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第1部 我が国のものづくり基盤技術の現状と課題

第1章 経済のグローバル化と我が国の製造業

(1)経済のグローバル化と我が国製造業の現状

 製造業は、今後の我が国経済の発展にとって重要な役割を果たすものであるが、我が国が世界経済との結びつきを強めるで、その経営環境は大きく変化しつつあり、様々な問題に直面。

 製造業は、経済成長の牽引力であるとともに、加工貿易立国や科学技術創造立国としての基盤であり、国内に雇用機会を提供するものである。

先進5カ国の労働生産性年平均伸び率の比較

単位:兆円
付加価値額に占める製造業の割合(平成9(1997)年)

財・サービス輸出に占める製品輸出の割合

業種別純輸出額(平成12年)

研究費の組織別使用割合(平成12年度)

賃金水準の推移(平成2年=100)

 しかしながら、我が国が世界経済との結びつきを強める中で、製造業の経営環境は大きく変化しつつあり、中国を始めとする東アジアとの競合や、海外進出・国内生産拠点の空洞化の懸念など、様々な問題に直面。

我が国製造業の海外生産比率

製造業の業種別海外生産比率

現地企業の技術水準 現在

現地企業の技術水準 5年後

中国製品との競合性認識の有無

中国製品との競合の状況

(2)我が国製造業が直面する課題

経済のグローバル化に対応し、我が国の製造業が競争力を維持・強化するためには、他国に一歩先んじた技術及びそれを化させた製品を生み出す技術開発力を強化し、その成果を知財産として保護、活用する体制を確保するとともに、国内にいて多品種少量の需要に対し短納期で生産・供給する効率的事業手法の確立を図る必要がある。

○経営戦略に係る課題
 我が国の製造業の総資本営業利益率(ROA)は低下傾向にあり、欧米の主要企業と比較すると、「経営資源の選択と集中」が遅れ、事業部門、製品の種類が多く収益性が低下している。
 また、我が国の企業は、間接部門の生産性が生産部門に比べて低い、企業規模が小さく経営基盤が弱い等の問題がある。

(平成12年度)
地域別・業種別売上総利益率・売上高営業利益率
我が国の製造業の売上高総利益率は、欧米に比べ多くの業種で遜色はないが、売上高営業利益率は大きく劣っている業種が多く、総利益と営業利益の差に相当する間接部門コスト(販売費及び一般管理費)を相対的により多く負担しているものと思われる。

化学メーカーの売上高ランキング(平成12年) 主要化学企業のR&D及び利益率の国際比較

○産業技術力に係る課題
 情報通信、バイオテクノロジー等将来を担う革新的技術については多くの分野で、米国の優位が指摘されている。民間の研究開発費は趨勢的には増加傾向にあるものの、近年は伸び悩んでいる。
 また、我が国製造業の研究開発の成果は、社内に埋もれ事業化につながっていないケースが多い。この背景として、研究テーマが総花的、自前主義への拘りが強く産学連携が不十分といった問題点と並んで、多額の投資を要する実用化研究の段階に上昇していく際の「死の谷」を乗り越えることが困難化しているという課題が存在。

我が国技術者に対する革新的技術に係る技術力比較アンケート

製造業における研究開発費の動向

主要国の民間研究開発投資と経済成長における技術進歩との関係(80年代と90年代の比較)

大学の財源のうち民間資金比率国際比較(平成10年度、人文・社会科学+自然科学)

研究段階から市場投入に移るまでの資金調達の容易さに関するギャップ「死の谷」

○知的財産権に係る戦略的対応に係る課題
 我が国企業は、研究開発等の成果である技術や知的財産を戦略的に管理・活用する取組が不十分。
 この結果、企業がグローバルな事業展開を進める中、模倣品等権利侵害品に市場を奪われる事態や、アジア地域への意図せざる技術流出といった事態が発生。

日米欧の自国内及び海外における特許取得件数の比率(平成10(1998)年)

模倣品の製造国・地域及び被害分野

[意図せざる技術流出の事例]
 ○取引先たる東アジアの企業に対して、これまでの「つきあい」等から、その求めに応じ、先端技術に近い技術を供与したところ、キャッチアップされ、海外市場での競合が生じた。(素材メーカー)
 ○東アジアの企業で取引関係のあるところに、プロセス技術の一端を見せた(製品開発上見せざるを得なかった)ところ、その関係会社が当該技術について特許申請した。(半導体装置メーカー)
 ○ノウハウの塊である金型の図面、CAD設計データ等を無断流用され、全く同様の部品が東アジアのメーカーから流通している。(金型メーカー)

○生産の事業手法に係る課題
 我が国製造業の強みは生産現場にあると言われてきたが、90年代に入り欧米の製造業は、各種のアウトソーシングとあわせて事業再構築を進めるとともに、ITを活用した新たな生産技術を積極的に導入し生産性を向上。また、汎用品分野においては、中国等アジア諸国が低コストを背景に、生産能力を飛躍的に拡大。このため、我が国製造業においては、企業の組織改革も視野に入れITを戦略的に活用するとともに、製造現場において小ロット・短納期への柔軟な対応や、リードタイムの短縮に資する生産方式の導入、活用を図ることが肝要である。

業種別IT投資の民間設備投資比率

主要国ITの普及率と全要素生産性の変化

(3)競争力強化に向けた製造産業の挑戦

 我が国の製造産業は、幅広い課題に直面しているものの、21世紀の製造業を担う元気な企業によって解決に向けた様々取組が始まっている。

○経営戦略
 製造業の競争力強化のためには、経営資源の選択と集中を一層進めることにより事業活動全般の効率化を図ることが肝要。
 また、企業によっては単なる素材の提供に止まらず、最適解(ソリューション)を提供することや、製品の差別化を進めることにより、競争力強化を図っている。

(具体的事例)
(1)<企業の枠を超えて事業を統合・再編し、経営資源を成長分野に再配置>
 電力用電線事業を持つA社とB社は、電力用電線の需要減少と同事業の赤字の拡大が見込まれることから、平成13年に電力用電線部門をそれぞれ本体から切り離し、新会社の下で統合し、生産拠点の集約・再編、重複設備の廃棄を行った。この設備廃棄に伴って発生した余剰人員は、光ファイバー、化合物半導体等の成長分野に配置転換した。

(2)<情報システム部門を別会社として独立>
 大手鉄鋼メーカーA社では、将来の鉄鋼需要動向を、自動車の販売動向等に関するデータを駆使して予想してきたため、データの処理・予測能力が培われた。A社では、こうした能力は外部にも応用が可能と考え、情報システムの外部への販売を開始し、当該部門を分社化した。独立したB社はA社の情報システム関連業務のアウトソーシング先となりつつ、迅速な意思決定の下、外部への事業を積極的に展開している。

(3)<液晶用視野角拡大フィルムの分野におけるマテリアルソリューション>
 化学メーカーA社は、他社との競争に敗れ、一旦は液晶パネルフィルム市場から撤退した。しかし、A社の研究陣は、液晶パネルメーカーとの議論を通じ、新しい液晶方式(TFT方式)が必要になる可能性が高いといち早く判断。液晶パネルメーカーの潜在的なニーズを研究員自ら収集し、地道な研究を4年以上継続するとともに、液晶パネルメーカーの協力も得て、視野角を拡大したフィルムの開発に成功。

○研究開発による技術革新(イノベーション)
 従来は研究活動の成果が円滑に事業化に繋がらない点が課題となるケースが多かったが、近年は、応用研究、開発研究に重点を置きつつ、テーマの絞り込みを重視する企業が増え、欧米と比べ不十分ではあるものの、大学等外部研究機関との産学研究も進みつつある。また、研究開発によって大きな成果が期待される分野において、様々な取組が行われている。

(具体的事例)
(1)<大学等との共同研究を強化>
 総合化学メーカーA社は、探索的な研究では、外部研究機関へのアウトソシングは独自研究と比べて2.5倍から3倍程度コスト効率の向上が可能場合があるとし、海外の大学と材料科学領域で包括的な研究開発提携を行たのに加え、国内においても、次世代の革新的技術の創成を目的として、学を中核とした複数の企業との連携を進めている。

(2)<材料分野における研究開発−次世代モバイル用表示技術(プラスチッを利用した液晶の開発)>
 モバイル機器用液晶画面として、プラスチック基板を用いた液晶ディスプレイが期待されているが、各社が個別に研究開発を推進する場合、投資コトを回収できなくなる恐れがある。そこで、表示デバイス基板のプラスチク化を図る企業が協力し、大学や独立行政法人とも共同して研究を推進すことを決定。政府も共同研究施設の設置を支援し、平成14年、大学の敷内で研究施設の建設を開始することとしている。

(3)<環境分野における研究開発−燃料電池>
 水素と酸素を反応させて電気を取り出す燃料電池は、次世代低公害車の動力源や家庭内電源として期待される。特に燃料電池自動車については、主メーカーが激しい開発競争を展開しており、我が国の一部自動車メーカー平成15年に、試験的な販売を行うことを表明している。また、我が国では燃料電池自動車の早期実用化を目指し、自動車メーカーの参加を広く募り規模な実証実験を行うほか、標準の策定に必要なデータの蓄積を行っている。

○知的財産権に係る戦略的対応
 費用対効果を重視した知的財産の管理、事業の海外展開戦略に対応した技術管理の徹底、技術流出の防止などが行われている。また、模倣品に対する官民の様々な取組が具体化しつつある。

(具体的事例)
(1)<コア技術のブラックボックス化>
 製造装置やコア部品を内製化し、現地工場へ持ち込む。ソフトウエアについてはプロテクト化、あるいはコードを開示しない。製造装置の制御ノウハウを、基板として装置内に組み込むことにより対応。

(2)<従業員によるノウハウ流出防止>
 技術・ノウハウを細分化し全容を知り得る者の数を極力少なくすることで対応。退職時にノウハウを具体的に特定した上で、当該ノウハウに係る守秘義務を契約上明確化。人材流出を防ぐためにストックオプション付与で対応。

(3)<中国等の模倣品に対する対策>
 日本自動車工業会及び日本ベアリング工業会は、中国にミッションを派遣し、中国政府に権利侵害品の取締の強化を要請した。加えて、平成14年4月は、官民一体となって権利侵害品対策を実施するための産業界横断的組織として、「国際知的財産保護フォーラム」が発足した。

○生産の事業手法における新たな潮流
 商品のリードタイムの短縮、効率的な調達、顧客情報の管理などを目的としたITの活用が行われている。また、中国等アジアにおいて生産能力が強化される中で、国内において多品種少量・高付加価値製品の生産体制を実現する取組が行われている。

(具体的事例)
(1)<製品開発におけるCAD/CAM/CAEの活用>
 CAD/CAM/CAE(ITを活用した製品設計・試作・製造)の導入は、設計や製造作業を効率化させ、リードタイムの短縮するもの。例えば、0年代後半に自動車メーカーは相次いでCAEを導入し、外観デザイン決定から発売まで約30カ月だった日本企業の平均的開発リードタイム(欧米は当時平均40カ月)が、90年代末には約20カ月あるいはそれ以下に短縮されるようになった。
(用語)CAD(Computer Aided Design)は、コンピュータを利用して設計図を作るシステム。CA(Computer Aided Manufacturing)は、コンピュータを利用して製品を製造するシステムである。
CAE(Computer Aided Engineering)は、設計から製造、試験までの一連の作業をコンピュータを利用して一元的に管理するシステムである。3次元CAD/CAMとは、立体図に基づいたデザイン、製造を意味する。

実際に導入している情報システム

(2)<サプライ・チェーン・マネジメント:SCM(Supply Chain Managementの導入>
 SCMは、従来企業の様々な部門が独自に調達、生産等の計画を立てていたのを廃止し、部門間で情報を共有することにより製品の管理を最適化するものであり、商品を無駄なくジャストインタイム方式で供給する事を可能とするもの。
 例えば、アパレル大手A社は、関連する国内62メーカーと協力し、週末の店頭での売れ筋情報を即座にフィードバックし、今後の売れ筋を予測して週初に工場へ発注をかけ、次の週末までには店頭へ配送する、という発注から納品まで約一週間でこなす体制を構築した。なお、売上に占める国産繊維製品の比率は70%にも上っており、国内繊維産業の一つの方向性を示している。

SCM構築上の課題

(3)<デジタル化と熟練技能>
 熟練技能を分析してデジタル情報に変換することができれば熟練技能を習得できなくとも誰でも利用できるようになるが、熟練技能は完全にデジタル化できるものではなく、デジタル化が容易でない技能は、かえって希少性が高まる。さらに、顧客ニーズ、設計変更等に機動的に対応する上で熟練技能は重要な武器であり、新しい技術開発・商品開発を生み出す源でもある。
 例えば、A社は業界に先駆けてCAD/CAMを積極的に導入する一方で、CAD/CAMでは対応できない1/100ミリ単位以下の精巧な仕上げや、最後の人間の目による確認行程は、多数の熟練技能者が手作業で行っており、高度に進化したIT技術と技能が両立していることがA社の強みとなっている。

デジタル化が進むと熟練技能は不要になるか

(4)<セル生産方式>
 セル生産方式は、少人数の作業者が複数の工程をこなして規模の小さいラインを運営する方式であり、在庫が大幅に削減されるのに加え、作業員一人一人が別の製品を製造することができるため、多品種少量生産に適しているものである。
 例えば、精密機器メーカーA社の複写機工場では、セル生産方式の導入により、中間在庫が従来の20日から7〜8日分に減少、完成品在庫も従来の2ヶ月から約1ヶ月分へと半減し、結果として中級モデルで4割、高級モデルで3割の生産性向上を果たしている。

セル生産方式導入の効果

(5)<モジュール化>
 モジュール化は単機能の部品を、共通のインターフェイスの下に組み合わせ、セットメーカーの予定した一定の機能を実現する手法であり、コスト低減、品質の安定化等にメリットがある。IT産業のみならず、昨今では、自動車産業でも部品点数削減等、軽量化等の面からモジュール化が浸透しつつある。
 例えば、自動車メーカーB社では、モジュール化した工程において原価低減効果は約5%、不良発生件数は5分の1、生産性(組立て時間)は10%向上したが、一方、技術のブラックボックス化等を懸念する指摘もある。

(4)ものづくりに係る中小製造業及び産業集積

グローバル化が大きな影響を及ぼしている中小製造業・産業集積についても、経営革新、技術開発力の強化、地域におけ産学官連携の強化等の課題が存在。

 大企業と比較して、中小企業や産業集積内企業は、資金・人材等の経営資源が小規模であることが多いが、相対的に迅速意志決定が可能であり、また、外部組織を利用したり企業組を結成するなどして、経営革新の成果を短期間に挙げること期待される。

(具体的事例)
(1)<組合を結成し営業力の強化に成功した協同組合>
 地方の県庁所在都市の印刷会社11社からなるA協同組合では、顧客の多いエリアで積極的に営業活動を展開しなければ生き残ることは困難と考え、東京に営業所を開設し、共同受注事業の強化に着手した。同組合を構成する1社がそれぞれ得意の印刷分野を持つため、様々な需要に対応できることをセルスポイントに、地道に営業活動を展開した結果、現在では受注の大半を東京エリアで獲得することに成功した。

(2)<垂直統合型産業集積において生き残りを図る中小企業>
 産業集積として低迷しつつある日立市においても、これまでの大手電機メーカーへの依存からの脱却に取り組み、成果を挙げている企業も現れている。例えば、工業計器等の加工・組立を受注してきたA社では、これまで手がけてこなかった設計能力の強化に取り組み、受注の拡大に成功している。またB社は、大手電機メーカー1社への依存から脱却するために取引先の拡大に努力し、現在では大手企業4社と安定的に取引を行っている。

 中小製造業・集積内企業の中には、大企業に負けない技術志向を持ち、もの作り志向を極めた結果、世界的に優れた技術持つに至った企業もある。

(具体的事例)
(1)<高度な独自技術で高い競争力をもつ中小企業>
 携帯電話で鮮明な音声・画像を送受信するためには、高周波の電波を発信する極薄(近年は0.015mm)の水晶振動子が必要である。従業員数十名規模のA社は、もともとは木型づくりを手がけていたが、それに不可欠な研磨の技術を、水晶振動子を薄く加工する研削盤の開発に応用した。A社はこの研削盤に関する独自技術について特許も取得しており、A社の研削盤は、国内シェア7割を占めるとともに、製品の8割を海外に輸出している。

(2)<共同して優れた技術・製品開発を行う集積内企業>
 産業集積内に工場を持つ中小加工業者10社は、先端表面加工技術研究会を結成し、共同で製品・技術開発を開始した。メンバーとなる事業者は、いずれも微細加工、樹脂形成、レーザー加工等の分野で優れた技術を持つが、分野を越えて共同して研究開発を行うことで、より優れた技術・製品を開発できる可能性に着目した。既に、医科大学の研究者と共同して医療用機械の開発に着手しており、製品化の目途が付いているところ。

 地域の企業、大学、公的研究機関等による産学官の広域的な人的ネットワークを形成し、地域の特性を活かした技術開発推進するとともに、新事業の創出を促進することが重要である。

(具体的事例)
(1)<産業クラスター計画(地域再生・産業集積計画)>
 産業クラスター計画は、政府が地方自治体と共同して、世界市場を目指す企業を対象に、地域経済を支え、世界に通用する新事業が次々と展開され、産業クラスターが形成されていくことを目標としている。そのため、産学官の広域的な人的ネットワークの形成、地域の特性を活かした技術開発の推進起業家育成施設の整備等を三位一体で進め、さらに、事業化段階において様な支援策を総合的・効果的に投入する。
(用語)クラスターとは本来「ぶどうの房」の意。米国ハーバード大学ビジネススクーのマイケル・ポーター教授が地域の競争優位を示す概念として提唱したことで有名。産業クラスターは、特定分野の関連企業、大学等の関連機関等が地域で競争しつつ協力して相乗効果を生み出す状態を言う。

(2)<知的クラスター>
 我が国が産業競争力を維持し、持続的に経済の発展を遂げてゆくには、大学等に蓄積された「知恵」と「人材」を最大限に活用し、独自の研究・技術開発を促進してゆくことが必要。そのため、平成14年度より、全国10クラスターにおいて、知的創造の拠点たる大学等公的研究機関を核とし、技術分野を特化し産学官連携施策を集中的に展開し、研究機関や研究開発型企業が集積する研究開発能力の拠点の創成を図る「知的クラスター創成事業」を実施する。


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