1 年齢よりも能力を評価軸とする社会、雇用システムの構築
2 多様な能力を最大限に活かす働き方を選べる社会、雇用システムの構築
3 年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた取組の進め方
1 職務の明確化と社会的能力評価システムの確立
4 採用と退職にかかわる条件整備
(参考)
これまで、我が国の労働市場においては、(1)学卒一括採用による長期雇用、(2)年功処遇、(3)定年退職に見られるように、年齢や勤続年数が、採用・処遇・退職の在り方を決定する上での重要な要素となる雇用慣行が一般的であり、我が国の雇用の安定、人材の育成等に大きく寄与してきた。しかしながら、企業経営を取り巻く環境、働きがいを求める個人の意識、少子高齢化の進展する我が国の人口構造などの変化の中で、これまでの雇用システムが十分に機能できない面が現れている。
II 年齢にかかわりなく働ける社会と労働市場の姿
1.年齢よりも能力を評価軸とする社会、雇用システムの構築
年齢という要素に過度に偏りすぎた雇用システムを見直すに際し、年齢に代わる評価軸を何に求めればよいか。既に企業においては、職務に必要な能力や発揮された能力、成果を重視した、賃金・人事処遇制度の見直しが進められている。また、個人の側においても、自己の有する能力を最大限に発揮して自己実現を図りたいとするニーズが高まっている。こうした動きを勘案すれば、年齢にかかわりなく働ける社会を年齢よりも能力を評価軸とする社会と位置づけ、各人の有する能力が明確かつ公正な基準で評価され、雇用・処遇される雇用システムを構築していく必要がある。
2.多様な能力を最大限に活かす働き方を選べる社会、雇用システムの構築
一人一人の持つ能力はきわめて多様である。また、評価軸となる能力は、必ずしも企業社会で一般に重要とされるような、効率性を重視する経済的基準に立ったものに限られるものではない。例えば、教育や福祉分野における対個人サービスなどのように、人と人との触れ合いが求められる職務においては、相手との関係を全人格的に築いていくような能力が必要となる。年齢にかかわりなく働ける社会とは、多様な能力を最大限に活かせる働き方を、誰もがその価値観に基づいて選べ、生きがいをもって活躍することができる社会でなければならない。
3.年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた取組の進め方
年齢にかかわりなく働ける社会、すなわち年齢よりも能力を評価軸とし、個々人がその多様な能力を最大限に活かす働き方を選べる社会に円滑に移行していくためには、段階的に条件整備のための取組を進めていくことが肝要である。
III 年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた条件整備
1.職務の明確化と社会的能力評価システムの確立
2.賃金・人事処遇制度の見直し
3.能力を活かした多様な働き方を可能とする環境整備
4.採用と退職にかかわる条件整備
IV 年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けたプロセス
第一は、中高年労働者の雇用面での影響である。最近の労働市場を見ると、経済成長率の低下等により雇用需要が減退する中で、雇用情勢は厳しい状況が続いている。とりわけ人件費コストの相対的に高い中高年齢者を中心に雇用調整が拡大し、離職すれば採用の年齢制限や職業能力、労働条件などのミスマッチにより中高年齢者の再就職は極めて難しい状況にある。また、今後、厚生年金の支給開始年齢が65歳まで徐々に引き上げられていく中、60歳台前半の雇用確保が極めて重要であるが、処遇の変更や職域の開発の難しさもあって、定年の引上げや継続雇用がなかなか進まず、原則として希望者全員が65歳まで働ける企業は、約3割にとどまっている。厳しい雇用情勢の中でも、特に、中高年齢者という特定の年齢層が深刻な状況におかれており、その雇用の場をいかに確保していくかが重要な政策課題となっている。
第二は、企業経営にとっての問題である。グローバル化の進展、産業構造の転換などにより企業間競争が激化する中で、企業において引き続き年功処遇など、年齢を重視した従来の人事処遇制度を維持することは難しくなっている。企業にとって、国際競争力を高め、雇用を維持するためにも人件費コストの適正な管理を行うとともに、環境変化に柔軟に対応できる能力・職務重視の人事処遇制度を構築することが緊急の課題となっている。
第三は、個人の就業意識の変化である。若年労働者にとっては、能力を活かして働こうと思っても年功処遇の下では十分に処遇されないという不満が生じるとともに若年失業率も上昇しつつある状況にあり、各人が能力や適性に基づいて仕事に従事し、意欲を持って働けるような取組が求められている。また、労働者個人の意識においても、若年層に限らず、自らの能力が公正に評価・処遇され、自分のライフスタイルに即して年齢にかかわらずに能力を発揮して生きがいを感じることができる、より多様な働き方を求める傾向が強まっている。
第四は、人口・労働力供給との関係である。今後の人口・労働力供給の動向をみると、団塊の世代が60歳台にさしかかるなど一層高齢化が進む一方で、少子化による若年層の大幅な減少により労働力人口が減少に向かうこととなる。このため、社会全体として、年齢にかかわりなくより幅広い層を労働力として活用していくとともに、社会保障制度等を維持していくためにも、幅広く社会の支え手を確保していく必要がある。
働く場の確保が必要な中高年齢者、競争力の強化を図らなければならない企業経営、自己の能力を発揮できる多様な働き方を志向する個人、幅広く支え手を確保しなければならない社会全体、それぞれの要請を勘案すれば、持続的な経済成長の実現を図りつつ、ワークシェアリングを含めた雇用面での総合的な対応を通じて雇用機会を維持・増大させるとともに、過度に年齢に偏った我が国の雇用システムを見直し、意欲と能力を持つ誰もが年齢にかかわりなく能力を発揮して働ける社会を作り上げていかなければならない。そのための取組がなされず、今後も年齢に関する労働力の需要構造が変化しなければ、若年労働力が大幅に不足する一方、高齢労働力は大幅な過剰となる。対応の如何によっては、労働力供給が減少する中で、潜在的な労働力需要が満たされず、我が国で実現される雇用の総量が縮小するという悪循環に陥るおそれもある。
年齢にかかわりなく働ける社会や雇用システムの在り方を考える場合には、採用や退職というシステムの一部のみを取り上げて検討するだけでは不十分である。採用時の年齢制限や定年延長等の問題は、処遇や働き方などと密接に関連しており、雇用システム全体の見直しを進めなければ根本的な解決は難しい。このため、採用、能力評価、処遇、働き方、退職など雇用システム全体を問い直し、今後の在り方を総合的に検討することが不可欠である。
以上のような認識と考え方に基づいて、年齢にかかわりなく働ける社会と労働市場の姿、具体的な条件整備の在り方について検討を行い、中間的なとりまとめを行った。とりまとめの内容については、「年齢にかかわりなく働ける社会に関する研究会」において行われた詳細な検討の成果を基礎としている。この報告は、厚生労働大臣の要請を受けてとりまとめたものであるが、年齢にかかわりなく働ける社会の実現のためには、以下に述べる様々な条件整備を、政労使が役割分担を図りながら一体となって進めていく必要がある。その意味でこの報告は国民全体に対するメッセージであり、政労使を始めとする関係者が積極的に取り組むことを期待したい。
こうしたシステムの構築のためには、何よりも職務の内容とそれに求められる能力をより明確化するとともに、それに基づいた能力評価システムを労働市場に根付かせていくための社会全体としての取組が欠かせない。こうした仕組みが整備され、労働市場の調整機能が十分に発揮されるようになれば、能力・職務を重視した賃金・人事処遇制度の見直しと相まって、年齢にとらわれない採用や雇用延長の拡大につながっていくと考えられる。
多様な働き方を選択できるためには、何よりもまず総量としての雇用需要が確保されていることが不可欠であり、安定した経済成長とともに、サービス化・高齢化に伴うシニア産業等の拡大などを通じて、特に雇用の厳しい高齢者を中心とした雇用需要の創出に社会を挙げて取り組む必要がある。
こうした前提の下で、個人の意見が尊重される形で、各人の能力やニーズに応じて多様な働き方の選択ができるよう、フルタイムのみならずパートタイム、有期雇用、派遣労働などの様々な働き方を可能とするシステム、また、ライフステージに応じて働き方を変えたり、自己の能力をより発揮できる職場へ円滑に転職することができ、それが不利にならないような柔軟な働き方を可能とするシステムづくりが必要である。さらに、高齢期になれば就業ニーズがより多様になることから、雇用という形態にとどまらず、第1次産業から第3次産業まで幅広い分野での自営開業、さらには地域の生活に密着した臨時的・短期的な就業、ボランティア活動など、社会参加という視点をも加えたより幅広い働き方を可能とする環境整備が求められる。
今後10年程度は、労働力人口が減少へ向かう大きな転換点であり、また、団塊の世代が60歳台前半にさしかかる時期でもあることから、少なくとも65歳までの雇用の確保を確かなものとするとともに、将来の年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた基盤整備の期間と位置付け、(1)職務の明確化と社会的能力評価システムの確立、(2)賃金・人事処遇制度の見直し、(3)能力を活かした多様な働き方を可能とする環境整備、(4)募集・採用時における年齢制限の是正に向けた取組などの条件整備を、政労使が機能分担を図りながら一体となって進めていく必要がある。
年齢にかかわりなく働ける社会を目指すに際して、政府の果たすべき役割は大きい。持続的な経済成長の実現を図りつつ、年齢に過度に偏った雇用システムを改革するという視点に立って、働く意欲と能力のある個人が年齢という要素のみで働く機会を阻害させることのないよう、誰もが能力に応じて雇用、処遇され、多様な働き方を選べる労働市場の枠組みやルールづくりに向け、労働関係法制、税制、社会保障制度などを適宜見直すとともに、自ら公務員制度改革の具体化を進める必要がある。また、企業においては、労使の話し合いを通じて賃金・人事処遇制度の見直しを進め、複線型の働き方が可能となるような処遇の定着を図るとともに、年齢にとらわれない採用や高齢者の雇用の継続に取り組んでいくことが求められる。同時に、年齢にかかわりなく働けるためには、個人が主体的に自分のキャリアを形成していくことが重要であり、そのための労働者自らの努力はもとより、企業や政府の支援が不可欠である。
なお、年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた条件整備に関する考え方として、アメリカにおいて導入されている年齢差別禁止というアプローチをとる必要があるという意見がある一方、年齢にかかわりなく働ける社会というのは雇用における年齢差別を禁止することとイコールではなく、人権保障政策的観点と雇用政策的観点とを区別すべきとの意見や、年齢に代わる基準が確立されていない中で年齢差別禁止という手法を導入すれば、労働市場の混乱を招きかねないとの意見があった。
この点に関しては、IIIの「4.採用と退職にかかわる条件整備」に示す様々な論点があり、誰もが高齢期を迎えるという意味で「年齢差別」という概念が他の差別と異なるという点などを勘案しつつ、高齢者の雇用の促進のためにはいかなるアプローチがより効果的であるかといった観点から、総合的な検討を深めていく必要がある。
我が国企業では、幅広い職種にわたり能力を評価して処遇に結びつけるシステムとして職能資格制度が主に導入されている。最近では、潜在能力に加え、発揮された能力や成果を重視する方向での制度の見直しも進められているが、企業によっては職務の内容や能力の評価基準が必ずしも明確化されていないというような問題があり、また、あくまでも評価の対象は企業内に限定されている。企業で求められる能力には、業務知識・能力のように企業によって評価基準が多様な分野と、社会的、管理的能力のように共通性の高い評価基準を持つ分野がある。こうした多様性と共通性を踏まえ、企業内の能力評価と併せて企業横断的な能力評価が可能となるような仕組みを作っていくことが求められる。
現在、国において、事業主団体と共同で、職務ごとに必要な知識や技能・技術を分析・抽出する職務明確化のための事業が実施されているが、このような取組を着実に進めるとともに、その成果の普及を図り、活用していくことが重要である。また、官民が協力して職務ごとに必要な能力について分析を行い、その結果を踏まえた能力評価手法を整備するとともに、それを基礎として各業種ごとに能力評価の具体的な基準を作成することにより、包括的な能力評価制度を整備していく必要がある。その際には、ホワイトカラーなどの中で職務内容の定型化が難しい職務について思考・行動特性を含めて分析を行うことも検討するなど、職務の特性に応じた取組が求められる。また、こうした制度については、実際に活用する場でその有効性を検証し、労働市場の変化に併せて、常に改良を加えていくことが必要である。
高齢者雇用に関するミレニアムプロジェクトの一環として、事務系ホワイトカラーの職務について、職務経験を表現する共通のものさしにより個人が職務経歴書を作成できるコンピュータを活用したキャリア棚卸し支援システムが開発されたところである。今後、官民が協力してこうしたシステムの普及や更新を行うとともに、キャリアカウンセリングや求人・求職のマッチングを行う際のツールとして活用すれば、キャリア形成支援や再就職支援などの施策をより有効に実施していくことができよう。
また、労働者に求められる職業能力が多様化かつ専門化していく中で、的確にキャリアを形成し、職業能力のミスマッチを防ぐためには、これに対応した多様な職業訓練・教育訓練の機会が十分に確保されることが重要である。
このため、企業においては、職務に関する情報提供を進めるなど労働者のキャリア形成を支援するとともに、労働者が高齢期を迎えても企業内の人材ニーズに見合った能力を維持・向上させることができるよう、引き続き企業内でのOJT又はOff-JTによる各年齢層の労働者の能力開発に取り組んでいく必要がある。また、公共職業能力開発施設、民間の教育訓練機関、大学・大学院などがそれぞれの機能を活かして、ニーズに応じた職業訓練・教育訓練の機会の提供を図るとともに、これに関する情報を体系的に整備し、提供していくことが必要である。さらに、働き方が変容し、労働移動が増加していく中で、企業主導の職業能力開発に加え、労働者の自発性を重視した職業能力開発を政策的に促進していく必要がある。
年齢にかかわりなく働ける雇用システムを作っていくためには、職務の明確化、能力評価制度の整備と相まって、退職金を含めた賃金・人事処遇制度全般について、職務に必要な能力や成果を重視するという観点から見直しを行うことが必要である。こうした制度の見直しに当たっては、(1)各人の能力に応じた職務が、明確な目標や役割、権限とともに与えられ、(2)職務を通じた評価が、働き方に応じて、明確かつ公正な基準の下に自己申告や面接など本人の意向を加味した形で行われ、(3)その評価に基づいた処遇が行われる仕組みが構築できるかが前提となる。また、処遇については各人の納得を得られるよう、評価の基準や結果等に関する情報の開示が重要である。
賃金・人事処遇制度の在り方については、例えば、仕事内容や職種特性に応じて、(1)裁量度の大きい業務は成果・業績重視の処遇、(2)短期的に成果を測定することが困難あるいは適切でない業務は、より要件を明確化した職能給とすること、またキャリア形成の段階に応じて、(1)育成期間は職能給、(2)能力の発揮が問われる期間になれば成果に応じた処遇とすることなど、より複線的、多元的な処遇制度の確立を目指すことが大切である。
また、能力や職務を重視した複線的、多元的な処遇の一環として、パートタイム労働などの多様な働き方に対する公正な処遇を可能とするためにも、職務の特性を踏まえて時間当たり賃金という考え方を今まで以上に取り入れ、賃金制度として確立させることが必要である。
高齢期の処遇については、定年時に大きく処遇を見直す企業が多く、60歳以降の賃金制度は担当職務に応じた職務給型の賃金制度とする企業が比較的多い状況となっている。定年時における処遇の見直しは、職務や責任の在り方の的確な見直しと併せて行われることが重要である。また、年齢にかかわりなく働ける雇用システム構築の視点からすると、より早い段階から、職務に必要な能力や成果を重視した一貫した人事処遇を行っていくことが望ましい。
労働者にとっては、雇用が安定することで長期的な生活設計の見通しが立ちやすく、何より安心感を得ることができる。また、年功的な賃金体系は、次に述べるようにライフステージに応じて生計費をまかなう性格を有している。
長期的な雇用・処遇のメリット・デメリットのどちらが大きいかは、業種や職種ごとに異なる面があり、メリットの大きい分野では長期的な人材育成機能、雇用安定機能をできる限り活かしていくことが望ましい。諸外国の場合においても、勤続年数が長くなるにつれて技能の蓄積が高まり、それに応じて賃金の上昇が見られる。英米では、職務給型であったブルーカラーについても技能を加味して評価する方向に向かいつつあるとともに、職務と能力を組み合わせた処遇を行っているホワイトカラーについても、能力的要素を多く取り入れるなど、新しい賃金制度を取り入れる動きも出てきている。
賃金・人事処遇制度の見直しに当たっても、こうした国際的動向にも留意しつつ、業種や職種ごとの特性を踏まえ、短期的な業績のみに偏ることなく、長期と短期のバランスのとれた評価・処遇システムを確立していくための工夫が求められる。
例えば、生計費の中でもとりわけ負担となっているものに教育費があり、奨学金制度や教育融資の充実など、家計負担を軽減するための措置を講じることなどが求められる。
長期化する職業生活の中で、休暇の在り方、職業生活と家庭・地域での生活のバランスの在り方などに大きなかかわりを持つ労働時間の配分の在り方を見直し、個人のライフスタイルやライフステージに応じた多様な働き方を確立していく必要がある。このため、年次有給休暇の取得促進、所定外労働時間の削減などにより労働時間の短縮を推進するとともに、職業だけでなく、生きがい活動、ボランティア活動など広がりのあるキャリアを作り上げるための生涯にわたる学習機会を確保し、就業と教育・ボランティアなどの両立ができるような環境整備を進める必要がある。また、教育から就業、そして引退という直線的・画一的な生き方だけでなく、就業から再教育、引退から再就業など、いったんキャリアが中断した場合にも何歳からでもやり直しのきくような、複線型の人生設計が可能となる条件整備が必要である。
また、こうした働き方の見直しの中で、労働時間・賃金・雇用相互の組み合わせの在り方について、ワークシェアリングという考え方を含め、マクロレベル、産業レベル、企業レベルといった各段階で関係者が十分に議論し、合意形成に努め、共通認識に立つことが重要である。この点に関しては、雇用の確保を優先的に考えるべきであり、このため労働時間を削減する場合は賃金の改定についても労働条件の不利益変更と捉える必要はなく、合理性があれば柔軟に認める方向で考えるべきではないかとの意見があった。また、長期雇用を大切にするためにも、仕事内容の変更や継続雇用制度の導入などに伴う労働条件の調整を柔軟に進めていくことが必要との意見があった。
今後、常用フルタイム以外の雇用就業形態についても、労働市場において、個人のライフスタイルに応じた正当な働き方として位置付ける必要がある。このため、常用フルタイム以外の雇用就業形態を選択した労働者が、意欲を持って働くことができるよう、企業において、それぞれの形態の労働者に求める職務と責任の内容を明らかにするとともに、職務に必要な能力や成果を重視した処遇の普及により不合理な格差を是正していく必要がある。そのためには、我が国の仕事の組み立て方や処遇の仕組みも踏まえた公正な処遇を社会的に確立していくことが重要であり、政府はパートタイム労働に関するガイドラインを策定するなど環境整備に努めるべきである。
例えば、厚生年金は、原則として通常の労働者のおおむね4分の3以上の日数・時間以上働く労働者が加入することとされていることから、パートタイム労働者については適用を受けない者も少なくないが、雇用就業形態の多様化に対応し、就業により中立的な仕組みにするという観点も踏まえ、次期年金制度改正に向け、その適用拡大について検討を行う必要がある。また、退職金に係る所得税控除は、勤続年数が長くなるほど有利な仕組みとなっているが、勤続年数に中立的になるような見直しについて検討する必要がある。働いている高齢者に対し、一定の条件の下で減額した年金を支給する在職老齢年金制度については、高齢者の就業に関してどのように機能しているか評価した上で、高齢者の就業を促進するような方向で、その在り方について検討することが必要である。
労働者派遣については、労働者の働き方の選択肢を広げるとともに短期の労働需要に対応し、雇用機会の拡大が図られる等のメリットがあり、労働者保護の観点等を十分踏まえて、派遣期間の延長や対象となる業務の見直し等を含め制度全体の在り方について検討する必要がある。また、高齢者の派遣を専門に行う子会社の設立などを通じた雇用確保について、支援を検討していく必要がある。有期雇用契約については、企業の枠を超えて自らの専門性を活かした柔軟な働き方をすることによりその能力を存分に発揮したいという労働者やより安定した雇用を望む労働者のニーズ、企業活動の積極的な展開という企業のニーズに応えていくため、雇い止めの不安のない安定した雇用を望む有期雇用契約労働者の視点も考慮しつつ、その在り方について検討する必要がある。裁量労働制についても、自律的・創造的な働き方を求める労働者がその能力を存分に発揮できるよう、その在り方について検討する必要がある。
また、パートタイム労働者や派遣労働者などから常用フルタイム雇用への転換など、雇用形態の移行が柔軟に行われることにより、労働者の意欲と能力に応じたキャリアアップを可能とすることが望ましい。
こうした多様な雇用就業形態の拡大とともに、今後、労働移動が増加していく中で労働者が円滑に再就職できるよう、労働市場における需給調整機能の一層の強化に取り組む必要がある。このため、公的機関と民間機関が連携して、求人・求職に係る情報の提供体制を充実させることや職業訓練と職業紹介の連携を強化するほか、職業紹介事業制度全体の在り方等についての見直し検討を進めていくなどの取組が必要である。
同時に、IT化の進展といった近年の技術革新の成果を活用することや、また高齢者向けに職務の再設計を行うことにより、体力等の低下した高齢者であっても引き続き働けるような職域の開発に努める必要がある。
すでに様々な業種の企業において、施設や設備等のハード面の改善や、職場の分担の仕方、作業のやり方、健康・体力等に配慮した勤務形態の導入などソフト面の改善を行い、高齢者の職域開発や職場の創造を行っている事例が見られる。高齢者雇用について専門的なノウハウを有する機関において、これらの好事例を体系的に収集・分析し、積極的に普及を図るとともに、企業に対するコンサルティングサービス機能を強化し、高齢者の職域開発を支援していくべきである。
とりわけ高齢期には、フルタイム雇用と職業生活からの引退の間を段階的に接続するような就業が求められるなど、意欲や体力の多様化に応じて、就業を含めた社会参加の在り方について、特に様々なニーズが現れてくる。
シルバー人材センターは、定年退職後の高齢者に臨時的・短期的な就業機会を提供することを通じて、高齢者の就業ニーズに応えるとともに、生きがいの創出、地域社会の活性化等に大きな役割を担ってきた。今後は、高齢化のさらなる進展、高齢者のニーズの多様化等を受けて、地域における高齢者の労働力需給調整機能から社会参加促進機能まで一層幅広い機能を果たし、地域社会に貢献していくための役割の強化が必要である。
また、長年の知識や経験を活かすことを希望する高齢者など、自営開業を選択する個人に対しては、政府としても、民間の知恵と活力を活かしつつ起業ノウハウの提供や会社設立当初に必要となるコストの支援などを行うことにより、積極的に起業に挑戦できるような環境を整備していくことが必要である。
さらには、企業社会から離れて収入よりも社会貢献に意義を見出し、生きがいを重視する高齢者が増加していくことも予想される。その一方、家庭や地域社会の姿が変化する中で、企業社会で一般に重要とされる能力とは異なった思考・行動特性が必要となる対個人サービスのニーズが、教育や福祉などの分野において高まっていくと考えられる。両者を結びつける役割を果たすNPOによる活動がより幅広く展開されていく中で、そこでの雇用・就業機会も今後増加していくことが期待される。また、雇用・就業に加え、ボランティア活動への参加など、必ずしも従来からの労働という枠にとどまらない社会参加についても、無償のものだけでなく、謝礼として一定額を受け取るような有償ボランティアや、ボランティアサービスを時間や点数に換算したり地域の紙幣に置き換えて循環させる地域通貨といった仕組による活動が展開されており、個人の社会参加の選択肢が広がってきている。これらについて、働き方の一つの在り方として、位置付けを検討していく必要がある。あわせて、社会参加を希望する者に対して地域における諸活動について情報提供を行ったり、活動に要するコストについて支援するなど、NPO等との連携を図った上での行政による支援も重要である。
まず、政府は、今般策定された雇用対策法に基づく募集・採用時における年齢制限緩和のための指針を、年齢制限の見直しに向けた取組の第一歩と捉え、今後は実効性の確保に向けて、その確実な運用を図っていかなければならない。その上で、我が国の雇用慣行の今後の状況を踏まえながら、実態の分析や施策の効果の検証を行いつつ、年齢にかかわりなく働くことが可能となるよう、指針の内容を見直し、再就職の円滑化を進めていく必要がある。
将来的には、年齢制限を課す必要性について事業主の説明責任をより強化する、さらには募集・採用時の年齢制限について原則禁止とすることを検討する必要があるとの意見があった。一方、こうした措置を講じるのであれば、アメリカにおける随意的雇用(Employment at will)の原則を参考としつつ、解雇を含めた退職の在り方についてもあわせて検討すべきとの意見があった。
さらに、人口構成の変化による若年労働者の減少や働き方に関する労働者の意識の多様化、人材活用に対する企業ニーズの多様化等を踏まえ、基幹労働力の育成について留意しつつ、採用システムについて今後の在り方を検討する必要がある。
また、紹介予定派遣(派遣就業終了後に派遣先に職業紹介することを予定して行う労働者派遣)や常用目的紹介(当初求人者と求職者の間で有期雇用契約を締結させ、その契約の終了後引き続き、両当事者間で常用雇用契約を締結させることを目的として行われる職業紹介)により派遣労働や有期雇用を経て常用雇用に移行する形態が普及すれば、企業にとって労働者の能力を的確に判断できるとともに個人にとっても自分にあった会社で雇用されて働くことが可能となり、ミスマッチの解消につながると考えられる。このような形態の普及のためには、予定されていた紹介や雇入れが行われない場合にはその理由を明らかにすること、派遣労働や有期雇用の終了後に試用期間を設けないこと、常用雇用契約において予定される求人条件をあらかじめ希望者に対して書面で提示することなど、労働者に対する適切な配慮の下で実施されることが必要である。
高齢者がそれまで培ってきた能力を有効に発揮するためには、知識や経験を活かすことのできる従前からの職場で引き続き働くことが望ましい。しかしながら、60歳定年が定着し、定年制のある企業の約7割で継続雇用制度が実施されているものの、原則として希望者全員が65歳まで働くことのできる企業は約3割にとどまっている。
このため、定年の引上げ、継続雇用制度の導入・改善により高齢者の安定的な雇用を確保していくことが必要である。政府としては、定年の引上げ、継続雇用制度の導入等の高齢者雇用確保措置について、目標・時期を明示したアクションプランを設定するとともに、各種助成措置・相談援助体制の充実などを含め、目標達成に向けた計画的な取組を促す対策の強化を図るべきである。
また、定年制そのものの在り方について、能力のある高齢者の活用の妨げとなっているので将来的には廃止すべきという意見と、定年年齢までの雇用の確保について労使間で一定の共通理解を得られており、労働者の生活の安定や企業の雇用管理上の目安として、長期的な雇用関係のメリットを維持していく上で今後も果たすべき重要な役割があるとの意見があった。
定年制を廃止した場合に、雇用調整の手法をどうするかが大きな課題となるが、客観的で公正な能力評価制度が確立されていない中で、解雇の対象者を選定するに足る基準を設定し、かつ、対象者の納得を得ることは困難であり、できたとしてもそのために要するコストは多大なものとなる。
今後、年金の動向も踏まえながら、能力・成果に対応した賃金・人事処遇制度がどれだけ普及していくか、労働移動の状況も含めた実際の労働市場の状況を見つつ、定年、解雇などの雇用調整ルールの在り方について幅広い観点から検討を進めるとともに、処遇を見直して定年延長、継続雇用を行う方式によるコストと、定年をなくした場合に雇用調整に要するコストの比較を行いつつ、退職過程の在り方全体について検討する必要がある。
アメリカでは年齢差別禁止法が制定されており、採用や賃金、昇進、労働条件、退職などについて、年齢を根拠として異なる取扱いをすることは禁止されている。ただし、アメリカの連邦法である年齢差別禁止法においても、先任権制度に基づく行為は許容されており、上級管理職、公務員の一部などは定年制が認められている。また、そもそも法律の対象が40歳以上となっている点で、中高年齢層の雇用保護を目的とする性格を有しており、普遍的な均等待遇を目指す他の差別禁止法と異なる取扱いとなっている。
いかなるアプローチをとるにせよ、年齢にかかわりなく働ける社会の実現のための条件として、職務の明確化と社会的な能力評価システムの整備、能力・職務を重視した賃金・人事処遇制度の普及、多様な働き方の定着などが大前提となると考えられる。
年齢差別禁止という考え方については、こうした前提を踏まえ、誰もが高齢期を迎えるという意味で「年齢差別」という概念が他の差別と異なるという点などを勘案しつつ、高齢者の雇用の促進のためにはいかなるアプローチがより効果的であるかといった観点から、総合的な検討を深めていく必要がある。
したがって、年齢に過度に偏りすぎた雇用システムから、能力を評価軸とし、多様な能力を最大限に活かせる働き方を選べる雇用システムへと円滑に移行できるよう、先に述べた各種の条件整備のための取組みを先行させるべきである。
その際、現下の中高年齢者を中心とする厳しい雇用情勢への対応を最優先とすることが必要であり、持続的な経済成長の実現を図りつつ、雇用創出及び円滑な労働移動のための雇用対策やワークシェアリングの普及への取組を進めることと同時に、年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた雇用システムの改革に取り組んでいくことが重要である。
募集・採用時の年齢制限の是正とともに早急に取り組まなければならないのは、定年延長、継続雇用である。企業において、賃金・人事処遇制度の見直しや高齢者の職域開発などにより、雇用延長の取組が進められているが、原則として希望者全員が65歳まで働ける企業は約3割という状況を勘案すれば、政府として、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入等の高年齢者雇用確保措置について、目標、時期を示したアクションプランを設定するとともに、各種助成措置、相談援助体制の充実などを含め、目標達成に向けた計画的な取組を促す対策の強化を図るべきである。
能力を評価軸とする労働市場を作る上で、職務の内容やそれに求められる能力の明確化は避けて通れない。職務の明確化のための取組は、個人のキャリア形成や企業における能力開発の支援という視点から国の事業の一環として進められつつあるが、今後は、能力を評価軸とする労働市場の枠組みづくりというビジョンの下で、職務の明確化と包括的な能力評価システムの整備に向けた事業を早急にスタートさせるべきである。こうした事業は官民一体となった形で進める必要があることから、政府は、事業主団体、労働組合等の労使を始めとして関係者で構成する検討の場を設置し、政労使が連携して、業種別に職種ごとの能力評価の基準・手法を策定するとともに、労働市場の変化に合わせて改良を続けていくことが必要である。
併せて、これまでの分析を通じて明確化された職務体系やキャリア棚卸し支援のためのシステムを官民共通のツールとして利用できる体制を整え、個人や企業はもとより、政策的にも求人・求職のマッチングやキャリアカウンセリングを行う際に活用していくなど、職務や能力という要素を労働市場に根づかせていくための取組を並行して行うことが重要である。
こうした取組により、労働市場の調整機能が十分に発揮されるようになれば、能力や職務を重視した賃金・人事処遇制度の普及と相まって、年齢にとらわれない採用の拡大や高齢者の雇用延長の進展につながることが期待される。
さらに、雇用という形態にとどまらず、自営開業、地域の生活に密着した臨時的・短期的な就業やボランティア活動などによる就業・社会参加を政策的に支援していく必要がある。
65歳雇用システムから年齢にかかわりなく働ける雇用システムへの移行を連続的に捉え、円滑に行っていくためにも、今後10年間を、65歳までの雇用を確かなものとするとともに年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた基盤整備の期間と位置づけ、政労使を始め関係者が一体となった取組を集中的に実施していくことが必要である。ここに示した条件整備とプロセスを基に、着実な取組がなされていけば、誰もが年齢にかかわりなく、自分の価値観に基づいて働き方を選び、その能力を最大限に発揮することのできる社会への展望が必ず拓けるものと確信する。
伊丹 敬之
一橋大学商学部教授
井堀 利宏
東京大学経済学部教授
岡部 正彦
日本通運株式会社代表取締役社長
草野 忠義
日本労働組合総連合会事務局長
小堀 暉男
三菱ウェルファーマ株式会社代表取締役副社長
ジョージ フィールズ
フィールズアソシエイツ代表
清家 篤
慶應義塾大学商学部教授
妻木 紀雄
全国電力関連産業労働組合総連合会長
中村 桂子
JT生命誌研究館館長
南雲 光男
日本サービス・流通労働組合連合会会長
西村 健一郎
京都大学法学部教授
野中 ともよ
ジャーナリスト
樋口 美雄
慶應義塾大学商学部教授
福岡 道生
日本経済団体連合会参与
前日本経営者団体連盟専務理事
堀田 力
さわやか福祉財団理事長
座長
宮崎 勇
大和総合研究所特別顧問
森 一夫
日本経済新聞社論説委員
山口 浩一郎
放送大学教授
(有識者会議開催状況)
第1回(13年4月2日)
有識者会議の進め方、全体的な議論
第2回(13年12月27日)
中間とりまとめに向けた論点整理
第3回(14年5月31日)
中間とりまとめの検討
大沢 真知子
日本女子大学人間社会学部教授
勝尾 文三
日本化学・サービス・一般労働組合連合政策室長
北浦 正行
社会経済生産性本部社会労働部長
木下 光男
トヨタ自動車株式会社常務取締役
斉城 信夫
株式会社伊勢丹執行役員人事部長
佐藤 博樹
東京大学社会科学研究所教授
土田 道夫
同志社大学法学部教授
座長
樋口 美雄
慶應義塾大学商学部教授
藤村 博之
法政大学経営学部教授
松浦 清春
株式会社ワークネット顧問
前日本労働組合総連合会総合労働局長
森戸 英幸
成蹊大学法学部助教授
矢野 弘典
日本経済団体連合会専務理事
前日本経営者団体連盟常務理事
山口 登守
日本労働組合総連合会労働条件対策局長
(研究会開催状況)
第1回(13年5月22日)
研究会の進め方、全体的な議論
第2回(13年6月21日)
全体的な議論
第3回(13年7月24日)
分野ごとの議論(1)−処遇と評価
第4回(13年9月3日)
分野ごとの議論(2)−採用と退職
第5回(13年10月19日)
分野ごとの議論(3)−多様な働き方
第6回(13年11月27日)
論点整理
第7回(14年2月4日)
論点再整理
第8回(14年3月7日)
中間とりまとめに向けた検討(1)
第9回(14年4月16日)
中間とりまとめに向けた検討(2)
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