総合福祉部会 第15回 H23.6.23 資料18−1 厚生労働科学研究「障害者の生活実態及びニーズ等を把握するための調査手法の    開発に関する研究」報告書(概要)                    研究班 研究代表者 平野 方紹                     (日本社会事業大学社会福祉学部) 1 研究の目的と背景 (1)研究の目的 ○ これまで厚生労働省(厚生省)では、障害者施策の推進のために昭和26年か ら障害者の生活実態やニーズ等の把握のために実態調査を実施してきた。 ○ 平成21年度から障害者自立支援法に替わる、障害者福祉の新たな総合福 祉法の検討が進められているが、その検討においては、従来の障害福祉各法に よる障害者規定による障害者だけを支援対象とするのではなく、障害の「社会モ デル」に着目して、これまでの障害者規定では抜け落ちていた「谷間の障害者」を も支援対象とすることが重要課題となっていることから、こうした「谷間の障害者」 とその生活実態やニーズを把握する調査手法の開発を目的とする。 (2)研究の背景 ○ 身体障害者に関する実態調査は昭和26年から、途中の中断(集計不能)を 挟みながらも平成18年まで行政により実施されており、調査手法等はほぼ確立し ている。知的障害者に関する実態調査は、昭和34年に開始され、途中の中断 (集計不能)及び昭和56年に障害者団体に委託して実施された調査を挟みなが らも平成17年まで実施されている。精神障害者に関する実態調査は、昭和58年 に「精神病患者」調査として行政により実施された調査以後、行政による調査は 実施されないままに今日に至っている。 ○ 内閣府障がい者制度改革推進会議総合福祉部会(以下「総合福祉部会」)で 議論されている「谷間の障害者」についての公的定義はないが、従来の障害福祉 法制の規定外の「障害」だけではなく、「難病患者」など、従来の「障害」概念(永 続的・固定的)では把握出来ない者も想定している。 2 研究の内容 (1)実態調査のために調査票の作成 ○ 調査を実施するには、どのような事項を聴取するのか(そこからどのような実態 やニーズを明らかにするのか)、統計として有意な結果を得られるものであるのか (統計的な妥当性、データーの有効性の検討)、障害を一元的に捉えることが可 能か、などの点を検討して調査票を作成することとした。今回作成した調査票の 特徴は以下の通りである。 [1] 各福祉法に規定された障害者だけでなく、「谷間の障害者」も調査対象となる ことを明確にするため、調査票のタイトルを「生きづらさ等に関する調査」とし、法 定の障害者以外の者も対象であり、法の規定で障害者を規定するのではなく、 「生きづらさ」のある者を障害者とし、調査対象とすることとした。 [2] 調査票は、4部構成とし、第1部は調査対象者の個人属性を確定する項目 (従って直接障害に関する質問は設定されていない)、第2部は「障害」の整理・分 類と既存制度の適用状況に関する項目、第3部は障害者のニーズを測定するた め、生活支援と社会参加についての項目をそれぞれ配置した。第4部は、所得・ 支出の実態を把握するための項目を配置した。 [3] 第2部の「障害」の整理・分類に当たっては、次のようなプロセスで質問を設定 した。  ア 調査回答者が感じる生活のしづらさに着目し、その始期、変化、頻度、支障の 内容を明らかにすることとした←主観としての「障害」の把握 イ 障害についての診断、判定など障害の原因や症状について明らかにすることと した。←客観としての「障害」の把握  ウ 障害福祉制度に適用状況(障害者手帳の取得状況、障害程度、障害者自立 支援法等の福祉制度の利用状況)←制度としての「障害」の把握 [4] 第3部の障害者の生活支援と社会参加のニーズ把握については、、障害種別 に回答が影響されることのないように、障害種別に共通する次の項目に限定し た。 ア 日常生活における支援の現状と福祉サービスへの希望  イ 日中活動の状況と今後の希望  ウ 外出の状況と希望 [5] 第4部の所得・支出については次の項目を設定した。  ア 収入月額とその内訳、課税・生活保護受給の状況  イ 支出月額とその内訳  ウ 福祉サービス利用者負担の額 [6] 「その他」として、相談援助の相手先についての質問を設定した。 [7] なお、第2部の原因や症状、第4部の所得・支出については、既存の全国調査 (国民生活基礎調査等)との比較検討を行えるようにするため、質問項目や回答 群は整合性を図ることとした。 (2)実態調査の調査方法の検討 ○ 調査方法は、当初は、従来の調査との整合性を図るため、従前の方法である 「訪問調査方式」(任意抽出された地域の全世帯に調査員が訪問し、調査対象 者がいると答えた世帯に調査票を配布し、調査対象者が調査票に記入し、郵送 で調査事務局に回答する方式)を採用することを想定していたが、総合福祉部会 及び調査に関する障害者団体からのヒアリングで、一部の障害者団体から訪問 調査方式は障害当事者を精神的に圧迫する、地域での差別を増長するとの理由 から強い反対が出されたため、調査研究では訪問調査方式は断念することとし た。 ○ 訪問調査方式に替わる調査方式として採用したのが「ダイレクトメール方式」で ある。これは任意抽出した地域の全世帯に、調査票等(調査趣意書、記入の手 引きなど)を全戸配布し、配布物を世帯員が見て、調査対象であると思った場合 には、調査票に記入して投函し、郵送で回答する方法である。そのメリット・デメリ ットは次の通りである。 (メリット)  ・地域の全世帯に配布されるため、障害者が特定されない。  ・調査への回答は世帯員に任されるので「圧迫感」がない。  ・調査対象者への「調査協力謝礼」(図書券等)が不要となる。 (デメリット)  ・(従来の対面方式でなく)一方的に調査票を送りつけるワンウエイ方式であるた め、調査回答率が大幅に低下する。(従来のような「調査協力謝礼」の効果もなく なる)  ・(従来は、成人障害者用と障害児用、点字版など調査対象者の特性に応じた調 査票の配布が可能であったが)配布世帯の調査対象者の状況がわからないため、 きめ細かな対応が困難となる。  ・障害程度や制度利用など専門知識を必要とする項目について(従来は訪問時に 調査員が回答の援助をしていたが今回はできない)調査回答者の主観に任される こととなり、正確性が低下する。  ・(従来は全世帯を訪問し、調査対象者のみに調査票等を配布していたが)地域の 全世帯に調査票等を配布するため、これまで調査対象者分(約5%)の調査票等 の準備であったものが、全世帯数分の調査票等を準備することとなり、印刷・配布 のコストが大幅に増大する。(しかもほとんどの調査票等は世帯に該当者なしとして 廃棄されることとなる) 3 試行調査の実施結果  調査票及び調査方法についての関係団体ヒアリングを行い、総合福祉部会に試 行調査の実施について報告し、以下の通り試行調査を実施した。 (1)試行調査の概要 ○ 調査対象期日 平成22年12月15日現在           (調査期間 平成22年12月28日〜平成23年1月10日) ○ 調査地区数・配布世帯数  22都道府県30地区 (配布世帯数)5,358 世帯 ○ 調査票回収状況  回収数 112件(2.09%) 有効回収数 106件 (1.98%) (2)試行調査による調査票の検証 ○ 調査期間に調査事務局に来た質問は(電話のみ・メール及びファックスはなし) 8件であったが、いづれも「該当者なしの場合の対応」での質問であり、調査票の 記入に関する質問はなかった。また、回収数における有効回収数は94.6%(一 般的には80〜90%)と高いことから調査票は妥当なものと考えられる。 ○ 有効回収の障害別では、身体障害・知的障害・精神障害・発達障害等の法定 の障害に加えて、難病等の患者も回答しており、広範な障害者に対応することが できた。 ○ 有効回収の約4割が、「障害者手帳」を所持していないと回答しており、既存の 障害者制度の対象となっていない「谷間の障害者」を把握すると言う点では一定 の効果が期待できる。 ○ 自由記載欄への回答者による記載が多いことが特徴的であり、一般的な調査 に比べ、回答者が積極的に取り組んだものと考えられ、回答者の関心の高さがわ かる。 (3)試行調査による調査方法の検証 ○ 有効回収率は調査票配布世帯数に対して1.98%であったが、これを世帯人 員(推計)で換算すると0.78%となり、従来の実態調査による在宅障害者の出 現率(推計)である5〜6%に比しても著しく低い数値となり、「谷間の障害者」を含 めれば出現率はより高まると想定されるのとは逆の結果となったことからもわかる とおり、統計調査としての信頼性は従来の調査(従来の実態調査は約70〜80% の回収率)に比べ、大きく低下する結果となった。 (注) ダイレクトメール方式のアンケート調査の回収率は一般には30〜40%と 言われており、ダイレクトメール方式の限界がやはり結果に投影していること がわかる。 ○ 平成22年11月の総合福祉部会に試行調査の実施を報告し、その後に大学 の研究倫理委員会の審査を受けて調査実施となったため、調査期間が年末年 始になってしまった。この時期設定については、回答しやすい時期にすることも考 えられる。(一部には、年末年始の期間で時間があったのでゆっくりと回答出来た という回答者の意見もあった) ○ 地域を指定して調査票等を配布業者に委託して、全戸配布したため、地域の 世帯の個人情報にはまったく接触せず、回答に際しても個人を特定することもで きないのでプライバシー保護では万全であった。 ○ 結果としては、調査方法の検討段階で懸念されたデメリットが、そのまま現実と なった。メリット(謝礼経費の縮減を除く)については検証出来ないことから、直接 効用比較はできないが、ダイレクトメール方式では、本調査の目的である障害者 の実態が調査回答に反映されず、障害者の実態把握に必要な回答の確保が困 難ということととなることが予想され統計調査としての採用については、現時点は 困難と考えざるを得ない。 4 調査研究からの提言 ○ 調査票については、研究の目的に対応した調査票として有効なものと考えられ る。ただし、調査方式をダイレクトメール方式としたことで、調査対象者の特性に 応じた配布ができないため「障害のある」こどもも大人も同一の調査票にせざるを 得なかったが、当然、子どもについては質問項目が限定されることから、調査負 担軽減の観点からも、調査票を児童用と成人用の2系統に区分する必要はある と考えられる。 ○ 障害者手帳の未所持者が約4割という結果であったが、未所持者の障害の内 容や程度などを確認し、政策形成に資するデーターとするためには調査回答の正 確性を高める必要があり、すべての判断を回答者に委ねるのではなく、客観的な 判断が関与する必要がある。 ○ こうしたことからも、ダイレクトメール方式をそのまま採用することは、平成23年 度に実施が検討されている本調査においては困難と考えざるを得ない。  とりわけ、本調査は、調査結果を政策に反映させることを想定したものとなるだけ に、調査そのものの妥当性を向上させねばならず、そのためには回収率の向上は 肝要であるが、仮にダイレクトメール方式の調査規模を拡大して、回収数が増大 しても、回収率が向上しなければ調査結果の妥当性は確保されず、これはダイレ クトメール方式では改善の余地はなく、ダイレクトメール方式での調査方法からの 転換が求められる。 ○ 今回の研究の目的に「谷間の障害者」の把握という課題があるが、ダイレクトメ ール方式では、自分が「谷間の障害者」に該当するか否かが調査回答者に委ね られることとなるが、「谷間の障害者」のほとんどは自分が障害者あるという認識を 持てずにいる現状では、たとえ調査票を改善しても、事態の抜本的打開は困難で ある。  「谷間の障害者」の把握には、まず対象地域において、調査の対象者であるか どうかの確認を調査員が行い、その上で該当者に調査協力を依頼する手法が現 実的である。 ○ 試行調査実施に際しての障害者団体ヒアリングにおいても、訪問調査方式を 支持する団体は少なくなく、いくつかの団体からは、調査員が訪問して説明してく れることで調査の信頼性も高まり、誤解も解消され、回答率が高まることで障害 当事者の声を反映できると訪問調査方式を推奨する意見もあった。 ○ 訪問調査方式は、該当する障害当事者団体の理解と協力を得て、既に身体 障害領域では昭和56年から、知的障害領域でも平成2年から導入され、障害者 の生活実態やニーズ把握に有効な手法として定着していることから、この訪問調 査方式を基本的に踏襲し、その改善を図ることが現実的である。 ○ 以上から新たな調査方法としては次のような方法が考えられ、これを検討する と次のとおりとなる。 (前提条件) ・障害者実態調査について、マスコミ等を活用し、障害当事者だけでなく国民全体の 理解と 関心を高める。 (想定方式その1) ・訪問調査方式により対象地域における調査対象者の把握を行い、調査対象である と確認された者に調査票等を配布し、本人が記入して投函する。 →(問題点)試行調査に当たっての障害者団体でのヒアリングでは、当事者団体から 精神障害のある方については、訪問調査による被調査者の調査負担が課題になる との指摘があったことから、その対応が必要となる。(なお、今回の試行調査では、精 神に障害のある方からの苦情の申し出はなかった。) (想定方法その2) ・第1次スクリーニングとして、地域の全世帯に簡単なアンケートを配布し、回答者は 記入して投函し、詳細な調査票に協力すると回答した世帯に訪問し、調査票を配布 し、回答者は記入して投函する。 →(問題点)1次スクリーニングで調査対象者が確保出来なければ調査の妥当性は 低いままである。 (想定方法その3) ・調査項目を簡単にし、地域の全世帯に配布し、回答者は記入して投函する。これと 併行して一定比率の調査地区で訪問調査方式で「精密調査」を実施する。 →(問題点)訪問調査方式の調査地区は少なくなるが、精神障害のある方について の訪問調査による被調査者の調査負担という課題が解消される訳ではない。 (想定方法その4) ・障害者の出現率や年齢区分等の基礎的統計データは、国勢調査や国民生活基礎 調査などの大規模調査に質問項目を設定し、生活実態やニーズ把握については、 地域を限定して訪問調査方式で「精密調査」を実施する。 →(問題点)将来的な検討課題としては考えられるが、他の統計調査との調整が必 要であり、平成23年度実施の本調査での導入は極めて困難と考えられる。 ○ 試行調査の結果と上記の検討から、現段階では(想定方法その1)が妥当である と考えられる。しかし、精神障害のある方についての調査負担についてはその実態が 試行調査でも確認できなかったことから、どのような影響が実際に生じるのか、そして どのように対応すればよいのか具体的な方策は見出せない現状にある。そのため平 成23年度実施の本調査に際しては、すべての障害者を対象とすることが望まれる が、精神障害のある方々から総合福祉部会などで訪問調査をすべきでないという強 い意見がだされている現状では、今回は精神に障害のある方を調査対象としないこと も現実的な選択として考える必要がある。  なお、精神障害領域は、これまで障害者実態調査が実施されてきた身体障害や知 的障害のような調査蓄積がないことから、適切な調査手法が現時点で確立できてい ないが、ニーズや実態の把握が強く求められているのは精神障害領域についても同 様であることは論を待たず、ニーズ把握に関する調査手法の開発等に取り組む必要 がある。 ○ 今回の試行調査は、谷間の障害者をはじめとしてあらゆる障害に対応することを 所与の前提として調査票の作成や調査方法の検討を行ってきたが、 試行調査実施 に際しての障害者団体ヒアリングでは、障害種別固有のニードや社会背景があるた め一律の調査票や調査方法での実施に疑義を唱える声があった。事実、試行調査 の調査結果からは(回答数が少ないため十分な分析ができていないことも要素として はあるが)障害種別固有のニードの把握という点では不十分であった。こうしたことを 斟酌すれば、平成23年に実施予定の本調査のみですべてを把握するのではなく、障 害種別などによっては、その特性に配慮したニードの把握については、別途、調査・ 研究事業等により検討する必要がある。