の中心に労働者のキャリア形成促進が挙げられている。
 このように、「キャリア」、「キャリア形成」という言葉は、かなり広く使われるようになってきたものの、その意味や広がり、さらには、「キャリア形成」支援を中心とする施策体系、展開の有り様については、未だ十分理解されているとは言い難く、改めて、これらの点について内容を明確にするとともに、その可能性を示す必要がある。

(1)「キャリア」「キャリア形成」の意味

 「キャリア」とは、一般に「経歴」、「経験」、「発展」さらには、「関連した職務の連鎖」等と表現され、時間的持続性ないし継続性を持った概念として捉えられる。
 「職業能力」との関連で考えると、「職業能力」は「キャリア」を積んだ結果として蓄積されたものであるのに対し、「キャリア」は職業経験を通して、「職業能力」を蓄積していく過程の概念であるとも言える。
 「キャリア形成」とは、このような「キャリア」の概念を前提として、個人が職業能力を作り上げていくこと、すなわち、「関連した職務経験の連鎖を通して職業能力を形成していくこと」と捉えることが適当と考えられる。
 また、こうした「キャリア形成」のプロセスを、個人の側から観ると、動機、価値観、能力を自ら問いながら、職業を通して自己実現を図っていくプロセスとして考えられる。

○「キャリア」とは何か。

 「キャリア」(career〔k§ri§〕)は中世ラテン語の「車道」を起源とし、英語で、競馬場や競技場におけるコースやそのトラック(行路、足跡)を意味するものであった。そこから、人がたどる行路やその足跡、経歴、遍歴なども意味するようになり、このほか、特別な訓練を要する職業や生涯の仕事、職業上の出世や成功をも表すようになった。
 このように、経歴、遍歴、生涯と結びつけて「キャリア」という言葉が使われることが多くなっており、人の一生における経歴一般は頭にライフをつけて「人生キャリア」(life career)と呼び、そのうち職業を切り口として捉えた場合の人の一生・経歴・履歴の特定部分を「職業キャリア」(professional/occupat ional/vocational career)と呼んで区別することがある。
 なお、遺伝子の保有者、伝染病の保菌者などを指す「キャリア」(carrier〔k¢ri§〕)は、運ぶ(carry)からの派生語であり、違う語源の単語である。

(2)何故「キャリア」、「キャリア形成」が問題となるのか

(最近の動き)

 近年、キャリアについての議論が活発化しており、その背景には、例えば、次のような労働者、個人を巡る環境変化がある。

(1) 経済のグローバル化に加え、顧客ニーズの急激な変化や商品サイクルの短縮化により企業間競争が激化し、大企業といえども、倒産のリスクを避けられず、誰しも、突然、転身を迫られたり、行き場を失う事態も生じうる。
(2) 技術革新の急激な進展や経済社会のニーズの大きな変化により、労働者が長年にわたって蓄積してきた職業能力を無にされる事態も生じうる。
(3) 高齢化により、職業生涯は長期化する一方、労働移動はますます活発化する等、職業生涯において、大きな変化に見舞われることを覚悟しなければならなくなった。
(4) 顧客ニーズ・商品ニーズの高度化、高付加価値化や経済のサービス化等により、職業能力についても専門性や問題発見・解決能力が重視されるとともにキャリアの個別化、多様化が求められるようになった。
(5) 学卒無業者、若年離職者、フリーター等が急増し、職業意識の希薄化、能力蓄積機会の欠如が将来の経済社会の担い手の喪失をもたらしかねない事態となっている。

(構造的変化)

 これまでの労働者の職業キャリアのあり方は、大企業を中心に、長期の比較的安定した雇用が保障される中で、異動、配置転換、昇進・昇格、能力開発等職業生活のあり方も基本的に企業まかせであり、労働者は、ピラミッド型の組織内で、昇進・昇格していくことが当然の目標とされた。
 職業上必要な知識・技術は、企業に入ってからの教育訓練で修得することを前提に、学卒者の採用について、企業は潜在的能力や性格・意欲を重視、偏差値や学歴、成績、勤怠度によって採用を行ってきた。
 他方、学校教育も安定性の高い大企業への採用を目標に、成績・学校による切り分けがなされ、社会もこうした一律かつ集団的な教育・就職システムや企業内システムを当然のものとしてきた。
 しかしながら、上で述べたような最近の労働者、個人を巡る環境変化は、こうした教育・労働を通じて支配してきたシステムを根底から揺るがしつつある。ある意味では、現在は、過度に集団的なシステムからより個人に配慮する新たなシステムの構築へ向けての転換期に当たっているとも考えられる。こうした状況を個人の「キャリア」という視点で捉え、整理することによって、システム上の問題点と対応を考えてみたい。

2 労働者・個人のキャリアのあり方

(1)視点

 準備期も含めた、これまでの労働者の職業生活は、学校・企業を通じたシステムの上に乗り、まかせることで大過なく過ごせた。こうした環境のもとでは、「キャリア」は、「私の履歴書」的な成功者の過去の物語として認識されるに止まった。
 しかし、経済社会環境が激変し、予測のつかない不透明な時代においては、一回限りの自分の職業人生を組織まかせ、他人まかせにして棒に振ることはできない。未来の自分の職業キャリアをどう構想するか、また、現在、差し迫った変化にどう対応すべきか、個々の労働者は自問自答することになる。
 こうした意味で、労働者・個人のキャリアを考えていく上で、
 第一に、これまで労使・学校ともに、組織まかせの意識・習慣・システムが染みついているだけに、労働者・個人が主体的に構想できるか、また、組織や環境が、こうした主体性を尊重できるシステムや慣行を形成できるかが問われる。
 第二に、キャリアは、過去・現在・未来と連鎖していくものであり、生涯を通じて構想し、実践される。若年時は、未来型のキャリアとして適性・潜在能力・動機と職業のすり合わせが重要であり、壮年時は、環境や変化への対応、高年齢時は、過去のキャリア蓄積をどう生かすかに重点が置かれる。
 以上の観点から、次に、労働者・個人が自分のキャリアを主体的につくりあげていく上での問題点を世代別に見ていく。

(2)世代別のキャリアのあり方(現状と問題点)

イ 若年層のキャリア

 若年者にとってのキャリアは、未来型のキャリアであり、自らの職業の適性、潜在能力、希望・動機を確認し、職業とのすり合わせを行って職業を選択するのが本来の姿であろう。
 特に、学生の場合、社会人となるために必要なマナーや規律と基礎的な学力を身につけるほか、自分の適性を考えることや職業を知り、職業意識を涵養することが、まず、肝要である。
 しかしながら、現在の教育・就職のシステムや企業の受入れ体制は、未だ、こうしたキャリアを意識した取組みに欠けている。加えて、極めて厳しい学卒市場の状況、企業の求める人材要件の高度化、経済社会の複雑化及び地域や家庭の教育機能の低下は、若年者のキャリアの準備・形成に深刻な影響を及ぼしている。
 他方、産業構造や企業の在り方が大きく変容する中で、若年者のキャリアについても、これまでのように企業に就職し、企業内でキャリアを積むだけでなく、起業やSOHO等の新たなキャリア展開の可能性の芽も出てきている。

(無業者、フリーター等の増加、7・5・3問題)

 近年、若年無業者・失業者の急増、フリーターの増加、若年者の就業後早期離職の増加等の現象が生じ、若年者のキャリア形成上大きな問題となっている。
 具体的には、厳しい学卒市場を反映して、各卒業年次において、高卒無業者( 9.8%、13万人)や大卒無業者(21.3%、11.6万人)が増加している(いずれも13年3月卒業者、資料1)。
 また、失業率も、若年層(15〜24歳)において、4.3%(平成2年)から12.1%(平成14年3月)に急増しており、しかもその4割が長期失業者である(資料2)。
 さらに、学卒の就職後3年以内の離職率も近年高まっており、それぞれ、中卒約7割、高卒約5割、大卒約3割となっている(いわゆる7・5・3問題、資料3)。特に1年内の早期離職率が高くなっている。
 このほか、正規従業員としての働き方でない、いわゆるフリーター層も平成9年の151万人から平成12年の193万人へと急増している(資料4)。
 このような、若年無業者、離職者等の増加に加え、失業や漫然とフリーターである期間の長期化は、若年者の能力蓄積や就業意欲向上を妨げ、本人の雇用安定上の問題を引き起こすだけでなく、将来的にも、経済社会を担うべき人材不足をもたらしかねない。
 こうした現象の背景としては次のような要因が考えられる。
 まず、環境要因として、
 第一に、社会が複雑化し、職住分離した環境の中で、職業意識や自分の適職イメージが描きにくくなっている上、豊かな社会の中で正規従業員として働くことのインセンティヴが弱まっている。
 第二に、厳しい学卒市場で、そもそも就職自体が困難となっている上、仮に就職できたとしても、自らの能力・適性に合致した就職先に遭遇する確率は低下している。逆に、アルバイトは、求人も多く、サービス業などで広範にみられる不可欠な労働形態となっている。
 次に、システムの問題として、
 第一に、これまでの過度に一律かつ集団的な教育・就職システムがもはや機能しなくなっているにもかかわらず、新たなシステムが形成されていない。特に、個人のキャリアを重視し、キャリア意識を涵養する職業教育や就職に当たっての職業情報の提供、指導・助言等の機能が欠けている。
 第二に、企業においても、学卒者の受け入れ、育成体制が弱まり、即戦力指向のところも多くなっている。また、企業の求める人材要件が変化しているにもかかわらず、こうした情報が学校や学生に的確に伝えられていない。

(キャリア準備のあり方)

 社会が複雑化し、職住分離した状態のもとでは、職業を身近に感ずることはできない。学校教育の早い段階から職業意識を涵養することや体験学習により、生の職業に触れる機会をつくっていく必要がある。
 また、働くことの意識の多様化が進む中で、そもそも就学時期と就労時期を明確に区別することは困難となってきている。今後は、10代後半から20代半ば程度まで、就学と就業を状況に応じ切り替えられる柔軟な仕組みをつくりあげていくことが求められよう。
 若年者のキャリア形成上の問題のうち、無業者や離職者、特に長期間の離職者の急増は、当面の最も深刻な問題である。失業中、職業意識の涵養、カウンセリングや学校教育の学び直しを含め、個人の意識・状況に応じたキャリア準備、能力開発のあり方を考え徹底していくことが望まれる。
 また、フリーターは、様々なタイプがあるが、漫然と長期にフリーター生活を送るタイプはキャリア形成上問題である。グループカウンセリングや、情報の提供等を通じて、キャリア意識を高めるように図ることが必要である。また、フリーターの中には正規の従業員として働くことを好まない者もおり、無理に正規雇用に誘導するのではなく、多様な働き方を良好な就業機会として整えることも重要である。さらに、アルバイトとして使う側も、本人のキャリア形成という視点を持って対応することが望まれる。

○「フリーター」の意味と種類

 「フリーター」について、必ずしも明確な定義はないが、概ね学校卒業後、正規従業員の形態でなく、アルバイト等の不安定な就業と無業を繰り返す若年者を指すとされる。その量的規模については、日本労働研究機構の報告書によると、 2000年において193万人となっている。
 「フリーター」の種類については複数の分類があるが、同報告書によると、「モラトリアム型」、「やむを得ず型」、「夢追求型」の3つに分類している(資料5)。最も多い「モラトリアム型」(47%)は、職業を決定するまでの猶予期間としてフリーターを選択し、その間に自分のやりたいことを探そうとするタイプや、先の見通しがはっきりしないまま学校や職場を離れた者などが含まれる。次に多い「やむを得ず型」(39%)は、正規雇用を志向しながらそれが得られない者や家族の事情等でやむなく学費を稼ぐ必要が生じたためにフリーターをせざるを得なくなった者などが含まれる。「夢追求型」(14%)は、何かしら明確な目標を持った上で、生活の糧を得るために、あるいは一種の社会勉強の手段としてフリーターを選んだ者である。このうち、キャリア形成上、最も問題があるのは「モラトリアム型」であり、このタイプをはじめとする「フリーター」のキャリア支援対策の強化が求められる。

(企業の役割)

 教育における職業意識涵養や体験学習等のキャリア準備についても、企業の果たしうる役割は大きい。
 具体的には、日常生活の中で生の職業に触れることの少ない学生に対するインターンシップの実施や企業人を大学、高校等に派遣する等企業現場と学生の接触の場をつくるほか、教育機関との協同で教育に携わること等も考えられる。
 特に、後者の点に関しては、アメリカにおいて、次世代リーダー育成と従業員の能力向上を主たる目的としたコーポレート・ユニバーシティー(CU)が、多くの企業によって設立されている。こうしたCUは、高等教育機関や専門家の協力・連携により社会の人材育成を支える一つのプラットフォームを形成しており、我が国においても一部の企業においてこうした取組みが見られる。近年、企業の一部には、即戦力志向に走り、若年者の育成をおろそかにする傾向も見られるが、長期的にはこうした人材育成を重視する企業が魅力ある企業として優秀な人材を集め、企業の創造性と活力を高めることで生き残っていくことにつながると思われる。

○コーポレート・ユニバーシティー

 アメリカにおいて、企業内教育の一形態としてコーポレート・ユニバーシティ(日本語で「企業大学」。以下「CU」。)が普及している。
 例えば、フォーチュン500(米Fortune誌が毎年発表する米国上位500社のリスト)の企業のうち、約40%の企業がCUを持ち、全体でその数は2000校とも言われている。有名なものとしては、ネスレやモトローラによって設立されたものなどがある。
 もともとは、企業内の各部門に分離していた教育部門を統合し、コストダウンとレベルアップを図ろうという動機で生まれたものであるが、リーダーシップ開発の必要性や人材採用の強化と定着率の向上などを目的として一気に拡大した。
 また、グローバル・ワイヤレス企業連合という多国籍にわたる無線通信業界の企業が共同で作ったCUもあり、世界66校の大学と連携しながら、無線に関する様々な知識・技術を提供し、業界として人材不足を補おうという試みも出てきている。
 日本企業の中にもCUを立ち上げているところもあり、今後多くの企業で検討が進むことが期待される。

 このほか、企業環境の急激な変化に応じて求められる人材ニーズも変わってきており、こうした情報を学校や学生に発信していく役割も重要である。最近では、顧客ニーズの急速な変化、事業の高度化・高付加価値化に伴い、新卒者に対しても、専門性や問題発見・解決能力等の主体的に考える能力が重視されるようになっている。
 このため、大卒の採用に当たっても、求める人材要件のスペックをあらかじめ提示したり、インターンシップを通して適性を見たり、専門性の高い学卒者を優遇条件付きの別枠で取るなどの取組みも見られる。後述する新たな学卒就職システムについては、こうした取組みと併せて検討していくことが必要である。

(若年者の新たなキャリアの可能性)

 これまでの若年者のキャリアは、学卒として企業に採用され、大企業等では、企業内の昇進を通してキャリアを形成していくことが一般的であった。
 しかしながら、産業構造の大きな変動等により、業界秩序や大企業中心の企業系列が崩れる中で、ベンチャー企業等の中小企業やIT化を背景としたSOHO等の活躍する余地も生じている。
 特に、新たに急成長する企業の創業者や経営のトップの中には、30代の若手の経営者も少なくなく、今後の若年者のキャリアを考える上で新たな可能性を示している。
 この点、アメリカおいては、学生の段階から企業家精神を吹き込まれ、大学の学生のかなり多くがベンチャービジネスの起業を志向しており、こうしたマインドとベンチャーを生む社会経済環境とが相俟って、旺盛な企業活力につながっている。
 我が国の若年者は、リスクを回避する意識が強いが、情報通信革命や知識社会化がこれから本格化の段階を迎えること、ベンチャーキャピタルも徐々に育ちつつあることを踏まえると、起業も重要なキャリア選択の一つと考えられる。また、閉塞感の強い若年者キャリアの活性化を図るためにも、若手で経済界で活躍するキャリア状況を示したり、起業に向けた教育やSOHO等の働き方の整備を含め起業に係る環境整備を進めることは重要な課題である。

ロ 壮年層のキャリア

 労働者が、自分の「キャリア」や「キャリア形成」を意識するのは、就職、退職、転職、転社等の、職業生活の節目であり、こうした節目においては、自らの決断による選択がなされる。逆に、こうした節目以外の機会においては、配転等も含め、これまで個人が主体的に自分のキャリアを考えることは、あまりなかったと言えよう。
 しかしながら、職業生活が長期化する一方、絶えざる技術革新の進展への対応や労働移動が頻繁になる等職業生活の見通しが益々つかなくなる中で、上記のような職業生活の節目だけでなく、そもそも自分の職業キャリアのあり方を自分なりに考える必要性は高まってきており、これを全くの企業まかせにすることは、もはやリスクが高すぎて容易に受け容れられないものとなってきている。
 また、企業側においても、後述のように、組織のフラット化やキャリアルートの複線化などの動きが進んでおり、能力開発や福利厚生における個人の選択の重視や成果主義、能力主義の導入等と相俟ってキャリアの個別化の傾向が強まっている。
 このように、労働者のキャリアの個別化やキャリアについての労働者の主体性重視の動きが強まっている一方で、これまで労使とも企業内の一律かつ集団的な処遇になじんできたため、個別的キャリア形成や労働者の主体性を尊重する考え方やシステムが動きについてきていない状況にある。

(キャリア・コンサルティング)

 職業生活が大きな変化に見舞われる中で、個人が自立して自らのキャリアを考えるためには、適切なキャリア・コンサルティングの重要性が増す。
 労働者のキャリアや職業生活については、先輩や同僚がアドバイスを行うことが多かったが、能力主義・成果主義の時代となり、こうした助言者的役割を先輩や同僚に期待することは困難となりつつある。また、特定企業の枠をこえたキャリア展開の助言は必ずしも先輩や同僚に期待できない。加えて、今後のキャリアの支援は、個人が主体的にキャリアを選択できるように内面的動機づけまで踏み込んで助言・相談することや、適確な職業情報の提供や自己分析、キャリア戦略のつくり方、面接の仕方、さらにはキャリアシートの書き方等を指導できる専門性が求められよう。その意味では、こうした指導・助言ができる専門家としてのキャリア・コンサルタントの育成を進めることが急務となっており、今後、企業内外でキャリア・コンサルティングを受けられる体制をつくっていく必要がある。

○キャリア・コンサルティング

 キャリア・コンサルティングは、キャリア形成の主体である個人に対して、そのキャリア形成を支援する目的で体系的かつ組織的に行われる一連の相談支援サービスである。離転職者のほか、キャリアの節目節目で在職者に対しても行われる。
 具体的には、キャリアの棚卸しや適性検査等を通じた自己理解、情報提供や職業体験を通じた職業理解や職業に関する動機づけ、職業生活設計、能力開発の方向付け等に関する体系的かつ組織的な支援を通じ、キャリア形成のための主体的な行動に結びつける機能を有する。
 キャリア・コンサルティングを効果的に進めるには、これをマネジメントできる専門家(キャリア・コンサルタント)の養成・確保が不可欠であり、厚生労働省の「キャリア・コンサルティング研究会」では、平成14年4月に,キャリア・コンサルタントの能力要件を公表した。職業紹介機関、能力開発機関等のほか、 企業がその労働者に対して行うキャリア形成支援としても重要性を増すと考えら れる。
 なお、アメリカにおいては、こうした個人のキャリアに係る指導・助言活動を「キャリア・カウンセリング」と呼称している。我が国においては、「カウンセリング」という用語が心理的な療法を想起させる面が強いことを考慮し、上記研究会において、労働市場における職業キャリアの方向づけに係る相談・指導・助言を表す用語としては、「キャリア・コンサルティング」を使うこととしている。

 また、顧客ニーズの急激な変化や商品サイクルの短縮化等により職務内容も常に変化していくことが予想され、節目におけるキャリア・コンサルティングだけでなく、日常的な仕事スタイルと本人の思考・行動特性とのマッチングや仕事の拡げ方等、日常的にキャリアをコーチしてくれる存在も重要となってくる。

(自己啓発の機会の確保)

 これまでの企業内における能力開発は、新入社員研修や課長研修等の企業主導の階層別研修中心であったが、近年は、労働者の選択型の能力開発の実施や自己啓発の支援の方向に向かっている。
 但し、労働者の意識の中で自ら勉強しようというという意欲は数値的には高くなっているものの、実際には時間の確保の困難さや金銭面の問題、情報の少なさ等のため自己啓発として教育訓練を受ける率は低いものになっている。
 時間については、特に長期の教育訓練休暇制度の普及は低率(1割以下)にとどまっており、導入している企業も半数は1ヶ月未満であり、大学、大学院等でのリカレント教育を受けられる仕組みになっていない。
 また、特に、問題となるのが、情報面での不足であり、仕事や教育訓練に関する情報自体の不足のほか、企業の求める人材要件や能力を修得した後の処遇が明確でないこと等が、自己投資として能力開発に向かうことを躊躇させている。
 近年、社会人のリカレント教育として、大学、大学院等への入学が注目され始めているが、我が国において、専門的能力の格付けや能力開発後の処遇が企業内においても、社会的にも確立されていない。
 例えば、大学・大学院で勉強した後の「復職時の昇進・昇格」を配慮している企業は0%であり、また、「将来の昇進に配慮する」企業は10%程度に過ぎない(2000年神戸大学調査 一部上場1365社対象)。
 こうした実態のもと、大学や大学院で学ぶ目的については、能力の習得や資格取得以外に、キャリアのあり方を考える踊り場的な意味ありや人的ネットワークづくりとしての面が大きい。
 今後、知識社会が本格化する中で、社会人が高度な教育を受けられるようにするためには、企業側の送出しや受入れ体制の確立、専門的能力についての社会的な格付けの確立、大学側のカリキュラムの質の保障や社会人向けを含めた奨学金制度の整備等が必要になってこよう。

(変化への対応)

 近年の企業間競争の激化や急速な技術革新の進展、顧客ニーズの変化により壮年層の雇用やキャリアも不安定化し、絶えざる変化にさらされるようになってきた。
 こうした変化に労働者・個人のキャリアを対応させるためには、キャリアを流すのではなく、一定期間ごとに、キャリアを棚卸しし、今後のあり方を考えたり、勉強したりする機会を職業生涯の中に組み入れていくことが、益々必要になってくる。例えば、5年ごとに、長期教育訓練休暇を取り、キャリア・コンサルティングを受ける等によりキャリアを考えるとともに、能力開発をしたり、新たな体験や人的接触を図る等、キャリアの踊り場をつくっていくことも重要であると考えられる。
 また、労働者・個人が主体的に変化に対応していく上では失敗のリスクは避けられない。もともと個人のキャリアは、「山あり谷あり」「スパイラル」「いかだ下り」等と表現されるように平坦なものではない。職務内容の大きな変化や転職、転社などの変化も織り込んでキャリアを考えていく必要がある。労働者個人としてもキャリアを自分の知的財産として捉え、常に磨き、足りないものを補うような意識が望まれる。
 企業や社会も労働者・個人の主体的な取組みを受け入れるためには、「失敗」を許容し「敗者復活」、「迂回」、「回避」等を容認する懐の深い風土、環境を作り上げていくことが求められる。
 さらに、変化の激しい時代にあっては、企業の倒産やリストラによる失業や、技能、技術の陳腐化等によるキャリアブレイクが生じることも避けられない。しかし、こうしたキャリアブレイクが生じた時あるいはそれが生じる前に、次のステップを考えながら能力開発を行いつづけることにより、新たな環境に適応し、チャレンジできるような仕組みとしていくことが重要である。

ハ 中高年層のキャリア

 中年層から高齢層になるにつれ、職業キャリアの蓄積によって形成された能力(知識・技術、判断力、洞察力、人的ネットワーク等)を生かした働き方をすることや、蓄積を後代に引き継いでいくことが重要になってくる。
 また、個人のキャリアという点から、中高年齢期の働き方は、個人の健康、意欲、生活環境等に応じ、年齢や雇用形態にかかわらず、多様な働き方が柔軟に選択できるようにすることが理想である。

(高齢期の活力ある働き方)

 我が国の高齢者の働く意欲は、国際的に見ても高く、65歳以上の労働力率は、欧米諸国(1割程度)をはるかに超える水準(23.4%)となっている。
 特に、自営業者、中小企業労働者においては、生活上の必要性もあり、高齢者の労働力率が高い。
 人の職業能力は、高齢化によって、一律に衰えるものではなく、むしろ、専門的能力の蓄積、判断力、管理能力は上昇するとも言われている。こうした判断力、洞察力に加え、長年の職業経歴を通じて培った人的ネットワークを活かすことによって、多くの高齢者が現役で活躍し、社会貢献を果たしている。
 中には、画家、彫刻家等の芸術家や実業家に見られるように、80を過ぎても現役で活躍している者も稀ではない。
 こうした現役で活躍する高齢者に共通しているのは、総じて、諸々の環境・条件を克服ないし折り合いをつけつつも、自分価値にこだわり、自己実現の働き方をしているという点である。
 ある意味では、自己実現と働くことが一体化することにより、本来持っている真価を発揮していると言えよう。
 このように、キャリアを積み重ねた高齢期において、個人が益々真価を発揮し、社会貢献を行えるようにしていくことは、個人の主体的なキャリア形成を促進する重要な目標である。

(年齢にかかわりない働き方)

 高齢者の能力を生かして、主体的に働いていく上で問題となるのは、働く年齢の上限の問題である。
 日本の高齢者の高い就労意欲に応じて、能力を生かした働き方を進めていくことは、本人が健康で活き活きと生きる上では勿論、社会的にも少子化により、今後労働力不足が顕在化する中で、社会の活力維持にとっても重要である。
 定年制は、ある意味で、これまでの一律かつ集団的な働き方の象徴的な制度であり、今後は、基本的に本人の能力・意欲と健康に応じた年齢にかかわりない働き方が模索されるべきであろう。
 他方、定年制は、雇用保障や長期雇用のメリットを維持する上で重要な役割を果たしており、また、定年制がなくなった場合の雇用調整の方法、その前提としての公正な能力評価制度が確立されていない。現状では、定年制を維持しつつ、将来へ向けて企業において、能力・成果を基準とした処遇のあり方や高齢者が自己の意欲や能力に応じ、主体的に退職年齢を選択できる人事管理のあり方等のモデル的な取組みを進めていくことが重要であると考えられる。

(働き方の多様化と環境づくり)

 高齢者になると、個人の能力・意欲・健康の状態や住宅、年金をはじめとする生活環境には大きな違いが出てくる。働き方も、こうした違いに応じて、就業時間、場所、契約形態が選択できるようにすることが望ましい。
 例えば、就業時間については、年齢に応じて、次第に短時間労働に移行するような工夫があってもよい。また、勤労場所についても、職住接近のサテライトオフィスやITリテラシーの高い高齢者が増えることなども考えれば、今後在宅勤務やSOHOも高齢期の有力な働き方の一つであろう。
 さらに、契約形態については、勤務延長、再雇用をはじめ、多くの選択肢を用意するとともに、定年前からのコース選択の流れの中に位置づけ、モラールダウンを起こらないようにする配慮が必要である。
 これ以外にも、高齢者が能力を生かして働けるよう職務再設計や業務内容見直し、職場環境の整備や安全・健康管理の推進も忘れてはならない。

(地域・家庭とのバランス)

 これまでの定年制のシステムのもとでは、会社人間として忙しく過ごしてきた結果、定年後、特別な趣味や人的ネットワークもなく、家にひきこもる層も見られ、「濡れ落葉族」などという形容もなされた。こうした定年後のアイデンティティー喪失に陥らず、活き活きと老後の生活を送るためには、在職中から、職業生活と地域・家庭生活とのバランスをとる心懸けが大切であろう。
 在職中から、ボランティア活動等の地域活動を通じて、会社外の人達と接触し、独自のネットワークや趣味を持つことは、職業キャリアにとっても、視野を広げ、物事をいろいろな観点から捉える能力を育むことにもなる。また、加齢するにつれ、企業勤務から、こうした地域活動に、徐々に軸足を移し、企業勤務を終えた後は、地域活動に打ち込み、若年指導や地域貢献をする等の活動ができれば、単なる趣味に止まらず、高齢期の重要なキャリアのあり方の一つとしても考えることができる。
 こうしたことを考えると、今後、雇用以外の様々な働き方を認知し、就業環境の整備を図ることや、地域において、中高年齢者等が社会的に活躍できるような場をつくりあげていくことは、キャリア支援としても重要な意味を持つ。

○勤労者マルチライフ支援事業

 ゆとり、安心、活力ある勤労者生活の実現のためには、職場・家庭・地域生活のバランスを保つ必要がある。このため、近年、ボランティア活動などを通じて地域社会に積極的に参加したいと考える勤労者が増えている。しかし、現状では、時間的な制約や情報不足、きっかけがつかめないといったことから、そうした活動に参加している勤労者は決して多いとはいえない。
 そこで、厚生労働省では、勤労者がボランティア活動に参加しやすい環境づくりを目的に、平成13年度より、茨城、群馬、東京、神奈川、長野、愛知、京都、大阪、兵庫、広島、山口の11都府県において、「勤労者マルチライフ支援事業」をスタートした。
 具体的には、各地の経営者協会やNPO・ボランティア支援団体に、本事業の中心となる「プロジェクト・マネージャー」を配置。両者の連携の下、ボランティア活動を希望する勤労者に受入先を紹介するほか、各地のボランティア情報を収集し、インターネットを通じて提供する(「勤労者ぼらんてぃあ・ねっと」http://www.volunteer-net.jp)、地域のNPO・ボランティア関係者や労使、有識者等の参加により地域推進協議会を開催し、地域の実情に合った事業運営の方法を議論する等の活動を進めている。
 仕事とボランティア活動等社会活動の複線的生活は、勤労者の生活の幅を広げ、退職後の生きがい対策にもつながる。厚生労働省では、本事業がボランティアを希望する勤労者の受皿となるよう、事業の各地域への定着を目指している。

3 企業側から見た労働者のキャリア形成のあり方

(1)経営人事管理の新たな動向

 企業を取り巻く経営環境は、IT化を中心とする技術革新により、需要や顧客ニーズが急激に変化し、それに対するスピードある対応が求められるとともに、既存の産業組織、企業系列等が変容し、経済がグローバル化する中で、中小企業を含め、全体として厳しい競争にさらされている。
 また、コーポレートガバナンスが次第に浸透する中で、市場における株主価値を高める方向での業務運営や短期的な成果が求められる傾向も強まっている。
 さらに、IT化の進展に応じて、情報を体系化した知識の共有や蓄積した知識の相互作用による知識の創造により、業務の効率化や新たな商品・業務の開発を図るべく、職務や組織、業務プロセス、外部組織との連携のあり方を見直す動きも出ている。
 こうした経営環境の中で、企業は、事業の収益性、成長性、知識や技術の活用の観点から事業の見直しを進めており、コア業務を中心とした「事業の選択と集中」がキーワードとなっている。

(事業の選択と集中)

具体的には、

(1) これまで規模拡大を目指してきたグループ経営について、グループ内での経営資源の最適配分の実現、効率的な利益の生み出しを図る観点から、コア事業を強化するための合併・提携や非コア事業からの撤退の動きが生じている。
(2) 特に、市場への柔軟で迅速な対応や連結会計制度のもとで自立した収益率の高い経営を図る要請から、分社化とりわけ経営に関する大幅な権限が委譲されるカンパニー制の採用を進め、自立的な活動を促す一方、本社については、戦略的役割や監督的役割に専念する動きが強まっている。
(3) また、近年、事業見直しと並行して業務のアウトソーシングが盛んとなっているが、その内容も物流・施設管理、点検・保守等の補助的業務や情報処理、システム開発の分野だけでなく、最近では、人事、経理、研究開発、経営企画などの業務にまで広がっており、単に、非中核業務を効率性の観点からアウトソーシングするだけでなく、自社にない優れた外部機能を取り込むことにより新たな付加価値を創造する戦略的なものも現れている。
(4) このほか、戦略的に経営を進める観点から、知識の共有と創造を核として事業の高付加価値化を図る知識経営(ナレッジマネージメント)や付加価値を生み出す活動の流れと連携の連鎖(バリューチェーン)を企業内外を通じて事業間の連携や活動の共有により効果的につくりあげることにより、競争力を強化しようという動きも見られる。

(組織の変化)

 こうした経営戦略の中で、従来型のピラミッド型の階層的なシステムは、人口構成の変化に伴うポスト不足や年功序列人事の弊害に加え、より抜本的な問題として、顧客ニーズ、需要の変化に対し、柔軟かつ迅速な対応に向いていないこと、等により崩壊しつつあり、市場変化に対応するための新たな企業組織のあり方が模索されている。
 具体的には、企業内組織が階層的なピラミッド型からプロジェクト方式等水平的なフラット型に移行するとともに、企業自体、上記のように分社化、カンパニー制、持株会社形態の採用を進めるものが多くなっている。
 カンパニー制や分社化が進むとともに、時価会計や、連結決算が重視されることにより、分社化された会社や組織も、収益性、競争力を持つこと、すなわち自立し、需要に柔軟に対応できることが求められるようになっている。こうした経営戦略の変化やそれに応じた経営組織の変革は、労動者のキャリアのあり方にも影響を与えている。

(2)企業内のキャリアのあり方の変化

イ 大企業を中心とする企業内の動向

(個人主体のキャリア形成)

 技術革新の急激な進展や需要・顧客ニーズの変化、知識経済の進展等に伴い、労働者に求められている職業能力の内容やキャリアのあり方自体が急速に変わりつつあり、あらかじめ割り当てられた職務への習熟から変化への対応や問題発見・解決能力が重視されるようになってきた。
 加えて、上記のように企業組織について、ピラミッドが崩れ、フラット型や自立した柔軟な分散化した組織が求められるようになり、これまでのように企業が需要動向の見通しを持ち、労働者のキャリアを的確にコントロールすることが困難になりつつある。こうして、求められる職業能力の面からも、組織面からも、労働者のキャリア形成については、全体として、企業主導のものから、次第に個人の主体性を重視する方向に向かいつつある。
 企業としても、上記のような経営環境もとで、労働者の主体性を尊重したキャリア形成の促進を図ることが労働者のモチベーションを高め能力の発揮による業務の効率化につながるという面がある。

(キャリア支援)

 キャリア面で、近年、企業が特に力を入れているのが経営幹部候補層のキャリア形成である。経営が維持から変革に替わってきたことやスピードが要求されることに伴い、自己選択の教育プログラム等の導入を積極的に図っているところが多い。
 他方、企業から外に出ていくキャリア支援として早期退職制度も、近年、多くの大企業で取り入れられている。定年前に早期退職を選択する場合に、(1)退職金割増、(2)能力開発休暇、(3)情報提供、研修、カウンセリング等を提供する仕組みであり、中堅層の人事多様化という面と、人員削減という面も少なからず持っている。
 また、こうした早期退職制度等の導入に併せ、40代、あるいは50前後から、第二の人生へ向けての意識づけを図ったり、人事の複線化を図ることにより、退職形態の選択がモラールダウンを起こさず、自然になされるよう工夫を行っているところもある。

(社内公募制)

 さらに、最近は、こうした特定の層に限らず、需要構造の急激な変化に伴う社内の技術技能のミスマッチ対応や人材の活性化や潜在能力強化するために社内公募制を導入するところが、徐々に増えてきている。

○「社内公募制」「FA制」

 成果主義の導入等を背景として、社員の自主性を引き出し、潜在能力を発揮させる手段として、「社内公募制」や「FA制」が注目されている。「社内公募制」とは、会社が必要とするポストや職種の要件をあらかじめ社内に公開し、応募してきた者の中から必要な人材を選抜する仕組みである。他方、「FA制」とは、社員が自らの過去の経歴や能力、希望する職種や職務を登録し売り込むものであり、その情報をみて、受入れを希望する部門がその社員と面接し、選抜する仕組みである。
 会社側からみた場合、社員の意志を踏まえつつ配置・異動を行えば、社員のモラールの向上が期待できる。他方、社員側からみた場合、右肩上がりの成長が望み難く、「会社人間」的な生き方が困難になっている今日、自分のキャリアを思い描けるようにすることが重要になってきている。「社内公募制」や「FA制」は、こうした会社側・社員側双方のニーズに応える仕組みであるといえる。

 社内公募制度や社内FA制度が機能するためには、職場における理解、意識改革や、ポストに必要な能力要件の明示、権限委譲、研修制度との組み合わせ、カウンセリング制度や人事の適切な調整等が重要となっている。
 また、社内公募制度等の重要なインパクトとして、従業員が納得感のもてるポストにつけること、さらには、従業員は、希望するポストについた以上、新しい職場で成果を上げることが迫られる一方、上司も、部下による評価がかんばしくなければ逃げられてしまう等の緊張感にさらされることにある。
 このような意味で、成果主義と公募制度等が有効に組み合わされるとこれまでの日本的経営に風穴をあけ、労働者の主体性尊重、実力主義の新たな風を吹き込む可能性を持っている。

(社内流動化)

 これまで、大企業では、ローテーションで人事異動を行い、スキルチェンジをこなし、キャリア形成、社内流動化を進めてきた。
 しかしながら、近年、業務内容の変化やそれに応じた事業構造改革により、事業内の配転は、より頻繁かつスピードが増す一方、社内流動化について、限界も生じつつある。
 例えば、会社内の配転について、人材の高度化、専門化が求められる中で、人材の専門性が高まれば高まるほど配転が困難である。さらに、分社化されている場合には、ベーシックな人事制度は共通としても、業績評価等を中心に、次第に、独自の人事システムが採り入れられ、本社と関連会社間の流動化に困難な面が生じている。
 また、業務の自立性が高まる中で、個人の要望を無視して、一方的な配転を行えばモチベーションが下がり、効率的な業務の遂行に支障をきたす等の問題があり、配転に当たっても自己選択の余地を入れる等の工夫が重要となっている。その意味で、上述の公募制等は、自発的な社内流動化を促進する手法として有効であり、また、社内流動化を通じて雇用の安定につながっているとの報告もある。

(能力開発・人的投資のあり方の変化)

 能力開発については、近年、企業の投資が減少していたが、最近、再び力を入れるようになってきている。内容的には、企業主導の職階的な訓練から、個人の選択による訓練に重点が移っている。
 しかしながら、今後の職業能力開発のあり方については、人材の流動化が進む中で、企業により意見が分かれるところであり、人材育成に力を入れる企業がある一方で、人材育成より外部の即戦力志向を強める企業もある。
 もっとも、中長期的に見ると、外部の即戦力に頼る企業は、人材を惹きつける魅力づけ(Bployment-ability)が乏しくなり、かえって高い賃金の支払いを余儀なくされ、次第に衰退していく反面、人材育成を強化する企業は、部分的に外部流出があるとしても、結果的に優れた人材を惹き寄せ、さらに強くなる等、人材投資に対する対応により、二極分化が進む可能性がある。

(企業のコミットメントとキャリアの二極分化)

 企業は、収益性、成長性、技術力等を基準として選択と集中を進めつつあり、全体として、中核的な業務や暗黙知や企業固有の知識に依存する分野については内部化を強める反面、非中核的業務や標準化される業務については、外部化を進める傾向にある。
 その結果、後者については、企業間のコラボレーションやアウトソーシング、下請け業者の活用、フランチャイズ化など外部化が進展している。
 こうした業務の二極分化に応じて、中核的業務に携わる知識労働者については早期に選抜し、能力開発投資やストックオプション等コミットメントを強める反面、アウトソーシング等外部化した分野に携わる者については、配置転換でやりくりするほか分社方式や共同会社方式、出向の形態による人員移籍方式などを実施する企業も増えている。
 これらの結果、非中核的労働者や標準化された知識に携わる労働者については、個別企業による教育訓練投資がなされなくなる可能性があり、こうした標準化された知識や業界共通の知識については、企業同士の協力や業界による能力開発の仕組みを考えていく必要があろう。

(分社化と人事管理の変化)

 分社化や事態に応じた現場への権限委譲により、関連会社や現場組織は、本社のコントロールから離れ、自立した経営方針を立て、実行していくことが求められる方向にある。
 したがって、各事業ごとに、それぞれの分野における市場との競争関係のもと、成長過程に応じた昇進昇格のあり方や人事労務管理システムの修正が求められるようになっている。
 このような状況のもと、本社を中心とした単一の横並び人事制度に限界がきており、今後、業種業態に応じた人材要件の違いに応じ、採用業務や業績評価等についても各カンパニーや組織に委せていく方向にある。

ロ 中小企業におけるキャリアの動向

(中小企業における労働者のキャリアの特質)

 中小企業は、極めて多様であり、企業規模、業種・業態等により、労働者の仕事の仕方、キャリアのあり方も異なっている。
 例えば、企業規模別に見ると、中規模以上の企業であれば、企業の組織化や仕事のシステム化が図られ、職務分担も明確な場合が多いが、小・零細規模になると、組織化されているところは少なく、概ね職務分担も不明確であり、状況に応じて仕事を皆で手分けして行う態様のものが多い。
 こうした特質から、中小企業労働者の職業能力の発展やキャリア形成のあり方は、総じて様々な仕事の経験を通した実践力の蓄積であり、あらかじめ明確なキャリア意識に基づくものではなく、むしろ、環境条件に左右されながらも、仕事をこなす中から次につながる新たなキャリア展開を図っていると言えよう。
 また、中小企業の分野においては、職人のように企業を渡り歩きながら、能力形成を行い、独立開業する例に見られるように、自営と労働者のキャリアの区別は明確でなく、むしろ、混然一体となった労働市場を形成している。
 反面、上記のような中小企業における労働やキャリア形成のあり方は、大企業の組織化されたシステムの下でのキャリア形成とは異質であり、産業構造の大きな変動や系列・下請けの仕組みの崩壊が進む中でも、未だ、大企業と中小企業間相互の労働移動は限られている。
 なお、近年、従来型の中小企業だけでなく、ベンチャー企業やSOHO等の形態も増加しつつあり、こうした担い手は大企業等からの転身組も多い。

(最近の動向)

 経済のグローバル化や産業構造の変動が進む中で、製造業、サービス業を問わず、選別と淘汰の動きが中小企業を直撃しており、規模が零細である程、収益性の悪化が目立っている。
 このため、中小企業の中には、廃業に追い込まれるところやリストラにより経営規模の縮小を図るところも多く、こうした原因による労働移動が増えている。特に、最近は、製造業からコンビニやガソリンスタンド等のサービス業に移動する者が目立っており、雇用形態もパート等の非正規雇用の形態が多くなっている。
 また、新卒の採用動向について見ると、従来は、新卒採用ができないために、やむなく中途採用を行ってきたが、近年、大企業が採用を控える中で、定期的な新卒採用も可能となっている。
 しかしながら、新卒の労働力としての質の問題や定着率の悪さ等の事情もあり、最近では経験を積んだ即戦力を中途採用する動きがむしろ強まっている。全体として、中小企業が、人材育成に手間をかけることを嫌うようになっており、激しい環境変化に対する迅速な対応の必要性、リストラによる人員余力のギリギリまでの削減、若年層の労働力の質の問題等の諸要因が背景になっているものと考えられる。
 このほか、中小企業では、規模が小さくなるほど、定年制の制度化が図られておらず、高齢者の労働力率が高くなっている。特に、製造業の現場では、若年者の参入が減り、高齢化が急速に進んでおり、技能の継承や担い手の育成が大きな課題になっている。

(キャリア支援)

 なお、中小企業では、労働者の能力開発は、全体として、OFF−JTの割合が低く、OJTの割合が高い(資料6)。また、サービス業では、パッチワーク的に人を当てはめて業務をこなすタイプのものと、職域が広くキャリアを積めるものとがあり、後者については、能力評価を行い、キャリアアップを図っていく余地がある。
 中小企業労働者のキャリア支援については、能力開発や能力評価面での支援や企業を渡り歩くタイプのキャリア・アップについては、その道筋を見せる等の支援が必要であり、こうした点を中心に同業組合や中小企業団体によるサポートや社会的サポートを進めていく必要がある。

(3)企業内のキャリア支援の実態

 企業の経営・人事管理の変化の方向は、労働者の自立やキャリア形成における主体性尊重を目指す方向にあるが、実態はどのようであろうか。

(「従業員に求める能力」を「知らせる」仕組み)

 労働者が、企業内において、主体的にキャリア形成を進めていくためには、「従業員に求める能力」が従業員に知らされていなければならない。
 この点について、三和総合研究所の調査(「職業能力に関する調査報告書」(平成12年、規模30人以上、回収909社))によれば、約8割(「十分」21.3%+「ある程度」55.6%)の企業が、従業員に、「従業員に求める能力」を知らせていると考えており、従業員の方でも、約7割の従業員(「十分」18.7%+「ある程度」51.6%)が「会社・上司があなた(個人)に求める能力」を知らされていると考えている(資料7)。
 企業側は「従業員に求める能力」について、概ね、「人事評価制度の運用」(45.9%)、「全体の教育訓練計画」(35.7%)、「部門別の教育訓練計画」(33.0%)を通じて従業員に知らせていると考えている(資料8)。
 他方、従業員側においては、「人事評価制度の運用」(35.7%)のほか、「個人別の目標管理シートや能力開発シート」(28.3%)を通じて知らされていると考えている(資料9)。

(キャリア形成の主体)

 キャリア経営を従業員が主体的に考えているか否かについて、富士総合研究所の「能力開発等の活動に取り組むための長期休暇制度の導入促進に向けた調査研究報告書」(平成12年、規模100人以上、回収1099社)によって見ると、企業側の調査では、「8割以上の従業員がキャリア形成を主体的に考えている」とした企業はわずか8.5%であり、逆に、そういう従業員はほとんどいないとした企業は、15.8%であり、半分程度と考えている企業が31.8%、1/4程度が41.4%となっており、大半の企業が、半分から1/4程度の従業員が主体的にキャリア形成を考えているとしている(資料10)。
 他方、従業員の調査をみると、「○年中にこれをする」という具体的な形で今後の職業生活を考えている者はわずか8.7%であり、「漠然と考えている」(49.2%)、「考えようという気持ちはあるが、実際は考えていない」(35.5%)、まったく考えていない(5.4%)となっており、明確な形でキャリア意識を抱く者は少ない(資料11)。

(キャリア支援)

 まず、キャリア開発研修について、前出の三和総合研究所の調査により、企業側の考え方を見ると、「大いに必要である」(15.3%)あるいは、「ある程度必要である」(59.6%)とすることから分かるように、2/3の企業は「必要である」と考えており、そのニーズは大手企業ほど強い(資料12)。対象層として考えているのは、中堅社員や係長クラスであり、若手社員と管理職クラスに対するニーズは小さい。
 次に、キャリアについての相談の状況をみると、「十分」ないし「ある程度」「受けることのできる」労働者の割合は、34.3%であるが(資料13)、相談相手は、ほとんど上司、先輩、同僚であって、キャリア・コンサルティングの専門家は5〜6%(M.A.)に過ぎない(資料14)。同様に、企業側についても、キャリア相談が「十分」ないし「ある程度」「できている」割合は17.1%、特に、「十分できている」は0.4%に過ぎない(資料15)。
 より専門的にみると、企業が従業員にキャリアプランの提示機会をどのように準備しているかということについては、多くの企業がすべての世代にわたって定期的なミーティングを通じて対応している。キャリアデザイン研修などの研修を設けているところは、専門職で3.7%、総合職5.4%、管理職5.6%程度。キャリア・コンサルタントなど外部の専門家を活用するというのは管理職でも1%程度で、企業の中に浸透している状況ではない(資料16)。

(自己啓発)

 自己啓発について、平成11年の労働省「民間教育訓練実態調査」(規模30人以上の事業所、回収事業所票1953件、従業員票5339件)によりみると、平成10年は56.4%の労働者が実施している(資料17)。実施方法については、「図書の購入や図書館の利用など独力で実施」という回答が最も多く(40.8%)、次いで「会社の主催する研修会・勉強会」(37.4%)、「通信教育講座」(34.1%)、「会社以外の研修会・勉強会」(29.5%)の順になっている(資料18)。
 自己啓発に要した費用に対する会社からの金銭的助成額の割合については、「助成を受けなかった」という回答が42.2%と最も多く、次いで「全額助成を受けた」が26.5%となっている(資料19)。

(社内公募制)

 前出の三和総合研究所の調査によると、社内公募制度を実施している企業は10.0%であり、今後、実施を予定している18.5%と併せると、28.5%の企業が社内公募制度に積極的である。この割合は、規模が大きいほど多く、業種では、「卸・小売・飲食店」「サービス業」で多い(資料20)。
 社内公募制を実施する(予定を含む。)理由(M.A.)については、「従業員の意欲ややる気を高めたいから」(84.6%)が断然多く、そのほか、「適切な人材を見つけやすいから」(45.9%)、「従業員に自分自身のキャリアを考えさせるため」(30.1%)、「管理職の意識を変えたいから」(25.9%)、「配置の柔軟化をはかるため」(21.2%)となっている(資料21)。
 「適切な人材を見つけやすいから」は、既に実施している企業で多く(60.4%)、逆に制度を導入しようと予定している企業で最も多いのは、モラール上の理由であり、「管理職の意識を変えたいから」(35.1%)が典型である(資料22)。

(能力開発と休暇制度)

 能力開発のための休暇制度の活用については、前出の富士総合研究所の調査によると、36.7%の企業が「既存の休暇を利用するように指導している」と答えている。
 能力開発のための特別な休暇を用意している企業は3.1%、休職扱いにする企業は、6.0%であった(資料23)。

4 キャリア形成に係る政策展開

(1)視点

 我が国は、資源の乏しい中で人材こそが最も貴重な資源である。その貴重な資源である個々の人材の能力・個性を引き出し、活性化できるか否かが、今後、我が国が国際社会において生き抜いていくための重要な鍵である。
 これまでの我が国においては、大企業を中心とする一律かつ集団的な働き方のシステムが、時代の要請に適合し、労働者の能力を引き出すことに成功した。教育の在り方も、こうした働き方に合致した仕組みとなっていた。
 しかしながら、2、3で述べたように、急激に経済社会環境が変化し続ける中で、もはや、こうした労働・教育にまたがる集団的システムはそのままでは、通用しなくなっており、新たな仕組みを模索していく必要がある。
 こうした中で、既述したように、個人の主体的なキャリア形成を進めていくことが、新たな仕組みを考える上で重要な鍵となろう。

(個人主体のキャリア形成支援の論拠)

 これまでの職業能力開発政策は、全体として個人のキャリア形成に着目する政策的視点は比較的薄く、主として、企業の行う労働者に対する能力開発に対する支援策や、離転職者、中小企業労働者等を対象とする公的職業相談、公的教育訓練サービス等の提供が政策の中心であった。
 しかし、これまで述べてきたような労働者を取り巻く状況の変化に伴い、労働者・個人のキャリア形成を支援することが政策的にも益々、重要性を帯びてこよう。したがって、今後、本格的にキャリア形成支援策を進めるに当たって、何故、自助にまで支援を行うかの論拠を明確にしておく必要がある。
 この点については、

 第一に、経済環境が激変し、産業構造が変化し続ける中で企業倒産やリストラによる失業も含め、労働移動の動きが加速しており、キャリアや雇用のあり方について、企業まかせではすまなくなっている。このため、雇用のセーフティーネットの観点から、個人主体のキャリア形成支援を通じて、労働市場における個人の雇用可能性を高めていくことが求められるようになってきた。

 第二に、失業者が多数発生し、その最大の要因の一つとして職業能力のミスマッチが挙げられている。こうした職業能力のミスマッチは、技術革新に伴う産業構造や職業構造の転換によるものであり、継続的に変化が生ずる中でミスマッチの解消を図るためには、単に能力開発を行うだけでは足りず、そもそも、職業ニーズの動向と個人のキャリアの方向を定期的に摺り合わせていく仕組み、すなわち、個人のキャリア形成を支援する仕組みを社会的に組み込んでいかなければならない。さもなければ、キャリアの陳腐化や中断により、社会的にも人材の浪費や枯渇を招くことになりかねない。

 第三に、近年、変化に富んだ知識社会を迎える中で、雇用主の指示に従って、従属的に働くだけでは、時代への対応や新たな付加価値を生み出すことは困難となっている。こうした社会の中で、経済の活性化を図り、雇用を生み出していくためには、その担い手たる個々の労働者についても、自らのキャリアを構想し、能力を磨くとともに、仕事に積極的に関わり、新たな価値を生み出すような自立した姿勢が求められることとなろう。その意味で、こうした経済社会環境のもとにおいては、個人の主体的な取組みは単に自助に止まらず、企業(共助)ひいては、社会(公助)の活性化に直接影響を与えるものとして、政策的に支援する意味が生じている。

 第四に、豊かな長寿社会を迎える中で、働く意識においても職業は、単に生活の糧を得るための手段というだけでなく、自己実現を図るための手段という性格が強くなっている。働く人々が実社会の中で、それぞれに応じた夢を持ち、職業キャリアの中でそれを実現することにより社会貢献を果たせるようにすることが、そもそも、豊かな社会の目標でもあろう。

(キャリア形成支援の手法)

 個人主体のキャリア形成と言っても、全く個人だけでできるわけではなく、置かれた環境との相互作用のもとで、個々人のキャリアが形成され、発展するものである。
 例えば、企業の中で、個人主体のキャリア形成を行おうと思っても、使用従属関係の明確な集団的・一律的な労働システムが支配する中では、困難な面がある。企業の中に、こうした個人の主体的な働き方やキャリア形成を受容する環境やシステムの存在があって初めて個人主体のキャリア形成が可能となる。
 また、企業を離れても、個人だけでは的確なキャリア形成を行っていくことが困難であり、適切な職業情報の提供やキャリアに係るアドバイス、能力評価の仕組みや能力開発の適切な受皿が存在し、かつ、利用しやすくなっていることが条件となろう。
 こうした意味において、個人の主体的なキャリア形成を支援するための政策は、大別すると次のような手法に分かれる。
 第一に、直接、個人に対する支援である。
 例えば、個人が的確なキャリア形成を行えるよう情報提供やキャリア・コンサルティングを行うことや、個人が能力開発を行う上での隘路(金銭、時間等)を取り除くこと等である。教育段階や若年期のキャリア準備の支援もこれに含まれる。
 第二に、企業を通した支援である。
 これには、企業が行う自己啓発や主体的なキャリア形成の援助に対する直接的支援と、個々の主体的なキャリア形成を可能とする人事経営システムや環境の醸成、バックアップ等が考えられる。
 第三に、個人が自立してキャリア形成を図れるような労働市場づくりやインフラの整備である。
 この中には、上述のようなインフラの整備のほか、能力評価のための統一的な共通言語の問題や職種や職群をくくりとする横断的市場の可能性をも検討する必要がある。
 以下、順次、こうした問題について検討する。

(2)教育・労働政策におけるキャリア準備支援

 職業生涯がますます長く変化に富んだものとなることが予想される中で、学校教育も、長いキャリアの準備期としての性格が求められる。また、労働者・個人の能力開発も生涯教育という観点で捉える必要がある。生涯の職業キャリアを展望すると、教育施策と能力開発施策は密接な関連をもってなされなければならない。

(学校教育におけるキャリア準備)

 キャリア準備としての学校教育においては、まず、社会人としての職業能力の基礎になる学力や規律、マナーといった社会生活上の最低限のルールを身につけることが求められる。また、職住分離し、社会が複雑化する中で、早期から職業に関心を向け、職業意識を涵養することが益々重要になっている。特に、総合学習の時間等を活用した職業に触れる場の設定として、インターンシップの効果的実施等の体験学習や職業人との直接コミュニケーション等が考えられる。今後企業との連携によるこうした様々な取組みが模索されるよう行政は、積極的にバックアップしていく必要があろう。
 また、学校教育の近年の傾向として、大学進学者が急増(45%)する反面、高卒就職者が先細り傾向(18%)にある(前出資料1)。大学入学が容易となり、大学で学ぶ意味が改めて問われる。むしろ、若年層のキャリア意識強化という点で、高校等で時代に合った実学を身につけ就職するルートの強化や大学において実践教育に力を入れる方策を探る必要があろう。
 さらに、複雑化した社会の中で、就業時期と就労時期を明確に区別すること自体困難になりつつあり、高卒者や大卒者で、就労後離職するものや無業者、フリーター等が増えている。これらの者に必要に応じ、追加的な教育や補習的な教育を簡易に受けられる仕組みを学校、民間教育訓練機関、能力開発機関等の協力により作り上げることを本格的に検討すべきである。

(就職システム)

 経済環境等の変化に伴い、企業の求める人材像は大きく変化してきており、従来の学校と企業の間における慣行に基づく職業紹介システムは、ともすれば、学業成績等に偏った選考になりがちであり、今日のように新規高卒者の厳しい雇用情勢の中では様々な課題を生じてきている。また、大卒についても、次第に専門的な能力が問われるようになってきた。
 その意味では、指定校制、学内推薦、一人一社制等の従来の一律の紹介システムを改めるだけでなく、積極的に個々の学生に自立と職業意識の喚起を促す新たな仕組みが求められている。具体的には、就業情報を提供しつつコンサルティングを行い、自立意識をもたせることや、常日頃から職業に関心を持ち、必要な専門能力を高められるサポート体制を築くことが重要である。とりわけ学校におけるキャリア・コンサルティング技法の開発とそれを担う人材の育成は急務である。さらに、大学において、OBやゼミ、サークル等の学生仲間のネットワークを活かした学生による主体的な情報交換の場を設けて成果を上げている例もある。生の情報に接することの少ない学生にとって就職のための有効なツールとなりうる。
 就職に際しては、勿論、学生、学校にとって最も不足しているのは、企業が求める人材像や実際の職場に関する生の情報である。大学においてはこれまでの就職あっせんシステムが崩れ、企業側との個別的なマッチングが課題となってきただけに企業側も求める人材像を明示し、そのスペックを学生や学校に積極的に呈示していくことが求められる。
 また、そもそも、労働市場に出て働くということは、労働市場の一主体になることを意味するものであり、働く際に最低限知っておくべき基礎知識として、労働に関する法律関係(労働基準法、労働契約)や保険制度(雇用保険、社会保険)さらには、労働市場の状況等を心得ておかなければならない。就職に際して、講習等を通してこうした知識や心構えを身につけておくことは、自立の促進となるばかりでなく、企業選択のミスマッチやトラブル防止にも役立つであろう。
 なお、人材スペックの提示に関連して、イギリスでは、後述のようにNVQという国家の職業資格制度があり、このうちの基礎的なレベルの資格は、学校修了時の取得すべき職業能力の目安の資格として機能している。今後、企業の求める人材像についても、こうした評価制度の中に取り込み、学校や学生の目標としていくことも一つの方策である。

(無業者、失業者、フリーター等への対応)

 無業者、失業者、フリーター等について、キャリア・コンサルティングや必要に応じた、能力開発や体験学習等を講じていくことが重要であることは言うまでもない。失業者については、既にハローワーク(公共職業安定所)における職業相談等を踏まえ、必要に応じ様々な教育訓練を受けられる仕組みができており、最近は、トライアル雇用や、事業主委託訓練などの手法も取り入れられている。
 しかしながら、ハローワークに来ない無業者やフリーターについては、こうした機会が欠けている。お仕着せでなく、職業について仲間と話をする環境をつくることが大切であり、お互いに集まって、あるいは、ネット上で職業に関する情報交換をしたり、先輩や知人の話を聴いたり、簡単なカウンセリングを受けられるような場や仕組みを工夫していく必要がある。

○「ピア・カウンセリング」「ジョブ・クラブ」

 ピア・カウンセリングは、カウンセリングの専門家が求職者等に対して行うものと異なり、境遇や環境を同じくする者同士が相互にカウンセリングを行うことを意味するものである(ピア〔peer〕とは、英語で、仲間、同僚の意)。職場の同僚がお互いに自らのキャリアの悩みや希望について語らい、アドバイスし合う場合や、求職者同士が励まし合いや情報交換をする場合などは、キャリアに関するピア・カウンセリングの代表例であるといえる。
 「ジョブクラブ」とは、こうしたピア・カウンセリングの要素も取り入れた就職援助手法であり、求職者がグループで行う自主的な求職活動を、活動場所や活動資源(電話、文房具、新聞など)の提供、専門家によるアドバイス等により支援するものである。1970年代初期にアメリカで開発され、イギリスでは80年代半ば以降公共職業安定所の有力な支援メニューとなっている。我が国では、中高年齢求職者向けの「キャリア交流プラザ」事業(平成11年度より実施)においてジョブクラブの手法が採用されているが、若年者求職者等へのこうした手法の活用は今後の課題である。

 フリーター生活が、漫然と長期に及ぶことは、キャリア形成上問題であろう。しかし、フリーターになる若者は、働くこと自体ではなく、正社員としての拘束的な働き方を嫌っている面もある。SOHOや起業等も含め、多様な働き方を認知し、こうした方面でキャリアが積めるようにする工夫も必要であろう。
 フリーター現象の裏には、アルバイトがサービス業の不可欠な労働力となり、需要も多いという状況がある。フリーターをアルバイトとして使う使用者に対しては、キャリアアップとしての社員や店長へのキャリア開発の途を聞いたり、アルバイトが一定期間にわたる場合には、今後の職業生活のあり方を考える機会を与える等キャリアについての指針を設け、誘導することも考えられる。

(3)労働者個人の支援

 労働者のキャリア形成を支援するためには、後述の企業による支援の推進に併せて、直接、労働者個人に対する支援を行っていくことが必要である。
 これは、企業の支援を受けられない中小企業労働者や離転職者、無業者、フリーター等だけでなく、大企業等の労働者であっても、企業による支援を補足する自己啓発や情報といった面、さらには、市場横断的な能力開発や評価を受ける機会の確保という点で意味がある。
 労働者個人に対する直接的支援としては、大別すると、情報やキャリア・コンサルティングによる支援、金銭面での支援、能力開発や能力評価面での支援が考えられる。また、多様な働き方の認知や条件整備さらには、労働市場自体の整備等は、間接的に労働者の働き方を支援することにもつながる。

(情報、キャリア・コンサルティングの提供)

 職業等の情報の提供やキャリア・コンサルティングの公的な機会の確保は、現在、ハローワークや雇用・能力開発機構都道府県センターにおいて離職者、求職者を主たる対象になされている。
 これらは、後述のようなキャリア・コンサルティングシステムの整備に先立ち、暫定的な形で、職業選択に係るものについては、ハローワークで、能力開発に係るものは機構都道府県センターでそれぞれ実施されている。また、離職後、再就職に至るまでの職業等に係る情報の提供、相談、能力開発、職業紹介の各サービスが密接な連携のもとに一体的に提供されるようハローワークにキャリア・コンサルタントを置くなどの措置を進めている。
 また、これら公的施設に立ち寄らない無業者やフリーターについては、お仕着せではなく、職業について、仲間同士のネットワークをつくり、情報や意見の交換をしたり、先輩や知人の話を聴いたり、簡単なカウンセリングや相談を受けたりできるような場や仕組みを工夫する必要がある。

(能力開発等に係る援助)

 能力開発等の受皿づくりは、後述するとおりであるが、労働者が自己啓発として教育訓練を受ける場合に障害となっているのが、主として情報、時間及び金銭的な面である。

(1)情報面の問題
 このうち、情報面の問題としては、雇用労働者の場合、企業の経営方針やポストの能力要件、教育訓練方針等の情報開示や配置、昇進、昇格等の基準さらには、能力開発後の処遇等を明確にすることも重要である。
 また、より根本的には、後述のように、労働市場における職業情報インフラや共通言語による能力評価制度の整備による「能力の見える」労働市場づくりが求められる。

(2)時間面の問題
 次に、時間面の問題として、教育訓練休暇制度の普及はかなり限られており、現状では、既存の年休等の休暇制度を活用して能力開発を行っている。
 こうした実態をみると、現実的なアプローチとして、失効した年休等を能力開発やキャリア形成に活用することが考えられてよい。
 またキャリアデザインという点からは、例えば5年に一度、休暇をとり、キャリアの棚おろしをし、今後のキャリアを考え、教育訓練給付等を活用して、能力開発を行えるような企業内の仕組みづくりも重要である。
 さらに、勤務時間終了後、能力開発ができるように、企業内において、教育訓練を時間外に受けている日については、優先的に時間外労働が免除されるような仕組みづくり等を推進する必要がある。その際、労働時間短縮を制度的に進めるための助成金(労働時間制度改善助成金)等を活用すると効果的である。
 なお、労働基準法施行規則第12条の6では、変形労働時間制の導入に際して、使用者は、「職業訓練又は教育を受ける者」については、これらの者が訓練等に「必要な時間を確保できるように配慮しなければならない」と規定していることが注目される。

(3)金銭面の問題
 金銭的援助については、その方法として、
イ 本人に対する直接の金銭的支援
ロ 教育訓練融資
ハ 能力開発促進税制
が考えられる。今後、個人の能力開発を支援するに当たっては、これらの政策をどのように組み合わせるべきかが課題である。
 イについては、雇用保険勘定を財源とする教育訓練給付制度が存在する。14年4月から教育訓練給付の対象講座について、趣味的なものを排除するとともに、教育訓練内容、出来上がり像等を明示し情報開示させること等を内容とする制度改革を実施している。今後、政策評価の徹底が課題である。
○「教育訓練給付」とは

 教育訓練給付制度とは、働く人の主体的な能力開発の取組みを支援することを目的とした雇用保険の給付制度である。
 一定の条件(一般被保険者であった期間が原則5年以上等)を満たす雇用保険の一般被保険者(在職者)又は一般被保険者であった人(離職者)が、厚生労働大臣の指定する教育訓練を受講し修了した場合その受講のために受講者本人が教育訓練施設に対して支払った教育訓練経費の80%に相当する額(上限30万円)がハローワーク(公共職業安定所)から本人へ支給される。
 対象となる職業訓練は、雇用の安定及び就職の促進を図るために必要な職業に関する教育訓練として厚生労働大臣が指定したものに限られる。情報処理技術者資格、社会保険労務士資格、簿記検定などを目指す講座など、働く人の職業能力アップを支援する講座が指定されており、指定講座については講座内容や受講料などの情報開示がインターネット等を通じてなされている。

 ロについては、低利融資として国民生活金融公庫の融資制度や民間金融機関における融資制度が存在しているが、現実には、これらの融資制度の活用のほとんどが、子女の教育費に充てられており、本人の教育費に活用しているものは限られている。我が国においてアメリカのMBAのような社会的な格付けや処遇アップにつながるような教育資格制度や長期休暇制度、転職市場を欠く状況で、融資を受けて、長期の勉強をする層は、現状では限られているが、今後、後述の社会人大学院等の普及に併せ、奨学金制度や利子補給等の制度のあり方を検討していく必要がある。
 ハについては、能力開発経費を所得控除する制度や政策減税として税額控除する制度が考えられる。
 税制上の基本的論点として、能力開発は、再就職のための能力開発のように将来投資的な性格をもっているが、税制は年度主義であるために、当該年度の職務に必要なものとして事業主の認めたものに限定されてしまう。こうした年度主義は、変化が激しく労働移動が活発化している実態にそぐわないものであり、少なくとも数年度間分を単位としてみるような幅広い考え方が必要であろう。
 なお、控除の具体的な方法としては、次のような仕組みが考えられる。aは、いくつかの先進国において、既に活用されている。また、bは、投資促進のための政策税制として注目される。

a 現在の給与所得控除を実額控除との選択制にした上、必要経費の範囲を労働者の自己啓発経費にまで拡大すること
b 現行の税制とは別個に、人的投資促進等の観点から、新たに自発的な能力開発促進のための政策的な税額控除制度を設けること

(多様な働き方の整備)

 経済のサービス化の進展等によって就業形態の多様化が進む一方、就業意識においても、若年層、女性、高齢層を中心にいわゆる正社員以外の働き方を選好する動きも出てきている。特に、パートタイマーは、正社員の減少の陰で大幅に増加している。職業キャリアの展開を幅広く考えると、これまでのような正社員としての働き方ばかりでなく、派遣、パート、有期労働、さらには、雇用以外にも、SOHO、自営(起業)、シルバー人材センター、NPO等様々な働き方を自らの適性や状況に応じて選択できるようにすることが望ましい。
 しかしながら、現実には、こうした多様な働き方が拡大する一方、特にパートと正社員の間において、職務の性格・内容による区分や処遇面、福利厚生面での不均衡が存在している。こうした区分や処遇条件の相違が、就業形態の性格の相違に基づく合理的な範囲のものであり、相互に転換の図れるものであれば、働き方の選択肢を拡げることにつながる。
 このように、就業形態の多様化を望ましい形で拡大していくためには、働き方相互の間で処遇に不公平が生じないよう、働き方の公正なルールづくりや社会保険制度等の改革を進める必要がある。しかも、こうしたルールづくりや改革は、特定の就業形態の間口を狭め、労働市場の不安定化や処遇条件の低下をもたらさないよう、正規従業員も含めた労働市場全体を視野に入れつつ進める必要がある。

(4)企業に対する支援

 技術革新や商品サイクルの短縮化、顧客ニーズの変化等に対応するための経営のスピード化等が要求される中で、新たな人事管理手法として、成果主義・実力主義、目標管理制度、さらには、社内公募制が導入され、キャリアルートの複線化等とも相俟って、キャリア形成における個人の主体性尊重の動きは強まりつつある。
 他方、日本型経営の特質と言われた「終身雇用」と「年功序列賃金」のうち、後者は崩壊しつつあるものの、前者は、なお、正規従業員の長期雇用という形で健在である。
 また、個人の主体性を重視したキャリア形成の動きが徐々に強まりつつあるとは言え、統計的に見ると、全体としては、未だ過渡期にあるに過ぎず、業種・業態によって取組みも異なっている。
 こうして見ると、従来の経営管理のやり方では通用しなくなっており、各企業は、新たな経営の仕組み・人事管理を模索している段階にあると言えよう。
 これまでの日本型経営には、組織まかせによる個性の喪失、滅私奉公的働き方などの問題がある一方、チームワークの良さ、長期的観点に立った能力評価と人材育成、長期雇用の保障によるゆとりと企業風土・文化の熟成等、多くの利点を備えている。
 こうした日本型経営を捨て去るのではなく、その利点を生かしつつ、成果主義、社内公募制をはじめ個人の主体性を尊重した新たな経営人事管理モデルをつくっていくことが望まれる。

(長期雇用型キャリア支援企業)

 こうした新たな経営人事管理のあり方が模索される中で、個人のキャリア形成の主体性を尊重し、その自己実現を支援することにより、個々人が能力を発揮することで組織の活性化を図る企業(キャリア支援企業)モデルを考えることができないであろうか。
 具体的な姿やその問題点は、今後の検討に委ねるとしても、その幾つかのポイントとして、次のような点をあげることができよう。

(1) まず、経営理念として、「人を大切にする」、「学習する組織を目指す」、「事業経営を通して社会貢献を果たす」等、個人や企業のあり方について明確な社会的位置づけをし、哲学を持っていることが重要である。
(2) 次に、こうした理念を実現するための制度的な面として、次のような点がポイントとして考えられる。
イ 経営・人事管理の目標・方針、ポストに求められる人材要件、キャリアルート、能力開発の内容を明確にし、従業員等に情報開示をしていること。
ロ 人材の能力評価方法・基準を明らかにしていること。例えば、目標管理や成果主義の基準を明確にしていること。但し、こうしたシステムを有効に機能させるためには、実際上、目標の設定方法や設定プロセスについての配慮や成果の計り方について、結果だけでなく、チームプレイやプロセスも加える等バランスのとれたものとすること等様々な配慮が必要であろう。
ハ 個人の主体的なキャリア形成を支援するツールを用意していること、例えば

イ キャリア・コンサルティング制度等キャリア設計を支援するための制度を設けていること。また、管理職や上司等のキャリア・コーチ的な役割も 重要である。

ロ 教育訓練休暇制度や自己啓発の仕組み、能力開発についての主体性の尊 重などが取り入れられていること。

ハ 自己啓発としての教育訓練が可能となるよう、金銭的支援や休暇制度も 含め時間的配慮がなされていること。

ニ 年金、退職金、住宅等に係る社内制度について、個人の生活設計を考慮していること。

ニ キャリアルートを多様化、複線化し、個別労働者のキャリア形成に配慮した配置を行っていること。例えば、社内公募制を採用していること。
ホ 募集・採用に当たって、具体的人材要件やキャリアルートを明示していること。また、退職に当たっても定年制だけでなく、様々な選択的コースを用意していること。特に早い時期からの人生を考える時間を与える等、個人の選択・設計ができやすいシステムとしていること。
ヘ 成果主義・能力主義によりながらも、失敗を許容するキャリアシステムを設けることや、パートや契約社員等についても正規社員との互換性等キャリアについての配慮を行っていること。
(3) さらに、こうした制度的な面だけでなく、キャリア・コンサルティングの提供状況、社内公募の応募状況等実績ベースでモデルを考えていく視点も重要である。加えて、こうした制度の運用に携わる人材やキャリア・コーチのできる人材等適切な指導者や管理職の存在も大きな役割を果たす。

 このような「キャリア支援企業」のあり方やそのモデルを考えていくことは、単に時代の流れに即するということだけではなく、次のような点で重要である。

 第一に、個人の主体性を尊重することにより個人の自己実現が図られ、働くモチベーションが高まる。また、企業にとって、経営の活性化や事業の高度化・高付加価値化が容易となり、社会全体としても知識社会への適応を進めることにつながる。
 現実にも、成果主義や実力主義がうまく機能している企業においては、キャリア形成について、個人の主体性を尊重しているところが多い。

 第二に、環境変化の激しい時代にあっては、社内公募制等の個人の主体性を尊重した配置転換は、社内のミスマッチを解消し、流動性を高め、雇用の安定に資するものであり、日本の長期雇用慣行にも合致する。

 第三に、上記を踏まえると、「キャリア支援企業」のあり方を考える場合、長期雇用によるゆとりと企業風土・文化の蓄積、長期的観点からの人材育成と評価という利点は生かしつつ、個人のキャリア支援による実力主義との組み合わせが長期の競争に勝ち抜く企業像のポイントとして浮かび上がってくるのではないか。こうした意味において、人材を大切にし、永続する「キャリア支援企業」モデルとして、「長期雇用型キャリア支援企業」を考えていく必要がある。

(企業に対する支援の必要性)

 「3 企業側から見た労働者のキャリア形成のあり方」の「(3)企業内のキャリア支援の実態」で示されているように、企業による労働者個人のキャリア形成支援策は、次第に強化されつつあるものの、現状では、なお、一部の企業が積極的に取り組んでいるに止まっている。
 こうした状況のもとで、企業による労働者に対するキャリア形成支援を進めるためには、次のような理由から政策的支援が不可欠である。

 第一に、労働者の主体的なキャリア形成や自己啓発を促進することは、本人のモチベーションや適応力を高め、企業にとって業務の効率性の向上につながる。また、変化の激しい時代において、企業の環境変化への適応を進めるためにも、労働者個人の主体的なキャリア形成や仕組みへの取組みを促進する必要がある。

 第二に、企業自身が雇用者に対して行う能力開発投資の多くは、企業の事業に直結し、還元されるものに対してなされるが、労働者の自己啓発や主体的なキャリア形成を支援することがただちに、現在の事業の効率性を高めることに直結するとは限らない。
 他方、労働者に対する企業のキャリア形成支援を促進することは、変化の激しい時代において、労働者個人の幅広い能力や雇用可能性を高め、社会にとっても人的資源を強化することにつながる。その意味で、企業支援を行う社会的必要性は企業固有の能力開発投資に比べより強く、政策的にこれを支えていく必要があると言えよう。

(支援策の内容)

 次に、政策的な支援としては、情報面での支援や、金銭的支援が重要である。
 まず、情報・技術面での支援としては、キャリア・コンサルティング技法に係る指導・助言のほか、経済社会の変化に対応した労働者のキャリア形成のあり方について、実態を踏まえ、問題点の整理に基づき情報やモデルを呈示することも、労働者や個人のキャリア形成を適切に促進する上で、参考となろう。
 特に、労働者の主体的なキャリア形成を適切に促進するためには、それを可能とする環境づくりやシステムづくりが不可欠である。労働者の主体性の尊重が建前だけで、結果として、労働者の職業能力開発やキャリアについての無関心、放置に陥らないよう、指針等で適切に誘導することも大切である。
 また、金銭的支援としては、現在、労働者が自ら教育訓練や能力評価を受けた場合に援助を行う事業主や有給教育訓練休暇を与える事業主に対する助成金としてキャリア形成促進助成金が設けられている。
 このほか、雇用・能力開発機構都道府県センターのキャリア形成支援コーナーにおいて、こうした助成金の支給と併せ、キャリア形成支援に関する情報提供、相談を行っている。

○「キャリア形成支援コーナー」「キャリア形成促進助成金」

 キャリア形成支援コーナーは、自発的な職業能力の開発及び向上を図ろうとする労働者に対するキャリア形成支援の拠点として、全国47カ所の雇用・能力開発機構都道府県センターに設置されている。
 在職者・求職者に対して、キャリア・コンサルティングを行うとともに、自己啓発又は能力開発のためのプランの提示を行っており、企業等に対しても、キャリア・コンサルティングの技法等に係る指導・援助を行っている。
 キャリア形成促進助成金は、能力開発に関する事業主助成制度を、個人の主体的なキャリア形成の支援を重視する方向で見直し、平成13年10月に創設されたものである。
 具体的には、企業内での労働者のキャリア形成の効果的な促進のため、職業能力開発推進者を選任し、かつ、事業内職業能力開発計画に基づき、次のような取組みをした事業主に助成を行っている。

(1)目標が明確化された職業訓練の実施(訓練給付金)
(2)職業能力開発の付与(職業能力開発給付給付金)
(3)長期教育訓練休暇制度の導入(長期教育訓練休暇制度導入奨励金)
(4)職業能力評価の実施(職業能力評価推進給付金)
(5)キャリア・コンサルティングの機会の確保(キャリア・コンサルティング推進給付金)

5 労働市場の構築

(1)労働市場の枠組みの官民による形成

 我が国においては、これまで大企業を中心とする長期雇用システムのもとで内部労働市場が発展してきた反面、外部労働市場は未整備の状態であり、特に、労働市場が機能する前提として、能力評価制度、能力開発の受皿としての教育訓練制度、キャリア・コンサルティングシステム、職業等に係る情報システム等のインフラを整備していくことが、最大の中長期的課題となっている。
 特に、変化の激しい時代において、企業内外を問わず、個人の主体的なキャリア形成が適切になされ、それが社会全体の人材能力の向上と経済の活性化につながるためには、こうしたインフラが利用し易い形で整備されることにより、個人に適切な情報とキャリア・コンサルティングの機会が提供されるとともに、労働者の能力が市場で判断され、キャリアが労働市場において持ち運びできるようにすることが必要である。
 この意味で、個人のキャリア支援のためには、「能力の見える社会」へ向けて、労働市場における基盤となるインフラ構築を進めていかなければならない。

イ 職業能力開発の受皿としての教育訓練システム

 我が国の労働者に対する教育訓練についての実態を各国と比較すると、むしろ不活発な状況にあると考えられる。
 まず、企業内での研修について見ると、正確な比較は困難な面があるが、訓練受講率は他国に比べ必ずしも高くはなく、例えば、従業員一人あたりの研修費用をみると、日本はアメリカやヨーロッパの約半分となっており(産能大学調査(2000年)、資料24)、全体として、数値を見る限り、我が国の企業の教育投資は国際的に高いものとは言えない。
 また、各国の政策としての職業訓練投資に関し、99年時点におけるGDPに占める割合の比較(OECD)を見ると、比較数値の整合性の問題は考慮しなければならないにしても、日本は0.03であり、大陸系のドイツ(0.34)、フランス(0.28)の1割程度であり、アメリカ(0.04)、イギリス(0.05)に比しても低く、先進国では最低の比率となっている(資料25)。
 他方、民間教育訓練機関の教育訓練については、直接、国際的なデータが乏しく、比較することは困難である。国内の民間教育訓練機関としては、企業系教育訓練機関のほか、専修・各種学校、大学・大学院がある。これを、教育訓練給付の指定講座(H14.10現在20,727)の割合で見ると、企業系等が16,962講座、割合にして82%、専修・各種学校、3,462講座、17%、大学・大学院、303講座、1.5%となっている。
 こうした実態から見て、大学・大学院の社会人受入れが極めて限られていることは否めない。また、専修・各種学校についても、生徒数に占める在職者の割合は低く、専修学校についてみると、生徒数75.6万人中、在職者は4.8万人(6%)に過ぎない。
 なお、公共職業訓練においては、平成12年度において、離職者訓練約24万人、在職者訓練約27万人の実績となっている。離職者約24万人のうち、専修・各種学校への委託は17万人となっており、専修・各種学校の社会人向け訓練の多くが、こうした公共職業訓練機関からの委託による離職者訓練で占められている。
 このように、我が国における社会人向け訓練の受皿の状況は、少なくとも国際的に高い水準にあるとは言えず、特に、大学・大学院レベルの高度なレベルの教育訓練機会は、かなり限られているものと言えよう。今後、知識社会の到来が予測される中で、高度な内容の教育訓練機会の創出をはじめ、民間を中心に社会人向けの教育訓練機会をどのようにつくり出していくかは大きな課題である。
 なお、近年、民間の教育訓練機関や企業内の教育訓練において、インターネット上で教育訓練ソフトを提供し、学習から検定による職業能力評価までを一連のものとして行うeラーニングシステムの活用が増加している。
 こうした教育訓練システムは、コスト・時間や能力に合わせた学習が可能である、到達度の管理等の点で有効である等の利点があり、短期的かつ多様な教育訓練の提供という観点から、今後、民間を中心に広く普及を図っていく必要がある。

○社会人大学院

 本格的な知識社会を迎え、生涯教育の重要性が強調される中で、リカレント教育の受け皿として社会人大学院が注目されている。
 1998年の大学審議会答申で、高度専門職業人の養成、社会人の再教育を目指して、ロースクールやビジネススクールなどの「専門大学院」と呼ばれる大学院修士課程の設置等が認められた。これにあわせ、社会人特別選抜入試(試験の替わりに研究計画書等で選抜)、科目等履修制度、昼夜開講制大学院や夜間大学院等社会人向けのシステムも導入されている。
 社会人を対象とした、大学院の多くのプログラムは、経営管理、国際企業戦略、企業法学、総合政策、臨床心理等実践的なものが中心である。
 また、タイプとしては、ケースメソッド(事例研究)を中心としたビジネススクールタイプ、経営学的センスと理工学的センスを融合させるタイプ、講義とプロジェクト方式を併用するタイプ等がある。
 今後、社会人大学院がリカレント教育の柱として普及していくためには、欧米のMBAのように、大学院の社会的評価を高めていくことや、社会人の側の学費の捻出や時間の確保、企業内の処遇との結びつき、大学院側のカリキュラムの質の確保や教育体制の整備等課題は多い。
 なお、アメリカにおいては、ロースクール、メディカルスクール等プロフェッショナルを育成する大学院レベルの教育を実施する高等教育訓練機関(プロフェッショナルスクール)が存在し、社会的にも評価が確立している。これら大学院のカリキュラムはAACSB(American AssBbly of Collegiate Schools of Business)という認証機関が、大学ごと学部ごとに内容をチェックし認証している。 AACSBは大学が相互に認証しあうピア・レビューの組織であり、今後の我が国の社会人大学院の質の確保、市場性を考える場合の参考となろう。

ロ 職業能力評価制度

 個人がキャリア形成を適切に行っていくためには、自らの能力を把握し、その評価を知ることが前提として必要である。また、「能力」を基準とする労働市場での取引や「キャリア」の持ち運びを可能とするためにも、公的職業能力評価制度の整備は不可欠であり、労働市場を形成する根幹的なインフラと言えよう。

(イ)諸外国の状況
 この点、国際的に観ても、労働市場を有効に機能させるための枠組みとしての職業能力評価制度の構築については、英米をはじめ、欧米諸国において国が積極的に関与して進められている。
 例えば、イギリスにおいては、各業界で乱立していた独自の資格を整理し、1986年NVQ(National Vocational Qualification)を全国統一の職業評価制度として導入している。同制度は、職業訓練の目標づくりと促進をねらいとする実践的かつ包括的な職業能力評価制度である。

○NVQ

 NVQ(National Vocational Qualification)は、イギリスにおける全国統一の職業能力評価制度で、1986年に始まり歴史は浅いものの、適用範囲の網羅性や資格取得者数はかなりの水準に達しており一定の評価を得ている。2001年6月時点、約780のNVQが存在し、約335万人がNVQ資格を取得している。
 制度の特徴として、筆記試験や実施試験だけでなく、最終的には職場での仕事遂行能力に対する評価によって資格を取得する方式をとっており、OJTを促進するものとなっている。各NVQ資格は、基礎技能から高度専門的又は管理能力まで、レベル1から5までの5段階のレベルが設定されており、教育・技能省の下に設置されている「QCA」(資格・教育課程総局)が資格制度全般に係る基本事項を設定し、その基本事項に基づき、産業別の労使の代表によって構成されるNTO(全国訓練機関)が個別の技能ごとに具体化(基準設定)している。各NVQの試験の実施・合否の判定は、NTOから認可された「AB」(認定機関)が実施しているが、認定機関には、従来より独自の資格認定を行っていた民間の資格認定機関も存在する。

 また、アメリカの「全国技能基準システム」は、州単位で運営されている職業能力評価制度、資格制度について、全国的な職業資格制度として統一するため、1994年の全国技能基準法に基づき構築が進められている。評価基準の設定は、同法により設置された、産業界、労働界、教育界、市民団体の代表、政府からなる全国技能基準委員会(NSSB)の策定するガイドラインに基づき、16の業界ごとに選定された団体(自主パートナー)が策定することとなっている。2000年4月現在、4つの産業において技能標準が設定済みである。
 このほか、フランスの公認資格制度やドイツのマイスター制度も、法律に基づき、国の運営責任のもと、民間職業訓練機関(フランス)や手工業・商工会議所(ドイツ)により実施されている。
 これらの評価・資格制度は、労働市場の枠組みをなすものとして国のイニシアティヴにより全国統一的なものとしてつくられつつも、産業界に具体的役割を担わせていること、実践的な職業能力評価制度をめざしていることにおいて共通している。

(ロ)我が国における評価制度のあり方
 我が国においては、公的職業能力評価制度として、技能検定制度が機械、建設等の技能分野を中心に137職種にわたって設けられている(資料27)ほか、ホワイトカラー系については、営業、法務、会計、経理等10分野についてユニットに分けて認定を行うビジネスキャリア制度がある。また、直接、職業能力の評価を目的としたものではないが、各分野について451もの公的職業資格が存在している。一方、民間企業もそれぞれに職能資格制度や社内検定制度等を持ち、独自に評価を行っている。さらに民間資格も3000種類程度存在するといわれ様々な評価・資格制度が存在するが、統一基準がなく、労働市場における共通用語とはなっていないのが現状である。
 今後、我が国においても本格的に労働市場の枠組みとして、NVQ等を参考として、公的職業能力評価制度を整備する必要があるが、その場合、特に次の点に留意する必要がある。
 第一に、これらの評価制度は、民間の事業主団体等により担われることが望ましい。しかし、現実問題として、こうした評価制度を民間団体が自主的に構築する動きは現在のところ十分なものではない。そこで、欧米諸国の方法を参考にして、適切に官民が協議・連携・役割分担を行いつつ、合同で職業能力評価制度を構築することが現実的であると考える。たとえば、混在する評価・資格制度との調整や、企業・個人への広報・浸透、初期的なコスト負担、協議の場のイニシアティブ等は国が取り、実際の個別の能力基準の設計や教育訓練の実施、評価基準の更新等は民間が行うといった関係である。
 このように官民協力を進めることにより、より実践的かつ柔軟な制度となり、人材育成や採用等の場面で活用しやすいものとなるのである。
 第二に、職業能力評価制度は、実際の教育訓練の場と連動していることが重要である。
 企業内のOJTやコーポレートユニバーシティ等での人材育成プログラム、大学・専修学校・スクール等での講座、公共職業訓練機関における訓練などとの結びつきを強めていくことが、評価制度が実用に乗るための重要な要素となろう。
 第三に、評価制度の構築に当たっては、労働者個人の職業能力構造を念頭に置いて、実践的職業能力を評価できる仕組みを考えていく必要がある。
 この点について、労動者個人の能力としては、概ね、
A 職務遂行に必要となる特定の知識・技能などの潜在的なもの
B 協調性、積極性等、職務遂行に当たり、各個人が保持している思考特性や行動特性に係るもの
C 動機、人柄、性格、信念、価値観等の潜在的な個人的属性に関するもの
から成るものと考えることが出来よう。
 これを図示すると次のとおりである。

図

(知識・技能の評価)

 このうち、Aの職務遂行に必要な知識・技能については、次のような考え方で評価の仕組みを整備していくことが必要である。
 まず、評価制度の基礎として、知識・技能の内容を統一した共通用語で叙述することが土台となろう。
 次に、こうした共通言語で叙述された知識・技能をレベルに応じて格付けし、評価基準を作り、評価を行っていくことが求められる。
 但し、技術革新が急速に進む中で包括的な能力評価制度を作り上げていくことについては、現実に可能かという問題もあり、その構築については、次のように、まず、必要性の高いものや利用し易い簡易なシステムから順次、整えていくことが現実的であろう。
 例えば、

(1) 評価基準に基づき、自己診断の仕組みや、キャリア・コンサルタントがアドバイスをしながら能力を棚おろしできる簡易な仕組み等をつくっていくことが、能力評価の普及のためには有効である。
(2) また、技術革新やニーズ変化の激しいいくつかの技能・技術を取り出して、トピック的に能力要件を提示すること等も検討に値する。
(3) さらに、評価制度そのものについては、ニーズの高い分野や成長分野等を中心に実施していくことが必要である。

(実践的な職業能力の評価)

 さらに、職場で通用する実践的な職業能力を評価する観点から、(1)実務経験や実績をどう評価するかという点、また、(2)単なる表面的なスキルだけでなく、上記Bの知識、技能を生かすための判断力や洞察力等の経験によって裏打ちされた能力や長年のキャリアによって培われた職業に係る思考特性や行動特性(いわゆるコンピテンシー)をどう評価するかという問題がある。

(1)については、キャリアシートへの共通用語による的確な記入と専門コンサルティングによる把握・確認等が考えられる。また、NVQにおいては、関係者への照会による確認等がなされている。
(2)に係る評価手法として、コンサルティング技法の評価制度としての再編、ロール・プレイング、シミュレーション等の手法も考えられるが、評価制度としてまとめられるかは十分検討する必要がある。特に、ホワイトカラーについては、判断力、分析力や思考特性、行動特性の評価が重要である。

○コンピテンシー

 雇用が流動化する中で、成果につながる能力を具体的な行動記述で示すものと
してコンピテンシーが注目を集めている。
 しかしながら、コンピテンシーの概念について、その内容は未だ確定したものとして定まっておらず、国や機関によって意味するものが異なっている。
 アメリカにおけるコンピテンシーの概念は、もともと心理学において、「好業績者の成果達成の行動特性」と定義されていた概念を、人材管理の場において導入したものである。人材管理の場におけるコンピテンシーとは、ある状況又は職務において高い業績をもたらす類型化された行動様式(性向、態度、知識・技能などを効果的に活用して実際に成果を達成する行動様式)として理解されている。
 なお、コンピテンシーの構成要素の中には、教育訓練等によって改善可能な部分と性向のように本人固有の属性の部分が存在する。
 イギリスにおいてもコンピテンシーが人材管理上取り上げられているが、イギリスでは「コンピテンス」と「コンピテンシー」が使い分けられている。すなわち、「コンピテンス」とは「職務における諸活動を期待される標準程度にできる能力」を意味し、具体的には、NVQ(全国統一職業能力評価制度)で求める能力を指すのに対し、「コンピテンシー」はアメリカ同様、高業績者の行動特性を指す。
 なお、2000年6月に開催された第88回ILO総会におけるエンプロイアビリティ(雇用可能性)に関する討論において、技能・知識及びコンピテンシーを含めたものをエンプロイアビリティと位置づけている。

 このように、実践的職業能力を評価するためには、単なる表面的な知識・技能の評価だけでは不十分である。
 特に、ホワイトカラーについては、知識・技能以上に判断力や分析力等を含め、知識や技術を使いこなして実践していく能力が重要である。
 この点、ホワイトカラーの能力評価制度であるビジネスキャリア制度は、現段階では、知識・技能の評価に止まっており、こうした判断力、分析力、戦略構築能力や思考・行動特性等の評価ないし特性把握をどのように行うかは、大きな課題となっている。
 また、ビジネス・キャリア制度は、営業、法務、会計、経理等10分野について、それぞれ、細かく学習ユニットに分け、履修の認定を行う仕組みであり、必要なユニットの教育訓練を選択できるというメリットがある反面、評価制度として独立した制度になっていない。
 今後、ユニット修了認定を統合し、純粋な評価制度として整備するとともに、各民間機関によりビジネス・キャリアの能力評価が実施できるよう措置し、その普及を図っていく必要がある。
 このほか、実践的職業能力評価制度を構築していくためには、企業内の職業能力評価制度と上記の職業能力評価制度を連動させていくことが重要である。
 企業内の能力評価制度としては、社内検定認定制度がある。企業内の特有の技能や技術革新の著しい分野等について、技能振興上奨励すべきものを認定しており、平成14年現在、45企業、152職種にわたっている。
 労働移動が活発化する中で、職業能力評価制度が労働市場のインフラとして機能していくためには、採用や企業内の処遇等の基準として受け入れられることが必要である。
 そのためには、企業内外の評価制度の基準の摺り合わせを行い、役割分担しつつも、相互に連動したシステムとすることが求められる。

ハ 職業情報システム及びキャリア・コンサルティングシステム

(職業情報システム)

 労働者が主体的にキャリア形成を行っていくためには、労働者個人が、職業に関する情報や教育訓練に関する情報など労働市場に関する情報に容易にアクセスでき、入手できる体制を整備することが重要である。
 この点、アメリカにおいては、求人・求職に関する総合的な情報をインターネットを活用して、いくつかの情報サイトを通じて提供しており、これらを総称したものが、America's Career Kitと呼ばれている。求人・求職情報、職業展望、給与等の労働条件、キャリア情報、教育訓練情報さらには職業内容に関する総合的情報(O*Net)等多様なサイトから成り、それぞれの情報サイトは相互にリンクされ、労働者、企業等は、各情報サイトから各種の情報を収集できる。
 我が国においても、部分的に、人材ニーズ情報、職業能力開発情報、職業ハンドブック等が各機関において整備されているが、包括的でも網羅的でもない。今後、各機関の保有している情報を整理するとともに、労働者、企業、キャリア・コンサルタント、人材関係機関、特に、労働者がキャリア形成を行っていく上で必要な情報を入手・活用できるよう、実践的な角度から、職業ニーズ、労働市場動向、能力開発等に関する情報システムの構築を図っていく必要がある。

○America's Career Kit

 アメリカ労働省では、90年代半ばからインターネットを使った就職情報サービスを提供しており、インターネット上で有効に活用できる職業情報の整備を進めてきた。次のようなWebサイトを総合的な情報サイトであるAmerica's Career Kitとして公開しており、労働者、企業等に労働市場に関する包括的な情報を提供し、労働者のキャリア形成を支援している。

1 AJB(America's Job Bank):全国の職業安定所、民間企業等から収集した求人・求職情報を提供するサービス。約100万件の求人情報 等が掲載。
2 ACINET(America's Career InfoNet):就職・転職を支援する情報サイト。今後の職業展望、給与、就業条件等が検索可能。
3 ALX(America's Learning eXchange):教育訓練機関の情報バンク。全国の教育訓練機関の訓練の種類、形態、場所等が検索可能。
4 ASL(America's Service Locator):職業安定所、教育訓練機関のほか、育児施設等の場所、業務時間等の情報を提供。
5 O*Net(the Occupational Information Network):職業情報のデータベース。約1,000職種に関する職務内容、スキル等の情報が体系 的に整理されており、求職者は、自らの職業適性と労働市場で要求 されているスキル等とのマッチングを行うことが可能。
 なお、2002年7月下旬より新たにポータルサイトであるCareer One st-opの運用が開始される予定である。

(キャリア・コンサルティング)

 次に、個人のキャリア支援を行っていくためには、こうした情報の提供と併せ、専門的なキャリア・コンサルティングが必要である。
 この点についても、アメリカにおいては、カウンセリングの専門家が全国で約20万人おり、学校、職業紹介などを行うワンストップセンター、コミュニティーカレッジ等に配置されているほか、独立自営形態のカウンセラーも活躍している。
 我が国では、アメリカのようなカウンセリングのノウハウや伝統がないことや、受入れ側の国民も、ただちに高いレベル(大学院資格)のカウンセリングを求める需要がないことから、まず、職業やキャリアに関する基本的、実践的な相談ができる人材をある程度の数養成し、企業内、需給調整機関、能力開発機関等に配置することが目標として適当である。
 このため、平成14年4月に官民合同の「キャリア・コンサルティング研究会」において、こうした人材の基本となる能力要件の基準を策定したところである。名称については、心理学的な面が強調されることを避けるため、キャリア・コンサルタントと呼ぶこととしており、策定した基準に基づき、今後、官民合わせて、5年間で5万人程度養成することをめざしている。

(2)労働市場形成促進のための方策

(横断的市場の可能性)

 労働市場を機能させていくためには、とりわけ、その枠組みとして、能力評価制度が重要であり、能力評価制度が企業内外を通じて、労働者の能力を計る基準として、通用するようになると、本格的な横断市場の形成につながる。
 これまで我が国においては、企業の内部労働市場が発達し、企業内において、配置転換により、様々な職務を経験し昇進していくシステムとなっていたため、職種横断的労働市場が形成されにくくなっていた。
 派遣労働者や一部の専門的職種の労働者については、例外的に、こうした、職種横断的労働市場形成の可能性が認められるが、多数を占める企業内の長期雇用層については、依然として上記のようなキャリアシステムが通用しており、職種概念の形成すら困難である。
 しかしながら、労働移動の活発化や中途採用の動きが広まるにつれ、こうした、長期雇用層の能力についても、次第に市場を意識した能力評価と処遇の必要性が高まってこよう。さらに、企業活動のグローバル化や市場即応型の経営志向の動きは、こうした動きに拍車をかける。

(能力の見える社会へ向けて)

 このように、外部の労働市場と企業の内部市場の接点が増えつつあるが、こうした動きを、職業のくくりや職業能力評価基準の統合化へつなげていくためには、まず、内外の労働市場において、共通用語で、能力を表現し、それを開示し合っていくことが必要である。
 現在、内外の労働市場を通じて職業能力を分析・表現できる統一的な共通用語は存在しないが、それぞれの官民の関係機関で、部分的な開発がなされており、早急にその統一を図っていかなければならない。

○体系図(生涯職業能力開発体系)

 雇用・能力開発機構においては、職業訓練の蓄積されたノウハウを活用し、全国の事業主団体等と共同で、職務、仕事、作業、作業に必要な知識及び技能・技術を、業種ごとに分析・抽出する職務分析作業を行っており、現在、約500の職務の分析を終えている。これに基づき構築した生涯職業能力開発体系は、「職業能力体系」と「職業能力開発体系」の2つから構成される。
 職業能力体系とは、産業・業種ごとの各職業・職務において求められる職業能力を仕事の種類と仕事のレベル(難易度)に応じて体系的に整理したものである。
 (「職業能力のものさし」として活用)
 職業能力開発体系は、上記職業能力体系の各職業能力を習得するのに必要な能力開発コースを段階的・体系的に整理したものである。(「能力開発の道しるべ」として活用)
 生涯職業能力開発体系は、産業・業種ごとに、以下のような要素から構成されており、職業能力や仕事内容の明確化のための「共通用語」として労働市場における重要なツールとしての普及が期待される。

・職務…
 企業組織として果たすべき業務機能を同一の種類、系統等でくくったもの。複数の仕事の集まり。
・仕事…
 企業の経営活動に資する一定の目的を持って遂行するものであり、分業又は分担が可能なまとまり。仕事を遂行する能力を「能力要素」としている。
・作業…
 仕事を構成する要素であり、これ以上分割又は人に分担できないもの。

 また、こうした共通用語ができればそれをもとに(1)企業内において、ポストの能力要件、求人の能力要件、能力開発目標やキャリアルートを明確にし、開示する。(2)需給調整機関において、この共通言語を用いた求人・求職の能力要件の明確化が可能になる。(3)能力開発機関において、能力開発の出来上がり像や教育訓練内容を明らかにし、開示する等、それぞれの関係者において能力要件明確化・開示運動を徹底していくことが望まれる。
 加えて、労働者側についても。キャリア・コンサルティングや職業相談を行う際に、キャリアシート等をもとに、個人の職務経歴、実績や能力開発内容等を共通言語記録することができれば、それが、能力パスポートとして、企業内外の相談、処遇、キャリア形成の基礎とすることができる。
 こうした活動と、前記のような内外労働市場の連動の動きが相俟ってくると、次第に職業能力のありようが社会的に明確になり、前記の能力評価制度と結びつけば、横断的市場の形成に資することとなろう。

(3)民間団体等の役割

 労働市場の枠組みをつくるために、官のイニシアティヴが不可欠であるが、能力評価システムや職業情報システムは、技術革新やサービスニーズの変化に即応して更新されなければならない。そのためには、これらのシステムの運営については、現場の状況を把握できる業界団体、職能団体、中小企業団体等の民間団体の役割が大きい。
 業界団体は、産業構造の変動・融合化等に伴い、その役割・目標が不明確となりつつあるが、人材面については、技能検定制度等の能力評価制度をはじめ、業界内の人材ニーズやキャリアの動向等の把握等の点で、重要な役割を果たしている。今後、こうした能力評価等を中心に、官との協力等により業界がお互いに連携して、公的能力評価制度構築の担い手となることが期待される。
 また、今後、労働市場が発達するにつれ、専門的な能力評価、能力開発が益々重要となり、こうした担い手として専門家の自主的な集まりである職能団体の役割が注目される。
 一例として、コンピューターソフトのデザイナーが集まってソフトを開発し、共同で基本ソフトを使いながら相互啓発を行いつつ、それぞれの事業展開を図っている。また、アメリカにおいては、大学院のカリキュラムの質について、専門職業集団による認定と評価がなされており、日本においても、大学の技術者教育を認定する初の民間団体として、日本技術者教育認定機構(JABEE)が設立されている。将来的にはこうした専門家集団が高度なレベルの能力評価や能力開発等の面で重要な役割を担う姿を描くことが可能であろう。
 このほか、労働組合も企業内における集団的労使関係の担い手としての役割だけでなく、個別労働者のキャリア支援、特に、生活を含めたキャリアに係る相談や、キャリア支援のための仕組みづくり、さらには、労働者のエージェントとしての役割等、個人のキャリア支援に関して期待される役割は大きい。

(民間需給調整機関)

 労働市場を形成していく上で、需給調整機関は、中核的な役割を担っている。このうち、アウトプレースメントやヘッドハンティング等の民間需給調整機関は、これまで、事業主から手数料をとって、主として事業主側に立った需給調整を行ってきた。今後、労働市場の発展につれ、企業のポスト要件やキャリアルート明確化とその情報開示や契約形態の多様化及びそれと関連して限定契約(例えば、職種、勤務地限定等)等のキャリアを念頭に置いた個別化を進めていく必要が高まってこよう。その意味では、民間需給調整機関が、ILO181号条約(民間職業仲介事業所条約)に反しない範囲で、労働者から手数料をとりつつ、労働者のエージェントとして活動することができれば、こうした労働者のキャリア形成という観点からも、労働市場の形成に潤滑油的な役割を果たすことができよう。

6 法的問題点

 労働者のキャリア形成を促進していくために、法的な問題点を整理しておく必要がある。法的問題点としては、大別すると、政策的な根拠として、雇用政策等において、どのように法的に位置づけるかという問題と、実際に労働者がキャリア形成を行っていく上で、どのような法的問題が生起するかという問題がある。
 前者については、平成13年10月に雇用対策法及び職業能力開発促進法が改正され、部分的ではあるが、キャリア形成促進の考え方が取り入れられている。

(1)政策的な位置づけ

 第一に政策の理念的根拠としては、雇用対策法(第3条)や職業能力開発促進法(第3条)において、「労働者の職業生活設計が適切に行われ」、「その設計に即した能力の開発及び向上」が効果的になされることにより、労働者の職業生活の全期間を通じて職業の安定が図られる」ものとされており、キャリア形成を念頭に置いて雇用政策の展開が図られることとなっている。
 第二に事業主の講ずる措置については、次のようになっている。
 まず責務として職業能力開発促進法第4条(関係者の責務)において、事業主は、労働者に対し、職業訓練等を行うほか、「職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上を図ることを容易にするために必要な援助を行うこと等により、能力開発及び向上の促進に努める」とされている。
 具体的には、同法第10条の2において、事業主は、必要に応じ、次の措置を講ずることにより、「労働者の職業生活設計に即した自発的な職業能力の開発及び向上を促進するもの」とされている。

(1) 労働者が自ら能力開発の目標を定めることを容易にするために、業務の遂行に必要な技能知識の内容・程度等に関し、情報の提供、相談その他の援助をすること、
(2) 労働者が実務の経験を通じて、自ら職業能力の開発を図ることができるようにするために、労働者の配置その他の雇用管理について配慮すること。
 また、こうしたキャリア形成に関わる措置については、一部の企業において積極的に講じられているものの、全体的には未だ緒についたばかりである。
 このため、厚生労働大臣は、これらの措置に関して、「その有効な実施を図るために必要な指針を公表する」こととしており、平成13年10月に、上記(1)、(2)の内容を中心とする指針が公表されている。
 事業主は、こうした指針等を受け、雇用する労働者についての職業能力開発計画を策定するとともに担当者として職業能力開発推進者を任命して、能力開発と合わせ、キャリア形成を促進することとなっている(同法第11条及び第12条)。

(2)キャリア形成促進に係る法的問題点

(日本型雇用慣行と労働法理)

 これまでの雇用政策は、長期雇用等の日本型雇用慣行を前提に、大企業を中心とする内部労働市場を整備し、維持し、発展させることにより、雇用の創出と安定を図ることを目指してきた。具体的には、雇用維持のための各種助成金や企業内訓練の振興を旨とする能力開発促進などである。他方、労働法理も概ね、こうした施策や日本型雇用慣行と整合的に存在し、機能してきたと言える。例えば、雇用保障のための解雇権濫用禁止の法理や配転や労働条件変更を巡る就業規則を通した集団的労使関係処理の法理等である。

(変化の時代における新たな労働法理の必要性)

 しかしながら、労働を取り巻く経済社会環境が激変する中で、こうした内部労働市場中心の集団的な法理だけでは、労働者の生活を十分カバーできなくなっている。
 例えば、若年を中心とする失業率の高騰、転職志向や専門職志向の高まり、長期雇用に収斂させ得ない女性のライフサイクルと就労パターン、産業構造と職業構造の転換による労働移動の活発化、職業生涯が長期化し変化が継続する中で、生涯一社就労が現実的でない事実等である。
 また、企業内においても、新卒の職種別採用や専門職制、プロジェクト型採用の契約社員等従来の正規従業員中心の集団的法理では対応できなくなっている。
 こうした労働上の諸問題、とりわけ、激しい環境変化に対応するためには、個人の財産である職業経験による能力の蓄積に着目し、その能力蓄積の展開、すなわち、職業キャリアを保障することが一つの法理(キャリア権)として考えられる。
 例えば、労働移動が活発化する中で、今後、長い職業人生の中で、ほぼ必ず職務転換や転職・転社を経験せざるを得なくなるが、そうした場合においても、人々の職業キャリアが中断したり、ロスを生ずることなく、円滑に発展させる必要がある。
 さもないと、個々の労働者は勿論、使用者、さらには、社会全体も、職業能力の低下と人的資本の枯渇に直面することになりかねない。
 こうした観点から、個々人の職業キャリアの準備・形成・発展を保障していくための法理を追求していくことは、個々人にとって一社の雇用保障を超えて、広い意味での雇用可能性(エンプロイアビリティ)を高めるとともに、企業や社会が経済社会環境の変化に対応し、発展する上で重要な意味をもつものと考えられる。
 こうした、法理としてキャリア権なる概念が提唱されており、今後、職業能力開発政策や雇用政策の展開を支える概念として、あるいは、個々の労働者、個人のキャリア形成上の諸問題を解決する概念として、その内容の明確化や議論の深まりが期待される。

○「キャリア権」とは何か

 キャリア権の議論は、働く人の一生(ライフ・キャリア)に大きな位置を占める職業キャリア(職業経歴)を法的に位置づけ、概念化しようとする試みであり、これを核に労働法全体の意義を見直そうとする流れである。
 キャリア権(職業に関する狭義のもの)は、人が職業キャリアを準備し、開始し、展開し、終了する一連の流れを総体的に把握し、これら全体が円滑に進行するように基礎づける権利である。
 法的根拠としては、個人の主体性と幸福追求の権利(憲法13条を基底とし、生存権(同25条)、労働権(同27条)、職業選択の自由(同22条)、教育権(同26条)などの憲法上の規定を職業キャリアの視点から統合した権利概念である。
 キャリア権は、性格的に、理念の側面と具体的な基準の側面とを合わせ持つ。
 理念の面では、例えば、雇用対策法や職業能力開発促進法等において、労働移動の活発化や求められる職業能力の急激な変化等の新たな事態に対応したキャリア支援策の根拠づけとして議論を深めていく必要がある。
 また、基準の面では、教育訓練、配置転換、出向等の場面での援用やパートタイマーのキャリアアップやキャリアについての男女機会均等を進めていく論拠となることが考えられる。
 もっとも、現状では理念の域を大きく出ていないところであり、就労請求権(具 体的に仕事に就かせるよう請求できる権利)や配置・転換・出向などを律する基 準としてただちに効力を持つものではない。
 今後、上記のように、キャリア形成を促進する雇用政策を促進していく根拠づけや、実務上や解釈論において、個人の職業上の諸問題について、キャリアの視点で捉え、法律的に磨かれていくことが望まれる。

(権利と義務)

 これまで、労働者の主体的なキャリア形成の促進について触れてきたが、これを労働者の側から見ると、個人の職業キャリアの準備・形成・発展を保障すること(キャリア権)を意味する。
 他方、労働者には、労働の権利と義務が憲法上認められており、(憲法27条)、こうしたキャリアを保障する反面、個人もキャリアの形成、展開に努めるとともに、そのキャリアを単なる自己実現に止まらず、社会のために貢献する方向に向けていく義務ないし責務を有すると考えるべきであろう。
 もともと、個人は、企業等の組織や社会の中で、調和を図りつつ、自己実現を図っていくものであり、キャリアの保障と言っても、自ら、社会的な性格を帯びている。まして、知識社会の到来により、社会の有り様として、個々人の主体的な努力に依存する割合が高まる中で、労働者が自己実現を図ることを通じて、組織や社会へ貢献するのであり、国がキャリア形成の施策的支援を行う根拠も、そこにあると言えよう。

7 まとめと提言

 我が国は、経済の不振に見舞われているとはいえ、基本的には豊かな長寿社会を迎えており、働き方についても、個々の労働者が長い職業生涯を通じて、如何にすれば自己実現の働き方ができ、活き活きとした職業生活を送れるかを考えるべき段階に来ている。
 しかしながら、現実には、グローバル経済の中での厳しい競争と長引く経済不況の中で、企業倒産やリストラ等による失業者が急増し、これまでの企業社会で当然とされていた雇用保障までも不確実となり、多くの労働者が働く意味や自己のアイデンティティーまで喪失しかねない状態となっている。
 また、企業社会と結びついていた教育システムも急激な変化に対応できず、家庭や地域の教育機能の崩壊と相俟って、学生や若年者のキャリア準備に深刻な影響を与えている。
 他方、経済社会環境が激変し、予測のつかない不透明な時代となり、労働者もキャリアのあり方を企業任せでは済まなくなり、自らキャリアを構想し実行しなければならなくなってきた。企業も変化への適応や知識社会への対応を進めるため、これを後押ししようとしている。
 こうした動きを、単に、時代の流れに対応させるための受動的なものと受け止めるのではなく、これを契機として個人主体のキャリア形成の動きを積極的に位置づけ、企業や社会の活性化を図る方向に向けていくことはできないであろうか。
 本報告書は、このような観点に立って、個人主体のキャリア形成を、個人が職業を通して自己表現を図っていくプロセスとして積極的に捉え、こうしたことを可能とする企業システムや教育及び労働にまたがる社会システムのあり方を検討してきた。
 このような新たなシステムのあり方を追求することは、戦後から続いてきた一律かつ集団的な教育・労働システムからの転換にもつながりうる。
 しかし、そのことは、これまでの日本型の企業システムや社会システムをすべて否定するものではない。
 むしろ、個人の自立と責任による主体性や実力主義を旨としつつも、長期雇用慣行や協調を重んずる新たな日本型システムを模索すべきなのであろう。
 本来、社会の目標は、個人の幸福追求を支援することにある。基本的に豊かな長寿社会を迎えている我が国において、個人が社会の中で、それぞれに夢を持ち、長い職業生涯を通じて、失敗・挫折と成功体験を繰り返しながら、それを実現できるような社会にすることが、キャリア形成支援の窮極の目的である。
 一人一人の労働者が、職業を通して、自己実現による社会貢献の意欲に燃えることができれば、その個性は輝き、能力の発揮により、企業活動の活性化や社会の発展も可能となり、自ずと時代の閉塞状況を打開する道が開かれるのではあるまいか。

(提言)

 本報告書では、労働者のキャリア形成の現状と問題点を踏まえ、あるべきキャリア支援策を展望してきた。
 個人のキャリア形成を柱とする労働市場や社会をつくるためには、労働者、教育界、企業、民間団体、地域及び国が、それぞれ期待される役割を果たしつつ、お互いに協力し合うことが必要である。
 最後に、それぞれの関係者に対する期待を次のようにまとめ、提言としたい。

 第一に、「すべての労働者、個人の主体的キャリア形成の支援とその実現」である。
 すべての労働者、個人は、現実の組織ないし社会の中で働くことを通して、それぞれに応じた夢を持ち、その実現を図る機会と支援が与えられなければならない。
 他方、労働者は、変化の激しい社会の中で失敗・挫折と成功体験を繰り返しつつも、自らを知り、それぞれに応じた夢を持ち、その実現のため、自らのキャリアを財産として陶冶する姿勢を失ってはならない。年月を経た研さんの努力は、能力を磨き、個性を輝かすであろう。そして夢の実現は、同時に組織や社会への貢献につながるものでなければならない。

 第二に「教育における実践とキャリア支援のすすめ」である。
 複雑化し、職住分離した社会の中で、多くの学生や若者が将来の目標やその動機付けを得られず、自分探しに悩んでいる。中には、独りよがりな希望や現実味のない夢に走る者も少なくない。
 子供の勝手にさせることが個性を伸ばす教育ではない。能力や適性に合う人生の送り方を子どもの頃から考えさせ、その実現を適切に助けなければならない。
 そのためには、学校教育段階から、職業や実社会と触れ合う機会を確保したり、キャリア・コンサルティング等を通じて、職業情報等を提供しつつ、自ら考え、自立する方向へ適切に誘導していくことが早急に求められる。

 第三に「長期雇用型キャリア支援企業のすすめ」である。
 商品や顧客ニーズの多様化、高付加価値化、急速な変化等に企業が対応していくためには、人事管理面において、成果主義・能力主義の導入等に併せ、個人のキャリア形成や主体的取り組みを支援することが重要になっている。
 他方、こうした動きは、ややもすると、日本型の長期雇用慣行を否定し、労働力流動化を進めるものと受け取られかねない。
 しかしながら、両者は、相矛盾するものではなく、むしろ、個人の主体性尊重による社内流動化によって雇用の長期化が図られる面がある。
 長期的観点に立った雇用と人材育成や、それに伴う文化・風土の蓄積は、日本型企業のみならず、外国の企業においても貴重な競争力の源泉となっている例がある。
 人間尊重の理念に立ち、こうした利点を生かしつつ、個人のキャリア形成や主体的な取り組みの支援を中心とする能力主義を適切に組み合わせることにより、グローバル競争を乗り切る新たな「長期雇用型キャリア支援企業」モデルが形成されることを待望したい。

 第四に、「生涯にわたる多様なキャリアを可能とする社会の実現」である。
 職業生活が長期化し、職業意識や生活形態が多様化するなかで、状況に応じて柔軟に就業形態を選択できるような仕組みが求められる。そのためには、パートや派遣等の就業条件の整備のほか、雇用形態以外にも、自営に加え、SOHO、NPO就業等についても、就業形態として認知し、その形態に応じた就業条件を整えていく必要がある。
 後者については、SOHOの団体やNPOの団体・支援組織等の自主的取組みが重要である。
 また、生涯にわたるキャリアを考えると、地域社会の役割は大きい。地域やNPOを中心とする関係者の協力により、様々な活動を通じた、人のふれあいや子供や若者に対する地域コミュニティーの教育機能を復活させていくことが期待される。同時に、高齢者にも、人生の先輩として、地域で活躍できる場が与えられなければならない。

 第五に「能力の見える社会づくり」である。
 労働者個人が適切にキャリア形成を行うためには、本人の能力の棚卸しや能力評価を可能とする仕組みづくりが不可欠である。
 また、こうした制度の構築に併せ、企業内のポスト、キャリアルート、求人等の能力要件の明確化や様々な機関により行われる教育訓練の出来上がり像や訓練内容の明確化を図っていく必要がある。
 こうした仕組みの構築には、様々な能力を記述する共通言語の整備や評価の基準づくりが前提となるが、これらについては、技術の変化が生ずる企業現場に近い、民間の業界団体や職能団体が、知識社会における必須のインフラ作りとして、積極的に取り組んでいかなければならない。国はこうした取組みを支援し、コーディネートしていく役割を担う。
 それぞれの機関において、人材に係る能力要件の共通言語による明確化と開示がなされ、これと能力評価制度が結びつけば、キャリアの持ち運びや「能力」を基準とする取引を可能とする社会、即ち、「能力の見える社会」が現実のものとなってこよう。


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