健康危機管理について

地域における健康危機管理について
〜地域健康危機管理ガイドライン〜

(平成13年3月)


地域における健康危機管理のあり方検討会
地域における健康危機管理について
〜地域健康危機管理ガイドライン〜

I.総論

1.経緯

 新しい地域保健体制の整備を図るため、平成6年に保健所法が改正され地域保健法が制定されたが、その後、地域における健康危機事例が頻発し、健康危機に対する地方公共団体の保健衛生部門の役割が問われている状況にある。このような状況を踏まえて、平成10年11月に公衆衛生審議会の下に設置された「地域保健問題検討会」は、平成11年8月に報告書をまとめ、地域における健康危機管理の在り方について等の提言を行った。
 厚生省ではこの提言を踏まえ、「地域保健対策の推進に関する基本的な指針(平成6年12月1日厚生省告示第374号)(以下「基本指針」という。)」を平成12年3月に改正し、地域における健康危機管理等の基本的な方針を示した。基本指針には、地方公共団体が健康危機管理を適切に実施するための具体的な対応についての手引書を整備するべきであり、地域保健の専門的、技術的かつ広域的拠点である保健所は、地域における健康危機管理においても、中核的役割を果たすべきである旨が定められている。
 そこで、地方公共団体が、健康危機管理において保健所の果たすべき役割について記載した「地域における健康危機管理のための手引書」を作成する際に参考となるように、保健所が各種の健康危機管理を行う際に共通して果たすべき事項等をガイドラインとしてまとめることとした。
 なお、食中毒、感染症等の個別の健康危機管理については、それぞれの詳細なマニュアル等がまとめられており、個別の対策に当たっては、これらに基づいて行われることとなる。

2.健康危機管理の定義

 平成13年に定められた「厚生労働省健康危機管理基本指針」によれば、健康危機管理とは、「医薬品、食中毒、感染症、飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命、健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防、拡大防止、治療等に関する業務であって、厚生労働省の所管に属するものをいう。」とされている。
 この定義における「その他何らかの原因」の中には、阪神・淡路大震災や有珠山噴火のような自然災害、和歌山市毒物混入カレー事件のような犯罪、JCOによる東海村臨界事故のような放射線事故、健康被害は発生しなかったがその可能性が心配されたコンピュータ西暦2000年問題等、様々な原因の健康危機事例が含まれること、また、サリン事件のような化学兵器や毒劇物を使用した大量殺傷型テロ事件が発生した場合にも対処を求められる可能性があることにも留意する必要がある。すなわち、不特定多数の国民に健康被害が発生又は拡大する可能性がある場合には、公衆衛生の確保という観点から対応が求めれられているということである。

3.健康危機管理における保健所の役割

 近年の健康危機事例の多発の中で、保健所は地域における健康危機管理の拠点として位置づけられている。保健所には、地域における保健医療関係の行政機関として、平常時には監視業務等を通じて健康危機の発生を未然に防止するとともに、所管区域全体で健康危機管理を総合的に行うシステムを構築し、健康危機発生時にはその規模を把握し、地域に存在する保健医療資源を調整して、関連機関を有機的に機能させる役割が期待されている。換言すれば、保健所に最も期待されている役割は、住民に医療サービスや保健サービスを直接提供することよりも、地域の医療機関や市町村保健センター等の活動を調整して、必要なサービスを住民に対して提供する仕組みづくりを行い、健康危機に対応する主体となることである。
 具体的には、被害者の医療の確保、原因の究明、健康被害の拡大の防止に加えて、被害を受けた住民に対する健康診断及びPTSD対策を含めた心のケアのほかに、障害者、小児及び高齢者といった災害弱者対策等において、主体的に役割を果たすことが期待されている。
 また、本来の健康危機管理とは異なるが、保健部門においては、大規模災害時の被害者の遺体処理、被災により飼い主を失った犬及び猫の問題まで含めて議論されたこともあるということについても認識する必要がある。

4.健康危機管理の4つの側面

 保健所における健康危機管理の実際の業務は、対策の内容により、以下の4つの範疇に分けて整理することができる。
 すなわち、「健康危機の発生の未然防止」、「健康危機発生時に備えた準備」、「健康危機への対応」、「健康危機による被害の回復」であり、これらは健康危機管理業務の一連の流れとなる。

(1)健康危機発生の未然防止

 これは、管理基準の設定、監視業務等、健康危機の発生を未然に防止するための対策である。地域の状況を十分に把握し、保健所管轄区域において発生が予想される健康被害に応じた対策を講じることが重要である。

(2)健康危機発生時に備えた準備

 これは、健康危機がその時々の状況によって急速な進展をみることがあることから、保健所が迅速かつ効果的な対応を行うために、健康危機の発生に備えて事前に講じられる種々の対策である。これには、手引書の整備、健康危機発生時を想定した組織及び体制の確保、関係機関との連携の確保、人材の確保、訓練等による人材の資質の向上、施設、設備及び物資の確保、知見の集積等が含まれる。

(3)健康危機への対応

 これは、健康危機の発生時において、人的及び物的な被害の拡大を防止するために行う業務のことである。具体的には、対応体制の確定、情報の収集及び管理、被害者への保健医療サービスの提供の調整、防疫活動、住民に対する情報の提供等の被害の拡大防止のための普及啓発活動等のことである。また、被害発生地域以外からの救援を要請することも含まれる。

(4)健康危機による被害の回復

 これは、健康危機による被害の発生後に、住民の混乱している社会生活を健康危機発生前の状況に復旧させるための業務である。具体的には、飲料水、食品等の安全確認、被害者の心のケア等が含まれる。
 また、健康危機が沈静化した時点で、健康危機管理に関する事後評価を行うことも必要である。このとき、保健所による評価と、保健所の外部の専門家等による評価の双方を行うことが考えられる。実際に行われた管理又はその結果を分析及び評価することにより、管理基準の見直し、監視体制の改善等を実施し、被害が発生するリスクを減少させるための業務を行うことが可能となる。これらの評価を行うことにより、健康危機管理を行った組織等の健康危機管理の在り方についての見直しを行うことができる。
 さらに、健康危機管理の経過及びその評価結果を公表することにより、他の地域における健康危機管理のための重要な教訓ともなる。
 評価を行う際には、本ガイドラインにおける指摘事項を踏まえて評価することも考えられる。

II.各論

 総論において健康危機管理業務を4種類の範疇に整理したが、実際には未然防止と準備は平常時において同時に行うべきものであり、また、健康危機による被害の回復は、健康危機に対応している時点から常に念頭に置き、速やかに行うべきものである。従って、各論においては、健康危機管理業務を「平常時の備え」と「健康危機発生時の対応」の2種類に分けて述べることとする。

1.平常時の備え

 健康危機管理において最も重要なことは健康危機の発生の未然防止である。
 国民の種々の活動に対する規制又はそれに伴う監視業務の多くは、健康危機の発生の防止を目的として設けられたものである。例えば、ウラン溶液のずさんな混合により発生したJCOによる東海村臨界事故、黄色ブドウ球菌の増殖したままの粉乳を使用したために発生した雪印乳製品食中毒事件等は、本来遵守されるべき規則が遵守されていなかったために健康危機が発生した事例である。また、誤った検査の結果や情報の不十分な分析に基づき、不適切な行政処分を行ったり、事業を中止してしまったりした事例等は、健康危機管理体制の不備及び職員の意識の欠如から生じたものと思われる。健康危機管理の第一歩は、平常時における事前管理又は監視を徹底し、健康危機の発生を未然に防止するとともに、常に健康危機管理の意識を持つことである。
 しかし、どんなに未然防止対策を講じていても健康危機が発生してしまう場合や、地震等の自然災害のように、そもそも未然防止対策を講じることができない健康危機もある。このような場合には、迅速に健康危機を探知し、適切に対応することによって住民の健康被害の発生を最小限に抑止する必要がある。そのためには、平常時から健康危機の発生を想定し、健康危機の発生時に適切に対応できるように「準備」を行う必要がある。

(1)法令等に基づく監視等の事前管理の充実

 健康危機管理に関連する事務を規定する法律の概要は、別添1「地域における健康危機管理に係る各法の概要」のとおりである。これらのうち、平常時の業務についてはその趣旨を十分理解し、日頃から万全の対応を行うことが求められる。また、その実施主体が市町村等であるものについては、保健所はその実施状況の確認が重要である。例えば、以下のような業務があげられる。

  <各種法令に規定された平常時の対応例>

ア.感染症対策
  ・感染症法 医師からの届出の受理、入院勧告、入院措置、就業制限、物件等の消毒等
・予防接種法 臨時の予防接種
・結核予防法 定期外の健康診断、予防接種、医師からの届出、従業禁止、入所命令等
・狂犬病予防法 獣医師からの届出、犬等の隔離、狂犬病発生の公示、臨時の予防注射、移動制限、交通遮断等
・検疫法 検疫前に入港等した船舶等の長からの保健所長への通報、保健所長の命による消毒等の措置等
イ.食品衛生対策 臨検検査、収去検査、営業許可の取消し又は停止、回収命令等
ウ.獣医衛生対策 と畜場等の設置許可の取消し等
エ.生活衛生関係営業対策
  興行場、旅館業、公衆浴場業の許可の取消し等
オ.水道対策 臨時の水質検査、給水の緊急停止等
カ.医療対策 病院等の開設許可の取消し
キ.薬事対策、毒劇物対策
  立入検査等の監視、許可、登録の取消し等
ク.廃棄物対策 廃棄物処理業及び廃棄物処理施設の許可の取消し等

(2)地域に特徴的な健康被害の発生のおそれの把握

 法令や各種のマニュアル等に定められている健康危機管理の対応については、平常時から十分に理解することが必要であるが、それに加え、所管区域において発生する可能性の高い地域に特徴的な健康危機についても調査するとともに、その対応について検討することが重要である。
 石油化学コンビナート、有害化学物質製造工場、空港、港湾、原子力関係施設等は、保健所の通常業務と関連が少ない施設であるが、これらの施設における事故の発生時には甚大な健康被害が発生するおそれがある。そこで、保健所はこれらの施設が所管区域内にある場合には、都道府県等が定める既存の地域防災計画等を踏まえ、健康危機が発生した場合を想定した対応の手引書を策定することが望ましい。
 また、洪水、津波、地滑り、火山噴火等のような自然災害が原因となって健康危機が発生する危険性がある地域については、このような危険への対応についても検討する必要がある。
 さらに、例えば自然災害により工場の爆発事故が発生する等、健康危機が連動して発生し、複合的な被害をもたらす危険性等についても検討することが望まれる。
 このように、地域に特徴的な健康危機の発生する危険性を検討するに当たっては、過去に所管区域内で発生した健康危機の発生頻度、規模、位置、期間等を踏まえる必要がある。

(3)手引書の整備と実効性の確保

 健康危機に関する手引書としては、厚生労働省が作成している「食中毒処理要領」、「水質汚染事故に係る危機管理実施要領策定マニュアル」、「厚生労働省防災業務計画」、公衆衛生審議会が作成している「ポリオワクチン接種後の健康障害報告への対応マニュアル」、環境省が作成している「土壌・地下水汚染に係る調査対策指針運用基準」等がある。また、各地方公共団体で作成している地域防災計画、緊急時医療活動マニュアル等もある。
 このほか特殊な原因による健康危機に関する手引書としては、文部科学技術省等が作成している「地域防災計画(原子力災害対策編)作成マニュアル」等がある。
 健康危機管理のための手引書を作成していない保健所又は地方公共団体は、これらの手引書等を参考にして、各地の特性に適合した手引書を作成することが必要である。
 また、手引書を作成した場合は、関係者にその内容を十分に周知し、定期的な模擬的訓練等を行うことにより、その有効性を確認するとともに、必要に応じて手引書の改正を行う必要がある。特に、消防、警察、自衛隊、医療機関等と連携して、防災訓練、研修等を実施する機会がある場合には、保健所及び地方公共団体の衛生主管部局も積極的に参加する必要がある。

(4)非常時に備えた体制整備

 健康危機の発生を迅速に探知し対応するためには、健康危機の発生に関する情報を迅速に収集できる体制を平常時から構築するとともに、健康危機の発生時の対応について予め定め、その対応能力を高める必要がある。

(1)非常時を想定した体制づくり

 非常時において先ず重要なことは、管理責任者と指揮命令系統を確定することである。管理責任者については、本庁においては衛生主管部局長(重大な事件の場合は知事や市長)、二次医療圏においては地域の保健医療に精通した保健所長が適当であると考えられる。そして健康危機管理は技術的かつ専門的業務であるとともに、迅速かつ適切に行われなければならないものであることに十分留意した体制づくりを行うことが必要である。なお、保健所長は法令上の固有の権限(法令上、「保健所」又は「保健所長」の権限と明定されているもの)を平常時から確認するとともに、法令上、地方公共団体及びその首長の権限とされているものであって、保健所長に対して委任又は専決されているものを常に意識に留めることが必要である。
 また、保健所長が出張等により不在となる場合の体制を明確化し、可能な限り所長に代わる者には医師を配するほか、医師を配することができない場合にも、専門的かつ技術的な判断について遺漏がないよう留意するべきである。
 都道府県等の衛生主管部局及び保健所は、所管区域内の健康危機発生時の対応体制を、健康危機の規模、緊急度、対応内容等に応じて、段階的に予め定めることが望ましい。
 健康危機を原因とする被害が重大であり、かつ急速に拡大しつつあると判断される場合を想定し、被害の程度及び状況に応じて、臨時の24時間勤務体制を実施することについても検討する必要がある。

(2)統合組織における体制の確保

 近年は保健所と福祉事務所等とが統合される例が増えてきているが、統合組織においては、平常時の業務体制と非常時の保健所を中心とした健康危機管理の体制を明確に区別する必要がある。統合組織の長を保健所長が兼ねていない場合であっても、非常時には、統合組織の長ではなく、保健所長が健康危機管理体制への移行の必要性を決定し、保健所職員に対する指揮及び命令を行うことを平常時から明確化し、非常時における対応に遺漏や遅滞がないようにすることが必要である。地方公共団体によっては、保健所長以外の職員に対し、辞令上、統合組織の職員としての任用のみを行い、保健所職員としての任用を行っていない例があるようであるが、これは健康危機管理における責任の所在及び指揮命令系統を曖昧にし、健康危機管理に支障を来すおそれがあるので、保健所職員に対して、辞令上明確な位置付けを行う必要がある。

(3)人材の確保と資質の向上

 地域における健康危機管理体制の充実のためには、特に医師の確保並びにその適正な配置及び育成が重要である。そしてその配置に当たっては、専任の保健所長を置くことにより、医師が複数の保健所を兼務する状態の解消を図るとともに、1つの保健所に複数の医師を配置する等の適切な措置を講じるよう努めるべきである。
 また、健康危機管理は技術的かつ専門的な業務であることから、地域保健法施行令第5条に規定する技術職員の確保に努めるべきである。
 さらに、日頃から、原因究明の際に用いる疫学的な分析及び調査並びに緊急時における対応等に関する職員研修、健康危機事例に関する調査研究、情報収集等を積極的に行い、職員の資質の向上に努めるとともに、健康危機管理に関する知見を有し、その在り方について助言を得ることができる専門家との間の意思疎通等を日頃から図ることが必要である。特に、食中毒、感染症等の健康危機管理においては、その原因究明等に当たって、積極的に疫学的な調査の実施を求められることが多いことから、国立感染症研究所で実施している実地疫学専門家の養成研修や、国立公衆衛生院、各種研究機関等の研修の計画的な活用にも配慮する必要がある。

(4)機器等の整備

a.情報通信手段の確保

 健康危機管理において最も重要なことの一つは、非常時にも使用できる情報通信手段の確保である。そのため、通常の電話回線の他に、非常時専用回線、携帯電話、無線等の通信手段を確保する必要がある。保健所等には電気通信事業法施行規則第56条により回線輻輳時でも優先して使用できる災害優先番号が指定されており、こうした番号を事前に把握することも重要である。
 しかし、これらの手段をとっても、回線の輻輳、中継局の故障等による通信途絶も発生しうることから、これらの手段に加えて衛星電話を設置することが望ましい。さらには停電に備え、発電機を整備することも望まれる。
 また、同一の情報を同時に多数に送付することが可能なことから、インターネットを活用できる機器、特に衛星電話に接続できる携帯型のパーソナルコンピュータが整備されることが望ましい。

b.検査機器等の確保

 保健所においては、地域で発生する健康被害に対し迅速な対応を行うために必要な検査機器等を整備する必要がある。
 地方衛生研究所においては、健康危機管理の科学的かつ技術的な支援を行うために、より幅広い検査項目等に対応の可能な検査機器等の充実整備を図る必要がある。
 さらに、各保健所や地方衛生研究所の検査結果の精度を確保するために、検査マニュアルを整備したり、日頃から精度管理を着実に実施する必要がある。

(5)健康危機情報を迅速に把握できる体制の確保

a.24時間、365日の対応体制

 健康危機における健康被害の発生を最小限に抑えるためには、迅速に健康危機情報を把握し、その対策を講じることが必要である。そのためには、通常の業務時間以外の時間帯にも、随時連絡を取ることができるような体制づくりをすることが必要である。例えば、保健所において、通常の業務時間外の対応者(当番制でも可)を決め、保健所への時間外の電話に対する自動音声メッセージ、自動転送、庁舎の守衛への登録等の手段を用いて、その対応者と連絡が必ず取れるようにする必要がある。
 さらに、いかなる場合でも、保健所長(不在の場合はこれに代わる者)にその情報を迅速に伝達することが可能であるようにする必要がある。

b.健康被害の発生動向の把握のための平常時からの監視

 法令に基づき実施されている感染症発生動向調査と同様に、法令等に規定されていない事項であっても、地域特性に応じて危険性が高いと思われるものに関しては、保健所は健康被害の発生を早期に発見するために平常時から健康被害の発生動向の把握に努めることが望まれる。例えば、環境問題の担当部局等と連携を図りつつ有害物質のモニタリングを行うこと等が考えられる。

c.住民に対する幅広い相談対応

 保健所に寄せられる住民の相談等は、健康危機の発生を迅速に探知する契機となることも少なくないことから、保健所は平常時からその業務の広報に努めるとともに、住民からの相談に幅広く応じることを通じて、健康危機等に関する情報の探知機能を高める必要がある。このため保健所は、保健衛生に関する相談に自ら対応するのみならず、相談内容が他の機関、部局等の所掌に係る場合にはその担当機関等についての情報提供も住民に対して行うことが必要である。

(6)関係機関等との調整会議の設置等連携の確保及び非常時の役割分担の整理

 健康危機の発生時の円滑な連携を確保するためには、平常時から関係機関との信頼関係を構築することが重要である。このため、関係機関との調整会議を設置したり、地域保健医療協議会等の各種の協議会、各種のイベント等の機会を活用すること等が望まれる。また、健康危機の発生時の役割分担について予め定める必要がある。
 連携の在り方の詳細は、「2.健康危機発生時の対応」に記述するが、健康危機管理上、必要な連携先、連携内容等は、おおむね以下のとおりである。

a.保健所は、情報の収集、原因の究明、被害者の保護等に関して、都道府県及び市町村の衛生主管部局並びに地方衛生研究所と十分に連携を図る必要がある。特に、行政上の権限を発動する場合には、本庁との十分な連携が必要であるが、平常時からその連携体制について明確化する必要がある。
 住民に最も身近な市町村は、健康危機情報を最も早く把握する可能性が大きいため、市町村で把握した健康危機情報が迅速に管轄保健所に伝達される体制を構築する必要がある。
 検査機能を特定の保健所に集約させている地方公共団体は、検査機能を有しない保健所の管轄区域で採取した検体についても、遅滞なく検査ができる体制を確保する必要がある。
 また、複数の保健所の管轄区域にまたがる健康危機についての責任の所在、指揮命令系統及び役割分担をどのようにするのかについても予め定める必要がある。
 さらに、保健所を設置する市又は特別区を有する都道府県においては、これらの市又は特別区において健康危機が発生した場合の市、特別区及び都道府県並びにそれぞれの設置する保健所の間の役割分担を予め定める必要がある。

b.いかなる健康被害についても医療が確保される必要がある。保健所は、広域災害・救急医療情報システムの活用等により地域医療とりわけ救急医療の提供の状況を日常的に把握し、評価するとともに、地域の医師会、医療機関(特に災害拠点病院、救命救急センター)、消防機関等と連携を図ることが必要である。そのために、保健所は、「救急医療対策協議会」等に恒常的に関わることが重要である。

c.難病患者、精神障害者、在宅人工呼吸器装着者及び在宅透析患者のように在宅医療を受けている患者、ハイリスク妊婦、障害者等の災害弱者は、健康危機の発生により、在宅医療等の継続が困難となる場合がある。そのため、医師会、医療機関、福祉部門、教育部門等と連携して、健康危機の発生時にあっても、こうした患者等に対して必要な医療が確保されるように、予めこれらの関係機関等との連携体制を構築することが望ましい。

d.保健所は市町村が担当する高齢者、児童、障害者等への災害に係る情報提供や避難誘導、これらの者に対する必要物資の供給等の災害弱者対策に関する計画等を把握し、市町村を支援するため、医師会、医療機関、福祉部門及び教育部門との連携体制を予め構築することが必要である。

e.所管区域内に有害化学物質製造工場、原子力関係施設等がある場合には、その事故による被害を防止するために、平常時から地域の労働基準監督署、都道府県労働局、当該工場等の関連の民間部門等と連携し、事故発生時に備えた知見の集積、医薬品等の備蓄、役割分担等を行うことが望ましい。さらにこれらの事故により、飲料水、農作物等の食品、その他人体に影響を与える環境汚染が想定される場合には、それぞれの関連部門との連携体制も構築することが望ましい。

f.健康危機管理に係る保健所と警察及び消防との連携体制の構築については、基本的には都道府県衛生主管部局が、都道府県警察本部及び都道府県消防主管部局を通じて協議を行い、具体的な事項ごとに連携の窓口を決定し、さらに、各窓口との間に協議を行うことにより、具体的な連携の在り方を決定することが望ましい。
 健康危機情報は、保健所、警察、消防等の間でその偏在が見られることが多い。例えば、食中毒及び感染症に関しては、関係法令に基づいて、医師等から保健所に対して患者の発生を報告する規定が設けられているので、保健所がより多くの情報を保有しているのが通常である。また、災害時における医療機関の被害者を受入れる体制等の情報も保健所が把握していることが多い。他方、その他の健康危機情報については、医療機関、消防及び警察に健康被害発生の第一報が入るのが通常であるため、それらの機関が情報を保有していることが多い。
 これらの偏在している情報を、各機関が相互に提供しあえば、各機関の活動が促進され、何よりもその情報に基づき対応すべき機関がその情報を適時に入手できなかったことにより、取返しのつかない事態になったり、又は、危機への対応に予想外の時間を要することを防止できる可能性がある。
 どの情報をどのように提供しあうかについての取決めの在り方は、各機関や各地域の実情により一概には特定できないが、連携体制の構築に当たって、窓口等について協議する中で、提供することを合意できる情報はないかについて話し合い、少しでも多くの情報を交換できるように努力することが重要である。交換すべき情報の特定に当たっては、例えば、広域災害・救急医療情報システムにおいて、同一災害等による死傷者が15名を超えた場合には、原則として都道府県の救急医療担当部局が災害運用に切り替えるという基準があることを参考として、災害の規模を基準として各機関が連絡を取るという取決めをすることも考えられる。いずれにしても、各地域において独自に工夫し、迅速・的確に情報を交換できるよう各機関の相互の信頼関係を醸成することが望まれる。

g.自然災害等において、被災地域のみによる対応が困難な場合には、他の地域からのボランティア等の協力が必要な場合がある。そのような場合に備えて、例えば医療ボランティアの配置等の調整を行う担当を予め決めることが必要である。併せて、救援物資が届けられた場合の対応体制も予め決めることが必要である。

h.健康被害の原因が不明であるときに備え、保健所、地方衛生研究所、警察、大学及びその他の試験研究機関の間で、原因究明のための連携体制を整えることが必要である。このとき、一都道府県内の連携体制にとどめずに、例えばブロック内における役割分担を定めること等により、多様な原因物質等に対応できる体制を構築することが必要である。

i.健康危機発生時において、マスメディアは非常に影響力の大きい情報提供手段となるので、平常時から報道関係者が健康危機管理に関する正しい認識を持つよう情報提供するとともに、健康危機発生時における広報体制について、予め関係機関と調整することが必要である。

j.日本赤十字社は様々な災害派遣の経験を有しており、医療の提供、防疫活動等、災害時の保健衛生活動の多くを独自に実施する能力を有している。このため、都道府県衛生主管部局は、日本赤十字社各都道府県支部との間に健康危機発生時の協力体制を構築することが必要である。

k.自衛隊は、自衛隊法等の関係法令に基づき、災害派遣等の権限を有している。保健所においては知事部局との連携のもとに、当該保健所の所管区域の警備を担当する部隊との情報交換を行い、健康危機発生時の協力体制の構築に努めることが望ましい。

(7)備蓄体制の整備

 地域において特異的な健康危機が発生する可能性のある場合には、その特性に応じて、薬事法上の手続を踏まえつつ平常時から医薬品等を備蓄することも考慮すべきである。例えば、有機リン剤工場を有する地域ではプラリドキシム、毒蛇の多い地域ではその毒素に対する抗血清等が考えられる。
 備蓄場所は、備蓄物資を使用する機関で確保することが望ましく、医薬品であれば、例えば、薬剤卸センター、薬問屋、災害拠点病院等において備蓄することを検討することが適当であると考えられる。
 保健所は地域の保健医療に関する行政機関として、これらの特殊な医薬品等の備蓄場所を平常時から把握しておき、非常時には被害者の治療に当たっている医療機関等に対して情報提供等を行う必要がある。

(5)知見の集積(健康危機情報の収集並びに調査及び研究の推進)

 健康危機に対する適切な管理能力を身につけるためには、様々な健康危機事例の原因とその対応策について熟知すること、健康危機に際しても落ち着いて適切に対応する力量を身につけることが必要である。そのために、平常時においては以下のことに努めるべきである。

(1)健康危機管理に必要な情報の整理

 特殊な医薬品等を保有する医療機関等のリスト、化学物質や感染症に関する専門家のリスト、市町村が作成する避難所候補地のリスト、患者や物資のヘリコプター搬送が行われる際に必要となる緊急離発着場の候補地とその場所の管理者のリスト等、健康危機管理を行う際に必要な情報を整理して把握することが必要である。
 また、随時、専門的な情報の提供を要請できる個人又は機関についてのリストを作成することも必要である。(例えば、中毒物質に関する物質の特性、中毒症状、治療法等の情報は、(財)日本中毒情報センター等。)

(2)専門的知識の習得等

 文献を入手すること等により、国内外の健康危機の原因となる微生物、化学物質等による症状、疫学、治療法等についての情報を収集し、知識を習得する必要がある。特に、地域に特徴的な健康被害の対応に必要な資料は、事前に収集することが必要である。
 このほか、最近はインターネットを利用した専門家メーリングリスト等が盛んに立ち上げられているが、このようなネットワークに積極的に参画することが望ましい。これにより、平常時から専門的情報を収集することができるとともに、健康危機の発生時には直ちに専門家に相談することが可能になる。
 なお、既存の専門家ネットワークには、(財)日本中毒情報センター等が管理する専門家ネットワークがある。

(3)調査研究の推進

 地域における健康危機に関連する調査又は研究を、地方衛生研究所とも連携しつつ実施することが望まれる。

(6)模擬的健康危機管理の体験

 個人が経験できる健康危機管理の事例は限られていることから、模擬的な訓練の実施等により、保健所の対応能力を高めておく必要がある。例えば、所管区域外で発生した健康危機事例が所管区域内で発生した場合を想定し、模擬訓練や図上演習を行う等して、健康危機管理を体験することが有効である。

2.健康危機発生時の対応

 地方公共団体は、健康危機が発生した場合には、対応体制の確定、正確な情報の把握、原因の究明、医療の確保等を迅速に行い、住民の健康被害の拡大防止に努めることが必要となる。
 以下には、保健所を中心とした対応について記述する。

(1)対応体制の確定

(1)責任の所在、役割分担及び指揮命令系統の確認

a.地域における責任の所在、役割分担及び指揮命令系統

 非常時には、予め定めるところに基づき、最初に責任の所在及び指揮命令系統を確定し、対応することが重要である。通常、地域においては、健康危機発生地を所管する保健所の所長が責任者となる。
 保健所長は、非常時体制への移行、役割分担等の指揮命令をトップダウン方式で行う必要があり、そのためには必要な情報が保健所長に集められていなければならない。
 保健所長は非常時体制が必要であると判断した際には、直ちに職員を召集する。健康危機の原因が不明の場合には、食中毒、感染症、化学物質その他複数の可能性を想定し、いずれの場合にも対応できるように、保健所内の各課横断的な体制づくりをすることが必要である。また、健康危機の規模等によっては、保健所職員全員による対応が必要となる場合もある。
 非常時の体制については、以下に示す「表 非常時における役割分担例」を参考に、健康危機の状況に応じた非常時体制を直ちに確立することが望まれる。この際、保健所長は、各担当ごとに責任者を指名し、責任の所在を明確にすることが必要である。人員不足の場合には、本庁等に応援の派遣を要請する必要がある。
 保健所は、健康危機が重大であること又は広域に及ぶことにより都道府県本庁が健康危機管理を行う場合であっても、その所管区域内における問題については、責任をもって積極的に対応する必要がある。
 本庁から保健所に対して健康危機に関する指示があった場合、連絡を受けた職員は、速やかに保健所長に報告しなければならない。保健所長は、本庁の指示に疑義等がある場合、本庁の担当部課長等の責任者に直接確認することが必要である。

<表 非常時における役割分担例>

ア. 庶務担当
対応人員の確保
食事、寝具の手配
現地派遣に伴う庶務的事項
 
イ.情報収集担当
本庁担当課、他の保健所、医療機関、警察、消防機関、市町村、教育委員会等からの情報等の受付・分類・整理
マスコミ報道等の情報の収集
インターネットによる情報収集
専門家や研究機関等からの情報収集
 
ウ. 現地対策担当
現場からの情報収集、検体試料収集<現場調査担当>
医療機関における被害者の臨床症状の情報収集<患者調査担当>
現地での関係機関との調整・情報収集
 
エ.所内対策担当
対策の企画立案
対策に必要な他機関との連絡調整
本庁への報告連絡
職員の現地派遣に伴う調整
原因究明に係る調査・分析の計画と検査の実施
情報の分析(流行曲線、分布図、患者一覧の作成等)
事案経過表等の記録作成
広報資料作成
保健所内のスタッフへの情報の連絡
 
オ.広報担当
広報・取材対応についての本庁との連絡・調整
広報関係資料の作成・提供
取材への対応と記録
マスコミ等との連絡調整
インターネット等での情報発信
 
カ.サービス提供担当
巡回相談の実施
電話相談の実施
(注:◎については、原則として保健所の部課長等管理責任者が行うこと)

b.都道府県等の本庁における責任の所在、役割分担及び指揮命令系統

 保健所から本庁に対して健康危機に関する報告があった場合又は本庁が自ら健康危機の存在を探知した場合には、保健所による対応のみで十分な事案か否か本庁が判断する必要がある。この判断は重要であることから、本庁担当部課の責任者が自ら判断を行う必要がある。また、責任者は、国及び他の都道府県に対する報告及び必要な情報交換についても配慮する必要がある。
 地域における健康危機の対応には基本的に保健所が当たるが、健康危機の規模が大きい場合、社会的な影響が大きい場合等内容が重大な場合には、複数の保健所が合同で対応し、都道府県の衛生主管部局等の責任者による連絡調整が必要となる場合がある。
 健康危機管理における指揮命令は、組織の管理責任者がトップダウン方式で行うべきこと、管理責任者に必要な情報が集められる仕組みづくりをすべきこと、関係各課にまたがる問題又は重大な問題が生じた場合には各課横断的な非常時の体制等を確立して対応すべきであること等については、保健所における対応と同様である。

(2)保健所内の情報収集体制の確保

a.第一報

 健康危機の発生又はそのおそれがあることの第一報を受けた職員は、未確認の情報であっても、通常の業務時間内か否かにかかわらず、保健所長及び保健所の所属部課長に連絡し、非常時の体制への移行、本庁への報告の要否等のその後の対応について保健所長等の判断を求めることが必要である。

b.報告

 健康危機管理に関する情報は、最初に情報に接触した者だけが保持することにならないようにする必要がある。非常時体制がとられた際には、あらゆる情報は情報収集担当で受け、保健所長及び所内対策担当に報告し、情報を一元的に集約整理して管理することが適当である。
 また、本庁へ報告した場合には、情報の内容が重大であればある程、保健所と本庁との間の連絡は緊密に行われることが必要である。
 さらに、特に重大な情報の際には、保健所長が本庁の衛生主管部局長等に直接報告し、伝達の遺漏又は遅滞のないようにすることも必要である。

c.都道府県の本庁における情報の取扱い

 都道府県本庁の衛生主管部局は、保健所からの報告を迅速かつ正確に管理責任者に報告することが必要である。健康危機の内容が各課の所掌にまたがる場合には、情報を極力一元化して管理し、各課から保健所に対して重複した問い合わせが行われないよう配慮することが必要である。もし、保健所に対して各課からの問い合わせが相次ぎ、その対応に忙殺される場合は、保健所長は衛生主管部局長にその旨進言する等の対応も必要である。
 また、法令等に定められた国等への報告及び広域的な対応が必要な場合、他の都道府県等との情報交換にも十分留意する必要がある。

(3)職員派遣

 健康危機の発生後、的確かつ速やかな対応を行うためには、保健所又は都道府県本庁から健康危機の発生現場又は現場が所在している市町村へ、さらに都道府県本庁から保健所へ、職員を派遣し、情報の収集、状況の確認、原因の究明、現場の調査(検体試料の採取等)、関係機関との連絡調整、派遣先における助言等に当たらせる必要がある。
 派遣にあたっては、現地の状況に応じ、職員の安全を確保するために必要な措置を講じる必要がある。
 また、通信の途絶した状況の中で情報の収集又は連絡の確保を行うことが必要となることが多いため、通信手段として携帯電話又は衛星携帯電話を装備することが望まれる。
 現地対策本部等が設置された場合には、常駐者を配置し、情報の収集等に万全を期す必要がある。

(4)関係機関との連携体制確保

a.医師会及び医療機関との連携

 健康危機の発生時に、被害者に適切な医療の確保を行うため、本庁及び保健所は、広域災害・救急医療情報システム等を用いて、地域における救急医療の確保に関する状況を確認するほか、健康被害の規模を勘案し、医師会及び地域の医療機関と連携して迅速に病床確保のための調整を図る必要がある。この際、患者の病態に応じた特殊な医療、高度医療の確保等についても考慮する必要がある。
 また、現場に救護班等の医療従事者を派遣する必要がある場合には、本庁と協議の上、医師会及び医療機関に協力を要請する。

b.警察及び消防との連携

ア)窓口の選定

 保健所の初動時の活動について、警察又は消防の協力が必要な場合は、これらの関係機関との事前の協議に基づき定めた連絡先又は担当窓口に連絡を行い、事案の概要、経過等の情報を相互に確認の上、連携及び協力を要請する。
 なお、上記の連絡担当窓口があっても、健康危機の状況によっては、保健所長が自ら、警察又は消防本部の定める担当部局との間で協議を行い、協力を依頼することが望ましい。
 さらに、事案の重要性によっては、保健所長は、これらに加えて直ちに本庁の衛生主管部局長に連絡する必要がある。本庁の衛生主管部局長は状況に応じて、警察については、予め事前の協議で定める都道府県警察本部の各主管部局長等に対し協力を要請すること、また消防については、都道府県消防主管部局長を通じて管内の消防本部に対し協力を要請することが必要である。

イ)具体的な連携事項
(保健所と警察との間で連携を検討すべき主な事項)

○ 保健所における健康被害の情報収集又は原因究明の過程において、犯罪が疑われる場合には、速やかに警察に通報し、要請に応じて捜査に協力することが必要である。保健所による現場の調査中に犯罪が疑われたときは、現場の物品等の収去等を行う前に、警察の責任者との協議を行うことが必要である。捜査との関係により、現場の調査や検体の採取について制限を受ける場合には、警察から試料の提供を受ける等の協力を依頼する必要がある。

○ 保健所と警察が対応した場合には、両者は、健康被害の状況、検査結果、事件の概要及び原因についての情報の共有を図ることが望ましい。

○ 災害時等に医療救護班等の専門家を現場に派遣したり、医療物資等の必要物資を搬送する際には、保健所は必要に応じて警察に先導を依頼することも考えられる。
(保健所と消防機関との間で連携を検討すべき主な事項)

○ 保健所と消防機関が対応した場合には、両者は、健康被害の状況、搬送先医療機関及び検査結果等、事件の概要及び原因についての情報の共有を図ることが望ましい。

○ 保健所の健康被害の原因の究明が消防による原因の究明と並行して行われる必要のある場合には、消防と保健所との間において検体試料、検査結果等の原因に関する情報の共有を図る必要がある。

○ 現場への医療救護班の派遣又は治療及び救護に必要な資機材の搬送への協力を依頼することも必要である。

c.地方衛生研究所等との連携

 健康被害の原因物質の分析又は特定に当たっては、保健所が自ら検査、分析又は検討を行うことも必要であるが、これに加え、以下のような場合には、地域の実状に応じて地方衛生研究所における検査及び分析も実施することが必要である。

  • 被害の重大性、緊急性、原因の特殊性等により保健所の検査機能又は疫学的調査能力による対応が困難であると予測される場合

  • 保健所内における検査の結果に疑義がある場合又はその結果による社会的影響が大きいと予想される場合等のように、各種検査のクロスチェックが必要と考えられる場合

 このほか、原因物質の特性、健康影響、治療法、採取法等について、保健所は必要に応じて地方衛生研究所に照会すべきである。
 さらに、地方衛生研究所における原因究明が困難である場合や知見が不足している場合には、他の地方衛生研究所、大学、国立感染症研究所、国立医薬品食品衛生研究所等の専門機関の協力を要請する必要がある。

d.(財)日本中毒情報センターとの連携

 化学物質等による中毒の可能性が考えられる場合には、調査の開始前であっても、必要に応じて、(財)日本中毒情報センターに対して、保健所が既に把握している被害者の症状等の情報を連絡し、この情報から推測される健康危機の原因物質についての助言を得て、その後の調査方針又は治療方針についての企画に役立てる必要がある。

e.その他の行政機関、関係機関又は関係団体等との連携

 調査や情報収集を実施する際には、事前に市町村(学校における発生の場合は教育委員会)、郡市区医師会、医療機関、健康被害の集団発生が生じた施設等に対し、情報収集又は調査への協力を依頼し、理解を得ることが必要である。
 自然災害のような大規模災害や有害化学物質製造工場の爆発のような特殊な災害時等には、都道府県は、日本赤十字社や自衛隊への協力要請も考慮する必要がある。
 また、行政のみによる対応が困難な場合には、民間ボランティアとの協力も考慮する必要がある。

f.専門家の活用

 健康危機への対応に当たっては、平常時から準備している専門家のリストを用いて必要な対策等に関する専門家の意見を聞くことが必要である。
 健康被害の状況に応じて、専門家の派遣が必要であると判断した場合には、保健所長は本庁担当課に専門家の派遣を依頼することが適当である。本庁担当課は、要請に応じて専門家の確保に努める必要がある。
 最近、国立感染症研究所において、食中毒又は感染症の集団発生事例の際に積極的に疫学的な調査を行い原因究明と対策を行う専門家の育成を行うとともに、都道府県からの要請に応じて専門家を都道府県に派遣するシステムが構築されており、こうしたシステムの活用を検討することも必要である。

g.現地における活動の調整

 都道府県又は市町村が現地対策本部を設置した場合には、保健所から職員を派遣し、定期的な情報交換を行い、対応について関係機関との協議又は調整を行う必要がある。
 現地対策本部の設置に至らない段階においても、関係機関の円滑な連携をはかるため、現地において連絡調整会議を設けた方がよい場合もある。この会議では、緊密な情報交換を行うとともに、原因物質の特定及び分析、健康影響の評価、防護、被害者の大量搬送、住民の避難、医療措置、除染・防疫、原因物質の無害化等について具体的な活動を関係機関と調整することが必要である。

(5)責任者(保健所長)の役割

a.非常時体制へ移行の判断

 健康危機管理には「平常時の体制から非常時の体制への切替えの判断」が最も重要である。多くの場合、限られた情報の中での判断となるが、所内の職員の意見等を参考にしつつ、所長が責任をもって決断し、指示する必要がある。その際、決断の根拠について説明できるようにすることが必要である。
 また、状況に応じて本庁担当部局に報告し、相談することが重要である。

b.指揮官としての存在感の発揮

 保健所長は、保健医療に関する行政責任者であり、保健所内において健康危機管理の総括に努めるとともに、状況に応じて現場の状況把握(二次災害の防止の観点からも必要な場合がある)を行うことが必要である。また関係機関の長と直接調整を行うことも、関係機関との良好な連携を保つために必要である。

c.健康被害の拡大の防止等

 健康被害を受けた住民に対する医療の確保や、健康被害の拡大防止に係る措置等は保健所長の判断で迅速に行うことが重要である。
 行政措置権限を行使する場合(営業の停止、商品の回収、避難の実施等)については、当該都道府県全体での対応又は他の都道府県の対応に影響が波及する場合が少なくない。そのため、被害の拡大又は原因が明らかではない場合には、行政措置を決定する前に、関連する詳細な情報の収集と情報の精度の確認を行うとともに、その分析を行い、都道府県の担当部局及び専門家と相談する等して、事態の異常性の判断を正確に行い対応策の決定を適切に行う必要がある。
 この場合、相談を受けた都道府県の担当部局では、その管理責任者に速やかに連絡するとともに、特に全国的な波及等が想定される場合には、速やかに厚生労働省の担当部局に相談し、都道府県としての対応方策を決定する必要がある。

(2)法令等に基づく対応

 各種の健康危機管理に関連する法令には、非常時を想定して、これらの異常な状態を把握するために行う臨時検査、調査、監視、被害の拡大の防止に関する措置等が規定されている。また、被害者を救済するための措置等も規定されている。
 感染症、食中毒等による危機が発生した場合のように、法令等に具体的な調査方法、調査すべき内容、検査方法、行政措置等について規定がある場合には、それらに基づいた対応を適切に行う必要がある。
 さらに各法令に具体的な対応、行政措置等が規定されていない場合であっても、これらの法令の趣旨に鑑み、「住民の保健衛生上の安全を確保する」観点から必要な場合には、保健、医療及び環境分野における異常な事態の把握、健康被害の発生又は拡大の防止、異常な状態からの復旧及び被害者の救済に係る措置について関係機関等と協力し実施に努める必要がある。

  <各種法令に定める緊急時の対応例>

ア.感染症対策
  ・感染症法 医師からの届出の受理、入院勧告、入院措置、就業制限、物件等の消毒等臨時の予防接種
・予防接種法 臨時の予防接種
・結核予防法 定期外の健康診断、予防接種、医師からの届出、従業禁止、入所命令等
・狂犬病予防法 獣医師からの届出、犬等の隔離、狂犬病発生の公示、臨時の予防注射、移動制限、交通遮断等
・検疫法 検疫前に入港等した船舶等の長からの保健所長への通報、保健所長の命による消毒等の措置等
イ.食品衛生対策 臨検検査、収去検査、営業許可の取消し又は停止、回収命令等
ウ.獣医衛生対策 と畜場等の設置許可の取消し等
エ.生活衛生関係営業対策
  興行場、旅館業、公衆浴場業の許可の取消し等
オ.水道対策 臨時の水質検査、給水の緊急停止等
カ.医療対策 病院等の開設許可の取消し
キ.薬事対策、毒劇物対策
  立入検査等の監視、許可、登録の取消し等
ク.廃棄物対策 廃棄物処理業及び廃棄物処理施設の許可の取消し等

(3)情報管理

(1)情報収集(被害状況、原因関連情報、対応状況、医療提供情報)

a.情報収集すべき内容

 「被害状況」を把握するために、健康被害の発生した場所及びその周辺の状況並びに日時(発病日時)、被害者の症状及び主訴並びに受診日、患者発生人数等の健康被害の概要、情報の入手先の医療機関、消防等の関係機関名に関する情報を収集する。
 「原因関連情報」として、原因究明のために必要な情報又は原因究明の進捗状況及び対処法についての情報等も収集する必要がある。特に、原因関連の情報は、被害者の治療等にも影響を与えるため、早急に把握する必要がある。
 「対応状況」に関する情報としては、被害者の救助の状況、現場における医療活動の状況、患者の搬送の状況、危険区域の設定状況等に関する情報を把握する必要がある。
 「医療提供状況」については、現場及びその周辺の医療機関の患者の収容状況及び空床状況、医薬品の確保状況等の情報を収集する必要がある。

b.情報収集の方法

 情報の収集方法としては、市町村、消防、警察、医療機関等との相互の情報交換のほか、現地に職員を派遣し、情報収集を行うことが有効である。
 健康被害の情報把握のために、被害者の治療を行っている医療機関に対して被害者の主訴、症状、臨床経過、治療状況、検査結果等を調査し、健康被害の臨床的な特徴を明らかにする必要がある。特に、死亡者が発生する等健康被害の程度が重大な場合には、救命救急センター等と連携をとり、職員を派遣する等して、迅速な対応を行うことが必要である。
 また、他の保健所管内の医療機関に搬送された被害者については、搬送先の医療機関等の所在地を所管する保健所が調査を実施し、本庁及び搬送元保健所に情報提供することが必要である。
 原因究明や治療に関する情報については、地方衛生研究所、国立試験研究機関、専門家等から情報収集することが有効である。こうした情報は保健所だけで収集することには限界があるため、本庁においても情報を収集し、保健所に提供することが必要である。
 「医療提供情報」の収集方法としては、被害者の搬送先医療機関を消防又は医師会に問い合わせるとともに、広域災害・救急医療情報システム等を用いて被害者を受け入れた医療機関の診療状況や、その他の医療機関の空床状況等を把握することが有効である。さらに、地震災害等により医療機関が被災している等状況に応じ、医療機関に職員を派遣する等して、被害の状況等について確認する必要がある。

(2)現場調査の実施

 現場調査は、現場を観察し情報収集するとともに、現場に関する各種の記録(例えば、施設の見取図及び周辺地図、業務記録、手順書等)の収集を行う。また関係者から聞き取り調査を実施したり、現場に残された検体の採取を行う。
 検体の採取は、推定される原因に関連する各種のマニュアルに従い、被害者の血液、便、吐物等の生体試料や、現場に存在している飲料水、下水、食品、ふき取り物質等について行う。このとき、調査を行う職員の安全確保に十分留意する必要がある。
 検体検査は、保健所が実施するとともに、必要に応じて、地方衛生研究所によるクロスチェックを行うことが望まれる。

(3)情報の一元管理、分析、判断

 収集した情報は経時的に記録する。そして情報の管理及び記録を専属的に行う担当者を置いて情報を一元的に管理する。
 これらの情報は必要に応じて、例えば白板に記載する等により、保健所内で共有することが重要である。
 これらの情報を総合的に分析するための対策会議を適宜開催し、原因の究明の困難さ、健康被害の規模及び程度、対応の緊急性等の評価を行うとともに、具体的な対応方策を検討する必要がある。分析に当たっては、被害の時間的変化を示す流行曲線、被害の空間的な広がりを示す分布図、被害者の個別の状況を示す一覧表等を作成することにより情報を整理し、被害の時間的、空間的及び質的な特徴を確認することが対策方針の決定や原因の究明に当たって有用である。

(4)本庁への報告

 健康危機の発生直後から、その被害等の重大性に応じて、保健所は収集した情報及び対応措置を本庁に速やかに報告する必要がある。
 状況に重要な変化があった場合には、速やかに本庁に報告することも必要である。
 また、健康危機が収束するまでは、定期的に状況報告を行う必要がある。

(5)情報提供

a.関係機関への情報の提供

 保健所が収集した調査の結果等の情報は、市町村の衛生主管課、警察、消防、医療機関等の関係機関に速やかに提供し、情報の共有に努めることが望ましい。健康危機管理を適切に実施するためには早期の原因究明が必要であることから、原因物質の分析又は特定に当たっては、必要に応じて地方衛生研究所、警察、消防等に情報提供を行うことが必要である。
 被害者の治療の参考となる情報(被害者の主訴及び症状、原因物質に関する情報、被害者の治療の参考となる情報等)については集約して、本庁と協議の上、直接又は医師会を通じ医療機関に対して情報提供を行う。この場合、所管区域外の医療機関への情報の提供は、本庁と当該医療機関の所在地を所管する保健所との協力により実施する。
 また、健康被害が大規模に発生した場合又は健康被害が特殊な病態であってその治療方法等についての知見が一般的でない場合については、大学、高度専門医療機関、試験研究機関等に対してホームページ等で情報発信することを要請することも有用である。

b.マスコミ

 マスコミによる情報の提供は影響が大きいため、取材への対応は本庁に広報担当を設け、窓口を一本化して対応することが必要である。
 しかし、健康危機の第一報は現場に最も近い保健所に入ることが多いので、取材への対応も、本庁の体制が整うまでは保健所により行うことが求められることも想定される。この場合、混乱を防ぐため、取材には原則として所長が対応することが必要である。このとき、所長は取材に応じる前に、本庁との間において調整を可能な限り行っておくことが望ましい。
 マスコミ対応の担当者でない者が取材を受けた場合には、たとえ自分が知っている事項であっても軽率に受け答えせず、マスコミ対応担当者に対して取材を行うよう依頼することが望ましい。
 取材又は問い合わせを受けた場合は、取材内容のメモを残す等して、その旨を所長及び本庁へ連絡するとともに、保健所内で情報の共有を図ることが必要である。
 多数の取材による混乱を防ぐためには、本庁で定時の会見を開催し、積極的に情報提供を行うことが必要である。マスコミとの調整は、本庁知事部局広報担当課を通じて行い、テレビ・ラジオの報道時間や新聞の紙面締切り時刻等、マスコミ取材側の事情を配慮することも必要である。
 定時の会見は、原則として都道府県の衛生主管部局長が対応することが望ましい。そして事前に知事部局の幹部、場合によっては知事まで、発表する内容を十分に報告するとともに、会見の場には現場の保健所長が同席することが望ましい。
 現地において特に記者会見が必要な場合には、保健所長が事前に衛生部局長に協議した上で行うこととし、必要に応じて本庁の広報担当を同席させることが重要である。
 なお、個人のプライバシーの保護には十分に配慮し、マスコミにも協力を要請することが重要である。

c.住民に対する情報の提供

 被害の拡大防止、住民の不安の解消及び風評等による混乱の回避を図るために、一般住民に対して、被害の状況、健康危機の対処法や注意事項等を迅速かつ正確に情報提供する必要がある。また、このことは被害の拡大の早期探知にもつながる。
 マスメディア、インターネット等を積極的に活用し、不特定多数の住民に正確な情報を迅速に提供するとともに、電話や対面による相談窓口を開設し、個別相談に対応する体制を確保することも有効である。不特定多数の住民に対する情報提供と住民からの個別の相談への対応は、相補的な役割を果たすものであり、並行して行うことが重要である。

(6)経過記録

 健康危機の発生、拡大及び終息の経過、被害者数の推移等の状況変化並びに健康危機発生時の対応等については、経時的に記録を作成することが必要である。この記録は、状況分析やその後の対応策を検討する上での資料となるとともに、事後においては、健康危機管理に際して講じられた対策の評価を行う上で有用である。さらには、もし争訟が発生した場合に、事実を証明する証拠となり得る。

(4)被害者、家族及びその他の地域住民への対応

 保健所は健康危機管理の拠点として、情報収集、対応方針の決定、連絡調整等の指揮及び監督に係る業務を行うべきであり、救護班活動又は巡回健康相談の実施といった住民又は被害者に対して直接行われる対人保健サービスは、市町村保健センター、保健医療ボランティア等の協力を得て実施することが望まれる。

(1) 医療の確保に係る調整及び健康被害の予防

a.現地及びその周辺の医療機関における患者の受入れ態勢の確保に係る調整

 保健所は、広域災害・救急医療情報システム等で診療状況を確認するとともに、必要に応じて管内の医療機関に職員を派遣し、医療提供機能を確認する必要がある。そして、必要に応じて医療機関の診療時間の延長、病床の確保、救護所の設置等、臨時の患者の受入れ態勢の確保について、地域の医療機関、医師会、市町村、都道府県本庁等に協力を要請する必要がある。
 局所的な事故の発生等により特定の医療機関に患者が殺到している場合等には、住民に対し周辺の医療機関の診療状況に係る情報を広報することも必要である。
 患者の増加や集中又は医療機関自体の被災等により医療を提供する機能が低下する場合がある。保健所管内の医療機関だけでは十分に対応できないと判断される場合は本庁の救急医療担当部局に、周辺地域における患者の受入れ態勢の確保について要請する。また、必要な場合には、本庁救急医療担当部局に対して保健医療従事者の派遣、医薬品等の供給を要請する。

b.救急搬送

 救急搬送業務は基本的には消防が実施する。災害等により重症患者又は特殊治療を要する患者が多数発生し、医療の提供状況を上回ることが想定される場合には、保健所は医療の確保に努める一方、都道府県本庁救急医療担当部課に、厚生労働省ドクターヘリ、消防機関、自衛隊等による広域搬送の必要性を連絡する必要がある。
 また、災害時等に地域の医療機関が機能しない場合等には、一般車両等で医療救護班を被災地に派遣するに当たり、警察に派遣車両の先導の協力を依頼することも考えられる。
 一類感染症の患者、疑似症患者及び無症状病原体保有者、二類感染症の患者、二類感染症の一部の疑似症患者を搬送する必要が生じた場合は、当該感染症が他者に感染することを防止するための搬送車両の確保等が必要になることから、必要に応じて本庁を通じて厚生労働省又は他の都道府県等に必要な支援を求める必要がある。

c.応援医療チームの調整

 地域の医療機関のみでは対応が困難となり、他の地域からの救護班、医療ボランティア等に応援を求める場合は、保健所が応援医療チームに現場の医療ニーズ、被害状況、交通及びライフラインの状況、避難所及び救護所の設置場所の状況、避難者の状況等の情報提供を行うとともに、応援医療チームの配置に係る調整を行うことが必要である。また、長期間にわたって応援医療チームによる医療の提供が行われる場合には、現地の医療機関の機能の復旧状況に合わせて応援医療チームの活動の調整を行い、応援活動が現地の医療機関の活動の妨げとならないように配慮する必要がある。

(2)被害の拡大の防止

a.避難

 大規模災害、化学物質又は放射線等による環境汚染等により住民に健康被害の発生が懸念される場合、保健所は保健衛生の観点から本庁又は専門家とともに避難の必要性について検討を行い、地元市町村、警察、消防等に避難の必要性について助言する必要がある。そして避難が実施される場合には、避難住民の健康を損わないような環境の確保等について助言する必要がある。

b.原因対策及び防疫措置

 被害の拡大の防止には、例えば、食中毒であれば原因食品の特定及び回収、営業の禁停止、感染症であれば患者の入院及び現場の消毒等の防疫上の措置等、法令に基づく原因対策を迅速に実施することが重要である。この場合、原因対策は原因物質の除去だけではなく、例えば感染症対策において臨時の予防接種等による予防対策等についても留意する必要がある。

c.普及啓発

 健康被害の拡大の防止のためには、一般住民に対し、被害状況、基本的な対処方法、注意事項等について普及啓発を行うことにより、住民一人一人による適切な予防対策が行われる必要がある。

(3)飲料水及び食品の安全確認

 飲料水及び食品は住民生活に必要不可欠のものであるため、これらの安全性の確認については迅速な対応が必要である。また、飲料水及び食品が安全に供給されることが確認できない場合は、関係機関と協力して安全な飲料水及び食品の確保及び供給方策を検討する必要がある。

(4)災害弱者対策

a.難病、精神疾患等の患者

 難病患者、精神疾患等の慢性疾患患者、在宅人工呼吸器を装着した者や在宅透析等の在宅医療を受けている患者については、平常時の保健医療活動で把握している患者情報を基礎として、避難動向及び医療の継続状況について調査し、医師会、地域の医療機関等とともに必要な対策に努める必要がある。

b.寝たきりの者、高齢者、障害者

 保健所は健康危機情報を市町村に提供し、市町村が行う寝たきりの者、高齢者、障害者等の避難状況等の把握に協力する必要がある。また寝たきりの者、高齢者及び障害者が利用可能な施設及びサービスについての情報の提供、並びに車椅子、おむつ等の必要物資の供給について、市町村を支援する必要がある。

c.妊婦、児童

 健康危機が発生し市町村が妊婦及び児童の避難を実施する場合は、保健所は市町村の活動を支援する。特に、ハイリスク妊婦、低出生体重児については市町村等の協力を得て避難の動向を把握し、特殊医療の確保に努める必要がある。
 また、避難等が行われた場合には、市町村が妊婦、児童等に対して行うおむつ、粉ミルク、ほ乳瓶等の必要物資の供給等を支援することも必要である。

(5)健康相談の実施

 災害等により住民の避難が実施された場合及び住居等の生活環境が被害を受けた場合には、生活環境の変化等から生じる住民の不安又は体調の変化を早期発見するために、市町村保健センター等と協力して、医師、保健婦等による巡回健康相談を実施する必要がある。特に、臨時の集団生活が行われる場合には、感染症、食中毒等の発生に注意する必要がある。

(6)こころのケア

a.十分な説明及び不安の除去

 地方公共団体が住民に対して、電話、インターネット、チラシ、広報車等の多様な経路を通じて、被害の状況及び原因、健康危機に対する基本的な対処方法及び注意事項、生活援助、今後の見通し等について早期に説明することが住民の不安の除去には効果的である。また、被害者を集めて説明会等を開催することも効果がある。
 さらに、被害者からの不安等の訴えを十分に聞く相談体制を確保することが重要であり、精神保健福祉センター、保健所、医療機関の精神科医等による精神医学的、心理学的な支援を行うとともに、保健婦等が一般的な健康相談又は電話相談を実施して、住民の健康生活に関わる悩みに対応する体制を確保することも有効である。

b.PTSD対策

 災害等の発生後においては、本人自身がこころを病んでいるとは感じていない場合が多く、PTSD患者の発見には周囲の者の協力が重要である。そのため、精神保健福祉センター等と協力し、家族はもちろん、教師、自治会の役員等を対象に、PTSDに関する講習会等を開催し、PTSDのおそれのある住民の早期発見に努め、精神科医等の専門的な治療及び相談を早期に実施する体制を確保することが重要である。
 さらに、PTSDは被害者だけに発症するおそれがあるものではなく、大規模災害等の際には援助者についても自己の無力感等からPTSDを発症する危険性があることに配慮する必要がある。これについては例えば保健所等の職員が巡回相談等により現地で活動した後には、グループ・ミーティング等によって悲嘆を言語化することでそれを抑制する、いわゆるデ・ブリーフィングができるような支援措置をとることが有効であると考えられる。

(7)プライバシー、人権への配慮

 健康被害が発生した場合、被害者に対して適切な援助を講じることは重要である。しかし、健康被害を受けたという情報は個人情報として保護される必要性が極めて高いと言える。この情報は差別や偏見につながるおそれがあり、被害者のその後の生活に影響を及ぼす可能性が高いからである。そのため、この情報の取扱い又は援助の実施に当たっては、プライバシーへの配慮を十分に行うことが必要である。

(8)平常時体制への復帰等

 健康危機への対応が行われ、健康危機が沈静化したことを確認できた場合には、速やかに規制を解除する等して平常時への復帰を確認するとともに、必要に応じて当該健康危機の管理責任者が安全宣言を行い、住民の不安を解消することも重要である。


(別添1)

地域における健康危機管理に係る各法の概要

1.地域保健法

 地域保健法は、地域保健対策の基本法的性格の法律であり、地域保健対策が総合的に推進されることを確保し、もって、地域住民の健康の保持及び増進に寄与することを目的としている。
 このため、地域保健法は、厚生大臣が「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」を定めることを規定しており、この指針には、地域における健康危機管理体制の確保を図るべきことが規定されている。

2.感染症対策

 感染症対策は、(1)感染源対策、(2)感染経路対策、(3)感受性対策に大別されるが、国内の感染症対策のうちの(1)、(2)については感染症法により、(3)については予防接種法により基本的に対応されている。なお、特に結核対策については、(1)から(3)までの対策が、結核予防法により対応されている。また、人畜共通感染症としての狂犬病については、狂犬病予防法においても、さらに、国外からの感染症の侵入防止については、主に検疫法により対応されている。

(1)感染症法

 感染症法は、それまでの伝染病予防法のように、感染症が発生してから防疫措置を講じるのではなく、事前対応型の感染症予防体制を構築することを目指すものである。
 具体的には、国が定めた基本指針、特定感染症予防指針に基づき、都道府県が感染症の予防計画を策定するほか、都道府県、政令市、特別区において、一定の感染症の患者等を診断した医師等からの届出を義務付ける感染症発生動向調査等の実施などにより、感染症の発生情報を迅速に収集して、迅速な対応を行う体制づくりを行っている。
 さらに、感染症を、その症状等に応じた類型を分別し、入院勧告、入院措置等、感染症患者に応じた適切な医療等が提供される体制づくりや就業制限、物件等の消毒等の措置をとることにより、感染症のまん延を防止する体制づくりを行っている。

(2)予防接種法

 予防接種法は、市町村を実施主体とする定期の予防接種により、平時から主要な感染症の感受性対策を担うとともに、疾病のまん延予防上緊急の必要がある場合には、都道府県又はその指示を受けた市町村が実施する臨時の予防接種により、適切に感受性対策を実施することとしている。

(3)結核予防法

 市町村等を実施主体とする定期の健康診断、予防接種により、平時からの結核予防を図るとともに、緊急時には、都道府県、政令市、特別区において、定期外健康診断、予防接種を実施することにより、結核の予防を図ることとしている。
 また、医師による結核患者の届出等により、結核の発生動向を調査するとともに、患者管理検診、家庭訪問指導、従業禁止、入所命令、公費負担による適切な医療の提供等の対応により、結核のまん延を防止する体制づくりが行われている。

(4)狂犬病予防法

 狂犬病予防法は、人畜共通感染症である狂犬病の発生を予防し、そのまん延を防止し、及びこれを撲滅することにより、公衆衛生の向上等を図ることを目的としている。
 このため、同法は、まず、犬の飼育状況を把握することとして、犬の所有者が市町村長に登録を申請し、市町村長が犬の所有者に鑑札を交付することとしている。また、狂犬病の予防のため、犬の所有者に対して、犬に予防注射を受けさせる義務を課すとともに、市町村長は、注射済票を交付することとしている。さらに、これらの措置を施していない犬が放置されることを防止するため、都道府県知事等が任命する狂犬病予防員に犬の抑留権限を与えている。
 狂犬病発生時の措置については、狂犬病に罹患した犬等を診断等した獣医師は、保健所長に、この旨を届け出ることとされており、保健所長はこの届出があった旨を都道府県知事に報告することとされている。また、この獣医師等は直ちに犬等を隔離しなければならず、緊急やむを得ないときは犬等を殺傷することも許される。さらに、都道府県知事等は、狂犬病発生時には、その旨を公示し、その区域の犬のすべてに口輪をかけ、又はけい留することを命じなければならないこととされている。この場合、都道府県知事等は、けい留されていない犬等を抑留できる。その他、この場合には、都道府県知事等は、狂犬病のまん延防止のため必要と認めるときは、犬の一斉検診をさせ、臨時の予防注射を行わせることができるほか、犬等の移動制限、交通の遮断又は制限等の措置をとることができる。

(5)検疫法

 検疫法は、検疫の実施により、国内に常在しない感染症の病原体が国内に侵入することを防止するとともに、感染症の予防に必要な措置を講ずることを目的としている。

検疫事務は基本的に国の事務であるが、時として、地方公共団体との連携を図る必要がある。
 すなわち、航行中に、外国を発航した船舶等から人を乗り移らせるなどした船舶又は航空機については、その性能が長距離の航行に堪えないなどの理由のため、検疫港等に至ることができないときに、検疫を受けるため、検疫港以外の港又は検疫飛行場以外の国内の場所に入り、又は着陸等することができるとされているが、この場合に、この船舶等の長は最寄りの保健所長に、直ちに通報しなければならないとされている。そして、この保健所長は、検査、消毒その他の必要な措置をとることができるとされている。
 また、検疫済証の交付等を受ける前にもかかわらず、急迫した危難を避けるため、やむを得ず、国内の港に入った船舶又は検疫飛行場以外の国内の場所に着陸等した航空機の長は、やむを得ない理由により、船舶等を検疫区域に入れ、港外に退去させ、その場所から離陸させたりできないときは、最寄りの検疫所長、検疫所がないときには、保健所長に、検疫感染症等の患者の有無等を通報しなければならないと規定されている。そして、この保健所長は、検査、消毒その他必要な措置をとることができるとされている。
 さらに、この船舶等の長は、急迫の危難を避けるため、やむを得ず、船舶等から上陸等した者があるときは、直ちに、最寄りの保健所長、市町村長に、検疫感染症の患者の有無等を届け出なければならないとされている。
 加えて、検疫所長は、検疫等の際の診察の結果に基づき、感染症法の1類感染症、2類感染症、3類感染症等の病原体保有者であることが判明した場合には、その者の居住地の都道府県知事等に通知しなければならないとされている。

3.食品衛生対策

 食品衛生対策は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的としている。
 このため、食品衛生法は、平時からの対策として、次の事項を定めている。

(1)食品、食品添加物、器具、容器包装等を取り扱う者は一定の規則を遵守すべきこと

(2)食品、食品添加物、器具、容器包装等の規格基準、表示基準等の制定、食品関係営業施設に関する基準の設置等

(3)国や都道府県等が任命した食品衛生監視員による食品関係営業者等に対する監視、指導
 さらに、食中毒発生時に関しては、事故の発生を早期に探知し、その原因を究明し、原因となった食品を市場から排除するための必要な措置を、迅速かつ適切に講じなければならない。そこで、このための対策として、

(4)医師に、食中毒の患者もしくはその疑いのある者を診断等したときは、最寄りの保健所長に届け出ることを義務付けるとともに、医師の届出を受けた保健所長は、食中毒原因の調査を行い、都道府県知事等に報告すべきこととされている。

(5)原因究明の結果等を踏まえ被害の拡大を防止するために、原因となった食品の廃棄命令や原因施設の営業停止等行政処分等の対応を行えるようにしている。

4.獣疫衛生対策

(1)と畜場法、食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律

 食肉の腸管出血性大腸菌O157等の微生物による汚染を防止するためには、と畜場、食鳥処理場の衛生管理の強化が不可欠であることから、と畜場法、食鳥処理の事業等の規制及び食鳥検査に関する法律等に基づく対応が行われている。
 具体的には、と畜場、食鳥処理場の開設について都道府県等の許可にかからしめるとともに、と殺検査、解体検査等の食肉等の検査を行うことを必要とすることにより、その衛生管理問題を生じた場合には、と畜場等の設置許可の取消し等の対応ができることとされている。

(2)化製場等に関する法律

 獣畜の肉、皮等を原料として油脂、皮革等を製造するための施設である化製場等の衛生管理についても、化製場法に、同様の規定が設けられている。

5.生活衛生関係営業対策

(1)理容師法、美容師法、興行場法、旅館業法、公衆浴場法、クリーニング業法、生活衛生関係 営業の運営の適正化及び振興に関する法律

 生活衛生関係営業には、理容師法、美容師法、興行場法、旅館業法、公衆浴場法、クリーニング業法、食品衛生法による規制を受けている営業が含まれる。
 これらの営業のうち興行場、旅館業、公衆浴場は、いずれも、都道府県知事等の許可制の下に行われており、行政にこれらの許可の判断の機会が確保されていることで、その衛生の確保が図られている。
 また、理容業、美容業、クリーニング業においては、これらの営業の届出義務を課した上、これらの営業に関与する者に一定の資格を要求することにより、人的な質の担保を図ることにより、これらの衛生の確保を図っている。
 さらに、料飲店営業については、食品衛生法による規制が設けられている。
 なお、生活衛生関係営業の運営の適正化に関する法律により、生活衛生営業者に生活衛生同業組合を設立することができることとし、行政庁からの組合による指導等を通じて、生活衛生関係営業の営業の向上を図ることとしている。

(2)有害物質を含有する家庭用品の規制等に関する法律

 この法律は、有害物質を含有する家庭用品について保健衛生上の見地から必要な規制を行うことにより、国民の健康の保護に資することを目的とする。
 具体的には、都道府県知事等は、厚生大臣の定めた有害物質の基準に適合しない家庭用品等の回収等を命じることができるとともに、家庭用品衛生監視員による立入検査や収去を行うことができると規定されている。

(3)建築物における衛生的環境の確保に関する法律

 この法律は、多数の者が使用し、又は利用する建築物の維持管理に関し、環境衛生上必要な事項等を定めることにより、その建築物における衛生的な環境の確保を図り、もって公衆衛生の向上及び増進に資することを目的とする。
 このため、このような特定建築物の所有者は、都道府県知事等に対して、この建築物の所在地、用途、構造設備等を届け出ることとされている。
 また、都道府県知事等は、特定建築物への立入検査等を行うことができ、その結果として、特定建築物の維持管理が建築物環境衛生管理基準に従っておらず、かつ、建築物内の者の健康をそこなうなどの環境衛生上著しく不適当な事態が存在するときには、改善等の措置を命じることができるとされている。
 さらに、都道府県知事は、厚生省令で定める基準に適合する者について、建築物における衛生的環境の確保に関する事業の登録を行うこととされており、登録を受けた者がこの基準に適合しなくなったときは、登録を取り消すこととされている。

6.水道対策

 水道法は、水道の布設及び管理を適正かつ合理的にするとともに、水道を計画的に整備し、水道事業を保護育成することによって、清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与することを目的としている。
 このため、水道法では、供給する水の水質状況を把握するために、定期又は臨時の水質検査の実施を水道事業者、水道用水供給事業者、専用水道設置者に義務付け、水質検査体制を整備することとしている。
 このほか、水道法では、衛生上の措置として給水栓における残留塩素の保持、簡易専用水道の管理、検査に関する規制が規定されている。

7.医療対策

 医療対策の基本法としては、医療法が定められているが、これは、国民に適正な医療を確保することを目的として、医療施設の適切な配置、医療施設の人的構成、構造設備、管理体制等に関する規制、医療法人の規制等を定めたものである。
 より具体的には、住民の医療需要に対応した医療資源の有効活用と適正な配置、医療関係施設間の機能分担と連携を図り、良質な地域医療の体系的な整備を推進するため、都道府県は医療計画を作成し、推進することなどが規定されており、これらを通じて、救急医療体制の確保を図ることとしている。
 また、医療法は、都道府県知事等による立入検査及び使用前の検査等を定めており、病院が医療法その他の法令により規定された人員及び構造設備を有し、かつ適正な管理を行っているか否かを検査し、検査結果に基づく指導、変更命令、開設許可の取消し等を行うことにより、病院を科学的で、かつ適正な医療を行う場にふさわしいものとすることとしている。
 これらにより、適正な医療提供体制の担保が図られている。

8.薬事監視、毒劇物対策

(1)薬事法

 薬事法は、医薬品等の安全性等の確保のために必要な規制を行うことなどにより、保健衛生の向上を図ることを目的として、薬事監視制度を設けている。
 このため、医薬品等の製造所の構造設備等に関する規制を定め、これを実質的に担保するため、製造業等の許可制度を設けるとともに、製造管理、品質管理に関する規制を定めて、薬事監視員による立入検査等を行い、許可の取消し等の対応を行うことができることとしている。
 また、薬局、販売業の構造設備に関する規制を定めて、これを担保するために、薬局販売業の許可制度を設けるとともに、販売に関する規制を定めて、薬事監視員による立入検査等を行い、その結果等に基づき、開設許可の取消し等の対応を図ることができるとしている。

(2)毒物及び劇物取締法

 毒物及び劇物取締法は、毒物及び劇物について、保健衛生上の見地から必要な取締りを行うことを目的としている。
 このため、毒物又は劇物の製造及び輸入については厚生労働大臣(地方厚生局長へ権限を委任。一部は都道府県知事。)の登録を受けた者でなければ、毒物又は劇物の販売については、都道府県知事等の登録を受けた者でなければ、毒物又は劇物の製造、輸入又は販売を行うことができないと定めるとともに、厚生労働大臣には製造業者及び輸入業者への立入検査の権限(法定受託事務として都道府県知事が行うこととしている。)を、都道府県知事等には販売業者への立入検査の権限を規定し、それぞれ登録の取消権限を規定している。
 また、都道府県知事等は、毒物又は劇物の廃棄方法が基準に適合せず、不特定又は多数の者について保健衛生上の危害が生ずるおそれがあると認められるときは、廃棄物の回収等を命ずることができるとされている。
 さらに、毒物劇物の製造業者、輸入業者又は販売業者等は、その取扱いに係る毒物又は劇物が飛散し、漏れ、流れ出、しみ出、又は地下にしみ込んだ場合において、不特定又は多数の者について保健衛生上の危害が生ずるおそれがあるときは、直に、その旨を保健所、警察署又は消防機関に届け出なければならない旨を規定している。

9.廃棄物対策

 廃棄物の処理及び清掃に関する法律は、廃棄物の適正な処理を行い、生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的としている。
 このため、市町村は、一般廃棄物処理計画を定めなければならず、これに基づいて、その区域内の一般廃棄物の収集等を行うこととされている。そして、市町村による収集等が困難なときは、市町村長の許可を受けた一般廃棄物処理業者が行うこととなるが、業者が法令違反を行ったときは、市町村長は許可の取消しを行うことができるとされている。

また、一般廃棄物処理施設を開設しようとする者は、都道府県知事等の許可を受けなければならず、都道府県知事等は法令の基準に適合していなければ許可してはならない。そして、施設がこの基準に適合しなくなったときなどには、許可の取消し等の処分を行うことができるとされている。
 さらに、都道府県は産業廃棄物処理計画を定めなければならないとされている。
 加えて、産業廃棄物処理業者は、都道府県知事等の許可を受けなければならず、都道府県知事等は法令の基準に適合していなければ許可してはならない。そして、業者がこの基準に適合しなくなったときは、許可を取り消すことができるとしている。
 産業廃棄物処理施設を設置する者は都道府県知事の許可を受けなければならず、都道府県知事は、この要件に適合しているときでなければ、許可してはならない。そして、都道府県知事は、施設がこの基準に適合しなくなったときなどには、許可の取消し等の処分を行うことができるとされている。


(別添2)

地域における健康危機管理に関する地方衛生研究所の在り方

はじめに

 地方衛生研究所は、地域における科学的かつ技術的中核機関として、関係行政機関と緊密な連携の下に、調査研究、試験検査、研修指導及び公衆衛生情報の解析・提供の業務を通じ、公衆衛生の向上に重要な役割を果たしてきているところである。

地域における健康危機管理に関しても、健康危機発生時の保健所を中心とした一連の取組の中で、被害の拡大を可能な限り防ぐために最も重要な対応の一つである迅速な原因物質の分析・特定について、地域における専門的知見や高度検査機能を有する機関として協力連携を行う必要がある。

 保健所を主体とした「地域における健康危機管理について」においても地方衛生研究所の役割を記載しているが、本別添は、具体的な地方衛生研究所の在り方の例についてまとめて記載したものであるので、各地方衛生研究所においては、本別添も参考の上、それぞれマニュアルを作成されたい。

1.平常時の備え

 毒劇物や医薬品等の化学物質、食中毒、感染症等による住民の生命、健康の安全を脅かす(健康危機)事態が発生し、その原因物質が保健所において確定できない場合や不明である場合、原因物質の分析・特定の迅速な対応が必要となる。
 食品、飲料水等を媒体とする事例や化学物質の噴霧による異臭事例等を見ても、原因が未知である場合も少なくない。このような場合、適切な治療方法の選択及び被害拡大の防止を行うに当たって、原因物質の情報は最も重要なものとなることから、地方衛生研究所においては、保健所等と連携して、未知の原因物質の分析・特定を迅速かつ精確に実施する必要がある。
 このような対応は、健康危機事例の発生後に直ちに確立されるものではなく、普段からの準備・体制整備が不可欠となる。
 平常時より準備・体制整備を行うべき具体的な事項としては、次のようなものが挙げられる。

(1)健康危機管理体制の整備

 健康危機発生時には、組織として迅速かつ精確な対応を求められることから、あらかじめ対策会議等を設置し下記のような体制を決定・確認しておく必要がある。本体制は、地域における健康危機が発生し、それぞれの自治体等における要綱・要領に基づき、所長の命により組織されるべきものである。

役割分担例
管理担当 ・現場への出動の是非、出動規模、対策に係る情報等の判断・指示
・関係機関との連絡・調整
・レファレンス機能の発揮
・広報への対応
情報担当 ・被害や現場状況の情報、文献情報等の収集、記録、解析
・各班への伝達
検査担当 ・検査方法の検討
・試料検査の実施
・原因物質の解析・報告
(必要に応じ)
試料採取担当
・試料の採取
・現場での調査・測定(水、土壌等環境媒体等)
・試料・現場情報の報告

 なお、地方衛生研究所の規模等に応じてさらに必要な担当や機能の追加等を行うこととし、また、各担当毎の具体的な業務内容の確認、必要な備品の確保、記録用紙の作成等を実施することも求められる。
 また、緊急連絡網や動員体制もあらかじめ決定しておく他、危機事例を想定した模擬訓練を行っておく必要がある。

(2) 検査法マニュアル等の整備

 可能な限り早い時点で、化学物質、食中毒、感染症等の様々な未知の原因物質に関して対応可能な簡易検査キット及び分析機器並びにその標準的使用方法を記載したマニュアルを整備する必要がある。
 準備すべき簡易検査キットとしては、一般的には、事件・事故の頻度の高いヒ素、シアン、有機リンは勿論のこと、その他の有害金属、アジ化ナトリウム、農薬等事件・事故の頻度の高い物質に関する検査キットが必要であり、また、その他にも地域の特性に応じて必要な検査キットを早急に整備すべきである。
 また、準備すべき分析機器としては、現状では、高分解能GC/MS、LC/MS、ICP/MS、キャピラリー電気泳動装置、リアルタイムPCR装置等であるが、高度検査機能の維持や平常時の業務の効率化の観点から、必要となる新たな分析機器への更新は適宜実施すべきである。
 検査法マニュアルは、未知又は既知の病原体、化学物質、薬毒物毎に、さらには、食品試料、人体(血液、尿等)試料、環境媒体(水、土壌、大気等)試料毎に、当該地方衛生研究所の機材・施設で対応可能な分析の一連の標準手法について準備し、定期的に見直しを行う必要がある。
 併せて、サンプリングを行う場合の採取者の現場での安全性の確保、サンプリング試料の媒体毎の採取量・保管方法等に関する事項を記載したサンプリングマニュアルの作成を事前に準備しておくべきである。
 また、サンプリング及び検査を実施した場合には、所内及び他機関に対する報告の実施が不可欠であることから、この場合に必要事項が遺漏・遅延なく報告されるようあらかじめ報告様式についても検討し、定めておく必要がある。
 なお、人的・予算的観点から、整備に時間がかかることが想定される場合は、「(3)他の機関との連携体制の整備」にあるような機能分担体制や協力依頼体制を整えることも有効である。

(3) 他の機関との連携体制の整備

 連携体制に関しては、健康危機発生時に、当該地方衛生研究所では対応できない事例や他の機関からの支援が必要な事例はどのような場合であるかを把握(例えば、P3実験室がなくバイオハザード対策の面で対応できない、高分解能GS/MSがないため微量分析ができない、サリンの可能性が考えられても標準品がないため確定ができない等)した上で、位置的に近い地方衛生研究所等の他の機関との機能分担を行える連携体制の整備、国立感染症研究所や国立医薬品食品衛生研究所等からの迅速な技術的支援を得られる体制の構築等の検討及び整備を行う必要がある。

(4)情報の収集と提供

 国内外の健康被害に関する情報を収集整理し、市民、保健所等への提供を行う。この中には発生情報、治療方法の他、原因物質となりうる多様な物質の最新の分析方法、判別方法、安全性情報、標準品の有無等の情報を含む。また、地方衛生研究所、国立試験研究機関間で協力し、収集・提供が可能なデータベース化、ネットワークの構築を行うことが重要である。

(5)調査研究機能の強化

 地域における公衆衛生上の問題や事象(感染症、化学物質汚染、人体影響等)及び事件・事故(サリン、コレラ、腸管出血性大腸菌等)に対し、疫学・実験学・分析学的手法を用いて、原因究明や状況調査等の研究機能を強化する他、平常時の対応も含めた分析・診断の迅速化・簡素化技術の開発、予防対応につながる将来予測・予知の疫学的知見等の充実に努めることが必要である。さらに、一般の監視以外に、地域の特性を考慮しつつ、リスクの高いと考えられる原因物質の継続的なモニタリングを実施する。

(6) 組織での人材の確保・育成

 不測の事態に適切かつ正確に対応できるよう、休日及び夜間の体制の整備、さらに、調査・研究の充実や研修の実施等による人材の育成の実施に努めなければならない。特に、高度の検査や疫学調査の可能な人材の育成を図る必要がある。

(7) レファレンス機能の整備

 平常時検査業務や不測の事故・事件等における分析や原因究明等の高度検査技術に関するレファレンス機能を有するよう知見の集積、各種標準品の整備等に努める必要がある。 また、レファレンス機能として求められる標準品に関しては、必要に応じて(必要となる標準品の数量が多い等)、他の地方衛生研究所や国立試験研究機関と分担備蓄する体制を整備することが有効である。

2.健康危機発生時の対応

 地下鉄サリン事件や和歌山市毒物混入カレー事件、また、雪印乳業食中毒事故等のような危機発生時に原因物質が不明な実例の場合や、さらには、健康危機事例として想定されうる未知の原因による食中毒や感染症が発生した場合に、まず迅速に原因究明を行うことが、適切な治療の実施や健康被害の拡大防止に繋がると考えられる。
 実際に原因究明の分析を実施するにあたっては、地方衛生研究所内での健康危機管理体制を確立の上、さらに迅速性及び精確性を求める観点から、下記のような対応事項が必要であり、また、これらの対応事項については、事前に都道府県や市町村、保健所、警察等の関係機関と検討を行い、役割の確認を行うことも重要である。

(1)緊急体制の確立

 保健所等から提供される原因究明に有力な手がかりとなる現場情報、検査により得られた情報、その他原因究明に必要な関連情報等に基づいて、適切かつ迅速に判断・管理・伝達できる体制として、事例の規模に応じ、地方衛生研究所長を責任者とする対策会議等の組織体制を迅速に確立することが必要である。ここでは情報の共有を図るとともに、原因不明の場合には広い専門分野の職員による検討が必要となる。

(2)情報の収集及び管理

 保健所、本庁等と緊密な連携を取り、原因究明に必要な情報の収集に努める。この際、インターネットを利用した情報の収集と通信が極めて有効であると考えられる。また、原因不明の場合には、原因究明のためにどのような情報収集が必要となるか等の依頼や、それが機関毎に効率よく分担されるよう調整を行うことも必要である。さらに、特殊な化学物質等が原因物質であることが判明した場合には、その原因物質に関する治療方法や取扱・処理等の正確な最新情報の入手に努め、可能な限り早急に保健所等の必要な機関へ提供するべきである。

(3) サンプリングについて

 サンプリング試料に関しては、原則的には、地域における健康危機管理の主体となる保健所からの提供を受けることとし、原因究明に必要な現場情報も併せて収集する必要がある。但し、保健所や警察等の他の機関からの要請により現場調査・採取を実施する場合やコンタミネーションを防ぐため分析の専門家が現場において採取する場合も想定されることから、このような場合には、サンプリング者の安全性を確保しつつ、試料採取の実施、採取した媒体の保管・運搬等に関して記載したサンプリングマニュアルに基づき迅速に対応することとなる。さらに状況に応じ、疫学調査にもこの段階から参加することが望まれる。

(4) 検査の実施

 原則としては、検査法マニュアルに基づき、検査班において、迅速かつ適切に検査を実施することとなるが、必要に応じて、迅速に他の機関や専門家等からの助言・協力を受けることも重要である。
 特に、事前には想定し得ないような特殊な物質や予測より揮発性・分解性の高い物質等が原因である場合には、分析作業に困難が生じる可能性が考えられることから、他の専門機関等への迅速な依頼の実施、また、いくつかの物質に絞りこまれた段階で、中毒情報センター等から毒性情報を収集するといったような次の対策が迅速に進むような情報の収集等の状況に応じた臨機応変な対応が必要となる。
 また新たな検査法の開発や迅速大量検査法の開発が緊急に必要となる場合もある。さらに、検査の実施に当たっては、精度管理に細心の注意を払うことが重要である。

検査結果については、検査担当から管理担当に報告し、管理担当において、再度、他の機関の情報等を踏まえた判断の後、保健所へ報告する必要がある。
 なお、報告に際しては、原因究明の結果及び判断根拠等の必要事項を明確に伝達することが重要である。

(5)レファレンス機能の発揮

 健康危機発生時において保健所等から分析に関する技術的支援等を求められた場合、専門情報の提供・助言、標準品の提供等迅速に対応できるよう体制を整備する必要がある。原因究明に必要となる標準品が地方衛生研究所あるいは国立試験研究機関間で分担して備蓄してある場合には、必要な場所に必要な量を迅速かつ安全に搬送することが求められる。

(6)支援体制の確立

 事例が大規模かつ困難となった場合の検査においては、所内での他部門職員の動員、保健所と地方衛生研究所の分担、さらには他の衛生研究所や国立試験研究機関の支援を求めることが必要になる。このため、他機関との検査手法の統一、緊急の研修、事務的作業の分担、検査用資材の確保等に努めることが重要である。

3.事後評価

 健康危機発生事例に関する一連の報告書を作成するとともに、緊急体制や検査法等の対応の評価、課題の抽出、改善のための必要事項の洗い出し等について、検討及び対応を行うことが必要である。さらに、他の地方衛生研究所等に対して、事後評価の情報の提供、共有化を行い、必要な助言を受けるとともに、他の地方衛生研究所における健康危機管理の在り方についての提言を行うことも望まれる。


11 地域における健康危機管理のあり方検討会委員名簿

  氏名 所属機関等
  岡部 信彦 国立感染症研究所感染症情報センター長
  織田  肇 大阪府立公衆衛生研究所副所長
  北村 忠夫 千葉県健康福祉部副技監
  小西 康弘 警察庁生活安全局地域課課長補佐
近藤 健文 慶応義塾大学医学部教授
  後藤  武 兵庫県理事
  佐藤  正 茨城県大宮保健所長
  志方 俊之 帝京大学法学部教授
  羽生田 俊 (社)日本医師会常任理事
  藤本 眞一 広島女子大学生活科学部助教授
  松山 セツ 北海道室蘭保健所保健指導課長
  山内 伸一 全国消防長会救急委員会代表(仙台市消防局警防部長)
  山本  都 国立医薬品食品衛生研究所化学物質情報部主任研究官
  山本 保博 日本医科大学教授
  吉岡 敏治 (財)日本中毒情報センター常務理事(大阪府立病院救急診療科部長)
○:座長


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